東京地方裁判所 平成10年(ワ)6681号 判決 2002年3月28日
原告
堀田政則
同
山本光正
同
入野寛彦
同
畠山宗明
同
戸川泉
同
保坂雅夫
同
方違重治
上記6名訴訟代理人弁護士
山下登司夫
同
鳥海準
同
田島浩
被告
株式会社東建ジオテック
同代表者代表取締役
山崎陽三郎
同訴訟代理人弁護士
石嵜信憲
同
堀越孝
同
山中健児
同
森本慎吾
同
丸尾拓養
主文
1 被告は,原告堀田政則に対し,次の金員を支払え。
(1) 722万8195円及び別紙1―1「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 477万3800円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
2 被告は,原告山本光正に対し,次の金員を支払え。
(1) 833万7699円及び別紙1―2<略>「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 485万7940円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
3 被告は,原告入野寛彦に対し,次の金員を支払え。
(1) 694万3102円及び別紙1―3<略>「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 513万5596円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
4 被告は,原告畠山宗明に対し,次の金員を支払え。
(1) 494万5390円及び別紙1―4<略>記載の「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 292万0473円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
5 被告は,原告戸川泉に対し,次の金員を支払え。
(1) 413万8647円及び別紙1―5<略>記載の「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 330万6236円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
6 被告は,原告保坂雅夫に対し,次の金員を支払え。
(1) 388万6197円及び別紙1―6<略>記載の「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 284万0974円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
7 被告は,原告方違重治に対し,次の金員を支払え。
(1) 487万1108円及び別紙1―7<略>記載の「割増賃金請求額A」欄記載の各月分の金員に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2) 367万6374円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員
8 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
9 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの,その余を被告の各負担とする。
10 この判決は,第1ないし第7項の各(1)部分に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 第一次請求
(1) 被告は,原告堀田政則に対し,1389万9582円並びに別紙2―1<2―1~2―7略>「割増賃金請求額B」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金477万3800円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告山本光正に対し,1532万9032円並びに別紙2―2「割増賃金請求額B」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金485万7940円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告は,原告入野寛彦に対し,1384万8567円並びに別紙2―3「割増賃金請求額B」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金515万1840円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告は,原告畠山宗明に対し,939万8788円並びに別紙2―4「割増賃金請求額B」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金292万0473円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被告は,原告戸川泉に対し,1080万0948円並びに別紙2―5「割増賃金請求額B」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金330万6236円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被告は,原告保坂雅夫に対し,946万9747円並びに別紙2―6「割増賃金請求額B」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金284万0974円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7) 被告は,原告方違重治に対し,1197万6019円並びに別紙2―7「割増賃金請求額B」列記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」列記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金396万4374円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第二次請求
(1) 被告は,原告堀田政則に対し,1331万0347円並びに別紙2―1「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金477万3800円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告山本光正に対し,1476万7875円並びに別紙2―2「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」列記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金485万7940円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告は,原告入野寛彦に対し,1342万0302円並びに別紙2―3「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金515万1840円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告は,原告畠山宗明に対し,902万9805円並びに別紙2―4「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金292万0473円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被告は,原告戸川泉に対し,1043万3302円並びに別紙2―5「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金330万6236円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被告は,原告保坂雅夫に対し,904万8500円並びに別紙2―6「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」各記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金284万0974円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7) 被告は,原告方違重治に対し,1148万1634円並びに別紙2―7「割増賃金請求額A」欄記載の各内金に対する同別紙「遅延損害金起算日」欄記載の各日より各支払済みまで年6分の割合による金員及び内金396万4374円に対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 原告の請求
(1) 本件は,被告に勤務する従業員である原告らが,就業時間外及び休日に就労したとして,平成6年5月21日から平成12年3月20日までの間(以下「本件請求期間」という。)の時間外手当,休日出勤手当及び深夜業手当並びに付加金を請求する事案である。
(2) 被告は,その就業規則において,就業時間は1日7時間(始業午前9時,終業午後5時,休憩正午から午後1時まで),休日は法定休日(日曜日)のほか,土曜日,祝日,年末年始と定めている。
第一次請求は,原告らが主張する時間外及び休日の労働時間について,終業時刻の午後5時以降の分(平日)及び就業規則上の休日に勤務した分を,それぞれ被告の給与規程19条1項,20条1項が定める割増率により賃金を算出して,時間外賃金を請求するものである。
第二次請求は,原告らが主張する時間外労働について,労働基準法(以下「労基法」という。)所定の制限を超える分(法外超勤)について同法37条に基づく割増賃金を,労基法の制限内の分について通常賃金をそれぞれ算出して,時間外賃金を請求するものである。
なお,第一次請求及び第二次請求は,いずれも労基法114条の付加金請求を含むものであり,付帯請求は,各月分の時間外賃金についてその支払日の翌日以降支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の,付加金分について裁判確定日の翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の各支払を求めるものである。
2 前提事実(争いのない事実については,証拠を摘示しない。)
(1) 当事者
ア 被告
被告は,地質調査を主たる業務とする株式会社であり,平成11年4月1日現在,本社の他,東京支店を始め全国に9支店と1出張所を置いている。
支店においては,係長,課長補佐,課長,次長,部長及び支店長のラインの職制が設けられ,この他に,意思決定ライン外のスタッフ職として調査役が設けられていた。この調査役は,組織上,部下を有しない専門職的な位置付けの者であって,職階に応じ課長または次長と同様の待遇がとられていた。平成7年4月1日現在,被告の従業員中係長以上の者(調査役を含む。)は,全従業員数の5割を超えていた。
被告の各支店において,総務,営業及び技術の各部門の長(トップ)は主務者と呼ばれていたが,これは事実上の呼称である。
また,被告は,職務遂行能力に応じて認定される職能資格制度を設けていた。
(以上,争いのない事実,<証拠・人証略>,弁論の全趣旨)
イ 原告ら
原告ら(以下,個別にいうときは,各原告の姓で特定する。)は,被告の従業員であり,いずれも技術職である。本件請求期間中,いずれも東京支店に勤務し(ただし原告畠山は平成9年4月1日から東北支店札幌出張所勤務),顧客折衝,地質調査の現場管理,調査データの整理・解析・報告書作成等の業務に従事した。本件請求期間中における原告らの役職等は次のとおりである。
(ア) 原告堀田(昭和40年3月入社)
昭和63年3月以降次長待遇調査役
(イ) 原告山本(昭和48年4月入社)
平成5年3月から課長,平成10年3月以降課長待遇調査役
(ウ) 原告入野(昭和57年4月入社)
平成6年3月以降課長補佐
(エ) 原告畠山(昭和57年4月入社)
平成5年3月以降係長(東北支店札幌事務所に異動後も同じ)
(オ) 原告戸川(昭和45年4月入社)
平成3年3月以降課長待遇調査役
(カ) 原告保坂(昭和47年12月入社)
平成元年3月から課長,平成7年3月から次長,平成9年3月以降次長待遇調査役
(キ) 原告方違(昭和44年3月入社)
昭和62年3月以降係長
(以上,争いのない事実,<証拠略>,弁論の全趣旨)
(2) 就業規則等の定め
ア 被告の就業規則は,就業時間,休日について次のとおり定めている。
(<証拠略>)
(ア) 就業時間(14条)
就業時間は実働7時間とし,始業時刻は午前9時,終業時刻は午後5時(正午から午後1時は休憩時間)とする。実働7時間を超える場合は,その超過労働時間に対し,時間外手当を支給する。また,深夜労働時間帯に応じ,深夜業手当を支給する。
(イ) 休日(15条)
従業員の休日は,日曜日(法定休日),土曜日,国民の祝日(祝日が日曜日に当たる場合はその翌日),年末年始(12月29日~1月4日)とする。
(ウ) 時間外休日労働(16条~18条)
業務上の都合や(ママ)むを得ない場合には時間外,又は休日に勤務を命ずることがある。
時間外勤務の休憩時間は,徹夜勤務が16時間(17時より翌朝9時)に及ぶものは,この間午後10時より午前5時までの間に2時間の休憩をとるものとする。休日勤務の休憩時間は,正午から午後1時とし,また時間外勤務の休憩時間を適用する。
イ また,就業規則の一部をなす被告の給与規程には,次の定めがある。
(<証拠略>)
(ア) 給与の支払方法(3条)
給与の計算期間は前月21日より当月20日までとし,毎月25日に支払う(なお,以下において,例えば「平成8年4月分」という場合は上記期間計算により平成8年4月25日に支払われる給与を指すものとする。)。
(イ) 日額・時間給計算(6条)
日額計算は,1か月を21日,時間給計算は1日を7時間として計算する。
(ウ) 日割計算の場合(7条)
月によって定められた給与は,月の中途における入社,登用,任命・復職の場合はその日より日割計算とする。
(エ) 端数計算(8条)
給与計算上の端数は,円未満を四捨五入する。
(オ) 給与体系(9条,14条)
給与は,基本給(本給,職務手当,住宅手当),補助給(店長手当,運転手当,通勤手当)及び超勤給(時間外手当,休日出勤手当,深夜残業手当)から構成される。
このうち,職務手当については,資格及び役職に応じ,別紙3の職務手当表のとおり金額が定められており,同表には,一般職及び主任を除く係長以上の役職について,「管理職」と表示されている。
(カ) 給与計算
a 19条1項
時間外及び休日出勤手当は次により支給する。
1時間当支給額=(割増賃金の基礎となる給与÷142)×1.25
ただし,休日出勤のうち法定休日出勤手当は次により支給する。
1時間当支給額=(割増賃金の基礎となる給与÷142)×1.35
b 同条2項
管理職には,上記によらず,時間外勤務及び休日出勤が実働3時間以上に及ぶときは,1回につき3000円の手当を支給する。
(キ) 深夜業手当
a 20条1項
深夜業手当は,午後10時より,翌朝午前5時までの間の労働に対し,時間外手当支給の外次のとおり加給する。
1時間当支給額=(割増賃金の基礎となる給与÷142)×0.25
b 20条2項
管理職には,深夜労働が30分を超える場合に3000円の支給とし,なお深夜時間帯(22時~翌朝5時)を通して労働した場合には,さらに3000円の手当を支給する。
(ク) 時間外手当時間計算(21条)
終業時刻より起算し,30分単位で計算する。
(3) 労働時間の管理方法等
ア 被告においては,一般職及び主任については,タイムカードにより出退勤時刻を管理しているが,係長以上の者(調査役を含む。)についてはこれを行っていない。
イ 従業員の時間外及び休日勤務に関し,被告は,各従業員ごとに「時間外その他指示簿及び届」(以下「指示簿」という。)を備え,各従業員が時間外勤務又は休日勤務の開始時刻及び終了時刻をこれに記入している。
(争いのない事実,<証拠・人証略>)
(4) 原告らの賃金及び平均所定労働時間
原告らは,本件請求期間中,それぞれ,別紙4の割増単価一覧表中「本給」,「職務手当」,「住宅手当」及び「運転手当」欄記載のとおりの本給及び各種手当を受給していた。また,同期間中の原告らの所定労働時間は1か月平均142時間であった。
(5) 既払賃金
被告は,原告らそれぞれに対し,給与規程19条2項及び同20条2項に基づき,別紙5―1ないし5―7の割増賃金一覧表<別紙5―1のみ掲載>に記載の勤務月において,時間外及び休日労働に対する賃金として,それぞれ,同別紙「既払額」欄記載の賃金を支払った。
(争いのない事実,<証拠略>,弁論の全趣旨)
2(ママ) 争点
(1) 原告らについて,給与規程19条1項,20条1項が適用されるか否か(第一次請求関係)。
(2) 原告らは労基法41条2号の管理監督者か否か(第二次請求関係)。
(3) 平成8年3月31日以前の時間外賃金について消滅時効の成否
(4) 割増賃金の算定方法
ア 割増賃金の算定の基準となる賃金に職務手当が全額含まれるか。
イ 割増賃金の加算率は125(135)パーセントか25(35)パーセントか。
ウ 職務手当として原告らに支払われた額のうち1万8900円(主任に対する職務手当の最高額相当額)を超える額を時間外賃金の一部支払として控除すべきか否か。
(5) 原告らの時間外労働時間
(6) 付加金の要否及びその額
3(ママ) 争点に対する当事者の主張の骨子
(1) 争点(1)(給与規程19条1項及び20条1項適用の有無)について
(原告ら)
給与規程19条2項,20条2項の「管理職」とは,労基法41条2号の「管理監督者」(以下,単に「管理監督者」という。)と同義であり,原告らはこの管理監督者に該当しないから,原告らについては,同規程19条1項及び20条2項が適用される。
(被告)
被告の給与規程上,係長以上の者は「管理職」であり,原告らはいずれも「管理職」であるから,原告らには,給与規程19条1項及び20条1項は適用されず,19条2項及び20条2項が適用される。
(2) 争点(2)(原告らは管理監督者か)について
(被告)
別紙争点整理表<87頁に掲載><1>の「被告の主張」のとおりであり,原告らは管理監督者にあたるから,労基法37条の適用はない。
(原告ら)
別紙争点整理表<1>の「原告の主張」のとおりであり,原告らは管理監督者に該当しない。
(3) 争点(3)(消滅時効の成否)について
(被告)
別紙争点整理表<2>の「被告の主張」のとおりであり,原告らの請求する賃金のうち平成8年3月31日までの分について消滅時効を援用する。
(原告ら)
別紙争点整理表<2>の「原告の主張」のとおりであり,時効の援用は権利の濫用,信義則違反として許されない。
なお,原告堀田,同入野,同山本,同畠山は,平成9年10月2日被告送達の内容証明郵便により,未払残業代の支払を請求している。
(4) 争点(4)(割増賃金の算定方法)
(被告)
別紙争点整理表<5>ないし<7>の各「被告の主張」のとおり。
(原告ら)
別紙争点整理表<5>ないし<7>の各「原告の主張」のとおり。
(5) 争点(5)(原告らの時間外労働時間)について
(原告ら)
原告らの時間外及び休日労働時間は,指示簿に記載されたとおりである。
(被告)
指示簿の記載は,自己申告に基づくものであって,原告らの労働時間を正確に示すものではない。また,原告らは,各日の出社時間を明らかにしていないから,実労働時間の主張立証を欠く。
(6) 争点(6)(付加金の要否及び額)について
(原告ら)
別紙争点整理表<8>の「原告の主張」のとおり。
(被告)
別紙争点整理表<8>の「被告の主張」のとおり。
第3争点に対する当裁判所の判断
1 争点(1)(給与規程19条1項及び20条1項の適用の有無)について
被告の就業規則及び給与規程の本文には,「管理職」を直接定義づける条項は存しない(<証拠略>)ものの,給与規程14条の職務手当の額を示す同規程別表(1)の職務手当表には,別紙3のとおり,係長以上の職位にある者について「管理職」と表示していることが認められる(前提事実)。
これによれば,給与規程にいう「管理職」とは,係長以上の職位にある者を指すことが明らかである。
原告らは,同規程にいう「管理職」は,労働基準法41条2号所定の管理監督者と同義である旨主張するが,上記事実に照らし採用できない。
原告らは,本件請求期間中,いずれも係長以上の役職又はこれと同待遇の調査役としてこれに相当する職務手当を受給していた者である(前提事実)から,原告らについて,給与規程19条1項及び20条1項の適用がないことは同規程の文言上明らかである。
したがって,原告らについて給与規程19条1項及び20条1項の適用があることを前提に,同各条項に基づく時間外及び休日等の時間外賃金を請求する原告らの第一次請求は,その前提を欠く。
2 争点(2)(原告らは管理監督者か)について
(1) 前提事実,争いのない事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告における勤怠管理
(ア) 管理職についてタイムカードの廃止
被告は,かつては係長以上の職位にある者に対してもタイムカードによる時間管理を行ってきたが,昭和48年6月5日をもって,上記の職位の者についてタイムカードによる勤怠管理を廃止し,同時に,これら従業員に対し,服務の心得として「勤務は自己管理とし,自己啓発に務め,自らの業務完全遂行はもとより,部下の指導管理を厳正に行う。」ことを,また,<1>有給休暇,特別休暇,欠勤など不在になるときは所定の様式により事前に上司に届け出ること,<2>遅刻,早退などはつつしみ,止むを得ざるときは必ず上司に連絡を密にすること等を命じた。
(イ) 指示簿
被告は,従業員ごとに指示簿を備え,時間外及び休日勤務について,自己申告によりその始業時刻及び終業時刻を記載させていた。
この指示簿は,従業員が,遅刻,早退,私用外出,直行,直帰,時間外,深夜残業,休日出勤等を行う場合及び,代休,振替休日などを取得する場合等に,被告に対し届出をするための用紙として使用され,時間外勤務をする場合には,各従業員が,あらかじめ予定開始時刻,予定終了時刻,予定時間数を「予定時間」欄に記入し,終了後に時間外勤務の確定時間数を該当欄に記入して,所属長の押印を得るものとされた。
もっとも,実際には,従業員が勤務終了後に一括してこれを記載し届け出ることが通例となっていたため,被告は,平成9年3月21日以降,予定開始時刻と予定終了時刻のみならず,実際に勤務した確定開始時刻と確定終了時刻をも併記するように書式を改めた。そして,被告東京支店長は,平成9年3月15日付けで,「予定時間は事前に所属長の許可を得ること。事前の許可がない場合,時間外は認めません。」「所属長は,技術 次長,部長,営業 課長,代理 *いずれも不在の場合は総務部長」と記載した通知を従業員に対して発した。
なお,被告は,原告らに対し,休日出勤をした場合,振替休日の方法で処理するよう指示し,その旨指示簿に記載したことがあり,また,原告山本が指示簿に記載して休日出勤を報告したのに対し,事前の指示簿による届出がないことを理由として,時間外手当(3時間を超える時間外勤務1回について3000円を支給するというもの。)を支払わなかったことがあった。
被告は,係長以上の者を含む全従業員に対し,就業時間内の業務の消化を指示していた。
(ウ) 東京支店における勤怠管理の実態
被告東京支店では,支店長を含む全員が同一のフロアに席を有しており,タイムカードを打刻しない係長以上の従業員についても,支店長や主務者が出退勤を現認する方法により勤怠管理がなされている。
また,同支店では,全従業員の名前が記されたホワイトボードの行動予定表が設置され,これに各自が毎日,出張,在室の有無,不在の場合の行先と帰社時刻等の予定を書き込むものとされていた。
(エ) 賞与の扱い等
被告の賞与規定においては,賞与は,〔(本給+職務手当)×勤務率×支給率±評価額〕の算定式により支給額が定められるとされているところ,勤務率の基礎となる出勤日数については,遅刻,早退及び私用外出は3回をもって欠勤1回として取り扱い,勤務日数から差し引くこととされている。
これに従い,被告においては,主任以下の者については,遅刻,早退及び私用外出があると3回ごとに勤務日数を1日分減らして賞与を減額する取扱いをしていたが,係長以上の者については,タイムカードによる勤怠管理を廃止したことに伴い,遅刻及び早退についてはこのような減額の対象としないこととなった。
(オ) 団体交渉時の被告側発言
本件訴訟提起後,原告ら所属組合と被告側との団体交渉において,同組合委員長である原告入野が「裁判の中で,会社側は係長以上の者については,出社,退社の時間が本人の自由になっているかのように主張しているが,本当に係長以上の者は自由に出退勤の時間を決めてよいのか。」と尋ねたところ,被告取締役である山鹿政夫は,「就業規則に書いてあるとおり,出勤時間は9時から5時と決められている。係長以上の者も同じだ。」と発言した。
イ 東京支店における職務上の地位・権限
(ア) 被告東京支店の概況
被告の全従業員数約230ないし240人中,約40名が東京支店に勤務している。東京支店は,総務,営業及び技術の三部門によって構成されており,本件請求期間中,技術部門は一部と二部に分かれ,各部には3つの課(平成7年3月まで)又は2つの課(同年4月から)が置かれていた。
(イ) 人事考課
被告における人事評価は,係長以上が行い,係長を第1考課者,課長補佐または課長が第2考課者,次長または部長が第3考課者,支店長が第4考課者とされていたが,係長は部下の日常観察の記録と評価について意見具申を述べるのみで評点について関与しない。また,考課総合表の評点は第4考課者の評点とされていた。また,評価が考課者間で異なる場合には調整ないし合議を行っていた。これに対し,調査役は部下を持たないため,人事考課を行わない。
(ウ) 管理職会議及び幹部会議
東京支店では,管理職会議と称する会議を年に2回程度行っており,課長補佐以上が出席していた(ただし,調査役は出席しなかった。)。同会議では,出席者が意見を述べる機会はあるものの,経営側から支店の運営方針についての説明がなされ,これについて周知徹底を図ることが主たる内容であった。
また,同支店では,幹部会議がおおむね週1回の割合で毎週月曜日に開催され,次長(次長待遇調査役を除く。)以上の者が出席していた。同会議では,前の週の東京支店における結果の報告及び会議の日の属する週の予定確認がなされ,また,大型物件の受注の情報及びこれに伴う従業員のシフトについての連絡がなされた。
(エ) 精算書管理
被告において,「精算書管理」は,<1>費用精算管理(現場への交通費,現場で必要になった文房具代などの請求があり次第,精算すること),<2>購入品管理(現場からあがってくる購入品希望申請書に押印し,許可すること)の双方を含む業務とされていた。
なお,<2>に関し,現場で使う消耗品や書籍に関しては,購入許可の決裁ルートは形式上支店長までとされていたものの,実態としては,現場責任者の決裁を経れば主務者及び支店長の決裁前に品物を発注することも可能であった。
(<証拠略>。上記認定に反する原告保坂の供述はこれら証拠に照らし信用できない。)
ウ 原告らの職務上の地位・権限
(ア) 原告らの地位
いずれも東京支店技術部に属していた原告ら(ただし原告畠山は平成9年4月1日付けで東北支店札幌事務所に異動)の本件請求期間における職務上の地位は前提事実(1)イのとおりである。
(イ) 技術部係長の職務
現場での顧客との交渉,下請作業員の管理監督に加え,係長として,部下の人事考課,残業指示簿や精算書の管理等も行う。
原告畠山及び原告方違は,いずれも本件請求期間中上記職務に従事した。なお,平成9年4月に東北支店札幌事務所係長となった原告畠山の職務は,東京支店係長時代に従事した上記職務と同様であり,札幌事務所の技術課には,同原告の職制上の上位者として,課長及び課長補佐が存在する。
(<証拠・人証略>)
(ウ) 技術部課長及び課長補佐の職務
被告技術部では,課長と課長補佐は実質的に同一のものとして扱われており,その職務はいずれも,技術者として自ら現場に出向き,下請作業員を管理監督しつつ,自らの判断で,地質調査活動を行うことのほか,組織上の部下の精算書,残業指示簿及び出張伺い書の管理,管理職会議への出席,部下の作成した調査報告書の確認,人事考課等である。
原告山本は課長として平成10年2月まで,原告入野は本件請求期間中課長補佐として,原告保坂は課長として平成7年2月まで,それぞれ上記職務に従事した。
(<証拠・人証略>)
(エ) 技術部課長待遇調査役の職務
組織上部下を持たないため,部下に対する精算書等の管理や人事考課などの権限はない。技術者としての職務は課長としてのそれと同様であり,経済的処遇も課長と全く同一である。
原告山本は平成10年3月から,原告戸川は本件請求期間中,それぞれ上記職務に従事した。
(<証拠・人証略>)
(オ) 技術部次長の職務
課長としての業務に,定例幹部会議(概ね週1回)への出席が加わる。原告保坂は,平成7年3月から平成9年2月まで上記職務に従事した。(<証拠略>)
(カ) 技術部次長待遇調査役の職務
直属の部下を有しないため,幹部会議への出席,部下の時間管理,精算書・出向伺い書の管理並びに人事考課などの業務は行わない。現場作業において,共に作業を行う後輩従業員の技術指導・アドバイザーとしての役割を果たす。なお,経済的処遇は次長と全く同一である。
原告堀田は本件請求期間中,原告保坂は平成9年3月から,それぞれ上記職務に従事した。なお,原告堀田は,平成6年4月,自己の判断でアルバイトの職員を雇用していたことがある。
(<証拠・人証略>)
(2) 検討・判断
ア 管理監督者とは,労働時間,休憩及び休日に関する同法の規制を超えて活動しなければならない企業経営上の必要性が認められる者を指すから,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあり,出勤・退勤等について自由裁量の権限を有し,厳格な制限を受けない者をいうものと解すべきであり,単に局長,部長,工場長等といった名称にとらわれることなく,その者の労働の実態に即して判断すべきものである。
イ これを本件についてみると,前記認定事実によれば,原告らは,いずれも東京支店又は東北支店の技術部門に所属し,現場に赴いて自ら,あるいは他従業員を現場で指揮監督しつつ地質調査の業務に従事していたほか,原告畠山及び同方違を除く原告ら5名は,課長補佐以上の職にあった当時(調査役の職にあった時期を除く。)いずれも,支店の管理職会議に出席して支店の運営方針等について意見を述べる機会が与えられ,原告保坂は,次長職にあった当時,週1回開かれる支店の幹部会議に出席し,また,原告掘(ママ)田,同戸川を除く原告ら5名は,部下の人事評価に関与していたことが認められる。しかしながら,この管理職会議は,支店において開かれるもので,回数も年に2回にすぎず,その実態も,基本的に会社経営側の支店運営方針を下達する場であったと認められるから,上記のような管理職会議の場で意見具申の機会を与えられていたことをもって,被告の経営方針に関する意思決定に直接的に関与していたと評価することはできないし,原告保坂が出席していた幹部会議も,被告がその経営方針にかかわることがらを決定する場であったとは認めがたい。また,原告掘(ママ)田,同戸川を除く原告ら5名が行っていた人事考課についても,係長として部下の評価について意見を述べ,あるいは課長補佐以上の職にある者として自ら部下の評価を行うことはあったが,当該人事考課には上位者による考課がさらに予定され,最終的には支店長の評点が被考課者の総合評価とされていたのであり,労務管理の一端を担っていたことは否定できないものの,経営者と一体的立場にあったことを示す事実とはいいがたい。
なるほど,被告においては,勤務時間につき,係長以上の者にあってはタイムカードによる厳格な勤怠管理は存在しないものの,被告の社内文書により遅刻及び早退は慎むべきとの示達がされており,被告就業規則14条の文言上,係長以上の者に対しても主任以下の者と同様に勤務時間が定められ,現実にも支店長らが視認する方法による勤怠管理の下に置かれていたと認められるのであって,前記認定の団体交渉の場における被告取締役の発言内容に照らしても,原告らの勤務時間がその自由裁量に委ねられていたとは到底評価できない。
ウ この点に関し,被告は,原告らの年収が被告内では相対的に高額であることをもって,管理監督者性がある旨主張し,原告らの賃金が社内的には相対的に高額の部類に属することを示す証拠(<証拠略>)も存する。しかし他方,被告の賃金規程上,年齢給や勤続給が取り入れられるなど,年功序列的な要素が考慮され,また,職能資格及び職能給等において学歴が考慮されているところ(<証拠略>),原告方違を除く6名はいずれも大学卒業又は大学院修了の学歴を有し,入社後の年数も本訴提起時において16年ないし30年以上であること(前提事実及び争いがない事実)が認められ,これに照らすと,原告らの年収が高額であるのは,被告が採用している上記のような賃金制度の結果とも考えられる。したがって,原告らの年収から管理監督者性を認めることはできない。
また,被告においては,一般職及び主任に対して支払われる職務手当は最高額が1万8900円であるのに対し,係長以上の役職の者に対する職務手当は最低でも6万3500円であること(前提事実,別紙3)が認められるが,被告において係長以上の職にある者は全従業員数半数を超えることに照らすと,上記事実により,係長以上の職にある者を管理監督者と評価することはできない。
エ その他,前示の本件請求期間中における原告らの職務内容及び勤務実態にもかかわらず,なお,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあると評価しうるような事情を認めるに足りる証拠はなく,したがって,原告らは,いずれも管理監督者と認めることはできない。
オ なお,被告は,完全月給制を採用していることなどを理由として,被告給与規程にいう「管理職」に該当する者については時間外労働に対する割増賃金を支払わない旨の労働契約上の特別合意ないし労使慣行が成立している旨主張するが,労働基準法13条の法意に照らし,採用できない。
3 争点(3)(消滅時効の成否)について
(1) 原告らの請求する割増賃金はいずれも労働基準法11条の賃金に該当するから,請求をすることができる日から2年間これを行使しない場合には時効により消滅する(同法115条)ところ,前提事実によれば,原告らの賃金の支給日は毎月25日であり,その日に前月21日から当月20日までの分を支給することとされているから,毎月25日に,対応する給与期間中の賃金について権利行使が可能となる。
原告らが本訴を提起した日が平成10年3月31日であること,被告が平成11年3月26日の本件口頭弁論期日において原告らに対し上記消滅時効を援用する意思表示をしたことは,いずれも当裁判所に顕著であり,また,証拠(<証拠略>)によれば,原告堀田,同入野,同山本,同畠山が,本訴提起前6か月以内である平成9年10月1日付けの内容証明郵便により,平成6年6月分から平成8年8月分までの未払時間外手当を請求し,これは遅くとも同月14日までには被告に送達されたことが認められる。
以上によると,原告堀田,同山本,同入野及び同畠山の請求する時間外賃金のうち平成7年9月分(同月25日が支給日)以前のもの及び原告戸川,同保坂,同方違の請求する時間外賃金のうち平成8年3月分以前のものは,いずれも権利を行使しないまま2年間の時効期間を経過したことにより時効消滅したというべきである。
(2) 権利濫用等の主張について
原告らは,被告の消滅時効の援用が権利濫用として許されないと主張するところ,被告において,原告らが訴訟提起その他時効中断に必要な措置をとることを不可能,もしくは著しく困難にさせたような場合は,消滅時効の援用が権利の濫用として許されないとする余地があるが,本件においてはそのような事実をうかがわせる証拠はない。
原告らは,原告らが所属する労働組合を通じ労使交渉の場で一貫して時間外賃金の支払を請求していたこと,平成8年11月26日に労働基準監督署が被告に対し労基法に基づいて原告らのうち4名の時間外及び深夜労働手当を支払うよう是正勧告をするとともに指導票を交付したので,原告らは被告がこれに従うものと信頼したこと,等の事実を上げ,これらをもって,権利濫用又は信義則違反と主張するが,採用できない。
また,原告らは,被告が平成9年10月14日付け内容証明郵便により原告らに対し,原告らの時間外賃金請求について労使交渉による円満解決を求めたことから,原告らは任意の履行を期待して団体交渉に入り確定的な時効中断の措置をとらなかったとした上,これを権利濫用又は信義則違反の一事情と主張するとともに,かかる事情の下では労使交渉継続中は民法153条所定の6か月の期間は進行しない旨主張する。しかしながら,証拠(<証拠略>)によれば,被告が原告堀田,同山本,同入野,同畠山及び原告らが所属する組合に対し送付した上記内容証明郵便には,労使双方が努力して円満にこの問題を解決すべき旨が記載されているものの,同時に,原告らが労働基準法41条2号所定の管理監督者に該当するので原告らの割増賃金請求には法的根拠がない旨,仮に管理監督者に該当しない者が存在するとしても他の理由により原告らの請求は法的根拠がない旨,本訴におけると同様の主張が明記されている事実が認められ,したがって,客観的には,同日の時点で,原告らの請求した時間外割増賃金について,被告が任意にこれを履行することは期待できない状況であったというべきであり,原告らの主張する事情をもって,権利濫用又は信義則違反の一事情とすることはできない(なお,原告らが引用する最高裁昭和43年2月9日第2小法廷判決・民集22巻2号122頁は本件とは事案を異にする。)し,この交渉の間は民法153条所定の期間が進行しないとの主張も,明文の規定を欠き採用できない。
以上のとおりであり,上記説示に反する原告らのその余の主張は,いずれも採用することができないから,権利濫用又は信義則違反の主張は失当である。
4 争点(4)(割増賃金の算定方法)について
(1) 割増賃金の基礎となる賃金に職務手当が全額含まれるか。
ア 労働基準法37条4項及び労働基準法施行規則22条は,割増賃金の基礎となる賃金を列挙しているが,これらの外に,時間外労働割増賃金と同内容の性質を有する手当は,割増賃金の基礎となる賃金には含まれないというべきである。なぜなら,仮にこのような手当を時間外労働割増賃金算出の基礎に含めると,時間外労働に対して重複した手当が支給されることになるからである。
イ 本件において,被告は,職務手当のうち,1万8900円(主任に対する職務手当の最高額相当額)を超える部分は,時間外割増賃金と同内容の性質を有するとして,これを割増賃金の基礎となる賃金から控除すべきと主張する。
前提事実によると,別紙3のとおり,被告の給与規程上,職務手当の額は,一般職及び主任の場合,資格及び役職が上がるにつれ,また同一資格,同一職務の滞留年数を重ねるにつれ,最高額1万8900円まで漸増するが,「管理職」の最下位に位置づけられる係長に昇任すると,最低額でも6万3500円と一気に増額され(その差は4万4600円),その後は職位及び資格に応じて増加するが,増加幅は数千円にとどまること,また,「管理職」の場合,時間外休日手当及び深夜業手当において一般職や主任の場合と異なる扱いがされていること(給与規定19条及び20条の各1項と各2項)が認められ,この事実からすれば,被告は,給与規程を定めるにあたり,係長以上の「管理職」については,一定の時間外勤務に対する割増賃金に見合う部分を職務手当に含ませる意図を有していたことが一応は推認することができる。しかし,そうであるとしても,係長以上の者に対し支払われる職務手当のうち,時間外労働に対して支払われる額及びこれに対応する時間外労働時間数は特定明示されておらず(係長以上の者の職務は前述したとおりであり,一般職や主任とは異なるこれら職責に対する手当の分も含まれているはずであるが,これとの区別がされていない。),そうである以上,これを時間外割増賃金の一部と扱うことはできず,したがって,係長以上の者に対する職務手当は,全額これを基礎賃金とせざるを得ない。
したがって,被告の上記主張は失当である。
(2) 割増賃金の加算率は125(135)パーセントか,25(35)パーセントか。
ア 労働基準法37条は,法定時間外労働に対して通常賃金が支払われることを前提に,これに付加して25パーセントの割増賃金を支払うことを要求している。したがって,実質的に見て,時間外労働あるいは休日労働に対する時間当たりの通常賃金部分が既に支払われていると評価できる場合には,割増賃金の算定における加算率は25パーセントとして計算すべきものである。
イ 本件において,被告は,原告ら「管理職」に対しては給与規程上その地位の相応した賃金と高額の職務手当を支給しているとして,時間外休日労働に対する時間当たり通常賃金部分(100パーセント部分)は基本給及び職務手当に含まれており,したがって加算率は25パーセントとして計算すべきと主張する。
前提事実,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,原告らの賃金はいずれも完全月給制であって,時間外手当を除いて労働時間と賃金の額が比例する関係にはないものの,原告らについても,就業規則が定める始業時刻と終業時刻の定め及び1日7時間の労働時間の定めが適用されるという前提の下に,一般職や主任ほど厳格ではないものの,被告による勤怠管理が行われていたとみられることは前示のとおりであり,事情を総合して勘案すれば,原告らに対し支給された基本給及び職務手当は,所定労働時間内における労働の対価たる性質を有するとみるべきであって,実質的に見て時間外労働あるいは休日労働に対する時間当たりの通常賃金部分がこれに含まれているとは評価できない。さらに,職務手当に関しては,(1)において説示したと同様のことが指摘できる。
したがって,被告の上記主張は失当であり,割増賃金の加算率は125パーセントとして算定すべきであり,休日労働についても同様に135パーセントをもって算定すべきである。
(3) 原告らに対して支払われた職務手当のうち1万8900円を超える部分は時間外賃金の一部支払として控除すべきか。
ア 時間外,休日及び深夜の割増賃金に関する労働基準法37条の趣旨は,同法の採用する強行的な法定労働時間制,週休制からすると例外的である過重労働につき,使用者に割増賃金支払義務を課すことによって,間接的にその労働が抑制されることを期待し,もって法定労働時間制,週休制の実効性を確保すると共に,例外的な過重労働により労働者のもたらされた肉体的,精神的負担,自由時間の喪失に対する特別な補償を図ることにある。したがって,同条所定の最低額の賃金が,各種手当の名目で支給されていても,それが実質的に同条所定の割増賃金の趣旨で支払われている限りは,同条の目的は達成されたというべきであり,それ以上に同条所定の計算方法や支払方法に拘束されなければならない理由はない。
イ 被告は,原告らに支払われた職務手当のうち1万8900円を超える部分は時間外賃金の一部支払として控除すべきであると主張する。
しかし,職務手当の一部が名目はともかく実質的に時間外割増賃金の趣旨で支払われたというためには,職務手当のうち時間外割増賃金の支払に相当する部分を明確に他と峻別できることが必要であるところ,被告の職務手当についてこれが峻別しえないことは(1)において述べたとおりである。
したがって,係長以上の職務手当中,1万8900円(主任に対する職務手当の最高額に相当する部分)を超える部分について,これを被告の未払割増賃金に充当することは許されず,被告の上記主張は失当である。
5 争点(5)(原告らの時間外休日労働時間)について
(1) 争いのない事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,本件請求期間のうち,3において述べたとおり時効により賃金債権が消滅した期間を除く給与期間(原告堀田,同山本,同入野及び同畠山については平成7年10月分以降,原告戸川,同保坂及び同方違については平成8年4月分以降,いずれも平成12年3月分まで)において,指示簿に記載された時間外及び休日勤務の各開始時刻及び終業時刻に従い,原告らの各時間外休日労働時間を,法内,法外,深夜等ごとに分類して,各月分ごとに集計した結果は,別紙5―1ないし5―7の「勤務時間数」欄に各記載のとおりであることが認められる。なお,同欄の「法内超勤」は,労基法32条の制限内の時間外労働時間,「法外超勤」は同条の制限を超える時間外労働時間,「休日(法内超勤)」は法定外休日における労働時間であって時間外労働が1週40時間を超えない部分,「休日(法外超勤)」は法定外休日における労働時間であって時間外労働が1週40時間を超える部分,「法定休日」は,法定休日(労基法35条1項)における労働時間,「深夜勤務」はこれらのうち労基法37条3項の定める時間帯における労働時間を指す(単位はいずれも時間)。
上記事実によれば,原告らは,それぞれ,別紙5―1ないし5―7の各「勤務時間数」欄記載のとおり,就業規則に定められた終業時間を超えて,また所定休日に勤務したと認めるのが相当であり,各項目ごと分類した時間数も同別紙記載のとおりと認める。
(2) 被告は,指示簿の記載時刻は原告らの自己申告によるもので正確性が担保されていない旨主張するが,証拠(<証拠・人証略>)によれば,上記指示簿は,係長以上の者に対し支払う時間外手当及び深夜業手当(被告給与規程19条2項,20条2項)を算出する基礎とするため作成されていたもので,原告らの上司の承認印も存在し,被告はこれに基づき上記各手当を計算して支給していたことが認められるから,正確性が担保されていないとはいえず,被告の上記主張は採用できない。
また,被告は,原告らは出社時間を明らかにしておらず,実労働時間の立証がない旨主張するが,前記認定事実によれば,被告の係長以上の者においては,タイムカードによる厳格な出社時間の管理を廃止した際,同時に,被告から遅刻をつつしむべきことを通知され,実態としても上位者の現認による勤怠管理がなされていたのであるから,特段の事情がない限り,遅くとも就業規則所定の出社時間である午前9時までには出社していたと推認される。したがって,上記特段の事情の主張立証のない本件においては,午前9時を労働時間の開始時刻として原告らの労働時間を算定することが相当であり,これに反する被告の主張は採用できない。
以上のとおりであり,(1)の認定を覆すに足りる証拠はない。
6 小括(原告らの時間外賃金額)
以上判断したところに基づき,原告らの時間外賃金の額を算出すると,以下のとおりとなる。
(1) 原告らの勤務時間数
上記5において認定したとおりである。
(2) 1時間当たりの賃金
別紙4の「時間割賃金」欄各記載のとおりである(その算定の基礎となる各本給,職務手当,住宅手当,運転手当の額及び1か月における平均労働時間数(142時間)については争いがない。)。したがって,原告らの1時間当たりの割増賃金(労基法37条1項)は,別紙4の「割増賃金」欄,「法定休日割増賃金」欄,「深夜割増賃金」欄に各記載のとおりとなる。
(3) 割増賃金額
上記(1),(2)により,各月分の平日の法内超勤に対する割増賃金額は別紙5―1ないし5―7の「法内超勤A」欄各記載のとおり,平日の法外超勤に対する割増賃金額は同別紙「法外超勤A」欄各記載のとおり,法定休日の労働に対する割増賃金額は同別紙「法定休日」欄各記載のとおり,法定外休日における労働のうち法内超勤に対する割増賃金額は同別紙の「休日(法内超勤A)」欄各記載のとおり,法外超勤に対する割増賃金額は,同別紙の「休日(法外超勤)」欄各記載のとおりとなる。また,深夜割増(労基法37条3項)の額は,同別紙「深夜業手当」欄記載のとおりである。
そして,これら全割増賃金の各月分ごとの合計額は,同別紙「本来取得するべき割増賃金A」欄各記載のとおりとなるところ,被告は同別紙「既払額」欄に各記載の金員を当該月分の支給日に時間外労働に対する賃金として支払っている(争いがない)から,未払分は,同別紙の「割増賃金請求額A」欄各記載のとおりとなる。
7 争点(6)(付加金の要否及び額)について
以上のとおり,被告は原告らに対し労基法37条の定める時間外,休日及び深夜の割増賃金債務を負うところ(その額は,別紙5―1ないし5―7記載の割増賃金中,「法内超勤A」「休日(法内超勤)A」を除くものの合計額から,既払額を控除した額であり,同別紙の「付加金金額」欄各記載の金額となる。),その支払を怠っているから,原告らの請求により,これと同額(ただし,原告らが請求する金額の範囲内にとどめる。)の付加金の支払を命じるのが相当である。
付加金の要否に関し被告が主張するところは,これまで説示したとおり採用できない。
第4結論
以上の次第であって,原告らの請求は主文掲記の限度でいずれも理由があるから認容することとし,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三代川三千代 裁判官 多見谷寿郎 裁判官 関述之)
別紙 争点整理表(各「証拠」欄略)
<省略>
別紙1―1(原告堀田政則)
<省略>
別紙3 別表(1) 職務手当表
<省略>
別紙4 割増単価一覧表
<省略>
別紙5―1 割増賃金一覧表(原告堀田政則)
<省略>