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東京地方裁判所 平成10年(ワ)691号 判決 1998年10月27日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六九九二万七五九七円及び内金六六七一万六一六六円に対する平成九年一月一五日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告から、訴外株式会社乙山(以下「訴外会社」という。)の原告に対する一切の債務を極度額を定めることなく連帯保証した被告に対し、原告の訴外会社に対する手形貸付金債権につき連帯保証債務の履行を求めた事案である。

一  争いのない事実等(争いのある事実については、括弧書きで証拠を示す。)

1  原告は、昭和四六年三月二九日、訴外会社(当時の商号は株式会社乙山商店。)との間で、以下の内容を含む銀行取引約定を締結した(以下「本件取引約定」という。)甲四)。なお、その後、銀行取引約定書の一部の条項の変更に伴い、昭和五二年一二月二三日、訴外会社は、原告に対し、変更契約証書を差し入れた(甲五)。

(一) 期限の利益の喪失

訴外会社が和議開始の申立てをした場合には、原告からの通知催告等がなくても、訴外会社が原告に対して負担する一切の債務につき当然に期限の利益を失う(第五条一項一号)。

(二) 遅延損害金

年一四パーセント(ただし、年三六五日の日割計算)

2  被告は、昭和四六年三月二九日、訴外会社が本件取引約定に基づく取引によって原告に対して負担する一切の債務につき連帯保証した(以下「本件保証契約」という。)。

3(一)  原告は、訴外会社に対し、以下のとおり、手形貸付を行い、各金員を貸し渡した(甲六ないし九。以下「本件各手形貸付」という。)。

(1) 実行日 平成九年五月二七日

貸付額 金三〇〇〇万円

支払期日 平成一〇年三月三一日

(2) 実行日 平成九年六月二六日

貸付額 金二〇〇〇万円

支払期日 平成九年一一月三〇日

(3) 実行日 平成九年七月二八日

貸付額 金二〇〇〇万円

支払期日 平成九年一〇月三一日

(4) 実行日 平成九年七月三一日

貸付額 金一五〇〇万円

支払期日 平成一〇年七月三一日

4  訴外会社は、平成九年九月四日、東京地方裁判所に対して和議の開始を申し立てた(平成九年(コ)第二一号)。

5  原告の訴外会社に対する前記3の各手形貸付に基づく貸金債権は、平成九年一月一四日現在、残元金合計金六六七一万六一六六円((1)の貸付につき三〇〇〇万円、(2)の貸付につき二二一万六一六六円、(3)の貸付につき二〇〇〇万円、(4)の貸付につき一四五〇万円)、同日までの確定遅延損害金合計金三二一万一四三一円((1)の貸付につき金一三八万三二八八円、(2)の貸付につき一九万三七四五円、(3)の貸付につき九五万四〇四一円、(4)の貸付につき六八万〇三五七円)である。

二  争点

1  信義則違反ないし権利濫用

(被告の主張)

本件保証契約は、極度額の定めがなくかつ無期限の根保証契約であるところ、本件保証契約が締結されてから本件各手形貸付が行われるまでに約二六年が経過していること、本件保証契約は、もともと被告が原告からビルの建築資金の融資を受けようとしたところ、原告から融資を拒絶されたため、訴外会社を借主とし、被告を連帯保証人とするかたちで融資を受けることとして締結されたものであって、右融資金は昭和五三年一二月二六日までには全額弁済済みであることなどに照らし、原告の請求は、信義則違反ないし権利濫用であって許されない。

2  通謀虚偽表示による本件保証契約の無効

第三  当裁判所の判断

一  証拠並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件保証契約締結の経緯につき、以下の事実が認められる。

1  被告は、昭和四五年一〇月一四日、貸しビル業等を目的とする会社として設立された(乙一)。当時の被告代表者であった訴外亡甲野春男(以下「訴外甲野」という。)は、被告の設立当初から、訴外甲野の所有地上に被告所有の賃貸ビル(以下「Sビル」という。)を建設する計画を有していた。被告は、設立後まもなく、原告に対し、Sビル建設資金の融資を申し込んだが、原告は、設立後間もない被告に対する融資は困難であると回答した。

2  そこで、訴外甲野は、同人の長男の養親である訴外会社代表者に相談した結果、訴外会社を主債務者として資金を借り入れることとし、原告に対してその旨説明した上、Sビルの完成後は同ビル上に原告のために抵当権を設定することを前提に(乙一一)、改めて訴外会社から原告に融資を申し入れた。原告は、右申入れに応じることとし、昭和四六年三月二九日、原告と被告及び訴外会社の間で、訴外会社を主債務者、被告を連帯保証人とする銀行取引約定書(甲四)を作成するとともに、原告から訴外会社に対し、ビル建築資金として金三五〇〇万円が貸し渡された(乙八)。その一方で、被告と訴外会社の間では、同日、訴外会社から被告に対して金三五〇〇万円を貸し付けることとし、その旨の証明書(乙五)、借用証(乙六)及び公正証書(乙七)がそれぞれ作成された(乙三四)。なお、原告から訴外会社に対する貸付と、訴外会社から被告に対する貸付とは、貸付金額はもとより、利率、返済期間、返済方法等の条件はまったく同一であった(乙六、八)。その後、昭和四六年一二月一九日及び昭和四七年五月三一日の二回にわたり、被告が運転資金等として追加融資を必要とした際にも、同様にして、原告から訴外会社に、同社から被告に対し、合計金一三八〇万円が貸し渡された(乙一二、一四)。なお、昭和四七年五月三一日、同日現在の訴外会社の原告に対する借入残金四七八〇万円につき、新たに金銭消費貸借契約書が作成された(乙一三)。

3  被告は、約定に従って訴外会社に対する返済を継続し、それは訴外会社の原告に対する債務の返済にそのまま充てられていたが、昭和五三年ころ、被告は、原告及び訴外会社の了承を得て、被告がSビル及びその敷地に新たに原告のために極度額金二〇〇〇万円の根抵当権を設定した上、原告から約金二〇〇〇万円の融資を受け(乙二一)、そのうち約金八三〇万円を被告の訴外会社に対する前記借入金残債務の返済に充て(乙二二)、さらに訴外会社はこれを同社の原告に対する借入金残債務の返済に充てることとした。その結果、同年一二月二七日、Sビル建築資金に係る原告の訴外会社に対する前記各融資金は、全額返済され、原告は、訴外会社に対し、金銭消費貸借契約書を返還した(乙一三)。

二  ところで、昭和四六年ころ当時、原告と訴外会社との間に預金取引があったことは窺われる(弁論の全趣旨)ものの、前記一1の貸付以外にも原告から訴外会社に対する貸付が存在したことを窺わせる証拠は存しない。他方、訴外会社は、昭和五五年五月三一日及び昭和五六年五月三一日の各時点で、原告に対して預金債権を有する一方で原告からの借入金はゼロであったこと(乙二四、二五)、昭和五七年ころから昭和六二年ころにかけて、訴外会社の原告らからの借入金は概ね金六〇〇万円ないし金三五〇〇万円程度で推移していたこと(乙二六ないし三一)がそれぞれ認められる。原告は、平成元年になって、訴外会社に対し、土地取得資金として金一億円を融資し、その後、右土地上に建物を建築する資金として金八〇〇〇万円を融資した。なお、原告は、右のいずれの貸付の際にも、また、本件各手形貸付に際しても、被告に対し、改めて保証意思を確認することは一切なかった(争いがない)。

三  前記一認定のとおり、被告は、もともと被告自身が借受人となってSビルの建築資金等を借り入れることを希望していたところ、それが困難であったため、訴外会社を主債務者とし、被告を連帯保証人としていわゆる迂回融資を受けることとし、そのために原告との間で本件保証契約を締結したものであって、原告もその間の事情を知悉していたと認められるところ、その後、被告自身が借受人となって原告から直接融資を受けることが可能な状況になるに至り、被告が原告から改めて融資を受けてその一部で訴外会社と原告との間の貸借関係をすべて清算したというのであるから、被告としては、これにより本件保証契約関係もまた終了したものと考えていたとしても、無理からぬところといわざるを得ない。このような事情に加え、本訴請求に係る本件各手形貸付は、本件保証契約締結からは約二六年、とりわけ原告から訴外会社に対するSビル建築資金等としての融資が完済された昭和五三年一二月から数えても既に約一九年という長期間が経過した後に行われたものであること、前記二認定説示のとおり、原告と訴外会社との取引実績をみても、昭和五六年ころまでは、原告から訴外会社に対する融資はほとんどもしくは全く行われておらず、同年ころから昭和六二年ころまででは、融資残額もせいぜい金三五〇〇万円程度であったものが、平成元年に至って、原告は、訴外会社に対して突如金一億円を超える融資を行い、その後さらに金八〇〇〇万円の追加融資を行ったものであり、原告は、右のような各融資を行うに際し、被告にそれを通知するとか改めて被告の保証意思を確認するなどいわば容易になしうる措置を一切とっていないことなどの諸事実に鑑みれば、原告が本件各手形貸付につき被告に対して卒然として連帯保証債務の履行を請求することは、信義則上許されないものというべきである。

したがって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

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