大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(タ)507号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 笹原桂輔

同 笹原信輔

同 富田寛之

同 岩瀬ひとみ

被告 B

右訴訟代理人弁護士 長谷川史美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告と被告とを離婚する。

第二事案の概要

一  原告と被告は、昭和六一年一〇月二一日、婚姻の届出をした夫婦であり、両者の間に子はない。

原告は、離婚原因として、原告と被告の性格がもともと合わなかったこと、被告の疾病を契機に夫婦関係が疎遠になったこと、原告の仕事が忙しくなってからは、すれ違いの生活を送っていたことなどから、原被告間の婚姻関係は既に完全に破綻している(争点<1>)、その原因は原告の不貞行為によるものではない(争点<2>)と主張し、仮に有責配偶者からの離婚請求であるとしても、これが許される場合に当たる(争点<3>)として、被告に対して離婚を求めた。

これに対して、被告は、原告と被告の婚姻関係は破綻しておらず(争点<1>)、仮に破綻していたとしても、婚姻関係の破綻は原告の不貞行為に起因するもの(争点<2>)であり、本件は、有責配偶者からの離婚請求として認められない(争点<3>)と主張し、請求の棄却を求めた。

二  争点に関する当事者の主張

(原告)

1 性格の不一致・不仲

原告と被告は、それぞれの両親同士の折り合いが悪かったこと、被告が被告両親の原告両親に対する中傷を止めるどころかこれに同調していたことから、衝突が多かった。また、原告と被告は、被告の自己中心的な言動により、夫婦喧嘩をすることが度々あった。被告は、昭和六二年、妊娠したが、被告両親と相談して原告の承諾なく中絶してしまい、この際、被告両親は、原告に対し、中絶の事実を原告両親には黙っておくようにと述べたが、このことは、原告の心にわだかまりを残した。

2 被告の疾病による夫婦関係の変化

被告は、平成二年六月ころ、癌を罹患し、完治はしたものの、その後遺症として平成三年終わりころからリューマチに罹り、体の節々に痛みを訴えるようになった。原告は、被告の癌罹患後も、子供が欲しかったため、夫婦生活は続けていたが、平成五年六月過ぎころから、被告の体が大幅に痩せたこと、被告が平成六年六月ころから、治療のために免役改善薬を使用し始め、医者に避妊を勧められたことから、原告と被告の夫婦生活は疎遠になった。

3 婚姻関係の破綻

さらに、平成七年には原告の仕事が非常に忙しくなったことから、原告と被告の生活はすれ違いになり、同居は継続していたものの、婚姻関係は破綻するに至った。

4 原告からの離婚請求は信義則に反しないこと

原告が四一歳、被告が三八歳と若いこと、原告と被告の同居期間が一〇年間であるのに対し、三年余の別居期間は長いといえること、また、原告と被告の間には子供がいないこと、さらに、原告は、被告に対し、離婚成立までの期間、年三五〇万円の婚姻費用を支払っているうえ、離婚に際し、金一〇〇〇万円の現金給付を申し出ていることから、被告が経済的に過酷な状況に置かれることはない。

(被告)

1 性格の不一致・不仲について

夫婦の互いの両親に行き違いがあることはよくあることであり、原告と被告の場合も皆無ではなかったが、被告や被告両親が、原告両親を非難することはなかった。また、被告は、中絶することについて、被告両親に勧められたことはなく、原告と相談して決めたことである。

原告と被告は、夫婦喧嘩をすることもあったが、これは通常の夫婦喧嘩の域を出るものではない。むしろ、原告と被告は、平成八年九月まで、仲の良い夫婦であった。原告と被告に子供がいなかったこと、原告が旅行好きであったこともあって、原告は、頻繁に被告を出張に同伴していた。被告の旅費は、原告が負担し、原告が頻繁に被告を出張に同伴することについて、社内には批判めいた声もあったが、原告は、「言いたい人には言わせておけばよい」といって、意に介さなかった。原告と被告は、出張以外にも、個人的に旅行することが多かった。

このように、原告と被告の性格が合わないということは全くない。

2 被告の疾病による夫婦関係の変化について

原告は、平成六年頃から、被告の痩せた体を見たくないと言って性交渉を拒むこともあったが、免役改善薬使用後も、夫婦生活は続いていた。

3 婚姻関係の破綻について

平成七年に、原告の仕事が忙しくなった後も、原告と被告は、二人で外食やショッピングをし、旅行を楽しみ、原告が被告のピアノの発表会を見に来るなどしていた。

原告が、仕事で帰宅が遅くなるときの被告への連絡等も通常どおり行われていた。

このように、平成七年ころも、原告と被告は仲の良い夫婦であり、婚姻関係は破綻していなかった。

4 原告の不貞行為

原告と被告が別居するに至ったのは、原告がその部下であるCと不倫関係となり、Cに夢中になってしまったからである。しかし、原告は、浮気相手に一時的に熱を上げているに過ぎず、原告と被告がもとの仲の良い夫婦に戻ることは十分に可能である。したがって、原告と被告の婚姻関係は破綻していないのであって、本件において、原告と被告の婚姻関係を継続し難い重大な事由があるとはいえない。

5 原告からの離婚請求が信義則に反し許されないこと

仮に、原告と被告の婚姻関係の破綻が認められるとしても、原告からの離婚請求は、有責配偶者からの離婚請求に当たる。

被告は、原告と被告の別居期間は、二年五か月ないし、三年四か月と短く、被告は、病気で働くのが困難なため、離婚によって経済的にも精神的にも過酷な状況に追い込まれてしまい、かかる請求は、信義則に反し許されない。

第三当裁判所の判断

一  前提となる事実

証拠(甲三ないし五号証、甲七、八号証、乙二号証の1ないし5、乙三、四号証、乙五号証の1ないし3、六号証の1ないし7、乙七号証、乙八号証の1ないし6、乙九ないし一八号証、乙一九号証の1の一、二、2、乙二〇号証の1の一、二、2、乙二一ないし二七号証、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  性格の不一致・不仲について

(一) 原告は、被告との婚姻以来、被告両親の原告両親に対する言動を不快に感じていたうえ、これを制止せず、むしろ被告の両親に同調する被告の態度にも不満を抱いていたが、これは通常の夫婦間にも生じる程度の確執であった。また、被告は、自己中心的な言動をし、譲歩しない性格であったため、原告と被告との間で夫婦喧嘩をすることがあったが、これも、通常の夫婦喧嘩の域を超えるものではなかった。

(二) 被告は、昭和六二年に原告の子を懐妊したが、原告と相談のうえ、主に経済的な理由で中絶した。しかし、原告はこれを承諾していたのであり、経済力等中絶を選択する合理的な理由もあった。

(三) 原告と被告は、平成八年八月ころまでは、度々一緒に外出したり、原告の出張に被告が同伴したり、原告の帰りが遅くなる場合には原告から被告に連絡をするなど通常の夫婦としての生活を営んでいた。

2  被告の疾病による夫婦関係の変化について

被告は、平成二年、癌に罹患して慶応病院に入院し、抗がん剤の投与を受け、平成三年四月に退院した。被告は、その後リューマチに罹患し、平成五年二月、渡米先のテキサス州ヒューストンにある大学病院でリューマチの治療を受けた。原告は、平成六年ころから、被告が疾病のため大幅に痩せてしまったことや治療のために医者から避妊を勧められたことなどから、被告と性交渉を営む気持ちになれなくなり、被告との性交渉を拒絶することがあった。

3  婚姻関係の破綻の有無について

原告は、平成七年ころから、それまでより以上に仕事が忙しくなったが、平成七年八月に被告の誕生祝いのために被告の好物である寿司を食べに行き、平成八年五月、原告が被告のピアノの発表会を見に行き、同年七月には、原告と被告は、休暇を利用して、長期間ノルウェーの知り合いの家に滞在し、その他、週末を利用して外食に出かけ、原告の帰りが遅くなる場合には原告から被告に連絡をするなど通常の夫婦としての生活をしていた。

4  被告の一時帰国について

原告と被告は、平成八年八月、ヒューストン空港で喧嘩をし、この際、原告は、被告の態度に憤慨していた。

原告は、被告に対し、平成八年九月、一人になりたいので日本に帰国するよう求め、被告は、原告が仕事で疲れているため一人になりたいのだと考えていた。

原告は、被告に対し、同年一一月二一日ころ、現在、部下であるCと不倫していること及び以前にも取引先の女性と肉体関係のある交際をしていたことを告白し、被告との別れ話を持ち出したため、被告がこれを原告の上司夫人に相談しに行くという騒ぎがあったが、原告は、被告に対し、被告が日本に帰る前に、Cとは別れると話したため、その場は一応収まった。

被告は、同年一一月二八日ころ、日本に帰国したが、その際、原告から生活費に充てるため一〇〇〇万円の預金のあるキャッシュカードを渡された。被告は、平成九年四月ころまで、原告がCと別れたものと信じており、原告が一人になりたがっているのは仕事が忙しいためであると認識して、原告に対し、頻繁に電話をしたり、手紙を書いたりしていた。

5  離婚交渉の過程について

原告は、被告の帰国後、Cとハワイ旅行に出かけたり、手紙のやりとりをするなどしていた。原告は、平成九年四月一六日ころ、被告が渡来の連絡をした際、被告に対し、離婚の申し入れをするとともに、別居を継続することを提案し、同月二二日ころ、日本に一時帰国して、被告及び被告両親と離婚をするための話合いを持ったが、被告は離婚に応じようとしなかった。

被告は、原告に電話連絡しようとしたが、原告は電話に出ないし、留守番電話もセットせず、被告との対話を拒否する態度をとった。被告は、同年七月三〇日、原告の東京勤務が決まったことから、一旦、ヒューストンの家に帰って、荷物の整理をしていたが、原告は、「なぜ帰ってきたのか」と言って怒り、家を出ていった。被告は、同年八月、夫と自分の荷物をまとめてこれを西船橋の社宅に送付した。

原告は、平成九年一一月、東京勤務となったため、西船橋の社宅に入居したが、原告の社宅に被告が入居しようとした際、これを拒絶した。その後、原告と被告は、度々、話し合いの機会を持ったが、原告が離婚と別居の継続を主張するのに対し、被告が別居の解消を要望したため、離婚については物別れに終わり、当分の間別居を継続することとなった。被告は、同年一一月、西船橋の社宅から自分の荷物を搬出した。

原告は、被告を相手方として、同年一二月及び同一一年に、夫婦関係調整の調停を申し立てたが、いずれも不調に終わった。なお、被告は、その間の平成一〇年二月に、原告を相手方として婚姻費用分担の調停を申し立て、同年三月一九日、原告は被告に対し、別居の解消又は婚姻の解消に至るまで、年三五〇万円の婚姻費用を支払う旨の調停が成立し、その後、原告はこれを実行している。

被告は、原告に対し、現在の電話番号を教えていないが、これは、原告から離婚を迫られることに疲れたこと及びこれ以上原告との関係をこじらせないようにするためである。

6  原告の不貞行為について

原告は、平成八年一月ころから、自分の部下であるCに夫婦間の問題について相談するようになるなどして親しい関係となり、Cをたびたび出張に同行し、平成八年一二月末から翌年一月にかけて二人でハワイ旅行に出かけたりしていた。二人は、遅くとも平成八年一〇月ころには肉体関係を持つようになった。

二  争点<1>(離婚原因の有無)に対する判断

原告は、被告の疾病を契機に、被告に対する愛情を徐々に失っていったが、原告と被告は、平成八年七月ころまでは、通常の仲の良い夫婦として生活していた。原告は、被告の帰国中、Cとの関係を深め、被告に対する愛情をますます喪失していった。平成九年七月に、被告が帰国準備のためにヒューストンの家に帰ってきたのに対し、原告が、これを非難して家を出ていってしまうという出来事があったころには、原告と被告の夫婦関係はかなり修復困難な状況に至っていたと推認される。

被告は、原告が現在Cに夢中になっているが、原告が冷静になるのを待って、原告との関係を修復していきたいと考えており、原告に対する愛情は失われていないことが窺われる。しかし、原告は、Cとの関係如何にかかわりなく、被告との婚姻関係をやり直す気持ちはない旨を明確に表明しており、被告との婚姻生活を継続する意思は全く存在しない。

右によれば、原告と被告の婚姻関係は、現在では完全に破綻しており、本件においては、婚姻関係を継続し難い重大な事由があると認められる。

三  争点<2>(有責配偶者からの離婚請求か)に対する判断

前記一によれば、たしかに、原告と被告の夫婦関係は、被告の疾病という偶然の事由を契機に変化したことが認められる。

しかし、前述のように、原告と被告の婚姻関係は、平成八年ころまでは、破綻していなかったところ、原告が、平成八年一月ころから、Cと個人的交際を始め、これが肉体関係にまで発展したために、被告に対する愛情を喪失し、そのため、原告と被告の婚姻関係が破綻したと推察されることから、原告と被告の婚姻関係の破綻の原因は、主として原告の不貞行為によるところが大きいと認められる。よって、本件請求は、有責配偶者からの離婚請求に当たる。

四  争点<3>(有責配偶者からの離婚請求としても許されるか)に対する判断

ところで、婚姻関係の継続が困難な事態を招来したことにつき、帰責性のある配偶者が、自ら招いた右事態を理由に離婚を請求することは、民法第一条の法意に照らし、原則として許されないものと解すべきであるが、両者の別居が年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、かつ未成熟の子が存在しない場合であって、相手方配偶者が離婚により極めて過酷な状態に置かれるなど著しく社会正義に反する特段の事情がない場合は、有責配偶者からの離婚請求も許されるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告と被告の同居期間は、昭和六一年一一月から平成八年一一月までの一〇年間であるのに対し、別居期間は平成八年一一月から現在までの三年六か月であって、原告が現在四二歳、被告が現在三八歳というまだ壮年の年齢であることをも考慮すると、本件別居期間が相当長期に及んでいると判断することは到底できない。

そうすると、本件離婚請求は、その余の点を判断するまでもなく、有責配偶者からの離婚請求として許されないものというべきである。

第四結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 小磯武男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!