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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)16号 判決 1999年1月28日

主文

一  被告が原告に対して、平成九年一〇月二八日付けでした東京都における違法駐車移動措置に関する手数料原価計算書(ミクロ計算)のうち「標準的な事務処理の流れ」及び「積算内訳」の各欄の記載を開示しない旨の処分を取り消す。

二  その余の請求に係る訴えを却下する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項と同じ。

二  被告が原告に対して、平成九年一一月一〇日付けでした東京都におけるパーキング・メーター作動手数料及びパーキング・チケット発給手数料に関する手数料原価計算書(ミクロ計算)を開示しない旨の処分を取り消す。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件は、東京都公文書の開示等に関する条例(昭和五九年一〇月一日条例第一〇九号。以下「本件条例」という。)五条に基づき、実施機関である被告に対し、違法駐車移動措置に関する手数料原価計算書(ミクロ計算)(以下「移動措置文書」という。)及びパーキング・メーター作動手数料及びパーキング・チケット発給手数料に関する手数料原価計算書(ミクロ計算)(以下「パーキング手数料文書」という。)の開示を求めたが、前者については本件条例九条七号、八号所定の情報に該当するとされる部分が開示されず、後者については、廃棄済みとの理由で開示しない旨の決定を受けた原告が、右各決定の取消しを求めるものである。

二  関係法令の定め

1  本件条例一条は、本件条例の目的が公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定め、都民と都政との信頼関係を強化することなどにある旨を、本件条例二条一項は、地方自治法及び地方公営企業法等により独立して事務を管理する機関を列挙し、これを公文書の開示を実施する機関とし、その一つとして、被告を掲げ、同条二項において、公文書の範囲を、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書等であって、実施機関において定めている事案決定手続又はこれに準ずる手続が終了し、実施機関が管理しているものと規定している。

本件条例三条は、実施機関が本件条例一条に規定された公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重することを本件条例の解釈、運用の指針とし、本件条例五条は、東京都の区域内に住所を有する者は公文書の開示を請求することができる旨を規定し、本件条例七条四項は非開示の決定には理由を付記すべき旨を規定する。

本件条例九条は、所定の情報が含まれている文書を開示しないことができるものとして、その情報(非開示情報)を列記するが、その七号において、「都又は国等の事務事業において、郡の機関内部若しくは機関相互間又は都と国等との間における審議、協議、調査、試験研究等に関し、実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障が生ずると認められるもの」を、八号において、「監査、検査、取締り、徴税等の計算及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画その他実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、大学の教育若しくは研究の自由が損なわれるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」を規定する。

なお、本件条例九条各号に該当する情報とそれ以外の情報が記録されている公文書において、右各情報の記録された部分を容易に分離することができ、かつ、その分離によって開示の請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときは、本件条例九条各号に該当する情報に係る部分を除いて、公文書の開示をするものとされている(本件条例一〇条)。

2  道路交通法五一条によれば、違法駐車車両の移動、保管、公示その他の措置に要した費用は、当該車両の運転者等又は所有者等の負担とされ(一四項)、この負担金については、警察署長が納付を命ずることになるが、納付すべき金額は、当該費用について実費を勘案して都道府県規則でその額を定めたときは、その定めた額とされている(一五項)。また、同条一五項の規定を受けて、東京都では、違法駐車車両を移動した場合に徴収する費用の額を定める規則(昭和四六年規則第二一五号)を定め、車両の種類を七に区分し、それぞれについて、五〇〇〇円から一万二〇〇〇円の範囲で費用の額を規定している。

3  道路交通法四九条によれば、公安委員会は、道路の一定区間にパーキング・メーター又はパーキング・チケット発給設備を設置、管理することができるものとされ(一、二項)、東京都では、警視庁関係手数料条例(昭和二四年条例第六七号)を定め、その三条及び別表(二)において、時間制限駐車区間での駐車時間に応じて二〇〇円又は三〇〇円の手数料を規定している。

三  争いのない事実等(甲第三ないし第七号証)

1  原告は、東京都内に住所を有する者であり、被告は、本件条例二条一項に規定する実施機関である。

2  原告は、平成九年一〇月二二日、被告に対して、請求する公文書の件名又は内容を「東京都における駐車違反のレッカー料金(移動措置料金)の算出根拠がわかる文書」として、公文書の開示を請求した。

被告は、右文書を移動措置文書であると特定し、同月二八日付けで、原告に対して、移動措置文書のうち「標準的な事務処理の流れ」及び「積算内訳」の各欄の記載(以下「費用算出情報」という。)につき、本件条例九条七号及び八号に該当することを理由に、開示しない旨の処分(以下「本件第一処分」という。)をし、その余の部分を開示した。

3  原告は、平成九年一〇月二九日、被告に対して、請求する公文書の件名又は内容を「パーキング・メーター作動手数料及びパーキング・チケット発給手数料の算出根拠がわかる文書」として、公文書の開示を請求した。

被告は、右文書をパーキング手数料文書であると特定し、同年一一月一〇日付けで、原告に対して、「廃棄済みのため」との理由で、これを開示しない旨の処分(以下「本件第二処分」という。)をした。

第三  争点に関する当事者の主張

本件の争点は、費用算出情報の非開示情報(本件条例九条七号、八号)該当性及びパーキング手数料文書の存否及びこれに記録された情報の非開示情報該当性にあり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

一  被告

1  本件第一処分には、非開示の理由として、本件条例九条七号、八号を摘示して、移動措置文書は「実施機関が手数料算定の事務事業を行うため取得した情報」であり、「標準的な事務処理の流れ」及び「積算内訳」の部分については、「開示することにより当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成や円滑な執行に支障を生ずるおそれがある」と記載されているのであるから、本件第一処分は本件条例七条四項の予定する理由付記の要件を満たしている。

2  違法駐車車両の移動措置料は負担金であるが、その納付すべき金額に関する規則の制定は、地方公共団体の定める手数料と同様の手順で行われるところ、移動措置文書には、「標準的な事務処理の流れ」欄に違法駐車車両の移動措置の標準的な事務処理の流れが所要時間も含めた形で記載されているとともに、「積算内訳」欄に手数料原価積算の基礎となるべき移動措置に伴う人件費、減価償却費、賃金・旅費、印刷製本費、光熱水道費及びその他の経費に区分された各欄に、それぞれの区分に該当する積算内訳(一件当たりの原価の算出方法)が記載され、各区分の見積額は、一件当たりの原価として計上され、合計欄に各計上額の総計が記入されている。

そして、一般に、自治体における手数料算定は、反復継続して行われる事務事業であって、所管行政庁において専門的技術的にされるべきものであるから、手数料算定の手法に係る部分が開示された場合には、将来における手数料算定の意思形成に際して用いられることとなる情報が明らかになり、その結果、個別事情に応じて関係者の利害により過多又は過少との議論を生じ、都民に無用の誤解を与えたり、無用の混乱を招いたりするおそれがあり、行政内部において審議等を適正かつ効率的に行うことに支障を来す場合があるなど、本件条例九条七号に規定する将来の同種の手数料を算定し、その基準を定める一連の行政事務(手数料算定事務事業)に関する意思形成に支障が生ずると認められる。右のとおり、費用算出情報は、本件条例九条七号に該当するとされる予算要求見積書及び関係資料と共通の性格を有するものである。

また、右の諸事情に照らせば、費用算出情報は、入札予定価格又は設計単価表等と同様に、これを開示するときは、将来の手数料算定事業の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるばかりではなく、他の同種の手数料算定事業における将来の手数料額あるいは入札予定価格の推測を容易にし、その情報を知り得た特定の業者等に不当な利益が生ずるおそれがあるという点で、本件条例九条八号にも該当する。

3  パーキング手数料文書は、昭和六二年における手数料改定時に被告の内部部局である財務局が取得したが、既に廃棄済みであったので、「廃棄済みのため」との理由を付して、本件第二処分を行ったものである。

二  原告

1  本件第一処分は、適用条文として本件条例九条七号及び八号を掲げるが、抽象的に右各号の要件を記述するものにすぎず、かかる記述では本件条例七条四項に規定する理由の付記があったということはできない。

2  本件条例九条七号は、事務事業の一部の事案に係る事務決定手続等が終了しても、事務事業についての最終的な意思決定が得られていないといった事務事業の中間資料を規定するものであって、費用算出情報がこれに該当しないことは明らかであり、仮に該当したとしても、費用算出情報を開示することにより当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障は生じない。仮に算出根拠が合理的であるのに、異議、苦情を呈する者がいるとしても、そのことが当該情報の非開示の理由となるものではなく、また、算出根拠に合理性がない場合に批判が生ずることは当然の事態であり、これをもって右支障ということはできない。

本件条例九条八号についてみても、当該情報を開示しないことによって守ろうとするものは、事務事業の公正又は円滑な執行であって、算出根拠が合理的であれば、その情報を開示することによって事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生ずるものではないのである。

また、違法駐車車両の移動措置料は、実費を原則とする負担金であり、納付すべき金額を都道府県規則で定めることができるのも、それが実費を勘案して定められている場合に限られるのであるから、かかる実費に関する資料である費用算出情報を公開しないとする制度的要請はない。

3  被告は、パーキング手数料文書を廃棄していない。

仮に、被告がパーキング手数料文書を警視庁に返付し、保管していないとしても、警視庁から取り寄せることができるのであって、このような場合には、「実施機関が管理しているもの」(本件条例二条二項)というべきであり、実施機関において審査中であれば開示対象となるが返付した後には開示の対象とならないとすることは、自治体住民に開かれるべき情報を請求時の審査状況という偶然に委ねる不当な解釈というべきである。

そして、パーキング手数料文書に記録された情報が本件条例九条七号又は八号に該当しないことは、費用算出情報における場合と同様である。

第四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第五  当裁判所の判断

一  本件第一処分について

1  普通地方公共団体は、その事務として、「法律の定めるところにより、」使用料又は手数料を徴収することができるが(地方自治法二条三項二一号)、使用料(同法二二五条)は、行政財産の使用又は公の施設の利用をする私人が受ける利益に応じた負担を求めることにより、その使用、利用をしない住民との衡平を保つものであり、その額は、施設の目的、公共性、私人が受ける利益を勘案して、定めるべきものであり、また、手数料(同法二二七条)は、特定の者のための事務につき、その財源を確保すると共に、他の住民との負担の衡平を保つものであり、その額は、人件費を含む実費を原則とするが、当該事務は普通地方公共団体の一般的事務において処理されるものが多いから、その算定には行政内部の専門技術的な配慮、あるいは当該手数料の公共性に関する配慮が求められるということができる。

なお、同法二条三項二一号、二二四条は、分担金について規定するが、これは、道路、河川の工事等が特定多数人又は当該地方公共団体の特定の一部を利する場合において受益の限度において徴収するものである。

他方、道路交通法五一条一四項により違法駐車車両の運転者等又は所有者等の負担となるものは「措置に要した費用」、すなわち当該措置に要した実費であり、ただ、その納付命令事務の大量反復性及び当該費用の定型性にかんがみ、同条一五項において、「実費を勘案して」都道府県規則でその額を定めたときは、これにより納付すべき金額を定めることができるとされているのである。したがって、車両の種別等による費用の類型化、あるいは標準的な事務内容の確定について、ある程度の判断(裁量)の余地があるとしても、その中心的部分は、標準的な事務内容を前提とした場合における車両の移動に伴い必要とされる一般的費用の確定であって、この費用の算定に当たって特別の専門技術的裁量を要するものとは直ちに肯認し難く、これを認めるに足りる証拠もない。

2  ところで、本件条例九条七号は、事務事業に係る意思形成過程における審査、検討のために実施機関が作成又は取得した情報を対象にするものであり、規則において違法駐車車両の移動措置に関する費用を定めることは当該費用に関する基準の定立行為としての事務事業と解するを妨げず、また、費用算出情報はその検討過程で作成された情報であると解することができる。

しかし、違法駐車車両の移動措置費用は、既に説示したとおり、その性質上、手数料、使用料とは異なるものであり、その算出過程における専門技術的裁量の範囲も異なるものというべきである。たしかに、実費を原則とする手数料、使用料においては、その実費の算出方法として、各個の費目ごとの原価を積算するものと推測できるが、これは実費算定の一般的手法にほかならず、その故に、車両移動措置に関する標準的事務が他の手数料算定の参考となるものと解することはできない。そして、違法駐車車両の移動措置料を定める規則は、それが実費を勘案したものであるが故に、実費と同様に納付命令の基準とされることを考えれば、この納付命令の適法性は実費を勘案したことにより担保されるのであり、また、原告の公文書開示請求に対してその対象文書を移動措置文書であると特定したことからすると、結局、右の実費を勘案したことを証する資料は移動措置文書にほかならないのである。また、将来における移動措置料の改定は、移動措置に要する実費の変動によるべきところ、現在の実費に関する資料が公開されることにより、将来の実費の算定が妨げられる理由もないというべきである。

そうすると、費用算出情報は、開示することによって、当該事務事業に係る意思形成に支障を生じさせるものではなく、また、将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生じさせるものでもないというべきである。

なお、費用算出情報中に違法駐車車両の移動措置に伴う費用に関するもの以外の公開により支障を生ずべき情報が含まれている場合には、これを区分して非公開とすべきであるが、本件全証拠によっても、かかる情報の存在を認めるには足りない。

したがって、費用算出情報が本件条例九条七号に該当するものということはできない。

3  本件条例九条八号は、関連情報を開示することが当該事務事業の目的に照らして相当でない事務事業及びその他実施機関が行う事務事業に関する情報について、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定の者に不当な利益又は不利益が生ずるおそれがあるもの、大学の教育又は研究の自由が損なわれるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの、東京都の行政の公正又は円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなものを非開示の対象とする。

しかし、費用算出情報は、移動措置料の算定資料、すなわち、それが実費を勘案したものであることを明らかにするものであるという点で、契約の予定価格に類比すべきものではなく、右費用の算定事務の性質上、関連情報を開示することが当該事務事業の目的に照らして相当でないとして列挙された事務事業に該当するものと解することもできず、また、実施機関が行う事務事業であっても、当該事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は東京都の行政の公正又は円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなものに該当すると解し得ないことは本件条例九条七号について既に検討したところから明らかというべきである。

二  本件第二処分について

1  証拠(乙第二号証)によれば、被告における文書保管の事務につき、財務局における使用料、手数料等に係る条例は一〇八あり、その改定等のための手数料原価計算書等は、料金改定を含む予算の調整が終了した後、遅滞なく廃棄処分がされていること、被告は、昭和六二年ころ、パーキング手数料文書を取得したが、これに係る手数料決定の事務が終了後、現在までの間に廃棄し、右文書は現存しないことが認められる。

2  ところで、本件条例二条二項は、公文書の範囲を、実施機関において定めている事案決定手続又はこれに準ずる手続が終了し、実施機関が管理しているものと規定しているのであり、「管理」の一般的意義に照らせば、その趣旨は、実施機関において当該文書の存否、所在につき責任をもって対応できる状態をいうものと解すべきである。このように解するときには、実施機関が保管した文書でも、これを作成部署に返付したか否かにより、情報公開の範囲が左右されることになるが、本件条例は、実施機関において「管理」している文書について公文書開示請求権を認めたものであり、作成した部署における存否、管理状態の探索までの義務を「管理」の概念に含めることはできないのであって、現に管理しなくなった文書が公開請求の対象から除外されることも、本件条例の解釈上は、やむを得ないものというべきである。

3  右によれば、パーキング手数料文書は既に被告において管理するものではなく、開示すべき対象は喪失しているから、本件第二処分の取消しを求める訴えは不適法というべきである。

三  結論

以上によれば、費用算出情報は非開示情報に該当するとは認められず、本件第一処分は違法というべきであるから、これを取り消すこととし、本件第二処分の取消しを求める訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)

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