東京地方裁判所 平成10年(ワ)8122号 判決 2001年8月28日
甲事件原告・乙事件被告
小椋國和
甲事件被告・乙事件原告
本田雅之
乙事件原告
全日本自治体労働者共済生活協同組合
主文
(甲事件)
一 甲事件原告の請求を棄却する。
(乙事件)
二 乙事件被告は、乙事件原告全日本自治体労働者共済生活協同組合に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成一〇年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 乙事件被告は、乙事件原告本田雅之に対し、三一五万円及びこれに対する平成一〇年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 乙事件原告本田雅之のその余の請求を棄却する。
(全事件)
五 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、すべて甲事件原告・乙事件被告の負担とする。
六 この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
※ 以下、便宜、甲事件原告・乙事件被告小椋國和を「小椋」と、甲事件被告・乙事件原告本田雅之を「本田」と、乙事件原告全日本自治体労働者共済生活協同組合を「自治労共済組合」と、それぞれ略称する。
第一請求
一 甲事件
本田は、小椋に対し、三七八五万〇九〇七円及び内金三四四五万〇九〇七円に対する本件事故の日である平成七年三月一日から、内金三四〇万円に対する本裁判確定の日の翌日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
(一) 小椋は、自治労共済組合に対し、四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 小椋は、本田に対し、四〇五万円及びこれに対する前記平成一〇年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
平成七年三月一日午後一一時四五分ころ、東京都足立区千住五丁目一三番地先の国道四号線(いわゆる日光街道)において、小椋運転の普通乗用自動車(以下「小椋車」という。)と本田運転の普通乗用自動車(以下「本田車」という。)とが接触事故を起こし、小椋車が道路左端のガードレールに激突し、小椋車に同乗していた石鍋博三(以下「石鍋」という。)が車外に放り出されて死亡するとともに、小椋が負傷した。
甲事件は、小椋が、本田に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、本件事故により小椋が被った損害の賠償を請求するものである。また、乙事件は、小椋との共同不法行為者として、石鍋に対して損害賠償義務を履行した本田及び同人と対人賠償共済契約を締結していた自治労共済組合が、小椋に対し、その責任割合に応じて求償金の請求をするものである。
本件の争点は、次の一ないし三である。
一 本件の事故態様(小椋と本田の過失割合)
(一) 小椋の主張
小椋は、前記日時場所を小椋車を運転し、草加方面から上野方面に向けて、第二車線上を時速約七〇kmで直進中、後方の第二車線方向から本田車が自車以上の速度で接近するのを認め、かつ、第三車線前方に先行車両があったことから、第二車線を空けるべく進路変更の合図を出し、第三車線上に進路変更をしようとした。本田は、アルコールの影響により運転不能の状態にあったにもかかわらず、本田車を運転し、時速約九〇km以上の速度で小椋車を右側第三車線から追い越そうとした際、運転操作を誤り、自車の右側後部を中央分離帯のコンクリート壁に接触させたため、その反動で自車が滑り、小椋車に激突させた。小椋車は、その衝撃で回転しながら左前方のガードパイプに激突し、石鍋が転落して、小椋は重傷を負った。
以上のとおり、本件事故については、小椋に全く過失はなく、本田に一〇〇%の過失がある。
(二) 本田及び自治労共済組合の主張
本田車は、第二車線を走行していたが、同車線の前方を時速約七〇kmで走行中の小椋車を追い越そうとして、約一一m後方まで接近し、自車を時速約九〇kmまで加速しながら第二車線から第三車線に進路変更をした。そして、第三車線上を進行して小椋車の車体後部の右横付近まで進出して並進する形になった。すると、突然、小椋は、本田車が自車を追い越す態勢に入っていたのに、自車を第三車線に進路変更しようとして、右側のウインカーを出すとすぐに右にハンドルを切って、第三車線に一m進出したため、自車の右側部を本田車の左前部に接触させた。
本田には、小椋車がこのような異常行動に出ることまで予測して運転する義務はないというべきであり、本件事故における本田の過失は、一割を超えるものではない。
二 小椋の損害
(一) 小椋の主張
(1) 小椋車の損害 一五〇万〇〇〇〇円
(2) 治療費 三三三万〇七一〇円
(3) 休業損害 一八四〇万〇〇〇〇円
小椋は、本件事故前、一か月八〇万円の所得があったが、本件事故により、平成七年三月二日から平成九年二月七日までの二三か月間、休業するに至り、一八四〇万円の休業損害を被った。
(4) 入通院慰謝料 四四八万〇〇〇〇円
小椋は、本件事故により、入院二二〇日、通院四五六日(通院実日数八四日)の治療を受けた。入通院慰謝料としては、四四八万円が相当である。
(5) 入通院雑費 四四万八〇〇〇円
入院期間中の一日当たりの雑費は一〇〇〇円が相当であり、通院期間中の一日当たりの雑費は五〇〇円が相当である。したがって、小椋は入院雑費として二二万円、通院雑費として二二万八〇〇〇円の損害を被った。
(6) 逸失利益 一四五一万九〇〇一円
小椋は、本件事故により左下肢が一・五cm長くなり、自賠法施行令後遺障害等級表一三級相当の後遺障害の認定を受けた。小椋は、症状固定時である平成九年二月七日現在、四八歳であり、有限会社美和興業の社長として七五歳までの二七年間就労可能である。小椋の所得は一か月八〇万円であるから、その逸失利益は、次のとおり一四五一万九〇〇一円となる。
80万×12か月×0.09×16.8044(27年のホフマン係数)=1451万9001円
(7) 後遺障害慰謝料(一三級相当) 一七〇万〇〇〇〇円
(8) 小計 四四三七万七七一一円
(9) 損害の填補 九九二万六八〇四円
小椋は、前記損害のうち、(1)、(2)の各全額、(3)のうち三七〇万六〇九四円のほか、自賠責保険金一三九万円の合計九九二万六八〇四円の損害の填補を受けている。(8)の金額からこれを控除すると、残額は三四四五万〇九〇七円となる。
(10) 弁護士費用 三四〇万〇〇〇〇円
(11) 合計 三七八五万〇九〇七円
(二) 本田の認否及び主張
(1) 小椋車の損害は、認める。
(2) 治療費は、認める。
(3) 休業損害は、不知。
(4) 入通院慰謝料については、入通院期間は不知。慰謝料額は争う。
(5) 入通院雑費については、入通院期間は不知。入院雑費の単価は認める。通院雑費は否認する。
(6) 逸失利益については、小椋が、本件事故により左下肢が一・五cm長くなり、自賠法施行令後遺障害等級表一三級相当の後遺障害の認定を受けたことは認めるが、就労可能年数及び労働能力喪失率は否認する。小椋の所得は、不知。
(7) 後遺障害慰謝料(一三級相当)は、認める。
(8) 小計は、争う。
(9) 損害の填補は、認める。
(10) 弁護士費用は、争う。
(11) 合計は、争う。
三 本田及び自治労共済組合の求償金請求
(一) 本田及び自治労共済組合の主張
(1) 共同不法行為及び責任割合
本田及び小椋は、各運転車両の運行供用者であり、共同不法行為者として、石鍋に対し、連帯してその損害を賠償すべき責任がある。そして、前記のとおり、その過失割合は小椋九〇:本田一〇であり、共同不法行為者間においては、この責任割合に応じて損害額を分担すべきである。
(2) 任意共済契約
本田は、本件事故当時、自治労共済組合との間において、本田車を被共済車として、対人賠償共済契約(以下「任意共済契約」という。)を締結していた。
(3) 石鍋の損害
ア 石鍋は、死亡当時五七歳(昭和一三年一月一〇日生まれ)で、小椋が経営する有限会社美和興業において土木工事の仕事に従事していた。石鍋は、妻石鍋洋子並びに子である石鍋嘉博、石鍋崇博及び石鍋彰博と同居しており、一家の支柱であった。
イ 石鍋の損害は、次のとおり、五二八六万四二九〇円である。
(a) 治療関係費 一七万二八六〇円
(b) 葬儀費用 一三〇万〇〇〇〇円
(c) 逸失利益 二六八九万一四三〇円
462万5130円(年収)×(1-0.3)×8.306(11年のライプニッツ係数)=2689万1430円
(d) 慰謝料 二四五〇万〇〇〇〇円
(e) 合計 五二八六万四二九〇円
(4) 示談金の支払
ア 本田は、平成七年八月九日、石鍋の相続人四名との間で、既払金一七万二八六〇円のほか、損害賠償金五二〇〇万円(合計五二一七万二八六〇円)を支払うことで示談をした。
イ 自治労共済組合は、任意共済契約に基づき、石鍋の相続人四名に対し、前記示談金及び既払金のうち四七六七万二八六〇円を支払った。
ウ 本田は、石鍋の相続人四名に対し、前記示談金のうち四五〇万円を支払った。
(5) 求償金額
ア 自治労共済組合は、前記示談金及び既払金のうち四七六七万二八六〇円を支払ったので、本田の負担部分一割を超える本田の小椋に対する求償金債権四二九〇万五五七四円を代位取得した。
ところで、自治労共済組合は、小椋車の自賠責保険から一三九五万円の支払を受けたので、これを求償金の支払に充当する。また、自治労共済組合は、本田車の自賠責保険から、(4)アの総損害額五二一七万二八六〇円の一割である五二一万七二八六円(これが、本来、本田車の自賠責保険に加害者請求し得る額である。)を超える三〇一七万二八六〇円の支払を受けたので、その超過分二四九五万五五七四円を小椋に対する求償金残金の支払に充当する。
そうすると、小椋が自治労共済組合に支払うべき求償金残額は、四〇〇万円となる。
イ 本田は、前記示談金四五〇万円を支払ったので、小椋に対し、自らの負担部分一割を超える四〇五万円を求償することができる。
(二) 小椋の認否及び主張
(1) 共同不法行為及び責任割合に関する主張は、否認する。
本件事故は、小椋にとって期待可能性のない不可抗力の事故であり、小椋に賠償義務はない。
(2) 任意共済契約締結の事実は、認める。
(3) 石鍋の損害については、アは認めるが、イは不知。
(4) 示談金の支払については、示談があった事実は認めるが、示談金額及びこれが支払われたことは不知。
(5) 求償金額については、自賠責保険の支払の点は不知。その余は、争う。
第三当裁判所の判断
一 本件の事故態様(小椋と本田の過失割合)について
(一) 甲一、二の一、二、甲一九ないし二一、二三ないし三四、三五の一ないし一三、甲三六の一ないし一二、乙二によれば、本件の事故態様に関し、次の事実を認めることができる。
(1) 本件事故の発生した国道四号線(日光街道)は、中央分離帯を挟んで、片側三車線の道路であり、各車線の幅員は三mであること
(2) 小椋は、平成七年三月一日午後一一時四五分ころ、石鍋を同乗させて小椋車を運転し、草加方面から上野方面に向かい、本件現場付近の第二車線を時速約七〇kmで走行していたこと
(3) 一方、本田も、本田車を運転し、小椋車の後方から同じく第二車線を小椋車と同一方向に走行していたこと
(4) 本田は、自車の前方を走行中の小椋車を追い越そうとして、小椋車の後方約一一mまで接近したとき、時速約九〇kmに加速しながら進路を右側の第三車線に変更し、同車線上を走行して小椋車の車体後部の右横付近まで進行し、小椋車と並進する形になったこと
(5) 小椋は、ルームミラーで自車の後方から速い速度で接近して来る本田車を認めたが、本田車の動静に注意を払わず、本田車が第三車線に進路変更して自車と並進する状態になっているにもかかわらず、自車を第二車線から第三車線に進路変更しようとして、自車右側のウインカーを出すとすぐに右にハンドルを切り、第三車線内に約一m進出させたこと
(6) その結果、小椋は、自車の右側部を本田車の左前部に衝突させ、自車を左方に暴走させた上、道路左側のガードレールに激突させて、自車に同乗していた石鍋を車外に放り出し、街路灯柱に激突させて、頭部挫滅等の傷害により死亡させたこと
(二) これに対し、小椋は、本件の事故態様について、本田車が小椋車を追い越そうとしてハンドル操作を誤り(あるいは、誤って第三車線から第二車線に入り、小椋車に追突しそうになったので、これを避けようとしてハンドル操作を誤り)、その結果、自車右後部を中央分離帯基礎部に激突させたため、自車のコントロールを失って小椋車に衝突したものである旨主張する。
しかし、甲二の二、甲二六ないし二八によれば、警視庁千住警察署勤務の警察官吉武正勝は、本件事故直後の平成七年三月二日午前〇時四〇分から同日午前五時三〇分まで、本件事故現場の実況見分を行い、その際、本田車が中央分離帯に接触した可能性を考え、中央分離帯の壁と縁石を注意して見分したが、その時点では擦過痕や塗膜片などは存在しないことを確認していることが認められる。小椋は、刑事事件において、中央分離帯に残っている擦過痕の写真を提出し、これが本件事故の際の本田車の激突の跡であると主張したと見られるが、甲二六ないし二八によれば、この擦過痕は、付近にあったタイヤ痕から判断して大型車のものであり、いずれにせよ、本件事故直後の実況見分の際にはこれは存在しなかったものと認められる。他に、中央分離帯の壁や縁石に本田車が衝突した痕跡があることを裏付ける証拠もない。したがって、小椋の主張は客観的な根拠を欠くといわなければならない。
また、甲三、二三によれば、本田は、本件事故当時、飲酒をしていたものの、アルコールの影響により運転不能の状態にあったとは認められない。
(三) 以上によれば、本件事故発生についての過失は、主として、夜間に交通量の多い幹線道路で、後方の安全確認を怠り、かつ、事前の進路変更の合図を怠ったまま急に車線変更をしようとした小椋の側にあるというべきである。一方、本田についても、小椋車の動静を注視しないまま追越しを開始し、また、追越し態勢に入っていたとはいえ、法定制限速度である時速六〇kmを時速三〇kmも上回る速度で走行した過失があり、これが本件のような重大事故発生の一因となっていることも否定し得ない。
そうすると、本件事故発生についての小椋と本田の過失割合は、七〇:三〇と認めるのが相当である。
二 小椋の損害について
(一) 小椋車の損害 一五〇万〇〇〇〇円
当事者間に争いがない。
(二) 治療費 三三三万〇七一〇円
当事者間に争いがない。
(三) 休業損害 一〇七三万二九五〇円
甲五、一六及び弁論の全趣旨によれば、小椋は、本件事故により、入院二二〇日、通院四五六日(通院実日数八四日)の治療を要する左大腿骨転子部粉砕骨折等の傷害を負い、平成七年三月二日から平成九年二月七日までの二三か月間、休業したことが認められる。
ところで、小椋は、本件事故当時、有限会社美和興業の代表者として、一か月八〇万円の所得があったと主張するので、この点について検討をする。甲一三の一、甲一四、三二、乙一二の一、二及び弁論の全趣旨によれば、小椋は、平成六年一月一日から同年一二月三一日の間に九〇四万六九八八円の所得があった旨の確定申告をしていること、この平成六年分の所得税の確定申告は、本件事故から五か月以上経った平成七年八月一七日に至って行われていること、それ以前の平成五年、同四年における小椋の所得の額は、明らかにされていないこと(本件訴訟において、本田の代理人が小椋の代理人に対し、再三にわたり、平成六年以前の課税証明書ないし確定申告書の控えの提出を求めたが、ついに提出されなかったことは、当裁判所に明らかなところである。)、有限会社美和興業は、平成七年一月三〇日に設立された会社であり、従来、日本ハイウェイ・サービス株式会社の専属下請として営団地下鉄内のトンネル内面修復工事を行っていた小椋の個人企業が、法人成りしたものであることが認められる。これらの事実からすると、平成六年分の確定申告に係る九〇四万六九八八円が小椋の所得の実体を反映したものかどうかは疑問があり、したがって、これをもって本件事故から二三か月間の休業損害算定の基礎収入とするのは相当ではない。そこで、小椋については、本件事故時である平成七年の賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均収入五五九万九八〇〇円を基礎に休業損害を算定することとする。したがって、小椋の休業損害は、次のとおり、一〇七三万二九五〇円となる。
559万9800円×23/12=1073万2950円
(四) 入通院慰謝料 二八五万〇〇〇〇円
前記のとおり、小椋は、本件事故により、入院二二〇日、通院四五六日(通院実日数八四日)の治療を受けたものであるから、その入通院慰謝料としては、二八五万円を相当と認める。
(五) 入通院雑費 二二万〇〇〇〇円
本件において入院期間中の一日当たりの雑費は一〇〇〇円が相当であることは、当事者間に争いがないから、入院期間二二〇日についての入院雑費は二二万円となる。また、小椋は、通院期間中に通院雑費として一日当たり五〇〇円を支出したと主張するが、通院期間中に何らかの支出をしたとしても、通院に要する交通費などを除いて本件事故と相当因果関係がある支出とは認められないので、この点に関する小椋の主張は理由がない(通院に要した交通費については、主張・立証がない。)。
(六) 逸失利益 六二五万五〇一二円
小椋が、本件事故により左下肢が一・五cm長くなり、自賠法施行令後遺障害等級表一三級相当の後遺障害の認定を受けたことは、当事者間に争いがない。そして、甲五、一四、二九、三二によれば、小椋は、症状固定時である平成九年二月七日現在、四八歳であり、土木工事を行う有限会社美和興業の代表者を務めていたが、同社は従業員六、七名の小規模な会社であり、小椋も、他の従業員と共に現場で働くことが少なくなかったものと認められる。そして、一般に、左下肢が一・五cm短く(長く)なった程度では、明白な跛行が生じないとされるが、肉体労働に従事する者については、事務職に就いている者と比べて、下肢の短縮又は延長により労働に少なからず支障が生じるものと考えられるから、小椋は、前記後遺障害によりその労働能力の九%を喪失したものというべきである。また、小椋は、七五歳までの二七年間就労が可能であると主張するが、一般の就労者と同様に、六七歳までの一九年間について逸失利益を認めるのが相当である。
逸失利益算定の基礎収入について、月収八〇万円とする小椋の主張を採用することができないことは、休業損害について述べたところと同様である。小椋については、症状固定時である平成九年の賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均収入五七五万〇八〇〇円を基礎に逸失利益を算定するのが相当である。これによれば、小椋の逸失利益は、次のとおり、六二五万五〇一二円となる(円未満切り捨て。以下同じ)。
575万0800円×0.09×12.0853(19年のライプニッツ係数)=625万5012円
(七) 後遺障害慰謝料 一七〇万〇〇〇〇円
小椋の後遺障害(一三級相当)に対する慰謝料として一七〇万円が相当であることは、当事者間に争いがない。
(八) 小計 二六五八万八六七二円
(九) 過失相殺
前記の過失割合に従い、過失相殺として(八)の金額から七〇%を控除すると、残額は七九七万六六〇一円となる。
2658万8672円×(1-0.7)=797万6601円
(一〇) 損害の填補
小椋が、自賠責保険金一三九万円を含む合計九九二万六八〇四円の損害の填補を受けていることは、当事者間に争いがない。そうすると、小椋は、(九)の過失相殺後の損害額のすべての填補を受けていることになる。
三 本田及び自治労共済組合の求償金請求について
(一) 前記のとおり、本件事故は、小椋と本田の両方の過失によって発生したものであり、小椋と本田は、共同不法行為者として、石鍋に対し、連帯して、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある(民法七一九条一項)。前記のとおり、双方の責任割合は小椋七〇:本田三〇であり、小椋と本田の間においては、この責任割合に応じて損害を分担すべきである。そして、本田が、石鍋に対して、自己の負担部分を超えて損害賠償債務の弁済をしたときは、その負担部分を超える額につき、小椋に求償することができる。
また、本田が、本件事故当時、自治労共済組合との間において、本田車を被共済車として任意共済契約を締結していたことは、当事者間に争いがない。したがって、自治労共済組合が、石鍋に対して、本田の負担部分を超えて損害賠償債務の弁済をしたときは、本田の負担部分を超える額につき、本田に代位して小椋に求償することができる。
(二) ところで、石鍋が、死亡当時五七歳(昭和一三年一月一〇日生まれ)で、小椋が経営する有限会社美和興業において土木工事の仕事に従事しており、妻石鍋洋子並びに子である石鍋嘉博、石鍋崇博及び石鍋彰博と同居していて、一家の支柱であったことは、当事者間に争いがない。乙三の一ないし三、乙四及び弁論の全趣旨によれば、本件事故による石鍋の損害は、本田及び自治労共済組合の主張するとおり、五二八六万四二九〇円を下回らないものと認められる。
そして、乙五の一、二、乙六、七によれば、本田は、平成七年八月九日、石鍋の相続人四名との間で、既払金一七万二八六〇円のほか、損害賠償金五二〇〇万円を支払うことで示談をしたこと(示談が成立したことは、当事者間に争いがない。)、自治労共済組合は、任意共済契約に基づき、石鍋の相続人四名に対し、前記示談金及び既払金のうち四七六七万二八六〇円を支払ったこと、また、本田は、石鍋の相続人四名に対し、前記示談金のうち四五〇万円を支払ったことが認められる。
(三) そうすると、自治労共済組合は、その出捐した四七六七万二八六〇円のうち本田の負担部分三割を超える三三三七万一〇〇二円につき、本田に代位して、小椋に求償することができる。
そして、自治労共済組合が小椋車の自賠責保険から一三九五万円の支払を受けていることは、自治労共済組合の自認するところである(乙八参照)。したがって、これを前記求償金額から控除すると、求償金の残額は一九四二万一〇〇二円となる。
また、自治労共済組合が本田車の自賠責保険から三〇一七万二八六〇円の支払を受けていることは、同じく、自治労共済組合の自認するところである(乙九参照)。このうち、前記示談により確定した石鍋の総損害額五二一七万二八六〇円の三割に当たる一五六五万一八五八円は、本来、本田車の自賠責保険に加害者請求し得る分であるから、自治労共済組合の主張の趣旨に従い、その超過分一四五二万一〇〇二円を小椋に対する求償金残金の支払に充当することとする。
そうすると、小椋が自治労共済組合に支払うべき求償金残額は、四九〇万円となる(後記のとおり、自治労共済組合の請求額四〇〇万円の範囲で、自治労共済組合の請求を認容する。)。
(四) また、本田は、その出捐した四五〇万円のうち自己の負担部分三割を超える三一五万円につき、小椋に対して求償することができる。
第四結論
以上によれば、(1) 小椋の本田に対する甲事件の請求は、理由がないから棄却することとし、(2) 自治労共済組合の小椋に対する乙事件の請求は、理由があるから認容することとし(乙事件の訴状送達の日の翌日が平成一〇年八月二九日であることは、記録上明らかである。)、(3) 本田の小椋に対する乙事件の請求は、三一五万円及びこれに対する前記平成一〇年八月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する(小椋と本田との間の訴訟費用の負担につき、民訴法六四条ただし書を適用)。
(裁判官 河邉義典)