東京地方裁判所 平成10年(特わ)2198号 1998年10月15日
一
被告人
本籍
東京都武蔵村山市緑が丘一四六〇番地
住居
埼玉県所沢市けやき台一丁目二番地の一
無職
中島清海
昭和二〇年二月九日生
二
出席検察官 髙畠久尚
永村俊朗
三
弁護人(私選) 井東孝彦
田澤孝行
主文
1 被告人を懲役二年及び罰金一五〇〇万円に処する。
2 右罰金を完納することができないときは、三〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
3 この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
【犯罪事実】
第一 被告人は、埼玉県所沢市大字上新井一八〇番地に居住している分離前相被告人鹿島健一郎、同大庭俊雄、小野芳男、池田敏雄と共謀の上、鹿島健一郎が平成五年中自ら所有する同市内の各土地を売却したことから、鹿島健一郎の平成五年分の所得税を免れようと考え、鹿島健一郎が特定寄付金を支出し寄付金控除を受けられるかのように装って、所得の一部を秘匿した上、実際は鹿島健一郎の平成五年分の課税総所得金額が六三七万三〇〇〇円であり、分離課税による課税長期譲渡所得金額が五億二一一〇万四〇〇〇円であった(別紙1の所得金額総括表及び修正損益計算書、別紙3のほ脱税額計算書参照)にもかかわらず、平成六年三月一五日、同市並木一丁目七番所轄所沢税務署において、所沢税務署長に対して、鹿島健一郎の平成五年分の課税総所得金額が零であり、総所得金額から寄付金控除等の所得控除を差し引いた損失と長期譲渡所得金額を損益通算した分離課税による課税長期譲渡所得金額が二八七四万円で、これに対する所得税額が四三一万一〇〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書(平成一〇年押第一三二〇号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、不正の行為により、正規の所得税額一億五七三二万八五〇〇円と申告税額との差額一億五三〇一万七五〇〇円(別紙3のほ脱税額計算書参照)を免れた。
第二 被告人は、鹿島健一郎、大庭俊雄、小野芳男、池田敏雄と共謀の上、鹿島健一郎が、同人と同居している同人の長男鹿島宏夫の代理人として、平成五年中鹿島宏夫が所有する埼玉県所沢市内の各土地を売却するとともに、これらの土地の売却譲渡にともなう鹿島宏夫の所得税の確定申告手続に関与していたことから、鹿島宏夫の平成五年分の所得税を免れようと考え、鹿島宏夫が特定寄付金を支出し寄付金控除を受けられるかのように装って、所得の一部を秘匿した上、実際は鹿島宏夫の平成五年分の課税総所得金額が零であり、総所得金額の損失と長期譲渡所得金額を損益通算した上、所得控除を差し引いた分離課税による課税長期譲渡所得金額が五億七四九九万七〇〇〇円であった(別紙2の所得金額総括表及び修正損益計算書、別紙4のほ脱税額計算書参照)にもかかわらず、平成六年三月一五日、前記所轄所沢税務署において、所沢税務署長に対して、鹿島宏夫の平成五年分の課税総所得金額が零であり、長期譲渡所得金額から寄付金控除等の所得控除を差し引いた分離課税による課税長期譲渡所得金額が六四八〇万五〇〇〇円で、これに対する所得税額が九六九万二二〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書(平成一〇年押第一三二〇号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、不正の行為により、正規の所得税額一億七二四七万〇五〇〇円と申告税額との差額一億六二七七万八三〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れた。
【証拠】(括弧内の甲乙番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)
全事実について
一 被告人の公判供述、検察官調書(三通、乙八ないし一〇)
一 分離前相被告人鹿島健一郎の公判供述、検察官調書(二通、乙一、三)
一 分離前相被告人大庭俊雄の公判供述、検察官調書(乙一六)
一 小野芳男(甲一五)、池田敏雄(二通、甲一七、一八)の各検察官調書謄本
一 中村節子(甲二五)、倉橋二郎(甲二八)の各検察官調書
一 「照会に対する回答」と題する書面(甲一三)
一 捜査報告書(甲三〇)
第一の事実について
一 分離長期譲渡所得調査書(甲二)、給与所得調査書、社会保険料控除調査書(甲四)、小規模企業共済等掛金控除調査書、源泉徴収税額調査書
一 捜査報告書(甲一)
一 平成五年分の所得税の確定申告書一袋(平成一〇年押第一三二〇号の1)
第二の事実について
一 鹿島宏夫の検察官調書
一 長期分離譲渡所得調査書(甲八)、社会保険料控除調査書(甲九)、損害保険料控除調査書(甲一〇)
一 捜査報告書(三通、甲七、一一、一二)
一 平成五年分の所得税の確定申告書一袋(平成一〇年押第一三二〇の2)
【法令の適用】(以下、刑法は平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法を適用する。)
一 罰条
第一の所為 刑法六五条一項、六〇条、平成一〇年法律第二四号二〇条により同法による改正前の所得税法二三八条一項、情状により所得税法二三八条二項
第二の所為 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二四四条一項、平成一〇年法律第二四号二〇条により同法による改正前の所得税法二三八条一項、情状により所得税法二三八条二項
二 刑種の選択
各罪 いずれも懲役刑及び罰金刑選択
三 併合罪の処理 刑法四五条前段
懲役刑 刑法四七条本文、一〇条(犯情が重い第二の罪の懲役刑に法定の加重)
罰金刑 刑法四八条二項
四 労役場留置 刑法一八条
五 懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項
【量刑の事情】
本件は、被告人が、納税義務者一名及び他の共犯者三名と共謀の上、共犯者である納税義務者自身及びその納税義務者が確定申告手続を代理していたその納税義務者の長男の所得を秘匿して、両名の所得税合計三億一五七九万五八〇〇円を免れたという事案であり、ほ脱税額は高額である上、ほ脱税額の合計が正規の税額の合計に占める割合は、九五パーセントを超えており、この種事案のなかでは悪質なものである。
本件犯行の態様は、納税義務者が五億及び八億という高額な特定寄付金を支出したように装ってその所得を秘匿し、しかも、寄付金控除の額には所得金額による制限があることを知りながら、あえてそれを無視して、仮装した特定寄付金の大半が寄付金控除の対象になるような申告をしたというものであって、寄付金控除の制度を悪用して行われた厳しい非難に値するものである。被告人は、共犯者である納税義務者と本件犯行の中心的な人物である小野芳男との間を仲介して、必要書類を小野に渡し、小野に報酬を送金し、小野から架空の領収証の交付を受けるなどして、本件犯行を実現させている上、小野が納税義務者から得た報酬のうちから二〇〇〇万円を受け取り、さらに、税務調査をやめさせるため、小野が納税義務者から得た金員から五〇〇万円を受け取っているほか、納税義務者にこれらの事情を隠して、納税義務者から安価で、土地を借り受け、土地を買い取っているなど、被告人が本件犯行等により手にした利益も見過ごすことができない。これらの事情に照らすと、被告人の刑事責任は重いというほかない。
しかしながら、他方において、本件の発端は、被告人が税金の納付に苦慮している納税義務者の相談に乗ったことにあり、被告人は、その時点では、多額の報酬を手にすることまでもくろんでいたとは断定できない上、本件各犯行において脱税の方法を考え出して、必要な書類を整えたのは、他の共犯者であり、被告人が果たした役割は、他の共犯者と比較して、従属的なものであったことは明かである。また、被告人は、納税義務者が、本件に関する本税、加算税、延滞税を納付するため、金融機関から融資を受けるに当たって、金融機関との折衝をし、自ら所有する建物を担保に提供している上、本件によって得た利得を浪費したことを含めて、本件各犯行について反省の態度を示しており、被告人の妻が、本件を衝撃を持って受け止め、被告人に対する今後の監督を誓っており、被告人がすでに退社を余儀なくされた会社の経営者も、今後被告人との関係を続けていく旨述べていること、その他被告人の身上、経歴、被告人の家族の身上等、被告人にとって有利な事情もある。
そこで、これらの事情を総合して考慮するときは、被告人に対してはその懲役刑の執行を猶予すべき事情があるというべきであるから、被告人を主文の懲役刑及び罰金刑に処した上、その懲役刑の執行を猶予することとした。
(裁判官 山口雅髙)
別紙1
所得金額総括表
自 平成5年1月1日
至 平成5年12月31日
鹿島健一郎
<省略>
修正損益計算書
自 平成5年1月1日
至 平成5年12月31日
鹿島健一郎
<省略>
別紙2
所得金額総括表
自 平成5年1月1日
至 平成5年12月31日
鹿島宏夫
<省略>
修正損益計算書
自 平成5年1月1日
至 平成5年12月31日
鹿島宏夫
<省略>
別紙3
ほ脱税額計算書
平成5年
鹿島健一郎
<省略>
別紙4
ほ脱税額計算書
平成5年
鹿島宏夫
<省略>
注:総所得金額及び分離長期譲渡所得金額欄の( )は損益通算前の金額である。