東京地方裁判所 平成10年(ヲ)2098号 決定 1998年6月04日
申立人
甲野太郎
上記代理人弁護士
各務邦彦
主文
一 本件異議申立てを却下する。
二 申立費用は申立人の負担とする。
理由
一 本件異議申立ての趣旨は、基本事件の売却実施命令の取消しを求めるというものである。
二 そして、その理由の趣旨は次のとおりである。
担当裁判官は、基本事件(当庁平成七年(ケ)第二六二九号事件)において、競売対象物件一、二、四(以下「本件物件」という。)の最低売却価額を一括で八五四六万円と定めて、売却実施するとの決定をした。仮に、基本事件で売却実施がされた場合、本件物件には申立債権者に優先する債権者がおり、その者に配当が実施される結果、基本事件の申立債権者には配当の見込みがなく、いわゆる無剰余である。担当裁判官は、右無剰余の点を看過したまま基本事件の売却手続を進めようとするものであり、これは、明らかに民事執行法一八八条、六三条の定める無剰余取消しの制度趣旨に反する。よって、基本事件の売却実施命令の取消しを求めるというものである。
三 一件記録によれば、次の(1)ないし(3)の事実が認められる。
(1) 三和ビジネスクレジット株式会社は本件物件の第二順位の抵当権者であり、異議申立人は本件物件の共有持分権者である。三和ビジネスクレジット株式会社は、本件物件について、担保権実行に基づく競売の申立てをしたところ、執行裁判所は、平成七年九月二六日、競売手続を開始するとの決定をした(基本事件)。
(2) 執行裁判所は、平成一〇年三月二〇日、本件物件の最低売却価額を一括で八五四六万円と定め、同年五月八日、期間入札に付するとの決定をした。
(3) 本件物件には、三和信用保証株式会社が第一順位で、債権額一億二八〇〇万円の抵当権を設定しており、同社は、基本事件において、元金一億三〇〇〇万円余及びこれに対する平成七年九月三〇日から支払済みまで年二割の割合による遅延損害金について債権届をしている。
右(1)ないし(3)の事実だけであれば、異議申立人主張のとおり、基本事件の申立債権者三和ビジネスクレジット株式会社は、基本事件においては配当を受領する見込みがなく、いわゆる無剰余であり、民事執行法一八八条、六三条の趣旨に照らし、基本事件の売却実施命令を取り消すのが相当であるといえよう。
四 しかし、一件記録によれば、本件では、更に、次のような事実が認められる。すなわち、① 本件物件の第一順位の抵当権者である三和信用保証株式会社は、本件物件について、担保権実行に基づく競売の二重開始の申立てをし、執行裁判所は、平成九年一一月一三日、競売手続を開始するとの決定をしたこと(当庁平成九年(ケ)第四一三三号、後行事件)、② 三和信用保証株式会社は右事件で配当を受けることができる見込みであることが認められる。本件では、右のとおり第一順位の抵当権者から剰余を生じる後行事件の申立てがされたことに特徴があり、右後行事件を考慮に入れても、なお先行事件を無剰余を理由に取り消さなければならないか否かを検討する必要がある。
五 そこで、以下検討するに、民事執行法六三条(同法一八八条で無担保の実行としての競売に準用)が、無剰余執行を禁止した理由は、① 無益執行を禁止し、② 優先債権者がその意に反した時期に、その投資の不十分な回収を強要されるという結果を回避すること(優先債権者の換価時期選択の利益保護)にある。そうだとすると、先行事件が無剰余であっても、剰余を生じる後行事件が申し立てられた場合に、先行事件を取り消すことなく進行させることが、無剰余執行を禁止した前記二つの制度趣旨に抵触するかどうかが問題となる。
まず、無益執行禁止の制度趣旨に違反するかどうかについて検討する。無益執行の意義については、先行事件の申立権者にとって無益であるという私益的側面とともに、執行裁判所を無意味な執行手続から解放し、その労力を他の執行事件の事務処理に振り向けるという公益的側面があるということも忘れてはいけない(なお、旧法時代の判例ではあるが、最判昭43.7.9判時五二九号五〇頁が、無益執行禁止の意味内容のひとつとして、右公益的側面があることを明言している。)。このような無益執行禁止の制度趣旨に照らすと、先行事件を無剰余で取消しすることが、かえって訴訟経済に反し、執行裁判所に無駄な事務負担を強いる結果を招く場合には、先行事件を無剰余取消しをすることなく進行させても、何ら無益執行禁止の制度趣旨に反しないというべきである。これを本件についてみるに、剰余が生じる後行事件が申し立てられている以上、仮に、先行事件を取り消したとしても、その瞬間から、執行裁判所は、後行事件で、再度、同一物件について、現況調査、物件明細書作成、最低売却価額決定等の事務を行わなければならないことになる。執行裁判所としては、同一物件について、いわば二度同じ手続を進めることになり、訴訟経済に反することは明白である。換言すると、先行事件を取り消すことこそが、無益執行の制度趣旨に反すると評することもできる。のみならず、先行事件をそのまま進めることにより、第二順位の抵当権者は、先行事件の手続費用を配当手続のなかで共益費用として受領できるという利益があり、第一順位の抵当権者も、先行事件の配当手続に参加することにより早期に配当を受けれるというメリットがある。すなわち、先行事件を取り消すことなく進めることは、執行裁判所のみならず、当事者にとっても無益ではないのである。以上から明らかなとおり、剰余を生じる後行事件が申し立てられた以上、先行事件が無剰余であっても、これを取り消すことなく進行させることは、何ら無益執行禁止の制度趣旨に反するものではない。
次に、優先債権者の換価時期選択の利益保護の制度趣旨に反しないかどうかについて検討する。第一順位の抵当権者(優先債権者)は、後行事件を申し立てることにより、担保対象物件の換価をはかることを選択したのであるから、同一担保対象物件についての先行事件を進行させることは、優先債権者の換価時期選択の利益保護の制度趣旨に反しないのは自明の理というべきである。
六 以上のとおり優先債権者が剰余を生じる後行事件を申し立てた以上、先行事件が無剰余であっても、これを取り消すことなく進行させることは、無剰余執行の禁止の制度趣旨である無益執行禁止及び優先債権者の換価時期選択の利益保護に反しないことは明白である。異議申立人は、担当裁判官は、無剰余の点を看過したまま基本事件の競売手続を進めようとしていると論難するが、担当裁判官は、決して先行事件が無剰余の状態になっているのを看過したわけではない。東京地裁執行部では、以上のような理由から、本件のような場合には、先行事件を取り消すことなく、これを、通称マル共事件と称して進行させる取扱いであり、この取扱いは東京高決平7.8.8金融商事判例九八九号三三頁ほかで肯認されているところである。
以上から明らかなとおり、本件異議申立ては理由がないので、主文のとおり決定する。
(裁判官難波孝一)