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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)110号 判決 2000年2月24日

原告 シャディ・ゴラムレザ

被告 法務大臣

代理人 中垣内健治、鮫島俊治 ほか八名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成九年一月一六日付けでした、難民の認定をしない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表第一に規定する「短期滞在」の在留資格で在留期間を九〇日とする上陸許可を受けて本邦に上陸し、その後在留期間の更新等を受けることなく、本邦に残留しているイラン・イスラム共和国(以下「イラン」という。)の国籍を有する外国人である原告が、本邦上陸後六年以上経過した後に、被告に対し、法六一条の二第一項に基づき難民の認定の申請をしたところ、被告が、右申請は同条二項の定める申請期間経過後になされたものであり、かつ、右期間経過後に申請を行うことにつきやむを得ない事情があるとは認められないとして難民の認定をしない旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたため、原告がこれを不服として、本件処分の取消しを求めたものである。

一  関係法令等の定め

1  難民の定義

(一) 法において、難民とは、難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)一条の規定又は難民の地位に関する議定書(以下「難民議定書」という。)一条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうものである(法二条三号の二)。

(二) 難民条約一条A(2)及び難民議定書一条によれば、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及び常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないものは、難民条約の適用を受ける難民とされている。

2  難民の認定

被告は、本邦にある外国人から法務省令で定める手続により申請があったときは、その提出した資料に基づき、その者が難民である旨の認定を行うことができる(法六一条の二第一項)。そして、右の難民の認定の申請は、やむを得ない事情がある場合を除き、その者が本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から六〇日以内に行わなければならないとされている(同条二項)。

二  前提となる事実(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  原告は、昭和三四年(一九五九年)にイランにおいて出生した、イラン国籍を有する外国人である。

2  原告の入国及びその後の在留状況

(一) 原告は、平成二年一二月二〇日、本邦新東京国際空港に到着し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「TOURSIT」、日本滞在予定期間の欄に「3WEEKS」と記載して、上陸許可申請を行い、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官から、在留資格を「短期滞在」、在留期間を九〇日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

(二) 原告は、平成二年一二月二八日、埼玉県越谷市長に対し、居住地を埼玉県越谷市大字花田五〇三番地メヘディゲストハウスとして、外国人登録法三条一項に基づく新規登録申請を行い、平成三年二月一五日、同市長からA第〇六〇二九九二一一号の外国人登録証明書の交付を受けた。

(三) 原告は、在留期限である平成三年三月二〇日までに出国することなく、そのまま本邦に不法残留するに至った。

(四) 原告は、平成四年一二月一六日、窃盗(万引き)により警視庁葛西警察署で取調べを受け、さらに平成五年九月二八日、窃盗(万引き)により警視庁丸の内警察署で取調べを受けた(<証拠略>)。

3  原告の刑事処分及び退去強制手続の経緯

(一) 原告は、平成八年六月一七日、埼玉県川越市大字砂九〇五番地一島村ハイツ一階F号室原告方において、埼玉県川越警察署により、覚せい剤取締法違反(不法所持)の現行犯で逮捕された。

同月二七日、原告は覚せい剤取締法違反(不法所持)により浦和地方裁判所川越支部に起訴されたが、同年七月一一日には覚せい剤取締法違反(自己使用)についても追起訴された。

その後、覚せい剤取締法違反(不法所持)に関する訴因及び罰条については、同年八月二日、訴因及び罰条の変更請求がなされ、さらに、同年一〇月四日にも訴因及び罰条の変更請求がなされた。これにより、原告は、最終的に、覚せい剤取締法違反(不法所持及び自己使用)、麻薬及び向精神薬取締法違反(MDMA、コカイン及びLSDの不法所持)及び大麻取締法違反(不法所持)について刑事訴追されることとなった。

(二) 原告は、右(一)の刑事事件について、平成八年一一月二〇日、浦和地方裁判所川越支部において、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反により、懲役二年、執行猶予五年及び押収品である覚せい剤、コカイン、LSD、MDMA及び大麻を没収する旨の判決の宣告を受けた。

(三) 東京入管入国警備官は、平成八年一一月一一日、原告について、法二四条四号ロ該当容疑者として違反調査に着手した(<証拠略>)。

そして、同調査を行った結果、原告が法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同月一二日、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受けた。

(四) 東京入管入国警備官は、平成八年一一月二〇日、右収容令書を執行し、原告を東京入管収容場に収容した。東京入管入国警備官は、原告について違反調査を行い、同月二二日、原告を法二四条四号ロ該当容疑者として、東京入管入国審査官に引き渡した。

(五) 東京入管入国審査官は、審査の結果、平成八年一二月一六日、原告が法二四条四号ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、口頭審理を請求した。

東京入管特別審理官は、原告について口頭審理を行い、平成九年一月七日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨判定し、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、法務大臣に異議の申出をした。

(六) 法務大臣は、平成九年一月一七日付けで、右(五)の原告の異議の申出は理由がない旨の裁決をなし、同裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は、同日、原告に同裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付したので、東京入管入国警備官は、同日、同退去強制令書を執行して、原告を引き続き東京入管収容場に収容した。

(七) 東京入管入国警備官は、原告の収容が長期になると見込まれたことから、平成九年一月二九日、原告を入国者収容所東日本入国管理センターに移収した。

4  本件処分に至る経緯

(一) 原告は、前記3の(五)の異議の申出後、東京入管収容場に収容されていたが、平成九年一月八日、東京入管入国警備官に難民認定申請を行いたいと申し出たので、右入国警備官はその旨を東京入管難民調査官に連絡し、東京入管難民調査官は、同月九日、原告が提出した難民認定申請書を受理した(以下、この難民認定申請を「本件申請」という。)。

同難民調査官は、同月一三日に原告から事情を聴取するなどの事実の調査を行った。

(二) 被告は、平成九年一月一六日、本件申請は、法六一条の二第二項所定の期間を経過してなされたものであり、かつ、原告が右申請が遅延した事由として述べるところは、同項ただし書の規定を適用すべき事情とは認められないとして、難民不認定処分(本件処分)を行い、同月一七日、原告にこれを告知した。

(三) 原告は本件処分を不服として異議の申出を行ったので、東京入管難民調査官は、平成九年一月二二日、これを受理した。

東京入管難民調査官は、同年五月六日及び六月二三日に原告から事情を聴取するなどの事実の調査を行った。

(四) 被告は、右(三)の異議の申出につき、本件申請は、法六一条の二第二項所定の期間を経過してなされたものであり、かつ、同項ただし書の規定を適用すべき事情も認められないので、本件処分に誤りはないとして、平成九年一一月五日、原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を行い、同裁決の結果を同月一〇日に原告に告知した。

三  難民該当性に関する原告の主張

1  原告は、昭和三四年(一九五九年・イラン暦一三三八年)、イランのタブリーズ市において出生し、小学校二年生の時にテヘラン市に転居し、テヘランで中学校を卒業した。

2  昭和五五年(一九八〇年)四月二六日、原告は、その所持していたG3型の銃をカラシニコフAK―四七型銃に交換しようと考えて、友人とともにテヘラン市内のバス乗り場に出かけた際、コミテ(親衛隊)の役人に所持品検査を受け、銃を発見された。その際、原告自身はたまたま買い物のためにバス乗り場から離れており、原告の友人がその場で逮捕されてしまった。原告は、その場では逃走したが、結局、夜になって友人のことが心配になってテヘラン九区のコミテに自首し、逮捕された。

3  右2で逮捕されたことにより、原告は、昭和五五年四月二八日から同年一一月一七日までテヘランのGHAR収容所に拘禁された。

釈放後も、原告の家族の日常生活は秘密警察EWINに常時監視され、数回にわたり取調べを受けて、写真を撮られたり、身分証明書のコピーをとられたりもした。

4  昭和五六年(一九八一年)ころ、原告がたまたまテヘラン二五番通を通りかかった際に、比較的大規模なデモが行われているのに遭遇し、見ていたところ、まもなくデモ隊とコミテとの間で衝突が発生し、原告もその衝突に巻き込まれてしまった。その過程で、原告自身もデモ隊に参加して政治的意見を表明していた者としてコミテに認識されてしまい、コミテと思われる者に背後からナイフのようなもので首の後部を切りつけられ、病院に運ばれることとなった。

病院で、原告は一五針縫われることになったが、その間、秘密警察と思われる者が手術室の外で待機しており、原告の治療が終了次第連行しようとしていた。しかし、手術した医師のはからいで、原告は裏口から逃がしてもらい、逃走した。

原告が後に知人から聞いた話では、原告を逃がしてくれた医師は処刑されたとのことであった。

5  その他、イランでは、選挙の際に投票することが国民の義務とされているところ、原告は政治的見解の相違から投票を拒否し続けており、この点でも処罰される状況にある。

6  以上により、原告は、本国に送還されれば、政治的意見を理由に逮捕・拘禁を含む迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって、国籍国の保護を受けることができず、かつ保護を受けることを望まないもの(難民条約一条、難民議定書一条、法二条三号の二)に該当する。

四  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件処分の適否であり、具体的には、<1>難民の認定の申請について期間制限を定めた法六一条の二第二項の規定が難民条約に反するものとして無効というべきか否か、また、右規定の効力に関連して、本件処分が法六一条の二第二項に規定する申請期間の徒過のみを理由とし、原告の難民該当性について判断していないことが、難民条約等違反として右処分の違法事由となり得るか否か(争点1)、<2>原告は、「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」(法六一条の二第二項本文かっこ書)に該当するか、また、該当する場合には、「その事実を知った日」はいつか(争点2)、<3>本件申請が法六一条の二第二項本文の定める期間経過後にされたことにつき、同項ただし書にいう「やむを得ない事情」があったか否か(争点3)が問題となる。右争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

1  難民の認定の申請について期間制限を定めた法六一条の二第二項の規定が難民条約に反するものとして無効というべきか否か、また、右規定の効力に関連して、本件処分が法六一条の二第二項に規定する申請期間の徒過のみを理由とし、原告の難民該当性について判断していないことが、難民条約等違反として右処分の違法事由となり得るか否か(争点1)について

(原告の主張)

難民の認定の申請について期間制限を定めた法六一条の二第二項の規定は、次に述べるとおり、難民条約の趣旨に反し無効というべきであり、仮にそうとまでいえないとしても、少なくとも難民条約の趣旨に沿うよう解釈・運用されない限り、右規定は無効というべきであり、難民認定該当性について判断せずにされた本件処分は違法である。

(一) 難民条約と法との基本的関係について

難民条約及び難民議定書は、難民の保護を目的に制定され、日本も昭和五六年一〇月三日に難民条約に、昭和五七年一月一日に難民議定書にそれぞれ加入している。この加入を受け、難民条約上の義務を履行するために規定された国内法規定が、法の「難民」に関する一連の規定である。

したがって、この一連の規定の解釈、運用は、当然に難民条約の趣旨に適合し、その趣旨を実現するように行わなければならない。

また、難民条約自体の解釈は、条約の解釈についての一般法である条約法に関するウイーン条約の規定に従ってなされなければならない。

(二) 法六一条の二第二項の規定が無効であることについて

(1) 法六一条の二第二項の申請期間の制限の無効について

難民条約は、難民条約締約国(以下「締約国」という。)の難民認定手続について詳細な規定を置いていない。このため、各締約国は、その国内法によって難民の認定手続や認定後の具体的な難民の取扱いについて定めている。

難民認定の申請期間の制限についても難民条約上は定めがない。しかし、このことから難民条約が、日本を含む各締約国に対して、その判断に基づいて申請期間の制限を設けることを許容していると解すべきではなく、むしろ難民の保護という難民条約の趣旨からは、申請期間に制限を設けることは禁じられていると解すべきである。

この点、法は、六一条の二第二項において、難民認定の申請期間を難民認定を申請しようとする者が本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から六〇日以内に制限する旨を規定しているが、前記の難民条約の解釈からすると、右規定は、難民条約に反し、無効と解すべきである。

(2) 「六〇日」という期間の不合理性

仮に、難民条約が、難民認定の申請期間に制限を設けることを一律に禁止してはいないとの立場をとったとしても、その期間は、当然に合理的なものでなければならない。

しかして、難民が通常日本語や日本の制度を理解できず、情報収集能力や資金等に富んでいないこと等を考慮すれば、法の定める六〇日という期間は、短きにすぎ、不合理な定めであるから無効であるというべきである。

(三) 法六一条の二第二項の規定を被告のように解釈・運用することが無効であること

難民認定の申請の期間を制限する規定を一律に無効ということができないとしても、難民条約の趣旨からは、その規定は柔軟に解釈・運用されなければならない。

難民は、締約国によって認定されるから難民となるのではなく、難民条約上の要件を備えればその時点で自動的に条約上の難民となるのである。締約国の難民認定の行為は、この意味で「創設的」行為ではなく、「宣言的」行為である。難民認定のこのような性格に照らせば、仮に難民認定の申請期間に制限を設けることが一律に禁じられないと考えたとしても、かかる制限を設けるのは例外として許容されるにすぎず、例外的に制限を設ける場合には、難民認定を申請しようとする者に期間制限の存在と内容を周知、徹底し、期間をできる限り長くし、かつ起算点についても申請者の有利に取り扱うことを基本としなければならない。

したがって、本件処分においても、被告は法六一条の二第二項の申請期間の制限を硬直的に運用し、実質的難民該当性がある申請者に対して、機械的に難民不認定処分をすることは許されないというべきである。

(四) 実質的難民該当性の調査・判断の不可欠性

ノン・ルフールマン(難民不送還)の原則(難民条約三三条)からは、本国に送還されれば迫害を受ける者を送還することが禁じられていることから、申請期間の制限とは無関係に、実質的難民該当性を判断し、仮に申請期間を徒過していても難民に該当する者は送還することができない。すると、難民認定申請について期間制限の規定を設けたとしても、前記(三)のような柔軟な解釈・運用のため、また、難民条約三三条違反とならないためには、申請者について実質的難民該当性があるか否か、本国に帰された場合の迫害の危険性はどの程度か等についての審査が不可欠であり、これを怠って処分を行うことは、到底難民条約上の締約国の義務を果たしているとはいえない。

また、法六一条の二第二項の期間制限の徒過を理由に、実質的難民該当性を調査、判断せずに難民不認定の処分をすることは、難民条約上の「難民」の定義、要件を変更するものであるから、難民条約に反することとなる。

さらに、法六一条の二第二項の期間制限の規定のあてはめを考える際に、六〇日の起算点を確定するには、<1>難民該当性の発生という客観的要件と、<2>その発生の事実を申請者が認識したという主観的要件の両者を確定することが不可欠であるから、この観点からも、実質的難民該当性の審査は不可欠である。

(被告の主張)

(一) 原告は、難民条約等には、難民認定申請の期間制限についての定めはないが、難民の保護という難民条約の趣旨からすれば、各締約国は、申請期間の制限を設けることを禁じられていると解すべきであるから、法六一条の二第二項の申請期間の制限規定は、難民条約等に違反し、無効と解すべきである旨主張する。

(1) しかしながら、難民条約等には、難民の認定手続については何ら定められておらず、他方、国家はその国の事情に応じた法律を制定し得るのであるから、難民を保護するためにどのような制度を採用するかについては、締約国の立法政策にゆだねられていると解すべきであり、そこで、法は、その六一条の二第二項において、難民認定の申請期間を限定する定めを置いたものである。そして、右規定が申請期間を六〇日と定めているのは、難民となる事実が生じてから長期間経過後に難民の認定が申請されるとその当時の事実関係を把握するのが著しく困難となり、適正公正な難民認定ができなくなること、迫害を受けるおそれがあるとして我が国に庇護を求める者は、速やかにその旨を申し出るべきであること、及び我が国の国土面積、交通・通信機関、地方入国管理官署の所在地等の地理的、社会的実情からすれば六〇日という期間は申請に十分な期間と考えられること等を理由とするものであり、右の申請期間の限定は合理的なものというべきであるから、右規定は何ら難民条約に違反するものではない。

(2) 確かに、法六一条の二第一項に規定する難民の認定は、難民条約の適用を受ける難民に対して、同条約が締約国に対し行政上の措置をとるべきことを求め、我が国が関係国内法令に基づき難民に対し与えることとした各種の保護措置の前提として行うものであり、個々の外国人が難民条約の適用を受ける難民に該当する要件を具備するか否かについて被告が有権的に確定する行為である。したがって、難民の認定が自由裁量によって決せられるものでないことはもちろんであるが、そのことと、法六一条の二第二項に定める申請期間に係る要件を満たしていない難民認定申請について、難民該当性についての実体審査をすることなく難民不認定処分をする取扱いをすることとは何ら矛盾するものではない。

(3) この点、原告は、申請期間の制限により、難民認定の申請を却下するのは難民条約上の「難民」の定義・要件を実質的に変更するものである旨主張する。

確かに、申請期間を限定することによって、難民条約で定める難民に該当する者であっても我が国において難民認定を受けられない者が理論上は生じることになる。

しかし、そもそも、法の定める「難民」とは、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」をいう(難民条約一条、難民条約議定書一条、法二条三号の二)ところ、そこにいう「迫害」とは、通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって、生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味し、また、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには、当該人が迫害をうけるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに、通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要であると解されている。

したがって、右のような難民に該当する者は、その恐怖から早期に逃れるため速やかに他国の庇護を求めるのが通常であり、我が国の地理的・社会的事情に照らせば、このような者が難民認定の申請をすべきか否かについての意思を決定し入国管理官署に出向いて手続を行うには、六〇日という申請期間は十分と考えられるのであるから、速やかに難民であることを主張して保護を求めなかったという事実自体、その者の難民非該当性を物語っているというべきであって、実際上は、難民条約で定める難民に該当しながら、申請期間内に難民認定の申請をしないというケースはほとんど考えられないというべきである。

したがって、右期間制限を設けても、形式的はもちろん、実質的にも何ら難民の要件を変更することにはならない。

(二) 原告は、難民条約等が申請期間の制限を設けることを一律に禁止していないにしても、難民が通常日本語や日本の制度を理解できず情報収集能力や資金等に富んでいないこと等を考慮すれば、法の定める六〇日の期間制限は不合理な定めであって無効である旨主張するが、前記(一)で述べたとおり、難民条約で定める難民に該当する者が難民認定の申請をすべきか否かについての意思を決定し、入国管理官署に出向いて手続を行うには、六〇日という申請期間は、たとえその者が、日本語や日本の制度を理解できず、情報収集能力や資金力に富んでいなかったとしても、我が国の地理的、社会的実情に照らすならば、十分な期間であって、右期間制限は何ら不合理ではない。

(三) 原告は、難民条約三三条一項が「ノン・ルフールマンの原則」を定めていることを根拠に難民認定の申請については実質的難民該当性の審査が不可欠である旨主張する。

(1) 難民条約三三条一項は「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない。」旨規定している。

ところで、我が国の法制度においては、外国人を本邦外に退去させるか否か、また、退去させるとしてどの地域を送還先として指定するかは、難民認定の申請手続とは別個の手続である退去強制手続において判断されるものであるから、仮に難民条約に定める難民が、法六一条の二第二項に定める申請期間内に難民認定の申請を行わなかった結果、我が国において難民認定を受けることができなかったとしても、そのことをもって、当該難民が、本国に戻ることを余儀なくされたり本国に送還されたりするものではない。

そして、退去強制手続において迫害を受けるおそれに係る申立てをした外国人からの法四九条一項に基づく異議の申出については、当該外国人の送還が、「ノン・ルフールマンの原則」に違反することにならないか否かについても考慮した上で、当該外国人に在留特別許可(法五〇条)を与えるか否かの判断をしているのであって、当該外国人について退去強制するとすれば迫害を受ける国に送還せざるを得ないという事情は、当該外国人に対して在留特別許可を与えるか否かの判断に際し、積極的事情として考慮されるのである。

(2) また、法五三条三項の規定は、難民の認定を受けているか否かにかかわらず、退去強制されることが確定した外国人の送還先について、被告が日本国の利益又は公安を著しく害すると認める場合を除き、難民条約一条に規定する理由により生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある国を含まないこととして、「ノン・ルフールマンの原則」の最終的な担保を図っているものである。

したがって、法六一条の二第二項に定める申請要件を満たしていない難民認定の申請者について、難民該当性についての実体判断をすることなく難民不認定処分をする取扱いをしたとしても、当該申請者が難民条約に定める難民に該当するにもかかわらず、難民条約一条に規定する理由により生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある国に送還されることを余儀なくされるものではないから、何ら難民条約三三条一項には反しない。

2  原告は、「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」(法六一条の二第二項本文かっこ書)に該当するか、また、該当する場合には、「その事実を知った日」はいつか(争点2)について

(原告の主張)

法六一条の二第二項自体が無効であることを措くとしても、次のとおり、原告は本邦にある間に難民となる事由が生じた者であり、本件申請は同項の定める期間内の申請であるので、被告は、原告の難民該当性について判断すべきものである。

(一) 前記三記載のとおり、原告はイランにおいて警察から負傷を負わされるなどの経験を有している。しかし、イラン出国時点では、原告は、迫害の危険性というものまでは認識するに至っておらず、そのままの認識で来日した。

原告は、日本に上陸した後、日本において、自宅に置いてあった旅券を盗まれたこと、新宿警察署及び丸の内警察署管内で逮捕された際に、オーバーステイ状態であったにもかかわらずそのまま釈放されたこと、仕事先を突然解雇されることが相次いだこと、ダダシのアパートに一泊したときに警察が踏み込んできて、薬物犯容疑で逮捕されてしまったことをイランで経験したことと考え併せるにつけ、自分がイラン当局(在日イラン大使館)から処罰対象として狙われているとの認識を有するに至った。

この認識を有するに至ったのは、逮捕された平成八年六月一七日以降のことであった。ところが、後記3(原告の主張)(一)記載のとおり、原告は難民認定制度について知り得ない状況にあり、現実にも知らなかったために難民認定の申請をできないままとなった。原告が難民認定制度の存在を不明確ながらも知ったのは、東京入管に収容された後の平成八年一一月二〇日以降に同房の収容者からその制度の存在を聞いたことによるのであって、それによって、原告は難民認定を受け得るとの認識に至り、弁護士からさらに教示を受けて、初めて本件申請を行ったものである。

(二) したがって、原告が迫害を受けるおそれがあり、かつ、それにより難民認定を受け得るという認識を有するに至った日は、弁護士から難民認定制度の内容を詳細に聞いた平成八年一二月以降、又は早くても同房の収容者から聞いて難民認定制度の存在を初めて知った平成八年一一月末ころというべきである。

(三) 以上からすると、本件申請は、法六一条の二第二項の申請期間内にされた申請であって、本件申請を右の申請期間経過後の申請とした被告の認定には誤りがある。

(被告の主張)

(一) 原告が、難民該当性についてるる主張する事実は、いずれも原告が本邦に入国する前のものであるから、原告について本邦にある間に難民となる事由が生じたとはいえない。

(二) 原告は、原告が迫害を受けるおそれがあり、かつ、それにより難民認定を受け得るという認識を有するに至った日は、弁護士から難民認定制度の内容を詳細に聞いた平成八年一二月以降、早くても同房者から聞いて難民認定制度の存在を初めて知った同年一一月末頃というべきであり、本件申請は六〇日以内の申請である旨主張する。

しかし、法六一条の二第二項本文により、本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日から六〇日以内に申請を行わなければならないところ、原告がそれを難民認定制度を知った日から六〇日以内であれば足りるとしているのは、明文に反するものである。

また、原告が主張している、日本において旅券を盗まれたことや窃盗(万引き)で取調べを受けたり、薬物所持等で刑事罰を受けたこと、また解雇されたことが難民となるべき事由にあたらないことはいうまでもない。

3  本件申請が法六一条の二第二項本文の定める期間経過後にされたことにつき、同項ただし書にいう「やむを得ない事情」があったか否か(争点3)について

(原告の主張)

(一) 原告の本件申請が、仮に法六一条の二第二項に規定されている申請期間を徒過してなされた申請であるとしても、以下に述べる事情からすれば、原告が右申請期間を徒過したことについては右の「やむを得ない事情」があるというべきである。

(1) 原告が本邦に入国した当時、原告は全く日本語を読み書きできず、日本語会話もできなかった。また、アルファベットはある程度読むことができたが、英語は日常会話にも困る程度にしかできなかった。

(2) 原告が本邦に入国した当時、成田空港においては、難民認定申請の案内の掲示等やパンフレットが入国者が認識できるような場合に設置されておらず、原告を含めて、本邦に入国した外国人、特に日本語が読めない者が、日本に難民認定制度が存在していることやその申請方法、さらには法六一条の二第二項の申請期間の制限の存在について容易に知り得ない状況にあった。

(3) また、警察署、拘置所、検察庁にも難民認定制度のパンフレットや申請書は常備されておらず、本国に送還された際の迫害の危険性や難民認定の申請をしたい旨の申出が、被疑者や被告人からあった場合の対応について、警察庁等と被告との間で取り決めも行われていない

(4) 原告は、平成八年六月一七日に刑事事件で逮捕されて以降現在まで、留置場、拘置所並びに東京入管の収容場及び収容所において身柄を拘束されている。そして、刑事事件の判決日の同年一一月二〇日に東京入管の収容場に収容され、違反調査及び違反審査を受けた。

この間、原告が刑事事件の取調官や東京入管の違反調査、違反審査の担当官に対して本国に送還されれば迫害を受ける危険性があると申し出たにもかかわらず、警察、東京入管の職員その他の誰からも、難民認定制度の存在や難民認定申請の制度内容や申請方法について、書面交付、口頭説明を含めて何らの教示もされなかった。

(5) 原告はその後、東京入管の収容場内で他の収容者から難民認定制度の存在を聞いて初めてこれを知り、さらに弁護士の連絡先を聞いて、弁護士に連絡して面会を希望したことから、平成八年一二月になって右弁護士から難民認定制度の詳細と申請方法の教示を受けて初めて具体的な申請方法及び法六一条の二第二項の申請期間の制限の存在を知った。

(二) この点、被告は、「やむを得ない事情」には主観的事情は含まれないと主張する。

しかし、六〇日以内の申請が容易であったか否かは、その者がどの程度に日本語の理解能力や法知識を有していたか、本国情勢の説明の容易さの程度、そして申請期間遵守を求める被告側の申請期間及び申請手続の周知手段の実施程度等の諸事情を総合的に考慮しなければ決められないものである。

被告のように、一律、硬直的かつ極めて制限的に「やむを得ない事情」を解することは、結局、難民認定を受ける機会を難民該当性とは全く別の要素によって剥奪する結果をもたらし、難民条約に違反する結果を招くこととなるというべきである。

(被告の主張)

(一) 法六一条の二第二項本文は、難民認定の申請は、その者が本邦に上陸した日、あるいは本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日から六〇日以内に行わなければならない旨規定している。さらに、法は、同項ただし書で申請期間内に申請ができなかったことについて、「やむを得ない事情があるときには、この限りでない」と定めている。

そもそも法が、右のとおり、六〇日以内に難民認定申請を行わなければならないと定めている趣旨は、前記1(被告の主張)(一)の(1)記載のとおりであり、このような法の趣旨からすれば、この「やむを得ない事情」とは、本邦に上陸した日又は本邦にある間に難民となる事由が生じた場合にあってはその事実を知った日から六〇日以内に難民認定の申請をする意思を有していた者が、病気、交通の途絶等の客観的事情により物理的に入国管理官署に出向くことができなかった場合にほか、本邦において難民認定の申請をするか否かの意思を決定するのが客観的にも困難と認められる特段の事情がある場合をいうものと解すべきである。

(二) 原告は、本件申請の際に提出した書面で、「なぜ六〇日以内に難民申請を出さなかったかというとそんな法律があることを知らなかったのです」と陳述しているが、右のような法六一条の二第二項の立法趣旨からすれば、その「やむを得ない事情」に申請者の法律の無知などの主観的事情が含まれないことは明らかであり、原告の右主張は失当である。

なお、自国以外の国に入国する際、出入国管理を所掌する官署において入国審査を受けることは、国際法上の常識であり、難民といえども入国審査時に真実に基づく申告がなされることが要請されているのみならず、法の定める「難民」とは、前記1(被告の主張)(一)の(3)に記載のとおりであって、そのような「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」者は、通常はその時にその旨を申し述べるはずであって、そうすれば、少なくともその時点において難民認定の申請手続について知り得るのである。したがって、原告は、入国時において日本の難民認定制度の詳細を知らなかったとしても、入国の目的について、難民として保護を受けたい旨申し出さえすれば、難民認定の申請手続について知り得たものであるから、右のように解したとしても何ら妥当性を欠くものではない。

(三) 原告は、仮に六〇日経過後の申請であるにしても、<1>原告は本邦入国当時、全く日本語を解せずアルファベットはある程度読むことはできたが、英語は日常会話にも困る程度にしかできなかったこと、<2>成田空港において原告が入国した当時、難民認定申請の案内の掲示等やパンフレットが入国者が認識できるような場所に設置されておらず、原告は、日本に難民認定制度が存在していることやその申請方法、さらに「六〇日」要件の存在について容易に知り得ない状況にあったこと、<3>逮捕後及び退去強制手続において、警察・入管職員その他誰からも、難民認定制度の存在や難民認定申請の制度内容や申請方法について、何ら教示もされなかったことの事情があることからすれば、原告が申請期間を徒過したことについては「やむを得ない事情」があったというべきである旨主張する。

しかしながら、原告の右主張は以下のとおり、いずれも失当なものである。

(1) まず、原告が、母国イランから遠く離れているうえ、言語・人種・文化の全く異なる日本に入国していることに照らせば、原告が意思疎通の手段を何ら有していなかったとは到底解し難いが、仮に原告が述べるように、本邦入国当時、全く日本語を解せずアルファベットはある程度読むことはできたが、英語は日常会話にも困る程度にしかできない状況下であったにせよ、本国において迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を抱いて出国し、日本政府による庇護を求めて本邦に入国したのであったならば、本邦入国後、少しでも早く何らかの手段により日本政府当局に保護を求めようとするのが自然であって、原告が主張する右事情はやむを得ない事情にはあたらない。

(2) また、原告は、本邦入国当時は、日本において難民認定制度があること自体知らなかった旨述べているが、もし仮に原告が、本国からの迫害を逃れて身の安全が保障される国に逃れて庇護を求めようと、本邦に入国したのであれば、我が国の外交関係や求庇護者に対する取扱い等についてある程度調査したうえで渡航したはずである。

なぜなら、仮に庇護を求めたとしても、我が国が、難民条約の非当事国であったり、国籍国との関係等を理由として入国を拒否されることにもなりかねず、さらには、本国への送還はもちろんのこと、最悪の場合は、国籍国官憲への身柄の引渡し等当初の目的を達成し得ないことが十分に想定されるからである。したがって、原告が右のように述べていること自体、本国において迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を抱いていないことを推認させる事情というべきである。

仮に、庇護を求める国の外交関係等について調査する余裕もないほど切迫した状況で本国を出国しなければならなかったのであれば、右(1)で述べたとおり速やかに庇護を求める者である旨の申し出をしてしかるべきであるから、制度の不知もやむを得ない事情になり得ない。

(3) また、原告は、逮捕後の刑事手続及び退去強制手続等において難民認定制度の存在やその申請方法等教示がなかったと主張する。

しかしながら、そもそも刑事手続と難民認定手続は全く異なる手続であるから、仮に百歩譲って刑事手続における取調の際に、取調官から難民認定申請に係る教示がなかったとしても、所定の期間内に入国管理官署に出向いて難民認定申請の手続をとることが困難であるとは到底言えない。

逆に、刑事手続において、原告には、弁護人が選任されており、仮に原告が難民認定申請の手続等について、尋ねる必要があったのであれば、秘密交通権が保障されている弁護人との接見の際にその旨を意思表示すれば、右弁護人を通じて関連する情報等を入手することは、十分可能であったのである。

また、法律上、退去強制手続と難民認定手続も別個の手続とされ、退去強制手続において、入国警備官又は入国審査官等が、退去強制事由該当容疑者に対し、難民認定申請の手続等について教示し、難民調査官への通報をすることは予定されていないものと解されることから、仮に入国警備官又は入国審査官等が原告に対して難民認定申請の手続等について教示しなかったとしても何ら違法ではなく、それをもって原告が所定期間内に難民認定申請をすることが困難であったということもできない。

第三当裁判所の判断

一  難民の認定の申請について期間制限を定めた法六一条の二第二項の規定が難民条約に反するものとして無効というべきか否か、また、右規定の効力に関連して、本件処分が法六一条の二第二項に規定する申請期間の徒過のみを理由とし、原告の難民該当性について判断していないことが、難民条約等違反として右処分の違法事由となり得るか否か(争点1)について

1  まず、原告は、法六一条の二第二項の規定は難民条約等の趣旨に反し無効である旨主張するが、右主張は以下に述べるとおり理由がない。

(一) 難民条約及び難民議定書には、難民の認定手続について特段の規定は設けられておらず、右手続をどのようなものとするかについては、締約国の立法裁量にゆだねられているものと解されるところ、法六一条の二第二項が難民の認定の申請について期間制限を設けているのは、難民となる事由が生じてから長期間経過後に難民認定の申請がされると、事実関係を把握するのが困難となり、適正な難民の認定ができなくなるおそれがあるため、我が国の庇護を受けるべく難民認定の申請をする者には速やかにその申請をさせることとし、もって、難民認定行政の適正かつ円滑な執行を図ろうとしたものと解される。そして、同項が定める六〇日間という期間は、我が国の地理的、文化的、社会的条件に照らしてみても、難民の認定の申請期間として不十分であるということはできない。

右に加えて、法六一条の二第二項ただし書により、やむを得ない事情がある場合には、右の期間制限にかかわらず、難民認定の申請をすることができること、仮に右期間制限の結果、難民の認定を受けることができなくなったとしても、当該外国人が直ちに本国に送還されることとなるものではなく、当該外国人が客観的にみて難民に該当する場合には、当該外国人に対する退去強制手続において、被告が在留特別許可を与えることも可能であること、仮に在留特別許可が与えられず、退去強制が行われる場合であっても、当該外国人は、法五三条三項により、被告が我が国の利益又は公安を著しく害すると認める場合を除き、難民条約三三条一項に規定する領域の属する国へは送還をされないことが保障されており、同項の定めるノン・ルフールマンの原則については、その侵害を生じないよう最終的に担保されていることをも勘案すれば、難民認定の申請について前記のとおりの期間制限を定めた法六一条の二第二項の規定が、難民条約及び難民議定書の趣旨に照らし合理性を欠くものということはできない。

(二) この点に関し、原告は、難民が通常日本語や日本の制度を理解できず、情報収集能力や資金等に富んでいないことを考慮すれば、法の定める六〇日という期間は短きにすぎ、不合理な定めである旨主張する。

しかしながら、難民とは、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する者であるのであるから、真実、難民に該当する者については、その恐怖から早期に逃れるために速やかに他国に保護を求めようとするのが通常であり、我が国の庇護を求めようとする難民が日本語や日本の制度に通じていない場合があるとしても、そのことは、我が国の地理的、文化的、社会的条件に照らして六〇日という期間内に克服できないような障害とは考えられず、原告が主張する事態を想定しても、難民認定の申請をするための期間として、六〇日という期間が必ずしも不十分であるとまではいうことができない。

原告は、難民条約の趣旨からすれば、同項の申請期間の制限は柔軟に解釈されなければならず、難民認定を申請しようとする者に期間制限の存在と内容を周知させる措置を講じ、期間をできる限り長くし、かつ起算点についても申請者の有利に取り扱うことを基本としなければならないところ、日本では、難民認定の申請手続について外国人に対する周知の措置がとられておらず、法六二条の二第二項の申請期間についても右のような柔軟な解釈がなされていない旨主張する。しかしながら、原告が主張するように我が国の政府が外国人に対し難民認定の申請手続について積極的に周知させる措置をとっていなかったとしても、そもそも、右申請手続について積極的な周知措置をとらなければならないとする条約上又は法律上の根拠はなく、また、外国人は上陸申請等の際に自己が難民である旨の申出をすれば、右申請手続について教示を受けることも可能であることをも考えれば、右申請手続について積極的な周知措置がとられていなかったとしても、これにより直ちに法六二条の二第二項の規定が合理性に欠けるものということはできない。また、同項の期間制限が難民条約の趣旨に反するものではないことは前示のとおりであり、難民認定の申請期間について原告主張のように解さなければならないとする根拠はない。

したがって、原告の前記主張はいずれも採用することができない。

(三) また、原告は、法六一条の二第二項の期間制限は、難民条約上の難民の定義、要件を変更するものであって難民条約に反すると主張する。

確かに、右申請期間の制限があることから、客観的には法に定める「難民」に該当する者であるにもかかわらず、難民の認定を受けることができない者が生ずる可能性がある。しかし、それは、難民条約及び難民議定書が難民の認定の手続を条約加盟の各国にゆだねており、我が国がこれを受けて右期間制限の規定を設けていることの結果であり、右のような結果が生ずることは、右期間制限が難民条約等の趣旨に照らして合理性を有する以上、やむを得ないことというべきである。

法六一条の二第二項の六〇日という申請期間の制限が難民条約等の趣旨に照らして合理性を欠くということはできないことは前示のとおりであり、右規定が難民条約上の難民の定義、要件を変更するものであるということはできない。

(四) 以上からすると、法六一条の二第二項の規定は、締約国である我が国の立法裁量の範囲内で定められたものとして、難民条約及び難民議定書の規定やその趣旨に反するものではなく、有効なものというべきである。

2  次に、原告は、難民条約三三条にいうところのノン・ルフールマンの原則からは、本国に送還されれば迫害を受ける者を同国に送還することは禁じられているのであるから、被告は当該申請が申請期間を徒過しているかどうかとは無関係に難民該当性を判断する必要がある、また、当該申請者が法六一条の二第二項の申請期間の制限内に難民の認定申請をしているかどうかを判断する際には、当該申請者について難民となる事由が生じた時点を客観的に認定する必要があり、この点からも被告は難民該当性について判断する必要がある旨主張する。

しかしながら、申請期間を徒過した結果、難民の認定を受けることができなくなったとしても、当該外国人が直ちに本国に送還されることとなるものではなく、当該外国人が客観的にみて難民に該当する場合には、当該外国人に対する退去強制手続において、被告が在留特別許可を与えることも可能であること、仮に在留特別許可が与えられず、退去強制が行われる場合であっても、当該外国人は、法五三条三項により、被告が我が国の利益又は公安を著しく害すると認める場合を除き、難民条約三三条一項に規定する領域の属する国へは送還をされないことが保障されており、同項の定めるノン・ルフールマンの原則については、その侵害が生じないよう最終的に担保されていることは既に説示したとおりであり、ノン・ルフールマンの原則からすれば、本件処分においても当然に実質的難民該当性について判断をする必要があるとの原告の主張は失当といわざるを得ない。

また、前記のとおり、法六一条の二第二項の趣旨は、難民となる事由が生じてから長期間経過後に難民認定の申請がされると、事実関係を把握するのが困難となり、適正な難民の認定ができなくなるおそれがあるため、我が国の庇護を受けるべく難民認定の申請をする者には速やかにその申請をさせることとし、もって、難民認定行政の適正かつ円滑な執行を図ろうとしたものと解されるところ、右の趣旨からすれば申請者に難民となる事由が生じたのがいつの時点であるかは、当該申請者が難民に該当する理由として主張する事実を前提として判断すれば足り、右判断によりその申請が申請期間内のものであると認められた場合に初めて、当該申請者が難民に該当するか否かの実体的判断をすれば足りるものと解すべきである。仮に、原告が主張するように、申請期間の起算日を判断する前提として、申請者について難民となる事由が生じたのがいつの時点であるかを判断しなければならないとすれば、難民となる事由が生じてから長期間経過後に申請がなされた場合であっても、その事実関係を把握しなければならないこととなり、同項の趣旨が没却されてしまうことになり相当でない。

二  原告は、「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」(法六一条の二第二項本文かっこ書)に該当するか、また、該当する場合には、その事実を知った日はいつか(争点2)について

1  法六一条の二第二項は、難民認定の申請は、「本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日」から六〇日以内に行わなければならないと規定しているところ、原告は、原告が日本において迫害を受けるおそれがあり、かつ、それにより難民認定を受け得るという認識を有するに至った日は、弁護士から難民認定制度の内容を詳細に聞いた平成八年一二月以降、又は早くても同房の収容者から聞いて難民認定制度を初めて知った同年一一月末ころというべきであるから、申請期間の起算日は平成八年一二月か又は同年一一月末とすべきである旨主張する。

そこで、検討するに、<証拠略>によれば、原告は、平成九年一月一三日、同年五月六日及び同年六月二三日に、東京入管難民調査官によって行われた事実の調査において、いずれも、原告自身が作成した陳述書によって、原告が難民に該当する具体的理由を主張、立証する旨述べていること、原告は、右陳述書において、原告が難民に該当する具体的理由について、前記第二の三記載のイランで生起したという事実、すなわち、原告が銃を所持していたことにより逮捕され、収容所に拘禁され、また、釈放後も秘密警察に監視され、秘密警察によって取調べを受けたこと、デモ隊とコミテの衝突に巻き込まれて、原告自身もデモ隊に参加して政治的意見を表明していた者とコミテに認識されたこと、原告が政治的見解の相違から選挙における投票を拒否し続けていること等の事実を主張していること、平成九年一月一三日に東京入管難民調査官によって行われた事実の調査において、原告が迫害を受けるおそれを感じたのは、平成八年六月に警察に逮捕された後、それまで日本で原告の身におきた、<1>自宅においてあった旅券を盗まれたこと、<2>新宿警察署及び丸の内警察署管内で逮捕された際に、オーバーステイ状態であったにもかかわらずそのまま釈放されたこと、<3>仕事先を突然解雇されることが相次いだこと、<4>ダダシのアパートに一泊したときに警察が踏み込んできて、薬物犯容疑で逮捕されてしまったことを考えた結果であると述べていることが認められる。

しかしながら、法六一条の二第二項の「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」とは、外形的にみて、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に」、国籍国等において「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」を当該申請人に抱かせるような事件又は事実が生じた者をいうものと解される(法二条三号の二、難民条約一条、難民議定書一条参照)。そして、右の要件のうち、「迫害」とは、通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって、生命、身体の侵害ないし抑圧をいうものであり、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」を抱かせる事件が生じたといえるためには、当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いたという主観的事情のほかに、通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要というべきである。しかるに、原告が我が国で起こったとする右の各事実は、原告が難民該当事由として主張する右のイランで生起したという事実を考え併せても、外形的にみて右の「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」を生じさせるようなものとは到底いえない。かえって、原告は、<証拠略>において、原告が右陳述書で記載したような事実から、自己がイラン政府から迫害されているということを本邦に上陸する際に認識していたと述べていることが認められるのであって、原告が本件申請及び本訴において主張する難民該当事由は、いずれも原告が本邦に上陸する以前に生じたものであると認めるのが相当である。

2  以上のとおり、原告は法六一条の二第二項の「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」に該当しないというべきであり、右の定めに該当することを前提として、同項の六〇日の起算点が平成八年一二月又は同年一一月である旨いう原告の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

三  本件申請が法六一条の二第二項本文の定める期間経過後にされたことにつき、同項ただし書にいう「やむを得ない事情」があったか否か(争点3)について

1  そこで、進んで、原告の本件申請が、法六一条の二第二項本文に定める申請期間経過後にされたことにつき、同項ただし書にいう「やむを得ない事情」があったかどうかについて検討するに、右規定の文理及び前記一1で説示した法が難民認定の申請につき期間制限を設けた趣旨からすれば、右の「やむを得ない事情」とは、申請期間内に申請をする意思を有していた者が、病気、交通の途絶等の客観的事情により物理的に入国管理官署に出向くことができなかった場合のほか、我が国において難民認定の申請をするか否かについての意思決定をすることが客観的にも困難と認められる特段の事情がある場合をいうものと解するのが相当である。

この点、原告は、原告が難民認定制度について知り得なかった事情をるる述べてやむを得ない事情があったと主張し、また、やむを得ない事情の存否の判断に際しては、難民認定の申請をしようとする者がどの程度の日本語理解能力や法知識を有していたか、本国情勢の説明の容易さの程度、そして申請期間遵守を求める被告側の申請期間及び申請手続の周知手段実施程度等の諸事情を総合的に考慮しなければ決められないものであり、「やむを得ない事情」について右のように制限的に解することは難民条約に違反する旨主張する。

しかしながら、法六一条の二第二項の規定が難民条約の趣旨に反するものではないことは前示のとおりであり、右の「やむを得ない事情」について、原告が主張するように、右文言を通常の意味内容より広く解釈しなければ右規定が難民条約の趣旨に反することになるということはできない。のみならず、原告主張のような解釈をすることは、法が難民の認定の申請につき期間制限を設けた趣旨を没却してしまうものであり、妥当性を欠くというべきである。原告の右主張は採用することができない。

2  右に説示した見地に立って、本件についてみるに、原告が法六一条の二第二項本文の定める期間内に難民の認定の申請をすることができなかった理由として主張するのは、要するに、原告が難民認定制度についての知識を有しておらず、また、難民認定制度について知る機会がなかったというにすぎず、このような法律の不知という主観的事情をもって申請期間内に難民の認定の申請をすることが客観的に困難と認められる特段の事情があるということはできない。また、<証拠略>によれば、原告は、本邦に滞在していた約六年の間、自己が我が国の庇護を受けるためどのような手続があるのかについて調査することはおろか、関心を抱くことすらなく、漫然と不法に残留していたことがうかがわれるのであって、原告が難民認定の申請手続等について我が国の警察官署、出入国管理官署に尋ねたにもかかわらず、右警察官署等がことさらにその手続を教示しようとしなかったなどの事実は認められれず、他に右特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の本件申請が法六一条の二第二項本文の定める申請期間経過後にされたことにつき、やむを得ない事情があったということはできない。

四  以上からすると、本件申請が法六一条の二第二項に定める期間経過後にされたものであり、右期間経過後に本件申請がされたことにつきやむを得ない事情も認められないとして、原告につき難民の認定をしなかった本件処分は適法というべきであり、その取消しを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

第四結論

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青柳馨 谷口豊 加藤聡)

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