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東京地方裁判所 平成10年(ワ)6384号 判決 2000年4月26日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

朝比奈秀一

被告

プラウドフットジャパン株式会社

右代表者代表取締役

長谷川喜一郎

右訴訟代理人弁護士

石嵜信憲

山中健児

森本慎吾

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金七〇五万八三三七円及びこれに対する平成一〇年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年四月から判決確定に至るまで毎月二五日限り金六四万一六六七円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  二項及び三項について仮執行の宣言

第二事案の概要

本件は、被告に雇用されていた原告が、被告が平成九年三月一二日にした解雇の効力を争い、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、解雇された後である同年五月から平成一〇年三月までの一一か月分の未払賃金として金七〇五万八三三七円及びこれに対する弁済期の後であることが明らかな平成一〇年四月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに平成一〇年四月から判決確定に至るまで毎月二五日限り金六四万一六六七円の割合による賃金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実については、各項の末尾その他の箇所に証拠を挙示した。なお、争いのない事実であっても、参照の便宜のために証拠を挙示したものもある。)

1  当事者等

(一) 被告は、昭和六四年一月五日、企業、政府当局その他に対するコンサルティング・サービスなどを目的として設立された株式会社である。

(二) 原告は、平成七年四月一〇日、被告にインスタレーション・スペシャリスト(以下「IS」という。)として採用され、原告と被告との間に期間の定めのない雇用契約が成立した。

(三) ISの主要な業務は、顧客企業に対するインスタレーションであり、顧客企業の役員及び管理職に対して適切な質問を行うことなどを通して自ら問題意識と解決への意欲を生じさせ、協同して問題の解決策を作成実行していくことである。

2  被告による原告の解雇について

被告は、原告に対し、平成九年三月一二日、原告が被告の就業規則九条一項一号及び二号に該当するとして同月一七日付けで原告を解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という。)、そのころ解雇予告手当に相当する金員を原告あてに送金した。

(<証拠略>)

3  被告の就業規則について

被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、次のような定め(原文を尊重したが、原文は横書きなので縦書きとするのに適宜表記を変更したほか、明らかに誤記と認められるものは表記を改めてある。)がある。

第九条(解雇)

(1) 会社は従業員が次の各号の一に該当するに至ったときは、三〇日前に予告するか三〇日分の平均賃金を支払って解雇することがある。

1  従業員がその職務遂行に不適当と判断されたとき。

2  従業員がその職務遂行に不十分又は無能と判断されたとき。

3  会社の経営状態上避けられないとき。

4  従業員が三八条各号の一に該当するとき。

5  従業員が正当な理由なく転勤又は配置転換を拒んだとき。

6  その他避けられない理由のあるとき。

(2) 前項(1)の予告日数は労働基準法第一二条により会社が支払う平均賃金の日数に応じ減少することがある。

第三八条(懲戒理由)

懲戒は次のような場合行なわれる。

1 通知なく又は正当な理由なく、しばしば遅刻、早退、欠勤を繰り返したとき。

2 従業員の履歴に偽りがあった場合、又は偽りで入社したとき。

3 会社の機密を漏らし、又は漏らそうとしたとき。

4 業務遂行を進めるため、不当に金品を受けたとき。

5 職務又は報告に関する手続きを怠ったとき、又は職務上の規則、命令に従わなかったとき。

6 会社の業務運営上、与えられた指示、命令に従わなかったとき。

7 会社、管理職又は他の従業員に対し虚偽の非難を言ったり、刊行したとき。

8 就業規則を守らなかったとき。

(<証拠略>)

4 被告の業務の概要について

被告の母体であるプラウドフット株式会社は、昭和二一年二月二五日、アメリカのシカゴにおいて設立され、昭和四七年からサービスの範囲をアメリカ国内から海外に広げた。プラウドフット株式会社は、昭和六二年ころから日本への進出を検討し始め、昭和六四年一月五日、被告が設立された。なお、プラウドフット株式会社の本社は、昭和六二年、イギリスのロンドンに移転された。

被告の業務内容を要約すると、顧客企業に対し、戦略論を述べるのではなく、現有資源(人、物、資金、情報、時間)の利用度の再評価、有効利用の促進を現場に徹底的に定着化(インストール)させる手法を通じ、計量可能な形での収益改善の成果創出、維持をサービスの主眼としており、この点で知識供給型といわれる従来の経営コンサルタントとは異なっている。被告においては単に知識を提供するのではなく、知識を行動に移すのを支援することに主眼がある。具体的な勤務形態としては、通常は被告のスタッフであるISが二ないし四名でチームを組み、契約期間中は顧客企業の職場に駐在して、改善方法の提案のみならず、その実行を阻む原因を探り、顧客企業の社員と共同作業で改善方法を実行に移し、測定可能な方法で成果を創出するというものであるが、要するに、IS自身が行動変革のモデルとして駐在している職場で率先行動することによって顧客企業の社員に行動変革を起こさせようというのであり、そのためにはISが駐在している顧客企業の社員との間で信頼関係を構築することが必要不可欠となる。そこで、被告のスタッフであるISには、単に経営コンサルタントとしての資質が求められるのみならず、インストーラーとしての資質が求められるのであって、具体的には、職場での問題発見に強い興味を持っていること、問題を発見できること、問題点の根本原因を深く追及して明確にすること、問題解決案を多角的に考えるフレキシブルな頭脳を持ち合わせていること、上司からの指示待ちではなく、自らも提案できることなどといった能力に加えて、経営トップから第一線の社員に至るまでの多くの人達とコミュニケーションをし、信頼関係を構築する能力が求められている(経営コンサルタント及びインストーラーとして資質の具体的な内容に照らせば、右にいう資質とは能力や適格性と言い換えることができる。)。

(<証拠・人証略>)

5 被告の組織及びトレーニングシステムについて

原告が被告にISとして採用された平成七年四月一〇日当時、被告の社員の総数は、社長を含めて三九名であり、そのうち、ISは原告を除いて一三名、その上にマネージャー・オブ・インスタレーションが一〇名、さらにその上にマネージャー・オブ・オペレーション(以下「マネージャー」という。)が五名在籍していたが、さらにその上のディレクターという役職は空席であった。

被告においては、オフ・ザ・ジョブ・トレーニングとして、<1>新入社員を対象としてオリエンテーション、<2>ISを対象として日常用いる基本的なプラウドフットシステムの解説、<3>顧客企業の社員をトレーニングする際のトレーナーとしての訓練、<4>全社員を対象としてプロジェクトのケース・スタディを通じてのトレーニング、<5>スタッフの昇進に基づいて新たな任務に対するトレーニングが行われており、原告についても、<1>から<4>までのオフ・ザ・ジョブ・トレーニングが行われており、その回数は原告が入社した翌月である平成七年五月から同年一二月までに合計五回、平成八年一月から同年六月までに合計三回であった。

(<証拠・人証略>)

6 プロジェクトにおける各自の役割について

プロジェクトにおいては、マネージャーがチームの各メンバーに対しそれぞれの行うべき業務を与え、各メンバーはプロジェクト全体の中での各自の役割を認識し、着実に与えられた業務を遂行していかなければ、プロジェクト全体の成果は上がらない。

7 原告が参加したプロジェクトのうち本件解雇の理由に関係するプロジェクトについて<略>

8 原告がプロジェクトから外れた後の経過について<略>

9 原告の賃金について<略>

二  争点

本件解雇の効力について

第三当事者の主張<略>

第四争点に対する判断

一  原告が参加したプロジェクトの経過について<略>

二  ISとしての適格性及び能力と本件就業規則九条一項一号又は同項二号の該当性について

本件就業規則九条一項一号又は二号の該当性について判断する。

まず、被告の社員がISである場合には、本件就業規則九条一項一号にいう「従業員がその職務遂行に不適当と判断されたとき」又は同項二号にいう「従業員がその職務遂行に不十分又は無能と判断されたとき」とは、いかなる場合を指すかが問題となる。

ここで、被告は、原告が外資系企業である被告にISとして中途採用され、収入も年俸七七〇万円と高額であることなどから、例えば、終身雇用制の下で新卒者を雇用する場合とは異なり、ISとして被告が期待する一定の能力、適格性を備えていることが雇用契約の内容となっていることを前提として、本件就業規則に該当するかどうかが検討されなければならないと主張する。

なるほど、被告がISとして雇用した社員に対しどのような能力や適格性を求めているかについては、被告が社員との間で締結した雇用契約の内容によって決まるものと解される。

ISには経営コンサルタントとしての資質のみならず、インストーラーとしての資質が求められているのであり(前記第二の一4)、ISが担当する業務の内容(前記第二の一4)からすれば、被告においては社員がISとして求められている能力や適格性が平均を超えているか、又は、少なくとも平均には達していることが求められているものというべきである。しかし、証拠(<証拠略>)によれば、被告が新聞紙上に掲載している社員の募集広告には入社を希望する者に経営コンサルタントの経験があることなどを考慮するという記載があるが、他方において、経験不問という記載もあることが認められるのであって、このことに、被告においてはオフ・ザ・ジョブ・トレーニングが完備されていること(前記第二の一5)も併せ考えれば、被告においてはISとして採用された社員が入社後のトレーニング及び実務における経験を重ねることによりISとしての能力や適格性を高めていくことが予定されているものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はないのであって、そうであるとすると、被告がISとして雇用した社員が被告に入社するまでに経営コンサルタントとして稼働した経験がない場合には、その社員との間に締結した雇用契約においては雇用の時点において既にISとして求められている能力や適格性が平均を超えているか、又は、少なくとも平均に達していることが求められているということはできないのであって、その場合には、一定の期間ISとして稼働し、その間にISとして求められている能力や適格性が少なくとも平均に達することが求められているものというべきである。

そうすると、被告に入社するまでに経営コンサルタントとして稼働した経験がない社員が一定期間ISとして稼働したにもかかわらず、ISとして求められている能力や適格性がいまだ平均を超えていないと判断される場合には、その社員はその能力や適格性の程度に応じて「その職務遂行に不適当」又は「その職務遂行に不十分又は無能」に当たると解される。

これに対し、原告は、最高裁昭和四八年九月一四日第二小法廷判決(民集七巻八号九二五頁)を論拠に職務の不適格性に関する基準は相当に厳格であると主張する。しかし、前掲の最高裁判決は、地方公務員たる教育公務員について地方公務員法二八条一項三号に規定する「その職に必要な適格性を欠く場合」の意義について判断しているのであり、本件とはその前提となる事案を異にするから、前掲の最高裁判決が判示することをそのまま本件に適用することができないことは明らかである。原告の右の主張は採用できない。

三  原告のISとしての能力及び適格性について

1  オー・エス・ジーのプロジェクトについて

(一) 解雇理由<1>について

(1) 原告はドリル工場において各工程箇所の仕掛品の数を数えるという作業をしていたが、それによってボトルネックを発見することはできず、ドリル工場において納期の遅れの改善という成果を上げることはできなかったこと、原告は、ブラウンペーパーによる分析によって、ドリル工場においてはもともと製品の納期を達成することができないでいたことを指摘したが、今後納期の遅れは実際の工程における作業の改善によって図られるべきであると指摘するにとどまり、それ以上納期の遅れの改善につながる具体的な指摘や提案は何もしなかったことは、前記第四の一1及び2のとおりである。

(2) 吉澤マネージャーが平成八年七月一二日にした業績評価において原告の弱点として論理的な思考力、意思の伝達・理解度が指摘されていること、原告はこの業績評価は恣意的に作成されたと主張しているが、吉澤マネージャーはこの業績評価を記述した書面を原告に示しながら原告にその内容を説明し、原告はその説明が終了したときに書面(別紙3)の「REVIEWEE」の欄に日付を書いた上でサインし、吉澤マネージャーの説明について特に異議を述べることはしなかったこと(前記第四の一11)からすれば、この業績評価が恣意的であるということはできないこと、以上によれば、吉澤マネージャーが原告の弱点として指摘した論理的な思考力、意思の伝達・理解度は原告の弱点として現に業績評価の時点において存在していたものと考えられる。また、池田マネージャーは、その陳述書(<証拠略>)において、原告にプロジェクト参画の心構え、社員・コンサルタントとしてしてはいけないこと・すべきこと、論理的な話の仕方、論理的な考え方について話し合ったが、改善は見られなかったと供述し、また、話をするときは論理だって話すこと、思い付いたことをべらべら話さないこと、プロジェクトは自分の判断で勝手に進めないこと、プロジェクト責任者、すなわち、プロジェクトマネージャーの指導に従うことを説明し、指導したと供述しているが、池田マネージャーの供述に係る原告の弱点又は欠点は、吉澤マネージャーが平成八年七月一二日にした業績評価の際に原告の弱点又は欠点として見ていた点とおおむね同じであるといえ、また、原告には、ISとしての自覚や能力の欠如に由来する業務の遂行上の問題点があり、池田マネージャーは、原告のISとしての自覚や能力の欠如に由来する原告の業務の遂行上の問題点を改善する目的で、「甲野さんへ」と題する書面を渡す以前に、原告に対し口頭で何回となく注意、指導を行っていたこと(前記第四の一5)からすれば、池田マネージャーの供述に係る原告の弱点又は欠点は、原告がオー・エス・ジーのプロジェクトに配属されていた期間中を通して存在していたものと考えられる。以上の点に、証拠(<証拠・人証略>)を併せ考えると、原告は論理的な思考力、意思の伝達・理解度の点において平均的なISより劣る点があったことを認めることができる。

しかし、石野ガスケットのプロジェクト推進委員会及び実行委員会における原告の発表について理解しづらいと感じたことはあったものの、難があったという記憶はないこと(前記第四の一6)、原告の話ぶりが脈絡を欠くことについての池田マネージャーの陳述書(<証拠略>)における供述は具体性を欠いており、池田マネージャーが原告に渡した「甲野さんへ」と題する書面にも原告の話ぶりが脈絡を欠くことを指摘した記述はないことからすると、原告の話ぶりが脈絡を欠くことを認めることはできないが、原告の話ぶりに理解しづらい点があったことは認めることができる。

(二) 解雇理由<2>について

池田マネージャーは、原告のISとしての自覚や能力の欠如に由来する原告の業務の遂行上の問題点を改善する目的で、「甲野さんへ」と題する書面を渡す以前に、原告に対し口頭で何回となく注意、指導を行っていたことは、前記第四の一5のとおりである。

(三) 解雇理由<3>から<5>までについて

機械工場に配置された原告が、まず最初に設計部門のリードタイムの短縮を図ろうとしたこと、原告が、現場の担当者から機械工場の製造現場の改善ポイントとしてどんなものがあるかと質問され、危険な工場内でのヘルメットの着用を勧めたり、天井のクレーンの位置の危険性などを指摘したことから、池田マネージャーは、原告がオー・エス・ジーのドリル工場に配置されて以来、原告のISとしての自覚や能力の欠如に由来する原告の業務の遂行上の問題点を改善する目的で、口頭で何回となく注意、指導を行ってきたにもかかわらず、原告にはその注意、指導をしんしに受け入れるという姿勢がなかった上、原告を機械工場に配置した際には「甲野さんへ」と題する書面を渡していわば原告にオー・エス・ジーのプロジェクトに参加する最後の機会を与えたにもかかわらず、原告の業務の遂行上の問題点は一向に改善していないことから、原告をオー・エス・ジーのプロジェクトから外すほかないと判断したことは、前記第四の一5のとおりである。

(四) 小括

解雇理由<1>については前記(一)のとおりであり、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。解雇理由<2>については前記(二)のとおりであり、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。解雇理由<3>から<5>までについては前記(三)のとおりであり、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。

以上によれば、オー・エス・ジーのプロジェクトに従事していた期間中における原告はISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったものというべきである。

2  石野ガスケットのプロジェクトについて

(一) 解雇理由<6>について

吉澤マネージャーは、プロジェクト推進委員会及び実行委員会における原告の発表について難があったという記憶はないものの、原告の発表が理解しづらいと感じたことがあり、また、そのことを石野ガスケットの社長と会長から指摘されたこともあったが、それによってプロジェクトの遂行に支障を来したということはなかったことは、前記第四の一6のとおりである。

(二) 解雇理由<7>について

証拠(<証拠・人証略>)中には解雇理由<7>に沿う部分があるが、原告はその本人尋問において解雇理由<7>を否定する趣旨の供述をしており、プロジェクト推進委員会及び実行委員会における原告の発表について石野ガスケットの社長と会長から指摘されたのは、原告の発表が理解しづらいというものであったにすぎないことからすれば、証拠(<証拠・人証略>)だけでは解雇理由<7>を認めるには足りず、他に解雇理由<7>を認めるに足りる証拠はないから、解雇理由<7>を認めることはできない。

(三) 解雇理由<8>及び<9>について

茂原ディレクターは、石野ガスケット小田原工場に出向き、ISとして小田原工場に駐在していた原告と中村公亮に対しトレーニングを行ったが、ディレクターがプロジェクトを実施している最中にプロジェクトの現場に出向いてISのトレーニングを行うことは被告では前例のないことであり、これは、原告と中村公亮のISとしての技量が不十分であることから、実施されたことであったこと、トレーニングの結果、原告には、例えば、現状分析の仕方に対する理解が欠けており、生産性やセービングといった基本的な概念を正しく把握していないことなどが判明したことは、前記第四の一7のとおりである。

(四) 小括

解雇理由<7>については前記(二)のとおりこれを認めることはできない。解雇理由<6>については前記(一)のとおりであり、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということはできるが、その影響に照らせば、これを解雇理由としてしんしゃくするのは相当ではない。

しかし、解雇理由<8>及び<9>については前記(三)のとおりであり、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。

以上によれば、石野ガスケットのプロジェクトに従事していた期間中における原告にはISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったものというべきである。

3  ハインツ日本のプロジェクトについて

(一) 解雇理由<10>について

原告の担当に係る東京販売一課における問題点の洗い出しが的確で十分なものであったとは言い難いこと、そのために東京販売一課におけるマネジメントシステムの設計、開発が予定よりも遅れたことは、前記第四の一8及び9のとおりである。

(二) 解雇理由<11>について

原告は、プロジェクト推進委員会においてオレ・アイダ事業部とグローサリー営業部との間で店舗情報の交換の仕組みを提案したものの、両部の部長の反対によりこの提案は採用されなかったが、これは原告が両部の部長の了解まで得ていなかったことによること、原告は、プロジェクト推進委員会において仕切りとして使用していたキャビネットを取り除くことを提案したものの、社長に非難されたが、キャビネットの設置が社長の発案であることを知らなかったことによること、キャビネットの撤去という提案が常識を欠いた提案であるとは思っていなかった吉澤マネージャーは、提案の妥当性を検証する目的で、原告に対し関係者へのアンケート調査をすることを指示したが、その後、原告と東京販売一課に所属する社員との関係が険悪になったことから、この指示を撤回し、同年七月初旬ころから原告をグローサリー営業部東京販売一課の担当から外したことは、前記第四の一10のとおりである。

(三) 解雇理由<12>について

証拠(<証拠・人証略>)中には解雇理由<12>に沿う部分があるが、原告はその本人尋問において解雇理由<12>を否定する趣旨の供述をしていることからすれば、証拠(<証拠・人証略>)だけでは解雇理由<12>を認めるには足りず、他に解雇理由<12>を認めるに足りる証拠はないから、解雇理由<12>を認めることはできない。

(四) 小括

解雇理由<12>については前記(三)のとおりこれを認めることはできない。

しかし、解雇理由<11>については前記(二)のとおりであり、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。解雇理由<10>については前記(一)のとおりであり、この認定事実は原告はISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。

その上、原告の業績評価は前記第四の一11のとおりであり、また、原告はハインツ日本のプロジェクトの進行中であった平成八年七月にマッコーネル副社長から自主退職か、解雇か、最後の機会を与えるか、そのいずれかを選択するよう求められたことは、前記第四の一12のとおりであって、原告は今後の進退についていわば最後通牒ともいうべき選択を迫られており、このことからすれば、被告はISとしての原告の今後の活動に大きな不安を抱いていたといえる。

以上によれば、ハインツ日本のプロジェクトに従事していた期間中における原告はISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったものというべきである。

4  ビー・エム・エルのプロジェクトについて

(一) 解雇理由<13>及び<17>について

原告は、プロジェクト進捗委員会において、ドライアイスをつかむ金はさみの設置及び営業マン用出退勤ホワイトボードの導入の件を発表したが、ビー・エム・エルの社員からは、ドライアイスをつかむ金はさみの設置の件の発表は、生産性の向上に直接結び付くものではないものとして、不評であったこと、原告はドライアイスをつかむ金はさみの設置の件を発表するに当たって事前に舞田マネージャーに説明し、発表することについて舞田マネージャーの承認を得ていたことは、前記第四の一14のとおりである。

(二) 解雇理由<14>について

舞田マネージャーは、マネジメントシステムの設計のために不可欠であると考えて原告に業務プロセスの分析を行うよう求めていたが、原告は、舞田マネージャーの指示に係る方法に従って業務プロセスの分析をしなかったこと、これは、舞田マネージャーが前提としていた検体のサンプリングにおける検体の流れと大阪ラボにおける実際の検体のサンプリングにおける検体の流れが齟齬していたため、原告が舞田マネージャーの指示に係る方法によって検体のサンプリングにおける検体の流れを把握することは煩雑であると即断したためであること、しかし、大阪ラボにおけるボトルネックは検査におけるサンプリングであり、この点を改善するマネジメントシステムを設計しない限り、大阪ラボの生産性の向上にはつながらなかったこと、原告は、作業時間の短縮という観点からラベリングの時間短縮や遠心分離器の回転数の引上げを行ってみたが、原告は大阪ラボにおけるボトルネックは検査におけるサンプリングであるという観点からのマネジメントシステムの設計を試みようとはしていなかったため、原告が執った措置は抜本的な生産性の向上に資するものとは言い難かったこと、原告が大阪ラボにおいてマネジメントシステムを構築していた形跡はなかったことは、前記第四の一16、20及び21のとおりである。

(三) 解雇理由<15>及び<16>について

舞田マネージャーは、原告に対し、大阪ラボにおいてはUFOの削減が急務であるから、早期にUFOの削減を実現するよう指示をしたわけではなかったにもかかわらず、原告は大阪ラボにおいてUFOの削減を実現することが急務であると考え、UFOの削減活動に重点を置いてプロジェクトを進めていたこと、しかし、UFOの発生が削減されたという成果は上がらなかったことは、前記第四の一16、17及び21のとおりである。

(四) 解雇理由<18>について

舞田マネージャーは、かねてから池田マネージャーと原告との間に確執があったことを聞いていたことから、池田マネージャの(ママ)出張の前に、原告に対し、池田マネージャーと原告との関係を尋ねたところ、原告は、舞田マネージャーに対し、池田マネージャーとの間で確執があったことを認めたが、その原因については自分に落ち度はなく、専ら池田マネージャーにあると主張した上、池田マネージャーの問題点を指摘したことは、前記第四の一18のとおりである。

(五) 解雇理由<19>について

池田マネージャーは、平成八年九月四日及び同月五日、大阪に出張してきたが、池田マネージャーが原告と面談したのは、池田マネージャーが同月五日に大阪を発つ直前の約一時間だけであったこと、池田マネージャーは、この打合せにおいて、原告に対し、プラウドフットの基本的な改善テクニックについて話し、次に大阪ラボの業務におけるマネジメントシステムのポイントについて解説したことは、前記第四の一18のとおりである。

(六) 解雇理由<20>について

原告が平成八年九月六日に被告に送付したスタッフレポートには、「池田MOが四日及び五日大阪営業所と大阪ラボを視察。彼は私に対してプラウドフットの基本的用語を講義する為に時間を費やした。ブルース・マッコーネルさんに質問::(ママ)何故私はそのために忙しい時間を割かなければならないのか?その真の目的は何か?その理由を聞かせてもらいたい」と書かれていたことは、前記第四の一19のとおりである。

(七) 解雇理由<21>について

ビー・エム・エルのプロジェクトから外れることになったことを知った原告は、舞田マネージャー宅に電話を架け、舞田マネージャーに対し「自分は会社から去るつもりも、プロジェクトから離れるつもりもない。」と伝えたことは、前記第四の一23のとおりである。

(八) 解雇理由<22>について

平成八年九月二七日にマッコーネル副社長から東京に呼び戻された原告は、同日をもってビー・エム・エルのプロジェクトから外れたが、マッコーネルに対し自分にはマネージャーを務めるだけの能力があるのになぜプロジェクトから外されなければならないのかと迫ったところ、マッコーネル副社長から「君の会社での役割は終わった。」と言われて退職を勧告されたことは、前記第四の一24のとおりである。

(九) 解雇理由<23>について

原告が平成八年九月六日に被告に送付したスタッフレポートには「There are poor“Sign Assignment”in labo. Installation of the system eliminates the lost time.」と書かれていたが、これは「ラボ内では仕事の割り振りができていない。システム導入はロスタイムを削減する。」という意味であることは、前記第四の一19のとおりである。

(一〇) 小括

解雇理由<13>及び<17>については前記(一)のとおりであるが、このうち営業マン用出退勤ホワイトボードの導入の件の発表については原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということはできない。ドライアイスをつかむ金はさみの設置の件の発表については原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということはできるが、原告がその発表について事前に舞田マネージャーの承認を得ていたことからすれば、これを解雇理由としてしんしゃくするのは相当ではない。解雇理由<18>から<21>までについては前記(四)から(七)までのとおりであり、これらの認定事実は原告と池田マネージャーとの間の確執の深さをうかがわせる事情ではあるが、そのことをもって原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということはできない。解雇理由<23>については前記(九)のとおりであり、原告が虚偽の報告を行ったということはできないから、この認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということはできない。

しかし、解雇理由<14>については前記(二)のとおりであり、解雇理由<15>及び<16>については前記(三)のとおりであるところ、大阪ラボにおけるボトルネックは検査におけるサンプリングであり、この点を改善するマネジメントシステムを設計しない限り、大阪ラボの生産性の向上にはつながらなかった(前記第四の一21)にもかかわらず、原告が自らの判断でUFOの削減活動に重点を置いて大阪ラボにおけるプロジェクトを進め(解雇理由<15>)、舞田マネージャーの指示した業務分析を行わなかったのであり(解雇理由<14>)、そのため大阪ラボにおけるマネジメントシステムを構築することができず、抜本的な生産性の向上に資するとは言い難いラベリングの時間短縮や遠心分離器の回転数の引上げを行うにとどまったのである(前記第四の一21)。そして、ビー・エム・エルが、平成八年八月末ころには大阪営業所及び大阪ラボにおけるプロジェクトの進ちょく状況について予定よりも大幅に遅れている上にプロジェクト全体の流れが見えてこないことに不満を持ち、同年九月一三日には被告に対し大阪営業所及び大阪ラボにおけるプロジェクトが予定よりも大幅に遅れている上にその報告が尻切れとんぼで全体が見えないという不満を抱いていることを明らかにした(前記第四の一22)が、これは、要するに、原告の大阪ラボにおけるプロジェクトの進め方に問題があったことによるものと考えることができるのである(前記第四の一21)。そうすると、前記(二)及び(三)の認定事実は原告がISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったことを基礎づける事情に当たるということができる。

そして、解雇理由<22>については前記(八)のとおりであり、この認定事実のうちビー・エム・エルのプロジェクトから外された際の原告の発言からうかがわれる原告についてのISとして求められている能力や適格性に対する原告自身の認識からすると、今後も原告を雇用し続けたとしても、原告がISとして求められている能力や適格性の点において平均に達することを期待することは極めて困難であるということができる。

以上によれば、ビー・エム・エルのプロジェクトに従事していた期間中における原告はISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったのであり、ビー・エム・エルのプロジェクトが終了した時点において原告が今後被告において勤務し続けたとしてもISとして求められている能力や適格性の点において平均に達することを期待することは極めて困難であったものというべきである。

5  以上によれば、原告は、平成七年四月一〇日に被告に雇用された後、同年六月六日から平成八年九月二七日までの間に、主としてオー・エス・ジーのプロジェクト、石野ガスケットのプロジェクト、大仙のプロジェクト、ハインツ日本のプロジェクト及びビー・エム・エルのプロジェクトに従事してきたが、このうち大仙のプロジェクトを除くその余のプロジェクトに従事している期間中における原告はISとして求められている能力や適格性の点においていまだ平均に達していなかったものというべきであり、このような状態が原告の入社以来一年半にわたって断続的に続いてきたのであり、ビー・エム・エルのプロジェクトから外された際の原告の発言からうかがわれる原告についてのISとして求められている能力や適格性に対する原告自身の認識からすれば、今後も原告を雇用し続けてISとして求められている能力や適格性を高める機会を与えたとしても、原告がISとして求められている能力や適格性の点において平均に達することを期待することは極めて困難であったというべきである。

そうすると、ビー・エム・エルのプロジェクトから外された時点における原告は本件就業規則九条一項一号及び二号に該当すると認められる。

四  解雇権の濫用について

1  被告代表者は、平成八年一〇月三日に原告と面談し、マッコーネル副社長による退職勧告を撤回し、原告をプロジェクトに復帰させることにし、指示があるまで自宅待機するよう原告に伝えたこと、マッコーネル副社長及び太田副社長は同月一一日に原告に対し、PSRという職務を提供するが、原告がPSRに就く場合には原告の賃金を一〇パーセント減額することをいったん提案し、太田副社長が同月一六日に原告と面談した際に、原告の賃金を一〇パーセント減額するという提案をしたことについて謝罪するとともに、原告が従前と同じ労働条件で雇用されていることを確認したこと、この後、原告は、太田副社長に対し、<1>原告がISであることの確認、<2>被告が原告に対し退職強要をしないこと、<3>これまでの事情を理由として原告に不利益な取扱いをしないことを内容とする合意書を取り交わすよう求めたこと、太田副社長が同月二八日に原告に対し同月三一日に出社するよう求め、原告がこれに応じなかったことがあったが、同年一二月までは、原告代理人と当時被告の代理人であった豊原弁護士の間で原、被告間の紛争の解決に向けての交渉が重ねられたこと、しかし、結局のところ、物別れに終わり、平成九年一月以降は何らの交渉も行われず、平成九年三月四日に至り、太田副社長を通じて被告から原告に対し出社命令が発せられ、原告が被告に出社しないまま、同月一二日本件解雇に及んだこと、以上の事実が認められることは前記のとおりである。

ビー・エム・エルのプロジェクトから外された時点における原告が本件就業規則九条一項一号及び二号に該当することは、前記第四の三5のとおりであるところ、被告は、右に述べたとおり、原告をビー・エム・エルのプロジェクトから外した後に、原告に対し、PSRという職務を提供して原告の雇用を継続しようとする提案をし、原告との間でその後平成八年一二月までの約三か月間にわたり交渉を重ねたものの、原告との間で妥協点を見出すことができず、交渉が中断してから二か月余りが経過した平成九年三月一二日に至り本件解雇に及んだのであり、以上の経過も併せ考えれば、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないということはできず、本件解雇が権利の濫用として無効であるということはできない。

五  結論

以上によれば、原告は本件解雇により平成九年三月一七日には被告の社員たる地位を喪失したというべきであり、そうすると、同日以降も被告の社員たる身分を有することを前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

よって、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木正紀 裁判長髙世三郎及び裁判官植田智彦は転補につきいずれも署名押印することができない。裁判官 鈴木正紀)

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