東京地方裁判所 平成10年(行ウ)251号 判決 2001年1月30日
原告
甲
原告
乙
原告
丙
原告
丁
原告
戊
右原告ら訴訟代理人弁護士
山田二郎
被告
新宿税務署長
水上皎
右指定代理人
小原一人
川上昌
佐々木義勝
江口克介
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成8年3月15日付けで亡己に対して行った平成4年分ないし平成6年分の所得税の各更正処分(ただし、平成4年分及び平成5年分については、裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、平成4年分については総所得金額1715万7192円、納付すべき税額427万3000円を超える部分、平成5年分については総所得金額1716万7706円、納付すべき税額396万3000円を超える部分、平成6年分については総所得金額1601万9929円、納付すべき税額268万0800円を超える部分並びに右更正処分に係る過少申告加算税の各賦課決定処分を取り消す。
第二事案の概要
原告らの父親である己は、同人とA株式会社の共有に係る建物(共有持分己一〇分の九、A株式会社一〇分の一)について、同人の持分部分を同社に対して賃貸していた。
A株式会社は、右建物を、己の持分に相当する部分を含めて第三者に賃貸しており、己は、賃貸料(年額2922万円)を同人の平成4年分から平成6年分の不動産所得の収入金額としていた。
被告は、己を賃貸人とし、A株式会社を賃借人とする右建物の賃貸借契約に係る取引が、所得税法157条に規定する同族会社の行為計算に該当し、これを容認した場合には、右各年分における己の所得税の負担を不当に減少させる結果となるとして、同条に基づき、右行為計算を否認して、右建物に係る己の収入金額とすべき賃貸料を適正と認められる金額に引き直して右不動産所得の金額を算定したうえ、右所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。
本件は、己の相続人である原告らが、被告の右各処分(ただし、平成4年分及び平成5年分については、審査請求に対する裁決で一部取り消された後のものである。)が違法であると主張して、これらの取消しを求めている事案である。
一 法令の定め
1 所得税法は、内国法人である法人税法2条10号に規定する同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合にはその株主若しくは社員である居住者又はこれと政令で定める特殊の関係のある居住者(その法人の株主又は社員である非居住者と当該特殊の関係のある居住者を含む。)の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その居住者の所得税に係る更正又は決定に際し、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その居住者の各年分の確定所得申告書の記載事項又は確定損失申告書の記載事項に掲げる金額を計算することができるものと定めている(所得税法157条1項1号)。
2 そして、右1の法人税法2条10号は、同族会社を「株主等の三人以下並びにこれらと政令で定める特殊の関係のある個人及び法人が有する株式の総数又は出資の金額の合計額がその会社の発行済株式の総数又は出資金額の百分の五十以上に相当する会社をいう。」と定めている。
二 前提となる事実(これらの事実は、当事者間に争いがないか又は弁論の全趣旨により認定できる事実である。)
1 己は、A株式会社(以下「A」という。)とともに、昭和41年10月30日、東京都新宿区歌舞伎町一丁目の土地上に貸店舗・貸事務所用の建物(以下「本件建物」という。)を新築し、これを両者の共有とした(共有持分己一〇分の九、A一〇分の一)。
2 己は、昭和41年12月1日から、Aに対し、本件建物に係る同人の共有持分のうち自己の居住用部分を除く部分を賃貸しており(以下「本件賃貸借契約」という。)、平成4年から平成6年における賃料年額は2922万円(以下「本件賃貸料」という。)であった。
3(一) Aは、本件建物に係る同社の共有持分に相当する部分及び己から賃借した同人の共有持分に相当する部分を併せて第三者に賃貸し、平成4年分ないし平成6年分(以下「本件係争各年分」といい、これに対応する期間を「本件係争各年」という。)においては、右賃貸によって、次のとおりの収入を得ている(ただし、平成4年分のうち200万円、平成5年分のうち282万6000円は、保証金償却又は更新料の臨時的収入の金額である。)。
平成4年分 7515万4690円
平成5年分 7965万2148円
平成6年分 7839万7388円
(二) 本件係争各年分における、己の共有持分割合(一〇分の九)に対応する転貸料(以下「本件転貸料」という。)は次のとおりである(ただし、平成4年分のうち180万円、平成5年分のうち254万3400円は、保証金償却又は更新料の臨時的収入の金額である。)。
平成4年分 6763万9221円
平成5年分 7168万6933円
平成6年分 7055万7649円
4 Aは、本件建物に係る修繕費として、平成4年分185万9047円、平成5年分257万4114円、平成6年分49万7286円を計上している。
5 Aは、本件係争各年において、己及び同人の親族が発行済株式総数の約86パーセントの株式を所有する法人税法2条10号に規定する同族会社であり、同社の代表取締役は、己の長男である原告甲である。
6 己の確定申告から本件裁決に至る経緯は次のとおりである(詳細は別表一ないし三のとおりである。)。
(一) 己は、被告に対し、本件賃貸料の年額である2922万円を不動産所得の総収入金額として記載した本件係争各年分の青色の確定申告書並びに不動産所得用の青色申告決算書を提出している。
(二) 被告は、平成8年3月15日付けで、己に対し、本件係争各年分の所得税について更正処分並びに右各更正処分に係る過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。
(三) 己は、平成8年4月17日、本件各課税処分に対する異議申立てを行ったが、被告は、同年7月8日付けで、これらを棄却する決定をした。
(四) 己は、平成8年8月6日、右(三)の棄却決定を不服として、審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成10年9月29日付けで、平成4年分及び平成5年分について原処分である右(二)の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消し、その余については審査請求を棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)をした(以下、本件裁決によって、平成4年分及び平成5年分について一部取り消された後の右(二)の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分を、それぞれ「本件各更正処分」及び「本件各賦課決定処分」といい、これらをまとめて「本件各課税処分」という。)。
7 己は、平成9年2月14日に死亡し、原告らが被相続人己の財産を相続した。
三 当事者双方の主張
(被告の主張)
1 所得税法157条について
(一) 同条の趣旨
所得税法157条1項の趣旨は、一般に、同族会社が少数の株主ないし社員によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすいことにかんがみ、税負担の公平を維持するため、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものである。また、同族会社を設立し、その株主等である納税者が、従前個人で営んでいた事業を会社に委託する等、同会社と取引関係にある場合には、独立・対等で相互に特殊な関係のない当事者間の取引ではなされ得ないような経済的合理性を欠いた行為又は計算をすることで、同族会社の納付すべき租税のみならず、当該納税者の納付すべき租税の負担をも不当に軽減することが可能であり、これが濫用される危険性が大きいことから、右規定は、同族会社とその株主等が所得税の負担を不当に減少させる結果となるような恣意的な行為又は計算をしないように、あらかじめ警告し、これを予防する機能を有する。
(二) 所得税法157条1項の適用要件
所得税法157条1項の適用要件は、
① 同族会社等の行為又は計算であること
② 右行為又は計算が経済的合理性を欠くこと
③ 右行為又は計算の結果、株主等の所得税の負担が減少したこと
であり、右②の要件については、当該行為又は計算が独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間の行為又は計算と異なるか否かによって判断されるべきである。
2 不動産貸付業者と不動産管理会社との一般的取引形態について
(一) 不動産貸付業者がその所有する不動産を賃貸する場合に、不動産管理会社を介する形態は、大別して次の二つの方式がある。
(1) 管理委託方式
不動産貸付業者が、その所有する不動産を第三者に貸し付ける一方、同不動産の管理のみを不動産管理会社に委託し、その対価として管理料を支払う方式
(2) 転貸方式
不動産貸付業者が、その所有する不動産を不動産管理会社に貸し付け、不動産管理会社は、同不動産をさらに第三者に貸し付ける方式
(二) 転貸方式による場合、不動産管理会社は、不動産貸付業者からその所有不動産を賃借して賃借料を支払い、当該不動産を第三者に転貸して転貸料を得て、その差額が不動産管理会社の収益となるが、この転貸方式においても管理業務の委託が含まれることが通常であるから、不動産管理会社が、不動産貸付業者から不動産を賃借し、併せて管理業務を行っている場合には、第三者から得た転貸料と不動産貸付業者に支払う賃借料との差額は、管理委託方式の場合における管理料とその経済的実質は同一のものと考えられる。
したがって、転貸方式においては、不動産貸付業者が不動産管理会社から得る賃貸料が不当に低額かどうかは、右差額が不当に高額なものとなっているかどうかを検討することによって明らかになる。
3 本件における所得税法157条1項の適用について
右で述べた所得税法157条の趣旨及び解釈に照らすと、以下のとおり、本件賃貸借契約は、経済的・実質的合理性を欠き、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間における取引とは異なるものであり、これにより、己は本件係争各年分の不動産所得について所得税の負担を不当に減少させたものである。
(一) 本件賃貸借契約の不合理性
(1) 己とAは同族関係にあり、本件賃貸借契約に係る取引は「同族会社等の行為又は計算」に該当する。
(2) 本件転貸料のうち、本件転貸料と本件賃貸料の差額が占める割合は次のとおりである。
平成4年分
((6763万9221円-2922万円)/6763万9221円×100=)五六・八〇パーセント
平成5年分
((7168万6933円-2922万円)/7168万6933円×100=)五九・二四パーセント
平成6年分
((7055万7649円-2922万円)/7055万7649円×100=)五八・五九パーセント
(3) Aは、本件転貸料と本件賃貸料との差額を、管理料相当額として受け取っていることとなり、他方、己は、Aに対して管理料相当額を支払っていると評価することができるところ、右によれば、管理料は、年間約4000万円という高額なものであり、右管理料相当額が年間7000万円前後の転貸料に占める割合は約60パーセントにも達しようとするものである。
このように高額かつ高率な管理料相当額を支払う取引は、己とAが同族関係にあるがゆえに可能となったものであり、相互に特殊関係のない独立・対等な当事者間においてあり得る取引に比して、不自然かつ不合理な取引である。
(二) 本件賃貸料を年額2922万円としたことは、次のとおり、己の所得税の負担を不当に減少させたことに該当する。
(1) 本件賃貸料を前提とした己の申告書における不動産所得の金額と、本件賃貸料を被告において計算した適正な賃貸料(以下「本件適正賃貸料」という。その算定方法については後記のとおりである。)に引き直して算定したときの不動産所得の金額の差額は、次のとおりである。
平成4年分 2870万5063円
平成5年分 3062万9284円
平成6年分 3158万5290円
(2) 本件賃貸料を前提とした己の申告書における納付すべき税額と、本件賃貸料を本件適正賃貸料に引き直して算定したときの納付すべき税額の差額は、次のとおりである。
平成4年分 1391万1700円
平成5年分 1496万2700円
平成6年分 1380万7900円
(3) 右(1)及び(2)のとおり、己は、本件賃貸料に基づいて本件係争各年分における不動産所得を算定した結果、(1391万1700円+1496万2700円+1380万7900円=)4268万2300円もの多額な所得税の額を不当に減少させているものである。
4 本件適正賃貸料の算定について
(一) 前記のとおり、転貸料と賃貸料の差額は、経済的実質において、管理委託方式における管理料と同一であるから、適正な賃貸料を求めるには、適正な管理料相当額を算定し、これを転貸料から差し引くことによって得られる。
本件における適正な管理料相当額は、通常あるべき行為又は計算、すなわち、己が、同人と同族関係にない不動産管理会社に本件建物に係る管理を委託した場合に支払うべき管理料であるところ、管理料と家賃等の賃貸料収入との間には一定の相関関係ないし比例関係が存在するから、賃貸料収入金額に対する支払管理料の金額の割合(管理料割合)により、適正な管理料相当額を算定することができる。
(二) 被告は、適正な管理料相当額の算定に当たって、本件係争各年分において、本件建物と場所的にも規模的にも類似する比準同業者を抽出し、その支払管理料割合から適正な管理料割合を求めるという方法をとっている。
適正な管理料相当額及びその割合が合理的であるためには、
(1) 比準同業者を抽出する基準が合理的であること
(2) 比準同業者を抽出する過程が合理的であること
(3) 抽出された比準同業者の件数が平均値を求めるうえで合理的であること
(4) 得られた管理料割合の内容が適正であり合理的であること
が必要である。
(三) 被告は、通達に従って比準同業者を抽出し、平均管理料割合を求めたうえ、本件係争各年分における本件建物の適正賃貸料を算定したのであり、比準同業者抽出の基準、過程及び件数並びに平均管理料割合の内容は、いずれも合理的である。
そして、本件適正賃貸料は、右平均管理料割合に基づいて適正な管理料相当額を求め、これを本件転貸料から差し引くことによって求められたものであるから、合理的なものである。
5 このように本件適正賃貸料が合理的であるとすると、前記のとおり、己は本件係争各年分の不動産所得について所得税の負担を不当に減少させたものというべきであるから、右不動産所得の金額を本件適正賃貸料に引き直して算定した上で行われた本件各課税処分は、いずれも適法である。
(原告の主張)
1 所得税法157条の違憲性
不当な租税負担の軽減行為(以下「租税回避行為」という。)が行われた場合であっても、租税回避行為を否認するためには、否認規定の適用によることが必要であり、このような否認規定として、国内取引については所得税法157条と法人税法132条が設けられている。
所得税法157条の立法趣旨は、法人税法132条の「同族会社等の行為又は計算の否認」規定のそれと同じであるといわれているが、法人税法132条は否認の対象となる租税回避行為の主体が同族会社であるのに対して、所得税法157条は行為者が個人であって行為の相手方が同族会社であることであり、この点で法人税法132条とは内容が根本的に異なっており、所得税法157条の立法合理性は明らかとはいえない。また、個人と個人の間の取引はこのような否認規定の対象とならないのに、個人と同族会社との間の取引だけが否認規定の対象とされていることも合理的理由はない。さらに、所得税法157条は、否認の根拠及び基準が明確性を欠いており、税務官庁の恣意的な課税が行われる余地がある。
したがって、所得税法157条は、租税平等主義(憲法14条)及び租税法律主義(同84条)に違反する無効な規定である。
2 否認規定の適用の違憲性
被告は、所得税法157条を適用して本件各更正処分をしているが、同族会社であるAの取得している転貸料が不当に高額であるというのであれば、まずこれを否認して減額更正を行うべきであるのに、Aの法人税については減額更正をせず、己が受領している賃貸料が低額であるということで増額更正のみを行っている。このことは同じ所得について二重課税をするものであり、これらを合計すると85パーセント(過少申告加算税を加算すると約100パーセント)という高率の課税をしていることになる。これは所得の収奪ともいうべきものであり、本件に所得税法一五七条を適用することは、財産権の保障を定める憲法29条に違反している。
3 管理委託方式と転貸方式
(一) 仮に所得税法157条及びその適用が日本国憲法に適合するとしても、被告が主張する本件適正賃貸料が正しく算定されているかどうかが厳しく審査されるべきであるし、「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」かどうかの判断に当たっては、賃貸人個人と賃借人である同族会社がトータルとしての所得税と法人税を不当に軽減したことになっているのかどうかを問題とすべきである。
(二) 貸ビルの所有者が自分でビルの経営をせず、他人にビルの経営を委託する方法としては、管理委託方式と転貸方式がある。
そのうち、管理委託方式の場合、通常は管理人(管理会社)にビルのメンテナンス、テナントの募集、賃貸借契約の代行を委託し、管理料を支払っているが、転貸方式の場合は、通常は安くても一定の確実な賃料収入を確保したいということで、ビルを一括賃貸することによって管理人と同様の仕事を委託するほかに、賃借人にテナントの空室のリスクを負担させていることに大きな特色と違いがある。
したがって、転貸方式の場合は、賃借人がテナントの空室のリスクを負担させられるので、賃貸料は管理料に比較して相当低額となっている。
また、貸ビルが、住宅や事務所用か、飲食店や風俗営業店用かによって管理内容が異なるので、管理料や賃貸料に格差があるほか、貸ビルの所在地、管理人や賃借人の負担する義務の内容によって、それぞれ個別性があることを軽視することができないものである。
4 本件適正賃貸料の算定の違法
(一) 被告は、本件建物の利用が転貸方式であるのに、管理委託方式の場合の平均管理料割合に基づいて本件賃貸料が過少であると否認している。
しかし、管理委託方式に比べて、転貸方式の場合は、賃借人がテナントの空室リスクを負担しているなどの理由により、賃貸料が低額となっていることは、前記のとおりである。
(二) そもそも本件では、原処分が認定した平均管理料、裁決における平均管理料割合の内容が秘匿され、訴訟では、新たに収集し直した平均管理料割合が否認の根拠として主張されている。
このように訴訟段階で新たに資料を収集して否認の根拠とすることは、原処分の資料では訴訟を維持できないことを示しているのであるが、これは、訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)及び原処分主義(行政事件訴訟法10条2項)に違反するものである。
(三) 被告が本件適正管理料割合の算定資料としている課税事績報告書においては、対象者はAないしJと記号で示されており、賃貸ビルの所在、種類、建築年月日、管理内容等、管理料の算定根拠として必要なことが全く明らかにされていないだけでなく、右対象者も年度毎に都合の良い者が選ばれており、数値にばらつきが多いにもかかわらず、データの異常性も検証されていないのであり、信用性に乏しい。
そして、新宿区内でも歌舞伎町の貸ビルとその他の地区の貸ビルとは状況が異なっているうえ、オフィスビルと本件建物のようにテナントとして飲食店や風俗営業店が入っているビル(ソシアルビル)とでは、管理内容が著しく異なっている。また、転貸方式の場合は、賃借人の負担する義務の内容によって金額が同一ではない。さらに、管理委託方式の場合でも、管理料の中で大きな費用項目は、固定費の人件費であるので、管理会社の規模が大きければ管理料割合が低下する。
(四) 本件建物においては、本件賃貸借契約の契約書の内容とは異なり、契約の当初から賃借人のAではテナントの募集、賃貸借契約書の更新、賃料の集金、清掃、エレベーターの保守の義務を負担していただけではなく、本件建物の建築設備の減価償却費の負担、24時間の警備、賃料滞納者への明渡し請求を依頼した弁護士への費用の負担、空室のボヤにつけ込んで不法占拠した暴力団関係者への明渡し請求を依頼した弁護士費用の負担までしていたのであるから、他の貸ビルと比較して、Aの取得する本件建物の転貸料収入が高額となることは当然である。
5 以上のように、本件賃貸借契約に係る取引の具体的事情を考慮せずに、右のように信用性に乏しい平均管理料割合に基づいて否認した上で行われた本件各更正処分及びこれに基づく本件各課税処分はいずれも違法である。
四 争点
以上によれば、本件の争点は、次の各点である。
1 所得税法157条の規定が、憲法14条1項、84条に違反するか。
(争点1)
2 税務署長が同族会社の法人税の調整を行わずに所得税法157条の規定を適用して所得税の更正又は決定を行うことは憲法29条1項に違反するか。
(争点2)
3 本件賃貸借契約に係る取引は、己の「所得税の負担を不当に減少する結果になると認められる」場合に当たるか。
(争点3)
第三当裁判所の判断
一 争点1及び2について
1 同族会社は、少数の株主ないし社員によって支配されているため、その株主ないし社員又はその関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われやすく、このような行為又は計算を放置した場合には、租税の公平な負担を害することとなることから、所得税法157条は、そのような行為や計算が行われた場合に、それを正常な行為や計算に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。そこで、右のような趣旨に照らせば、このような同族会社と個人との間の取引について右のような規定を設けることには合理性があるというべきであるから、その結果として、個人と個人との取引の場合とは取扱いが異なることとなったとしても、原告らの主張するように右所得税法157条の規定が憲法14条の法の下の平等の原則に反するということはできない。
また、所得税法157条1項の規定は「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがある」ことを要件とするものであるが、右要件に該当するか否かは、専ら経済的、実質的見地において、当該行為又は計算が経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断されるべきものであるから、右基準が不明確で課税行政庁の恣意的な適用を許すものであるということはできず、同項の規定が憲法84条の租税法律主義の原則に反するとの原告らの主張は採用できない。
2 所得税法157条の規定は、租税負担の公平を図るため、同族会社を利用して個人の税負担を不当に減少させる行為や計算を否認して、税務署長の認めるところによって所得の金額を計算できるとするものにすぎず、その場合の同族会社の法人税の額の計算については何らの調整のための規定はおかれていない。
しかし、そもそも同族会社とその取引の相手方である個人は別個の法人格を有するものであり、右の個人についての所得税の計算を行うについては、これに先立ち又はこれと同時に同族会社の法人税について減額更正等の処分をして、相互の課税額の調整を行わなければならない理由はないというべきであるから、右規定の適用に当たって、同族会社の法人税についての減額更正を行わないまま、その取引の相手方である個人について所得税法157条1項の規定を適用したからといって、これが憲法29条に違反するものとは解されない。
二 争点3について
1 本件に所得税法157条の適用があるかどうかは、経済的、実質的見地において、本件賃貸借契約に係る取引が、経済人の行為として不合理、不自然なものかどうかを判断することによって決すべきであるが、そのためには、Aによる本件建物の管理内容等、右取引に係る事情を考慮して合理的な賃貸料を算定し、これと本件賃貸料を比較する必要がある。
なお、原告らは、右判断に当たり、株主等の個人の所得税額と同族会社の法人税額を合算したうえ、これが全体として不当に税額を減少させるものかどうかを検討すべきである旨主張するが、所得税法157条の文理上、同条の適用に当たっては、所得税の納税義務の主体である個人を単位とした税負担の減少の結果を考えれば足りると解すべきであって、これに反する原告らの主張は採用できない。
2 Aによる本件建物の管理等
(一) 本件係争各年におけるAの業務は、本件賃貸借契約に基づく本件建物の管理のみであり、右の当時、従業員は一人もいなかった。
Aによる本件建物の管理内容は、本件建物のテナントの募集、テナントとの賃貸借契約の締結及び更新、集金、清掃、エレベーター等の設備の保守であった(以下、これらの業務をまとめて「本件管理業務」という。)。
本件係争各年においてAの代表取締役は原告甲であり、ほかに原告丁及び庚が取締役に就任していたが、本件管理業務のほとんどを原告甲が一人で担当していた。
ただし、テナントの募集については、取締役である原告丁が一部行っていたほか、必要に応じて歌舞伎町所在の不動産管理会社に委任していた。
(甲3、原告甲本人)
(二) 本件建物の7階及び2階には、それぞれ15坪及び3坪程度のAの事務所が存在していたが、本件係争各年において、原告甲は三鷹市中原に居住しており、他の取締役にも右事務所を自宅と兼用するなどして本件建物に居住する者はいなかった。
本件係争各年において、本件建物の7階には原告甲の息子である辛(以下「辛」という。)が居住していたが、右の当時、辛はAの従業員ではなく、アルバイト料名目で若干の金員を支給されることはあっても、辛に対して継続的に給料が支払われていたわけではなかった。
また、Aは、本件建物の警備等を外部の業者に委託することもなかった。
(原告甲本人)
(三) 本件賃貸借契約の契約書(以下「本件契約書」という。)においては、本件建物に関する租税公課、電気・ガス・水道料金並びにこれらに類する負担金はAの負担とする旨定められていたが、右のうち本件建物の固定資産税は、己が負担していた。
他方、本件契約書においては、本件建物に関する修理及び改修等は、原則として所有者である己の負担とする旨定められていたが、Aは、少なくとも本件係争各年においては、本件建物の修繕費並びに建築設備及び器具備品の減価償却費を負担していた。
また、本件契約書においては、己はAの経営状態を考慮して、当分の間、保証金、敷金等は徴収しない旨定められていたが、Aは、昭和54年ころ、己に対し、保証金名目で7000万円の金員を差し入れた。ただし、右保証金差入れを証する書類は作成されていない。
そして、本件契約書においては、契約締結の日(昭和41年12月1日)より3年の暫定期間満了の際に、Aの営業状態を勘案して、本件賃貸借契約を改訂する旨定められていたが、平成11年に至るまで、本件契約書が改訂されたことはない。
(甲1、甲4、原告甲本人、弁論の全趣旨)
(四) なお、原告らは、Aが本件建物に管理人を常駐させており、24時間態勢の警備を行っていた旨主張するが、右(1)及び(2)のとおり、本件係争各年においてAには従業員は一人もおらず、代表取締役であり、本件管理業務のほとんどを一人で担当していた原告甲を含む取締役のいずれも本件建物に居住していなかったというのであり、本件建物に居住していた辛が、Aの業務として継続的に管理人業務を行ったことを示す事情は存在しないから、Aが本件建物に管理人を常駐させていたということはできない。
これに加えて、右(2)のとおり、Aは本件建物の警備を外部業者に委託することもしていないというのであるから、Aが本件建物の24時間警備を行っていたということはできない。
3 被告による本件適正賃貸料の算定方法
(一) 被告は、本件建物の立地・用途や管理内容等の要素について己と一定の類似性を有する業者を比準同業者として抽出し、これら比準同業者の賃貸料収入金額に対する支払管理料の金額の割合の平均値(以下「本件適正管理料割合」という。)を求め、本件転貸料から臨時的、一時的に発生する保証金償却収入又は更新料収入を除外したものに右割合を乗じて、不動産管理会社に支払う管理料として相当な額(以下「本件適正管理料相当額」という。)を算出し、本件転貸料から本件適正管理料相当額及びAが支出した修繕費の金額及び減価償却費相当額の合計額に己の持分割合(一〇分の九)を乗じた額(以下「本件実費負担分」という。)を控除した額を本件適正賃貸料として算定している。
(弁論の全趣旨)
(二) 本件適正賃貸料を算定するための比準同業者の抽出
(1) 被告所部職員である壬大蔵事務官(以下「壬係官」という。)は、平成11年4月6日ころ、同人の上司である個人課税第一部門の癸統括国税調査官から(以下「癸統括官」という。)、「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」(以下「本件通達」という。)を示して報告書の作成を命ぜられた。本件通達は、東京国税局長が、平成11年4月2日付けで、被告に対し、税務訴訟に関する資料の作成及び報告を求めるものであり、右において求められる資料は平成4年分ないし平成6年分を対象年分とし、次の(2)記載の者を対象者とするものであった。
(乙一、乙三、証人壬)
(2) 比準同業者を抽出する基準
本件適正賃貸料の算定に当たり、被告が抽出した比準同業者は、本件係争各年分において貸ビルを所有して、不動産貸付業を営んでいる者のうち、次のアないしケの各基準をすべて満たす者である。
ア 新宿税務署に所得税の青色申告書及び青色申告決算書(不動産所得用)を提出している者
イ 貸ビルの所在地が、東京都新宿区歌舞伎町、新宿、大久保、西新宿又は百人町の地域にある者
ウ イの貸ビルの構造が、鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄筋コンクリート造である者
エ ウの貸ビルの用途が、貸店舗用若しくは貸事務所用又はその双方が混在する雑居ビルである者
オ エの貸ビルの賃貸料収入(家賃、共益費、広告塔・看板使用料等の経常的収入をいい、権利金、礼金、保証金償却、更新料、解約損害金等の臨時的収入を除く。)が、次の範囲内にある者
平成4年分
3291万9611円以上1億3167万8442円以下
平成5年分
3457万1767円以上1億3828万7066円以下
平成6年分
3527万8825円以上1億4111万5298円以下
カ エの貸ビルの管理業務を同族関係(法人税法2条10号に規定する同族会社)にない不動産管理会社に委託している者
キ カの委託している管理業務の内容が、主として賃貸借契約の締結、更新、募集及び集金である者(ただし、清掃、エレベーター・電気の保守等のメンテナンスのみを委託している者を除く。)
ク 年を通じて不動産貸付業を継続している者
ケ 次のi及びiiのいずれにも該当しない者
i 災害等により経営状態が異常であると認められる者
ii 更正又は決定処分がされている者のうち、次の(ア)又は(イ)に該当する者
(ア) 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していない者
(イ) 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中である者
(乙一、乙三、証人壬、弁論の全趣旨)
(3) 比準同業者の抽出
壬係官は、本件通達に基づいて、右(2)記載の基準で比準同業者を抽出すべく、資料の作成に取りかかった。
壬係官は、あらかじめ、本件係争各年分の所得税の確定申告書、同年分の所得税青色申告決算書並びに調査書綴りから、賃貸料収入が3000万円以上の者を選び出し、その中から、右(2)の各要件のうち、ア、イ、ク及びケに該当し、かつ、本件係争各年分における賃貸料収入が平成4年分について3291万9611円以上、平成5年分について3457万1767円以上、平成6年分について3527万8825円以上の者(103名)を選び出した。そして、平成11年4月15日ころ、右(2)記載の各要件のうちウないしキに該当するかどうかを確認するため、右の全員に対して「照会・回答書」を発送したところ、73名の者が返送してきたが、なお未回答の者がいた。そこで、壬係官は、未回答の者に対し、右「照会・回答書」記載の照会事項について電話で確認を行い、最終的に94名の者について情報を取得した。
(乙一、乙二の一ないし三、乙三、証人壬)
(4) 比準同業者として抽出された件数
壬係官は、右(3)のようにして取得した情報を基にして、右(2)の各要件のいずれにも該当する者を抽出し、「不動産所得者の課税実績報告書」(以下「本件報告書」という。)を作成したうえ、癸統括官に報告した。
本件報告書において比準同業者として抽出された件数は、平成4年分8件、平成5年分9件、平成6年分10件であった。
(乙二の一ないし三、乙三、証人壬)
(三) 比準同業者抽出の合理性の有無
(1) 右のとおり抽出された比準同業者は、本件建物が所在する東京都新宿区歌舞伎町及び歌舞伎町に隣接する新宿、大久保、西新宿又は百人町の地域に所在する鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄筋コンクリート造の貸ビルを所有し、これを店舗用若しくは事務所用又はその双方が混在する雑居ビルとしての用途で賃貸している者であるから、本件建物との間に、貸ビルの所在地の近接性、貸ビルの立地条件、構造及び用途の近似性を有するということができる。
(2) そして、右比準同業者は、年を通じて当該貸ビルによって賃貸収入を得ており、その賃貸料収入の金額が、本件転貸料収入のうち経常的な賃貸料収入(臨時的、一時的に発生する保証金償却収入又は更新料収入を除外したもの)の金額の〇・五倍以上二倍以下の範囲内にある個人であるから、己との間に、営む事業及び事業主体が個人であることの同一性並びに事業規模の類似性を有する者であると認められる。
(3) また、右比準同業者は、帳簿書類の備付け、記録及び保存が義務付けられている青色申告者であって、不服申立てや訴訟とは関係がなく所得金額が確定している者であり、資料の正確性が一定程度確保されている者であるということができる。
(4) さらに、右比準同業者は、当該貸ビルについて主として賃貸借契約の締結、更新、募集及び集金に関する管理業務を同族関係にない不動産管理会社に委託している者であるから、その事業内容においても、Aの本件管理業務と類似性を有するものであるということができる。
(5) 抽出された比準同業者は、右のとおり、本件適正管理委託料相当額を算定する際に考慮すべき主要な要素において、本件との同一性、近似性及び類似性を有するところ、これらは、前記のとおり、94名というまとまった母数の中から機械的に抽出されており、その過程に恣意が介在することを疑わせる事情もないうえ、抽出件数も各年分ごとに8件ないし10件とある程度のまとまった件数であることからすると、これら比準同業者の賃貸料収入及び支払管理料は、一般経済取引における価額を反映したものであるということができ、右賃貸料収入及び支払管理料から求めた管理料割合の平均値をもって、本件転貸料から本件適正賃貸料を算出するための本件適正管理料割合とすることには合理性があるということができる。
(6) 原告らは、本件報告書の資料は、比準同業者の選定が恣意的に行われており、管理料割合にもばらつきがあることから信用性に乏しいと主張するが、本件報告書を作成する際の比準同業者の選定方法は右に認定したとおりであり(右認定を覆して比準同業者の抽出が恣意的に行われたと認めるに足りる証拠はない。)、本件係争各年分に対応する比準同業者が相当数の中からまとまった件数で抽出されていることからすると、原告らの右主張は採用できない。
また、原告らは、本件適正管理料割合は、本訴提起後に収集した資料に基づくものであり、本件各課税処分の適法性を基礎付けるものではなく、このような資料を提出することは訴訟上の信義則に反する旨主張するが、課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であるから、新たに発見・収集した資料が提出されても、それが本件各課税処分を基礎付けるものである限り、訴訟上の信義則に反するものとはいえない。
(四) 本件適正賃貸料
(1) 右のとおり、比準同業者の賃貸料収入に占める支払管理料の割合の平均値を本件適正管理料割合とすることは合理的であるところ、本件係争各年分における本件適正管理料割合は次のとおりである(詳細は別表四の一ないし三のとおり)。
平成4年分 10.04パーセント
平成5年分 9.78パーセント
平成6年分 10.08パーセント
(乙二の一ないし三)
(2) 本件転貸料から保証金償却又は更新料の臨時的収入を控除した残額に本件適正管理料割合を乗じた額が本件適正管理料相当額であり、右(1)で認定した本件適正管理料割合に基づいて計算すると、本件係争各年分における本件適正管理料相当額は次のとおりである。
平成4年分
6583万9221円×10.04パーセント=661万0258円
平成5年分
6914万3533円×9.78パーセント=676万2238円
平成6年分
7055万7649円×10.08パーセント=711万2211円
(弁論の全趣旨)
(3) そして、本件転貸料から本件適正管理料相当額及び本件実費負担分を控除した額が本件適正賃貸料であり、本件係争各年分における本件適正賃貸料は、次のとおりである(詳細は別表五のとおり)。
平成4年分 5792万5063円
平成5年分 5984万9284円
平成6年分 6080万5290円
4 原告らの主張について
原告らは、本件適正賃貸料は、次の各点の考慮が欠けているので合理的でないと主張するので、順次、検討することとする。
(一) 空室リスクの負担
(1) 原告らは、本件賃貸借契約は転貸方式によるものであり、Aがテナントの空室リスクを負担しているから、本件適正賃貸料を算出するために抽出すべき比準同業者は、転貸方式によって空室リスクを負担している者に限定すべきであるにもかかわらず、これと異なる方法によって算出されている本件適正賃貸料は合理的でない旨主張する。
(2) しかし、転貸方式において、賃借人(転貸人)に一定額の家賃収入が保障されていない場合は、空室が生じた場合の危険を賃借人(転貸人)が負担することとなるが、このような空室リスクの負担が賃貸料全体に反映されるべきものかどうか、反映される場合にそれがどの程度かについては、空室リスクの予測可能性や程度のみならず、不動産管理会社に委託されている管理業務全体の内容・程度といった賃貸借契約に関する諸般の事情を考慮して判断すべきものと考えられる。
(3)ア 本件建物については転貸方式が採用され、本件賃貸借契約が締結されているが、右契約は昭和41年の締結以来、本件係争各年に至るまでの24年余りの間、転貸料収入が大きく落ち込んだことはなく、昭和57年(7月から6月まで)当時2500万円余りであった転貸料が、平成4年(右に同じ)には7600万円以上となっている。
(甲三)
イ 昭和60年ころまで本件建物の5階及び6階を転借していたBは、テナントにおいてボヤ騒ぎを起こし、経営不振に陥ったため、金融業者への貸金返済に窮し、右金融業者又はこれから貸金債権を譲り受けた者によって、本件建物の5階及び6階が事実上占有された。
Aは右占有者の立退きを求めて訴えを提起し、この問題は最終的に和解で解決したが、Aは、昭和60年7月から昭和62年6月までの間に和解金として144万5778円、弁護士報酬として40万円を支出した。
(甲三、原告甲本人)
(4) 右(3)イのとおり、Aは、Bに対して転貸していた本件建物の5階及び6階が第三者に事実上占有されていた間、空室リスクを負担したということができるけれども、右の事例は、訴訟にまで発展した特殊なものであり、これ以外には、Aが空室リスクを負担したために現実に転貸料収入が減少したことを示す事情は認められず、かえって、右(3)アのとおり、Aの転貸料収入は本件係争各年までの間に急激に増大しているということができる。
そうすると、本件建物の本件係争各年における本件適正賃貸料を算出するに当たってAが空室リスクを負担していることを金銭的に評価しなかったとしても、そのことが、直ちに経済的合理性に反するとまでいうことはできないから、右(1)の原告らの主張は採用できない。
(5)ア また、原告らは、原告甲が行った実態調査(以下「本件実態調査」という。)の結果において管理委託方式と転貸方式の賃貸料に差があることから、転貸方式でない比準同業者を抽出して算定された本件適正賃貸料は合理的でないと主張する。
イ しかし、本件実態調査は、原告甲が、歌舞伎町の貸ビル所有者から事情聴取を行った結果に基づくものであって、登記簿謄本や契約書等の資料を参照して行われたものではない。また、調査範囲は歌舞伎町の貸ビルであるという以上は不明であり、調査の結果抽出された件数も、転貸方式4件、管理委託方式2件と少数であるうえ、転貸方式で賃貸されているビル4件のうちの2件は空室リスクを負担していないとの結果であった。
(甲三、原告甲本人)
ウ 右イによると、本件実態調査は、その資料の信用性が十分でないうえに、調査の結果も必ずしも原告の主張を裏付けるものということはできないから、右アの原告らの右主張は採用できない。
(二) 所在地
原告らは、本件適正賃貸料を算定する根拠となっている資料が、本件建物の所在地である歌舞伎町所在の貸ビルの資料に限定されていないため、本件適正賃貸料は合理的でない旨主張する。
しかし、歌舞伎町内の貸ビルにも多様性があり、また、地域を歌舞伎町に限定すれば比準同業者の数が少なくなり、かえって資料に偏りが生じること、そして、前記のとおり、本件適正賃貸料を算定するために抽出した比準同業者は、主要な要素において、本件との同一性、近似性及び類似性を有することを考慮すると、原告らの右主張は採用できない。
(三) テナントの特殊性
原告らは、本件建物のテナントが飲食店や風俗営業店であるとして、このようなテナントが入っているビルについては、事務所をテナントとするビルと管理内容が異なっているところ、テナントが飲食店や風俗営業店である貸ビルに限定していない比準同業者の資料を根拠として算定された本件適正賃貸料は合理的ではない旨主張する。
しかし、前記認定事実によると、Aが、本件建物を管理するために、事務所をテナントとするビルの管理と異なり特別な管理業務を行っているとはいえないから、仮に原告らが主張するように、貸ビルのテナントの特徴によって管理内容が相違するとしても、それを本件適正賃貸料の算定に当たり考慮すべきものということはできず、原告らの右主張は採用できない。
(四) 管理会社の規模
原告らは、不動産管理会社に対して支払う管理料の中で大きな比率を占める費用項目は固定費たる人件費であるから、不動産管理会社の規模が大きくなれば相対的に管理料が低下するにもかかわらず、本件適正賃貸料は不動産管理会社の規模を限定せずに算定されており、合理的でない旨主張する。
しかし、仮に不動産管理会社の規模と管理料との間に原告らが主張するような関係があったとしても、本件建物の管理を特定の規模の管理会社に委託することが予定されているわけではないから、不動産管理会社の規模は、経済的合理性の観点から算定すべき本件適正賃貸料の算定において考慮すべき要素であるとは解されないというべきであって、原告らの右主張は採用できない。
(五) 減価償却費の負担
原告らは、Aが減価償却費を負担していることから、転貸方式の比準同業者を抽出すべきである旨主張するが、前記のとおり、本件適正賃貸料の算定に当たっては本件実費負担分を控除しており、本件適正賃貸料の算定において、このようにAの具体的な負担額を控除する方法による方が合理的であることは明らかであるから、原告らの右主張は採用できない。
(六) 管理人の常駐及び24時間警備
原告らは、Aが本件建物に管理人を常駐させ、24時間警備を行っているとして、本件適正賃貸料には業務内容が反映されていない旨主張するが、前記二2(四)のとおり、Aがこのような業務を行っているとは認められないから、原告らの右主張は採用できない。
(七) 以上によると、本件適正賃貸料は、経済的観点からして合理的なものであるということができ、この点に関する原告らの主張は理由がない。
5(一) 己の申告額と本件適正賃貸料の差額
前記のとおり、己は、不動産所得の総収入金額として、本件賃貸料年額である2922万円を記載した本件係争各年分の青色の確定申告書並びに不動産所得用の青色申告決算書を提出しているところ、右申告額と本件適正賃貸料の差額は、次のとおりである。
平成4年分 2870万5063円
平成5年分 3062万9284円
平成6年分 3158万5290円
(二) 本件賃貸借契約に係る取引
右(一)のとおり、原告が不動産所得の総収入金額として申告した本件賃貸料は、本件適正賃貸料を大きく下回るから、本件賃貸料を賃貸料とする本件賃貸借契約に係る取引は、経済的、実質的見地において、経済人の行為として不合理、不自然なものというほかない。そして、右(一)の差額はいずれも己の申告した不動産所得の総収入金額と同程度の高額なものである。
6 以上によれば、Aの右取引を容認した場合に、Aの株主である己の所得税の負担を不当に減少させることは明らかである。
三 己の納付すべき税額
1 本件係争各年分における己の不動産所得の総収入金額を本件適正賃貸料に引き直して同人が納付すべき税額を計算すると、次のとおりとなり(詳細は別表六のとおり)、平成4年分及び平成5年分については本件各更正処分における納付すべき税額を上回り、平成6年分についてはこれと同額となる。
平成4年分 1818万4700円
平成5年分 1892万5700円
平成6年分 1648万8700円
(弁論の全趣旨)
2 右1によると、本件係争各年分における己の過少申告加算税の額は次のとおりとなり(詳細は別表七のとおり)、いずれも本件各賦課決定処分における過少申告加算税の額と同額である。
平成4年分 176万2500円
平成5年分 135万9500円
平成6年分 193万3500円
(弁論の全趣旨)
3 したがって、本件賃貸借契約に係る取引を否認したうえ、本件賃貸料を本件適正賃貸料に引き直して行われた本件各課税処分は、いずれも適法である。
四 以上によると、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 杜下弘記)
別表一
平成四年分課税処分等の経緯
区分
年月日
総所得金額
納付すべき税額
過少申告加算税の額
確定申告
平成 5年 3月15日
17,157,192円
4,273,000円
-
更正・賦課決定
平成 8年 3月15日
46,223,936円
18,365,700円
1,897,000円
異議申立て
平成 8年 4月17日
17,157,192円
4,273,000円
0円
同 決定
平成 8年 7月 8日
棄却
審査請求
平成 8年 8月 6日
17,157,192円
4,273,000円
0円
同 裁決
平成10年 9月29日
44,433,405円
17,470,200円
1,762,500円
別表二
平成五年分課税処分等の経緯
区分
年月日
総所得金額
納付すべき税額
過少申告加算税の額
確定申告
平成 6年 3月14日
17,167,706円
3,963,000円
-
更正・賦課決定
平成 8年 3月15日
39,581,064円
14,651,700円
1,401,500円
異議申立て
平成 8年 4月17日
17,167,706円
3,963,000円
0円
同 決定
平成 8年 7月 8日
棄却
審査請求
平成 8年 8月 6日
17,500,306円
4,096,200円
13,000円
同 裁決
平成10年 9月29日
39,021,406円
14,371,700円
1,359,500円
(注) 右審査請求欄の各金額は、己が審査請求において、更正処分の一部の取消しを求めた(すなわち、更正処分に含まれていた一時所得の金額は争わない。)ことに基づき、被告が計算したものである。
別表三
平成六年分課税処分等の経緯
区分
年月日
総所得金額
納付すべき税額
過少申告加算税の額
確定申告
平成 7年 3月15日
16,019,929円
2,680,800円
-
更正・賦課決定
平成 8年 3月15日
53,917,109円
19,644,700円
2,407,500円
異議申立て
平成 8年 4月17日
16,019,929円
2,680,800円
0円
同 決定
平成 8年 7月 8日
棄却
審査請求
平成 8年 8月 6日
16,019,929円
2,680,800円
0円
同 裁決
平成10年 9月29日
棄却
再更正・変更決定
平成11年 6月 8日
47,605,219円
16,488,700円
1,933,500円
別表四の一
平成4年分 適正管理料割合算定表
対象者
の記号
①賃貸料収入
②支払管理料
③管理料割合
(②÷①)
A
81,348,823円
6,044,040円
7.43%
B
50,901,056
6,691,171
13.15
C
48,014,240
5,710,179
11.89
D
36,041,740
6,749,376
18.73
E
46,189,433
3,275,400
7.09
F
100,482,567
4,588,564
4.57
G
37,996,294
4,836,000
12.73
H
54,266,510
2,576,436
4.75
合計
80.34
平均
10.04
(注)③の管理料割合は、小数点以下第五位を四捨五入したものである。
別表四の二
平成5年分 適正管理料割合算定表
対象者
の記号
①賃貸料収入
②支払管理料
③管理料割合
(②÷①)
A
82,557,170円
6,044,040円
7.32%
B
45,535,874
6,730,667
14.78
C
48,704,567
5,747,271
11.80
D
39,055,389
6,169,274
15.80
E
42,542,407
3,619,464
8.51
F
42,371,772
3,275,400
7.73
G
103,116,619
4,716,957
4.57
H
38,110,404
4,836,000
12.69
I
53,935,796
2,576,436
4.78
合計
87.98
平均
9.78
(注)③の管理料割合は、小数点以下第五位を四捨五入したものである。
別表四の三
平成6年分 適正管理料割合算定表
対象者
の記号
①賃貸料収入
②支払管理料
③管理料割合
(②÷①)
A
46,195,632円
7,486,253円
16.21%
B
53,298,863
2,336,604
4.38
C
45,473,605
6,623,892
14.57
D
48,391,505
5,746,120
11.87
E
104,303,470
12,201,875
11.70
F
42,382,369
6,749,376
15.92
G
42,994,200
3,657,330
8.51
H
39,793,248
3,275,400
8.23
I
105,840,725
4,890,726
4.62
J
54,266,510
2,576,436
4.75
合計
100.76
平均
10.08
(注)③の管理料割合は、小数点以下第五位を四捨五入したものである。
別表五
本件適正賃貸料算定表
年分
平成4年分
平成5年分
平成6年分
項目
本件建物に係るAの収入金額①
75,154,690円
79,652,148円
78,397,388円
本件建物に係る己の共有持分②
9/10
9/10
9/10
本件転貸料の金額(①×②)③
67,639,221円
71,686,933円
70,557,649円
適相
正当
管額
理の
料計
算
③のうち経常的な賃貸料の金額④
65,839,221円
69,143,533円
70,557,649円
本件適正管理料割合⑤
10.04%
9.78%
10.08%
本件適正管理料相当額(④×⑤)⑥
6,610,258円
6,762,238円
7,112,211円
Aの実費負担分の金額⑦
3,103,900円
5,075,411円
2,640,148円
本件適正賃貸料の金額(③-⑥-⑦)⑧
57,925,063円
59,849,284円
60,805,290円
別表六
己の納付すべき税額(被告の主張額)算定表
年分
平成4年分
平成5年分
平成6年分
項目
①
不動産所得の金額
45,607,255円
47,541,990円
47,350,219円
②
配当所得の金額
255,000
255,000
255,000
③
一時所得の金額
-
665,200
-
④
総所得金額(①+②+③×1/2)
45,862,255
48,129,590
47,605,219
⑤
所得控除の合計額
1,564,630
2,350,000
2,700,000
⑥
課税総所得金額(④-⑤)
44,297,000
45,779,000
44,905,000
⑦
⑥に対する算出税額
18,248,500
18,989,500
18,552,500
⑧
配当控除額
12,750
12,750
12,750
⑨
特別減税前の税額(⑦-⑧)
18,235,750
18,976,750
18,539,750
⑪
特別減税額
-
-
2,000,000
⑪
源泉徴収税額
51,000
51,000
51,000
⑫
納付すべき税額(⑨-⑩-⑪)
18,184,700
18,925,700
16,488,700
(注)1 ⑥の「課税総所得金額」は、国税通則法118条1項の規定により1,000円未満の端数金額を切り捨てた金額である。
2 ⑦の「⑥に対する算出税額」は、平成6年法律第109号による改正前の所得税法89条1項に規定する税率を適用して算出したものである。
3 ⑫の「納付すべき税額」は、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数金額を切り捨てた金額である。
別表七
過少申告加算税の額の算定表
年分
平成4年分
平成5年分
平成6年分
項目
裁決又は再更正処分後の納付すべき税額 ①
17,470,200円
14,371,700円
16,488,700円
確定申告書記載の納付すべき税額 ②
4,273,000
3,963,000
2,680,800
国税通則法35条2項の規定による
新たに納付すべき税額(①-②) ③
13,197,200
10,408,700
13,807,900
確定申告書
記載の金額
納付すべき税額(=②) ④
4,273,000
3,963,000
2,680,800
源泉徴収税額 ⑤
51,000
51,000
51,000
計(④+⑤) ⑥
4,324,000
4,014,000
2,731,800
国税通則法65条1項の適用における
加算税の基礎となる税額
(③の10,000円未満切捨額) ⑦
13,190,000
10,400,000
13,800,000
加算税の割合 ⑧
10%
10%
10%
加算税の額(⑦×⑧) ⑨
1,319,000円
1,040,000円
1,380,000円
国税通則法65条2項の適用における
加算税の基礎となる税額
(③-⑥の10,000円未満切捨額) ⑩
8,870,000
6,390,000
11,070,000
加算税の割合 ⑪
5%
5%
5%
加算税の額(⑩×⑪) ⑫
443,500円
319,500円
553,500円
過少申告加算税の額 (⑨+⑫) ⑬
1,762,500
1,359,500
1,933,500