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東京地方裁判所 平成10年(ワ)9616号 判決 1999年10月28日

原告 株式会社ロコモーション

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 山森克史

右同 堀口真一

被告 プロジェクト・エックスジェイトゥートゥウェンティ・リミテッド

右代表者 B

右訴訟代理人弁護士 木村久也

右同 山内貴博

右同 酒井紀子

主文

一  原告の訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告の請求

1  主位的請求

一九九〇年一月三〇日付ジャガーXJ二二〇と称する自動車一台の購入売買契約に関して発生した紛争について、被告が申し立てた英国仲裁判断手続に原告が応じる義務が存在しないことを確認する。

2  予備的請求

被告の原告に対する一九九七年六月一五日付英国ロンドン市において仲裁人Cがなした仲裁判断に基づく債権額一五万一三四八英ポンド三三ペンスの債務は存在しないことを確認する。

二  事案の概要

本件は、原告と被告とのジャガーXJ二二〇と称する自動車(本件自動車という。)一台の一九九〇年(平成二年)一月三〇日付購入売買契約書(本件契約書といい、この契約を本件契約という。)には、本件契約について発生した一切の紛争についてはロンドンの弁護士協会の会長によって指名される仲裁人による仲裁手続に委ねられる旨(本件仲裁合意という。)が記載されていたところ、原告は、本件仲裁合意は合意として認められず無効であるか、英国在住の顧客との間においてのみ効力があり、原告は本件仲裁合意に拘束されないとして、主位的に、英国仲裁判断手続に応じる義務がないことの確認を求め、予備的に、本件仲裁合意に基づき、被告の申立てにより、英国ロンドン市で仲裁人Cにおいて被告に対する一五万一三四八英ポンド三三ペンスの支払を原告に対して命じる仲裁判断が一九九七年(平成九年)六月一五日付でなされたので、その債務の不存在確認を求めたところ、被告は、日本には国際裁判管轄がないこと、確認の利益がないこと、仲裁判断の遮断効に違反すること、二重起訴の禁止に違反し、訴権の濫用に当たることを主張して、訴えの却下を求めた事案である。

三  当裁判所の判断

1  本件訴訟のような外国法人を被告とする渉外事件について、どのような場合に日本の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当であり、そして、民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、原則として、日本の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を日本の裁判権に服させるのが相当であるが、日本で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、日本の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一三〇号同五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁、最高裁平成五年(オ)第七六四号同八年六月二四日第二小法廷判決・民集五〇巻七号一四五一頁、最高裁平成五年(オ)一六六〇号同九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁参照)。

2  そこで、まず本件訴訟について、民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあると認められるかを検討する。

(一)  被告は英国に本店を有する英国法人であり、日本における主たる事務所又は営業所は存在しない。

(二)  原告は、被告の代表者であるB及びDがジャガー・ジャパン株式会社(ジャガージャパンという。)の取締役を兼務し、ジャガージャパンは、本件自動車の販売について、広告宣伝、顧客への資料の送付、契約内容の説明、被告への一件書類及び小切手の送付を担当し、原告はジャガージャパンを経由した事務連絡により被告と本件契約を締結したものであるから、ジャガージャパンは本件自動車の販売業務について被告の日本における主たる業務担当者として機能していたものといえ、業務担当者であるジャガージャパンの住所がある日本に国際裁判管轄が認められると主張する。

しかしながら、業務担当者とは、「代表者その他の主たる業務担当者」と規定される者で、各団体の業務執行機関として各団体を代表する権限を有する者であり、法人にあっては代表理事、会社にあっては代表取締役などをいうべきところ、ジャガージャパンは、被告の業務執行機関であるとも、被告を代表する権限が与えられていたとも認められないから、原告らが主張する本件契約へのジャガージャパンの関わりの点について検討するまでもなく、ジャガージャパンが被告の日本における業務担当者に当たるということはできないというべきである。

(三)  そして、民事訴訟法の他の規定を精査しても、本件訴訟について日本国内のいずれかの地に裁判籍を認めうる規定の存在は認められない。

3  原告は、民事訴訟法上日本国内のいずれの地にも裁判籍が認められない場合であっても、日本で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速に叶うときには、日本に国際裁判管轄を認めるべきであるとして、①原告は単なる一消費者にすぎず本件訴訟において日本に国際裁判管轄が認められないとなると英国での訴訟に多大の費用と負担を強いられるのに対し、被告は、全世界に販売網を持つ自動車製造メーカーであるジャガー社の子会社であり、本件訴訟は世界中の消費者を対象に販売した自動車に関する紛争であること、②被告の代表者であるB及びDがジャガージャパンの取締役でもあり、ジャガージャパンは、本件自動車の販売については、広告宣伝、顧客への資料の送付、契約内容の説明、被告への一件書類及び小切手の送付を担当し、原告はジャガージャパンを経由した事務連絡により被告と本件契約を締結したものであること、③ジャガージャパンの右行為は日本において日本の慣行にしたがって日本語で行ったこと等を挙げて、本件訴訟については日本に国際裁判管轄を認めるべきであると主張する。

しかしながら、国内民事事件においては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速という理由からであっても、民事訴訟法における土地管轄の規定に該当しない地に裁判籍を認めることは、裁判籍を不安定、不確実なものにし、それについての法的安全性を害し、応訴すべき被告に不測の不利益、負担を及ぼすことになることから、これを認めることはできないというべきであり、これを認めた例に接したことはない。このことは、民事訴訟法一七条において当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者の公平を図るために必要があると認められるときには移送を認められているが、その移送先はあくまで他の管轄裁判所であり、管轄のない裁判所への移送は認められていないことからも明らかというべきである。

そして、日本以外に本店がある外国法人を被告とする訴訟については、応訴すべき被告の負うべき不利益、負担は国内民事事件に比して大きく、国際裁判管轄についての法的安定性を害する程度も大きいものというべきであるから、なおさらのこと、民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれも日本国内にないときに、日本に国際裁判管轄を認めることはできないというべきである。

よって、原告の前記主張は、その具体的事情を検討するまでもなく採用することはできないというべきである。

4  以上のとおりであるから、本件訴訟について、日本に国際裁判管轄を認めることはできないというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中寿生)

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