東京地方裁判所 平成10年(ワ)8449号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 高野一郎
被告 株式会社新潮社
右代表者代表取締役 佐藤隆信
被告 松田宏
右両名訴訟代理人弁護士 鳥飼重和
同 多田郁夫
同 森山満
同 遠藤幸子
同 村瀬孝子
同 今坂雅彦
同 橋本浩史
右訴訟復代理人弁護士 吉田良夫
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告株式会社新潮社(以下「被告会社」という。)は、別紙記載の謝罪広告を、被告会社の発行する週刊誌「週刊新潮」(以下「週刊新潮」という。)に、一頁の二分の一の大きさで、「謝罪広告」という部分は二〇ポイント活字、その他の部分は一二ポイント活字により、一回掲載せよ。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告会社が発行する週刊新潮に掲載された記事によって名誉を毀損され、名誉感情を侵害されたと主張して、週刊新潮の編集人である被告松田宏(以下「被告松田」という。)に対しては民法七〇九条、七一〇条に基づき、被告会社に対しては同法七一五条に基づき、損害賠償を請求するとともに、被告会社に対し、同法七二三条に基づき、謝罪広告の掲載を請求する事案である。
一 争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実
1 当事者
(一) 原告は、故B元首相(以下「B元首相」という。)の孫であり、株式会社エヌ・ディー・エス(旧商号株式会社日産ダイレクトサービス)、株式会社シー・エフ・ビー・ジャパン及び日本提携カード代行株式会社の代表取締役である。
(二) 被告会社は、書籍及び雑誌の出版等を業とする会社であり、週刊新潮を発行している。
被告松田は、被告会社の従業員であり、週刊新潮の編集人として、同誌の編集業務に従事している。
2 被告会社は、平成一〇年四月九日発行の週刊新潮同月一六日号(以下「週刊新潮本号」という。)一二〇頁及び一二一頁のコラム欄マネー(以下「マネー欄」という。)に、「B元首相の遺産を食い潰す「孫」の不行跡」(以下「本件タイトル」という。)と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
本件記事中には、次のような記述が存在する。
(一) B元首相の直系の孫が事業に手を出しては失敗し、ついには祖父の遺産の切売りを始めているというのだ。
(二) 由緒ある別荘と家を売りに出すほど、A家の台所を苦しめた原因はB元首相の孫であるA氏の事業にあるというのだ。
(三) 「いずれもA氏の昔からの友人やその紹介で集ったのですが、財界人や有名人の二世というだけで経営手腕など皆無に等しい。」(知人)
(四) 会社が火の車になっていることを知らぬA氏は儲け話に次々に乗ってゆく。
(五) 当のA氏、度重なる失敗にも懲りず、昨年からクレジットカードの提携事業を始めたという。
(六) 天下を操るFさんがこのまま安住できるかどうか、ひとえにこの御曹司の経営手腕にかかっているのである。
また、本件記事には、「おじいちゃんが泣いているゾ!」というコメントを付したB元首相の似顔絵(以下「本件漫画」という。)が挿入されている。
3 本件タイトルは、週刊新潮本号の新聞広告及び電車の車内広告にも掲載された。(甲四、五)
4 原告の父D(以下「D」という。)は、もと別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物(以下、合わせて「軽井沢の別荘」という。)を所有していたところ、平成九年一月七日、同月六日付け売買を原因として、株式会社ケイダッシュ(代表取締役は川村龍夫(以下「川村」という。))に所有権移転登記を経由した。(乙一、二)
また、Dは、同目録三ないし六記載の土地(以下「代沢の土地」という。)を所有し、その弟E(以下「E」という。)とともに、同目録七記載の建物(以下、「代沢の建物」という。)を共有している。(乙四ないし七、乙一〇)
二 争点
1 本件記事は、原告の名誉を毀損し、名誉感情を侵害したといえるか否か。
(原告の主張)
本件記事は、次のとおり、原告の名誉を毀損し、原告の名誉感情を侵害したものである。
(一) 本件タイトルで用いられた「食い潰す」という表現は、「遊び暮らして財産をなくす」ことを意味し、「不行跡」という表現は、「身持ち(所行や品行)のよくないこと」を意味するから、本件タイトルは、一般読者に対し、原告は所行や品行が悪く、遊び暮らしてB元首相の遺産をなくしているとの印象を抱かせるものであり、原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものである。
また、本件タイトルは、社会通念上許される限度を越えて原告を侮辱し、その名誉感情を侵害するものである。
(二) 本件記事の内容は、前記一2(一)ないし(六)の各記述を含むものであるところ、一般読者に対し、原告には経営能力が全くなく、幾つもの事業に手を出しては失敗し、そのためにB元首相の遺産を売却しなければならなくなったとの印象を抱かせるものであり、原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものである。
(三) 本件漫画は、B元首相が小銭一枚だけ転がり落ちた空の財布を持った男を見つめながら右目に涙を一滴流しているものであり、「おじいちゃんが泣いているゾ!」というコメントが付されているところ、本件タイトル及び本件記事の内容と照らし合わせると、空の財布を持った男は原告であることが明らかであり、一般読者に対し、B元首相が泣くほどの原告の所行や品行の悪さのために、B元首相の遺産がなくなっているとの印象を抱かせるものであり、原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものである。
また、本件漫画は、社会通念上許される限度を越えて原告を侮辱し、その名誉感情を侵害するものである。
(被告らの反論)
本件記事は、原告の社会的評価を低下させるものではなく、また、原告を侮辱するものでもない。
2 本件記事の掲載には、原告の承諾があり、その違法性が阻却されるか否か。
(被告らの主張)
被告会社の記者草野敬及び齋藤眞(以下「齋藤記者」といい、両記者を合わせて「記者ら」という。)の原告に対する取材(以下「本件取材」という。)の経緯、状況及びその後の経過は、次のとおりである。
記者らは、軽井沢の別荘及び代沢の土地の売却をめぐる問題について、事前に収集した情報の真偽を確かめるため、原告の知人である川村に連絡したところ、同人の紹介を契機に、原告が自ら電話を掛けてきて取材を受諾し、平成一〇年四月三日、本件取材が実現した。記者らは、原告に対し、本件取材の意図は、軽井沢の別荘及び代沢の土地の売却という原告の一族の資産運用と、原告の事業との関連であること、本件取材の結果は週刊新潮本号のマネー欄に掲載されることを明確に説明した。原告は、二時間余にわたる取材の間、記者らに対し辞去を求めたことはなく、取材終了後、記者らと互いの携帯電話の番号を教え合い、相互に連絡できるようにした。さらに、原告は、同月五日、二度にわたり齋藤記者の電話による後追い取材に応じ、同月八日、齋藤記者に対し、新聞広告に掲載された本件タイトルについて抗議をしたものの、週刊新潮本号に本件記事が掲載されるとは思わなかった旨の抗議はしなかった。
このような本件取材の経緯、状況及びその後の一連の経過に照らすと、原告は、本件記事の掲載を前提として本件取材及び後追い取材を承諾しており、右取材を基調として本件記事が執筆、掲載されたものであるから、原告の承諾は、本件記事の執筆、掲載についても及ぶものというべきである。
したがって、本件記事の掲載については、その違法性が阻却されるものというべきである。
(原告の反論)
被害者の承諾により違法性を阻却するためには、被害者が、権利侵害の内容を十分に理解した上で、権利侵害そのものについて真摯に承諾したことが認められなければならない。しかるに、原告は、被告らから、本件記事の内容及びこれが週刊新潮本号に掲載されることについて全く説明を受けておらず、本件記事の掲載を承諾したことはない。
被告らは、原告が記者らの取材に応じたことをもって、原告の承諾がある旨主張するようであるが、取材についての承諾と当該取材に基づく記事が掲載されることについての承諾とは、全く異質のものであり、原告が取材に応じたからといって、権利侵害についてまで承諾したものということはできない。しかも、原告は、記者らが第三者に事実に反する噂を吹聴するのを止めさせるために面談を応じたにすぎず、取材に応じるという認識自体有していなかったものである。
3 本件記事は、公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で掲載され、かつ、その内容が真実であるか、又は真実であると信ずるについて相当の理由があるか。
(一) 本件記事は、公共の利害に関する事実に係るものであるか否か。
(被告らの主張)
原告の祖父はB元首相であり、叔父のEは現職の国会議員であること、原告自身も企業経営者として利益追求活動を展開していること、F元首相が代沢の建物を賃借して居住していることに照らすと、原告はいわゆる著名人としての社会的立場に置かれているものであり、原告の一族が所有する不動産の処分についての事情や原告が経営する事業の現況は、公共の利害に関する事実に係るものというべきである。
(原告の反論)
原告が政治家の家系の生まれであっても、原告自身は政治家になったことも政治家を志したこともなく、原告の両親も政治家ではない。原告の経営する会社の社員数は、数名ないし十数名程度にすぎず、これらの企業の収益や活動内容が社会的影響力を及ぼすことはない。また、F元首相が代沢の建物に居住していることは、原告の何ら関知しない事実である。
したがって、被告らの主張する事由は、いずれも、原告のたずさわる社会的活動の性質が重大であり、かつ、原告の社会的活動を通じて社会に及ぼす影響力が多大であることを裏付けるものではないから、本件記事が公共の利害に関する事実に係るものとはいえない。
(二) 本件記事は、専ら公益を図る目的で掲載されたか否か。
(被告らの主張)
本件記事は、原告が遺産を自己の事業用担保に供していたとの事実を世間一般に知らしめることで、原告の実業家としての資質を判断する材料を提供するという、専ら公益を図る目的で掲載されたものであり、原告を揶揄したり、その事業を妨害するなどの目的を有するものではない。
(原告の反論)
本件記事は、原告の実業家としての資質を判断する材料を提供するものではなく、単に原告が遺産を浪費しているという印象を一般読者に与えるものであり、専ら公益を図る目的で掲載されたものということはできない。
(三) 本件記事の内容は真実であるか、又は真実であると信ずるについて相当の理由があるか。
(被告らの主張)
(1) 本件記事は、原告が、過去の一連の事業において、数々の失敗を経験する中で、事業資金を捻出するために祖父の遺産を担保に供したり、その売却代金を事業上の債務の弁済に充てたという事実を摘示したものであるところ、次のとおり、右事実の主要部分は真実である。
<1> 不動産登記簿謄本によれば、軽井沢の別荘の所有権は、平成九年一月、Dから川村に移転されていること、Dが所有する代沢の土地については、原告が代表取締役である株式会社シー・エフ・ビー・ジャパン及び株式会社日産ダイレクトサービスを債務者とする根抵当権が設定されていることが認められる。
<2> 原告は、記者らに対し、原告が過去に経営に関与した事業は、いずれも業績不振、経営者として据えた人物の見込み違い等により失敗したこと、軽井沢の別荘は事業用担保に供していたこと、その売却代金は原告の事業資金や事業上の債務の弁済に充てたこと、代沢の土地についても原告の事業資金の捻出のために担保に供したことを認めた。
<3> 記者らは、原告の知人に対する裏付け取材を行い、一連の事業の失敗は原告の責任であり、代沢の土地建物もいずれは売却されるであろうとの情報を得た。
(2) 仮に、本件記事の主要部分の一部について真実とは異なる事実があったとしても、記者らは、商業登記簿謄本、不動産登記簿謄本等の客観的資料を基に取材を行ったものであり、真実と誤信したことには、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるというべきである。
(原告の反論)
(1) 本件記事の記述内容は、次のとおり、事実を不当に歪めたものである。
<1> 原告が経営している会社は、いずれも着実な営業をしており、経営状態が危なくなったことはなく、原告が儲け話に次々に乗ったという事実もない。
<2> 原告が軽井沢の別荘を売却した理由は、建物が著しく老朽化したため、約一〇年前から売却を検討していたところ、平成九年一月になって、株式会社ケイダッシュに売却することができたことによるものであり、原告の事業の失敗によるものではない。
<3> 代沢の土地建物について、売却の予定はない。
(2) 原告は、記者らとの面談において、資料を示されたり、資料に基づいた質問を受けたことはなく、原告の方から事業の現況について一方的に説明したものであり、記者らが真実と誤信したことには相当な理由があるとはいえない。
4 原告の損害
(原告の主張)
(一) 慰藉料について
本件記事の掲載は、原告の名誉を著しく毀損し、名誉感情を侵害したものであり、原告に信用失墜や精神的苦痛を与え、これにより、原告は、少なくとも一〇〇〇万円を下らない損害を被った。
(二) 謝罪広告について
原告は、本件記事の掲載により名誉を著しく毀損され、不特定多数の人から誤解を受けたものであるから、原告の名誉を回復するためには、謝罪広告の掲載が必要不可欠である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件記事は、原告の名誉を毀損し、名誉感情を侵害したといえるか否か。)について
1 本件記事には、「B元首相の遺産を食い潰す「孫」の不行跡」という本件タイトルが付されているところ、「食い潰す」という表現は、「遊び暮らして財産をなくす」という意味を有し、「不行跡」という表現は、所行や品行が良くないという意味を有するものであるから、本件タイトルを読む一般読者に対し、原告は、所行や品行が悪く、遊び暮らしており、祖父であるB元首相の遺産を浪費しているとの印象を与えるものと解される。
したがって、本件タイトルは、原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものであり、また、社会通念上許される限度を越えて原告を侮辱し、その名誉感情を侵害するものというべきである。
これに対し、被告らは、「食い潰す」という表現は、B元首相の遺産を原告の事業用担保に供したり、その売却代金を事業資金に充てたという事実を示すものであり、「不行跡」という表現は、原告が関与してきた事業が過去に繰り返し失敗に巻き込まれてきたという事実を示したものである旨主張する。
しかしながら、右の各表現が前記のように人格的価値について否定的な趣旨の語義を有するものであることにかんがみると、週刊誌のタイトルは字数が限られ、多少の誇張が許容され得ることを考慮しても、これらの表現を使用したことは不相当であるといわざるを得ない。
したがって、被告らの主張は採用できない。
2 本件記事の内容は、大要、原告は儲け話に次々に乗り、幾つもの事業に手を出しては失敗し、そのために祖父であるB元首相の遺産を担保に供したり売却したりしていること、原告の事業に関わっている者は、いずれも財界人や有名人の二世というだけで、経営手腕が皆無に等しいことなどの記述を含むものであるところ、これらの記述は、本件タイトルと相まって、これを読む一般読者に対し、原告は、幾つもの事業に失敗し、そのためにB元首相の遺産を担保に供したり、売却したりしているのに、失敗に懲りておらず、B元首相の孫でありながら軽卒で経営能力がないとの印象を与えるものであり、企業経営者としての原告の信用等の社会的評価について否定的な判断を抱かせるものと解される。
したがって、本件記事の内容は、原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものというべきである。
3 本件漫画は、これに付された「おじいちゃんが泣いているゾ!」というコメント、本件タイトル及び本件記事の内容と照らし合わせると、原告は、祖父であるB元首相が泣かずにはいれないほど経営手腕のない人物であることを描いたものと解され、社会通念上許される限度を越えて原告を侮辱し、その名誉感情を侵害したものというべきである。
4 以上によれば、本件記事は、原告の名誉を毀損し、名誉感情を侵害したものというべきである。
二 争点2(本件記事の掲載には、原告の承諾があり、その違法性が阻却されるか否か。)について
1 証拠(甲三、一五、一七、乙二四、二五、三九ないし四一並びに証人草野、同齋藤、同川村及び原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 被告会社は、平成一〇年三月三一日、同年四月九日発行の週刊新潮本号のマネー欄のテーマとして、原告の事業の状況、資産運用状況を取り上げる旨の編集方針を決定した。
(二) 記者らは、同年四月三日午後二時ころ、原告の知人で株式会社ケイダッシュの代表取締役である川村に連絡し、週刊新潮のマネー欄の取材である旨を告げ、軽井沢の別荘の売却の件や原告の事業の状況について質問をした。
これに対し、川村は、本人から直接聞く方が良いだろうと言い、原告への仲介を申し出て、記者らの連絡先を聞いた。川村は、直ちに原告と連絡を取り、週刊新潮の記者が軽井沢の別荘の売却の件や原告の事業の状況などについて聞いてきた、記者がいろいろなところに話を聞き回っているようなので、会って説明した方が良いのではないか、と助言をした。
原告は、同日午後五時ころ、週刊新潮編集部へ電話を掛けて記者らの取材に応じる旨を告げ、同日午後六時三〇分に日本提携カード代行株式会社の本店に来るよう指定した。
(三) 原告は、記者らから、同日午後六時三〇分から午後九時ころまで取材を受けた。齋藤記者が、原告に対し、原告の事業と軽井沢の別荘等の資産運用との関連性を知りたいという取材の意図を告げると、原告は、自ら関与した事業の一連の経緯、現在の事業の状況等を説明したうえで、軽井沢の別荘の売却の理由などについて答えた。
記者らは、辞去する際、後追い取材のために原告の連絡先を尋ねたところ、原告は記者らに渡した名刺に携帯電話の番号が記載されている旨を告げ、記者らも、原告に渡していた名刺に、携帯電話の番号を記入した。
齋藤記者は、同月五日、原告の携帯電話に架電し、二〇分程度の後追い取材をした。
(四) 原告は、同月八日、知人からの連絡で、同日の新聞に掲載された翌九日発売の週刊新潮本号の広告の中に、本件タイトルが掲載されていることを知り、齋藤記者に電話で抗議をした。
原告は、同月二〇日、本件訴訟を提起した。
以上の事実が認められ、右事実を覆すに足りる証拠はない。
2 前記認定の事実によれば、原告は、記者らが原告の事業と軽井沢の別荘等の資産運用との関連性に関して取材を行い、これを基に記事を執筆して週刊新潮本号に掲載することを認識したうえで、取材に応じたものと認められるが、原告は、本件記事が掲載されるまで、記者らが執筆した本件記事の内容を認識していなかったものであり、右内容の記事が掲載されることについてまで承諾していたものと認めることはできない。
これに対し、被告らは、本件取材の経緯、状況及びその後の一連の過程に照らすと、原告は、本件記事の掲載を前提として本件取材及び後追い取材を承諾しており、右取材を基調として本件記事が執筆、掲載されたものであるから、原告の承諾は、本件記事の執筆、掲載についても及ぶものである旨主張する。そして、被告らは、記者らが、本件記事において摘示される事実及び予想される論評内容について、本件記事の執筆、掲載の前に明らかにすべきことは不可能であるし、明らかにすべき義務もないこと、週刊誌においては取材期間が限られていることを考慮すれば、原告自身が積極的かつ能動的に取材を応諾したという外形を基準として、原告が本件記事の執筆、掲載を承諾したものと判断すべきであるとする。
しかしながら、たとえ原告が記者らから取材を受けることを承諾したとしても、そのことから直ちに、記事の内容がどのようなものであれ、原告に関する記事が執筆、掲載されることについてまで承諾したものと認めることはできないものというべきであり、被告ら主張の事由を考慮しても、本件記事の掲載による原告に対する権利侵害について、違法性が阻却されるものと解することはできない。
したがって、被告らの右主張は採用できない。
三 争点3(本件記事は、公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で掲載され、かつ、その内容が真実であるか、又は真実であると信ずるについて相当の理由があるか。)について
1 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、また、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。
2 そこで、まず、本件記事が、公共の利害に関する事実に係るものであるか否かについて検討する。
前記認定のとおり、本件記事の内容は、大要、企業経営者である原告が、事業に手を出しては失敗し、祖父の遺産を事業用担保に供したり、その売却代金を事業上の債務の弁済に充てているというものであって、あくまで私人の私生活上の行状に係るものというべきである。
ところで、私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実にあたる場合があるものと解される(最高裁判所昭和五六年四月一六日第一小法廷判決・刑集三五巻三号八四頁)。
この点について、被告らは、原告の祖父はB元首相、叔父は現職の国会議員であること、原告自身も企業経営者として利益追求活動を展開していること、F元首相が代沢の建物に居住していることなどから、いわゆる著名人である原告の事業や原告の一族が所有する不動産の処分についての事情は、公共の利害に関する事実に係るものであると主張する。
しかしながら、原告自身は、公職ないしそれに準ずる公的地位にあったものではなく、いかなる公職選挙にも立候補したことがないことに加えて、証拠(甲三、乙一一ないし一三)によれば、原告が代表取締役である株式会社エヌ・ディー・エスは、ファックス通信事業、就職情報事業等を業とする資本金二五〇〇万円の会社であり、株式会社シー・エフ・ビー・ジャパンは、木材製品の製造、輸出入、販売等を業とする資本金一〇〇〇万円の会社であり、日本提携カード代行株式会社は、各種クレジットカードの提携の斡旋、経営に関するコンサルタント業務等を業とする資本金五一五〇万円の会社であること、いずれの会社も社員数が数名ないし十数名程度であり、株式の譲渡制限に関する規定が設けられていることが認められ、このような各会社の事業内容及び規模に照らすと、その事業が社会に及ぼす影響力が大きいものとは認め難く、その他、本件における各証拠に照らしても、原告が社会に何らかの影響力を及ぼすような社会的活動にたずさわっていたものと認めることはできない。
右のとおりであるから、本件記事の内容を公表することが公益上必要又は有益であるとは認め難く、本件記事が、公共の利害に関する事実に係るものである旨の被告の主張は、これを採用することができない。
3 以上によれば、本件記事の内容が真実であるか、又は真実であると信ずるにつき相当の理由がある旨の被告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。
四 争点4(原告の損害)
1 慰藉料について
以上のとおり、原告は、週刊新潮本号に掲載された本件記事及びその広告に掲載された本件タイトルにより、名誉を毀損され、名誉感情を侵害されたものであり、これにより相当の精神的苦痛を被ったものと認められるところ、週刊新潮は、全国で販売されている週刊誌であること、本件記事は見開き二頁にわたるものであること、本件タイトルは、週刊新潮本号の新聞広告及び電車の車内広告にも掲載されたこと、その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、原告の受けた右の精神的苦痛に対する慰藉料としては、金一〇〇万円をもって相当というべきである。
2 謝罪広告について
謝罪広告は、その性質上、名誉回復のためにその必要性が特に高い場合に限って命ずるのが相当であるところ、本件記事及び本件タイトルの掲載による原告に対する名誉毀損の態様、その程度、原告の事業の状況に加えて、本件記事が週刊新潮本号に掲載されてから既に約二年四月が経過し、一般読者の印象も薄れているものと解されること、本判決により被告らに対し一〇〇万円の慰藉料の支払が命ぜられること、その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、原告の名誉を回復するために謝罪広告を必要とするとまで認めることはできない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成一〇年四月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 森田浩美)
別紙<省略>