東京地方裁判所 平成10年(ワ)7906号 判決 1999年7月13日
原告
重田典子
右訴訟代理人弁護士
高橋美成
被告
株式会社リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービス
右代表者代表取締役
ガルブレイス ジョン マイケル
被告
ガルブレイス ジョン マイケル
右被告ら訴訟代理人弁護士
本多清二
主文
一 被告リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービスは、原告に対し、金一四〇万二七六〇円並びに内金九四万一八五七円に対する平成一〇年一月二四日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員、内金二〇万〇九〇三円に対する同年二月一一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員及び内金二六万円に対する同年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービスに対するその余の請求を棄却する。
三 原告の被告ガルブレイス ジョンマイケルに対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の一と被告リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービスに生じた費用の五分の一を被告リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービスの負担とし、原告に生じた費用の一〇分の九と被告リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービスに生じた費用の五分の四と被告ガルブレイス ジョンマイケルに生じた費用を原告の負担とする。
五 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金六三三万五四七〇円及びこれに対する平成一〇年一月二四日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告リンガラマ・エクゼクティブ・ラングェージ・サービス(以下「被告会社」という。)に解雇されたと主張する原告が、被告会社に対しては雇用契約に基づいて、被告会社代表者である被告ガルブレイス ジョン マイケル(以下「被告ガルブレイス」という。)に対しては商法二六六条の三の取締役の責任又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて、それぞれ平成九年九月分から平成一〇年一月分までの賃金(ただし、後記未払残業代を除く。)の未払分の合計金一一四万二七六〇円、解雇予告手当金二六万円、平成七年一一月から平成九年一二月までの未払残業代の合計金四九三万二七一〇円、総計金六三三万五四七〇円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成一〇年一月二四日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項に基づく年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 前提となる事実
1 被告会社は大手企業などを対象として多言語による語学研修などを業とする株式会社であり、被告ガルブレイスは被告会社の代表取締役である(争いがない。)。
2 原告は昭和五八年以降被告会社の日本語非常勤講師として勤務していたが、平成五年三月被告会社との間で基本給、勤務時間などを次のとおりとして原告を日本語部(外国人に日本語を教える部署)のコーディネーターとする労働契約を締結した(被告会社との間では争いがなく、被告ガルブレイスとの間ではアシスタント一人を付けることを雇用の条件とした点を除いて争いがなく、その余は原告本人、弁論の全趣旨)。
(一) 基本給 一か月当たり二六万円(毎月分を翌月一〇日払い)
(二) 勤務時間 午前九時一五分から午後五時三〇分まで
(三) アシスタント一名(一か月当たりの賃金二〇万円)を付ける。
三 争点
1 未払賃金(後記第二の三3の未払残業代を除く。)の有無及びその金額について
(一) 原告の主張
原告の賃金の未払分の金額は、平成九年九月分が金二二万八五九四円、同年一〇月分が金二四万八九四四円、同年一一月分が金二四万四九九六円、同年一二月分が金二一万九三二三円、平成一〇年一月分が金二〇万〇九〇三円、合計金一一四万二七六〇円であり、これが未払であることは被告会社の作成に係る別紙1<略>の書面(<証拠略>)から明らかである。
なお、別紙1の書面の「Total」欄の平成九年九月分の金額の合計である金二五万二一八九円から同書面の「支払い金額」欄の金額を控除した残額は金二三万三三〇九円であるが、平成九年一月分から同年七月分までの原告の賃金の未払は毎月金一一一〇円で、同年八月分の原告の賃金の未払は金一三万七五一五円であり、その合計が金一四万五二八五円であったところ、平成一〇年三月三一日に被告から金一五万円が支払われたので、これを右の賃金の未払分に充当すると、平成九年九月分の原告の賃金の未払は金二二万八五九四円となる。平成九年一〇月分から平成一〇年一月分までの原告の賃金の未払分は、それぞれ別紙1の書面の「Total」欄の平成九年一〇月分から平成一〇年一月分までの金額の合計のとおりである。
(二) 被告会社の主張
原告に賃金の未払があることは認めるが、関係書類がないため、その金額が原告の主張のとおりであることは否認する。
(三) 被告ガルブレイスの主張
平成九年九月分ないし同年一一月分については原告の賃金の未払分が原告の主張のとおりであることは認める。原告は同年一二月一五日に被告会社を退職し、同月一七日それを撤回すると勝手に称して出勤してきたが、被告会社はその撤回を認めず、原告に対しそれ以降何らの業務指示をしていない。被告会社は原告に対し同年一二月分までの賃金は支払うことを申し出て、原告もこれを了解している。したがって、被告会社は平成九年九月分から同年一二月分までの賃金については支払義務を負うが、平成一〇年一月分の賃金については支払義務を負わない。
2 解雇予告手当の支払義務の有無及びその金額について
(一) 原告の主張
被告会社は平成一〇年一月二三日原告に対し同人を即日解雇する旨の意思表示をしたが、解雇予告手当金二六万円を支払わない。
(二) 被告会社の主張
原告は被告会社を自主的に退職しているから、被告会社には解雇予告手当の支払義務はない。
(三) 被告ガルブレイスの主張
原告は平成九年一二月一五日一旦退職したが、同月一七日それを撤回すると称して出勤してきたが、被告会社はその撤回を認めずにそれ以降原告に対し何らの業務も指示していなかった。原告は自己都合で退職したのであるから、被告会社には解雇予告手当の支払義務はない。
3 残業代の有無及びその金額について
(一) 原告の主張
(1) 被告は平成五年一一月リストラで日本語部のアシスタントを解雇したため、原告は当初の雇用契約では本来予定されていないアシスタントの仕事を自ら行わざるを得なくなった。そこで、被告はそのアシスタントの仕事に見合う金額(一時間当たり金一九〇〇円)での残業代の支払を約し、平成五年一一月から平成六年九月までは原告に対して残業代を支払っていたが、同年一〇月分以降の残業代については支払がない。アシスタントの仕事についての残業代は別紙2<略>の種別欄に「アシスタント」と記載された欄の各月ごとの金額の合計であり、その合計金額は金五八八万一二八五円であるが、原告はこのうち平成九年一一月一七日(原告が被告会社に書面で支払を請求した日)から二年以内の分の合計金一一六万七五五〇円の支払を求める。
(2) 被告は平成七年一二月一三日から平成八年八月三一日まで原告に対し日本語部のコーディネーターの仕事の外にEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの兼務を命じたが、このEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事は原告の勤務時間内では処理しきれず、原告はこの期間にEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターとしての仕事を残業、休日出勤として処理せざるを得なかった。その残業代については追って定めることになっていたが、被告ガルブレイスが言を左右にして合意のないまま経過したが、一時間当たり金四七六〇円が相当である。EU政府から依頼された研修のコース・ディレクターとしての仕事の残業代は別紙2の種別欄に「EU Fellowコースディレクター」と記載された欄の各月ごとの金額の合計であり、その合計金額は金三七六万五一六〇円である。
(二) 被告会社の主張
原告がEU政府から依頼された研修の業務をしていたことは認め、その余は否認する。被告会社は原告に残業を命じたことはないから、残業代は発生しない。
(三) 被告ガルブレイスの主張
(1) 被告会社がアシスタントを解雇したのは、アシスタントを付けなければならないような仕事がなく、かつ、アシスタントの勤務状態が悪かったためであり、アシスタントの解雇によって原告の仕事量が著しく増大したということはない。被告ガルブレイスが被告代表者として原告に対しアシスタントの仕事の残業代として一時間当たり金一九〇〇円の残業代を支払うことを約束したことはない。ただし、原告の日本語講師としての勤務について手当を基本給の外に支払ったことがある。
(2) 原告がEU政府から依頼された研修の業務を行ったことがあるが、その業務は日本語部のコーディネーターの仕事と同じであり、原告にディレクターを命じたことはない。ただし、EU本部からの入札の申込書にディレクターという名称を書き込む欄があったので、その欄に原告の名前を書き込んだことはある。原告がEU政府から依頼された研修の業務を行っていた全期間について残業をしていたことはないし、被告会社が原告に残業を命じたことはないし、その残業の費用などについて合意したこともない。残業代が一時間当たり金四七六〇円であることは争う。被告会社はこれまで本訴請求を除いて原告から残業代の支払を求められたことはない。
4 被告ガルブレイスの商法二六六条の三に基づく取締役としての責任又は不法行為責任の有無について
(一) 原告の主張
被告会社が原告に対し賃金の未払分、解雇予告手当及び残業代を支払わないのは、被告ガルブレイスが被告代表者として決断して自ら行ったことであり、いわば被告代表者自身による違法行為であって、商法二六六条の三の取締役の責任における悪意による任務懈怠であることは明らかである。被告会社はその経営に係る三つの外国語学校を閉鎖し、本店事務所も閉鎖しており、原告は被告会社から未払賃金などを回収することは事実上不可能であり、この回収不可能な金額がそのまま被告の任務懈怠に基づく損害である。
また、被告ガルブレイスによる右の不法行為は民法七〇九条の不法行為にも該当する。
これに対し、被告ガルブレイスは被告会社の取締役として被告会社の業務や資金繰りに全力を尽くしていたと主張するが、被告ガルブレイスは経営者としてなすべきことをせずにその当然の結果として被告会社は倒産したのであるから、被告会社の代表取締役である被告ガルブレイスには責任があることは明らかである。
(二) 被告ガルブレイスの主張
被告会社が原告に対し賃金を支払わないのは、それを支払うだけの資金が不足してしまったためであり、被告ガルブレイスは被告会社の取締役として被告会社の業務や資金繰りに全力を尽くしていたのであって、故意に原告に対する支払を拒絶したわけではない。したがって、被告ガルブレイスが悪意又は重大な過失による職務違反があったわけではないのであって、商法二六六条の三の取締役の責任のみならず不法行為の責任も負うものではない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(未払賃金の有無及びその金額)について
1 平成九年九月分から同年一一月分までの未払賃金について
平成九年九月分から同年一一月分までの原告の賃金が原告の主張のとおり未払であることは原告と被告ガルブレイスとの間では争いがない(前記第二の三1(三))。この事実に、被告ガルブレイスが被告会社の代表者であること(前記第二の二1)及び証拠(<証拠略>、原告本人)も加えて併せ考えると、被告会社は原告に対し平成九年九月分から同年一一月分までの賃金について支払義務を負っていること、その金額は、平成九年九月分が金二二万八五九四円、同年一〇月分が金二四万八九四四円、同年一一月分が金二四万四九九六円、合計金七二万二五三四円であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
2 同年一二月分の未払賃金について
被告ガルブレイスは、原告は同年一二月に被告会社を退職しており、被告会社は原告に対し同年一二月分までの賃金は支払うことを申し出て、原告もこれを了解していると主張しており(前記第二の三1(三))、この主張からすれば、被告会社が平成九年一二月分の賃金について支払義務を負うことは原告と被告ガルブレイスとの間では争いがない。この事実に、被告ガルブレイスが被告会社の代表者であること(前記第二の二1)及び証拠(<証拠略>、原告本人)も加えて併せ考えると、被告会社は原告に対し同年一二月分の賃金について支払義務を負っていること、その金額は二一万九三二三円であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
3 平成一〇年一月分の未払賃金について
(一) 被告ガルブレイスは、原告は平成九年一二月一五日に被告会社を退職し、同月一七日それを撤回すると勝手に称して出勤してきたが、被告会社はその撤回を認めず、原告に対しそれ以降何らの業務指示をしていないから、被告会社は平成一〇年一月分の賃金については支払義務を負わないと主張しており、原告は、被告会社は平成一〇年一月二三日に原告を解雇したと主張しているので、まず、原告が平成九年一二月に被告会社を退職したのか、それとも、平成一〇年一月二三日に解雇されたのかについて判断する。
(二) 前記第二の二2の事実、証拠(<証拠略>、原告本人)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 原告は、昭和五八年被告会社の日本語部に所属して欧米系の外資系の会社に勤務する外国人に日本語を教える非常勤講師となり、平成五年三月以降外国人に日本語を教える非常勤講師としての仕事と日本語部のコーディネーターの仕事を兼務していた。原告は、コーディネーターの仕事の一つとして、外国人に日本語を教えるレッスンの予約が取り消されたこと及び外国人に語学を教えるレッスンの予約が新たに追加されたことを「CANCEL」と「TEMP」という欄が設けられた書面(<証拠略>のような様式の書面であり、このような様式の書面を以下「本件書面」という。)に日にち別に記録していたが、原告は自分がした残業の時間数を残業をする度に残業をした日にちの日付けの本件書面に書き込んでいた(前記第二の二2、<証拠略>、原告本人)。
(2) 原告は、平成六年一〇月から平成九年一二月までの自分の残業時間数を明らかにするために被告会社に保管されていた平成六年一〇月から平成九年一二月までの本件書面の原本の写しを作成し、これに基づいて平成六年一〇月から平成九年一二月までの原告の残業時間数を一覧表にまとめたが、その一覧表が(証拠略)の四枚目以下の「各年別残業時間集計明細」と題する表である。原告は平成九年一一月ころ全労協全国一般東京労働組合(以下「本件組合」という。)に加入して、本件組合を通じて平成六年一〇月から平成九年一二月までの残業代の支払を被告会社に求め、平成一〇年一月二〇日には「各年別残業時間集計明細」と題する表を被告会社あてに発送し、同月二二日には平成六年一〇月四日から平成九年一二月二六日までの本件書面の写しを被告会社あてに発送した(<証拠略>、原告本人)。
(3) 原告が本件組合を通じて被告会社に送付した「各年別残業時間集計明細」と題する表の平成九年一二月一六日の欄には一・二五時間残業したことが記載されている(<証拠略>)。
(4) 被告会社は平成一〇年一月二三日付けの書面を本件組合あてに送付したが、その書面には「いろんな理由で、会社が重田典子さんを1月25日から首にすることにしました。今後、重田典子さんが株式会社リンガラマ・エグ(ママ)ゼクティブ・ラングェージ・サービスと関係ありません。」と書かれていた(<証拠略>)。
(5) 被告会社の作成に係る別紙一(ママ)の書面(<証拠略>)には原告の賃金の明細が記載されているが、この書面には平成一〇年一月一日から同月二三日までの原告の賃金が金二〇万〇九〇三円であることが記載されている(<証拠略>、原告本人)。
(三) 被告会社に保管されていた平成六年四月から平成九年一二月までの本件書面の原本に基づいて平成六年一〇月から平成九年一二月までの原告の残業時間数を一覧表にまとめた「各年別残業時間集計明細」と題する表の平成九年一二月一六日の欄には一・二五時間残業したことが記載されていること(前記第三の一3(二)(2)、(3))、平成九年一二月一六日分の本件書面の写しは提出されていないものの、原告は自分がした残業の時間数を残業をする度に残業をした日にちの日付けの本件書面に書き込んでいたこと(前記第三の一3(二)(1))、「各年別残業時間集計明細」と題する表と平成六年一〇月から平成九年一二月までの本件書面の原本の写しは被告会社に送付されているにもかかわらず、被告らからは原告が平成九年一二月一六日に残業したかどうかについて殊更に反論はされていないこと、以上の点を総合すれば、原告は平成九年一二月一六日に被告会社に出社して残業したものと認められ、そうすると、原告が同月一五日に被告会社を退職し、同月一七日それを撤回すると勝手に称して出勤してきたという被告ガルブレイスの主張を採用することはできない。
そして、被告会社が平成一〇年一月二三日付けで本件組合あてに送付した書面の内容(前記第三の一3(二)(4))からすると、この書面は被告会社が平成一〇年一月二五日をもって原告を解雇する趣旨の書面であると解されること、原告が被告会社に出勤しなければならないのは月曜日から金曜日までであり(原告本人)、平成一〇年一月二五日は日曜日である(当裁判所に顕著である。)ところ、被告会社の作成に係る別紙1の書面(<証拠略>)には平成一〇年一月一日から同月二三日までの原告の勤務に対する賃金が記載されていること(前記第三の一3(二)(5))も併せ考えると、被告会社は平成一〇年一月二五日をもって原告を解雇したものと認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
以上によれば、被告会社は原告に対し平成一〇年一月分の賃金として原告が同月二三日まで勤務した分について支払義務を負っていること、その金額は二〇万〇九〇三円であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
4 遅延損害金について
原告は平成一〇年一月二四日からの遅延損害金の支払を求めているところ、原告の賃金は毎月分を翌月一〇日に支払うこととされていた(前記第二の二2)から、平成九年九月分の賃金の支払日は同年一〇月一〇日、同年一〇月分の賃金の支払日は同年一一月一〇日、同年一一月分の賃金の支払日は同年一二月一〇日、同年一二月分の賃金の支払日は平成一〇年一月一〇日、同年一月分の賃金の支払日は同年二月一〇日であるというべきである。
そうすると、平成九年九月分から同年一二月分までの未払賃金については、原告が遅延損害金の支払の始期としている平成一〇年一月二四日が平成九年九月分から同年一二月分までの未払賃金の各支払日の後であることが明らかであるから、平成一〇年一月二四日からの遅延損害金の支払を認めることができるが、平成一〇年一月分については同年一月二四日が平成一〇年一月分の支払日の前であることは明らかであるから、同年一月二四日からの遅延損害金の支払を認めることはできず、同年一月分についてはその支払日の翌日である同年二月一一日から遅延損害金の支払を認めることができるにとどまるというべきである。
5 小括
以上によれば、原告の未払賃金の請求は金一一四万二七六〇円並びに内金九四万一八五七円に対する平成一〇年一月二四日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金及び内金二〇万〇九〇三円に対する同年二月一一日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
二 争点2(解雇予告手当の支払義務の有無及びその金額)について
被告会社が平成一〇年一月二五日をもって原告を解雇したことは前記第三の一3(三)のとおりであり、原告は右同日をもって解雇されたことを殊更に争っているわけではないから、解雇の効力は平成一〇年一月二五日に生じたものというべきであり、したがって、被告会社は原告に対し解雇予告手当として三〇日分の平均賃金の支払義務を負っていること、解雇予告手当の支払日は平成一〇年一月二五日であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額である(労働基準法一二条一項本文)ところ、原告が解雇されたのは平成一〇年一月二五日であるから、この日以前三か月の日数は平成九年一〇月二五日から平成一〇年一月二四日までの九二日ということになるが、この間に原告が支払を受けた賃金としては基本給の金二六万円の外に時間外手当として支払われたものが平成九年一一月分として金一万八五二五円、平成一〇年一月分として金五八五〇円がある(<証拠略>)から、平成九年一〇月二五日から平成一〇年一月二四日までに支払われた賃金の総額金八〇万四三七五円を九二日で除した金額に三〇日を乗じた金額は金二六万二二九六円であるということになる。
また、原告の基本給は(ママ)解雇予告手当は賃金ではないから、その遅延損害金について賃金の支払の確保等に関する法律六条一項の適用はない。
したがって、原告の解雇予告手当の請求は金二六万円(ママ)及びこれに対する支払日の翌日である平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
三 争点3(残業代の有無及びその金額)について
1 被告会社は、被告会社が原告に残業を命じたことはないから、残業代は発生しないと主張する。
なるほど労働基準法三六条本文は「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三二条から第三二条の五まで若しくは第四〇条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによって労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。」と規定し、同法三七条一項は「使用者が、第三三条又は前条の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ命令で定める以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」と規定していることからすると、使用者が労働時間を延長して労働者に労働させた場合に初めて当該労働者は延長された時間について割増賃金の支払を受けることができるのであって、使用者が労働者に労働時間を延長して労働するよう指示したわけではないのであれば、たとえ労働者が自発的に労働時間を延長して労働したとしても、使用者はその労働について割増賃金を支払う義務はないように考えられないでもない。
しかし、使用者が労働者に対し労働時間を延長して労働することを明示的に指示していないが、使用者が労働者に行わせている業務の内容からすると、所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないという場合には、使用者は当該業務を指示した際に労働者に対し労働時間を延長して労働することを黙示に指示したものというべきであって、したがって、当該労働者が当該業務を完遂するために所定の勤務時間外にした労働については割増賃金の支払を受けることができるというべきである。
そうすると、本件においても原告が被告ガルブレイスから残業をすることについて明示的な指示を受けていなかったとしても、同被告から与えられた業務の内容に照らせば、到底所定の勤務時間内に当該業務を完遂することができないと認められる場合には、同被告が当該業務を指示した際に原告に対し所定の勤務時間を延長して労働することを黙示に指示したものというべきであり、原告が当該業務を完遂するために所定の勤務時間外にした労働については割増賃金の支払を受けることができる。
2 そこで、原告が行っていた業務の内容からすると、原告の所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないといえるかどうかについて検討する。
(一) 次に掲げる争いのない事実、証拠(<証拠略>、原告本人)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 原告が日本語部の非常勤講師の外にコーディネーターの仕事を兼務したときには、被告会社の日本語部にはコーディネーターの外にシニアティーチャー(原告の主張に係るアシスタントのこと)が置かれていて、日本語部の管理業務的な仕事をコーディネーターとシニアティーチャーが分担していたが、平成五年一一月にシニアティーチャーが解雇され、それ以後はシニアティーチャーが担当していた仕事も原告が行わなければならないことになった(<証拠略>、原告本人)。
(2) 原告は平成七年一二月一三日から平成八年八月三一日まで日本語部のコーディネーターの仕事の外にEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事を行った(<証拠略>、原告本人)。
(二) 原告が平成五年一一月以降コーディネーターとシニアティーチャーが分担して処理していた日本語部の管理業務的な仕事を一手に引き受けることになったからといって、そのことから直ちに原告が毎日のように残業をせざるを得なかったということはできないのであって、原告がコーディネーターとシニアティーチャーが分担して処理していた日本語部の管理業務的な仕事を一手に引き受けることによって原告が毎日のように残業をせざるを得なかったかどうかは、原告が行っていたコーディネーターの仕事の繁忙の度合いとシニアティーチャーの仕事の繁忙の度合いによって左右されるものと考えられるところ、原告の陳述書(<証拠略>)及び本人尋問における供述を総合しても、コーディネーターの仕事として日常処理しなければならない仕事の内容及びその量や質など、あるいは、シニアティーチャーの仕事として日常処理しなければならない仕事の内容及びその量や質などが必ずしも明らかではないために、原告が行っていたコーディネーターの仕事が繁忙を極めており、その上にシニアティーチャーの仕事を行うとすれば、所定の勤務時間内の(ママ)処理できないことが明らかであること、あるいは、原告が行っていたコーディネーターの仕事は繁忙を極めていたというほどではなかったが、シニアティーチャーの仕事もコーディネーターの仕事に劣らず忙しく、したがって、コーディネーターの仕事に加えてシニアティーチャーの仕事も行うとすれば、所定の勤務時間内の(ママ)処理できないことが明らかであることなどは、うかがわれないのである。
このことに加えて、被告会社は、被告会社がアシスタントを解雇したのは、アシスタントを付けなければならないような仕事がなく、かつ、アシスタントの勤務状態が悪かったためであり、アシスタントの解雇によって原告の仕事量が著しく増大したということはないと主張していること、原告の主張に係るアシスタントの仕事についての残業時間数は、原告が本件書面に記録していた自分の残業時間数を集計したものにすぎないというのであり(前記第三の一1(二)(1)、(2))、本件全証拠に照らしても、被告らは原告が本件書面に記録していた原告の残業時間数のとおり残業したことを認めているという事実はおよそ認められないことも併せ考えると、原告の陳述書(<証拠略>)及び本人尋問における供述だけでは、原告がコーディネーターとシニアティーチャーが分担して処理していた日本語部の管理業務的な仕事を一手に引き受けることによって原告が毎日のように残業をせざるを得なくなり、そのため原告がその主張に係る時間数だけ残業をしたことを認めるには足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そして、仮に原告の主張するとおりの時間数だけ残業をしたことが認められないとしても、少なくとも原告が確実に残業をしていたといえる残業時間数すら、本件全証拠に照らしても、明らかではないのである。
(三) 原告が平成五年一一月以降コーディネーターとシニアティーチャーが分担して処理していた日本語部の管理業務的な仕事を一手に引き受けることになっていた上、平成七年一二月一三日から平成八年八月三一日までEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事を行ったことによって、原告が日本語部の管理業務的な仕事だけを一手に引き受けていたときと比べて、忙しくなったことは容易に想像できるが、EU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事として日常処理しなければならない仕事の内容及びその量や質などが必ずしも明らかではないために、原告がEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事も行うようになったことによって原告がこれらの仕事を所定の勤務時間内の(ママ)処理できないことが明らかであることなどは、うかがわれないのである。
このことに加えて、原告の主張に係るEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事についての残業時間数は、原告が本件書面に記録していた自分の残業時間数を集計したものにすぎないというのであり(前記第三の一1(二)(1)、(2))、本件全証拠に照らしても、被告らは原告が本件書面に記録していた原告の残業時間数のとおり残業したことを認めているという事実はおよそ認められないことも併せ考えると、原告の陳述書(<証拠略>)及び本人尋問における供述だけでは、原告が日本語部の管理業務的な仕事を一手に引き受けていた上にEU政府から依頼された研修のコース・ディレクターの仕事を行ったことによって原告が毎日のように残業をせざるを得なくなり、そのため原告がその主張に係る時間数だけ残業をしたことを認めるには足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そして、仮に原告の主張するとおりの時間数だけ残業をしたことが認められないとしても、少なくとも原告が確実に残業をしていたといえる残業時間数すら、本件全証拠に照らしても、明らかではないのである。
(四) 以上によれば、原告が行っていた業務の内容からすると、原告の所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないということは困難であり、仮に所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得なかったと認め得るとしても、原告が果たして原告の主張するとおりの時間数だけ残業したことあるいは少なくとも原告が確実に残業をしていたといえる残業時間数を認めることはできないというべきである。
3 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の残業代の請求は理由がない。
四 争点4(被告ガルブレイスの商法二六六条の三に基づく取締役としての責任又は不法行為責任の有無)について
1 原告は、被告会社が原告に対し賃金の未払分、解雇予告手当及び残業代を支払わないのは、被告ガルブレイスが被告代表者として決断して自ら行ったことであり、いわば被告代表者自身による違法行為であって、商法二六六条の三の取締役の責任における悪意による任務懈怠であることは明らかであると主張する。
しかし、証拠(<証拠略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社はその経営に係る三つの外国語学校を閉鎖し、本店事務所も閉鎖しており、事実上倒産したともいうべき状況にあることが認められ、そうすると、被告会社が原告に対し賃金の未払分、解雇予告手当及び残業代を支払わないのは、それを支払うだけの資金が不足してしまったためであるとも考えられ、したがって、被告会社が原告に対し賃金の未払分、解雇予告手当及び残業代を支払わないのは、被告ガルブレイスが被告代表者として決断して自ら行ったことであり、いわば被告代表者自身による違法行為であることを認めることはできない。右の違法行為を理由に被告ガルブレイスが商法二六六条の三の責任又は民法七〇九条の不法行為責任を負うということはできない。
2 原告は、被告ガルブレイスが経営者としてなすべきことをせずにその当然の結果として被告会社は倒産したと主張しており、その本人尋問において、被告ガルブレイスは被告会社の事務所や施設を被告会社とは関係のない私的なことに使用していたこと、被告ガルブレイスは被告会社の代表者であるにもかかわらず、ほとんど被告会社にはいなかったこと、被告会社の営業担当者が被告ガルブレイスを同道して語学のレッスンの契約の更新の交渉をしているときには値下げの交渉は一切許さず、契約の更新の交渉が失敗すると、被告ガルブレイスが自らその顧客のところに赴いて自分の経営に係るインターワールドという語学学校との契約の締結を勧め、いわば被告会社の新規顧客を横取りしていたこと、原告が語学のレッスンの入札関係の資料を準備しても、被告ガルブレイスによるコンピュータへの入力に手間取ったため、入札の締切時間に応札できなかったことが五回くらいあったこと、被告ガルブレイスが平成九年に六〇日ほど海外に出かけていたが、それによって被告会社の売上げに貢献したわけではないことなどを供述しているが、仮の(ママ)この供述が事実であったとしても、右の原告の供述に係る被告ガルブレイスの行為が被告会社が倒産した原因であるとまでいうことはできないのであって、したがって、被告ガルブレイスが経営者としてなすべきことをせずにその当然の結果として被告会社は倒産したことを認めることはできない。被告ガルブレイスが経営者としてなすべきことをしなかったことを理由に被告ガルブレイスが商法二六六条の三の責任又は民法七〇九条の不法行為責任を負うということはできない。
3 以上によれば、被告ガルブレイスの商法二六六条の三に基づく取締役としての責任又は不法行為責任を前提とする原告の請求は理由がない。
五 以上によれば、原告の請求は、未払賃金について金一一四万二七六〇円並びに内金九四万一八五七円に対する平成一〇年一月二四日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項に基づく年一四・六パーセントの割合による遅延損害金及び内金二〇万〇九〇三円に対する同年二月一一日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項に基づく年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で、解雇予告手当について金二六万円(ママ)及びこれに対する支払日の翌日である平成一〇年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由がある。
(裁判官 鈴木正紀)