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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)57号 判決 1999年9月13日

原告 中本信幸

<他15名>

右一六名訴訟代理人弁護士 斉藤驍

同 浅野憲一

同 朝比奈秀一

同 加城千波

同 筒井具子

同 内藤隆

同 萩原健二

同 松島宇乃

同 三宅弘

同 保持清

被告 運輸大臣 川崎二郎

右指定代理人 小池充夫

<他7名>

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告が、平成九年一一月二八日付けで小田急電鉄株式会社に対してした鉄道旅客運賃変更認可処分を取り消す。

二  被告

(本案前の答弁)

主文第一項と同旨

(本案の答弁)

原告らの請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、被告が、小田急電鉄株式会社(以下「小田急」という。)に対し、小田原線、江ノ島線及び多摩線(以下「小田原線等」という。)に係る鉄道事業の旅客運賃の値上げ等を内容とする鉄道旅客運賃変更認可処分(以下「本件認可処分」という。)を行ったのに対し、小田原線等の沿線に居住し、通勤等に同線を利用している原告らが、本件認可処分の取消しを求めているものである。

一  関係法令の定め

1  鉄道事業法について

(一) 鉄道事業法(以下「法」という。)は、一条で目的を掲げ、「この法律は、鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的とする。」と規定している。

(二) 鉄道旅客運賃の設定等の手続について

(1) 法一六条一項は、鉄道旅客運賃等の設定等の手続について、「鉄道運送事業者は、旅客又は貨物の運賃及び運輸省令で定める料金を定め、運輸大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。」と規定している。

(2) 法一六条二項は、右認可の基準について、「運輸大臣は、前項の認可をしようとするときは、次の基準によってこれをしなければならない。」とし、同項一号で「能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ適正な利潤を含むものであること。」、同二号で「特定の旅客又は荷主に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと。」、同三号で「旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであること。」、同四号で「他の鉄道運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること。」と規定している。

2  特定都市鉄道整備促進特別措置法(以下「措置法」という。)は、法一六条一項の運賃等の設定、変更の認可についての特則を定め、措置法五条一項において、「運輸大臣は、整備事業計画の期間にかかる認定事業者の運賃について、法一六条一項の規定による認可を行うときは、認定事業者が整備事業計画に記載された特定都市鉄道工事の工事費の支出に充てる資金の一部を整備事業計画の期間内における鉄道事業にかかる旅客運送収入により確保できるよう配慮するものとする。」と規定し、同条の「認定事業者」について、同法三条一項において、「鉄道事業者は、特定都市鉄道工事の実施により都市鉄道の輸送力の増強を図ろうとするときは、運輸省令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した特定都市鉄道整備事業計画を作成し、これを運輸大臣に提出して、その認定を受けることができる。」と規定している。なお、同項の「次に掲げる事項」として、同項一号では、「運送力の増強の目標」を掲げている。

そして、措置法三条二項二号は、当該整備事業計画の期間が一〇年以内であることを条件に、同条一項の認定をするものとすると規定している。ただし、この点につき、同条五項において、「一項の規定による認定にかかる整備事業計画を変更しようとするときは、当該鉄道事業者は、運輸大臣の認定を受けなければならない。」と規定し、運輸大臣の認定を受けることによって、事業計画の期間も含めて整備事業計画を変更することができる旨を定めている。

3  運輸大臣の地方運輸局長に対する権限の委任について

法六四条は、「この法律に規定する運輸大臣の権限は、運輸省令で定めるところにより、地方運輸局長に委任することができる。」と規定し、これを受けて鉄道事業法施行規則(以下「施行規則」という。)七一条一項六号において、旅客運賃については「イ 前号イの告示で定める鉄道事業者の旅客の運賃及び料金に係るもの、ロ イにかかげるもののほか、普通旅客運賃、定期旅客運賃その他の旅客にかかる基本的な運賃(旅客の運送にかかる路線の長さ、直通運輸の実施の状況等を考慮して運輸大臣が告示で定める鉄道事業者にあっては、普通旅客運賃、定期旅客運賃、特別急行料金その他の旅客にかかる基本的な運賃及び料金)に係るもの(軽微なものを除く。)以外のもの」を地方運輸局長に委任すると規定されている。そして、右の「前号イの告示で定める鉄道事業者」とは、「年間の旅客の運賃及び料金の収入額又は収入予想額(軌道事業を兼営する鉄道事業者にあっては、軌道事業による年間の旅客の運賃及び料金の収入額又は収入予想額を加算した額)三十億円を基準として運輸大臣が告示で定める鉄道事業者」である(施行規則七一条一項五号の二イ)。

4  運輸大臣の認可手続について

(一) 運輸省設置法(以下「設置法」という。)五条は、「運輸省に、公共の利益を確保するため次条第一項に掲げる事項について公平且つ合理的な決定をさせるため、運輸審議会を常置する。」と規定し、同法六条一項は、「運輸大臣は、次に掲げる事項について必要な措置をする場合には、運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、これをしなければならない。」として、同項一号に「鉄道、軌道、無軌条電車及び旅客自動車運送業における基本的な運賃及び料金に関する認可又は変更の命令」と規定している。

ただし、設置法六条二項は、「前項各号に掲げる事項(行政手続法(平成五年法律第八十八号)第二条第四号に規定する不利益処分を除く。)のうち、運輸審議会が軽微なものと認めるものについては、運輸大臣は、運輸審議会に諮らないでこれを行うことができる。」と規定している。

(二) なお、法六四条によって鉄道運賃等の設定等の認可の権限を地方運輸局長に委任されている場合の認可手続については、法六五条一項において聴聞の手続が定められており、同項で「地方運輸局長は、前条の規定により次に掲げる事項がその権限に属することとなった場合において、当該事項について必要があると認めるときは、利害関係人又は参考人の出頭を求めて聴聞することができる。」とし、同項二号で「鉄道事業における基本的な運賃及び料金に関する認可」を掲げている。

二  前提となる事実(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いのない事実である。)

1  小田急は、東北沢駅と和泉多摩川駅間(一〇・四キロメートル)の複々線化事業(以下「本件事業」という。)について特定都市鉄道整備事業計画(以下「本件整備事業計画」という。)を作成し、昭和六二年一二月二八日に被告よりその認定を受け、昭和六三年度から平成八年度までに特定都市鉄道整備積立金四二七億円を積み立て、工事の促進を図ってきた。

2  本件事業については、平成九年六月に喜多見駅と和泉多摩川駅間が完成した。しかし、右工事のうち東北沢駅と喜多見駅間については、東北沢駅と世田谷代田駅間における総合的な調整が未了であることや、世田谷代田駅と喜多見駅間における工事着手の遅れにより、いまだ工事が完成しておらず、小田急は、その完成は平成一六年度末となるものと予定している。

小田急は、右のような状況を踏まえ、本件整備事業計画の期間を平成一七年三月まで延長するよう被告に申請をし、被告は、右延長を認める旨の認定をした。

3  小田急は、平成九年九月二二日、施行規則七九条二項に基づき、関東運輸局長を経由して被告に対し、小田原線等に係る旅客運賃の値上げ等を内容とする運賃変更認可申請書を提出した。

小田急が右事請に当たり、運賃変更の理由として述べているところは次のとおりである。すなわち、平成九年一二月二七日に本件整備事業計画の認定期限を迎えることに伴い、特定都市鉄道整備準備金の積立を終了し、これを取り崩していくことになるが、今後も本件整備事業計画を継続していくとともに、輸送改善、旅客サービス向上策を実施するためには、資本費及び諸経費の増加が避けられず、右積立金の取り崩しや企業努力だけでこれらの資本費等を吸収することは困難であるとし、右積立相当分の解消によってもなお収支不足となる部分については、利用者の負担の増加を求めるほかないというものである。

4  被告は、平成九年九月二五日、右運賃変更認可申請に係る件を運輸審議会に諮問し、運輸審議会は、同日、件名表に登載し、被告は同月二六日付けで官報に告示した。

運輸審議会は、平成九年一〇月二八日に公聴会を開催することとし、同年九月二九日にその旨を官報に公示した。

右公聴会は、同年一〇月二八日、東京都千代田区霞が関二丁目一番三号合同庁舎一〇階会議室において開催され、運輸審議会は、同年一一月二〇日、被告に対し答申を提出した。被告は、同年一二月三日、右答申の内容を告示した。

5  被告は、右答申を踏まえ、法一六条二項の認可基準に従い審査を行った結果、本件認可申請につき認可をすることが適当であると判断し、平成九年一一月二八日付けで別紙二のとおり、運賃の変更を認可する旨の本件認可処分をした。

6  小田急は、本件認可処分当日の平成九年一一月二八日から本件認可処分に係る運賃の変更を実施した同年一二月二八日までの一か月間にわたり運賃変更の内容等を関係停車場等において公告した。

三  原告らの請求の原因

1  小田急は、その路線の一つである小田原線について、本件事業を計画し、本件事業を日本鉄道建設公団(以下「建設公団」という。)に行ってもらうのが適当であるとして、昭和六〇年一二月に、被告に対し、本件事業を建設公団に行ってもらう旨の申出をし、昭和六一年一月七日、被告はこれを認め、建設公団が本件事業を行うように指示をした。

2  建設公団は、本件事業を小田急に対して委託し、小田急は、昭和六二年一〇月ころ、被告に対し、措置法三条一項に基づき、本件整備事業計画の認定申請をし、同年一二月ころ、被告はこれを認定した。

小田急は、平成九年において昭和六二年から一〇年が経過し、措置法三条二項二号の期限が到来することから、措置法三条五項に基づき、本件整備事業計画の変更を申請し、被告は、平成九年一一月二四日にこれを認定した。そして、右計画変更の認定を前提として、被告は、平成九年一一月二四日、本件認可処分を行った。

3  本件認可処分は、以下に述べるとおりの違法があり、取消しを免れない。

(一) 措置法三条三項は、被告が特定都市鉄道整備事業計画の認定をする基準の一つとして、その整備事業計画が「当該整備事業計画に記載された輸送力の増強の目標が適正なものであること」との要件に適合するものであることと定めている。したがって、被告は、本件整備事業計画が右の要件に適合するものでなければ、これを認定することができないというべきところ、連続立体交差化事業と一体のものとして実施される本件事業は、右連続立体交差化事業が違法なものであるから、右の要件に適合するとはいえず、被告がした本件整備事業計画の認定は違法である。そうすると、右認定を前提としてされた、本件認可処分もまた違法である。

(二) 小田急は、本件事業を建設公団に委託したものであり、日本鉄道建設公団法二二条により、右事業については事業主体の地位を失ったものである。したがって、小田急は、本件事業について、昭和六二年においては措置法三条一項に基づき認定申請をする事業主体の地位にはなかったのであるから、同年に小田急の申請に対し被告がした措置法三条に基づく本件整備事業計画の認定は違法であり、これを前提に平成九年に被告がした右整備事業計画の変更の認定も違法である。

そうすると、平成九年の右整備事業計画の変更の認定を前提としてされた本件認可処分は違法である。

(三) 措置法三条一項にいう整備事業計画はあくまでも一〇年以内に完了すべきものであることが措置法三条二項三号において明文で定められているのであるから、整備事業計画が一〇年を超えることとなった場合において、措置法三条五項の適用により整備事業計画の変更の認定という形式をとって右期間の延長を行うことは許されない。したがって、平成九年にされた本件整備事業計画の変更の認定は違法であり、右認定を前提としてなされた本件認可処分も違法である。

4  よって、原告らは、本件認可処分の取消しを求める。

四  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は、原告らに原告適格が認められるか否かであり、これに対する当事者の主張は以下のとおりである。

1  被告の主張

(一) 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)九条は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」としており、ここにいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するということができる。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられているとみることができるかどうかによって決すべきである。

(二) 法一六条一項は、「鉄道運送事業者は、旅客……の運賃……を定め、運輸大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも同様とする。」と定めており、運賃の変更等を運輸大臣の認可にかからしめているところであるが、その趣旨は、地方鉄道法二一条と同様鉄道事業のもつ公共的性格にかんがみ、事業の適正な運営を確保するとともに、鉄道事業者が万一不当な運賃の変更等をしようとする場合にこれを防止し、もって不特定多数にわたる一般利用者の利益、すなわち公共の利益を保護しようとするところにある。

このため、運輸大臣は運賃の変更等の認可をなすに当たり、法一六条二項に定める基準に基づき、新たに定められる運賃が、当該鉄道事業の適正な経営を確保するものであるか、当該鉄道を利用する一般利用者に対し公平であり、その利用を困難にするものでないか等について公益上の見地から審査するものであって、これによって、原告らの鉄道利用者個々人の個別的利益を保護することを目的とするものではない。

(三) 前記のとおり、法一六条二項は、運賃変更申請に対する認可の基準について規定するが、同項三号は「旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであること。」と規定する。

これは、運賃変更認可に際し、利用者の負担能力をも考慮しなければならないことを定めたものであるが、ここにいう「負担能力」は、一般国民の経済生活上における負担能力を意味するものであって、当該鉄道利用者個々人の個別的な負担能力を意味するものではない。

すなわち、法一六条二項一号は、「能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること」と規定しており、これは鉄道事業者の利用者の利益を保護するとともに、公益的な鉄道事業を維持、存続させるため、運賃及び料金の収入が適正な原価の基礎の上に立ち、かつ適正な利潤を含む水準のものであることを要するという原価主義に立つことを明らかにするものであるが、原価主義のみによって運賃を定めると、当該運賃が一般国民の経済生活のレベルに照らして極めて高額となる可能性があり、その場合、当該鉄道需要の減退を招き、鉄道事業者としては十分な鉄道運送サービスの提供が困難になる結果を生ずることとなり、これを利用者の立場からみた場合、当該鉄道を利用することを困難にするおそれが生ずることを意味することから、同号はこのような事態を招くことなく鉄道事業の維持、発展を確保するために、運賃認可において一般国民生活における負担能力を考慮し、できるだけ多くの者が当該鉄道を利用しうる運賃とすることを求めたものと解される。

このことは、法二三条一項が「鉄道事業者の事業について利用者の利便その他公共の利益を阻害している事実があると認めるとき」(一項本文)、運輸大臣が「運賃又は料金を変更すること」(同項一号)を命ずることができる旨規定し、利用者の利便を個々の利用者の利便としてではなく公共の利益の問題として理解していることからも看取することができる。

(四) また、運輸大臣は、鉄道運送事業者からの運賃変更認可申請を受け、これについて必要な措置をする場合には、公共の利益を確保するため、公平かつ合理的な決定をさせるため設置され、広い経験と高い見識を有する者のうちから、内閣総理大臣が両議院の同意を得て任命する委員で構成される運輸審議会にはかり、その決定を尊重して、処分しなければならないと規定されている(設置法五条、九条、六条)。

そして、運輸大臣から諮問を受けた運輸審議会は、当該附議事項について、運輸審議会の定める利害関係人の申請があったときは、公聴会を開かなければならないとされているが(設置法一六条)、運輸審議会一般規則(昭和二七年運輸省令第八号)五条は、この利害関係人の範囲について、認可等の申請者又は行政不服審査法による不服申立てをした者や事案の申請者と競争の関係にある者等を列挙しており、一般利用者はこれに含まれていない。したがって、一般利用者は、一般的に、公聴会の開催を申請できる「利害関係人」ではなく、公聴会において、当該事案についての賛否等を公述する機会が与えられる可能性があるにすぎない(運輸審議会一般規則三五条、三六条)。

このような運輸審議会の諸手続における一般利用者の位置付けからも、法が鉄道利用者個々人の個別的利益を保護していないことは明確である。

(五) 以上からすると、法における保護の対象は、鉄道を利用しうる国民の一般的利益であって、鉄道利用者個々人の個別的利益は、たとえ当該鉄道沿線の住民の利益であっても、公共の利益の保護を通じて間接的に保護されているところの反射的利益にすぎないと解すべきであるから、原告らに本件取消訴訟の原告適格がないことは明らかである。

2  原告らの主張

(一) 法が定める鉄道運賃等の認可制度は、鉄道の運賃や料金の認可という行政処分を通じて、監督官庁に介入させ、運賃や料金が、運輸政策や物価政策的見地から適正額に決められるようにしたものである。したがって、この認可制度によって保護されるのは、我が国の経済秩序の維持、物価抑制といった公益的利益と鉄道利用者の利益の両方であるというべきである。

そして、この場合の鉄道利用者の利益とは、鉄道利用者の個別的具体的な利益を含むものとしなければならない。なぜなら、① 運賃等の改定の認可は、運賃等の改定そのものではなく、また、当該鉄道を利用しない限り運賃等の支払義務を生じないけれども、鉄道運送事業の独占的地位のために当該鉄道を利用せざるを得ないことや、認可は、自動的に運賃等の具体的な改定に結びつくことからみて、運賃等の認可処分は、個々の鉄道利用者の利益に直接影響を及ぼすものであるということができ、② 不特定多数の一般利用者が持つ共通の利益は、結局、個々の利用者の具体的利益の抽象化されたものであるから、個々の利用者の具体的利益に基礎があるものであり、個々の利用者の具体的利益に還元されるからである。

(二) 法一六条二項は、鉄道運賃等の認可の基準として、「特定の旅客又は荷主に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと」(同項二号)、「旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであること」(同項三号)を定めているが、これらは、鉄道運賃等の認可に当たっては、公益上の必要だけでなく、当該鉄道の個々の利用者の具体的な利益を考慮すべきことを明確にしたものと解される。加えて、重要な関連法規である鉄道営業法三条一項は「運賃其ノ他ノ運送条件ハ関係停車場ニ公告シタル後ニ非サレハ之ヲ実施スルコトヲ得ス」と、同条二項は「運賃其ノ他ノ運送条件ノ加重ヲ為サントスル場合ニ於テハ前項ノ公告ハ七日以上之ヲ為スコトヲ要ス」と規定しているが、右各規定は、鉄道運賃等の認可が当該鉄道利用者の個別的利益と直結していること、したがって、右認可に当たり、当該鉄道利用者の個別的利益を考慮すべきことを明らかにしているものということができる。

右によれば、法の定める鉄道運賃等の認可制度が個々の鉄道利用者の個別的利益も保護する趣旨のものであることは明らかである。

(三) 被告は、鉄道運賃変更申請に対する認可基準について規定する法一六条二項三号に規定された「負担能力」とは一般国民の経済生活上における負担能力を意味するものであって、当該鉄道利用者個々人の個別的な負担能力を意味するものではないと主張し、その根拠として法一六条二項一号、二三条一項を引用する。

しかし、法一六条二項三号は、「旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであること」と規定しているのであって、右文言を素直に読めば、運輸大臣が認可に際して、国民一般よりもより具体化された個別的な当該鉄道利用者の料金負担能力を考慮しなければならないことは明らかというべきである。

また、法一六条二項一号は、「能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること」と規定しているのであるが、これは原価主義を定めた規定であって、右規定が運賃認可において一般国民生活における負担能力を考慮し、できるだけ多くの者が当該鉄道を利用しうる運賃とすることを定めたものであるとする解釈には無理があり、右規定は、法一六条二項三号に規定された負担能力を一般国民の経済生活上における負担能力と解釈する根拠とはなり得ない。

さらに、法二三条一項は、鉄道事業に対する運輸大臣の業務改善の命令に関する規定であって、運輸大臣による運賃及び料金の認可基準とは場面を異にするから、同条項は、法一六条二項三号に規定された負担能力を一般国民の経済生活上における負担能力と解釈する根拠とはなり得ない。

なお、法一六条二項二号は、「特定の旅客又は荷主に対し不当な差別的取扱いをするものではないこと」と規定しているが、これは、特定の旅客又は荷主に対し、個別的に不当な差別的取扱いをする制度を設けることができないという趣旨であり、運輸大臣は当該申請が認可基準に適合するか否かを判断するに当たっては、一般国民ではなく、個別具体的な当該鉄道利用者の利便を考慮対象として判断すべきことを求められているものといえる。

右のとおり、法一六条二項三号に規定された負担能力には鉄道利用者個々人の個別的負担能力が当然含まれているのである。

(四) 原告らは、いずれも小田原線等を通勤、通学その他所用のために利用している者であり、その運賃の値上げに直接利害関係を有するものであり、以上に述べた理由から、原告らは本件認可処分の取消しを求める法律上の利益を有するというべきである。

第三当裁判所の判断

一  行政庁がした処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるものであるが(行訴法九条)、右の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものであり、当該処分の根拠となった行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、最高裁平成六年(行ツ)第一八九号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁参照)。

二  そこで、右の見地に立って、本件認可処分の取消しを求める本件訴えについて、原告らが原告適格を有するか否かについて検討する。

1  当該処分により自己の権利を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるといえるか否かについて

法一六条一項は、鉄道運送事業者は、旅客又は貨物の運賃及び運輸省令で定める料金を定め、運輸大臣の認可を受けなければならないとしているが、小田急小田原線等を利用しようとする者は、本件認可処分によって設定された旅客運賃を前提とした料金で乗車券ないし定期乗車券を購入し、そこで初めて運送契約が締結されることになるのであるから、同条項に基づく認可処分そのものは、本来当該鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではない。

そうすると、右認可処分によって原告らが自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるとはいえない。

2  当該処分により自己の法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるといえるか否かについて

(一) 法は、鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達をはかり、もって公共の福祉を増進することを目的とし(法一条)、鉄道運送事業者は、旅客又は貨物の運賃及び運輸省令で定める料金を定め、運輸大臣の認可を受けなければならず(法一六条一項)、運輸大臣は右の認可をしようとするときには、能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること、特定の旅客又は荷主に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと、旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであること、他の鉄道運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであることという基準によってこれをしなければならない(法一六条二項)と規定している。

法一六条一項、二項は、運賃及び料金は、利用者が直接これを負担するものであるとともに、鉄道事業者の収益に直接影響を及ぼすものであることから、その設定及び変更については、一般利用者の保護及び健全な鉄道事業の経営の確保の観点から、原則として運輸大臣の認可を受けなければならないことを規定し、鉄道利用者の保護と鉄道事業者の健全な経営の確保の利害の調整をはかっているもの、すなわち、鉄道事業の公共性にかんがみ、企業の安定及び経営の合理化をはかるとともに、利用者の利便を維持・向上させる見地から公益の保護をはかろうとしているものと解される。

(二) 右(一)のとおり、法の規定する鉄道運賃等の認可制度は、企業の安定及び経営の合理化をはかるとともに、利用者の利便を維持・向上させる見地から、右運賃等の設定及び変更について規制を行っているのであるが、その場合に考慮されるべきものとされている利用者の利便・利益とは鉄道を利用する国民ないし地域住民が共通して持つに至る抽象的、一般的な利益を意味するものというべきである。法一六条二項三号は、旅客又は貨物の運賃及び料金を負担する能力にかんがみ、旅客又は荷主が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであることを認可の基準としているが、ここで想定されている鉄道利用者も、個々具体的な利用者を指すのではなく、右のように一般化された抽象的な概念としての利用者を指すものと考えるべきである。要するに、右認定制度は、鉄道の運賃等の認可に当たっては、その利用者となる国民ないし地域住民一般の所得・家計の状況、鉄道利用の実態等を考慮すべきものとしているにとどまり、鉄道利用者各個人の個別の事情等を考慮すべきものとはしておらず、法は、鉄道の利用者の利益は、右認可制度が目指す公益の保護を通じてその結果として保護されるべきこととしているものと解される。

このことは右認可の手続面からも裏付けられる。すなわち、右認可の際の手続をみるに、運輸大臣は、あらかじめ運輸審議会にはかり、その決定を尊重して右認可に関する措置をしなければならず(設置法六条一項一号)、運輸審議会は、運輸大臣の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があったときには公聴会を開かなければならない(同法一六条)。しかし、右利害関係人の範囲を規定している運輸審議会一般規則五条は、認可等の申請者、処分の対象者等のほかに、運輸審議会が当該事案に関し特に重大な利害関係を有すると認める者を掲げているが、鉄道等の利用者は列挙されておらず、また、公聴会において利害関係人以外の者に公述させる手続も存在するが、当該認可の対象となる鉄道運賃等に係る路線の個々の利用者による公述が不可欠なものとされているわけではない(運輸審議会一般規則三五条ないし三七条参照)。そして、そもそも運輸審議会が軽微なものと認めるものについては、運輸大臣は運輸審議会に諮らないで認可をすることができるのである(設置法六条二項)から、この場合には、公聴会が開催される余地はなく、当該認可の対象となる鉄道運賃等に係る路線の個々の利用者による公述の機会は与えられないことになる。なお、法六四条によって運輸大臣の権限が地方運輸局長に委任される場合、同局長がその権限に属することになった事項について行う聴聞手続も右公聴会の手続とほぼ同様の手続が定められている(法六五条一項ないし三項、施行規則七二条ないし七五条)。このように、法は当該鉄道の利用者の個々人に対して、認可手続きに関与する道を与えているわけではないのである。

右にみた法の規定する鉄道運賃等の認可制度の趣旨及び法規の定めに照らしてみれば、法の規定が、当該認可の対象となる鉄道運賃等に係る路線の個々の利用者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものでないことは明らかというべきである。

(三) したがって、法に規定する鉄道運賃等の認可制度が鉄道利用者の利益を個別的利益として保護しているとみることはできず、結局、原告らには、本件認可処分により自己の法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるとはいえない。

3  なお、原告らは、重要な関連法規である鉄道営業法三条は「運賃其ノ他ノ運送条件ハ関係停車場ニ広告シタル後ニ非サレハ之ヲ実施スルコトヲ得ス」などと規定しているところ、右規定は、鉄道運賃等の認可が当該鉄道利用者の個別的利益と直結していること、したがって、右認可に当たり、当該鉄道利用者の個別的利益を考慮すべきことを明らかにしているものというべきであり、したがって、法の定める鉄道運賃等の認可制度は、個々の鉄道利用者の個別的利益も保護する趣旨のものであると解すべきである旨主張する。しかしながら、右規定は、新規又は変更後の運送条件による運送業務の遂行及び不特定多数の者の鉄道の利用が円滑に行われるようにするために、これを鉄道利用者に周知させる手続を定めたものにすぎず、それが鉄道運賃等の運送条件の認可に対する不服申立ての途を開くなど右運送条件の決定手続へ個々の鉄道利用者が関与することを認める趣旨のものではないことは、鉄道営業法を通覧すれば明らかである。原告らのこの点に関する主張は採用することができない。

4  以上によれば、原告らは、本件認可処分の取消しを求める訴えにつき原告適格を有しないというべきである。

第四結論

よって、本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 谷口豊 加藤聡)

<以下省略>

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