東京地方裁判所 平成10年(ワ)7433号 判決 2000年9月27日
平成一〇年(ワ)第七四三三号 損害賠償等請求事件(甲事件)
平成一二年(ワ)第五八五四号 損害賠償等請求事件(乙事件)
甲事件原告・乙事件被告
【A】(以下「原告【A】」という。)
右訴訟代理人弁護士
中嶋郁夫
同
諸永芳春
甲事件訴訟復代理人・乙事件訴訟代理人弁護士
宮武洋吉
甲事件被告・乙事件原告
ラクール薬品販売株式会社(以下「ラクール薬品販売」という。)
右代表者代表取締役
【B】
甲事件被告・乙事件原告
東光薬品工業株式会社(以下「東光薬品工業」という。)
右代表者代表取締役
【B】
右二名訴訟代理人弁護士(甲事件のみ)
白取勉
右二名補佐人弁理士(甲事件のみ)
【C】
乙事件原告
【B】(以下「【B】」という。)
右三名訴訟代理人弁護士
小川大作
同
井上文男
甲事件被告
帝國製薬株式会社(以下「帝國製薬」という。)
右代表者代表取締役
【D】
甲事件被告
興和株式会社(以下「興和」という。)
右代表者代表取締役
【E】
甲事件被告
エスエス製薬株式会社(以下「エスエス製薬」という。)
右代表者代表取締役
甲事件被告
住友製薬株式会社(以下「住友製薬」という。)
右代表者代表取締役
【G】
甲事件被告
テイカ製薬株式会社(以下「テイカ製薬」という。)
右代表者代表取締役
【H】
右五名訴訟代理人弁護士
井窪保彦
同
佐長功
同
大貫端久
同
深澤信夫
右五名補佐人弁理士
【I】
【J】
【K】
【L】
主文
(甲事件)
一 原告【A】の請求をいずれも棄却する。
(乙事件)
二 ラクール薬品販売、東光薬品工業及び【B】の請求をいずれも棄却する。
(両事件)
三 甲事件について生じた訴訟費用は原告【A】の、乙事件について生じた訴訟費用はラクール薬品販売、東光薬品工業及び【B】のそれぞれ負担とする。
事実及び理由
第一請求
(甲事件)
一 ラクール薬品販売及び東光薬品工業は、原告【A】に対し、各自金二億六七六八万四九九〇円及びこれに対する平成一〇年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 帝國製薬及び住友製薬は、原告【A】に対し、各自金四億一二八〇万七六二五円及びこれに対する平成一〇年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 興和及びテイカ製薬は、原告【A】に対し、各自金二億九七九四万七三六〇円及びこれに対する平成一〇年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 エスエス製薬は、原告【A】に対し、金二億五四三四万八四五〇円及びこれに対する平成一〇年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 ラクール薬品販売、東光薬品工業、帝國製薬、住友製薬、興和、テイカ製薬及びエスエス製薬は、原告【A】に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 ラクール薬品販売、東光薬品工業、帝國製薬、住友製薬、興和、テイカ製薬及びエスエス製薬は、その費用をもって、株式会社朝日新聞発行の朝日新聞東京本社版朝刊社会面公告欄に二段抜きをもって表題、原告【A】及び右被告らの氏名を二倍活字、本文を一・五倍活字、住所を一倍活字の大きさで、別紙一記載の謝罪広告を、各一回掲載せよ。
(乙事件)
一 原告【A】は、ラクール薬品販売、東光薬品工業及び【B】それぞれに対し、各金五〇〇〇万円及びこれに対する平成一二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告【A】は、その費用をもって、株式会社朝日新聞、株式会社読売新聞、株式会社毎日新聞、株式会社日本経済新聞発行の各東京本社版朝刊社会面広告欄に二段抜きをもって、表題、各当事者の氏名を二倍活字、本文を一・五倍活字、住所を一倍活字の大きさで、別紙二記載の謝罪広告を、各一回掲載せよ。
第二事案の概要
(甲事件)
原告【A】は、①ラクール薬品販売については、インドメタシンを配合したパップ剤の発明者である原告【A】から特許を受ける権利を譲り受けることなく、また原告【A】の承諾やこれに対する通知もないままに特許出願をしたことが不法行為を構成するとして、②東光薬品工業、帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬及びテイカ製薬については、右冒認出願の事実を知りながら、あるいはこれを容易に知り得たにもかかわらず、権利者ではない者から権利の譲渡を受けたことが不法行為を構成するとして、これにより、原告【A】の特許を受ける権利が侵害され、損害を被ったと主張して、合計一二億三七七八万八四二五円の損害賠償の支払及び新聞紙上への謝罪広告の掲載を求めた。
(乙事件)
ラクール薬品販売、東光薬品工業及び両社の代表者である【B】は、事実に反することを知りながら甲事件に係る訴えを提起した原告【A】の行為が不法行為を構成するとして、乙事件原告らの名誉、営業上の信用が侵害され損害を被ったと主張して、合計一億五〇〇〇万円の損害賠償の支払及び新聞紙上への謝罪広告の掲載を求めた。
一 前提となる事実(証拠を掲記したものを除き当事者間に争いがない。なお、書証番号については、甲事件のものを用いる。)
1 当事者
原告【A】は、昭和五二年九月にラクール薬品販売に入社し、研究開発部長としてパップ剤の開発研究等の業務に従事し、昭和五五年六月に同社を退社した。
ラクール薬品販売、東光薬品工業、帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬及びテイカ製薬は、いずれも医薬品の製造、販売等を業とする会社であり、【B】は、ラクール薬品販売及び東光薬品工業の代表取締役である。
2 本件発明
(一) 東光薬品工業、帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬及びテイカ製薬は、以下の各特許権(以下、これらをあわせて「本件特許権」といい、(1)記載の特許権に係る発明を「原出願発明」、(2)記載の特許権に係る発明を「分割出願発明」といい、これらをあわせて「本件発明」という。)について共有権利者として登録されている(甲三、五、六、二五)。
(1) 登録番号 第一四六九五四一号
発明の名称 経皮吸収性抗炎症剤配合のパップ剤
出願日 昭和五三年一一月二日
登録日 昭和六三年一二月一四日
特許請求の範囲 カルボキシメチルセルロースナトリウム及び/又はポリアクリル酸ナトリウムからなる保水性基材と、グリセリンからなる湿潤剤と、アルミニウム塩と、水とを配合したものからなり、インドメタシンが保水性基剤に対して全体重量の〇・一~一・五重量%配合され、更にメントールが添加されていることを特徴とする経皮吸収性抗炎症剤配合のパップ剤。
(2) 登録番号 第一五四三二八二号
発明の名称 インドメタシン配合のパップ剤
出願日 昭和五三年一一月二日
登録日 平成二年二月一五日
特許請求の範囲(第一項)ポリアクリル酸ナトリウムからなる保水性基材と、グリセリンからなる湿潤剤と、アルミニウム塩及び水とを配合したものからなり、インドメタシンが〇・一~一・五重量%配合され、更にメントールが添加されていることを特徴とするインドメタシン配合のパップ剤。
(第二項)ジフエンヒドラミンが添加されていることを特徴とする特許請求の範囲第一項記載のインドメタシン配合のパップ剤。
(二) 本件特許権に関する出願手続の概要は、以下のとおりである。
(1) ラクール薬品販売は、昭和五三年一一月二日、いずれも原告【A】を発明者として、原出願発明及び「皮膚刺激作用を有しない水性パップ剤」を発明の名称とする別発明(以下「本件別発明」という。)について、特許出願をした(以下、原出願発明に係る出願を「本件特許出願」という。)。右両発明は、いずれもインドメタシンその他の経皮吸収性抗炎症剤を薬効成分とする点で共通するが、前者ではメントールが添加されている点などで異なる(甲三、四)。
(2) 原出願発明については、昭和五五年五月一〇日出願公開、同年一一月一〇日拒絶理由通知、昭和五六年一月二六日手続補正がされ、同年三月三日拒絶査定がされたが、ラクール薬品販売は、同年五月一四日、審判請求をした。昭和六一年一二月一一日に出願公告がされ、昭和六二年一月から同月二月にかけて帝國製薬らが特許異議の申立てをし、ラクール薬品販売は、同年八月二九日、手続補正書及び答弁書を提出し、帝國製薬らはこれに対する弁駁書を提出するなどした。しかしその後、昭和六三年四月、特許を受ける権利について、ラクール薬品販売から東光薬品工業に(権利の全部を)、東光薬品工業から帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬、テイカ製薬に(権利の一部を)、譲渡するとの合意がされ(甲二一の一、二)、その旨の出願人名義変更の手続がされた。そして、帝國製薬らは、前記異議申立てをいずれも取り下げた。
昭和六三年八月一五日には、審決により、前記拒絶査定が取り消された上で特許査定がされ、同年一二月一四日、右六社(東光薬品工業、帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬、テイカ製薬)を特許権者とする設定登録がされた。
なお、本件別発明については、昭和五六年四月一四日に拒絶査定がされ、確定した(丙二)。
(3) ラクール薬品販売は、昭和六二年八月二九日、原出願発明の一部について分割出願の手続を行った(発明者は原告【A】とされている)。分割出願発明については、昭和六三年四月一九日出願公開の後、原出願発明と同様に出願名義人の変更が行われ、平成元年五月一〇日出願公告、同年九月二九日特許査定の後、平成二年二月一五日、前記六社(東光薬品工業、帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬、テイカ製薬)を特許権者とする設定登録がされた。
(4) 原告【A】ほか一名は、平成七年六月二八日、冒認出願を理由に、原出願発明及び分割出願発明に係る各特許の無効審判を請求したところ、平成一〇年六月二三日に分割出願発明に係る特許につき、同年一一月九日に原出願発明に係る特許につき、いずれも無効とする旨の審決がされた。
本件特許権者である東光薬品工業ら六社は、原告【A】ほか一名を被告とする審決取消訴訟を提起し、東京高等裁判所は、平成一二年三月二三日、前記各審決を取り消す旨の判決をした。原告【A】は右判決を不服とし、現在上告中である(甲一〇九)。
3 本件製品
甲事件被告らは、昭和六三年五月ころから、以下のとおり、いずれも本件発明を基剤処方するインドメタシン配合のパップ剤(以下「本件製品」という。)を製造又は販売している。
すなわち、東光薬品工業は「インテナース」を製造し、ラクール薬品販売はこれを販売している。帝國製薬は「カトレップーID」及び「ハップスターID」を製造し、住友製薬はこれを販売している。テイカ製薬は「イドメシンコーワパップ」を製造し、興和はこれを販売していた(現在は、興和が製造、販売している。)。エスエス製薬は、「インサイドパップ」を製造、販売している。
二 争点
(甲事件)
1 本件発明の発明者について
(一) 原告【A】の主張
本件発明の発明者は原告【A】である。
(二) ラクール製薬販売及び東光薬品工業の認否
本件発明の発明者が原告【A】であることは認める。
(三) 帝國製薬、興和、エスエス製薬、住友製薬及びテイカ製薬(以下「帝國製薬ら五社」という。)の認否、反論
本件発明はメントールの添加を必須要件とするものであるところ、原告【A】は、特許庁の審判手続において、専らメントールを含まないパップ剤の開発を目的とする研究を行っており、メントールの添加に関する実験は行っていない旨を述べていること、本件訴訟においても、自身が発明したのはメントールを添加しないパップ剤である旨主張していることに照らすならば、原告【A】は本件発明の発明者ではない(もっとも、帝國製薬ら五社は、本件発明について特許を受ける権利の一部を譲り受けた時点では、本件発明の発明者は原告【A】であると考えていた。)。
2 冒認出願の有無について
(一) 原告【A】の主張
原告【A】は、本件発明について特許を受ける権利をラクール薬品販売に譲渡する旨の、明示又は黙示の意思表示をしたことはない。したがって、ラクール薬品販売は、出願人としての権利を有しない。また、ラクール薬品販売から譲り受けたとする東光薬品工業及び帝國製薬ら五社も、出願人としての権利を有しない。
被告らの主張は、以下のとおり理由がないことが明らかである。
(1) 入社時の合意について
原告【A】がラクール薬品販売に入社した際に、発明についての権利が会社に帰属する旨の説明を受けたことはない。
ラクール薬品販売の従業員の発明の中には、【B】個人の名義で出願されているものもあり、ラクール薬品販売及び東光薬品工業が主張するような慣例は存しない。
(2) 黙示の意思表示について
原告【A】は本件特許出願の事実及び本件特許出願に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の内容を最近になるまで知らなかった。また、本件明細書には以下①ないし③の問題点があるので、甲第一九号証、第八四号証のような研究を公にした薬学研究者である原告【A】が、このような問題のある本件明細書を作成することはあり得ない。また、原告【A】の催告書に対するラクール薬品販売及び東光薬品工業の回答書にも、原告【A】は発明者ではなく、本件特許出願の手続にも関与していないとラクール薬品販売が認識していたことが記載されていることからすれば、原告【A】が、特許を受ける権利の譲渡について黙示の意思表示をしたと認めることはできない。
① 原告【A】がラクール薬品販売在職中に実施していたのは、インドメタシンを含有し、メントール、カンフルを含有しない皮膚刺激性のないパップ剤の研究である。他方、本件明細書第1表の実験は、カンフル、メントールを含有する基剤を用いた実験であるべきところ、内容は基剤の異なる原告【A】の実験データを流用したものにすぎない。また、副方法であるラットマスタード法を主方法として用いている点にも問題がある。
② 原告【A】が行ったラット卵白法の実験データが分けられ、その一部が本件明細書第2表に、残部が本件別発明の明細書に流用されているが、刺激性を有するメントールを用いる本件特許出願の場合、ラット卵白法によっては、インドメタシンの有効性は確認されないはずである。
③ 原告【A】は、ラクール薬品販売を退職した後の昭和五六年四月七日、原告【A】を発明者、訴外日米臓器株式会社(以下「日米臓器」という。)を出願人とするインドメタシン外用剤についての特許出願の明細書を自ら作成したが、その際に、対照無貼用群、基剤のみ貼用群、パップ剤貼用群を区分し、さらにパップ剤貼用群についてはインドメタシンの用量によって四種類に区分するといった詳細な実験を行っている。これに対し、本件明細書は、基剤のみ貼用群のデータを欠く、極めて不十分なものである。
(3) 褒賞の授与について
トーコーエイザイ株式会社の株式は、他のラクール薬品販売社員にも割り当てられており、その価格も六万二五〇〇円であることから、社員の福利厚生の一環としてされたものにすぎず、本件発明に対する褒賞の趣旨を含むものではない。
(4) 紛争解決合意書の作成について
紛争解決合意書を作成した昭和五五年六月の時点では、原告【A】とラクール薬品販売との間で、本件発明に関する紛争は生じていなかった。したがって、紛争解決合意書は、本件発明に関する紛争を解決する趣旨を含むものではない。
(5) 日米臓器における特許出願について
原告【A】は、日米臓器において特許出願をした時点では、本件明細書を見たことはなかった。
(一) ラクール薬品販売及び東光薬品の主張
原告【A】は、本件発明について特許を受ける権利をラクール薬品販売に譲渡する旨の意思表示をした。したがって、本件特許出願は冒認出願ではない。
(1) 入社時の合意について
昭和五一年七月に施行されたラクール薬品販売の就業規則は、職務上の発明については会社が譲り受けることを前提とするものであり、原告【A】が在籍した当時、ラクール薬品販売においては、従業員が完成した職務上の発明に関する権利は当然に会社に帰属するとの慣習が存在した。
原告【A】は、右規則を前提として、職務発明の場合、特許にかかわるすべての権利は会社が当然に譲り受ける旨の説明を受け、これを了承した上でラクール薬品販売に入社した。
以上のとおり、本件発明について特許を受ける権利は、本件発明の完成と同時に、ラクール薬品販売に譲渡する旨のあらかじめの合意があった。
(2) 黙示の意思表示について
原告【A】は、昭和五三年一〇月ころ、本件発明について特許出願が可能な状態となったことから、【B】の指示を受け、本件明細書を作成して特許庁に提出し、提出を了した旨を原告【B】に報告した。
右経緯に照らすならば、本件発明について特許を受ける権利については、遅くとも本件特許出願日である昭和五三年一一月二日までに、ラクール薬品販売にこれを譲渡する旨の原告【A】の意思表示があったというべきである。
(3) 褒賞の授与について
原告【A】は、昭和五三年一〇月二八日に設立されたトーコーエイザイ株式会社の株式一二五株の無償交付を受けたが、これは本件発明について特許を受ける権利をラクール薬品販売に譲渡したことに対する褒賞の趣旨を含むものである。
(4) 紛争解決合意書の作成について
原告【A】は、ラクール薬品販売及び東光薬品工業との間で、昭和五五年六月三〇日付け紛争解決合意書を作成し、金一五〇万円の分割支払いを受けるとともに、在職中の一切の事項について権利主張しない旨を約した。
このことは、本件発明について特許を受ける権利がラクール薬品販売に譲渡されたことを確認する趣旨を含むものである。
(三) 帝國製薬ら五社の主張
本件特許出願は冒認出願ではない。
原告【A】は、ラクール薬品販売の研究開発部長として本件特許出願の事実及びその内容を熟知していた。このことは、原告【A】が、日米臓器在籍中の昭和五六年四月七日、「インドメタシン外用剤」の発明について特許出願を行い、その明細書中で本件特許出願の内容に言及していることからも明らかである。
原告【A】は、本件特許出願の事実を知り、その内容を熟知していたのであるから、特許を受ける権利をラクール薬品販売に帰属させることについて、黙示の承諾をしたというべきである。
また、遅くとも前記紛争解決書を作成した時点では、右権利がラクール薬品販売に帰属することについての承諾があったと解するべきである。
3 不法行為の内容、権利侵害の有無について
(一) 原告【A】の主張
発明によって最大の利益をあげるためには、特許出願をすべきか否か、またその時期をいつにするかが重要であるから、発明者の承諾なくして出願する冒認出願自体が、発明者の特許を受ける権利を侵害するものである。
ラクール薬品販売は、前述のとおり、本件発明について冒認出願を行い、実験データのすり替えや流用を行い、その後の補正手続においても、実施例と異なる他社実験データ等の流用や弁理士名義の冒用などを行った。これらの行為は、原告【A】の特許を受ける権利を侵害する行為である。
東光薬品工業は、本件特許出願が冒認出願であり、ラクール薬品販売が実験データのすり替え等を行っていることを知りながら、権利を譲り受けたのであるから、右は原告【A】の特許を受ける権利を侵害する行為である。
帝國製薬ら五社は、原告【A】が本件特許出願に関与していないことを知っていたか、容易に知ることができたにもかかわらず、原告【A】に発明、出願の経緯を確認することをせず、ラクール薬品販売及び東光薬品工業との間で、本件発明に関する技術供与や特許実施権に関する覚書を交わしたり、異議申立を取り下げたり、共同出願人として本件特許権を取得したりしたが、右行為は、原告【A】の特許を受ける権利を侵害する行為である。
(二) ラクール薬品販売及び東光薬品工業の反論
前記のとおり、本件特許出願は冒認出願ではない。
原告【A】は、本件発明について抽象的に出願の意思を有していたと主張するにとどまり、実際の特許出願をしていないから、本件特許出願が原告【A】の権利行使を妨げたと解することはできない。したがって、原告【A】の権利は何ら侵害されていない。
(三) 帝國製薬ら五社の反論
帝國製薬ら五社が、本件特許出願が冒認出願であることを知りつつ共同出願人となった旨の主張は争う。
製薬会社における特許出願は、その従業員である研究者の職務発明としてされることは公知の事実であり、製薬会社において、このような特許出願に関し特許を受ける権利を譲り受ける場合、当該従業員に発明出願の経緯を聴取する義務も慣行も存しない。
仮に、本件発明が原告の発明であるとしても、本件発明の新規性は本件特許出願の出願公開によって失われているから、その後に帝國製薬ら五社が共同出願人となったことによって、原告【A】の特許を受ける権利が侵害されたということはできず、帝國製薬ら五社の行為と原告【A】の特許を受ける権利の侵害との間に相当因果関係はない。
4 損害について
(一) 原告【A】の主張
(1) 甲事件被告らは、昭和六三年五月ころから今日に至るまで、本件発明を基剤処方する本件製品を製造、販売し、その販売価格の総額は二一〇八億六六三五万三〇〇〇円を下ることはない。
右販売価格の内訳は、東光薬品工業が製造し、ラクール薬品販売その他が販売した「インテナース」が約一七八億四五六六万六〇〇〇円、帝國製薬が製造し、住友製薬が販売した「カトレップーID」が約八二五億六一五二万五〇〇〇円、テイカ製薬が製造し、興和が販売した「イドメシンコーワパップ」が約五九五億八九四七万二〇〇〇円、エスエス製薬が製造し、販売した「インサイドパップ」が五〇八億六九六九万円である。
本件発明の実施料相当額は右販売額の九パーセントとするのが相当であるところ、右実施料相当額には本件製品の製造技術情報の対価も含まれていることから、本件発明のみの経済的価値は右実施料相当額(販売額の九パーセント)の五〇パーセントを下ることはなく、本件発明に対する原告【A】の貢献度は、本件発明の経済的価値(販売額の四・五パーセント)の少なくとも三分の一を下ることはない。したがって、本件製品の販売に対し原告【A】が本来受け取るべき相当対価は、販売額の一・五パーセントを下ることはない。
よって、原告【A】は、ラクール薬品販売及び東光薬品工業各自に対し、本件発明について特許を受ける権利の侵害に対する損害賠償として、前記「インテナース」の販売額一七八億四五六六万六〇〇〇円の一・五パーセントに相当する二億六七六八万四九九〇円の支払を求める。
(2) 帝國製薬ら五社については、本件特許出願等の手続自体に関与していないとの事情を考慮すると、ラクール薬品販売及び東光薬品工業に比して、原告【A】の特許を受ける権利を侵害する度合いは低いというべきであるから、前記相当対価の三分の一(販売額の〇・五パーセント)をもって損害額と評価するのが相当である。
よって、原告【A】は、帝國製薬及び住友製薬各自に対し、「カトレップーID」の販売額八二五億六一五二万五〇〇〇円の〇・五パーセントに相当する四億一二八〇万七六二五円の支払を、テイカ製薬及び興和各自に対し、「イドメシンコーワパップ」の販売額五九五億八九四七万二〇〇〇円の〇・五パーセントに相当する二億九七九四万七三六〇円の支払を、エスエス製薬に対し、「インサイドパップ」の販売額五〇八億六九六九万円の〇・五パーセントに相当する二億五四三四万八四五〇円の支払を、それぞれ求める。
(二) 甲事件被告らの反論
損害額に関する主張は争う。原告【A】には何らの損害も生じていない。
5 名誉権侵害の有無について
(一) 原告【A】の主張
本件発明は原告【A】が行ったものであり、原告【A】は本件発明について発明者としての人格権、名誉権を有している。
ラクール薬品販売は、原告の許諾や承諾もないのに本件特許出願を行い、また、その手続においても、実験データのねつ造や他社の実験データの流用等を行い、原告【A】の発明者としての人格権、名誉権を侵害した。東光薬品工業及び帝國製薬ら五社も、本件特許出願が違法な冒認出願であることを知り、又は知り得べき立場にありながらこれに加功して本件特許権を取得した。
右の名誉権侵害により原告【A】が被った精神的損害を慰藉するには、金五〇〇万円が相当である。また、甲事件被告らの行為によって侵害された原告【A】の名誉及び信用を回復するためには、新聞紙上に謝罪広告を掲載する必要がある。
よって原告【A】は、甲事件の被告七社各自に対し、金五〇〇万円の支払、及び別紙記載の謝罪広告の掲載を求める。
(二) 甲事件被告らの反論
発明者が一般に発明者としての人格権、名誉権を有していることは認める。本件特許出願が冒認出願であることは争う。
6 消滅時効の抗弁
(一) ラクール薬品販売及び東光薬品工業の主張
原告【A】は、日米臓器在籍中の昭和五六年四月七日、「インドメタシン外用剤」の発明について特許出願し、その明細書中で本件特許出願に言及しているから、右特許出願をした時点で、本件特許出願がされた事実を知っていたと推認される。右特許出願から本訴提起まで三年以上経過しており、ラクール薬品販売及び東光薬品工業は、消滅時効の完成を援用する。
(二) 原告【A】の反論
原告【A】は、右特許出願の時点では、本件明細書を見ていない。
(乙事件)
1 不法行為の成否について
(一) 乙事件原告らの主張
昭和五一年七月に施行されたラクール薬品販売の就業規則は、職務上の発明については会社が譲り受けることを前提とする規則である。原告【A】は、右の規定を示された上、職務発明の場合、特許にかかわるすべての権利は会社が当然に譲り受ける旨の説明を受け、これを了承した上でラクール薬品販売に入社し、本件発明を行った。また、原告【A】は、本件特許出願に際し、研究開発部長として本件明細書等の出願書類を作成し、印刷された出願書類を自ら特許庁に提出したものであって、この間、何の異議を述べることもなかった。昭和五三年一〇月末には、本件発明に対する褒賞として、その頃設立されたトーコーエイザイ株式会社の株式一二五株を受領した。
これらの経緯に照らすならば、原告【A】は、本件発明について特許を受ける権利をラクール薬品販売に譲渡していることは明らかであるにもかかわらず、原告【A】は、特許を受ける権利を譲渡したことも、その旨の通知を受けたこともないと主張して甲事件を提起した。原告【A】が右訴えを提起した行為は、不法行為を構成する。
(二) 原告【A】の反論
否認する。
2 損害について
(一) 乙事件原告らの主張
原告【A】は、甲事件を提起して、製薬業界の有力なメンバーである帝國製薬ら五社の面前で、乙事件原告らが原告【A】の特許を受ける権利を侵奪したと主張した。右行為によって、乙事件原告らの名誉、営業上の信用は著しく毀損された。これに対する慰謝料は、乙事件原告ら各人について金五〇〇〇万円を下ることはない。また、乙事件原告らの名誉及び信用を回復するためには、別紙記載の謝罪広告を新聞紙上に掲載する必要がある。
(二) 原告【A】の認否
否認する。
第三争点に対する判断
(甲事件)
一 争点2(冒認出願の有無)について
以下のとおり、原告【A】は、ラクール薬品販売に対して、本件発明について特許を受ける権利を譲渡する旨の意思表示をしたと認めるのが相当である。
その理由を詳述する。
1 事実経緯について
前提となる事実、証拠(甲三ないし七、二二、二四、二八、二九、三四、三九ないし四二、四五ないし四九、五三、五四、五六、五八、五九、一〇三ないし一〇七、乙三ないし九)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告【A】の入社前後の経緯
(1) 【B】は、昭和三六年ころからパップ剤の製造販売業を営んでいたが、昭和四六年にパップ剤の販売部門を法人化してラクール薬品販売を設立し、昭和四九年には製造部門を法人化して東光薬品工業工業を設立して、現在に至るまで両社の代表取締役を勤めている。
他方、原告【A】は、博士号を有する薬学の研究者であり、昭和二七年から昭和四〇年まで富山大学薬学部に助手、講師、助教授として在籍し、昭和四〇年から昭和四四年まで杏林化学研究所に、昭和四四年から昭和四九年まで日本ケミファ株式会社に、それぞれ在籍した。
ラクール薬品販売は、昭和五二年九月、原告【A】を同社の研究開発部の部長兼同社の管理薬剤師として採用した。当時、同社の研究開発部には四、五名の部員が在籍しており、右部員らの給与は月額一三万円ないし一四万円程度であったが、原告【A】については、月額二五万円が支給されることとなった。
(2) 原告【A】は、ラクール薬品販売に入社した当初は、同社の既存のパップ剤の薬効を確認する等の薬理学的な研究に従事していたが、昭和五三年の前半ころ、【B】に対し、パップ剤に消炎剤であるインドメタシンを配合することを提案したところ、【B】はこれに賛同し、右パップ剤の研究開発を行うよう、原告【A】に指示をした。
原告【A】をはじめとするラクール薬品販売の研究開発部員らは、実験用ラットの足蹠(あしうら)にカラゲニン等の炎症を起こさせる物質を注入し、形成される浮腫がパップ剤の貼用によってどの程度抑制されるかを確認する薬理試験等を行った結果、同年七月ころまでに、インドメタシンを配合したパップ剤は、優れた炎症抑制効果を有し、皮膚刺激性も少ないとの結論を得た。
(二) 本件発明及び本件特許出願の経緯
(1) 【B】は、昭和五三年七月ころ、原告【A】から、インドメタシンを配合したパップ剤について良好な試験結果を得た旨の報告を受け、同年一〇月ころには、特許出願が可能な段階に達したと判断して、原告【A】に対し、インドメタシンパップ剤の特許出願をするよう指示した。原告【A】はこれを了承し、原出願発明及び本件別発明について、各明細書の原稿を作成した。
原告【A】が、右各明細書の原稿を【B】らに示して協議したところ、【B】らは、原告【A】がインドメタシンパップ剤を発案したこと、原告【A】がラクール薬品販売に在籍していることを考慮し、発明者を原告【A】、出願人をラクール薬品販売として出願手続を行うよう指示した。
(2) 原告【A】は、右各原稿のタイプ浄書を外部に委託し、これに、専務取締役である【M】が保管していた代表取締役印の押捺を受けて出願書類を完成し、同年一一月二日、本件特許出願(特願昭五三ー一三四四八三号)及び本件別発明の特許出願(特願昭五三ー一三四四八四号)を行い、【B】らにその旨を報告した。
(3) 昭和五三年一〇月に、ラクール薬品販売及び東光薬品工業の関連会社であるトーコーエイザイ株式会社が設立され、ラクール薬品販売及び東光薬品工業の役員らが設立時の株式の大部分を引き受けたが、社員のうち従来特に貢献のあった者八名に対しては、一二五株ずつが事実上無償で交付された。原告【A】も、インドメタシンパップ剤が特許出願の段階に至ったことを評価され、右株式の交付を受けた。
(4) 訴外グレラン製薬株式会社(以下「グレラン製薬」という。)は、ラクール薬品販売及び東光薬品工業において開発したパップ剤の基剤製造方法に着目し、昭和五三年春ごろから、同社の開発担当課長である【N】(以下「【N】」という。)らが、【B】や原告【A】と交渉するようになった。
当初は前記パップ剤の導入に関する交渉のみが行われたが、本件特許出願後、原告【A】が【N】に出願の事実を告げたことから、【N】はインドメタシンパップ剤に興味を示し、【B】に明細書を開示するよう求めた。ラクール薬品販売は直ちにはこれに応じなかったが、原出願発明の出願公開(昭和五五年五月一〇日)がされる一、二か月前に至り、【B】及び原告【A】の両名は、【N】に本件明細書の写しを交付した。
【N】はこれを見て、特許請求の範囲が広すぎる等の印象を持ったが、追加実験をグレラン製薬において行い、補正等の手続もグレラン製薬の弁理士に行わせるなどとして、インドメタシンパップ剤の共同開発を始めた。その後しばらく、ラクール薬品販売及び東光薬品工業とグレラン製薬とは、インドメタシンパップ剤の共同開発を続け、本件特許出願に対する補正等の手続もグレラン製薬に属する弁理士が行ったが、グレラン製薬は、昭和五八年ころ、採算が取れないことを理由に、右共同開発を諦めた。
(三) 原告【A】の退職前後の事情
(1) 原告【A】は、昭和五五年六月五日付けで退職する旨の退職届をラクール薬品販売に提出したが、そのころ、インドメタシンパップ剤を大メーカーに渡す場合は、製剤的に改善する必要があるなどの助言を記載した葉書をラクール薬品販売に送付したりした。
ところが、原告【A】は、同年六月四日、小山弁護士を代理人として、ラクール薬品販売及び東光薬品工業に対し、両社が薬理試験結果等の作成に関し原告【A】の名義を冒用したこと及び薬事法違反の製品を製造したことなどを指摘する通知書を送付した。これに対し、ラクール薬品販売及び東光薬品工業は、顧問である小川弁護士に対して、その解決を依頼した。
(2) そこで、小川弁護士と小山弁護士は交渉を開始し、退職金及び本件特許出願に対する褒賞について解決金を支払うことによって解決することとし、小山弁護士が、原告【A】は同月五日付で退職したことを確認し、ラクール薬品販売が「退職金及び慰労金」として金一五〇万円を支払うことなどを内容とする紛争解決合意書を起案した。小川弁護士は、原告【A】が名誉毀損、信用毀損にも言及していることから、右案文について、当事者をラクール薬品販売及び東光薬品工業の両社とし、支払の名目を「退職金及び紛争解決金」とする修正を施し、他に一切の債権債務のないことを確認し、一切の権利主張をしないことを約する旨の条項を追加した上で、同月三〇日、右修正された内容により紛争解決合意書が作成された。
(3) 原告【A】は、ラクール薬品販売を退職後、日米臓器に入社し、昭和五六年四月七日、原告【A】を発明者、日米臓器を出願人として、「インドメタシン外用剤」の発明について、自ら明細書を作成して特許出願をしたが、その発明の詳細な説明中に「本邦特許に散見されるインドメタシン外用パップ剤は、経皮吸収性が低いことは当然のことで、その消炎作用は含有水分の揮発に比較的強く依存していると見てもよい。」との記載をした。
また、原告【A】は、昭和五六年四月一〇日、ラクール薬品販売の役員あてに、①第三者から本件発明の製造実施例の不備を指摘されたこと、②研究開発部員が作成した、出願日と製造実施例不明のままの本件明細書の原稿を手元に保有していること、③発明者として本件特許出願の取下げを勧告すること、④ラクール薬品販売としては出願時に高額な費用を支出しているので折衝して欲しいこと、⑤サンプル製造時の不手際は原告【A】には責任がないこと、⑥本件発明には特徴もあるが、大会社と結ぶ場合、製造技術の不備等が問題になること、⑦ラクール薬品販売に対し訴訟を提起する予定であることなどを詳細に記した内容証明郵便を送付した。
(4) 原告【A】は、同月一四日ころ、インドメタシンパップ剤については製造方法に全く関与しないまま特許も薬理も進められたこと、インドメタシンパップ剤を発表するまではその改善をと進めたが、圧力に抗しきれなかったことなどを手紙に書いて、帝國製薬の【O】常務に送付したりした。
(5) さらに、原告【A】は、昭和五六年八月六日付け家庭薬新聞の紙上に、外用剤の開発実験に関与したこと、製造方法についてはまかせるようにとのラクール薬品販売の説明と発売実績を信頼し、原告【A】の名義で特許出願されたが、第三者から製造方法の問題点を指摘され、修正を提案したが入れられなかった旨などを述べた署名記事を掲載した。
(四) 原告【A】の主張に対する判断
右認定について、原告【A】は、ラクール薬品販売が本件特許出願をした事実を知らなかったとか、本件明細書の作成に全く関与していなかったと主張し、右主張に沿った証拠(甲二八、三九)がある。しかし、右主張は以下のとおり、採用できない。
先ず、原告【A】は、本件特許出願の事実すら知らなかった旨主張するが、右主張は以下のとおり失当である。すなわち、①原告【A】のラクール薬品販売における地位や研究開発部の規模、②パップ剤の販売を業とするラクール薬品販売における本件発明の意義、③原告【A】は入社後間もない昭和五三年に本件発明を行った後、昭和五五年まで在籍し、その間に出願公開がされていること、④原告【A】は研究開発に着手する時点、あるいは良好な結果が得られた時点で【B】に報告をしているなどの前記認定の各事実に加え、⑤本件全証拠によるも、ラクール薬品販売が、出願の事実を研究開発部長である原告【A】に秘匿しなければならない事情が存したとは認められないことを総合すると、本件特許出願の事実を知らなかったとする前記各証拠部分(甲二八、三九)は、極めて不自然であり採用できない。原告【A】は本件特許出願に関与し、出願の事実及び内容を当初から知っていたと認めるのが相当である。
次に、原告【A】は、本件明細書の作成に全く関与していなかったと主張するが、前記のとおり原告【A】は当初から本件特許出願の事実及びその内容を知っていたこと、原告【A】が本件明細書の原稿を作成しタイプを外部に委託したこと、当時、ラクール薬品販売の研究開発部には他に明細書を書くことのできる者はいなかったが、原告【A】はこのような能力を有していたこと(甲四〇、四五、乙三ないし七)が認められ、右認定事実に照らすならば、原告【A】の主張は採用できない。
2 右認定した事実を基礎として検討する。原告【A】は、パップ剤の販売等を行うラクール薬品販売に、パップ剤の研究等を行う研究開発部長として入社し、原告【A】の発案に基づき、インドメタシンパップ剤の研究開発を行うようにとの【B】の指示を受けて、他の研究開発部員らとともにその研究開発に従事したこと、そして、原告【A】は、右のような職務の過程で成立した発明について、ラクール薬品販売の名義で出願するようにとの【B】の指示を受け、特段の異議を述べることもなく自ら本件明細書を作成して本件特許出願の手続を行ったこと、そして褒賞として株式を受領したこと等の事実に照らすならば、原告【A】は、遅くとも右出願の時点までに、本件発明についての特許を受ける権利を、ラクール薬品販売に譲渡する旨の黙示の意思表示をしたと認めるのが相当である。
二 結論
以上述べたところによれば、本件特許出願が冒認出願であるとする原告【A】の主張は、失当ということになる。したがって、原告【A】の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(乙事件)
一 争点1(不法行為の成否)について
乙事件原告らは、ラクール薬品販売が、本件発明について特許を受ける権利の譲渡を受けたことは明らかであるにもかかわらず、原告【A】は、本件特許出願の事実を知らず、本件発明について特許を受ける権利を譲渡したことはないと主張して甲事件を提起したのであり、右行為は不法行為を構成する旨主張する。
訴訟の提起が不法行為に当たるといえるためには、訴えを提起した者の主張した権利又は法律関係が事実上及び法律上根拠を欠くものであるうえ、原告がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるというべきである(最高裁昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一ページ)。
本件発明について特許を受ける権利が譲渡されるに至った経緯については、譲渡に関する書面が作成されていないこと、明示の意思表示があったとまではいえないこと等の点に照らすと、原告【A】の訴えの提起及び訴訟における主張の内容が事実上及び法律上の根拠を欠くとまでは、直ちにはいえない。したがって、甲事件に係る訴えを提起し、訴訟において冒認の主張をした原告【A】の行為が不法行為を構成するということはできない(なお、【B】については、甲事件において被告とされていないので、主張自体失当である。)。
二 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、乙事件原告らの請求は理由がない。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 谷有恒)
裁判官 八木貴美子は、差し支えのため、署名押印することができない。 裁判長裁判官 飯村敏明
<以下省略>