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東京地方裁判所 平成10年(刑わ)290号 判決 1998年9月24日

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金八一一万三四五四円を追徴する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三八年九月一日大蔵事務官に任官し、平成四年七月二〇日から平成七年八月三〇日までの間、大蔵省大臣官房金融検査部管理課上席金融証券検査官として、平成七年八月三一日から平成一〇年一月三一日までの間、同部管理課金融証券検査官室長兼金融証券検査官として、いずれも金融機関の業務及び財産の検査等の職務に従事してきたものであるが、

第一  別表一記載のとおり、平成五年三月二九日ころから平成七年一月八日ころまでの間、前後一六回にわたり、東京都千代田区内幸町二丁目二番二号所在の「葆里湛」日比谷店等において、株式会社第一勧業銀行企画部副調査役のAらから、同銀行に対する大蔵省大臣官房金融検査部による検査に際し、検査期日及び臨検店舗の事前漏洩等種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金六九万六三九四円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第二  別表二記載のとおり、平成五年七月二〇日ころから平成九年六月二四日ころまでの間、前後二四回にわたり、東京都港区赤坂三丁目一一番三号所在の「百人一朱」赤坂店等において、株式会社住友銀行企画部次長のBらから、判示第一記載の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金七九万四〇二六円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第三  別表三記載のとおり、平成五年八月二五日ころから平成九年四月八日ころまでの間、前後一二回にわたり、大阪市中央区高麗橋二丁目三番一四号所在の「与太呂」等において、株式会社三和銀行企画部部長代理のCらから、判示第一記載の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金五五万五六八五円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第四  別表四記載のとおり、平成七年四月二九日ころから平成九年五月一一日ころまでの間、前後一八回にわたり、石川県加賀市片山津温泉セ一ノ一所在の「矢田屋松涛園」等において、株式会社あさひ銀行総合企画部次長のDらから、判示第一記載の趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、代金合計金一六六万七三四九円相当の飲食、ゴルフの接待等の供与を受け、

第五  平成九年七月八日、東京都新宿区《番地略》所在の株式会社あさひ銀行新都心営業部において、被告人が、前記Dの仲介により、同銀行の実質的な子会社である昭和地所株式会社から、東京都武蔵野市《番地略》所在のマンション「甲野武蔵野」一〇〇五号室を購入した際、同室の一般への販売価格が五四四〇万円であるにもかかわらず、D及び同社専務取締役Eから、判示第一記載の趣旨の下に値引きを受けるものであることを知りながら、右販売価格から四四〇万円値引きした五〇〇〇万円で同室を買い受けて、値引き相当価格金四四〇万円の利益の供与を受け、

もって、いずれも自己の職務に関して賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)《略》

(有罪認定の理由)

第一  三和銀行から受けた接待等について

一  まず、弁護人は、判示第三の各事実について、被告人は、便宜な取り計らいをできる地位になく、また、何ら便宜な取り計らいをした事実もないから、被告人には収賄罪の故意がなく、無罪である旨主張し、被告人もこれに沿う供述をしているので、以下、この主張について検討する。

二  弁護人が主張する便宜な取り計らいをできる地位になかったという趣旨は必ずしも定かでないが、被告人の当公判廷における供述に照らすと、当時上席金融証券検査官であった被告人は、三和銀行担当の検査官ではなく、検査や臨検店舗の具体的な日時等を知り得る立場になかったとの趣旨と解せられるので、これを前提に考えてみるに、仮に、被告人が三和銀行に対する検査担当から外れ、しかも、実際は正確な検査日時等を知らなかったとしても、三和銀行の大蔵省担当者であるCの検察官に対する供述調書(甲一一二等)によれば、贈賄者側としては、被告人が上席金融証券検査官であるから、主任金融証券検査官として、三和銀行の検査を担当する可能性が高いと考えて、検査の日時等を知りたいなどの趣旨の下に接待したことが認められ、その上、被告人自身も、この趣旨を認識して接待を受けたと自認している(乙三五ないし三七)。また、現に、被告人は、Cから検査の予定を尋ねられ、「三和は、四月の方が可能性は高いね。」とか「Cちゃんのところへ行くのは一〇月だと思うけど。誰が行くのかね。おそらくFと俺かな。」などと接待中、あるいは、その帰途に返答して贈賄者側の要望に応えている(甲一〇八、一一二)。これらの事実に反する被告人の当公判廷における供述は、右各証拠に照らして信用できない。

三  このように、被告人に右の趣旨に対する認識されあれば、現実には、被告人が三和銀行の担当から外れ、しかも、検査日時等を把握していなかったとしても、収賄罪の故意の成立に何ら欠けるところはないというべきであり、また、正確な検査日時等を漏洩することは、収賄罪の成立要件ではないことは言うまでもない。そうすると、弁護人の主張は、失当であって採用できない。

第二  甲野武蔵野の値引きについて

一  次に、弁護人は、判示第五の事実について、被告人が昭和地所株式会社から現住所である甲野武蔵野一〇〇五号室を購入するに当たって、あさひ銀行のD又は昭和地所の専務取締役Eから、正規の販売予定価格や特別に四四〇万円を値引きすると言われたことはないので、被告人には収賄罪の故意がなく無罪である旨主張し、被告人もこれに沿う供述をしているので、以下、この主張について検討する。

二  あさひ銀行総合企画部次長であったDは、検察官に対する供述調書(甲二五)において、次のように供述する。すなわち、「平成八年一〇月ころ、被告人から五〇〇〇万円程度のマンション購入方を依頼されたDは、子会社である昭和地所専務取締役Eに対し、同社で所有するマンション「甲野武蔵野」を被告人の希望する予算内で販売するよう働き掛けた。Eは、Dを介して、被告人に対し、すぐに売却することはできないが、平成九年六月ころには、甲野武蔵野一〇〇五号室を通常の価格よりも廉価で販売する旨を伝えた。さらに、Eは、早期に入居を希望する被告人の意向に沿って、平成八年一二月下旬から被告人に一〇〇五号室を賃貸する便宜を図ってやった。話が進捗する中、Dは、平成九年六月一三日ころ、Eから連絡を受けて、被告人に対し、「昭和地所から、室長が購入されるに当たって登記費用などの諸費用を全て書いた書類をもらいましたので、今度、大蔵省に顔を出したときにお渡しします。ところで、その費用の総額として二〇〇万円近く掛かってしまいますが、昭和地所としましても、室長ということで特別に室長が住まわれている部屋の価格を値引きしてくれたところでして、さらにその価格を値引きするのはとても無理だそうです。その販売価格も、先日は五四〇〇万円と申し上げましたが、正確には五四四〇万円ということで設定したものだったそうですから、五〇〇〇万円という価格は、破格のものだということです。そういうわけですから、登記費用などについては別立てで支払っていただきたいのですが、それでよろしいでしょうか。」と電話で尋ねたところ、被告人は、「部屋の設定価格を特別に値引きしてもらっているから、諸経費については別に支払うよ。」とこれに応じた。そこで、昭和地所は、同年七月八日、被告人との間で、甲野武蔵野一〇〇五号室を代金五〇〇〇万円で売却する旨の売買契約を締結した。」というのが、Dの検察官に対する供述調書(甲二五)の大要である(以下、この大要を「D供述」という)。

三  D供述は、被告人から購入方の斡旋を受けてから、昭和地所が被告人に一〇〇五号室を一時賃貸し、諸費用や具体的な売買価格を決定した上、売買契約締結に至るまでの経緯について、Eを含む昭和地所の担当者の各供述調書(甲二六ないし二八)とよく符合し、不自然なところは見当たらない。また、被告人自身、検察官に対する供述調書(乙一五、一〇八)において、平成九年六月、Dから連絡が入り、「マンションの価格も正確には五四四〇万円ということで設定したものですから、五〇〇〇万円という価格自体破格であって、登記費用などは別立てで払っていただきたいと言っているのですが、それでよろしいですか。」と言われたと述べ、正規の販売予定価格や特別に四四〇万円値引きする旨告知されたことを自認している。そうだとすると、D供述は信用性が高く、被告人は、平成九年六月一三日ころ、Dから、正規の販売価格が五四四〇万円であること及び四四〇万円値引きして五〇〇〇万円という破格の値段で購入できることを聞かされたと認めることができ、この事実にその他の関係各証拠を併せ考えると、被告人に収賄罪の故意があったことは明らかである。

四  これに対し、弁護人は、(一)D供述について、Dは、当公判廷において、販売予定価格が五四四〇万円であるとは明言しなかった旨証言している上に、そもそも当時販売予定価格が未だ決定されておらず、被告人に告知することはできなかった、(二)被告人の捜査段階の自白について、被告人は、検察官からDらが告知の事実を認めている旨聞かされて抗しきれずに自白したものである旨主張し、D供述及び被告人の自白の信用性を論難する。確かに、Dは、五〇〇〇万円台の半ばぐらいとは言ったかもしれないが、五四四〇万円という細かな値段は告げなかったかもしれない旨証言しているが、この証言自体、右のように曖昧なものである上に、D供述が事実に反するとまでは言い切っていない。さらに、昭和地所の営業部長Gの検察官に対する供述調書(甲三二)等によると、昭和地所では、平成九年四月二四日、甲野武蔵野一〇〇五号室の販売予定価格を五四四〇万円と稟議決定していることが明らかである。そうすると、右のD証言は信用できず、D供述の信用性を左右するものではない。また、被告人は、当公判廷において、販売予定価格が五四四〇万円であることは聞いていないと述べた上で、捜査段階で右価格を告げられたと自認した理由について、検察官から、D及びEがその事実を認めていると聞かされたためであるなどというが、勾留質問における被告人の弁解が、具体的値引きを要求したことはないというものであって、値引きされたことを知らなかったというものではないこと(乙一〇七)やD供述に照らすと、被告人の当公判廷における供述は信用できない。

五  したがって、前記の弁護人の主張は採用できず、その他の弁護人の主張は、不合理なものであって、当裁判所の前記認定に影響を与えるものではない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の一ないし一六、判示第二の一ないし九、判示第三の一ないし八、判示第四の一及び二の各所為は、いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法一九七条一項前段に、判示第二の一〇ないし二四、判示第三の九ないし一二、判示第四の三ないし一八、判示第五の各所為は、いずれも刑法一九七条一項前段に該当するところ、以上は併合罪であるから、同法四五条前段、四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第五の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、被告人が判示各犯行により収受した賄賂は没収することができないので、判示第一の一ないし一六、判示第二の一ないし九、判示第三の一ないし八、判示第四の一及び二については、いずれも右改正前の刑法一九七条の五後段により、判示第二の一〇ないし二四、判示第三の九ないし一二、判示第四の三ないし一八、判示第五については、いずれも刑法一九七条の五後段により、それらの価額の合計金八一一万三四五四円を被告人から追徴し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により被告人の負担とする。

(量刑の理由)

本件は、大蔵省大臣官房金融検査部管理課金融証券検査官室長又は上席金融証券検査官であった被告人が、大手都市銀行のいわゆる「モフ担」と呼ばれる大蔵省担当者らから、金融検査部による検査に際し、検査期日及び臨検店舗の事前漏洩等種々便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨の下に接待等されるものであることを知りながら、都市銀行四行から、合計三七一万三四五四円に上る飲食、ゴルフの接待等を受け、あるいは、マンション購入に当たり四四〇万円の値引きを受け、もって、自己の職務に関して賄賂を収受したという事案である。

そもそも銀行に対する金融検査は、銀行法二五条一項、大蔵省組織令四条二項等に基づき、銀行の業務の健全かつ適正な運営を確保するため、金融機関の経営等を監督している銀行局や証券局等から独立した大臣官房金融検査部において、検査対象銀行の資産、負債及び重要物件の実態をそのままの姿で把握するため、予告をすることなく、まず現物検査を行い、その後、実地調査などの次の検査段階に入るという過程をたどるものであって、その検査日時等を事前に対象銀行に漏洩するがごとき行為は、金融証券検査官の秘密保持義務(金融検査規程一九条)に違背するのはもとより、金融検査自体を骨抜きにする可能性があって、金融行政を著しく阻害するものである。また、現実に事前漏洩等をせずとも、金融証券検査官としては、対象銀行との間では、常に緊張感のある関係を保ちつつ、疑惑を持たれることがないよう厳しく自らを律すべきであり、将来の検査について、便宜な取り計らいを受けたいとの思惑を有する銀行側の接待を受ける行為は、検査制度の存在意義を根底から覆しかねないものである。

被告人は、大蔵省の金融検査部局と大手都市銀行のモフ担との間に長年続いてきた構造的な癒着に規範意識を著しく鈍磨させ、本件各犯行に及んだものであって、しかも、本件当時、上席金融証券検査官又は金融証券検査官室長という金融検査実施の総括的な責任者として、他の金融証券検査官に対し、指導的な役割を果たすべき要職にあって、より高い職務の廉潔性が求められる立場にありながら、時折部下を誘ってまで、各銀行から接待を受けてきたものである。

被告人は、平成五年三月から平成九年七月までの四年余りの間に、前後七一回にわたって接待等を受けたものであって、収賄金額は、合計で八一一万三四五四円もの多額に及んでおり、正に、接待漬けというべき状態にあった。また、本件犯行の中には、担当金融証券検査官でありながら、検査期間中にもかかわらず、接待を自ら求めたものもあり、その上、判示第五の事実に係るあさひ銀行のモフ担等から受けたマンションの販売価格の値引きについては、被告人の方から、自己の退職後の生活に備えて、マンション購入方の斡旋を要求したものであって、犯行態様としても悪質である。

本件犯行の結果、被告人は、職務上知り得た秘密である金融検査の日時等の内部情報を事前に漏洩したり、金融検査に際し、銀行側の意向に配慮するなどしており、前述のとおり、金融行政を著しく阻害したものといえる。のみならず、本件犯行により、金融検査部と銀行との癒着の根強さを露呈し、金融行政あるいは公務員一般に対する国民の信頼を著しく失墜させたものであって、その社会的影響は極めて大きい。被告人は、金融検査の日時等を事前に銀行側に漏洩した点について、弊害はないなどと強弁するが、先に述べた金融検査の目的や方法に照らし、到底受け入れられない主張である。

ところで、弁護人は、本件当時、銀行から接待を受けることは、大蔵省内において慣例的に長く続いてきたものであり、被告人のみに重い責任を問うことは、過酷であり、公平を欠くと主張する。しかしながら、大蔵省自体も重い責任を負うことはもちろんであるが、何もこのような慣行に身を委ねなければ、金融証券検査官としての職務を十分に全うできないとか、被告人の大蔵省内での地位や処遇に影響を与えるとは、到底考え難く、慣行の存在等が被告人の責任を軽減する事情にはなり得ず、却って、被告人は、金融証券検査官室の責任者として、かような慣行を打破すべき立場にあったというべきである。

以上の諸事情に鑑みると、被告人の刑事責任には、重いものがあるといわざるを得ない。

しかしながら他方、被告人は、三五年近くにわたり、有能な職員として大蔵省に勤務してきたことも事実であること、本件の発覚により大蔵省を懲戒免職され、マスコミや社会一般から強く非難されるなど一定の社会的制裁を既に受けていること、被告人は、少なくとも捜査段階においては、自己の心情を吐露して非を認めていること、前科前歴がないことなど被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで、当裁判所は、これらを総合考慮し、主文掲記の刑に処するとともに、その刑の執行を猶予することにした。

よって、主文のとおり判決する。

(私選弁護人佐々木和郎 求刑 懲役三年・追徴金八一一万三六四一円)

(裁判長裁判官 山崎 学 裁判官 原田保孝 裁判官 高木順子)

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