大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成10年(ワ)542号 判決 1999年2月26日

原告

株式会社○○ファィナンス

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

武田仁

中野明安

井上能裕

被告

乙川花子

右訴訟代理人弁護士

藤本斉

高木宏行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金一〇万一〇八四円及び内金一〇万円に対する平成九年五月二七日から完済に至るまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の提携先の現金貸出機に被告のカードが挿入され、また被告が原告に届け出た暗証番号が入力されて現金が引き出された記録があるとして、原告が主位的には金銭消費貸借契約、予備的にはカード利用契約又は善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権、さらには民法四七八条の準用による金銭消費貸借契約に基づき、右貸出機から引き出された金額のほか利息及び遅延損害金について、被告に請求した事案である。

一  前提事実(特記した他は争いがない)

1  原告は、クレジット事務の請負、貸金業、各種動産・不動産の賃貸借及び売買を行う会社である(甲一、弁論の全趣旨)。

2  被告は原告との間で、平成六年四月二四日に次の金銭消費貸借契約を含む○○カード会員契約を承認のうえ、○○カード契約を締結し、同日○○カードの貸与を受けた(甲一、五の一及び二、弁論の全趣旨。なおこのカード契約を以下「本件カード利用契約」と、また契約に基づき被告が原告から貸与を受けて現在所持するカードを「本件カード」という。)。

① 被告は、貸与を受けたカードについて、善良なる管理者の注意をもって、保管、使用する。

② 被告は、カードの暗証番号(四桁の数字)を原告に登録する。

③ 被告は、暗証番号を他人に知られないように善良なる管理者の注意をもって管理し、故意または重大なる過失により他人に知られたことにより生じた損害は、被告が負担する。

④ 被告がカードを紛失し、または盗難にあった場合でも、被告の家族、同居人等の関係者によってこれが使用された場合には、被告は支払いの責を負う。

⑤ 被告は、○○カードを利用して原告より、原告及び原告の指定する提携先の現金貸出機を利用して、金銭の借入ができる。

⑥ 融資金の返済は定額リボルビング払いとし、毎月五日締、同月二六日限り融資金と利息の合計金一万円を支払う。

⑦ 利息は年28.2パーセント、遅延損害金は年29.2パーセントとする。

⑧ 融資金及び利息の支払いを一度でも怠った場合には当然に期限の利益を喪失する。

⑨ 原告の住所地を管轄する裁判所を合意管轄裁判所とする。

3  原告において、カード会員に対して○○カードを発行した場合、また、一度発行したカードについて、紛失、破損等の理由でカードを再度作成した場合には、発行日、扱い者等の履歴が、すべてコンピューターに記録として残される。これによると、原告が被告に対して発行したカードは、平成六年四月二四日(カード入会日)に作成され、現在も被告が所持する本件カード一枚のみであり、その後に再作成等がなされた記録はない(甲八、弁論の全趣旨)。

4 訴外株式会社クレディセゾン(以下「クレディセゾン」という。)の現金貸出機(以下「本件貸出機」という。)にて利用された○○カードの利用ログリスト(甲二)によれば、平成九年五月五日午後六時五七分に原告の提携先である西友小手指店内に設置されている本件貸出機に本件カードと同じ番号のカードが挿入され、暗証番号が正しく一回で入力されて同機械から現金一〇万円の貸付がなされた旨の記録が残されている。この機械は、まずカードが挿入され、さらに正しい暗証番号が入力されて初めて作動するものである(甲二、三、六、七、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  被告は自ら又は第三者にカードを交付して、本件貸出機を利用し現金一〇万円を借り受けたか。

2  本件カードが被告の家族、同居人等の被告の関係者により利用されて、本件貸出機を通じて現金一〇万円の貸付がなされたか。

3  被告には、本件カードの保管・使用又は暗証番号を他人に知られないようにすることについて善管注意義務違反があるか(ただし暗証番号に関する善管注意義務違反についてのみ故意又は重過失が要件とされている。)。

4  被告は、民法四七八条の類推適用による本件貸金返還義務を負うか。

三  争点に関する当事者双方の主張の要旨

1  争点1ないし3について

(原告)

① 原告のコンピューターシステム上、カードを利用してキャッシングを行うためには、○○カードとそのカードについて原告に登録された暗証番号の両方が必要であること、②本件コンピューター記録(甲二)によれば、原告が被告に貸与したカードが現金貸出機に挿入され、被告本人のみが知り得る暗証番号が一回で正しく打ち込まれていること、③本件においては、原告、クレディセゾン又は加盟店従業員によって不正が行われたとは考えられないこと、以上の事情によれば、本件においては被告自身又は被告の意思に基づく第三者により、仮にそうでないとしても被告の家族、同居人等の被告の関係者により本件カードが利用されたものといわざるを得ない。

また、本件カードが実際に本件現金貸出機に挿入され、被告の暗証番号が一回で正しく入力された事実に照らせば、被告は、本件カードが自身の管理下より容易に持ち出されるような管理状況を作出していたこと及び本件カードの暗証番号を容易に知り得るような管理体制をとっていたことは明らかである。

(被告)

被告は、本件カードを自身で使用したこともなければ第三者にこれを交付したこともない。そもそも被告が本件カードを使用したと主張されている平成九年五月五日午後六時五七分に被告は小手指まで行くことは時間的に不可能であった。また、被告の家族、同居人等とは被告の配偶者である訴外乙川一郎(以下「一郎」という。)を指すと考えられるが、同人は、右カード使用日時とされる時には西友小手指店には行っておらず、しかも被告から本件カードの交付を受けて右カードを使用してはいないし、これまでも一度も使用したことがない。以上によれば、原告の争点1及び2に関する主張は理由がない。

次に被告は、本件カードについては他のカードとともに常に財布に入れており、その財布も常時身につけていて、買い物をしたとき等財布を開いたときには必ずカードの存在を確認するようにしていたから、本件カードが第三者に持ち出されたことはなく、また持ち出されるような管理状況にもなかった。暗証番号についても、被告は第三者に察知されやすい番号を使っていなかったし、暗証番号をむやみに口外することもしていない。

したがって、争点3に関する原告の主張も理由がない。

原告の争点1ないし3に関する主張の根拠として、本件カードと同番号のカードが本件貸出機に挿入され、被告のみが知り得る暗証番号が一度で正しく入力されているという事実が掲げられているが、カードの偽造やカードあるいはホストコンピューターからのデータ流出ということはあり得るのであり、またコンピューターの通信回線による通信の過程において暗証番号等のデータを第三者が読み取ることまで不可能であるとはいえないのであるから、右原告主張事実だけで被告の責任原因事実を推認することはできない。

2  争点4について

(原告)

何者かにより本件カードが本件貸出機に挿入され、被告の暗証番号が入力されて現金一〇万円が貸し出されたのであるから、被告は民法四七八条の類推適用により本件貸金の返還義務を負う。

(被告)

そもそも本件カードが使用された事実はないから、原告の主張はこの点において前提を欠き失当であるのみならず、本件貸付は弁済類似の行為とはいえないから、民法四七八条の類推適用はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1ないし3について

1  証拠(各認定事実毎に末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、平成元年一一月に婚姻してから、一郎の実家の乙川米店の仕事を手伝っていた。原告により本件カードが使用されたと主張されている平成九年五月当時は、右米店を経営する一郎と一歳及び六歳の子供四人で、川口市栄町<番地略>所在の△△コーポ川口七〇六号室に居住しており、その後平成一〇年一月に現在の住所地に移転した(乙九、証人乙川、被告)。

(二) 被告は、平成九年五月当時から、キャッシュカードやクレジットカードを数枚所持しており(本件カードを含む)、これらをカードが一枚一枚入れることのできるホルダーが付いた被告の財布の中に入れて保管していた。

そのホルダーは、少しずつずれているので、入れてあるカードは一目で一覧できるようになっていて、買い物をする時等右財布を開けた時は、必ずカードホルダーは目に入るようになっていた(乙九、一三、被告)。

(三) 被告の平成九年五月五日当日夕方の行動状況は次のとおりである。すなわち、午後四時一五分にイトーヨーカドー川口店において夕食のための買い物をした後、午後四時半ころ帰宅し、四時五六分に子供の学校のクラス連絡網で訴外大西宅に架電したが留守番電話になっていた。そこで、午後五時五三分に再度架電したが、このときも留守だったので、連絡網の電話である旨を留守番電話に入れた。その後、家族(一郎も含む)と夕食をした後、再び午後七時四一分に大西宅に架電したが、この時は大西がいたため、要件を伝えた。川口駅から西友小手指店がある小手指駅までは、いずれのルートをたどるにせよ片道一時間以上かかる(乙一、三、一一、証人一郎、被告、弁論の全趣旨)。したがって、被告は、本件カードを原告主張の日時に西友小手指店において使用できないし、またした事実もなく、この点は一郎も同様である。また被告が当時第三者に本件カードを交付した事実もない。

(四) 被告及び一郎が何らかの事情で金一〇万円を用意する必要があったとしても、キャッシングカード等を用いて川口市内で調達することが可能であったうえ、そもそも被告一家は、被告住所地において三代前から米穀商(完全な同族会社であり、一郎が三代目である。)を営んできた家族であって、金一〇万円の現金ならいつでも出せる状態にあった(乙九、一〇、証人一郎、被告)。

(五) 本件カードの暗証番号は、被告の結婚記念日が使われているが、この番号を被告が不用意に他人に口外している事実は特に認めることができない(乙九、被告)。

(六)  クレジットカードの不正使用事件は、いくつか報告されており、本件類似の事件(乙八の事例2のケース参照)も存在する(原因は特定されていない)。また昭和五七年二月二〇日の朝日新聞の記事(乙一五)によると、当時の日本電信電話公社の職員が通信回線からデータを盗み他人のキャッシュカードを偽造、銀行預金を引き出していた事件が報道されている(乙八、一五)。

2  そこで、前記前提事実に加えて右認定事実に基づき、争点1ないし3につき次に検討する。

まず、前記前提事実4の事実が存在する以上、右1の(六)の事実が認められるとしても(これは例外的場合に該当することは当裁判所に顕著である。)、被告において被告自身及び被告の意思に基づく第三者が本件カード及び被告の暗証番号を使用したことはなく、しかも本件カード及び右暗証番号を適正に管理していた事実を証明する必要があり、この反証が成功しない場合は、被告(その意思に基づく第三者の利用も含む)又はその関係者により本件カード及び暗証番号が使用されて本件借入がなされた事実が事実上推定されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、右1において認定した事実によれば、被告及びその意思に基づく第三者が本件カードを使用した事実はなく、しかも被告の当時の生活状況及びその暗証番号の特殊性(被告の結婚記念日が使用されている)に照らして本件カードを被告の意思に基づかずに使用するとすればでき得る者としては一郎以外はあり得ないとみられるところ、同人も右カードを使用していないこと、さらには被告は本件カードを適正に管理しており、その暗証番号についても同様であることが明らかである。

そうすると、被告は前記反証に成功しているといわざるを得ないから、本件において、被告又はその意思に基づく第三者はもとより、被告の関係者によって本件カード及び暗証番号が使用された事実を推認することはできないというほかはない。そして、他に被告又は被告の関係者により本件カード及び暗証番号が使用された事実を認めるに足りる証拠はない。また被告により本件カード及び暗証番号が適正に管理されていたことは既に述べたとおりであるから、その保管及び使用につき被告に善管注意義務違反もない。

よって、争点1ないし3に関する原告の主張は採用することができない。

二  争点4について

本件全証拠によっても、本件貸出機に「本件カード」が使用されたとの事実を認めるに足りる確証はないから、原告の主張はこの点において前提を欠き理由がない。

のみならず、本件の場合、本件貸出機に本件カードが挿入され、被告の暗証番号が入力されたときは、確かに右機械による貸出が行われざるを得ないシステムになっているとはいえ、原告の被告に対する法的義務がその前に既に発生していて、右貸出がその義務の履行という関係にはなく(また貸出時点においてその使用者が不正者と判明すれば、原告としても右貸出を拒絶できるのは当然である。単に機械が事実上そのチェックをなし得ないというにすぎない。)、また右機械が真正な利用者であるかどうかを識別できないことによる原告の危険ないし不利益は、原告自身カード会員規約(甲一)に予め種々の規定を置いてその回避を図っているのであるから、それ以上の保護が図られなくともやむを得ないというべきであって、これを超える保護を民法四七八条の類推適用により受けようとすることは、かえって右規約を設けた趣旨に反するのみならず(同条の類推適用が認められないからこそ右規約に具体的かつ要件の限界を画した規定を設けているのである。)、当事者間の公平を害する結果となる。そうとすれば、本件貸付は同法四七八条所定の弁済に類似する行為とは解されず、同条の類推適用はないと解するのが相当である。

したがって、争点4に関する原告の主張も理由がなく、採用できない。

第四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官堀内明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例