東京地方裁判所 平成10年(ワ)4371号 判決 2001年3月29日
原告 a證券株式会社破産管財人X
訴訟代理人弁護士 升田純
同 星隆文
同 濱田芳貴
同 河野玄逸
同 榎本峰夫
同 蜂須優二
同 戸井川岩夫
同 濱口善紀
同 川村英二
同 曽我幸男
被告 Y
訴訟代理人弁護士 日野久三郎
同 関口亨
同 日野明久
主文
被告は原告に対し、1億0,700万6,538円及びこれに対する平成10年3月21日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文と同じ。
第2事案の概要
本件は、平成11年6月2日に破産宣告を受けたa證券株式会社の破産管財人が、a證券が株主である被告に商法294条ノ2第1項に違反して株主の権利の行使に関し財産上の利益を供与したとして、同条3項に基づき被告に対し供与した利益の返還を求めた事案である。
第3当事者の主張
1 原告の主張
被告は、平成元年2月、a證券の株式30万株を保有し、株主総会で株主提案権を有する株主となり、同社に対し平成3年及び平成4年に取締役・監査役の解任等を要求する内容の株主提案権を行使する旨の書面を送りつけ、その撤回の見返りに一任取引による資金の運用を要求した。
a證券は、平成6年6月、本店首都圏営業部に株式会社小甚ビルディング名義の口座を被告の取引口座として開設した。この取引口座の開設にあたっては、a證券の総務部嘱託社員であったAが、小甚ビルディングを総務部の紹介顧客として一任勘定取引を開始するよう首都圏営業部に対して指示した。Aは、一任勘定取引にあたって、被告の要求に応じて半年間で3億円の原資の1割分の利益を上げることを約した。
当初、a證券は小甚ビルディング名義口座の一任的運用を通常の取引を主体として行ってきたが、平成6年11月末日の時点で同口座の評価損が約3,000万円に及んだ。被告は平成6年12月、Aに対し確実に利益を上げることができるあんこ(証券会社の自己勘定取引として成立した買付けと売付けの双方を顧客の委託取引に付け替えて顧客に実現益を提供すること)などの不正な手段を使って評価損の補填と利益の追加を強く要求した。これに対し、a證券の株式部門を統括する専務取締役(エクイティ本部長)であったBらは、平成7年6月の第55回定時株主総会において被告の協力を得るため、シンガポール国際金融取引所(SIMEX)における日経225先物取引を利用したあんこなどの不正な手段を使って、平成7年1月末までに被告に対して、約3,000万円の損失を埋めた上、さらに利益を追加・上乗せして利益供与を行うこととし、代表取締役社長のCらの了承を得た。その上で、Bらは、平成6年12月16日から翌平成7年1月31日にかけて別紙記載のとおり、計32回にわたり、日経225先物取引で得たa證券の自己売買益1億0,700万6,538円を被告の小甚ビルディングの口座に付け替え、右金員相当額の利益を総会屋である被告に提供・供与した。
2 被告の主張
被告がa證券の30万株の株主であったこと、一任取引で約3,000万円の損失が出たことは認め、被告がAに評価損の補填と利益の追加を要求したことは否認する。被告は利益を上げるように依頼したにすぎない。また、一任勘定で運用を依頼していたため個々の取引についての詳細は承知していない。
証券会社が重要な顧客等の資金運用を一任勘定で受けた場合、顧客等に損をさせず、多少の利益を与えることは少なくとも本件当時までは常識であった。従って、a證券にとって重要な株主であった被告Yに関連して資金を運用する場合、a證券が預かった資金に1割程度の利益を乗せることも、いわば当事者間では暗黙の了解事項であり、担当のAはこのことを社内のだれよりもよく承知していた。
そのAと被告Yは、昭和40年代に知り合い、以来長年の間飲食やゴルフを共にしてきたきわめて親密な関係にある。ゆえに、小甚ビル口座の運用で万一損失が出ても被告YがAに運用で成績をあげるように頼むことはあっても、両者の関係からして強硬に補填要求をするようなことはない。またどのような方法で利益を上げるかについては証券業に詳しくない被告Yはわからないし、仮に違法な利益供与を会社が行ったとしても被告Yはそれを聞いていない。そもそも会社が違法な利益供与を行ったとしてもそれを顧客に言うわけもない。以上のように、被告Yは補填の要求をしたことはないし、個々の違法とされる付け替え等の利益供与の実態は知らない。
第4裁判所の判断
甲第12号証(判決抄本)によれば、被告は、「被告人は、証券会社であるa證券株式会社の1単位の株式の数以上の株主であるともに、同証券会社本店において、小甚ビル名義の取引口座を開設して有価証券の売買取引等を行っていた同証券会社の顧客であるが、平成6年12月上旬ころ、被告人において、当時の同証券会社嘱託職員Aらに対し、右有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券について生じた損失の全部を補てんするとともにこれらについて生じた利益に追加するため、財産上の利益を提供するよう要求し、右要求により、被告人の株主の権利の行使に関し、平成7年6月29日に開催される同証券会社の第55回定時株主総会で、被告人において議事が円滑に終了するよう協力することの謝礼の趣旨で、Aらが同証券会社の計算において供与するものであることを知りながら、同人らをして、同証券会社が顧客の注文約定等の事務処理を委託しているa情報システム株式会社船橋センター内に設置されたホストコンピューターを使用するなどの方法により、別表(原告の主張の別紙と同じ)記載のとおり、平成6年12月16日から平成7年1月31日までの間、前後32回にわたり、シンガポール共和国内のシンガポール国際金融取引所(サイメックス)で行った日経225先物取引の買い付け及び売り付けは、いずれも同証券会社が自己の計算で行ったものであったのに、被告人から委託を受けて行った取引として、これらを小甚ビル名義の取引勘定にそれぞれ帰属させて、合計1億0,700万6,538円相当の財産上の利益の提供及び供与を受けた。」との犯罪事実により、商法497条2項違反の罪(情を知って株主の権利の行使に関し会社の計算において財産上の利益の供与を受けた罪)で、平成11年4月21日、東京地方裁判所において懲役9月に処せられ、右判決は、同日確定したことが認められ、これによれば、原告の主張する請求の原因事実が認められる。
したがって、被告は、商法294条ノ2第3項に基づき、a證券から供与を受けた財産上の利益1億0,700万6,538円をa證券破産管財人に返還する義務があり、さらにこれに対する訴状送達の翌日である平成10年3月21日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、仮執行の宣言につき民事訴訟法259条1項を、訴訟費用の負担につき同法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林久起 裁判官 河本晶子 松山昇平)
<以下省略>