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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)189号 判決 2000年4月25日

原告

河野佑吉

右訴訟代理人弁護士

大村金次郎

被告

世田谷税務署長 山田研治

右指定代理人

森悦子

木上律子

渡邉正博

安井和彦

高野浦信昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成九年五月三〇日付けでした、平成八年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、所有する土地及び建物を平成八年中に譲渡した原告が、被告所部の担当職員の指導による税務相談を経て、右譲渡に係る平成八年分の所得税について、譲渡所得及び納付すべき税額のいずれも零円とする旨の確定申告書を提出したところ、後に、被告から、右の確定申告に係る譲渡所得の計算は誤りである旨の指摘を受け、修正申告を余儀なくされたうえ、右修正申告に係る過少申告加算税賦課決定処分を受けたことから、原告には国税通則法(以下「通則法」という。)六五条四項に定める「正当な理由」があるとして、右処分の取消しを求めるものである。

一  争いのない事実

1  原告は、平成八年三月一五日、井上不動産株式会社に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下、「本件土地」及び「本件建物」といい、本件土地と本件建物を併せて「本件不動産」という。)を二億八〇〇〇万円で売却した(以下、この売却を「本件譲渡」という。)。

2  原告は、本件譲渡に係る所得税の確定申告書の作成を被告の職員に相談すべく、平成九年三月五日に世田谷税務署を訪れ、面接担当職員である国税調査官杉本徳子(以下「杉本調査官」という。)と面接した。原告は、杉本調査官に対し、本件譲渡に係る所得税の確定申告に必要な書類の作成につき、原告持参の資料に基づいて数額を算出したうえで記入するよう依頼した。

杉本調査官は、原告が提示した書類の記載内容及び原告の説明に基づき、原告が本件不動産を取得した際に出捐した実際の取得価額を基礎に取得費の額を算定して、「譲渡内容についてのお尋ね」と題する譲渡所得の計算の明細を記載したうえで、確定申告書に添付して被告に提出すべき書類(以下「お尋ね」という。)に数額等を記入し、原告の本件譲渡に係る平成八年分の譲渡所得の金額を次のとおり計算した。

(一) 譲渡代金 二億八〇〇〇万円

右金額は、本件譲渡の金額である。

(二) 取得費 二億五九三一万六〇九八円

次の(1)及び(2)の合計額である。

(1) 本件土地に係る取得費 二億一五二〇万円

右金額は、原告が本件土地の購入代金として説明した金額である。

(2) 本件建物に係る取得費 四四一一万六〇九八円

右金額は、本件建物の取得費の額六一〇三万五〇〇〇円から、本件建物の取得後、譲渡までの間に係る減価償却費の額一六九一万八九〇二円を控除した残額である。

(三) 譲渡費用 二三八万六〇〇〇円

右金額は、本件譲渡の際に支払った測量費及び登記費用の額並びに印紙代の合計額である。

(四) 差引金額 一八二九万七九〇二円

右(一)の譲渡代金から右(二)の取得費及び右(三)の譲渡費用の合計額を控除した残額である。

(五) 特別控除額 一八二九万七九〇二円

右金額は、本件譲渡に、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三五条一項(平成八年法律一七号による改正前のもの。)が適用されるとした場合の同項一号に規定する長期譲渡所得の特別控除額である。

(六) 譲渡所得の金額 〇円

右(四)の差引金額から右(五)の特別控除額を控除した残額である。

3  杉本調査官は、お尋ねに基づいて本件不動産に係る譲渡所得の金額を計算した後、原告に対して、右の譲渡所得以外の所得の有無について質問したところ、原告は、平成八年中には右譲渡所得以外の所得はない旨の回答をした。

杉本調査官は、原告の右回答に基づき、原告の平成八年分の所得税の確定申告書(分離課税用)(以下「本件確定申告書」という。)に、措置法三五条を適用した旨並びに分離課税の長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額をそれぞれ零円と記載した。

杉本調査官は、右記載の後、原告に対して、本件不動産の譲渡に係る譲渡所得の計算については、措置法三五条一項に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除を適用することができ、この特別控除を適用すると原告の平成八年分の所得税額は零円になる旨及びこの特別控除を適用するためには、原告の住民票を本件確定申告書に添付して被告に提出する必要がある旨を説明し、原告は持参していた自己の住民票を杉本調査官に提示した。

そこで、杉本調査官は、本件確定申告書、同申告書の控え及びお尋ねに、それぞれ原告の住所の記載と署名押印を求め、これを得た後、お尋ねについてはコピーを一部作成し、お尋ね及び右の住民票についてはその場で収受し、お尋ねの写しについても、その場で収受印を押印し原告に控えとして交付し、本件確定申告書及び同申告書の控えについては、面接会場の入口付近に設置してあった受付に提出するよう原告に指示した。

原告は杉本調査官の指示に従い、本件確定申告書及び同申告書の控えを右受付に提出し(以下、この申告を「本件申告」という。)、被告は本件確定申告書を収受し、同申告書の控えについては、収受印を押印後、控えとして原告に交付した。

4  平成八年分の所得税の確定申告期間終了後、被告において原告が提出した本件確定申告書及びお尋ねの記載内容を部内の各種資料と照合検討したところ、本件不動産は原告の昭和六〇年分の所得税の確定申告において、措置法三六条の二(昭和六二年法律九六号による改正前のもの。)一項に規定する課税の特例(以下「本件特例」という。)の適用を受けた資産(以下「買換資産」という。)であり、右不動産の譲渡所得の金額を計算する場合の取得費は、措置法三六条の四(昭和五八年法律一一号による改正後のもの、以下同じ。)の規定に基づいて計算した金額と措置法三一条の四(平成三年法律一六号による改正後のもの、以下同じ。)一項の規定により計算した収入金額の一〇〇分の五に相当する金額とのいずれか多い方の金額とすべきである(原告の場合は収入金額の一〇〇分の五に相当する金額の方が多額である。)にもかかわらず、本件確定申告書では本件譲渡に係る譲渡所得の金額を、実際の取得価額を取得費の額として計算しており、その結果、所得金額が過少に申告されていることが明らかとなった。

5  右の誤りを把握した被告所部の調査担当職員である国税調査官藤澤武(以下「藤澤調査官」という。)は、平成九年四月初旬ころ、原告に電話で世田谷税務署への来署を依頼した。

そして、数日後に世田谷税務署に出向いた原告に対し、藤澤調査官は、右過少申告の事実及び過少申告となっている理由並びに正当に計算した場合の納付すべき税額等について説明した。

これに対して原告は、本件特例の制度及び本件不動産が本件特例の適用を受けた買換資産であることは知らない旨答弁した。

そこで、藤澤調査官は原告に対し、原告の昭和六〇年分の所得税の確定申告書の控えやお尋ねの控えの記載内容等を確認するよう求め、原告はこれを了承して帰宅した。

6  右来署から数日後、藤澤調査官は原告に電話で再度来署を求め、原告は平成九年四月二三日に世田谷税務署に出向いた。

藤澤調査官は、譲渡所得の金額、取得費及び納付すべき税額等をお尋ね及び平成八年分の所得税の修正申告書に次のとおり記載したうえで、来署した原告と面接した。

(一) 譲渡代金 二億八〇〇〇万円

右金額は、平成九年三月五日、杉本調査官が原告に面接した際に記入したお尋ねに譲渡代金として記載した金額と同額である。

(二) 取得費 一四〇〇万円

右金額は、本件不動産は買換資産であり、買換資産の譲渡所得の金額を計算する場合の取得費は、措置法三六条の四の規定により計算した金額と同法三一条の四第一項の規定により計算した収入金額の一〇〇分の五に相当する金額とのいずれか多い方の金額とすべきところ、右(一)の収入金額(譲渡代金)二億八〇〇〇万円に一〇〇分の五を乗じて算出した金額を取得費の額としたものである。

(三) 譲渡費用 二三八万六〇〇〇円

右金額は、平成九年三月五日、杉本調査官が原告に面接した際に記入したお尋ねに譲渡費用として記載した金額と同額である。

(四) 差引金額 二億六三六一万四〇〇〇円

右金額は、右(一)の譲渡代金から右(二)の取得費及び右(三)の譲渡費用の合計額を控除した残額である。

(五) 特別控除額 三〇〇〇万円

右金額は、本件不動産の譲渡に、措置法三五条一項が適用されることから、同項一号に基づいて計算した長期譲渡所得の特別控除額である。

(六) 譲渡所得の金額 二億三三六一万四〇〇〇円

右金額は、右(四)の差引金額から右(五)の特別控除額を控除した残額である。

(七) 納付すべき税額 三一八二万三五〇〇円

右金額は、次のとおり計算したものである。

(1) 分離課税の長期譲渡所得の金額 二億三三六一万四〇〇〇円

(2) 所得控除の合計額 一一二万三九八八円

(3) 課税長期譲渡所得金額 二億三二四九万円

右(1)の金額から右(2)の金額を控除した残額(ただし、通則法一一八条一項の規定により、一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)である。

(4) 納付すべき税額 三一八二万三五〇〇円

右(3)の課税長期譲渡所得金額に措置法三一条の三第一項二号に規定する税率を適用して計算した金額三一八七万三五〇〇円から平成八年分所得税の特別減税のための臨時措置法四条に規定する特別減税額五万円を控除した残額である。

7  右面接に当たり、藤澤調査官は、前回来署時に原告に確認を求めた原告の昭和六〇年分の所得税の確定申告書の控え等について尋ねたところ、原告は、これらの書類は見つからなかった旨答えた。

次に、藤澤調査官は、同調査官が記載した平成八年分の所得税の修正申告書及びお尋ねに基づいて、原告が納付すべき所得税額及びその算出過程を説明し、原告に修正申告書の提出を求めるとともに、修正申告をすることに伴って通則法の規定により当然に発生する延滞税について説明し、さらに、原告が本件不動産が買換資産であることを杉本調査官に説明しなかったために同調査官が本件確定申告書に誤った数額を記入することになったと認められる本件においては、当然に賦課されると見込まれた過少申告加算税について説明した。

これに対し、原告は、当初、平成九年三月に書類を持参して杉本調査官に面接し、確定申告書を作成してもらったにもかかわらず、同年四月になって間もなく、その申告内容に誤りがあるとの理由で修正申告を求めるのは納得できない旨申し立てた。

藤澤調査官は、原告に対して、本件不動産が買換資産であることを、原告から面接担当者である杉本調査官に申し出なければ同調査官にその事実は分からないのであって、確定申告に必要な書類の作成を依頼するに際し、これを、面接担当者に説明することは本件特例の適用を受けた納税者である原告の義務である旨説明した。

原告は、藤澤調査官が記載した修正申告書及びお尋ねに署名押印し、被告に提出した(以下、この申告を「本件修正申告」という。)。しかし、原告は、確定申告が過少となったのは面接を担当した杉本調査官の指導が不適切であったことに原因があり、延滞税及び過少申告加算税を納付することはできない旨主張した。そこで藤澤調査官は、原告に対し、<1>過少申告加算税については、原告の右主張に基づき再度検討し、これを賦課すべきであると判断する場合には書面で原告に通知する旨、<2>この処分については被告に対して異議申立てができる旨及び<3>延滞税は通則法の規定により当然に発生するもので、これに対しては異議申立てができない旨を説明した。

右説明の後、原告は修正申告に伴って新たに原告が納付することとなった所得税について即時に納付することが困難である旨を申し出たので、藤澤調査官は、原告を納付についての相談を担当する世田谷税務署の徴収部門に案内し、同部門の職員に右事情を引継ぎ、同日の面接を終了した。

8  被告は、平成九年五月三〇日付けで、本件修正申告について、通則法六五条四項に規定する「正当な理由」は存在しないものと判断して、過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)を行った。

9  原告は、本件処分を不服として、平成九年六月九日、被告に異議の申立てをしたが、被告はこれを棄却する旨の決定した。原告は、さらに不服があるとして、同年九月一七日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同審判所長は平成一〇年七月六日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。

二  争点及び争点に対する当事者の主張

本件の争点は、原告が本件申告をする際に本件不動産の取得費をその購入価額を基礎として計算し、過少申告をしたことについて、通則法六五条四項に定める「正当な理由」が認められるか否かであり、右争点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(原告の主張)

1 原告と杉本調査官の面接の状況について

(一) 原告が杉本調査官と面接した際に提示した書類は、<1> 本件譲渡に係る平成八年三月一五日付けの不動産売買契約証書、<2> 本件土地の購入に係る昭和五九年八月二四日付け土地売買契約書、<3> 本件建物の建築費に関する書類、<4> 本件不動産の譲渡費用に係る領収書ないし領収証三通、<5> 本件不動産の登記簿謄本、<6> 本件建物の表示登記申請書、<7> 東京都世田谷区成城五丁目六一一番二所在の土地及び同土地上の建物に係る売買契約書である。これらの書類は、原告が本件不動産を取得し、譲渡するまでの関係書類として一括して保存してきたものであり、原告は、右書類をそのまま杉本調査官に提示した。

(二) 杉本調査官は、右書類に基づいて原告に質問をし、原告は、本件不動産は、原告が養母から相続した東京都世田谷区成城五丁目六一一番二所在の土地及び同土地上の建物(以下「相続不動産」という。)を売却し、その代金をもって買ったものであること、本件不動産を処分したのは、借金を返済するためであるが、その借金は、本件不動産を購入するための借金ではないことを説明した。

原告は、本件不動産が買換資産であることを始めから知らず、したがってその旨の説明をしていないし、また、杉本調査官も本件不動産が買換資産であるかどうかを尋ねる趣旨の質問をしなかった。

2 本件処分の違法性について

(一) 原告は、譲渡所得税について全く知識がなく、申告にあたり遺漏があってはならないと考えて被告に相談した。原告は、すべての資料を提示し、杉本調査官のすべての質問に応答し、被告の指導、指示通りに本件申告をした。

通則法六五条四項は、「正当な理由」がある場合につき規定しているが、右の「正当な理由」がある場合とは、税法の解釈の改編、予期せざる事情の発生のほか、真にやむを得ない事由があると認められる場合で、納税者に不当若しくは酷になる場合を指すと解すべきである。原告には譲渡所得税についての知識がなく、本件申告に当たって遺漏があってはならないと考えて被告に相談したものであり、原告はすべての資料を提示し、杉本調査官のすべての質問に応答し、その指導、指示どおりに本件申告をしたものであるから、本件申告において、本件不動産の取得費をその購入費を基礎に算定したことについては、右の「正当な理由」があるというべきである。

したがって、本件処分は、正当な理由の存在を看過してなされた違法なものであり、取り消されるべきである。

(二) 過少申告加算税は、その性質上制裁であり、制裁であるからには納税者に違法がなければならない。しかるに、本件申告について、原告にはおよそ違法とされるようなことはない。

被告は、原告が、本件不動産が買換資産であったことを告げなかったことが計算を誤った原因であり、原告に責任がある旨主張する。

しかし、買換えとは何か、それが税法上どういう意味を持つかなど一般的に納税者は知らないし、原告も知らない。譲渡所得を申告する際に注意を払うべき点は、本件特例をはじめとする資産の買換えの場合等の譲渡所得の課税の特例の適用の可否であり、譲渡物件の取得価額を検討する際に注意を払うべき点は、譲渡物件の取得の経緯、過去に右特例の適用を受けた買換資産であるか否かである。杉本調査官も、税法の専門家として、右のような点に留意すべき注意義務があるはずであり、相談を受けた杉本調査官は、専門家として当然に本件不動産を取得した経緯を質問しなければならない。まして、被告は、原告に係る税の全資料を保管し、管理する所轄の税務署長であり、申告期限前に点検、照合し、本件不動産が買換資産であることを原告に告げるべきであった。買換えか否かに全く触れることなく、その調査もせず漫然と機械的に本件不動産の譲渡に係る譲渡所得税の計算をした被告には重大な過失があるというべきである。

また、被告は、不動産の地番が分かれば瞬時に当該不動産が買換資産に該当するか否かを含めて、当該不動産に係る過去のすべての事項を知ることができる国税総合管理システムを持っており、さらには、本件不動産にかかわる昭和六〇年分の確定申告書その他の資料を保管しているのであるから、相談を受けたときに直ちにその調査をしなかった被告ないし杉本調査官には重大な過失があるというべきである。

のみならず、前記1で述べたとおり、原告は、杉本調査官に対し、本件不動産は相続した財産を売った代金で購入したことを説明し、さらに相続不動産の売却に係る売買契約書を提示しており、本件不動産が買換資産であることをうかがわせる説明ないし資料の提示をしているのであるから、同調査官においては本件不動産が買換資産である可能性があることを念頭に置いて適切な指示をなすべきであり、これに気付かないまま本件申告書の作成を指示したことは同調査官の過失であり、過少申告の原因が被告にあることは明らかである。

したがって、本件処分は取り消されるべきである。

(被告の主張)

1 通則法六五条四項の「正当な理由」について

過少申告加算税は、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とする申告納税方式を採る国税につき、期限内に申告書が提出された場合において、修正申告書の提出又は更正があったときに、当該納税者に課される加算税であり、申告納税制度を維持するために正確な申告を確保することをその目的とするものである。

そして、通則法は、右過少申告加算税を課することとした目的に照らし、これを課すことが不当若しくは酷と思料される場合のあり得ることを予定して、「第一項又は二項に規定する納付すべき税額の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には」、過少申告加算税の計算の基礎となる税額から、右の正当な理由があると認められる事実に基づく税額を控除して、過少申告加算税の金額が計算される旨(六五条四項)規定し、また、申告納税制度の普及を図るため、自発的な修正申告を奨励することを目的として「修正申告書の提出があった場合において、その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してなされたものでないときは」過少申告加算税を課さない旨(同条五項)の例外を定めている。

右通則法六五条四項に規定する「正当な理由」が具体的にどのような場合を指すかについては、右のとおり、附帯税たる過少申告加算税の本質が、租税申告の適正を確保し、もって申告納税制度の秩序を維持するもので、租税債権確保のために納税義務者に課された税法上の義務不履行に対する一種の行政上の制裁というものであることからすれば、かかる制裁を課することが不当若しくは酷と思料される事情の存することを指称すると解すべきであり、例えば、税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い、修正申告し、若しくは、更正を受けた場合、又は、災害、盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものがその後予期しなかった保険金等の支払を受け、若しくは、盗難品の返還を受けたため修正申告し、若しくは、更正を受けた場合等、申告当時適法とみられた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に過少申告加算税を課すことが不当、若しくは、酷になる場合を意味するのであり、単に過少申告が納税者の税法の不知、若しくは、誤解に基づく場合には、これに該当しないと解すべきである。

2 原告と杉本調査官の面接の状況について

原告が杉本調査官と面接し、本件申告にかかる確定申告書の作成を依頼した際に提示した書類は、<1>本件譲渡に係る平成八年三月一五日付けの不動産売買契約証書、<2> 本件土地の購入に係る昭和五九年八月二四日付け土地売買契約書、<3> 本件建物の建築費に関する書類、<4> 本件不動産の譲渡費用に係る領収書ないし領収証三通、<5> 金銭消費貸借契約書である。原告は、杉本調査官との面接に際して、本件不動産が本件特例の適用を受けた買換資産である旨の説明や、それをうかがわせる書類の提示あるいは発言を一切しなかった。

原告は、杉本調査官に対して右<1>ないし<4>の書類とともに、<5>の金銭消費貸借契約書を提示し、杉本調査官がこの金銭消費貸借契約書を持参した趣旨及び本件不動産の売却理由を質問したところ、右契約書は本件不動産を購入したときの借入金に係るものである旨申し述べ、併せて、本件不動産の売却理由は、右借入金の返済のためである旨述べたが、購入時の状況につきそれ以上の事情を説明しなかったので、杉本調査官は、本件確定申告書の記載に当たり、本件不動産が買換資産であるか否かにつきさらに確認する必要はないものと判断したのである。

3 本件処分の適法性について

(一) 所得税法が採用している申告納税制度は、納税者が自主的判断と責任において、確定申告書を提出し、当該確定申告書に係る税額を納付する制度であるから、納税者自身あるいはその代理人たる税理士が税法について十分に理解していることを前提としている。

しかしながら、申告納税制度の円滑な運用のため、確定申告に際しては税務署においても面接を希望する納税者と面接し、申告手続等について納税者を援助している。すなわち、右面接の場は、課税庁の調査の場として設けられているものではなく、納税者の確定申告書の作成を手助けするためのものであるから、納税者の要請と申立てに基づき、それに従った確定申告書を作成することを目的としており、その際に、納税者がいかなる事実を申し出るかは、当然のことながら、各納税者の自主的判断と責任において行うべきものである。

したがって、右面接を経て作成された確定申告書に記載された所得金額等が、常に適法なものとはいえず、その適否は、課税庁側の調査や納税者自らの見直しにより判断されるべきものである。

確定申告時期における右面接の性質を踏まえて本件を見ると、原告は杉本調査官に対して、本件譲渡に係る売買契約証書、本件不動産の購入に係る売買契約書等を提示したにすぎず、本件不動産が買換資産であることを明らかにする原告の昭和六〇年分の所得税の確定申告書の控え等を一切提示しておらず、また、これをうかがわせる発言も一切していない。杉本調査官は、このような原告の申立てに従って、お尋ね及び確定申告書に数額等を記入したものであるから、本件確定申告書は原告の申立てた事実関係に応じて作成されたものということができる。

以上のとおり、仮に、原告が、杉本調査官に、右二通の売買契約書に加えて本件不動産が買換資産であることを示す書類を提示し、若しくは申立てるなどしていれば、同調査官は、当該申立て等に従い、確定申告書やお尋ねを作成するのであるから、原告は、当初から適正な確定申告をすることができ、過少申告をすることにはならなかったということは明らかである。

右のとおり、本件において申告が過少となった原因は、原告が杉本調査官との面接に際して、本件不動産が買換資産であることを明らかにする書類を提示するなどしなかったことにあり、その責任は原告にあるものといわざるを得ず、杉本調査官が原告の申立てに従って本件確定申告書を作成した結果、本件不動産が買換資産であった事実が右申告の納付すべき税額の計算の基礎とされなかったことについて、原告に通則法六五条四項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

(二) 原告が杉本調査官と面接した時の状況が原告主張のとおりであったとしても、原告は本件不動産が買換資産である旨を杉本調査官に説明しておらず、また、本件不動産が買換資産であることを杉本調査官に認識せしめるに足りる原告の昭和六〇年分の所得税の確定申告書の控え等を提示してもいないのであるから、本件確定申告書は原告が申立てた事実関係に応じて作成されたものであり、このようにして作成された本件確定申告書に記載された税額が過少となった責任は原告にあるものというべきである。

なお、原告は、被告が原告にかかわる税の資料を保管・管理していることを根拠に、右面接の際にこの資料を調査しなかったことをもって、被告の重大な過失であると主張するが、被告は、必ずしも原告が主張するとおりの態様で各種の租税に関する資料を保管・管理しているわけではないところ、被告が各種の資料を収集し、保管・管理しているのは、所得税法が採用している申告納税制度を前提とし、個々の納税者が申告した内容が適正か否かを確認するためであって、被告が原告につきどのような資料を収集し、保管・管理しているかは、右原告の過少申告の責任の有無に何ら影響を与えるものではないというべきであり、したがって、本件処分の適法性に何ら影響を及ぼすものではない。

(三) 以上のとおりであるから、次の(1)と(2)の合計四七四万八〇〇〇円の過少申告加算税を賦課する旨の本件処分は適法である。

(1) 本件修正申告により原告が新たに納付すべきこととなった所得税額三一八二万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切捨て後の金額)に通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額三一八万二〇〇〇円

(2) 通則法六五条二項の規定に基づき本件修正申告により原告が新たに納付すべきこととなった所得税額三一八二万三五〇〇円から五〇万円を控除した残額三一三二万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切捨て後の金額)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一五六万六〇〇〇円

第三当裁判所の判断

一  所得税法は、いわゆる申告納税方式を採用し、納税者自らが課税標準を決定し、これに自らの計算に基づいて税率を適用して税額を算出し、これを申告して納税すべき税額を確定させるという制度を採用している。そして、このような申告納税方式のもとでは、適正な申告をしない者に対し、一定の制裁を加えて、右のような申告秩序の維持を図ることが要請されるが、このような行政上の制裁の一環として、過少申告の場合について規定されたのが過少申告加算税(通則法六五条)である。

右のような申告納税方式、過少申告加算税の趣旨及び過少申告加算税とは別に重加算税(通則法六八条)等が規定されていることにかんがみれば、通則法六五条四項の「正当な理由」がある場合とは、例えば、税法の解釈に関し申告当時公表されていた見解がその後改変されたり、災害又は盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものがその後予期しなかった保険金等の支払や盗難品の返還を受けたこと等により、申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変更により納税者の故意又は過失に基づかずして過少申告となった場合、あるいは、納税者が正確な資料を提示して税務相談をしたのに対し権限ある税務官署の担当職員が誤った指導をし、当該納税者がこれを信頼してそのとおり申告をしたため過少申告となった場合のように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税申告に過少申告加算税を課すことが不当又は酷になる場合を意味するものであると解するのが相当である。右の見地からすれば、単に過少申告が納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合には、それは自らの責めに帰すべきものであり、右過少申告について同項の「正当な理由」があるとはいえないというべきである。

二  そこで、本件につき通則法六五条四項の「正当な理由」が認められるかどうかを検討するに、まず、前記第二の一記載の事実に証拠(甲二の1、6ないし10、12ないし15、三の1ないし3、四の1ないし3、六、八、乙一ないし四、証人杉本徳子、原告本人)及び弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成八年三月一五日、井上不動産株式会社に対し、本件不動産を売却(本件譲渡)した。本件土地は、原告が昭和五九年に株式会社畑中工務店(以下「畑中工務店」という。)から購入したものであるが、原告は、右購入当時、相続不動産を売却した代金で土地を購入しようとしていたところ、相続不動産が売却できる前に本件土地が見つかったことから、原告の親戚が経営していた葵興業株式会社(以下「葵興業」という。)に一時売買代金を立て替えてもらって本件土地を購入した。そのために、右売買の売買契約書においては、買主が葵興業となっている。

2  原告は、本件譲渡に係る所得税の確定申告書の作成の件を被告の職員に相談するために、平成九年三月五日、世田谷税務署の税務相談に赴いた。世田谷税務署においては、杉本調査官が原告に対する応対をし、原告は、杉本調査官に対し、本件譲渡に係る所得税の確定申告に必要な書類の作成を依頼した。

原告と杉本調査官の面接においては、まず、原告が持参した書類を杉本調査官に提示した。原告は、原告が昭和五九年に本件土地を取得したときの売買契約書、原告が平成八年三月一五日に井上不動産に対し本件不動産を売却した際の売買契約書、原告が本件建物を建築した際の建築工事の注文請書、本件不動産の譲渡費用に係る領収書ないし領収証三通を杉本調査官に提示した。

3  杉本調査官は、原告から提示された書類に目を通した後、本件譲渡に係る売買契約書を見て、お尋ねの「1 お売りになった資産を、売先別、種類別に記入して下さい。」という欄の物件の種類、用途、面積、所在地、売却先、契約日及び譲渡代金を記載した。

次に、杉本調査官は、原告が昭和五九年に本件土地を取得したときの売買契約書を見て、お尋ねの「2 お売りになった資産は、いつ、だれから、いくらで購入(建築)したかを、土地と建物とに分けて記入して下さい。」という欄の土地の購入先、購入年月日、購入代金を記載した。前記1記載のとおりの理由から、原告が昭和五九年に本件土地を取得したときの売買契約書においては、買主が葵興業となっていることから、杉本調査官は、原告が葵興業から本件土地を購入したものと誤解して、はじめは、右の購入先の欄に、「葵興業株式会社」と記載してしまった。しかし、杉本調査官は、誤りに気づき、購入先を「(株)畑中工務店」と訂正した。

4  原告は、杉本調査官に対し、本件土地の取得に関して、原告は、昭和五九年に畑中工務店から購入したこと、右購入に当たっては、原告の親戚が経営していた葵興業に一時売買代金を立て替えてもらったこと、そのため本件土地の売買契約書において買主は葵興業となっていることを説明した。

また、杉本調査官は、原告に対し、本件不動産を売却した理由について聞いたところ、原告は、借金が返せなくなったからであると答えた。

5  平成八年分の所得税の確定申告期間終了後、被告において原告が提出した本件確定申告書及びお尋ねの記載内容を部内の各種資料と照合検討したところ、本件不動産は、原告が昭和六〇年分の所得税の確定申告において、本件特例の適用を受けた買換資産であり、本件不動産の譲渡所得の金額を計算する場合の取得費は、措置法三六条の四の規定に基づいて計算した金額と同法三一条の四第一項の規定により計算した収入金額の一〇〇分の五に相当する金額とのいずれか多い方の金額とすべきであるにもかかわらず、本件確定申告書では、実際の購入価額を基礎として取得費の額を計算しており、その結果、所得金額が過少に申告されていることが明らかとなった。

なお、原告は、杉本調査官との面接の際に、持参した相続不動産の売却に係る売買契約書を提示し、本件土地は養母から相続した財産を売却し、その代金で買ったものである旨の説明をしたと主張し、原告本人尋問においても、右主張に沿う供述をする。しかしながら、原告が本件不動産が買換資産に該当することを認識していたというのであればともかく、原告は当時かかる認識を有していなかったというのであり、そうであるとすれば、相続不動産の売買契約書をも本件譲渡に関する書類として持参したとする原告の右供述はたやすく信用できないし、また、原告が、相続不動産を売却した代金で本件土地を購入した旨を杉本調査官に説明していたとすれば、杉本調査官は本件不動産が買換資産に該当するのではないかとの疑問を持ち、その点に関して原告に質問するなり、税務署保管の資料を調査するなどの行為に出たものと推認されるところ、本件において、杉本調査官が右の点に関し疑問を抱いた形跡がないことに照らしてみれば、原告が杉本調査官に右のような説明をしたとは考えにくいのであって、この点に関する原告の供述も採用することができない。

三  右に認定した事実によれば、本件申告において、所得金額が過少に申告される結果となったのは、本件不動産が買換資産であり、本件譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上必要経費に算入すべき取得費について措置法三六条の四ないし同法三一条の四第一項の規定を適用した金額としなければならないところ、原告が本件不動産が買換資産であることを杉本調査官に説明せず、あるいはそのことを明らかにする資料を提示せず、そのため同調査官において本件不動産の購入価額を基礎としてその取得費の額を計算したうえ、本件譲渡に係る譲渡所得の金額を算定し、これを原告に示したことに起因するものと認められる。

ところで、納税者が正確な資料を提示して税務相談をしたのに対し権限ある税務官署の担当職員が誤った指導をし、当該納税者がこれを信頼してそのとおり申告をしたため過少申告となった場合、当該過少申告について通則法六五条四項の「正当な理由」があるというべきことは前記一に説示したとおりであるが、本件の場合、杉本調査官が本件不動産を買換資産と認識せずに本件譲渡に係る譲渡所得の計算を行ったのは、原告がその点に関する説明ないし正確な資料の提示をしなかったためであり、杉本調査官がその点に関し積極的に原告に質問するなどの行為に出なかったことが税務指導として適切であったかどうかはともかく、同調査官が右のようにして計算した譲渡所得の金額をお尋ね及び確定申告書に記載し原告に交付したことをもって、同調査官が原告に対し誤った指導をしたものとまでいうことはできず、結局のところ、本件申告が過少申告となったのは、原告の税法の不知又は誤解に基づくものというほかはないというべきである。そして、申告が過少となったのが単に納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合、当該過少申告について通則法六五条四項の「正当な理由」があるとはいえないことは前記一に述べたとおりである。

四  この点、原告は、原告には譲渡所得税についての知識がなく、本件申告に当たって遺漏があってはならないと考えて被告に相談したものであり、本件不動産が買換資産であるかどうかについても注意を払うべき義務がある税の専門家である杉本調査官に対し、原告は、すべての資料を提示し、同調査官のすべての質問に応答し、その指導、指示どおりに本件申告をしたものであるから、本件申告において、本件不動産の取得費をその購入価額を基礎に計算したことには「正当な理由」があると主張する。

しかし、税務相談は、相談者の提供した事実を基にアドバイスをするものにすぎず、申告の基礎となる事実は相談者の側で提示しなければならないものというべきであり、本件においても、本件不動産が本件特例の適用を受けた買換資産であることについては原告側から積極的に説明ないし資料の提示をすべきであり、それがない場合に、その相談に与った杉本調査官において、その点について質問し、あるいは税務署保管の資料に基づいて調査する義務まで負うものでないと解するのが相当である。したがって、原告の主張するような右の事情をもって、「正当な理由」に該当するということはできない。

なお、原告は、被告が、不動産の地番が分かれば瞬時に当該不動産が買換資産に該当するか否かを含めて、当該不動産に係る過去のすべての事項を知ることができる国税総合管理システムを持っており、さらには、本件不動産に係る昭和六〇年分の確定申告書その他の資料を保管しているのであるから、相談を受けたときに直ちに調査をしなかった被告ないし杉本調査官には重大な過失があるというべきであると主張するが、被告が、瞬時に当該不動産が買換資産に該当するか否かを含めて、当該不動産に係る過去のすべての事項を知ることができるシステムを有するということを認めるに足りる証拠はない。また、被告が本件不動産に係る昭和六〇年分の確定申告書その他の資料を保管していたとしても、申告の基礎となる事実は原告が提示しなければならないことは既に述べたとおりである。

以上のとおり、原告の主張は採用することができない。

五  したがって、原告が本件申告において、本件不動産の取得費をその購入価額を基礎として計算し、過少申告をしたことについて「正当な理由」は認められず、本件処分は適法というべきである。

第四結論

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡 裁判長裁判官青栁馨は転補のため署名押印することができない。裁判官 谷口豊)

別紙

物件目録

<1> 所在 世田谷区成城五丁目

地番 六七五番五

地目 宅地

地積 参弐壱・八九平方メートル

<2> 所在 世田谷区成城五丁目六七五番地五

家屋番号 六七五番五

種類 居宅

構造 木造スレート葺弐階建

床面積 一階 八七・五五平方メートル

二階 七参・四八平方メートル

付属建物の表示

符号 1

種類 車庫倉庫

構造 木造スレート葺平屋建

床面積 四四・〇四平方メートル

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