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東京地方裁判所 平成10年(ワ)8485号 判決 2003年3月19日

原告

株式会社 大塚家具

同代表者代表取締役

大塚勝久

同訴訟代理人弁護士

早川学

藤田浩

山岸良太

被告

A野太郎

他1名

被告ら訴訟代理人弁護士

松下照雄

本杉明義

池田秀雄

雨宮啓

宮﨑拓哉

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して一〇億五一二六万六六〇六円及びこれに対する平成一〇年五月一四日から完済まで年五分による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(1)  主文一項と同旨(なお、当初の請求は、一五億一七八一万七六〇一円であったが、その後減縮された。)

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(1)  当事者

ア 原告は、家具、寝具及び室内装飾品の販売等を目的とする会社であり、丸荘証券株式会社(丸荘証券)との間で、別紙取引目録記載の①から⑭までのとおり、債券現先取引(本件現先取引)を行った者である。

イ 被告A野太郎(被告太郎)は、平成七年六月二二日から平成一〇年九月三〇日まで丸荘証券の代表取締役会長であった者である。

ウ 被告A野松夫(被告松夫)は、平成七年六月二二日から平成一〇年九月三〇日まで丸荘証券の代表取締役社長であった者である。

(2)  本件現先取引の概要

ア 原告は、丸荘証券との間で、別紙取引目録記載の①から⑭までの債券現先取引契約(以下、個別には「本件契約①」等といい、本件契約①から本件契約⑭までを併せて「本件各契約」という。)をそれぞれ締結した。

本件各契約は、その各契約日に、次の(ア)及び(イ)の売買契約を締結することをその内容としている。

(ア) 丸荘証券が、原告に対し、スタート取引受渡日を期限として、本件各契約の目的物である債券(以下、本件各契約の目的物である債券を個別に「本件債券①」等といい、本件債券①から本件債券⑭までを併せて「本件各債券」という。)をスタート取引受渡代金額で売却する(以下、この売買を「スタート取引」という。)。

(イ) 原告が、丸荘証券に対し、エンド取引受渡日を期限として、本件各債券をエンド取引受渡代金額で売却する(以下、この売買を「エンド取引」という。)。

イ 原告は、丸荘証券が平成九年一二月二三日東京地方裁判所に対し、自己破産の申立てをしたため(平成一〇年九月三〇日破産宣告決定)、別紙取引目録記載の各エンド取引受渡日である平成九年一二月二四日、二五日又は同月三〇日に、本件各契約の各エンド取引受渡代金(本件エンド取引受渡代金)のうち、別紙取引目録の差額欄記載の各金員(合計で一五億一七八一万七六〇一円)の支払を受けることができなかった。

(3)  本件現先取引の違法性

ア 債券現先取引は、スタート取引の売主、エンド取引の買主に証券会社がなり、スタート取引の買主、エンド取引の売主に証券会社の顧客がなることが多い。証券会社が予め定められた特定の期日に予め定められた特定の金額で債券を買い戻すことが確定済みであるため、証券会社にとっては、短期の資金調達手段としての役割を担い、証券会社の顧客にとっては、定期預金や通知預金と同様の安全性を備えた短期の資金の運用手段としての役割を果たしている。

イ 証券会社は、債券現先取引を行う場合、投資者保護のために、平成四年七月三〇日日本証券業協会理事会決議により、債券現先取引の目的玉となる債券については、顧客にとって担保的機能を有することから、① 流動性が確保される銘柄を選定し、② 取引価格については適正な価格としなければならないとされている(本件ルール)。

しかし、本件現先取引の目的玉となった二種類の債券(本件各債券)は、以下のとおり、本件ルールに違反していた。

(ア) バンクインターナショナルルクセンブルク債(BIL債)(本件債券①、③、④、⑥から⑩まで)

BIL債は、ハイリスクな仕組み債であり、債券の発行者であるバンクインターナショナルルクセンブルクの信用リスク以外に、ブラジル国債の信用リスクにリンクするいわゆるクレジットリンク債であり、市場において著しく流動性を欠いた銘柄であった。

また、取引価格についても、別紙取引目録の本件債券①、③、④、⑥から⑩までの差額欄記載のとおり、わずか一か月後の処分価格が、スタート取引受渡代金額の半分以下であり、適正な価格ではなかった。

(イ) ソロモンブラザーズドル建債(ソロモン債)(本件債券②、⑤、⑪から⑭まで)

ソロモン債は、一定の事由が生じれば、債券の発行体であるソロモンブラザーズの信用にかかわらず、額面額の四一・六七七%のみが償還される特殊な条件の付された債券であり、市場において流動性がないに等しい銘柄であった。

また、取引価格についても、別紙取引目録の本件債券②、⑤、⑪から⑭までの差額欄記載のとおり、わずか一か月後の処分価格が、スタート取引受渡代金額の半分以下であり、適正な価格ではなかった。

ウ 丸荘証券は、平成九年一二月二三日、東京地方裁判所に対し自己破産を申し立て、本件各契約のエンド取引の履行ができなかった。原告は、丸荘証券を通じて本件各債券の処分を余儀なくされたが、その処分価格は合計一一億四一一九万五〇一六円に止まり、本件各契約の各スタート取引受渡代金額と比較すると一五億一四七三万六二五一円低い額であった。

エ 以上のとおり、本件各債券は、選定した銘柄及び取引価格の二点で本件ルールに違反しており、しかも丸荘証券において本件エンド取引を履行しなかったため、原告には後記(5)の損害が生じた。

(4)  被告らの責任原因

次のア(ア)、(イ)及びイの主張は、選択的主張である。

ア 共同不法行為

(ア) 本件ルールは、公法規制のうち、投資家の財産権侵害の防止を目的としたいわゆる侵害防止型法令にあたり、丸荘証券の本件ルール違反は、直ちに不法行為上の注意義務違反となる。被告らは、丸荘証券の取締役として同社が本件ルールに違反する違法な取引を行わないように指導、監視する義務を負っていたにもかかわらず、次のとおりこの義務に違反した。被告らは、本件現先取引が本件ルールに違反し、かつ、原告に損害を与えるおそれのある現先取引であることを認識していたか、若しくは認識できたにもかかわらず、共同して違法な本件現先取引を中心的に推進し、又は放置しており、民法七〇九条、七一九条に基づく共同不法行為責任を負う。

(イ) 被告らは、遅くとも本件債券①のスタート取引をした平成九年一一月二五日の際、丸荘証券の支払能力の欠如により、本件各契約のエンド取引が履行されないことを認識していたか、若しくは認識できていたにもかかわらず、共同して本件現先取引を中心的に推進し、又は放置しており、民法七〇九条、七一九条に基づく共同不法行為責任を負う。

イ 丸荘証券の取締役としての責任

被告らは、いずれも丸荘証券の代表取締役として、丸荘証券の現先取引が本件ルールに違反しないよう監視監督する職務を負っていたにもかかわらず、悪意又は重過失によりこれを怠り、本件ルールに違反した本件現先取引が行われていることを知りながら、これを放置しており、商法二六六条の三第一項に基づく取締役としての責任を負う。

(5)  原告の損害

原告は、本件現先取引により、控え目にみても本件各契約のスタート取引受渡代金合計から原告において既に回収した売却代金、破産配当、賠償金等を差し引いた合計一〇億五一二六万六六〇六円の損害を被った。

(6)  よって、原告は、被告らに対し、不法行為又は丸荘証券の取締役としての責任に基づく損害賠償として、各自、一〇億五一二六万六六〇六円及びこれに対する平成一〇年五月一四日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年五分による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)アからウまでの事実は認める。

(2)  同(2)ア及びイの事実は認める。

(3)  同(3)アからエまでの事実は認める。

(4)ア  同(4)アの事実について

(ア)のうち、本件現先取引が本件ルールに違反することは認めるが、その余は否認する。本件現先取引は、不法行為を構成しないし、被告らには本件現先取引の違法性についての認識又は認識可能性がなかった。

(イ)は否認する。被告らには丸荘証券の支払能力の欠如についての認識又は認識可能性がなかった。

イ 同イの事実は、すべて否認する。

(5)  同(5)の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因(1)から(3)までは、当事者間に争いがない。

二  請求原因(4)について判断する。

(1)  前記一の争いがない事実のほか、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

ア  丸荘証券は、昭和二五年一〇月二五日証券業務を目的とし「互興社」の商号で設立され、昭和二九年に丸荘証券に商号変更をし、東京証券取引所会員となった。丸荘証券は、破産申立当時、資本金は一三億五五一一万五七六〇円で、関東地方を中心に四つの支店を有し、主として関東地方の個人、中小企業を顧客としていた中堅証券会社である。

イ  原告は、資本金一〇億二〇〇〇万円で輸入家具を中心とした最大手の家具小売り販売業者で、主に現金による売上を得ていたが、支払手形のサイトが三か月先であったため、この間の資金運用先として本件各取引を行っていた。

ウ  丸荘証券は、平成二年三月期には約一四六億円の営業収益を計上したが、その後の株式相場低迷の影響で業績が悪化し、平成九年一二月二三日の自己破産申立当時、負債は約四四五億円に上った。

エ  本件各取引は、平成九年一一月二五日から平成九年一二月一六日まで、一四回にわたって行われ、各取引内容をみると、スタート取引とエンド取引の各期間は七日から三二日間であり、一回の取引金額(スタート取引時)は三八三四万円余りから八億〇〇二八万円余り、合計二六億五五九三万円余りであった。本件各取引は、本件ルールに違反しており、本件各債券を処分しても約半額程度しか回収できなかった。なお、本件ルールは投資者保護のため日本証券業協会理事会決議により定められたものである。

被告らは、本件各取引がされていることを認識しており、被告A野松夫は、丸荘証券において平成九年一二月二三日、丸荘証券が破産申立てをした直後に原告を訪れ、経過を説明した。

オ  被告らは、それぞれ平成九年一二月ころ、金融機関から融資を受けるために、顧客から預かっていた約五億円相当の有価証券を、無断で二度にわたり、担保に差し入れたとして業務上横領の罪で起訴され、平成一四年一一月二二日、被告太郎については懲役三年、被告松夫については懲役三年執行猶予五年の有罪判決を受けた。

カ  丸荘証券は、平成九年一二月ころ、本件各契約以外にも、取引価格を大幅に下回る債券を目的玉とした債券現先取引を行っており、顧客に損害を与えた。

(2)  上記認定の事実によれば、① 丸荘証券は、本件契約①を締結した平成九年一一月二五日当時、既に資金繰りが非常に悪化しており、一か月も経たない間に自ら破産申立てに及んでいること、② 本件各取引は本件ルールに違反しており、本件各債券の処分価格は半額程度であり、スタート期間とエンド期間は約一か月と極めて短く、一回の取引金額は多額に上っていること、③ 丸荘証券は、資産状態が悪化した平成九年ころ、他の顧客に対しても債券現先取引を行う際、取引価格を大幅に下回る債券を目的玉として用いていたこと、④ 被告らは平成九年一二月、丸荘証券の資金繰りに窮し、顧客の資産を不正に流用し横領の罪にまで問われたこと、⑤ 被告らは、本件各取引がされていることを知っていたことがそれぞれ認められる。

証券会社は、多数の投資家が参加し、会社の資金調達の重要な役割を果たす証券市場、債券市場等において取引を行うため、投資者保護、適正な市場形成を図る目的で種々の自主的な規制を定めており、本件ルールもその一つとして日本証券業協会理事会決議により投資者保護のため定められたものである。

被告らは、いずれも証券会社の代表取締役として、一般的な会社運営に関する注意義務を負うほか、証券会社として投資者保護のため定められた本件ルールを遵守した適正な経営を行うよう監視監督する注意義務を負うことはいうまでもない。前記認定のとおり、被告らは、本件各取引当時、丸荘証券において資金繰りに窮していたことを認識しており、かつ本件各取引がされていることを知っていたから、本件ルールに違反した現先取引を行うことがないよう監視監督すべき義務があるというべきである。

そして、本件各取引の時期、内容、丸荘証券の経営能力、本件ルール違反の内容等に照らして、被告らにおいては、取締役として負っていた違法な本件各取引がされないよう監視監督すべき義務を少なくとも重過失により怠っていたものと認められる。

したがって、被告らは、原告に対し、商法二六六条の三第一項に基づき、原告が本件各取引によって蒙った損害について賠償する責任がある。

三  請求原因(5)は争いがない。

四  以上によれば、原告の本訴各請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六二条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小島浩 裁判官 千葉和則 澤井真一)

<以下省略>

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