東京地方裁判所 平成10年(行ウ)126号 判決 2001年6月25日
原告
下条忠雄
同
木下泰之
原告ら訴訟代理人弁護士
斉藤驍
同
山崎雅彦
同
吉野千津子
被告
世田谷区長
大場啓二
同
大場啓二
右両名訴訟代理人弁護士
橋本勇
被告
甲野太郎
同
甲野花子
右両名訴訟代理人弁護士
猪狩俊郎
同
神﨑浩昭
同
竹原虎之助
主文
1 被告甲野太郎及び同甲野花子は、世田谷区に対し、各自金一億六二一五万八三〇〇円及びうち金一億一〇〇七万二六〇〇円に対する平成一〇年四月一〇日から、うち金一八四一万二四〇〇円に対する平成一一年四月一日から、うち金一六五八万六五〇〇円に対する平成一二年四月一日から、うち金一七〇八万六八〇〇円に対する平成一三年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告大場啓二は、世田谷区に対し、金一億六二一五万八三〇〇円及びうち金一億一〇〇七万二六〇〇円に対する平成一〇年四月一〇日から、うち金一八四一万二四〇〇円に対する平成一一年四月一日から、うち金一六五八万六五〇〇円に対する平成一二年四月一日から、うち金一七〇八万六八〇〇円に対する平成一三年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告世田谷区長は、被告甲野太郎及び同甲野花子に対し、世田谷区せたがやの家の供給に関する条例に基づく補助金の交付をしてはならない。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 請求の趣旨
(1) 主文同旨
(2) 第1項及び第2項につき仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 被告世田谷区長
a 原告らの被告世田谷区長に対する請求を棄却する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(2) 被告大場啓二
(本案前の答弁)
a 原告らの被告大場啓二に対する訴えのうち、平成六年四月一四日及び平成七年四月四日に支出された建設費助成金並びに平成七年五月三一日から同九年三月一三日までに支出された家賃助成金にかかる訴えを却下する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
a 原告らの被告大場啓二に対する請求を棄却する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(3) 被告甲野太郎及び被告甲野花子
(本案前の答弁)
a 原告らの被告甲野太郎及び被告甲野花子に対する訴えのうち、平成六年四月一四日及び平成七年四月四日に支出された建設費助成金並びに平成七年五月三一日から同九年三月一三日までに支出された家賃助成金にかかる訴えをいずれも却下する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
a 原告らの被告甲野太郎及び甲野花子に対する請求をいずれも棄却する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨及び争点
本件は、世田谷区長である被告大場啓二(以下「被告大場」という。)が、「特定賃貸住宅の供給の促進に関する法律」(平成五年五月二一日法律第五二号、以下「本件法律」という。)又は「世田谷区せたがやの家の供給に関する条例」(平成六年三月一四日条例第一七号、以下「本件条例」という。)に基づき、平成六年四月一四日以降、被告甲野花子(以下「被告花子」という。)宛に建設費助成金及び家賃助成金として交付した補助金(以下あわせて「本件各補助金」という。)総額一億六二一五万八三〇〇円について、世田谷区民である原告らが、本件各補助金は、実質的には当時区議会議員であった被告甲野太郎(以下「被告太郎」といい、被告花子とあわせて「被告甲野ら」という。)に交付されたものであるから、地方自治法九二条の二や同法二三二条の二等に違反する違法無効なものであり、区が本件各補助金相当額の損害を受けたと主張して、その交付先である被告甲野ら及び当時の世田谷区(以下、単に「区」という。)の区長であり補助金の交付決定権限を有した被告大場に対し、区に代位して既支出の本件各補助金相当額の支払を求めるとともに、同法二四二条の二第一項一号に基づき被告世田谷区長(以下「被告区長」という。)に対し今後の補助金交付の差止めを求める事案である。
被告甲野ら及び被告大場は、本件各補助金交付は、形式的にも実質的にも被告花子に対してされたものである旨を主張し、実質的にも被告花子に対して支出がされている以上、本件支出に関し仮装や隠ぺいはなく、原告らのした監査請求のうち期間を経過した一部については、監査請求期間経過の正当な理由がなく、適法な監査請求を欠くものであるとして、その部分の訴え却下の判決を求めるとともに、本件各補助金の交付は適法にされたものである旨を主張して、原告らの同人らに対する請求をいずれも棄却するように求め、被告区長は、同様に本件支出の適法性を主張し、同人に対する請求を棄却するように求める。したがって、本件の争点は、①本件各補助金の実質的な交付先(争点一)、②監査請求期間経過の「正当な理由」の存否(争点二)、③本件各補助金交付の違法性の有無とその効力(争点三)、④被告大場の責任の有無及びその法的根拠(争点四)、⑤今後の補助金交付の差止めの可否(争点五)である。
2 判断の前提となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いはない。)
(1) 当事者
ア 原告らは、いずれも区の住民であり、区の区議会議員の地位にある者である。
イ 被告大場は、本件各補助金交付の最初の時期である平成六年四月一四日当時から現在に至るまで世田谷区長の地位にある者である。
ウ 被告太郎は、平成一〇年一〇月二二日まで区の区議会議員の地位にあった者であり、被告花子は、被告太郎の妻である。
(2) せたがやの家供給制度の概要(甲第6号証、第18号証の1及び2、乙第1ないし第7号証、第10号証、第11号証、第15号証、第21号証並びに第22号証、証人乙川三郎の証言)
世田谷区せたがやの家供給制度(以下「本件制度」という。)は、昭和六一年四月五日付けの「地域特別賃貸住宅制度要綱」と題する建設事務次官通達をうけ、平成三年一二月二日に施行された「世田谷区地域特別賃貸住宅助成金等交付要綱」により創設された制度であり、その後制定された平成五年七月三〇日施行の本件法律、平成五年九月三〇日施行の「世田谷区せたがやの家システム家賃助成金交付要綱」及び平成五年一二月一日施行の「世田谷区せたがやの家システム建設費助成金交付要綱」により変更され、平成六年には、同年四月一日施行の本件条例及び「世田谷区せたがやの家の供給に関する条例施行規則」(以下「本件規則」という。)が制定され、概ね現行の制度となっている。
本件法律によって定められた平成六年三月三一日以前の同制度は、賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者が当該賃貸住宅の建設及び管理に関する計画を作成し、都道府県知事に認定を申請し、その認定を受けた場合(同法二条、三条)には、地方公共団体は、計画の認定を受けた者(認定事業者)に対して、認定計画に基づき建設される賃貸住宅(特定優良賃貸住宅)の建設に要する費用の一部を補助することができ、国は、補助金を交付する地方公共団体に対して、その費用の一部を補助することができる(同法一二条)、地方公共団体は、認定事業者が認定計画に定められた管理の期間(認定管理期間)において、入居者の居住の安定を図るため特定優良賃貸住宅の家賃を減額する場合においては、当該認定事業者に対して、その減額に要する費用の一部を補助することができ、国は補助金を交付する当該地方公共団体に対して、その費用の一部を補助することができる(同法一五条)、賃貸人が賃貸住宅の管理を行うために必要な資力及び信用並びにこれを的確に行うために必要な経験及び能力を有する者で都道府県知事が定める基準に該当する者に当該賃貸住宅の管理を委託し、又は当該賃貸住宅を賃貸する方法により管理をしなければならない(自ら当該賃貸住宅の管理を行う場合を除く)(同法三条七号、同法施行規則一五条一号)というものである。
具体的な認定事業者の選定の方法は、区が定めた「世田谷区せたがやの家システム選定会議設置要領」により、本件制度に応募し、区長が定める応募要件(要領別表1)に合致したものの中から、要領別表2の選定基準に基づいて行うものとされ、区が借り上げる物件の選定を適正にとり行うため世田谷区せたがやの家システム選定会議を設置し(同要領一条)、住宅政策室長らで構成された(同要領三条)選定会議は、選定基準に基づき、必要な事項を審査又は調査等し、借り上げ候補の物件を選定して(同要領二条)、選定の結果を選定会議議長である住宅政策室長が庁議に報告の上、区長の承認を経た上(同要領六条三項、ただしこの点は実際には住宅政策室長の専決にゆだねられていた。)、せたがやの家事前協議開始承認・不承認通知書により、応募した者に通知をするもの(同要領六条の四)とされている。この手続により選定された者が、区との事前協議を行い、本件法律二条による東京都知事の認定を申請し、認定を受けた場合に認定事業者として、事業を行うこととなる。
平成六年四月一日に施行された本件条例に基づく現行の本件制度は、中堅所得者等及び高齢者等の居住の用に供する賃貸住宅の確保(本件条例一条)を目的として、区長がせたがやの家を供給しようとする民間土地所有者等(区内にある土地の所有権又は土地についての建物の所有を目的とする地上権、賃借権若しくは使用貸借による権利を有する者をいう(同条例二条))を募集し、必要な範囲において選定し(同条例七条)、選定された民間土地所有者等(住宅供給者)は、区長、住宅供給者及び管理者(財団法人世田谷区都市整備公社(同条例三条二項)、以下「公社」という。)が協議を行った上策定した建設及び管理の計画(同条例九条)に従って、賃貸住宅(せたがやの家(同条例三条一項))を建設し(同条例一〇条)、区は、せたがやの家の建設に要する費用の一部(共同施設等の整備に関する費用の三分の二以内、住宅の設計に関する費用の二分の一以内、既存の賃貸住宅の除却に関する費用の二分の一以内(世田谷区せたがやの家システム建設費助成金交付要綱))について住宅供給者に対し補助する(建設費助成金)ことができ(同条例一一条)、「せたがやの家」は、管理者である公社が一括して借り上げて管理を行い、入居者に転貸する(同条例三条)が、入居者は、その負担能力等を考慮して家賃の額の範囲内において定める額(入居者負担額)を負担し(同条例一七条、本件規則二八条等)、区は、本件条例第一六条一項及び規則により定められた家賃の額と入居者負担額との差額を予算の範囲内において住宅供給者に対して補助する(家賃助成金)ことができる(本件条例一八条、本件規則三七条)ものとされている。
そして、本件条例の制定の前後を通じて、世田谷区せたがやの家システム建設助成金交付要綱及び同家賃助成金交付要綱により、民間土地所有者等・住宅供給者からの交付申請に基づいて、区長が補助金を交付するものとされ、交付決定及び支出命令を行う権限は区長が、支出の権限は収入役がそれぞれ有するとされたが、区の内部規定である世田谷区事案決定手続規程の備考欄記載の「別表中に該当する項目がない事案の処理については類似の事案があるときは、その事案の区分に準じて処理すること」との規程により、「民間賃貸住宅借り上げに関すること」(別表16住宅課九号)の規程に準じて、せたがやの家の助成に関する決定は担当部長である住宅政策室長が行うとの運用がされていた。
(3) 本件各補助金交付に至る経緯
ア 被告甲野らは、昭和六三年八月五日、甲野一郎からの相続により、東京都世田谷区瀬田<番地略>の宅地1162.65平方メートル(以下「本件土地」という。)を次男であり一郎の養子である次郎と各持分三分の一にて所有するに至った。この土地は、環状八号線と青山通りの交差点にほど近い、環状八号線の外側の場所に位置している。(甲第10号証の1及び2、丙第2号証並びに第9号証)
イ 被告甲野らは、本件土地上に本件制度を利用した共同住宅を建築しようと考え、平素から交流のあった株式会社尾崎建築事務所に依頼して、平成九年九月二四日、被告太郎名義で区の都市整備部建築第二課に本件土地上に地上八階建地下一階のSRC造の建物を建築する旨の建築確認申請を行った。そして、平成五年度のせたがやの家住宅供給者の公募があったことから、被告甲野らは尾崎建築事務所に対し、区に対する本件制度の申込みを依頼し、同事務所は、平成五年一〇月七日に被告太郎を申込者として申込みを行った。(甲第2号証、第4号証、丙第7号証並びに証人尾崎一郎の証言)
ウ その後、被告甲野らは、区に対し、平成五年一一月一七日の世田谷区せたがやの家システム選定会議の前のある時期に本件制度の申込者を被告花子に訂正する旨申し出、申込書の訂正は、区の職員により行われた。(甲第4号証並びに証人乙川三郎及び尾崎英二の証言)
エ 被告花子は、同年一二月二日、区から世田谷区せたがやの家システム選定会議設置要領六条の四に基づく「せたがやの家」事前協議開始承認通知を得た。そして、東京都知事に対して、同年一二月二四日、特定優良賃貸住宅供給計画認定申請書を区経由で提出し、平成六年一月二一日、東京都知事から平成五年度特定優良賃貸住宅供給計画認定を受けるとともに、平成六年二月一七日に区及び公社との間で、建設する建物の内容等に関する覚書を作成した。(乙第23号証及び丙第4号証)
オ 被告花子は、東京都から、平成六年二月二二日付け「東京都優良民間賃貸住宅認定・融資あっせん決定通知」を受け、株式会社富士銀行玉川支店からのファミリー型住宅建設資金分として金三億三七七〇万円の融資のあっせんを受け、同年三月七日、被告花子は株式会社富士銀行玉川支店から住宅建設資金として金三億三七七〇万円を借り入れた。(丙第一号証及び第二号証並びに弁論の全趣旨)
(4) 本件建設費助成金の支出
被告花子は、平成六年一月二一日付けで本件法律一二条に基づく平成五年度の建設費助成金の申請をなし、同月二五日に区から承認の通知を受領し、区は、被告花子宛に、平成五年度せたがやの家システム建設費助成金として、平成六年四月一四日に金二三〇二万四〇〇〇円を交付した。
その後、被告花子は、同年四月一四日に本件条例一一条に基づく平成六年度の建設費助成金の交付申請をし、同月二〇日に区から承認の通知を受領し、区は、被告花子宛に平成六年度せたがやの家システム建設費助成金として平成七年四月四日に三三九七万二〇〇〇円を交付した。(乙第12号証、第13号証、第24号証及び第25号証)
(5) 一括借上げ契約の締結及び入居者の公募等
前記覚書に基づき、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)が建設され(平成七年三月三日完成)、同年五月一一日に所有権保存登記を了した。本件建物への入居者募集は、平成六年一二月一五日発行の区の広報誌「区のおしらせせたがや」及び平成七年一月九日から一八日までに一般に配布された「せたがやの家入居者募集の申込みのしおり」でされ、平成七年三月一六日、被告花子と公社は、本件建物について、被告花子を貸主、公社を借主として、本件条例一二条、一三条等に基づき、公社が公募により選択するものに対し転貸することを使用目的とする一括借り上げ契約を締結し、翌四月一日から入居が開始された。同契約においては賃料は月額三〇二万六九〇〇円と定められ、同賃料は平成九年四月一日に月額三一六万二八〇〇円に改定された。(乙第8号証、第9号証、丙第1号証及び第6号証)
(6) 本件家賃助成金の支出
区は、被告花子の各年度における請求により、本件条例一八条に基づき同被告宛に、家賃助成金として、平成七年度分として一五六五万七六〇〇円を、平成八年度分一八〇二万五二〇〇円、平成九年分に一九三九万三八〇〇円、平成一〇年分として一八四一万二四〇〇円、平成一一年分として一六五八万六五〇〇円、平成一二年度分として一七〇八万六八〇〇円を各交付した。(乙第16号証及び第17号証)
(7) 監査請求等
原告らは、平成一〇年四月九日、区監査委員に対し、本件各補助金の交付が違法であるとして、既支出の補助金相当額の補填と事後の補助金支出の差止めを求める住民監査請求を行ったが、同委員は、平成一〇年六月四日に今後の家賃の改定につき勧告を行った上、建築費助成金及び平成八年度までの家賃助成金については監査請求期間経過により請求を却下し、その余については請求を棄却する旨の決定をした。(弁論の全趣旨)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点一(本件各補助金の実質的な交付先)
ア 原告ら
本件各補助金交付に至る経緯、本件建物の所有関係及び被告花子が専業主婦であって資産要件を充足しているか疑問があることの各事実によれば、本件各補助金の交付の名宛人が被告花子とされていることは形式にすぎず、本件各補助金は、実質的には被告太郎に対して交付されたものと認めるべきである。
イ 被告甲野ら
本件各補助金交付を受けたのは、形式的にはもちろん実質的にも被告花子である。すなわち、被告甲野らは、尾崎建築事務所に対して本件制度の申込みを依頼したところ、同事務所の職員が、被告太郎が戸主であり、申込書につきその形式から略式の申込書と誤信したため、その主体について真剣に検討することなく建築確認申請の名義にあわせて単に同人名義で申込書を作成したにすぎない。そして、後に被告甲野らが建物の共有持分を二割五分しか有しない被告太郎よりも同共有持分の五割を有する被告花子が利用者として妥当であること、もともと被告花子の実父である甲野一郎が敷地を所有しており、被告太郎が入り婿であったこと、被告花子の方が長生きする見込みが高いことを考慮して、被告花子を申請人とする訂正を行ったものである。その後せたがやの家事前協議開始承認通知を得たのは被告花子であり、東京都知事に対し特定優良賃貸住宅供給計画認定申請書の提出及び認定の取得、建築助成金及び家賃助成金の交付申請、一括借り上げ契約といった諸手続は全て被告花子が主体となって行われており、また、建設費の調達も都の融資あっせんによって被告花子名義で行われ、本件建物の建設等に関する費用の支出も被告花子が行っていて、公社は、賃料を一括して被告花子名義の口座に振り込んでいるが、同口座の印鑑等は被告花子が管理しており、同口座からの支出も被告花子の管理下によって行われていた。また、本件建物の実質的所有関係は、不動産登記簿謄本記載のとおり、被告花子が二分の一、被告太郎及び訴外甲野次郎が各四分の一となっており、被告花子が、被告太郎及び次郎の持分について同人らから承諾を得て、せたがやの家として提供したにすぎない。
ウ 被告大場・被告区長
本件各補助金交付の相手方は被告花子である。すなわち、本件法律は、賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者が当該賃貸住宅の建設及び管理に関する計画を作成し、都道府県知事の認定を受けた場合には、地方公共団体は認定を受けた者に対して当該賃貸住宅の建設費の一部を補助することができる旨規定しており、認定を受け得るのは「賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者」とされている。東京都知事は、本件法律を受けて、東京都優良民間賃貸住宅制度要綱を定め、優良民間住宅として認定を受けられるのは土地所有者等であるとしており、土地所有者等とは「土地の所有権又は建物の所有を目的とする地上権、賃借権若しくは使用貸借による権利を有する者をいう」とされている。
これらによれば、要綱により優良民間賃貸住宅の認定を受けることができるのは土地所有者等ということであり、完成した建物についての登記は当該土地所有者等の持分が二分の一以上であれば、配偶者や子との共有名義でも差し支えないこととなる。
そして、本件においては、具体的な東京都知事の認定は、被告花子とされているのであるから、本件建物に関する本件法律五条にいう認定事業者はあくまでも被告花子であり、区においては、同人を本件条例上の住宅供給者として選定し、同人からの補助金交付申請に基づいて本件法律一二条一項及び本件条例一一条により同建設費に対する助成金を支出し、また、本件法律一五条は、地方公共団体は、認定事業者が入居者の居住の安定を図るため当該住宅の家賃を減額する場合においては当該認定事業者に対して、その減額に要する費用の一部を補助することができると定めており、本件各補助金はこの規定に基づいて、そもそもの認定事業者である被告花子に交付されたものである。
(2) 争点二(監査請求期間経過の正当な理由の存否)
ア 被告甲野ら及び被告大場
本件訴訟に先立ち、原告らが行った監査請求においてその対象とされた財務会計行為のうち、平成六年四月一四日及び平成七年四月四日にされた建設助成金合計五六九九万六〇〇〇円の支出並びに平成七年五月三一日から同九年三月一三日までにされた家賃助成金合計三三六八万二八〇〇円の支出については、本件監査請求が申し立てられた平成一〇年四月九日より一年以上前にされた支出であり、本件監査請求中、これらの各支出に関する部分については、当該行為のあった日から一年を経過した後にされたものということになる。これらの支出は、特段の仮装や隠ぺいを伴わず行われており、区議会議員である原告らは、当然知り得たものであるから、原告らの監査請求期間経過に正当な理由は認められない。したがって、本件訴えのうち上記の部分は適法な監査請求を経ていないものであり、却下されるべきである。
イ 原告ら
本件各補助金の交付は、被告甲野らにおいて、実質的には本件各補助金を被告太郎が受領している事実を故意に隠ぺいしたことにより、区によって秘密裡に行われるに至ったものであり、この事項は一般の区民が相当の注意力をもって調査したとしても知ることはできなかったものであって、区議会議員である原告らですらこれを知ったのは平成一〇年二月二〇日ころであるから、同期日から約一か月半でなされた本件監査請求は、当該行為を知ることができたときから相当な期間内にされたものといえ、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」があるものといえる。
(3) 争点三(本件各補助金交付の違法性の有無及びその効力)及び四(被告大場の責任の有無及びその法的根拠
ア 原告ら
(ア) 本件各補助金交付の違法性及び無効
a 地方自治法九二条の二違反
地方自治法九二条の二は、請負の相手方となっている者は、経済的利害の対立上、議員として公正な職務を期し難いことにより定められた規定であるから、同条により禁じられる請負とは民法所定の請負に限らず、公業務として行われる経済的ないし営利的取引と解されるべきであって、本件各補助金の交付は同条に違反するものである。そして、同法二条一五項前段は、地方公共団体は法令に違反して事務を処理してはならないと規定し、同条一六項は、前項の規定に違反して行った地方公共団体の行為はこれを無効とすると規定しているのであるから、同法二三八条の三や二三九条のような個別規定がなくとも、同法九二条の二に違反する行為は当該規定そのものにより当然に無効となるものである。
また、仮に同法九二条の二により直接無効となるものでないとしても、同法二条一六項によって無効となるものであって、同法二条一六項の規定について、行為が抵触する規定の趣旨を勘案して有効又は無効を判断すると解する立場に立つとしても、同法九二条の二の前記の趣旨に鑑みれば、当該行為は同法二条一六項により無効となるものである。
b 公序良俗違反
仮に、前記各条文によって、無効となることがないとしても、このように公法上の重要な秩序に違反する行為は民法九〇条所定の公序良俗に違反する法律行為といえ、本件各補助金交付は、いずれも無効である。
c 地方自治法二三二条の二違反
前記のとおり、地方自治法九二条の二の趣旨に違反する補助金が、同法二三二条の二にいう公益性を有するものでないことは明らかである。すなわち、区議会は行政を監視監督する権能を有するものであり、そのような権能を有する区議会議員が、行政から補助金を受ければ、議員による職務の公正が妨げられ、主権者たる住民の利益を失わしめるものであり、このような議会制民主主義の根底を揺るがしかねない支出が公益性を有すると認められないことは当然であり、本件各補助金交付は、地方自治法二三二条の二に違反し違法である。そして、補助金の交付要件である同条に違反する本件各補助金交付が無効なものであることは論を待たない。
d 選定手続の違法
本件における選定の当時、せたがやの家の住宅供給者の選択は、せたがやの家システム選定会議設置要領により前記2(2)のとおり行われたが、本件建物は、交通往来が激しい環状八号線と青山通りが交差する地点に近接し、しかも青山通りに面した地点にあるので、周辺環境が良好とは到底いえず、平成五年度の応募物件の中には周辺環境等に問題ありとして選定外とされた物件も多数ある中で、本件建物も応募要件に合致しているとはいえない。また、本件建物は、世田谷区住宅整備方針が掲げる住宅・住環境整備重点地区内でも、住宅・住環境整備地区内でもない上、区が推進するまち作り事業地区内でもないのであって、また、環状八号線の内側にあるわけでもないのであるから、別表2の選定基準の1(1)ないし(4)の四項目に合致していないのである。とすると、本件建物は、応募要件・選定基準に合致しないのにせたがやの家として選定されたものであって、選定手続には違法があるといわざるを得ず、このような違法な選定手続を前提にして、交付された本件各補助金交付は違法であり、効力を有しないものといわざるを得ない。
e 本件法律及び本件条例の目的違反
本件法律は、住宅の供給を受ける側の利益を目的としたものであり、住宅供給者が利益を得ることは許されないのであり、また、本件条例は、住宅供給者を「民間」土地所有者と定めているのであるから、公に奉仕すべき区の区議会議員が己の利益のために議員としてその権力を行使すべき対象たる行政から補助金を受けるがごときは主権者たる住民の利益をないがしろにし、本件法律の趣旨・目的を踏みにじってまで補助金を利用して己の利益を得ようとするのは、本件法律の目的に反し許されない。
(イ) 被告甲野らによる不法行為の成否
被告太郎は、上記のとおりの違法な支出を違法であることを認識しながらさせたものであるから、同行為は不法行為に当たり、また、被告花子は、夫である被告太郎が区議会議員であることを認識しながら、自己が交付申請者となって行動し、実際に交付を受けたものであるから、この行為も不法行為に該当する。
(ウ) 被告大場の責任
区は、申込名義人をもともとの名義人である被告太郎から妻である被告花子に変更させる等の指導を行っていたのであり、本件各補助金の交付先方が被告太郎であるのを知っており、本件各補助金交付が違法かつ無効なものであることを認識していた。そして、被告大場は、制度上深く関与することが予定されている上、実際も選定等に深く関与しており、本件を専決させた職員に対し、指揮監督責任を負うところ、それを果たせず支出をさせたことは指揮監督義務違反である。
被告大場は、自らが全く関与しておらず、全ての決定を部長が行ったものである旨を主張するが、仮に、選定の手続や本件各補助金交付の手続に全く関与していなかったとすれば、そのこと自体が消極的な意味での指揮監督義務違反に当たり、いずれにしても不法行為に当たる。
イ 被告甲野ら
(ア) 地方自治法九二条の二違反
同条は禁止される行為の要件として「請負」を定めるところであるが、請負とは全く性質を異にする補助金交付が禁止されているとは読めず、前提として採用できない。
また、同条は、その法的効果として議員の失職のみを定めており、当該契約の効力について無効とする定めがなく、補助金交付が契約上の根拠を欠く無効なものとなり得ないことは明らかである。そして、同法二条一六項は、地方公共団体の法令違反行為を直ちに無効とするものではなく、規定の趣旨を勘案して当該行為の効力を定めるものであるところ、同法九二条の二の前記の体系的位置、効力からすれば、同条が私的契約を無効にする趣旨まで含んでいるとは考えられず、同法二条一六項によっても無効とはならない。
ウ 被告大場及び被告区長
(ア) 地方自治法九二条の二違反
地方自治法九二条の二は、議会の組織について定める同法第六章第一節に置かれ、同条の要件に該当する場合の効力は、当該議員の失職だけであり、当該契約の効力については定めるところがなく、特定の議員が同条の規定に該当するか否かは議会が決定することとされている(同法一二七条一項)ことから判断して、同条は財務に関する規定ではなく、議員の身分についてのものであることは明らかである。このことは、一定の議員について当該地方公共団体との契約を制限する同法二三八条の三及び二三九条がその制限に違反した場合の効力として、職員の身分については触れることがなく、当該契約が無効となることを定めていることとの比較においても裏付けられるところである。したがって、本件各補助金の交付が同法九二条の二に該当することのみをもって本件各補助金の交付を違法とする主張は失当である。また、同条は、請負を問題とするものであり、この請負が民法所定の請負のみでなく、それに類したものを含むものと解したとしても、法律的な性質が全く異なる贈与をも含むとは解し得ず、いずれにしても原告らの主張は失当といわざるを得ない。
そして、同法二条一六項は、地方公共団体の法令違反行為を直ちに無効とするものではなく、抵触する規定の趣旨を勘案して、当該行為の効力を判断すると解すべきであり、本件では前記のとおり同法九二条の二が議員の身分を定めることを趣旨とする規定であるから、同条により、本件各補助金交付が直ちに無効となるものではない。
(イ) 地方自治法二三二条の二違反
本件各補助金は、本件法律又は本件条例に基づくものであるので、原告らが、その交付根拠を地方自治法二三二条の二にあるとし、その要件に合致しないことをもって違法を述べるのは誤りである。
(ウ) 選定手続
本件各補助金の交付に際しては、区長が定めた「せたがやの家システム」選定基準に基づいて審査及び調査を行い、住宅政策室長、企画部長、高齢者対策室長、障害福祉推進室長、都市整備部長及び世田谷総合支所長で構成する世田谷区せたがやの家システム選定会議の議を経て被告花子をせたがやの家を供給する民間土地所有者等として選定したものであって、選定の手続に違法はない。
(エ) 被告大場による不法行為の成否
前記2(2)のとおり、本件各補助金交付に関することの決定は全て部長である乙川が行っているところであり、区長である被告大場は、決定の過程に全く関与していない。
したがって、被告大場には過失はなく、区に対する不法行為は認められない。
(4) 争点五(差止めの可否)
ア 原告ら
本件各補助金交付は、昨年度分まで継続的にされている上、被告区長は、将来にわたり交付を継続する旨明言しているところ、本件において補助金を受領するのは、被告花子であり、後に損害賠償請求をしたとしても、その損害賠償請求によって回復することが困難であるから、差止めの必要性は認められる。
イ 被告ら
上記のとおり、本件各補助金交付は適法なものであって、事後の補助金交付も適法なものである。
第3 当裁判所の判断
1争点一について
(1) 前記争いのない事実及び証拠(甲第2号証、第4号証、第10号証の1、2、丙第1号証、第2号証、第7号証並びに証人乙川三郎及び尾崎一郎の証言)によれば、被告太郎が、平成五年三月に自らの中学校の同窓会の幹事会において、中学時代の同窓生であり建築事務所を経営している尾崎一郎から、何か仕事はないかと尋ねられたため、自分の家を頼むと同人経営の株式会社尾崎建築事務所に自らの家の設計・建築等を依頼したこと、平成五年四月上旬ころには、尾崎が被告甲野らのもとを訪れ、計画の基本構想を練るための最初の打ち合わせを行ったが、その際、打ち合わせには被告太郎のみが同席し、被告花子は同席していなかったこと、その後の打ち合わせの経過において、被告甲野らから本件制度を活用したい旨の話があったことから、尾崎が区の住宅計画課の担当者を訪れて、技術的な指導を受け、平成五年五月上旬には、被告太郎とともに当時の区の住宅政策室長であり、本件制度の責任者である乙川三郎のところに出向き、「せたがやの家システム」を利用したい旨告げ、いわゆる挨拶を行ったこと、平成五年九月二四日、株式会社尾崎建築事務所が被告甲野らの依頼を受け、区の都市整備部建築第二課に対し、本件土地上に地上八階建地下一階のSRC造りの建物を建築する旨の建築確認申請を行い、その際の申請名義人は被告太郎とされ、同被告もそのことを承知していたこと、平成五年一〇月に、平成五年度のせたがやの家住宅供給者の公募があったことから、尾崎建築事務所が区に対し、被告太郎を申請人として本件制度の申込みを行い、被告太郎を申請人とすることについて、同人は申請の前に承認をしていたこと、申込みの後、選定会議の資料が作成される前の段階で、被告甲野らは申請者を被告花子に訂正するよう申し出、申請書の申込者欄の記載が、区の担当者である神成によって訂正がされたこと、本件制度の活用が検討される以前の時点で、本件土地には大蔵省を抵当権者、相続人ら一四名をそれぞれ債務者とする相続税及び利子税にかかる一四個の抵当権が設定されており、その総額は三億四〇〇三万〇四〇〇円であったが、平成五年八月二三日までにそのうち一二個が抹消され、本件申請及び事前通知の時点において、残された抵当権は被告太郎を債務者とする二個のみとなり、その後、事前協議承認通知がされた直後である、平成五年一二月一三日には、被告太郎を債務者とし、株式会社富士銀行(玉川支店)を根抵当権者とする極度額三億円の根抵当権が設定されていることの各事実が認められる。
以上の事実によれば、本件建物の建築が企画された時点から申請書の申込者欄の訂正がされた時点までの間は、本件事業の主体は被告太郎であるとして手続が進められていたものであり、この段階においては、被告太郎が本件各補助金の交付先となることが予定されていたと認められる。そして、その後、本件制度の申請書における申請者の訂正が行われ、それ以降の公的機関に対する申請その他は全て被告花子名義で行っていたものの、建物建築前の段階で敷地上に被告太郎名義の抵当権が残っていたこと、本件建設費助成金は本件建物建築費の一部に用いられたところ、証拠(甲第2号証、第7号証、第10号証の1、2、乙第12号証、第13号証、丙第1号証、第7号証及び証人尾崎一郎の証言)によれば、本件建物につき被告太郎も持分四分の一の共有者となっていて、他の共有者は妻である被告花子と次男次郎であって、いずれも同居の家族であり、本件各補助金が実質的には被告太郎を含む他の共有者、すなわち太郎一家の資産形成に活用されていること、本件建物の全てが本件制度のために用いられているわけではなく、被告太郎が代表取締役、被告花子が取締役を務める株式会社甲野材木店の材木置場(二階及び一階の一部)、事務所(一階の一部)といった自己使用部分があり、次男次郎もここで働いていることが認められることからすると、この訂正によって、形式のみならず実質的にも被告花子のみを事業者とし、被告花子が単独で事業を行い本件各補助金の交付を受ける意思であったと認めるのは困難であり、本件事業は共有者である一家三名によるものであり、本件各補助金も実質的には一家三名で受け取ったものと認めるのが自然であり、このことは区の担当者においても容易に知り得たものというべきである。
(2) この点につき、原告らは、上記の各事実をもって実質的な本件各補助金交付の相手方は被告太郎である旨を述べるが、上記のとおり、形式上は被告花子が交付先とされている上、被告花子と次男である次郎の三名が建物の共有者となっているのであるから、本件各補助金を被告太郎が単独で受け取ったとまで認めるのは困難といわざるを得ない。
(3) 一方、被告らは、公的機関に対する申請等の手続を被告花子が単独で行っていたことや本件各補助金の受取りの経過やその使用の権限等について述べ、実質的にも被告花子単独の事業である旨を主張するが、それらはあくまで交付先の形式の問題であり、前記認定の事実関係に照らすと、このことのみをもって、実質的に被告花子単独の事業であると認めることはできない。また、被告甲野らは、協議の上被告花子が事業を行った旨の説明をするが、その事業内容は、本件建物を建築して、これを貸家として運用するというものであるところ、これによって建築された本件建物が被告花子のみの所有物でなく、太郎一家三名の共有物となっていることからして、この建築事業は一家三名の共同事業というほかないし、この建築費の一部に充てられた本件建築費助成金は実質的には一家三名に交付されたものというほかない。また、共有物の利用及び管理は、本来共有者の協議によって決すべきものであり、その結果、共有者のうちの一人の名義で共有物を他に賃貸することとなったとしても、それはあくまで共有物の利用方法を決したにとどまるのであって、その利用主体が共有者全員であることに変わりはなく、仮にその収益を被告花子が管理しているとしても、本件建物の共有関係及び共有者三名の人的関係からすると、それは家族共同の収入として管理しているものとみるべきであり、賃貸事業の主体も実質的には共有者三名であるというほかない。そして、被告甲野らは、土地を被告花子の実父が所有していたことや被告太郎が入り婿であること、被告花子の方が長生きする可能性が高いことを考慮して、被告花子が単独で事業を行うつもりであった旨を主張するが、本件建物が一家三名の共有となっているという人的・物的関係がある以上、これらの理由のみをもって被告花子が単独で事業を行っているものとは考え難く、前記認定を覆す理由とはなり得ない。
2 争点二について
(1) 本件監査請求においてその対象とされた財務会計行為のうち、平成六年四月一四日及び平成七年四月四日にされた建設助成金合計五六九九万六〇〇〇円の支出並びに平成七年五月三一日から同九年三月一三日までにされた家賃助成金合計三三六八万二八〇〇円の支出については、本件監査請求が申し立てられた平成一〇年四月九日より一年以上前にされた支出であり、本件監査請求が、当該部分について監査請求期間を経過したものであることは当事者間に争いがない。
(2) 地方自治法二四二条二項本文は、監査請求について、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができないと規定しているところ、同法が監査請求についてこのような期間制限を設けたのは、普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為がたとえ違法・不当な場合であっても、いつまでもこれを監査請求ないしは住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは、法的安定性を損ない好ましくないという理由によるものである。しかし、普通地方公共団体の執行機関又は職員により当該行為の存在自体が秘匿され、あるいは当該行為自体は公然とされたものであっても、その内容を偽るなど当該行為について仮装、隠ぺい行為が行われ、この仮装、隠ぺい行為の存在が当該行為があった日又は終わった日から一年を経過した後に初めて明らかになった場合などにおいても、この趣旨を貫くことは相当でないことから、同項ただし書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後にあっても、その住民において監査請求をすることができるものとしたのである。したがって、このように当該行為について仮装、隠ぺい行為が行われた場合、同項ただし書にいう「正当な理由」があるかどうかは、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみてこの隠ぺいされた当該行為の存在を知ることができ、又は同仮装行為が行われたことを疑うべき相当の事情があることを知ることができたかどうか、また、当該行為の存在を知ることができ、又は同仮装行為が行われたことを疑うべき相当の事情があることを知ることができたと認められるときから相当な期間内に監査請求がされたかどうかによって判断すべきものというべきである。
(3) これを本件についてみるに、前記争点一で認定したとおり、本件において、本件各補助金の交付先は実質的には被告甲野らを含む共有者らであるところ、当初被告太郎個人を事業主体として手続が進められ、その後事業主体を被告花子に変更して手続を進めたものであり、客観的にみると、実質的に被告太郎を含む共有者が交付先となっている事実が隠ぺいされていたものと認められる。そして、甲第一号証により、区議会で本件支出及び被告太郎の議員資格について本格的に審議されたのも平成一〇年六月一六日以降であると認められることや弁論の全趣旨によれば、本件支出について住民が知り得たのは、早くとも同年二月ころであると認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はなく、本件監査請求は、それから約一か月半後の同年四月九日には申し立てられているのであって、同期間は、支出の事実を知ってから相当な期間内であることは明らかであるから、本件監査請求が、監査請求期間を徒過したことには正当な理由があると認められる。
(4) 被告らは、本件建物の入居の広告が、区の広報誌や入居者向けのしおりでされていることを主張し、本件支出について区民が知り得た旨を主張するが、この広告のうち区の広報誌(乙第8号証)においては、本件各補助金交付の事実の記載は一切なく、被告太郎はもちろん被告花子の名前すら記載されていないのであって、また、申込みのしおり(乙第9号証)には本件建物のオーナーが被告花子である旨の記載があり、家賃の助成の仕組みについての記載はされているものの、これらの記載から被告太郎を含む共有者三名に対して本件各補助金交付がされていることを知ることは不可能といわざるを得ず、上記の広告から本件各補助金交付を知り得るということはできない。
また、被告らは、原告ら両名が区議会議員であったことを述べ、区議会議員であった両名らは一般の区民より早く知り得たものである旨を主張するが、正当な理由の存否の判断は、あくまで一般の区民を対象にそれを知り得たのがどの時期であったかを基準として判断されれば足りるのであるし、また、同人らが区議会議員としても平成一〇年二月以前に本件各補助金交付についての実質的な内容を知り得る方法があったとはいえないから、いずれにしても被告らの主張は採用し得ない。
3 争点三及び四について
(1) 本件各補助金交付の違法性
ア 本件各補助金のうち、平成五年度分の建設費助成金は、本件法律一五条及び世田谷区せたがやの家システム建設費助成金交付要綱に基づき、平成六年度分の建設助成金及び家賃助成金は、本件条例並びに世田谷区せたがやの家システム建築費助成金及び家賃助成金交付要綱に基づき交付されたものである。
しかし、地方自治体による補助金については、一般法として地方自治法二三二条の二があり、補助金の交付は、地方公共団体の公益上必要があると認められる場合にすることができるとされているのであるから、たとえ上記のような個別の法令に根拠を有するものであっても、それらの法令はこの一般法の趣旨を踏まえて解釈すべきであり、当該法令が通常の場合として想定していない事由によって一般法の定める公益上の必要性を欠く場合に、補助金の交付は許されないと解するのが相当である。
そして、同法九二条の二は、普通地方公共団体の議会の議員が、当該普通地方公共団体に対し請負をする者であることができないとしており、その趣旨は、議会の議員が普通地方公共団体との間で請負契約等の取引関係に立った場合には当該普通地方公共団体の公正な運営を期待することが困難になるということであると考えられる。この趣旨からすると、同条にいう「請負」とは単なる例示であって、取引関係一般を指すと解すべきであり、特に無償の利益供与となる贈与については、それが同法二〇三条にいう報酬や請負としての活動自体を対象として議員全員に支給される補助金などを除き、同法九二条の二によって禁じられているものと解すべきである。また、同条の文言からすると、議員が形式上の受贈者ではないものの、受贈者との関係からして実質的な受贈者と認められる場合も、当該贈与は同条によって禁じられているものと解すべきである。
イ 本件各補助金は、本件建物の建築費の助成及び家賃の助成のために交付されたものであって、その目的のために使用されたことについては当事者間に争いがないところであるから、本件各補助金が本件法律及び本件条例の定める、中堅所得者等及び高齢者等の居住の用に供する賃貸住宅の確保という目的のためのものであることは明らかであり、その意味では区及び区民の利益を増進するものといえ、一定の公益性を有するものと認められるが、その一方で、住宅供給者は、住宅建築費の一部につき助成金の支給を受け、しかも、住宅自体は、二〇年間という長期にわたって公社によって一括して借り上げられ、現実に入居者があるか否かにかかわらず、適正額の家賃の支払を受けることができるという多大な利益を受けることが認められる(この点につき、被告甲野らは、建築費の補助は一部に過ぎず、高齢者の居住に適合した建築上の規制があるために支給されるものであり、家賃の補助は家賃の減額措置に応じたものであると主張する。しかし、高齢者向けのバリヤフリー等の仕様は現在ではかなり一般化しているし、前記第2、2(2)で認定した建築費助成金の対象範囲からすると、同助成金は被告甲野らの主張の範囲を超えて支給されるものと考えられる。また、家賃自体は近傍に比べてやや低額に設定され、しかも、居住者の所得に応じてさらに減額されることは、被告甲野らの指摘のとおりであるが、減額分は助成金により、その余の部分は公社によって確実に支払われるのであり、しかも入居者の有無にかかわらず、二〇年間にわたって家賃全額の支払いを受けられるのであるから、この利益は家賃自体がやや低額に設定されていることを補って余りあるものと考えられる。)。
このような本件条例による「せたがやの家」制度全体の構造からみると、区議会議員がこの制度により実質的な住宅供給者となり、助成金の交付を受けることは、その継続的な取引関係の存在と利益の内容からして、地方自治法九二条の二の趣旨に反するものであることは明らかであり、同条が地方公共団体の公正な運営の確保という地方自治制度の根幹にかかわるものであることからすると、賃貸住宅の確保によって得られる区及び区民の利益を考慮しても、同法二三二条の二にいう公益性を充たすものではないことが一見して明らかであって、このように区議会議員が住宅供給者となることは本件法律及び本件条例ともに通常の場合とは想定していないというべきであるから、本件各補助金交付の公益性判断には裁量権の逸脱があったといわざるを得ず、本件各補助金交付は、地方自治法二三二条の二に反する違法な公金支出ということになる。
ウ そして、被告太郎は、平成一〇年一〇月一九日に議員辞職を申し入れ、同月二二日辞職が了承されているが、前記のとおり、同被告が実質的な住宅供給者となったこと自体に問題があり、その後の補助金交付もそのことを前提としてされているのであるから、議員辞職後の家賃助成金の交付も違法性を有するものというべきである。
本件各補助金の実質的な交付先は、前記1で認定したとおり、共有者三名であるが、形式的には、被告花子のみに一体として交付がされている以上、その補助金は不可分的に支給されているものであり、前記の違法性は本件各補助金全体に及ぶものであって、被告太郎の持分相当額のみに違法性が及ぶものではない。
エ このように、補助金の交付が地方自治法二三二条の二に違反する違法なものである場合に、その私法上の効果が当然に無効になるか否かについては検討を要する問題であるが、本件各補助金交付の相手方である被告甲野らは、区議会議員本人とその妻として、このような補助金の交付を受けることが違法なものであることを当然にわきまえておくべき地位にあり、仮にその認識がなかったとしても、それについて少なくとも重過失があったといわざるを得ないし、その違法の内容が地方自治制度の根幹にかかわる重大なものであることに照らすと、少なくとも本件各補助金の交付については、その違法によって私法上も無効と考えるのが相当である。
(2) 被告甲野らの責任
上記のとおり、本件各補助金の交付は私法上無効なものであり、被告甲野らは実質的には次男次郎と共同でこれを受領したものであるから、三名が不可分的に同金額相当額の利得を得たというべきであり、被告甲野らはそれぞれ本件各補助金の全額につき返還する義務を負い、両者の関係は不可分債務の関係にあるということができる。
(3) 被告大場の責任
被告大場は、区長として本来的には補助金交付決定、支出命令を行う権限を有していたが、本件各補助金交付決定については、いずれも担当部長に専決させていた。
そして、証人乙川三郎の証言によれば、平成五年の選定会議の結果やそれ以降の本件各補助金交付の決定等について、区長には全く報告が行われていないが、これは世田谷区において専決が認められている事項一般を通じてのことであって、それらについては、専決権者が事後的又は総括的にせよ区長に報告することは一切行われていないこと、同証人自身は本件各補助金交付を専決したものであるが、本訴が提起された後も、本件各補助金交付には何ら問題がないと考えていることが認められる。
本件各補助金交付決定の違法は、前記のとおり、地方自治制度の根幹にかかわる重大なものであるから、そのことについて本訴提起後も全く認識を有していないことは、地方自治体の幹部職員にあるまじきことというほかなく、このような者に専決権を与えていた被告大場には、その人事権の行使自体に疑問があったといえないでもないが、さらに上記認定事実によると同被告は、専決権を与えた事項一般につき、その行使を専決権者に任せ切りにし、事後的又は総括的にすら報告を求めることをせず、何ら指揮監督を行っていないと認められ、このことが本件のような重大な違法行為を招いたというほかない。また、平成一〇年に至り本件支出の適法性が議会で問題となり、被告太郎が区議会議員を辞任し、また、区議会において「公共事業の請負契約で区議会議員の関与を排除する決議」が可決されるなどしたことから(なお、乙第28号証によると、世田谷区議会において平成一〇年九月二四日に本件各補助金の交付が地方自治法九二条の二に該当しないとの決定が行われているが、同決定は同条違反を理由に被告太郎を失職させることはしないとの効果を有するにとどまり、財務会計法規違反の事実を消滅させる効果を有するものではない。)、被告大場は、遅くとも平成一〇年中には本件各補助金交付の違法性を知り得たにもかかわらず、それ以降も被告花子に対する補助金の交付を継続しているのであって、前記指揮監督権限の不行使及び違法性を知り得る時期以降の補助金の交付行為は区に対する不法行為を構成するものである。したがって、被告大場は、区に対し、本件各補助金の全額について損害賠償の責を負うものというべきである。そして、この損害賠償請求権は、被告甲野らの前記不当利得返還義務とは別個独立のものであるが、いずれか一方が弁済した場合には、その限度で他方が義務を免れる関係にある。
なお、以上は、本件各補助金交付に関する専決権の付与が明確な定めに基づくものとの前提に立つものである(最高裁判所第二小法廷平成三年一二月二〇日判決参照)。被告大場は、この明確な定めとして、当時の世田谷区事案決定手続規程には、本件各補助金交付についての明文の定めはないものの、「該当する項目のない事案の処理については、類似の事案があるときは、その事案の区分に準じて対処すること」との定めがあり、本件各補助金交付に類似の事案として「民間賃貸借上げ住宅に関すること」について「事業の実施に関する計画及び運営方針を策定すること」は部長の専決事項と定められていると主張する。しかし、「せたがやの家」事業と「民間賃貸借上げ住宅」事業が類似の事案か否かはもとより、事業の「計画及び運営方針」の策定と個別の補助金の交付が類似の事案といえるか否かには大いに疑問があるところであり、本件の専決は明確な定めに基づかない専決として、被告大場においては指揮監督上の責任にとどまらず、専決者と同様、当該行為についての全責任を負うべきものと考えられないでもない。また、本件各補助金の交付は、本件条例の制定によって新設されたものであるから、本来なら本件条例の制定と同時に前記事案決定手続規程を改正して、権限の所在を明らかにすべきであったのに、これを怠って専決にゆだねた点においても、被告大場には部下の指揮監督上の義務違反があったと認められる。
したがって、いずれにしても被告大場は前記責任を免れない。
4 争点五について
前記のとおり、本件各補助金交付は違法性を有するものであり、弁論の全趣旨によれば、現在も本件制度に基づく賃貸借が継続しており、今後も支出が継続されることが認められる上、今後の補助金交付は、一年で約一七〇〇万円の高額にのぼるものであって、いったん支給がされると被告らに対する損害賠償の請求等が困難になる可能性はあるから、今後の補助金交付の差止めの必要は認められる。
第4 結論
よって、本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六五条一項本文、六一条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととする。
(裁判長裁判官・藤山雅行、裁判官・村田斉志、裁判官・廣澤諭)
別紙物件目録<省略>