東京地方裁判所 平成10年(ワ)7818号 判決 2000年3月15日
原告
松尾冨貴子
被告
株式会社オー・エンタープライズ・ミュージック
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金八九万六三一八円及び内金七五万六四三六円に対する平成一〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを七分し、その二を被告らの、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、連帯して金二四五万一六四九円及び内金二〇六万八五九〇円に対する平成一〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成七年四月一七日午後〇時二〇分ころ
(二) 場所 東京都港区麻布台一丁目六番一九号麻布郵便局駐車場内
(三) 加害車 飯塚一枝(以下「飯塚」という。)が、被告株式会社オー・エンタープライズ・ミュージック(以下「被告会社」という。)の業務として運転する普通乗用自動車
(四) 被害車 原告が所有する普通乗用自動車
(五) 事故態様 飯塚は転把しながら加害車を転回、後退させたため、右側方に駐車していた被害車の左側面に加害車を接触させた(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故の結果
被害車は、本件事故により、左前後のドア等が損傷した。
3 被告らの責任
飯塚は加害車を転回、後退させるに際し、右側方に対する安全確認を怠った過失がある。したがって、被告会社は飯塚の使用者として、飯塚と連帯して、原告に対する損害賠償責任を負う。
また、被告会社の代表者である被告小野英雄は代理監督者として右同様に原告に対する損害賠償責任を負う。
4 損害額の算定
(一) 被害車の価値の下落及び買替えに伴う損害(主位的主張)
(1) 車両損害(被害車の価値の下落分。請求額 一三一万四五〇〇円)
本件事故時の被害車の価格は、被害車と同じ九五年型S三二〇のメルセデスベンツの平成七年分(同年四月から一〇月まで)のオークション市場での卸相場調査結果に基づく中古車売買価格四件の単純平均価格七〇一万四五〇〇円を下回ることはなく、本件事故後の被害車の価格は、新車買替え時の下取り価格の五七〇万円である。
したがって、本件事故により被害車が被った損害額は、この差額である一三一万四五〇〇円を下回ることはない。
(2) 新車買替えのために要した代車料(請求額 九三万円)
原告は、被害車に代わる新車を新規購入するために平成七年四月二五日から同年六月二五日までの六二日間を要し、その期間中の代車の使用料は、日額一万五〇〇〇円の六二日分で計九三万円である。
(3) 弁護士費用(請求額 二二万四四五〇円)
(4) 遅延損害金(請求額 三八万三〇五九円)
飯塚は、平成一〇年一二月二九日、原告に対して四七万四五六四円を支払ったが、その内金四〇万〇三六〇円は前記(一)の(1)から(3)までの損害賠償債権の元本の合計額二四六万八五九〇円に充当され(残額は二〇六万八五九〇円)、内金七万四二〇四円は右元本合計額に対する本件事故日から右弁済日までの遅延損害金四五万七二六三円に充当された(残額は三八万三〇五九円)。
(二) 被害車の修理に伴う損害(予備的主張)
(1) 車両損害(修理費。請求額 一三一万二二七一円)
完全な修復を追求するために必要な修理費として見積った金額である。
なお、修理費として右請求額が認められない場合には、右請求額の範囲内で相当額の格落ち分の算定を求める。
(2) 修理期間中に要する代車料(請求額 二一万円)
本件では、原告は現実には被害車を下取りに出して新車に買い換えているため、修理をしていない。しかし、仮に、原告が被害車を修理した場合、それに要すると考えられる期間は一四日間である。したがって、その期間中の代車の使用料は、日額一万五〇〇〇円の一四日分で計二一万円である。
(3) 弁護士費用(請求額 一五万二二二七円)
(4) 遅延損害金(請求額 二三万五九二〇円)
飯塚は、平成一〇年一二月二九日、原告に対して四七万四五六四円を支払ったが、その内金四〇万〇三六〇円は前記(二)の(1)から(3)までの損害賠償債権の元本の合計額一六七万四四九八円に充当され(残額は一二七万四一三八円)、内金七万四二〇四円は右元本合計額に対する本件事故日から右弁済日までの遅延損害金三一万〇一二四円に充当された(残額は二三万五九二〇円)。
5 まとめ
よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯して金二四五万一六四九円(予備的には一五一万〇〇五八円)及び内金二〇六万八五九〇円(予備的には一二七万四一三八円)に対する平成一〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(本件事故の発生)の(一)から(五)は認める。
2 請求原因2(本件事故の結果)及び同3(被告らの責任)は認める。
3 請求原因4(損害)について
(一) 請求原因4(一)(主位的主張)の(1)から(3)は否認し、(4)のうち、飯塚が平成一〇年一二月二九日に原告に対して四七万四五六四円を支払ったことは認め、その余は否認する。
(二) 請求原因4(二)(予備的主張)の(1)及び(3)は否認し、(2)は認め、(4)のうち、飯塚が平成一〇年一二月二九日に原告に対して四七万四五六四円を支払ったことは認め、その余は否認する。
三 抗弁(代車料の支払)
飯塚は、日本火災海上保険株式会社(以下「訴外保険会社」という。)を通じて、平成七年四月一八日から同月二五日までの原告の代車料として、代車業者に二三万五八七〇円を支払った。
四 抗弁に対する認否
知らない。
理由
一 請求原因1の(一)から(五)、2及び3の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因4(損害額の算定)及び抗弁(代車料の支払)
(一) 同4の(一)について
(1) 車両の損害額の算定方法
事故により損傷した車両の損害額の算定方法としては、<1>事故時の車両価格と事故後の車両価格との差額相当額又はこの差額相当額に買替えに伴って発生すると認められる費用等(新車調達のために要する期間中の代車料や関連費用等)を加算したものをもって損害額とする算定方法と、<2>車両を原状に回復するための修理に要した費用相当額と修理に伴って発生すると認められる費用等(修理期間中の代車料等)を合算したものをもって損害額とする算定方法とが考えられ、いずれの算定方法によるかは、第一義的には、損害賠償請求に係る関係当事者間の合意によるが、しかし、その合意がない場合には、それぞれの金額を算定した上、いずれか安価な方をもって損害額とするのが、経済的な合理性の観点や、損害賠償債務者に過剰な負担を負わせるべきではないとの観点から、一般社会通念に照らして相当であるというべきである。
本件では、原告は、<1>の算定方法による損害額を主位的主張とし、<2>の算定方法による損害額を予備的主張するが、前示のとおり、いずれの方法によるかは、被害者たる原告の意思によって決定されるのではなく、いずれか安価な方をもって決定すべきであるところ、原告の主張によれば、<2>の算定方法による損害額が<1>のそれに比べて安価であることは明らかであり(被告らも<2>の算定方法によるべきであると主張する。)、原告の<1>の算定方法を前提とする損害額の主張(主位的主張)は、それ自体失当といわなければならない。
また、(一)(2)の代車料は、被害車を新車に買い替えることを前提とする請求であるが、前示のとおり、被害回復のためには被害車の修理を選択するのが合理的であるから、これを前提としない代車料の請求は失当である。
(2) なお、<1>の算定方法を基礎とする原告の主位的主張を検討するに、原告が被害車の本件事故時の価格として主張する七〇一万四五〇〇円の基礎資料となった同じ型、年式の四台の中古車売買価格(甲一三)は、いずれもそれぞれの車両固有の個性ともいうべき状態(走行距離、色、装備品等)を基に価格が形成されたものと考えられ、これらの価格が市場価格前のいわゆる仕入れ価格として正当なものであるとしても、これらの平均金額をもって被害車の事故時の合理的な価格であるとまではいい難い。また、被害車の本件事故後の価格についても、一般に自動車販売会社は利幅を上げるために下取り価格をできるだけ低く査定し、購入者が支払うべき差額をできるだけ多く得たいと考えるのが経済的合理性に適っていることに照らすと、本件事故後の被害車の下取り価格が合理的かつ相当な観点で決定されたと認められることが前提条件となるが、これを認めるに足りる証拠はないのであるから、結局、被害車の本件事故前の価格と本件事故後の価格との差額が、原告の主張のとおりの金額であるとは認められない。
(3) よって、その余の点を検討するまでもなく、請求原因4の(一)には理由がない。
(二) 請求原因四の(二)及び抗弁について
(1) 車両損害(同四の(二)(1)) 七九万六七九六円
原告は、修理費が一三一万二二七一円である旨主張し、甲二一から二三を提出するが、その基礎資料である甲二一を作成した株式会社シュテルン品川の喜舎場清賢(以下「喜舎場」という。)は修理費を見積もるに当たって本件事故により損傷した被害車を現実に観察していない上、喜舎場が丙四(甲二はその一部である。飯塚の契約する訴外保険会社の側で作成した被害車の修理費に関する調査資料)及び乙ロ一(株式会社シュテルン品川の作成した被害車の修理費に関する見積書)の各内容を上回る修理を見積もった手がかりとしては、営業部の社員からの事情聴取と甲一四の写真六枚しかないが、この事情聴取の内容が不明である上、右各写真によって直接把握できない部位の損傷をどのように推定することができるのかについての具体的で合理的な説明が全くなく、原告の主張に係る右修理費を認めるには足りないというべきである。
結局、被害車の修理費に係る書証としては前示の丙四及び乙ロ一となるが、作成者の中立性や正規ディーラーとしての信頼性等を考慮すると、丙四よりは乙ロ一の方がより信用性が高く、乙ロ一に記載された五四万六七九六円をもって被害車の合理的な修理費であると認定せざるを得ない。
なお、本件では、現実に被害車が修理されていないため、修理しても残存する外観又は機能上の欠陥が存在するのかどうかが明確ではないが、少なくとも、被害車が新車登録後わずか二か月しか経過しておらず、本件事故による損傷と修理の事実が被害車の商品価値に及ぼす影響は少なくないと考えられること等を考慮し、その格落ち損として二五万円をもって相当と認める。
(2) 修埋期間中に要する代車代(同4の(二)(2)) 二一万円
当事者間に争いがない。
(3) 小計 一〇〇万六七九六円
(4) 代車料の支払(抗弁) 認めない
飯塚は訴外保険会社を通じて平成七年四月一八日から同月二五日までの八日間分の代車料として二三万五八七〇円を代車業者に支払ったが(乙イ三、四)、本件では被害車は現実には修理されておらず、支払われた右代車料は、本件事故後、原告と訴外保険会社の事故処理担当者岩鼻雅之(以下「岩鼻」という。)が本件事故による損害賠償を巡る交渉を継続する間、原告が現実に代車を使用したために生じた代車料の一部であることから(甲七、八、一七から一九、乙イ一、二)、飯塚の右代車料の支払が、果たして、被害車を修理した場合に必要となる代車料の請求を含む本件損害賠償請求に対する抗弁となるか、が問題となる。
前示の各証拠からうかがえる原告と岩鼻との交渉状況を見るに、本件での損害賠償を巡る交渉が困難を来したのは、岩鼻の原告に対する適切さを欠いた言動や態度等にも起因していることは必ずしも否定しないが、他方、原告が被害車の修理を拒否し、買替えを前提とした要求に固執した態度にもその責任の一端があったといわざるを得ない。なぜなら、損傷した被害車が初年度登録後わずか二か月の新車であったとしても、前示のとおり、その損害額の算定方法は、買替えではなく修理を前提としたものが合理的であると考えられることからすると、原告の右要求は正当なものとはいい難いからである。
しかし、一般的な社会通念からすれば、このような購入後間もない新車を何の落ち度もなく傷つけられた被害者が、損害賠償を巡る初期の交渉段階において、修理ではなく、一部の自己負担をしてでも買替えを強く希望するのはやむを得ないものというべきであり、このような場合、加害者、ことに交通事故処理を専門的かつ継続的に担当する損害保険会社の担当者は、被害者に対して合理的な損害賠償額の算定方法について十分かつ丁寧な説明をなし、被害者の理解を得るように真摯な努力を尽くすべきであって、そのために時間を要し、その結果、修理に着手する以前の交渉期間中の代車料が生じたとしても、それが、加害者(又は損害保険会社担当者)の具体的な説明内容や交渉経過から見て、通常予測し得る合理的な範囲内にとどまる限り、加害者(損害保険会社)はその代車料についても当然に負担すべき責任を負うものというべきであるところ、本件においては、前示各証拠からうかがえる原告と岩鼻との具体的な交渉経過及びその状況(両者の要求の食い違いの鮮明な対立状況やその背景となった互いの交渉態度に対する不満と不信感の存在)等を考慮すると、交渉期間中の代車の必要期間としては、少なくとも、八日間分を下回ることはないと認めるのが相当である。
そうすると、本件で支払われた代車料は、被害車の修理期間中に必要な代車料とは別に、飯塚及び被告らが負担すべき原告と岩鼻の交渉期間中の代車料であり、原告が右交渉期間中の代車料を請求していない以上、被害車の修理期間中の代車料を含む本件損害賠償債権に対する適法な弁済と解することはできない。
よって、抗弁は失当である。
(5) 弁護士費用 一五万円
本件訴訟の内容や経過、事案の難易度を勘案すると、被告らに損害として負担させるべき弁護士費用は一五万円をもって認める。
(6) 合計(損害賠償債権元本) 一一五万六七九六円
(7) 遅延損害金 二一万四〇八六円
右合計額に対する本件事故日である平成七年四月一七日から平成一〇年一二月二九日までの遅延損害金は二一万四〇八六円である。
(8) 飯塚の弁済金の充当
前示(6)の合計金額に四〇万〇三六〇円を充当すると損害賠償債権の残元本額は七五万六四三六円となり、前示(7)の遅延損害金に七万四二〇四円を充当すると残額は一三万九八八二円となる。
三 結論
よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して金八九万六三一八円及び内金七五万六四三六円に対する平成一〇年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 渡邉和義)