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東京地方裁判所 平成10年(ワ)5083号 判決 1998年7月28日

原告 株式会社X

右代表者代表取締役 A

右代理人支配人 B

被告 三井生命保険相互会社

右代表者代表取締役 C

右訴訟代理人弁護士 泉弘之

同 山崎善久

被告補助参加人 株式会社Z

右代表者代表取締役 D

右訴訟代理人弁護士 伊藤廣幸

主文

一  被告は原告に対し、八七万八〇四三円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、被告補助参加人株式会社Z(以下「Z」という。)に対して債務名義を有する原告が、Zが契約者となっている生命保険契約に基づく解約返戻金請求権を差し押さえ、生命保険会社である被告に対して債権取立請求を行っている事件である。

二  争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

1  Zと被告は、左記の生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、右契約においては、保険契約者はいつでも保険契約を解することができ、その場合には、保険者は保険契約者に対し解約返戻金を支払う旨の特約がある。

(一) 保険の種類 定期保険特約付養老保険

(二) 保険者 被告

(三) 保険契約者 Z

(四) 被保険者 D (Zの代表取締役)

(五) 死亡保険金受取人 Z

(六) 死亡保険金額 主たる保険金二七〇〇万円、定期保険特約金二八〇〇万円、合計五五〇〇万円

(七) 災害割増特約 五〇〇万円

(八) 傷害特約 五〇〇万円

(九) 災害入院特約 給付日額一万円

(一〇) 疾病入院特約 給付日額一万円

(一一) 保険料 月払一か月一二万一二五八円

2  原告は、Zに対して、東京法務局所属公証人E作成平成九年第二八六一号金銭消費貸借契約公正証書記載の、三四四万五二三二円とこれに対する平成九年九月二八日から年二九・九三パーセントの割合による遅延損害金を支払えとの債務名義を有しているところ、右公正証書の執行力ある正本に基づき、平成九年一一月一八日、東京地方裁判所に対して、Zを債務者、被告を第三債務者として、債権差押命令の申立てを行い(同裁判所平成九年(ル)第八六二七号事件)、同裁判所は、同月二一日、本件保険契約の解約返戻金請求権を三〇〇万円の限度で差し押さえる旨の債権差押命令を発し、右命令は、同月二五日に被告に送達され、同年一二月一日にZに送達された(以下「本件差押え」という。)。

3  原告は、平成九年一二月一七日に被告に到達した書面で、被告に対し、本件保険を解約し、解約返戻金を請求する旨の意思表示をした。右時点で解約された場合、被告が支払うべき解約返戻金額(本来の解約返戻金額に配当金一万八六二三円を加算し、契約者貸付金(保険料自動貸付金)四九万二五一二円の元利金を控除したもの)は八七万八〇四三円であった。

4  Zは、平成九年九月三〇日及び同年一〇月一日の両日、振出手形を不渡りにし、同年一〇月六日、取引停止処分を受け(甲第五号証)、同月九日付けで取引先に対して会社を閉鎖することになった旨の通知をし(甲第六号証)、本件差押えがされた当時は無資力状態であった。

三  争点

原告は、解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、その取立権に基づき取立てのために解約権を行使できるか、そうでないとしても、債権者代位権に基づいて、保険契約者の解約権を代位行使できると解すべきであると主張し、被告は、右主張を争っている。

したがって、本件の争点は、Zの被告に対する解約返戻金請求権を差し押さえた原告が本件保険契約を解約することができるか否かである。

第三判断

一  生命保険契約は、受取人が保険事故発生に伴って保険金を受けとることに本来的な意味があり、これが保険契約者の意思に基づかないで解約されることになると、当該保険の性質や解約の時期、状況等のいかんによっては、保険からの給付金を拠り所とする受取人等に対して深刻な影響を与えることになるであり、生命保険契約上の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者に一律に解約権行使を認めることには疑問がなくはない。しかしながら、少なくとも、当該保険契約が一時払養老保険のように貯蓄型のものであれば、保険契約上の債権は通常の預貯金債権と異なる取り扱いをする必要はないから、債権者による解約権行使は当然に是認されてしかるべきであり、また、債務者が無資力となった場合には、債務者は差押えが禁じられている財産以外のすべての財産をもって債権者への弁済を行うべきであるから、当該保険契約が貯蓄型であるかどうかを問わず、債権者は債権者代位権に基づいて解約権を行使することができるというべきである。

二  これを本件についてみると、前記の事実関係によれば、債務者であるZは、平成九年一〇月に取引停止処分を受けただけでなく、事業そのものを停止してしまっていたのであり、本件差押え当時は無資力状態であったというのであるから、原告は、債権者代位権に基づいて解約権を行使することができるというべきである。

また、本件保険契約は、Zが自己を保険金受取人とし、その代表者であるDを被保険者として締結されているのであるから、代表者に保険事故があったときに会社に発生する損失を専ら経済的に填補する目的をもってしたものと解され、そうだとすると、生活保障ないしは社会保障の補完的な意味合いはなく、解約返戻請求権を含む本件保険契約上の債権は、他の会社財産とさして異なるところはないというべきであり、この点からみても、原告の解約権行使は認められるべきである。

三  そうすると、原告がした本件保険契約の解約は有効と解すべきであるから、解約権を行使した時点での解約返戻金額八七万八〇四三円とこれに対する解約権を行使し、解約返戻金を請求した日の翌日である平成九年一二月一八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋弘)

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