東京地方裁判所 平成10年(刑わ)662号 判決 2001年3月14日
主文
被告人を懲役八年に処する。
未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、売買注文を市場に出して約定が成立した場合には、証券会社に売買約定どおりの精算義務が生じることを奇貨として、架空の買い注文を出す一方で、他の証券会社等を通じて保有株式の売り注文を出し、これを高値で売り抜けるいわゆる「鉄砲取引」により、自己の保有するテーデーエフ株式会社(以下「TDF」という。)の株式を売り抜いてその売付代金名下に野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)から金員を詐取しようと企て、事前に、A野産業株式会社(以下「A野産業」という。)代表取締役Bから、ティエチケー株式会社(以下「THK」という。)の株式一〇〇万株及び株式会社ツムラ(以下「ツムラ」という。)の株式一〇〇万株を、Bがモンローファンドに投資する資力を有する証として、野村證券新宿支店(以下「新宿支店」という。)に預託する了解を取り付けた上、平成九年一月九日午後九時過ぎころから午後一〇時過ぎころまでの間、東京都千代田区内幸町《番地省略》帝国ホテル本館地下一階所在の飲食店「なだ万」帝国ホテル店において、新宿支店営業担当者Cに対し、「明日BさんにTHK一〇〇万株とツムラ一〇〇万株を信用の担保として株を買ってもらうことが決まった。」「明日午前一〇時に担保の株券をBさんの所に取りに行ってくれ。」「TDFを買ってもらおうと思っている。」「預かった株券を担保にA野産業名義で買い付けることについてはBさんに伝えておく。」「買付けは明日の後場寄りでやろうと思っている。」「THK一〇〇万株とツムラ一〇〇万株を全面的に俺に任せてくれたんだ。」「Bさんは、これを好きに使ってくれと言っていた。」などと虚言を弄し、さらに、同月一〇日午前一一時二〇分ころ、THK東京支店の前である東京都品川区西五反田三丁目一一番六号先路上にいたCに対し、携帯電話で、「Bさんが買いを入れるTDFは、四二〇〇円で一七〇万株に決まったから買い注文を出してくれ。」などと嘘を言って、真実は、被告人において、Bから同人及びA野産業の株式売買に関する手続を一任された事実がなく、B側がTDF株式一七〇万株の買付けを確実に了承してその買付代金を支払う見込みもなく、かつ、THK一〇〇万株及びツムラ一〇〇万株は、B側でその信用取引による株式売買のための代用有価証券として預託するものではないのに、これらの事実や見込みがあるように装い、Cをして、その旨誤信させ、よって、Cにおいて、同日午後零時二六分ころ、東京都新宿区新宿《番地省略》所在の新宿支店に設置されたコンピューターの端末機を使用するなどして、A野産業を買付名義人とし指し値四二〇〇円とするTDF株式一七〇万株の買い注文を東京証券取引所に出させ、そのころ、被告人において、野村證券本店営業部ほか七証券会社を通じて同取引所に出した自己のTDF株式合計一三一万株の売り注文との間で売買約定を成立させ、同月一六日、買い注文を出した野村證券精算部門担当者をして、同取引所等を通じて、別表記載のとおり、各売り注文を出した東京都中央区日本橋《番地省略》所在の野村證券本店営業部ほか七証券会社に開設された被告人が管理する被告人ほか二名名義の顧客勘定九口に、TDF株式合計一三一万株の売付代金合計五五億二〇〇万円を入金決済させ、もって、人を欺いて金員を交付させたものである。
(証拠の標目) 《省略》
(有罪認定の理由)
第一本件の争点
一 外形的事実
被告人が、平成九年一月九日午後九時過ぎころから午後一〇時過ぎころまでの間、「なだ万」帝国ホテル店において、新宿支店営業担当者Cに対し、A野産業代表取締役Bが、THK一〇〇万株及びツムラ株一〇〇万株(以下「本件各一〇〇万株」という。)を信用の担保として、TDF株を購入することになったので、翌一〇日、Bから担保株券を預かってくるよう依頼し、さらに、Cが、翌一〇日午後零時二六分ころ、A野産業を買付名義人とし、指し値四二〇〇円とする、TDF一七〇万株の買い注文(以下「本件買い注文」という。)を東京証券取引所に出し、被告人において野村證券本店営業部ほか七証券会社を通じて同取引所に出した自己のTDF株式合計一三一万株の売り注文との間で売買契約を成立させ、同月一六日、野村證券本店営業部ほか七証券会社に開設された被告人ほか二名名義の顧客勘定九口に、TDF株式合計一三一万株の売付代金合計五五億二〇〇万円の入金決済が行われたことなどの外形的事実は、本件証拠上明らかであり、これらの点は当事者間にも争いがない。
二 争点
ところが、弁護人は、第一に、平成九年一月九日以前の段階で、被告人は、本件買い注文についてBから事前に承諾(以下「本件承諾」という。)を得ており、第二に、C自身も平成九年一月一〇日にTHK東京支店(以下、これも「THK」と略称する。)において、本件各一〇〇万株を預かる際、B本人から本件買い注文の確認(以下「本件確認」という。)を取っているから、被告人がCに虚偽の事実を申し向けたことも、Cが錯誤に陥ったこともあり得ず、被告人は無罪である旨主張している。被告人も、信用取引によりTDF株を購入すること自体は平成八年一二月二七日の会合で、その株数、金額、買付日については平成九年一月九日の会合で、それぞれBの了解を得ており、Cからは、本件確認を取ったと聞いている、また、公訴事実において、被告人が、Cに対し、申し向けたと記載されている文言中、「TDFを買ってもらおうと思っている。預かった株券を担保にA野産業名義で買い付けることについてはBさんに伝えておく。THK一〇〇万株とツムラ一〇〇万株を全面的に俺に任せてくれたんだ。Bさんは、これを好きに使ってくれと言っていた。」という部分と「Bさんが買いを入れるTDFは、四二〇〇円で一七〇万株に決まったから買い注文を出してくれ。」という部分(以下、まとめて「問題の文言部分」という。)については発言していない旨供述する。
一方、Bは、捜査段階から一貫して、本件承諾・確認の存在を否定し、Cは、捜査段階の当初は本件確認を取っていた旨述べていたが、捜査段階のある時期から、確認を取っていない旨前言を翻し、その後公判に至るまでその供述を維持している。
そうすると、結局、本件の争点は、大別すると、第一に、本件承諾の有無、第二に、本件確認及び問題の文言部分の有無に絞られ、その判断は、ひとえに、対立するB、C及び被告人三者の供述の信用性に係っている。以下、公訴事実に直接関連する第二の論点、次いで、本件の究極的な論点である第一の論点の順に、右三者の供述の信用性の有無に着目しつつ、検討していくこととする。
第二本件確認及び問題の文言部分の有無
一 証拠構造
改めて、本件確認及び問題の文言部分の有無に関する証拠構造をみるに、まず、本件確認の有無について、Cは、既述のように、問題の一月一〇日以降、野村證券内外の関係者に対し、一貫して、同日社長室から出てきたBから本件確認を取ったと述べていたが(以下「旧供述」という。)、平成九年一〇月一三日の取調べにおいて、確認を取っていない旨前言を翻し、その後の取調べや当公判廷においても、これを維持しつつ、本件買い注文に至る経緯等について詳細に供述している(以下「新供述」という。)。また、一方の当事者であるBも、本件確認はなかった旨捜査・公判を通じて述べている。ところが、被告人は、Cから本件確認を取った旨聞いたと述べている。次に、問題の文言部分については、Cが、新供述において、詳細に言及しているのに対し、被告人は、これを否定している。
そこで、以下各供述の信用性を検討する。
二 新供述の信用性
1 新供述の概要
まず、Cの検察官に対する供述調書(甲六二号、六三号証)及び公判廷における供述を基に、新供述の概要を摘記すると次のとおりである。
(一) C及び被告人間の「なだ万」における会談内容
Cは、平成九年一月九日午後九時過ぎころ、「なだ万」帝国ホテル店で被告人と会ったが、その際、被告人との間で次のような会話がなされた。
(1) 本件買い注文実施の依頼等
被告人は、Cに対し、「明日BさんにTHK一〇〇万株とツムラ一〇〇万株を信用の担保として株を買ってもらうことが決まった。」「明日午前一〇時に担保の株券をBさんの所に取りに行ってくれ。」「TDFを買ってもらおうと思っている。」などと話し、翌一〇日午前一〇時に、本件各一〇〇万株をTHKに取りに行くように依頼した。
Cが購入する口座について質問すると、被告人は、B山名義でする旨答えたので、Cは、「B山 ツムラ100 THK100」とシステム手帳に記載した。しかし、B山はBが代表取締役ではないことを思い出したCが、「B山の方ですか。」と確認すると、被告人も同じことに気づいたのか、口座をA野産業に変えた。そこで、Cは、システム手帳に書いた「B山」の文字を二本線で消し、その上に「A野」と訂正した。そして、被告人は、「預かった株券を担保にA野産業名義で買い付けることについてはBさんに伝えておく。」と明確に告げた。
さらに、Cが、被告人から、本件各一〇〇万株を担保としてTDF株が何株程度購入可能か計算するよう指示されて算出したところ、一六三万八〇〇〇株という数字が出たが、Cは、余裕をみて、一五〇万株くらいですかねと尋ねると、被告人は、株数は考えた上、明日連絡する旨返答した。また、被告人から、「買付けは明日の後場寄りでやろうと思っている。」と言われ、Cは、午後零時半に開始される後場の最初に買い注文を出す指示と理解した。
(2) 携帯電話の受領等
被告人は、「当日の連絡は、この携帯を使ってくれ。俺も相場を張っているから、盗聴とかされて情報が漏れたりする危険がある。」と言って携帯電話一台をCに渡した。Cは、被告人から、株券を預かる作業に実際にかかる時間を聞かれた上で、買い注文を出す時間やCが新宿支店に戻る時間との兼ね合いで、株券を取りに行く時刻を午前一〇時三〇分に変更するよう言われた。いぶかるCに対し、被告人は、「今回の取引が事前に漏洩することを防ぐため、ぎりぎりの時間に新宿支店に帰社する方がよい。」旨説明を加え、さらに、「支店に帰ったらすぐに飯でも食いにいけ。株券を預かってきた理由を聞かれたら、株券を預けてくれると言われたとだけ言っておけばいい。余計なことは話すな。」などと口止めされた。そこで、Cは、本件各一〇〇万株を受け取りにいく時刻について、システム手帳に書いた「AM 10 00」を「AM 10 30」に変更した。
(3) 海外ファンド
被告人は、Bに購入してもらうTDF株については、被告人が現在手掛けている海外ファンドで運用している資金で、平成九年春ころ、Bから買い戻す予定である旨を打ち明けた。その上で、被告人は、Cに対し、翌日THKに行った際、Bからファンドの件について、何か聞かれるかもしれないが、「なにも聞いておらず分からない。」旨返答するように指示をした。さらに、会話が弾み、被告人は、「THK一〇〇万株とツムラ一〇〇万株を全面的に俺に任せてくれたんだ。」「Bさんは、これを好きに使ってくれと言っていた。」などと話していた。
(4) Bの意思確認
Cが、自ら確認を取るためBに直接連絡してもよい旨提案したところ、被告人は、「Bさんには直前に言おうと思っているんだ。株数が決まったら俺からBさんに連絡する。俺が言えば分かってくれる。お前はBさんには何もいうな。明日、担保の株券を預かりにいったときは、何も言わずに株券を預かってくるだけでいい。」などと述べて、Bに意思確認することをやめるよう指示した。被告人は、その理由として、BがTHK内部で株取引をやめるように忠告されているため、C自ら意思確認をすると、THK内部の者の知るところになり、株取引に支障を生ずる可能性があるなどと説明した。
被告人の言を信じて了解したCに対し、被告人は、さらに、本件各一〇〇万株に加えて、住友石炭鉱業五〇万株もその処分を任されているので、今回、一六〇万株くらいTDFを買えるなどと話していた。
(二) 本件各一〇〇万株の受領
Cは、翌一〇日午前九時ころ、本件各一〇〇万株を受け取りにTHKを来訪する時刻を、午前一〇時三〇分に変更する旨THKに電話をかけたが、D秘書課長から、その時刻ではBが外出してしまうと伝えられ、結局同日午前一〇時ころ、THKに赴いた。Cが社長室出入口前まで来たとき、出てきたBと偶然鉢合わせになり、軽く会釈すると、Bは、「ああ、そうだったな。」と言ったが、特に話をすることはなかった。Bは、他の来客があるのか、別の部屋に入ってしまった。社長室内では、D秘書課長から、本件各一〇〇万株を受領したが、株券を数えている最中に、Bが社長室に入室してきた。Cは、新年の挨拶とお礼を言ったが、Bは、用事があるようで、同室から一旦出ていことしたが、すぐにCの元に戻ってきて、「ファンドの件は後で……」というようなことを言い置き、社長室を出ていった。Cは、よく聞き取れなかった上に、被告人からファンドの件は関係ないことと言われていたため、Bの発言を聞き流した。
(三) 本件買い注文の実施等
その後、Cが、同日午前一一時二〇分過ぎころ、THK前路上から、携帯電話で被告人に連絡を取り、本件各一〇〇万株を預かった旨伝えると、被告人は、「Bさんが買いを入れるTDFは、四二〇〇円で一七〇万株に決まったから買い注文を出してくれ。」などと指示をした。Cは、新宿支店に戻る途中、システム手帳の一月一〇日の欄に「@4200 170万」と記載した。帰社したCが、再度被告人に携帯電話をかけ、昨日の打合せの際に算出した株数よりも多かったため、念を押して確認したところ、被告人は、昨日話した住友石炭の株式があるから、今回はもう少しやっておきたいなどと話した。この電話の際、被告人に対し、Bに連絡を取ったのかと聞いたところ、「Bさんには、TDFを買うことをこれからすぐに行って伝えるから、しばらくは俺に連絡するな。お前はBさんには連絡するな。」などと指示された。
そこで、Cは、同日午後零時二六分ころ、被告人の指示どおり、A野産業名義で、TDF株式一七〇万株の買い注文を一株四二〇〇円の指し値で出し、同日午後零時三一分ころ、買い注文に対応するTDF株式一七〇万株の売買約定が成立した。
Cが、この約定が成立したころ、D秘書課長から電話をするようにとのメモが入っていたため、電話をしたところ、平成八年一二月一一日にBが購入したTDF二二万株を四二九〇円と四三〇〇円で半分ずつ、被告人と相談の上、売却するよう依頼を受け、被告人に連絡を取った。被告人は、D秘書課長が勘違いしているのではないかなどと言って、電話を切った。
(四) 約定否認後の対応
Cは、平成九年一月一〇日午後二時ころ他の顧客と面談している際に、新宿支店から電話があり、D秘書課長が本件買い注文を出していない旨クレームを付けてきたことを知り、ついで、その後岡三証券のEから電話で怒鳴られた。さらに、同日午後三時過ぎに、Dとの二度の電話の末、Bに確認を取ったが、本件買い注文を行っていないと明確に否定された。
Cは、同日B、新宿支店長等に会った際のみならず、その後の社内調査や野村證券がB等を相手として提起した民事訴訟等においても、「一月一〇日社長室の前で、Bから直接注文を取った」旨強弁し続けた。
(五) 被告人との密談
この間、Cが被告人に頻繁に電話を入れたが、なかなか連絡が取れず、ようやく、同日午後四時三〇分ころ、THKに赴くため新宿駅に向かう間に、電話が通じた。事情を問い質すCに対し、被告人は、「困った。Bが急に嫌だと言い出した。」などと答え、さらに、THKへ同行して、説明するように求めたCに対し、被告人は、「一緒にいくのはまずい。どこかで会おう。」と提案した。会う場所について、被告人がTHKの近くは誰かに見られるとまずい旨言うので、品川プリンスホテルで待ち合わせることになった。
Cは、同日午後五時三〇分過ぎころ、品川プリンスホテル内の喫茶店で被告人と会った。その際、被告人から、Bが野村證券の方からSEC(証券取引等監視委員会)がどうなっているのかというようなことを言われて、本件買い注文について、嫌気がさして否認をし始めたという説明を受けた。焦って説明のためTHKへの同行を求めるCに対し、被告人は、これを拒み、「二人で行けば、お前たちが勝手にやったんだってBはいうだろう。」などと理由を説明した。さらに、被告人は、Cに対して、「Bから直接注文をもらっていないということになれば、損害は野村證券がかぶることになる。そうなれば、C自身が損害賠償も請求されるかもしれない。金が払えるか。」などと少し恐ろしい口調で言った上、Bと社長室の前で会った際に、B自身から、本件買い注文を受けたと述べるように指示した。
THKでBと会った後に、新宿支店に帰ったCは、被告人から呼び出され、翌一一日午前零時を過ぎてから、浅草の喫茶店で会った。被告人は、Bが約定否認をした理由につき、品川プリンスホテルでの説明を繰り返したほか、「ひどい目に遭ったな。今日までのことは忘れろ。B社長から直接注文があったと言っていれば、野村證券も守ってくれる。そうでなければ、俺もお前も駄目だ。何かあったら、家族の面倒を見てやる。」などと述べた。
2 Cが新供述をするに至った理由
(一) 次に、Cは、繰り返し述べるように、平成九年一月一〇日以降、一貫して旧供述をしてきたが、同年一〇月一三日、警視庁の榎本刑事及び藤村刑事に初めて新供述を行っている。そして、このように、事件後一〇か月余り経過した段階で突如新供述をした理由について、Cは、「前々から真実を語ろうと思っていたが、再度の取調べが始まった平成九年一〇月一〇日の機会に、真相を話そうとしたが、なかなか決心が付かず、同月一二日、一晩考えるため、その日の取調べを短時間で打ち切るよう依頼し、翌一三日、意を決して、榎本・藤村両刑事に、本件確認を取っていない旨初めて告白した。それまで嘘を通していたので、今更真実を話すこと自体に決断が必要であったし、取引金額も大きいので、どのようになるのか、大変怖かった。家族も不安定であった。このようなことから、自分の得られた情報のなかでは判断ができないものを、いつまでも考えたり、悩んだり、勝手な解釈をしたりしても仕方がないので、この際ありのままの真実を話し、警察に解決を任せるのが一番良いことであると決心を固め、真相を話した。会社のためにはならないが、会社の前に、私一個人、Cという人間で生きているつもりであるので、そちらを優先した。」旨述べている。
この新供述は、Bを原告、野村證券、被告人及びCを被告とする民事訴訟も提起されている段階で、野村證券及び自己に著しく不利であり、事件後、野村證券、警察等に対し一貫して主張してきた旧供述を虚言であると自ら告白し、自己の誠実性を否定されかねない内容であって、到底虚偽であるとは考えられない。また、本件買い注文をBが否認した後も、後述するとおり、むしろ非はB側にあるとして被告人を信じ、新宿支店長やB等に対し、思わず本件確認を取った旨虚偽を告げて強弁してきたCの告白に至るまでの心情や立場を考えると、真実を語るしかないと決心したというCの挙げる前記理由は、誠に説得的である。
(二) この点について、弁護人らは、平成九年五月の連休前にCに対する第一段階の取調べ終了後、同年一〇月一〇日に取調べが再開される間に、警視庁幹部と野村證券幹部との間で次のような密約が結ばれた結果、捜査官がこの密約をCに明かし、新供述を強要した旨主張し、新供述の信用性を弾劾する。すなわち、その密約とは、野村證券及び警視庁双方で、Cに新供述をさせ、本件がマスコミに漏洩しないよう万全の策を採った上、野村證券は、Cに懲戒処分を行わず、警視庁側は、Cを被告人の共犯として逮捕・立件しないというものである。しかしながら、Cは、弁護人らの追及に対し、「再開後の警察の取調べは、従前と異なるものではなく、密約などという話は出なかった。野村證券側からも何らの働き掛けもなかった。」などと証言し、密約の存在自体、あるいは密約に基づく供述の強要又は働き掛けを明確に否定し、動揺を見せていない。弁護人らが密約の存在を推認する事情として指摘するCの告白段階における調書の不存在、Cに対する警視庁及び野村證券の特別扱い等は、仮に事実としても密約の存在を推認するに足りるものではなく、他に本件全証拠を仔細に検討しても、弁護人の主張を裏付けるものは何らない。
また、弁護人らは、Cの旧供述が虚偽であるとすると、Cは被告人と事後的な共犯の役割を担うことになり、必ずや、被告人から、それに見合う報酬や、少なくとも、その確実な保証を受けるはずであるが、その事実は全くないし、他に、Cが被告人の企みに加担する合理性がないと新供述を論難する。しかしながら、Cは、その供述によると、野村證券本店勤務時代から、被告人に数多くの株取引をトラブルなく行ってもらって実績を上げてきた上に、その過程で、被告人の家柄、株取引の知識・経験、豊富な資金力などを見せ付けられ、しかも、一月一〇日には、被告人のいうとおり実際に本件各一〇〇万株が用意されていたことなどから、すっかり被告人を信用し、Bが約定否認をした後も、非はBにあると思っていたのである。また、Cは、内心本件確認を取った方がよいと考えていたにも拘わらず、取らなかった負い目もあって、上司やBに対し、本件確認を取った旨強弁し、その後、被告人との密談において、主張を押し通すように言われ、旧供述を一〇か月余りも維持してきたのである。このようなCの立場や心情に鑑みれば、たとえ、被告人側から嘘に見合う報酬を得ていないとしても、必ずしも不自然ではないというべきである。
3 内容自体の信用性
(一) 新供述の内容自体をみてみても、摘記した「本件買い注文の実施の依頼」「本件各一〇〇万株の受領」「被告人との密談」等どの項目をとっても、警察等から強制され、あるいは被告人を陥れるため、創作したとは思えないほど具体性、迫真性に富んだものであり、捜査段階の供述調書と公判供述とを比較しても、殆どの部分で一致している。
また、本件各一〇〇万株の受領の際の状況が、BのみならずD秘書課長の供述とも一致し相互に補強し合っている。とりわけ、新供述における、「社長室から出てきたBと偶然鉢合わせになり、軽く会釈すると、Bは、『ああ、そうだったな。』と言っただけであった。株券を数えている最中に、社長室に入室してきたBに対し、Cは、新年の挨拶とお礼を言ったが、Bは、用事があるようで、同室から一旦出ていこうとしたが、すぐにCの元に戻ってきて、『ファンドの件は後で……』というようなことを言い置き、社長室を出ていった。Cは、よく聞き取れなかった上に、被告人からファンドの件は関係ないことと言われていたため、Bの発言を聞き流した。」という部分は、B供述の「Bは、一月一〇日は株価が大荒れだったり、朝から来客もあり、株券を預ける日だということを忘れていた。社長応接室を出ると、ちょうどCと鉢合わせになり、会釈して、『ああ、そうだったな。』と言った。他の部屋がふさがっていたので、Cを社長室に通させた。他の来客との接客中、社長室に出入りすることもあったが、Cには声を掛けず、接客を終えて、一〇時二〇分ころに社長室に戻った。一〇時三〇分ころに、ソニーの賀詞交歓会に出席するため社長室を出る際に、被告人から伝わっているとは思ったが念のため、株券を数えているCに対し、『これはモンローファンドに投資する目的で預けるんだが、条件が決まっていないので、決まるまではいつでもすぐ出せるようにしておいてくれ。』と告げたが、Cは何も言わず、うなずいたように見えたので、確認はしなかったが、理解していると思い、社長室を出た。」という部分と根幹において符合し、ファンドを巡る両者の立場をよく反映している。
さらに、C所有のシステム手帳(甲六二号証添付資料②)の平成九年一月九日から一〇日に掛けての記載中の、「B山を二重線で消し、その上にA野と書き込まれた部分」「AM 10 00をAM 10 30に書き換えた部分」及び「@4200 170万という部分」は、TDFの買付け名義及び本件各一〇〇万株を預かるべくTHKを訪問する時間をそれぞれ変更し、一月一〇日THK前の路上でTDF一七〇万株を四二〇〇円の指し値で買い注文を出すよう被告人から電話で指示を受けた旨のCの新供述を裏付けている客観的証拠である。
(二) これに対し、弁護人らは、①Bから直接本件買い注文を受けるつもりでTHKを訪れたCが、Bに会い、受注しなかったというのは、いかにも不自然であるし、Bの方も何も言わないというのは不自然極まりない、②Cは、野村證券では、注文者の代理人から株取引の注文を受けた場合には、代理人届等の手続が必要であるにも拘わらず、被告人がA野産業の代理人である旨の届けを出さないで買い注文を執行していること自体が、CがB本人から注文を受けたことを示している、③Cは、被告人から口封じされ、これに応じた旨供述するが、応じた理由として挙げる本件買い注文の秘密性や顧客との信頼関係は、不合理なものであり、仮にCのみを口封じしても実効性がない、などとして新供述の信用性を論難する。
しかしながら、前述したように、Cは、「なだ万」帝国ホテル店における被告人との打合せで、被告人、B双方の事情から、本件買い注文を秘密裏に実施したい旨厳重に言われ、新宿支店に帰る時間、帰社したら悟られないよう食事に行くこと、Bには何も言わずに株券を預かってくることなどを指示されていたのみならず、当日Bが多忙そうにしている姿を見ていたことなどから、本件確認を取らなかったとしても、無理からぬことであり、この結論は、たとえ、Cが証券マンとして本来は確認を取るべきと内心考えていたことを考慮しても変わるものではない。また、社内規定上は、代理人届を取るべきとしても、C自身認めるとおり、被告人に対して全幅の信頼を寄せるとともに、自らの大取引を成功させたいとの誘惑などから、社内規定を厳守しないことも十分考えられるところである。さらに、繰り返し述べる被告人に対する信頼に加えて、高名な仕手筋として、被告人、Bに一目置いていたことから、Cが、被告人の秘密裏に行いたいとの言を信じ、口封じに応じたとしても、不合理なことではなく、Cが口封じに応じたことから、現に本件買い注文が実施されたことは、その実効性を物語るものである。
三 反対証拠の検討
Cの新供述がこのように信用できるものであるとすると、C作成の経緯書、顛末書等(弁八号証)における旧供述は、Cが自認するとおり、当然虚言であることになる。
また、被告人は、「なだ万」帝国ホテル店におけるCとの会合や一〇日夜の同人との密談などについて、「翌一〇日の後場寄りで、TDF一七〇万株を一株四二〇〇円でA野産業で買うことになったので、朝一〇時にBのところに本件各一〇〇万株を取りに行ってほしい旨依頼した。B山で買うという話はしていない。Cは、ダイアリー(手帳のこと)を持ってきていなかった。Cから、証券取引等監視委員会(SEC)から馴合売買と見られないよう用心するので、携帯電話を用意してもらいたいと言われていたため、この日一台渡した。一〇日にBに確認してくれと言ったのであって、余計なことを話すなとは言っていない。」「Cが株を受け取った直後にかけてきた電話は、単なる報告であって、TDFの株数、指し値などは伝えていない。」「品川プリンスホテルの喫茶店では、Cから、D秘書課長が本件買い注文を知らないと言っているが、何かあったのかと聞かれた。Cは、本件確認を取ったので、D秘書課長に説明するため、これからTHKに行くと言っていた。Cから、一緒に行くことを依頼されたことはない。Cに対し、口止めなどしていない。」「深夜に浅草で会った際、Cは、計算したペーパーナプキンをその場で燃やし、携帯電話を返してきた。」旨述べている。この被告人供述は、前述したCのシステム手帳の記載内容とは明らかに異なる上に、C新供述の持つ迫真性、合理性に比して、不自然さを露呈するもので、到底信用できない。
四 小括
以上検討してきたように、Cの新供述は信用性に富むものであり、これに反する同人の旧供述や被告人の供述は採用の限りではなく、Cは本件確認を取っておらず、被告人が問題の文言部分をCに申し向けたことも認定できるというべきである。
第三本件承諾の有無
一 証拠構造
記述したとおり、被告人は、本件各一〇〇万株を担保として、信用取引によりTDF株を購入すること自体は平成八年一二月二七日の会合で、購入する株数、金額、買付日については平成九年一月九日の会合で、それぞれBの承諾を得ていたと主張し、一方、Bは、捜査段階から一貫して、本件承諾の存在を否定し、本件各一〇〇万株はモンローファンドに投資する資力があることを示すための証として預けたものと供述する。そこで、両者の供述の信用性を検討することとする。
二 被告人の行動
まず、前記信用性のあるCの新供述によると、被告人は、本件の前日である平成九年一月九日夜、「なだ万」帝国ホテル店において、本件買い注文についての意思確認を直接Bに取ってもよいと提案するCに対し、「Bさんには直前に言おうと思っているんだ。株数が決まったら俺からBさんに連絡する。俺が言えば分かってくれる。お前はBさんには何もいうな。明日、担保の株券を預かりにいったときは、何も言わずに株券を預かってくるだけでいい。」などと述べて、CがBに意思確認することを止めており、ファンドについても、Bから何か聞かれても、分からないと答えるよう指示している。また、Cが本件各一〇〇万株をBから預かった後に、被告人は、Cに対し、買い注文を出すTDFの株数と指し値を伝えた上、「Bさんには、TDFを買うことをこれからすぐに行って伝えるから、しばらくは俺に連絡するな。お前はBさんには連絡するな。」旨指示している。これらの被告人の行動は、Bによる本件承諾がなかったことを自認するものである。
次に、株取引等を通じて被告人と懇意にし、被告人によるTDF株売付代金の借名口座の名義人でもある証人Fは、当公判廷において、既に平成八年一二月一四日ころ、被告人から、「一億円やるから、口座を飛ばす奴を二人用意してくれ、自分の売る株を買う口座を作って買い注文を出し、その代金を支払わなければ、泣くのは証券会社なんだ。」などと言われ、本件翌日ころにも、被告人が俺はBをはめた等と発言していたと供述している。
これらの被告人自らの行動によると、B供述を引き合いに出すまでもなく、本件承諾があった旨の被告人供述は到底信用できないといわざるを得ない。
三 B供述の信用性
1 信用性を基礎付ける事情
B供述は、平成八年九月二九日のホテル「センチュリーハイアット」での被告人との会合、THKがモンローファンドに三〇億円投資した経緯、TDF六二万株を購入した経緯、本件各一〇〇万株を新宿支店に預けた理由、本件各一〇〇万株をCに預ける際の状況、本件買い注文後の対応等に関し、多数回にわたる証人尋問においてほぼ一貫した供述をし、Bは、当初本件買い注文の約定否認をする気はなかったが、その後、Eとの会話の中から、本件各一〇〇万株の預り証が保護預かりとしてのものであること、買受け名義がB個人名義ではなく、A野産業名義であることを知り、急きょ、モンローファンドへの投資を約する証として本件各一〇〇万株を預けると創作話を考え出したとの弁護人の指摘を否定するに十分な程の具体性、詳細性を有する。また、B供述は、E、C、D等、被告人とBとの間で本件取引に何らかの形で関わった者の供述とも、多少の齟齬はあるものの、全体の信用性に決定的な影響を与える程のものではなく、相互に補強しあっている。さらに、平成九年一月九日に作成された予定表、同月一一日に作成された契約書等B供述を裏付ける客観的な資料も存在し、その資料の記載内容に関するBの説明も納得のいくものである。
2 弁護人の反論
弁護人は、第一に、すなわち、Bは、平成八年九月ころの段階で、東邦金属約二〇〇万株(買付原価約二二億円)、春本鐵工約一〇〇万株(買付原価約八億円)及びツムラ約一三〇〇万株(買付原価約二〇〇億円)を保有し、いわゆる「しこり玉」として処分に窮しており、しかも、商品先物取引の名義を貸与してくれる者を探していたから、本件承諾の動機がある、第二に、問題の一月一〇日午後におけるBの言動は、本件承諾の証左であるなどと主張し、B供述の信用性を論難する。
しかしながら、確かに、Bが弁護人指摘の「しこり玉」の処分等に窮し、被告人の協力を求めていたことは事実であるが、Bも、THK名義でのモンローファンドへの三〇億円の投資、TDF六二万株の購入、本件各一〇〇万株の預け入れ等、協力を得るため、それなりの援助を被告人に対し行っているのであって、むしろB側にこそ、本件買い注文を出す動機があったという指摘は当たらない。また、弁護人が指摘するように、Bが一月一〇日午後本件買い注文の存在を知った後も、直ぐさま、その取消しを求める行動に出ず、D秘書課長やEとの打合せの際にも、両者の方が慌てていた様子であったことは事実であるが、Bは、当日午後もスケジュールが込んでおり、一月一〇日午後二時過ぎころ、THKにやってきた被告人から、「手違いがありまして、香港からの送金が間に合わなかったので大変ご迷惑をお掛けしました。しかし、必ず月曜日には送金してもらいますので、騒がないでください。」と告げられ、被告人の言をある程度信じ、またBの約定否認が噂になり、TDF株が暴落することなどを恐れ、比較的冷静な態度をとったものであり、この態度が本件承諾の証左にはなり得ない。その他の弁護人の主張は、B供述の信用性を揺るがすほどのものではなく、採用できない。
第四結論
以上縷々検討してきたように、その証言の信用性が十分に認められるC新供述、B供述等によれば、本件承諾及び確認は存在せず、また、被告人がCに対し、問題の文言部分を申し向けたことを認定することができ、関係各証拠を併せ考えれば、被告人が本件犯行を犯したことに合理的な疑いがないことは明らかである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二四六条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
一 本件は、被告人が、証券会社が顧客から受託した株式売買注文を市場に出して約定が成立した場合には、証券会社に成立した約定どおりの精算義務が生じることを奇貨として、架空の買い注文を出す一方で、他の証券会社等を通じて保有株式の売り注文を出し、これを高値で売り抜けるいわゆる「鉄砲取引」の手口により、野村證券から金員を詐取しようと企て、実際には、A野産業代表取締役Bが、本件買い注文を出しておらず、本件各一〇〇万株はその担保として預託するものではないのに、野村證券新宿支店の営業担当者Cに対し、判示のごとく虚言を弄して、真実、本件買い注文が出されているなどと誤信させ、野村證券側に買い注文を実施させ、一方で被告人側でTDF一三一万株の売り注文を出して売買約定を成立させ、野村証券をして、自己が管理する顧客勘定にTDF一三一万株の売付代金総額五五億二〇〇万円を入金させ、これを騙し取ったという事案である。
二 被告人は、Bに対しては、その保有する東邦金属株の処分などに協力する見返りとして、モンローファンドへの投資を求めていたものであるが、その相互の約束実現の段階から、各種の条件をつけるなど言葉巧みにBを誘導し、同人に本件犯行当日、モンローファンドに投資する資力があることを示す証と称して本件各一〇〇万株を預けさせ、一方で、Cに対しては、「BさんにTHK一〇〇万株とツムラ一〇〇万株を信用の担保として株を買ってもらうことが決まった。」「TDFを買ってもらおうと思っている。」などと虚言を弄し、Bから本件買い注文があったなどと誤信させ、同日本件買い注文を実施させている。その上で、被告人は、時を置かずに、所有するTDF株の売り注文を出しており、本件犯行は明らかに事前から計画されたものである。被告人は、大商いの成立には秘密を厳守しなければならないと言い含めるなどして、自己に全幅の信頼を置いているCを利用し、実行着手から一日足らずのうちに大規模な鉄砲取引を成功させており、本件犯行は、大胆かつ狡猾ともいうべきである。
三 本件の犯行動機は、被告人が真相を隠蔽しているため、必ずしも定かではないが、いずれにしても、証券業界の仕組みを熟知する被告人が、前記のような証券会社の法的責任に目を付け、その保有株式を高値で売り抜け、本件犯行により、被害金額五五億二〇〇万円のうち、一三億円余りを利得として手にしており、その犯行動機に酌量すべき事情があろうはずがない。
四 被害金額は、総額で五五億二〇〇万円と株取引を巡る詐欺事件を例にとっても、極額である。売買約定の成立したTDF一七〇万株の買付け代金から、本件買い注文の担保として預かっていたツムラ一〇〇万株の売却により得た収益等を差し引いた野村證券の実質的損害額も、五〇億円を下らない。野村證券が、損害の回復のため、本件取引を巡る民事紛争を強いられていることも軽視できない。また被告人のような一個人が、証券業界に関する法的・実践的な知識を悪用し、本件のような高額な鉄砲取引を敢行し成功したことによって、証券業界に与えた影響も甚大である。さらに、本件買い注文者とされたBが被った損害も看過することはできない。
五 被告人は、本件犯行後も、Cに対して、その責任に言及するなどして、本件確認を取った旨虚偽の主張をするよう指示し、罪証隠滅まがいの行為も行った上、Bらにも接触して詭弁を弄してその犯行の発覚を遅らせようとした。Cが真実を告白し、被告人の犯行が明々白々となった後も、不合理な弁解に終始している。このような被告人の一連の態度からは、反省の情はないといわざるを得ない。また、被告人は、本件損害の大きさを十分に認識しながら、被害弁償を全くしていないばかりか、その弁償をなそうとの努力すらしていない。
六 以上の諸事情に照らすと、被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ない。そうすると、野村證券担当者側にも、Bから直接本件買い注文の確認を取らなかった落ち度があるといわざるを得ないこと、被告人には前科前歴がないことなどの被告人にとって有利に斟酌すべき事情を考慮しても、主文掲記の刑はやむを得ないと判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(私選弁護人関根英郷・松田英一郎・伊藤卓藏・山枡幸文・吉木徹・赤羽富士男・杉浦正敏・川村百合 求刑懲役一〇年)
(裁判長裁判官 山崎学 裁判官 吉川奈奈 裁判官伊藤多嘉彦は、研修のため署名押印できない。裁判長裁判官 山崎学)
<以下省略>