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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21153号 決定 2000年1月12日

債権者

A

外八名

右債権者ら代理人弁護士

井上幸夫

志村新

穂積剛

中野麻美

債務者

株式会社明治書院

右代表者代表取締役

三樹譲

右代理人弁護士

河本毅

寺前隆

福吉貞人

主文

一  債務者は、債権者Bに対し、平成一二年一月から同年一二月まで毎月二五日限り金一九万円を仮に支払え。

二  債権者Bのその余の申立て及びその余の債権者らの申立てをいずれも却下する。

三  申立費用は、債権者Bに生じた費用と債務者に生じた費用の九分の一を債務者の負担とし、その余の債権者らに生じた費用と債務者に生じたその余の費用を同債権者らの負担とする。

理由の要旨

第一 申立て

一 債権者らが債務者との間にいずれも労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二 債務者は、債権者らの各人に対し、平成一一年八月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り別紙賃金目録記載の金員をそれぞれ仮に支払え。

第二 事案の概要

本件は、債務者から解雇された債権者らが、解雇の無効を主張して、債務者に対し、労働契約上の地位にあることの仮の確認及び賃金の仮払いを求める事案である。

一 前提となる事実

1 当事者

債務者は、高等学校用国語教科書を中心とする教科書、教材の出版その他を業とする株式会社であり、肩書地に本社を、また、大阪及び福岡の各市内に支店を有しており、従業員数は、後記本件解雇前の段階で四八名であった。なお、債務者にはその関連会社として株式会社真珠書院(以下「真珠書院」という。)がある。

債権者らは、いずれも債務者の従業員であったが、後記本件解雇の通告を受けた者である。なお、債権者らはいずれも、債務者の従業員らによって組織する明治書院労働組合(以下「本件労働組合」という。)の組合員である。

(争いのない事実)

2 本件解雇、これに至る経緯等

債務者は、平成一一年三月四日、本件労働組合といわゆる窓口交渉を行い、この際、本件労働組合に対し、団体交渉(労使協議会)開催を書面をもって申し入れた。同書面には、債務者の求める団体交渉の議題としては「会社よりの説明事項」とのみ記載されていて、具体的な議題は明らかにされていなかった。

同月九日、右申入れに基づく団体交渉が開催され、その席上債務者は本件労働組合に対し、一五名の希望退職者を募集する旨説明をした。

その後、債務者と本件労働組合とは、同月一七日、同月一八日、同月三〇日、同年四月七日にそれぞれ団体交渉を開催し、主に右希望退職者募集に関し、本件労働組合側から債務者側に対する質問が行われた。

この希望退職募集期間は同年四月五日から同月九日までの間とされ、五名がこれに応じて同月二〇日付けで債務者を退職した(この希望退職者募集を以下「第一次希望退職者募集」という。)。

同月一五日、団体交渉が開催され、その席上債務者から本件労働組合に対し、右希望退職者募集に対する応募者が五名であり、一五名に満たないので、再び希望退職者募集を実施する旨説明し、また、「売上高・原価・販管費の推移」及び「人件費と損失額の状況」と題する書面(乙一二五)を交付した。同月二八日にもこの件に関して団体交渉が開催され、本件労働組合は債務者に対して「明治書院の業績を向上させるための緊急要求書」と題する書面(甲三一)(以下「業績向上緊急要求書」という。)を交付したが、債務者は、業務上の問題は債務者の経営権に属する事項であり、団体交渉における協議の対象事項とはならないとの回答をした。その後、本件労働組合は業績向上緊急要求書に対する回答を議題とする団体交渉の開催を申し入れたが、債務者はこれを拒否した。

この希望退職募集期間は同年五月一一日から同月一四日までの間とされたが、結局これに対する応募者はいなかった(この希望退職者募集を以下「第二次希望退職者募集」という。)。

同月二八日に開催された団体交渉において、債務者は本件労働組合に対し、一〇名を整理解雇せざるを得ない状況にあるとして、整理解雇を予告した。これに対し本件労働組合は、同月三一日、「明治書院における雇用と労働条件を確保するための緊急要求書」と題する書面(甲三四)(以下「雇用確保緊急要求書」という。)を窓口折衝において債務者に対していったん提出したが、債務者は書面の交付は団体交渉で行うのが慣行であるとしてその受領を拒否した。なお、雇用確保緊急要求書は、債務者に対し、経営状況を明らかにするために業績悪化の原因を分析できる資料、売上原価に関する資料、金融機関との取引状況、真珠書院、日本語学研究所に関する資料等の公開を求めるものである。

債務者は、本件労働組合に対し、「整理解雇について」を議題とする団体交渉を申し入れる一方、本件労働組合は、債務者に対し、雇用確保緊急要求書の提出を議題とする団体交渉開催を申し入れるという状況となり、議題の一致がみられず団体交渉開催に至らなかった。

同年六月二九日、債務者は整理解雇における人選基準を本件労働組合に対して示した。これは、平成九年二月二一日から平成一一年六月二〇日までの聞の遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡(ただし、昭和一九年一二月三一日以前に生まれた従業員及び平成八年四月一日以降に入社した従業員を除く。)によって被解雇者を選定するというものである(以下この基準を「本件人選基準」という。)。そして、債務者は、平成一一年七月八日本件労働組合に対して債務者の二期分の決算書を提出した上で、同月一五日開催の団体交渉の席上、債権者ら一〇名を被解雇者として整理解雇を実施することを本件労働組合に対して通知した。

右に従い、債務者は、平成一一年七月一六日付けをもって、債権者らに対し、債権者らを就業規則二九条一号により解雇する旨の意思表示を行った(以下「本件解雇」という。)。

(争いのない事実)

3 就業規則の定め(本件に関係する規定のみ抜粋する。一部語句を訂正した部分がある。)

二九条

次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告して解雇する。ただし、三〇日分の予告手当を支給するときは即時解雇する。

一号 やむを得ない業務の都合によるとき

(乙二の一)

4 債権者らの賃金等

債務者は、債権者ら従業員に対し、月例賃金を毎月二〇日締め二五日払いで支給していた。債権者らの月例賃金額(基本給と、残業手当及び通勤手当を除く諸手当との合計額)は別紙賃金目録のとおりであった。

(争いのない事実、甲二の一ないし九)

二 争点

1 本件解雇は、いわゆる整理解雇の要件を満たしていないもので、解雇権の濫用に当たるということができるか。

2 本件解雇は不当労働行為に該当するか。

3 保全の必要性

三 争点に関する当事者の主張

1 解雇権の濫用の成否

(一) 債務者の主張

(1) 整理解雇の必要性

ア 債務者において、明治二九年の創業以来、その収益の相当部分を占め、その経営の根幹をなしてきたのは、学校用の教科書であり、戦後になって教科書検定制度が導入された後も、この検定教科書を一貫して発刊してきた。債務者が発刊した検定教科書は高等学校の国語(現代文、古文、漢文)の教科書であった。

この教科書の発刊は順調に推移し、昭和四八年度の高等学校教科書の採択において、債務者の刊行した教科書が全国第一位となり、その後も採択総数の実績において業界第一位の地位を占め、平成六年に文部省の学習指導要領改訂に伴って教科書大改訂が実施されるまでの間は、債務者の高等学校第一学年用の教科書の採択実績は他社を大きく引き離していた。

ところが、近年の少子化傾向によって年々小学校、中学校の生徒が減少したため、従来は小学校、中学校用の検定教科書を中心に活動していた大手有力出版社が高等学校教科書の分野における活動を強化し、さらに、複数の有力出版社が新たに参入するなどしたため、債務者の中心的事業分野であった高等学校検定教科書についての企業間の競争が著しく激化した。このようなことも一因となって、平成六年度用以降の債務者の採択実績は年々減少し、平成一一年度用の検定教科書採択においては、採択実績首位の座を他社に譲ることとなった。

これと歩を一にして、債務者の業績も悪化した。すなわち、平成五年八月から平成六年七月までの第八二期事業年度(以下単に「第八二期」という。他の事業年度も同様とする。)までは、辛うじて経常利益を計上したものの、その後は例年経常損失、営業損失を計上し、その損失額も年々大幅に増加した。

我が国の少子化傾向から、高等学校の生徒数が今後も継続して減少し、この減少が平成二一年までとどまらないこと、資本力、営業力において債務者に勝る大手出版社が、債務者の事業分野における事業活動、営業活動をますます強化するであろうこと、新たな競争相手の出現も予想されること、平成六年以降教科書改訂検定の実施サイクルが変更となり、その結果、以前は小学校、中学校の改訂年には営業活動の重点を小学校、中学校の採択に置いていた大手出版社との激しい競争となる機会が増加したこと、以上の点からすれば高等学校の検定教科書を専業とする債務者にとって、厳しい経営環境が継続するばかりか、今後ますます厳しさを増すことは明らかである。

イ 以上の事情を加味して将来の債務者の業績の推移を予想すると、高等学校教科書関連の売上げは、教科書改訂一年目に当たる第八二期から同三年目に当たる第八四期にかけて11.4パーセント減少しているから、教科書改訂三年目に当たる第八八期の売上げも、同一年目に当たる第八六期の売上げから同様に減少するものと予想され、これは、約七億二四〇〇万円となる。そして、それ以外の売上げは横ばいと見込まれ、その合計は四億四六四〇万円となり、総売上げは約一一億七〇〇〇万円と予想される。一方、第八八期の予想売上原価は五億六〇〇〇万円、予想販管費も三億一四〇〇万円である。そうすると、債務者の収支を均衡させるためには、人件費を多くとも二億九六〇〇万円程度とすることが必要であるということになる。

第八六期における人件費は五億三九〇〇万円であったところ、第八八期において収支が均衡するには、人件費を少なくとも二億四三〇〇万円程度削減することが必要である。第八六期から第八七期にかけて定年等によって退職することが予想される従業員は二〇名おり、これによって削減される人件費は年額九五〇〇万円であるから、第八八期で収支が均衡するのに必要な削減人件費は一億四八〇〇万円となる。しかし、会社業務に与える影響とこれまでの経験から勤続年数の短い者が若干名退職する可能性をも考慮し、右一億四八〇〇万円のうち少なくとも一億円程度についてのみ雇用調整を行う立案をしたのである(このような立案を以下「本件雇用調整」という。)。

このような立案をした後、債務者は二回にわたり募集人員を一五名とする希望退職者募集を実施し、五名がこれに応じたため、これにより人件費は三六六〇万一三八九円分削減され、この結果雇用調整に必要な予定削減人件費は約六四〇〇万円となった。

なお、本件解雇の対象者は最終的に債権者ら一〇名となり、これらの人件費総額は六〇九七万九三四六円であって、右六四〇〇万円には達しなかったが、解雇対象者をこれにとどめたのは、希望退職者募集に際して募集人員数を一五名としていたこと、従業員Cが退職する可能性があり、これによりその分の人件費が削減される余地があると判断したためであった。

ウ 債権者らは、Cが本件解雇実施前に債務者に対して退職の意思を表していたにもかかわらず本件解雇を実施したこと、また、本件解雇後退職者が出たことを指摘して、本件解雇は不当である旨主張する。しかし、右いずれについても本件雇用調整立案段階で折り込み済みであったことは前記のとおりであり、債権者らの右主張は失当である。

債権者らは、債務者の役員の人数は、平成一〇年七月末には七名であったのが、その後八名となっている上、役員に対して多額の報酬を支払い続けている旨主張する。しかし、これは債務者の役員のほとんどが従業員を兼務していることを看過した主張である。また、そもそも危機に際して株主に対する責任を遂行するために債務者が必要とする数の役員を配置し、各所管業務に責任を持たせることは当然の措置であり、従業員の削減に先立ちその役員数を減じなければならないいわれはどこにもない。しかも、平成五年七月以降役員数は変わっていないが、この間の経営の推移等をも勘案し、人心を一新し、また従業員から有為の人材を登用してきたのであって、現に平成五年当時に在籍した役員のうち現在その地位にある者は八名中代表取締役二名のみである。なお、平成一〇年に役員数が八名に増員となったのは、同年一一月に事業本部制を採用することを見越し、従前の役員一名を退任させた上、三事業本部の本部長のうち取締役でなかった者二名を登用した結果であり、これによっても役員報酬の総額は相当に減少した。債権者らの右主張は失当である。

債権者らは、債務者の売上げの減少の要因は各学校を担当して営業する従業員を激変させたことにある旨主張するが、そもそも検定教科書の営業活動は学校訪問のみで行ってきたものではない上、債務者はこれまで検定教科書の営業につき効率的に成果を挙げ得る工夫を尽くしてきたのであって、これを無視した債権者らの右主張は失当である。

債権者らは、経常損失一億七三九六万円を計上した第八六期において一〇名を採用したことを指摘して、本件解雇の必要性を否定する。しかし、右一〇名のうち七名はその時点の退職者の補充であり、その余の三名は新設した首都圏営業チームに配置するためのものであり、これは、雇用調整を回避するための最善の努力として実施したものであった。ところが、これをもってしても平成一一年度用の検定教科書の採択実績の改善は果たせず、かえって、前年より更に悪化する大敗北を喫したため、債務者は今回の雇用調整の実施を決断するに至ったのである。したがって、債権者らの右主張は失当である。

債権者らは、債務者の関連会社である真珠書院の経営状況に照らし、本件解雇の必要性を否定する。しかし、債務者と真珠書院とは事業内容が異なり、債務者はいかなる意味でも真珠書院の経営権を有していない。債権者らは、債務者が真珠書院から、その売上げに対応すべき額の支払を受けていない旨主張するが、事実に反する。真珠書院が直近の期に債務者に対して支払った使用許諾料、手数料は、それぞれ約一〇〇〇万円、三一〇〇万円に達している。債権者らの右主張は失当である。

債権者らは、債務者が複数の派遣社員を使用した事実をもって、本件解雇の必要性がないなどと主張する。しかし、これらの派遣社員には、債務者が従前から派遣従業員に担当させていた一部業務を担当させるために雇用したか、あるいは、たまたま従業員に適任者がなく従業員に技能に習熟し代替できるまでの間の臨時の必要等のために雇用したものであって、もとより債権者らが債務者に在籍中に担当していた業務を担当させるために雇用したものではなく、現に派遣従業員の使用はすべて終了している。債権者らの右主張は失当である。

(2) 解雇回避努力

ア 経費の削減等

ⅰ 販管費の削減

債務者は、第八一期には八億五二〇〇万円であった販管費を第八六期には七億四三〇〇万円として、一億〇九〇〇円減少させた。

以上のための具体的な施策としては、社長車を廃止し、これに伴って月極駐車場を解約したこと(第八四期)、検定教科書販売打上げパーティーの実施を取りやめたこと(第八三期)、会社創立記念日の酒肴料の支給を取りやめたこと(役員に対して第八四期、全従業員に対して第八七期からそれぞれ実施)、コピー機をリース化し(第八二期)、かつ、その使用枚数を規制したこと(第八七期)、車両をリース化したこと(第八六期)、一泊二日で行われていた研修旅行を日帰りとし(第八五期)、かつ、第八六期からは取りやめとしたことが挙げられる。

ⅱ 原価の削減

債務者は原価の削減に努め、第八一期には八億八七〇〇万円であった原価を第八六期には七億一五〇〇万円とした。

ⅲ 人件費の削減

債務者は、人件費削減の努力をし、第八一期には六億五二〇〇万円であった人件費を第八六期には五億三九〇〇万円とした。

具体的な削減努力としては、次のものが挙げられる。

① 役員報酬の削減

役員賞与については、第八一期を一〇〇とした場合、第八二期は64.1、第八三期は38.5とし、さらに、第八四期以降は支給していない。

また、役員報酬については、第八四期を一〇〇とした場合、第八五期は83.0、第八六期は78.6と削減している。

② 従業員に対する賞与の削減

従業員に対する賞与は、第八一期以降順次圧縮した。また、従業員の給与の昇給率も圧縮した。

③ このほか、従業員一名を関連会社へ移籍したこと、派遣社員を減らしたこと、残業の規制を行ったこと、アルバイト採用を中止したことなどが挙げられる。

イ 業務の効率化

債務者は、検定教科書による収益の増加は当分の間見込めないとの予測の下、右検定教科書に関する収益減少を阻止するため様々な経営努力を行うとともに、これ以外の次代の事業収益の柱を構築するため、次のとおり数次の重要経営施策を実施した。

ⅰ 第三編集部の新設

債務者は、平成八年八月一日、第三編集部を新設した。これは、検定教科書以外の将来の有力な収益源を確保するために、研究者、高等学校教員以外の読者層向けの一般書籍(店頭商品)の編集、企画を担当する部署として設立したものである。人員としては、部長一名を含め三名を配置している。

ⅱ 株式会社日本語学研究所の設立

債務者は、美しい日本語を守り育てるとの経営理念、企業使命を実現し、かつ、将来の経営を支える収益部門として育成することを企図して、株式会社日本語学研究所(以下「日本語学研究所」という。)を設立し、平成一〇年一〇月以降「日本語力測定試験」を実施するなどしてきた。

ⅲ 首都圏営業チームの新設

債務者は、平成一〇年四月、当時の教科書販売部内に、首都圏営業チームを新設し、リーダー一名を含む四名を配置した。債務者の検定教科書を採択する高等学校の三割強の高等学校が所在し、かつ、全国の各高等学校の採択動向にも強い影響を与える首都圏四都県の営業力強化のためのチームである。

ⅳ 事業本部制の採用

債務者は、平成一〇年一一月、会社組織を、高等学校用教材を扱う教育事業本部、高等学校用教材以外の書籍を扱う企画事業本部、人事管理等を扱う管理事業本部に区分する事業本部制を採用し、各部門を独立採算とするとともに、管理事業本部に管理のすべてを一括所管させて収益管理の徹底を実現することとした。

ウ 希望退職者の募集

債務者は、前記のとおり、本件解雇に先立って二回にわたり希望退職者の募集を行った。

(3) 人選の合理性

ア 人選基準の合理性

債務者は、本件解雇を行うに当たり、その人選の基準としてるる検討し、その過程においては人事考課の結果、能力評価等を用いることも考慮したが、最終的には、平成九年二月二一日から平成一一年六月二〇日までの間の遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡(ただし、昭和一九年一二月三一日以前に生まれた従業員及び平成八年四月一日以降に入社した従業員を除く。)によって被解雇者を選定することとした。

このような基準を選択した理由は、本件解雇は人員を削減して経営危機を打開することを目的としたものであって、債務者に対する貢献度の低い者を被解雇者とする選定基準は右目的に適った合理的なものというべきところ、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡という基準は従業員の債務者に対する貢献度を判断するにつき極めて客観的であり、そこに合理性が認められるのは明らかであること、また、遅刻、早退、欠勤による欠務というのは、労働契約上の最も基本的な従業員の義務の不履行と評価することができ、この点で従業員の納得を得られる最善の基準であると考えたこと、以上の点であった。なお、生年月日による制限に関しては、高年齢者は再就職が困難であることを考慮したこと、従業員が五五歳に到達した時点において賃金額が従前の賃金額の六割五分に引き下げられることになっていて、これらの者を含めてしまうと削減予定人件費達成のためには一〇名より多くの者を解雇せざるを得なくなることがその理由であり、入社年月日による制限は、入社歴が浅い者については、債務者が会社業務に習熟させるために教育、研修等を行っている最中であり、教育等のために支出した費用の回収が十分ではないこと、これらの者の賃金額も相対的に低廉であり、これらの者を含めてしまうと削減予定人件費達成のためには一〇名より多くの者を解雇せざるを得なくなることがその理由である。

これに対し、債権者らは、右入社年月日による制限に関し、業績を向上させるためには中堅・ベテランの従業員の戦力は不可欠であるから、本件選定基準は合理性を欠く旨主張する。しかし、債務者のこの間の業績が、債権者らが是とする営業体制の下で年々悪化していったことは前記のとおりであること、また、これまでも社長、管理職を始めとする多数の従業員が教科書販売活動等に関与し営業活動を行い、一部の部署のみの営業活動の成果と評価すべきものではなかったこと、以上の事情からすれば、本件雇用調整に際して一定に年齢層の者のみは解雇すべきでないという趣旨の債権者らの右主張は失当である。

また、債権者らは、債務者があたかも課長以上の管理職八名を人選基準の対象としなかったとして、本件人選基準が不合理である旨主張する。しかし、本件雇用調整に当たり債務者がこれら八名を人選の対象外とした事実はない。確かに、課長以上の管理職と一般従業員とでは時間管理の方法に違いがあったが、本件解雇を行うに先立ち、債務者はそれまでの勤務時間管理の結果に基づき等しく本件人選基準を適用し、被解雇者を決定した。

イ 具体的な人選

本件人選基準により選定された対象人員は二九名であったが、債権者らは、本件人選基準に係る期間の遅刻、早退、欠勤の総合計時間が多い者のうち、上位一〇名に該当した。

(4) 組合との協議等

ア 債務者は、本件解雇に至るまで、本件労働組合との間で計一一回の団体交渉、七四回の窓口折衝を行い、従業員に対しても、説明会等による説明、文書の配布等を行った。

より具体的には、債務者は平成一一年五月二八日の団体交渉において、整理解雇の方針を発表し、この実施について本件労働組合の理解を求め、人選基準については本件労働組合と協議していくことを積極的に表明した。また、債務者は、団体交渉開催を目的として、平成一一年五月二八日の団体交渉以降同年七月一四日までの間合計二六回の窓口折衝を行い、本件労働組合に対し、団体交渉の開催についての協力を求めてきた。

しかし、本件労働組合は、そのたびに、人員削減の具体的な背景について説明されていないなどと主張して、経営資料の更なる開示を求め、あるいは、本件労働組合との協議が妥結しないうちには整理解雇を実施しないとの約束をすることを条件とするなどして、団体交渉の開催に反対し、これを阻止してきた。

イ 債務者は、同年四月一五日の団体交渉の席上、希望退職に応じた者が五名しかおらず、債務者が募集していた一五名に達しなかったことから、第二次の希望退職者募集を行いたい旨の表明をしたが、その際に、現在債務者をめぐる諸環境は非常に厳しいものがある、債務者の売上げは減少の一途をたどり、ここ数年赤字決算が続いている、こうした状況の回避のために、債務者は売上げ増強策を図る一方で、経費の削減に努めてきたが、こうした努力にもかかわらず債務者の業績は見るべき改善がされるには至っていない、今後の市場環境を客観的に見ても更に厳しくなることが予想される、具体的には、別紙「債務者の営業損益等の推移」のとおりの営業利益等の減少があり、人件費を前記(2)のアⅲのとおり減少させたものの、これだけでは債務者を存立していけないなどと説明し、その他、前記(1)記載のとおりの会社経営の深刻さを説明した。

ウ これに加え、債務者は、団体交渉が開催されていなかった時期にあった平成一一年七月八日、本件労働組合に対し、二期分の会社計算書を交付するとともに、会社の経営状況を説明した「会社見解」と題する書面をを交付し、本件労働組合の理解を求めた。

エ 本件労働組合も、債務者からの説明をも踏まえて、債務者の業績が悪く人員削減をも含めた何らかの施策を執らざるを得ないことは十分承知していた。このことは、本件労働組合が提出した雇用確保緊急要求書において、「業績悪化の最大の要因は、売上高の急激な減少によるものと言える。明治書院の年間売上高は、一〇年間(七七期)まで一七億であったが、第八六期(一九九七年度)現在、一二億五〇〇〇万円にまで落ち込んでいる。」との記述をしていることからも明らかである。

にもかかわらず本件労働組合が団体交渉の開催に反対したのは、労使協議に応じないこと自体がその目的であったからである。

オ 以上のとおり、債務者は、本件解雇に関し、事前の協議、説明を十分行い、かつ、そのために要求される義務をすべて果たしているというべきである。

(二) 債権者らの主張

(1) 整理解雇の必要性((一)債務者の主張(1))について

ア 確かに、債務者においては、第八三期には経常損失一億八五一〇万円を出したが、その後第八五期には二六四二万円の経常利益を出している。そして、経常損失が続いた第八三期、第八四期にも、債務者は人員を減少させず、かえって、経常損失を一億七三九六万円出した第八六期には前年より三名人員を増加させている。

債務者では、第八一期には役員八名、従業員六七名の合計七八名という人員状況であったところ、その後退職者が相次いだ結果、本件解雇前の平成一一年四月末には、役員八名、従業員四八名の合計五六名となっていること、本件解雇後も、同年一〇月二〇日までに退職者が六名も出ている(同年七月二〇日付けでDが定年退職、同月三〇日付けでCが任意退職、同年九月二〇日付けでEが任意退職、同日付けでFが定年退職、同月三〇日付けでGが任意退職、同年一〇月二〇日付けでHが任意退職)。

債務者は株主配当を継続しており、東京、大阪、福岡にある債務者所有の土地建物には担保が全く設定されていない。

債務者の役員の人数は、平成一〇年七月末には七名であったのが、その後八名となっている上、役員に対して多額の報酬を支払い続けている(債務者は、平成五年一〇月ころからほとんど出社しなくなり、平成八年ころからは全く出社していない三樹彰会長に対して毎月四〇〇万円強、三樹譲社長に対して毎月二一〇万円強の役員報酬を支払っている。債権者ら一〇名の月例賃金総額は三〇四万四〇〇〇円であり、三樹彰会長への役員報酬月額よりははるかに少ない。)。

以上の事実から明らかなとおり、債務者においては、従業員を、しかも一〇名もの人員を解雇しなければならない必要性など全く認められないのである。

イ 債務者は、第八八期の収支予想を行っているが、その予想には客観的な裏づけはない上、近年の経営上の失敗である教科書軽視策を前提とした予想であるから合理性もない。

なお、債務者は、第八六期から第八七期にかけての予想退職者を二〇名としているが、実際には、第八六期に七名、第八七期に一八名、以上合計二五名が退職しており、さらに、平成一一年八月から一〇月にかけても四名が退職している。

ウ 真珠書院は、債務者の教科書の自習書等を発刊し、債務者の会長三樹彰が社長、債務者の杜長三樹譲が取締役となっている。真珠書院には独自の従業員はほとんどおらず、同社の制作、営業販売、経理の業務は債務者の従業員が行っている。

真珠書院は、借入金が全くない超優良企業であり、社内に蓄積している剰余金は約九億円である。その上、債務者は、真珠書院から、債務者の従業員が真珠書院のために行っている業務とその売上げに対応すべき額の支払を受けていない。

債務者の従業員にその業務を行わせている真珠書院が無借金超優良企業であるにもかかわらず、債務者がその経営危機を主張することは許されない。

エ 債務者は、一時的に経営を失敗している。第一に、三樹譲社長が企画し第三編集部が担当した多数の新刊本を大量初刷りし、その後多数の返品となって返品率が増大させたこと、第二に、日本語学研究所を設立して日本語力測定試験を二回実施したが、第一回の試験で約一〇〇〇万円の赤字を出し、第二回も更に大きな赤字を出したことである。このような経営の失敗は、役員の責任の問題にはなっても、責任のない従業員に犠牲を押し付ける整理解雇の必要性を根拠付けるものとはならない。

なお、債務者は、教科書販売部内に首都圏営業チームを創設した旨主張するが、その所属従業員四名のうち新採用が三名で、東京支店との相互の連絡もない全く非効率的な組織であり、本件解雇後の平成一一年八月に廃止された。

オ 債務者は、教科書関連売上げの減少を主張する。しかし、債務者の売上げの減少の要因は各学校を担当して営業する従業員を激減させたことにあり、債務者の業績向上のためには、人員の拡充こそ必要なのであって、債務者の右主張は失当である。

カ 債務者は、平成一一年二月に派遣社員一名を導入し、本件解雇後にも派遣社員五名を導入した上、今後更に派遣社員四名を導入しようとしている。このように、債務者が導入し、又は導入しようとしている派遣社員は、本件雇用調整を立案した時点以降一〇名に上っているのであって、このことに照らすと、本件解雇の必要性はなく、債務者はその解雇を回避するどころか解雇に固執していたというべきである。

債務者は、派遣社員の導入は短期間の予定であり、現に派遣社員の使用はすべて終了している旨主張するが、虚偽である。派遣社員使用の終了は、本件労働組合が本件解雇に関しストライキを実施していることを理由として、派遣会社が派遣社員を引き上げたことによる。

キ 以上のとおりであって、本件解雇に関し整理解雇の必要性など全くない。

(2) 解雇回避努力((一)債務者の主張(2))について

ア 解雇回避努力に関し、債務者は、販管費や原価を減少させたことを挙げるが、売上げの減少に伴ってこれらの経費が減少することは当然である。

イ 人件費削減については、債務者が多額の役員報酬を支払い続けていることは前記(1)のアのとおりである。また、債務者は、役員報酬を減少させた旨主張するが、これを裏付けるに足りる疎明はない。

ウ 業務の効率化についての債務者の主張のうち、第三編集部の新設、日本語学研究所の設立及び首都圏営業チームの新設については前記(1)のエのとおりである。

エ 債務者は、本件労働組合との交渉において、人員の削減について具体的な説明をすることなく、質問に答えることもなく、本件労働組合の反対を無視して希望退職者募集を強行した。

ところで、債務者の従業員Cは、非組合員であるが、本件解雇前の平成一一年六月二四日、債務者を退職する旨上司に伝え、同年七月三〇日付けで退職する旨の退職届を債務者に提出した。これに対し債務者は、Cに対し、退職日を同年八月五日にすること、それまでは欠勤せずに出社することを要求したが、その際債務者側は、「整理解雇と同時期なので欠勤はまずい。」と述べた。

以上の事実のほか、債務者は、本件解雇後、本件労働組合の組合員であるIを課長に昇進させ、同人を本件労働組合から脱退させたり、夫と義母と暮らしていて大阪への転居が不可能であることが明らかである同組合員Eに対し、大阪支店への配置転換を内示して、実質上退職強要を行い、退職させたりしたこと、債務者代表者は、平成一一年一月の年頭のあいさつにおいて、「何々してくれなければ働けないなどと言う人間を飼っている余裕はありません。」と述べ、また、同年五月の会社創立記念の式辞において、「今は、悪血を流しきることが必要な時のようだ。」と述べて、組合員を敵視する姿勢を示していることにも照らせば、債務者は解雇を回避する努力を行うどころか、本件労働組合を壊滅させるために本件解雇を強行したのである。

(3) 人選の合理性((一)債務者の主張(3))について

ア 本件人選基準については、それ自体本件解雇においてその対象者を組合員に絞り込むことを企図したものであるというべきである。

すなわち、本件解雇当時における債務者の従業員は四八名であったが、「昭和一九年一二月三一日以前に生まれた者」は八名であり、このうち本件労働組合組合員は二名に過ぎなかったこと、「平成八年四月一日以降に入社した者」は一一名であったが、このうち同組合員はわずか一名のみであったこと、残る二九名のうち八名は、出勤簿に押印せず遅刻、早退、欠勤の時間数を把握できない立場の者(課長職以上の者、非組合員)であったこと、以上が右の理由である。

イ 債務者は、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡という選定基準は、債務者に対する貢献度の低い者を選定する客観的な基準であるから合理性が認められる旨主張する。

しかし、会社に対する貢献度が単なる遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡によって判定できるものではないことは多言を要しない。

また、このような基準は、同じ遅刻、早退、欠勤であっても、それに事情が異なり得ることを度外視しており、公平を著しく欠くものである。すなわち、遅刻については、通勤電車の事故等による遅延その他本人には何ら責められるべき事由がない場合とそうではない場合とでは全く事情が異なる。

また、遅刻、早退、欠勤について共通していえることは、本人あるいは家族のけが、病気のためにやむを得ず勤務の一部を欠く場合とそうではない場合とで評価が異なるのは当然であり、とりわけ、年次有給休暇の半日単位あるいは時間単位での利用制度がない債務者においては、通院等のために午前中あるいは夕方だけ休めば足りる場合でも丸一日の年次有給休暇を取得しない限り遅刻又は早退の扱いを受けざるを得ないことに照らすと、その具体的な事情を考慮しない人選基準は合理性を持ち得ないというべきである。

ウ 債務者は、「昭和一九年一二月三一日以前に生まれた者」を除外した理由として、高齢者であるため再就職が困難であることを挙げ、「平成八年四月一日以降に入社した者」を除外した理由として、教育等によって債務者の支出した費用の回収が十分ではないことを挙げる。

しかし、高齢者であるため再就職が困難であることは、今日においては昭和一九年一二月三一日以前に生まれた者のみに当てはまるものではない。

また、教育等によって債務者の支出した費用の回収が十分ではないとの点については、業績を向上させるためには中堅・ベテランの従業員の戦力は不可欠であることからして、債務者の主張する根拠は薄弱である。

エ 債務者は、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡という基準による人選の対象者は二九名であるところ、その上位一〇名に債権者らが該当した旨主張する。

しかし、前記のとおり課長職以上の非組合員には遅刻、早退、欠勤の総合計時間についての記録が存在しないから、実際の人選対象者は二一名であり、この中には本件労働組合員が一七名を占めていて、本件人選基準を形式的に適用しては明らかに不当な結果となるのであって、そもそも整理解雇の要件を満たさないというべきである。

また、基準対象者の上位一〇名に債権者らが該当する旨の債務者の右主張は否認する。かえって、非組合員であるGの遅刻、早退、欠勤の合計時間数は、これが多い者のうち順位八位に該当するのに、債務者は同人を被解雇者としていないのであって、本件人選基準の具体的な適用に当たって恣意的な運用があったことは明らかである。

(4) 組合との協議等((一)債務者の主張(4))について

ア 平成一一年三月九日開催の債務者、本件労働組合間の団体交渉において債務者は希望退職者の募集を表明したが、この団体交渉、また、これ以降の団体交渉において、債務者は人員整理が必要であることを示す経営資料すら提出せず、組合側からの経営状況に関する質問に対しても「答えられない。」、「申し上げられない。」などという回答を繰り返すだけであった。ことに、退職を希望する人員が一五名に達しなかったらどうするかとの当然の疑問に対してすら、「仮定の話は申し上げられない。」などと、全く誠意を欠いた対応をしている。このような経過からして、この希望退職者募集が整理解雇に向けた恣意的な行為であることは明らかである。

イ 同年四月一五日の団体交渉において、債務者は、第一次希望退職者募集の応募者が五名であったこと、第二次希望退職者募集を実施することを本件労働組合に対して通告したが、このときになって債務者はようやく「売上高・原価・販管費の推移」及び「人件費と損失額の状況」と題する書面(乙一二五)を提示した。しかし、これは単なるグラフとそれに基づく説明でしかなく、しかもその説明も、債務者が具体的にどのような経営状況にあってなぜ希望退職者を募集しなければならなくなったかについて納得のいく説明ではなかった。

その後の団体交渉においても、債務者は、人員整理の必要性を納得させる説明は行わず、それでも業務改善のために債務者と協力して協議していきたいという本件労働組合の希望すら全く聞き入れる態度を取らなかった。組合との協議を尽くしたといえるはずがない。

ウ これ以降も、本件労働組合が債務者に対して雇用確保緊急要求書に基づく経営改善策について話し合いたいと団体交渉を申し入れたのに対し、債務者側はこれを拒否するなど、債務者の対応は全く誠意を欠いたものであった。

このような状況の中、同年五月二八日の団体交渉において、債務者は整理解雇実施を予告してきた。この際、債務者は、相変わらず経営資料についての資料も出さず、資産も明らかにせず、業績改善策に関する本件労働組合からの協議要求にも応じないまま、いきなり右予告をしてきたのである。従業員の生活を根底から覆す整理解雇という事態になってもなお経営状況を開示しない債務者の対応からして、債務者には本件労働組合との協議を尽くす意図など初めからなかったことは明白である。

本件労働組合は、同年六月四日の日取りで団体交渉を開催するように申し入れたが、債務者はこれを拒否する一方、「整理解雇について」とする議題、すなわち、整理解雇の中身についての具体的な協議が議題でなければ団体交渉に応じられないという姿勢を取った。本件労働組合がそもそも整理解雇が必要なのかについて話し合いたいと希望したのに対し、債務者はその点については議論せず、整理解雇の具体的な中身について説明することに固執したのであって、形式的に組合との協議を尽くしたかのように取り繕おうとしている意図が明白である。

エ これ以降、債務者は本件労働組合に対して、「整理解雇について」を議題とする団体交渉の開催を申し入れ、一方で、本件労働組合は債務者に対して、雇用確保緊急要求書の提出を議題とする団体交渉の開催を申し入れ、議題の一致がみられず団体交渉開催までには至らなかった。

この点、債務者は、本件労働組合が団体交渉の開催に反対し、度重なる債務者の協力の申入れにもかかわらず団体交渉の開催を阻止してきた旨主張する。しかし、本件労働組合としては、そもそも人員整理の必要性について重大な疑義があるから、その点について十分な資料を基に納得のいく説明を求め、これに伴って、人員整理を回避できる施策について労使で話し合うための機会を設ける必要がり、かつ、むしろ現在の業績悪化の原因を分析するなら人員削減こそを避けるべきであるとの認識を有していたから、その点についての協議を申し入れたものである。それでも打つ手がないということになって、初めて整理解雇が議題になるはずであり、本件労働組合としては、順序としてまず本件労働組合が申し入れている議題から団体交渉を行うべきであるという、極めて常識的かつ当然の主張していたに過ぎない。債務者の右主張は失当である。

オ ようやく団体交渉が開催されたのが同年七月一五日のことであった。この場で本件労働組合は「緊急質問書」を提出して質問したが、債務者はこれに一切答えず、突然メモを取り出して、債権者ら一〇名の整理解雇を一方的に通告し、さらに、本件労働組合の制止を無視して退席してしまった。

カ 債務者は、雇用確保緊急要求書における記述により、本件労働組合は、債務者の業績が悪く人員削減をも含めた何らかの施策を執らざるを得ないことは十分承知していた旨主張するが、事実に反する。本件労働組合は、雇用確保緊急要求書において、債務者の今日の経営悪化の原因を分析した上で、人員整理などしなくとも業績向上を図れること、あるいは、人員整理が業績向上にとってむしろ有害無益であることを指摘したのであって、債務者の右主張はこれと完全に正反対である。

キ 以上のとおりであって、債務者が本件労働組合と協議を尽くしたものと評価することはできない。

2 本件解雇の不当労働行為性

(一) 債権者らの主張

本件解雇時点における債務者の従業員四八名のうち、本件労働組合の組合員は二〇名であったが、本件解雇対象者一〇名全員が組合員であり、しかも、本件労働組合執行部の四役(執行委員長、副執行委員長、書記長、書記次長)全員が本件解雇の対象者とされた。

また、債務者は、本件解雇後、本件労働組合の組合員であるIを課長に昇進させ、同人を本件労働組合から脱退させたり、夫と義母と暮らしていて大阪への転居が不可能であることが明らかである同組合員Eに対し、大阪支店への配置転換を内示して、実質上退職強要を行い、退職させたりした。

さらに、債務者代表者は、平成一一年一月の年頭のあいさつにおいて、「何々してくれなければ働けないなどと言う人間を飼っている余裕はありません。」と述べ、また、同年五月の会社創立記念の式辞において、「今は、悪血を流しきることが必要な時のようだ。」と述べて、組合員を敵視する姿勢を示している。

以上の事情からすれば、本件解雇は本件労働組合を壊滅させる目的で行われたものであり、違法、無効である。

(二) 債務者の主張

債務者は、いわゆる整理解雇として本件解雇を行ったのであり、債権者らが解雇対象者となったのは、前記の整理解雇基準を機械的に当てはめた結果に過ぎない。そこには債務者の恣意など働く余地はないのであって、本件労働組合を壊滅させる目的で本件解雇を行ったなどということはない。

第三 当裁判所の判断

一 前提となる事実記載の事実、疎明資料(甲三九、乙六の一ないし六、一三、七七、一一〇、一一二、一二五、一三二、一三三)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1 債務者の経営状況等

債務者は、高等学校用国語科教科書を中心とする教科書、教材の出版その他を業とする株式会社であり、従業員数は本件解雇前の時点で四八名であった。

明治二九年の創業以来、債務者の経営の根幹をなしてきたのは、学校用の教科書であり、戦後になって教科書検定制度が導入された後も、この検定教科書を一貫して発刊してきた。債務者が発刊した検定教科書は高等学校の国語(現代文、古文、漢文)の教科書であった。教科書関連の売上げの総売上げに占める割合は、第八一期(平成四年八月一日から平成五年七月三一日)ないし第八六期(平成九年八月一日から平成一〇年七月三一日)の各期平均で約六〇パーセントである。

教科書の発刊は順調に推移し、昭和四八年度の高等学校教科書の採択において、債務者の刊行した教科書が全国第一位となり、その後も採択総数の実績で業界第一位の地位を占め、平成六年に文部省の学習指導要領改訂に伴って教科書大改訂が実施されるまでの間は、債務者の高等学校第一学年用の教科書の採択実績は他社を大きく引き離していた。

ところが、近年の少子化傾向によって年々小学校、中学校の生徒が減少したため、従来は小学校、中学校用の検定教科書を中心に活動していた大手有力出版社が高等学校教科書の分野における活動を強化し、さらに、複数の有力出版社が新たに教科書の分野に参入するなどしたため、債務者の中心的事業分野であった高等学校検定教科書についての企業間の競争が著しく激化した。このような状況を主たる原因として、平成六年度用以降の債務者の採択実績は年々減少し、平成一一年度用の検定教科書採択においては、採択実績首位の座を他社に譲ることとなった。

以上のほか、出版不況といわれる業況の中、大取次ぎ・書店流通の悪化による返品率の増大、消費者の読書習慣・蔵書習慣の低下、専門書出版独特の多品種少量生産に伴う原価率の増大、平成一四年からの新指導要領に基づく商品開発投資による原価の圧迫等があり、債務者の業績は悪化した。すなわち、別紙「債務者の営業損益等の推移」のとおり第八二期には営業損益、経常損益ともに利益を計上したが、それ以降は概ね損失計上となった。

なお、本件解雇の時期にまたがる第八七期においても、営業損失は三億七三七九万二三二三円、経常損失は三億七六二三万六三四〇円となった。

我が国の少子化傾向から、高等学校の生徒数が今後も継続して減少し、この減少が平成二一年までとどまらないこと、資本力、営業力において債務者の勝る大手出版会社が、債務者の事業分野における事業活動、営業活動をますます強化し、かつ、新たな競争相手の出現も予想されること、平成六年以降教科書改訂検定の実施サイクルが変更となり、その結果、以前は小学校、中学校の改訂年には営業活動の重点を小学校、中学校の採択に置いていた大手出版社との激しい競争となる機会が増加したこと、以上の点からすれば、高等学校の検定教科書を専業とする債務者にとって、厳しい経営環境が継続し、今後ますますその厳しさを増すとの予想が立つ。

2 経営改善施策等

債務者は、右のような業績悪化に対する措置として、次のような施策等を講じた。

(一) 経費の削減等

(1) 販管費の削減

債務者は、第八一期には約八億五二〇〇万円であった販管費を第八六期には約七億四三〇〇万円として、約一億〇九〇〇万円減少させた。

以上のための具体的な施策としては、社長車を廃止し、これに伴って月極駐車場を解約したこと、社内行事を取りやめたこと、車両、コピー機をリース化したことが挙げられる。

(2) 原価の削減

債務者は原価の削減に努め、第八一期には約八億八七〇〇万円であった原価を第八六期には約七億一〇〇〇万円とした。

(3) 人件費の削減

債務者は、人件費削減の努力をした。具体的な削減策としては次のものが挙げられる。

ア 役員報酬の削減

役員賞与については、第八一期は一二四八万円であったところを、第八二期には八〇〇万円(第八一期を一〇〇とした場合、64.1)、第八三期には四八〇万円(同じく38.5)と削減し、さらに、第八四期以降はこれを支給していない。

また、役員報酬については、第八四期は一億二四九一万四一一〇円であったところを、第八五期には一億〇四六七万六四〇〇円(第八四期を一〇〇とした場合、83.8)、第八六期には九八二一万四七二〇円(同じく78.6)と削減した。

イ 従業員に対する賞与の削減

従業員に対する賞与は、第八一期以降、次のとおり順次圧縮している(月数は基本給に対する月数である。)。

第八一期冬季賞与

下限―2.35か月分

組合員平均―3.05か月分

同期夏季賞与

下限―2.6か月分

組合員平均―3.3か月分

第八二期冬季賞与

下限―2.2か月分

組合員平均―2.9か月分

同期夏季賞与

下限―2.4か月分

組合員平均―3.1か月分

第八三期冬季賞与

下限―2.2か月分

組合員平均―2.9か月分

同期夏季賞与

下限―2.2か月分

組合員平均―2.9か月分

第八四期冬季賞与

下限―2.2か月分

組合員平均―2.9か月分

同期夏季賞与

下限―1.2か月分

組合員平均―1.9か月分

第八五期冬季賞与

下限―1.4か月分

組合員平均―2.1か月分

同期夏季賞与

下限―1.2か月分

組合員平均―1.9か月分

第八六期冬季賞与

下限―1.2か月分

組合員平均―1.9か月分

同期夏季賞与

下限―1.0か月分

組合員平均―1.7か月分

第八七期冬季賞与

下限―0.1か月分

組合員平均―0.35か月分

また、従業員の給与の昇給率も圧縮しており、第八一期が組合員平均で4.0パーセントであったところが、第八二期、第八三期は同3.6パーセント、第八四期は同2.6パーセント、第八五期は同2.36パーセント、第八六期は同2.03パーセントとした。

(二) 業務の効率化

(1) 第三編集部の新設

債務者は、平成八年八月、第三編集部を新設した。これは、検定教科書以外の将来の有力な収益源を確保するために、研究者、高等学校教員以外の読者層向けの一般書籍(店頭商品)の編集、企画を担当する部署として設立したものである。

(2) 株式会社日本語学研究所の設立

債務者は、将来の経営を支える収益部門として育成することを目的の一つとして、平成九年一二月日本語学研究所を設立し、平成一〇年一〇月以降「日本語力測定試験」を実施するなどした。

(3) 首都圏営業チームの新設

債務者は、平成一〇年四月、当時の教科書販売部門内に、首都圏営業チームを新設し、リーダー一名を含む四名を配置した。債務者の検定教科書を採択する高等学校の三割強の高等学校が所在し、かつ、全国の各高等学校の採択動向にも強い影響を与える首都圏四都県の営業力を強化することを目的とするものである。

(4) 事業本部制の採用

債務者は、平成一〇年一一月、会社組織を、高等学校用教材を扱う教育事業本部、高等学校用教材以外の書籍を扱う企画事業本部、人事管理等を扱う管理事業本部に区分する事業本部制を採用し、各部門を独立採算とするとともに、管理事業本部に管理のすべてを一括所管させて収益管理の徹底を実現することとした。

3 将来の業績予想及びこれに対応した雇用調整

債務者は、第八七期上半期が終了した平成一一年初頭、雇用調整を行うことを決意した。それは、債務者が、今後、とりわけ第八八期の業績について次のとおり予想したことによる。

すなわち、高等学校教科書関連の売上げは、教科書改訂一年目に当たる第八二期から同三年目に当たる第八四期にかけて11.4パーセント減少しているから、教科書改訂三年目に当たる第八八期の売上げも、同一年目に当たる第八六期の売上げから同様に減少するものと予想し、これは約七億二四〇〇万円となる。そして、それ以外の売上げは横ばいと見込まれ、その合計は四億四六四〇万円となり、予想総売上げは約一一億七〇〇〇万円となる。

一方、第八八期の予想売上原価については、教科書関連売上原価は教科書関連売上げと同様の割合で下落し、それ以外の売上原価は横ばいで推移するものと予想し、この合計は約五億六〇〇〇万円となる。また、同じく第八八期の予想販管費については、第八七六期と同額と予想し、これは約三億一四〇〇万円である。

そうすると、第八八期の債務者の収支を均衡させるためには、人件費を多くとも二億九六〇〇万円程度とすることが必要であるということなる。

第八六期における人件費は五億三九〇〇万円であったが、第八六期から第八八期にかけて定年等によって退職し、又は退職することが予想される従業員は二〇名おり、これによって削減される人件費は年額九五〇〇万円であるから、結局、第八八期で収支が均衡するのに必要な削減人件費は一億四八〇〇万円となる。しかし、会社業務に与える影響とこれまでの経験から勤続年数の短い者が若干名退職する可能性をも考慮し、債務者は、右一億四八〇〇万円のうち少なくとも一億円程度についてのみ雇用調整を行うこととした。

4 希望退職者募集及び労使間の協議における経緯等

債務者は、右の雇用調整のための施策として、希望退職者募集を行ったが、これに関する労使間の協議の経緯等は次のとおりである。

(一) 第一次希望退職者募集

債務者は、平成一一年三月四日、本件労働組合といわゆる窓口交渉を行い、この際、本件労働組合に対し、団体交渉(労使協議会)開催を書面をもって申し入れた。同書面には、債務者の求める団体交渉の議題として「会社よりの説明事項」とのみ記載されていて、具体的な議題は明らかにされていなかった。

同月九日、右申入れに基づく団体交渉が開催され、その席上債務者は本件労働組合に対し、一五名の希望退職者を募集する旨説明をした。

債務者と本件労働組合とは、同月一七日に団体交渉を行い、ここで債務者は、希望退職者募集を行うことを正式に通知し、その内容として、応募対象者を、同年四月二〇日現在在籍する従業員で、昭和一九年一二月三一日以前に生まれた者又は平成八年四月一日以降に入社した者を除くものとすること、募集人数は一五名であること、募集期間を平成一一年四月五日から同月九日までの間とすること、希望退職者には所定の退職金の三割を加算すること等を説明した。また、希望退職者を募集しなければならない理由として、売上げの減少に基づき数年来赤字決算が続いていること、売上げの増強を図るとともに経費削減に努めてきたにもかかわらず、債務者の業績が改善されないこと、今後の市場環境が更に厳しくなることが予想されること等を挙げた。

また、債務者は、同年三月一八日、本社従業員全員を集めて、右同旨の発表を行った。

債務者と本件労働組合は、引き続き同月一八日、同月三〇日、同年四月七日にそれぞれ団体交渉を開催し、右希望退職者募集に関し、主に本件労働組合側から債務者側に対する質問が行われ、債務者がこれに答えつつ、本件労働組合に対し、希望退職者募集の必要性について理解を求めた。

この第一次希望退職者募集には五名が応じ、同月二〇日付けで債務者を退職した。

(二) 第二次希望退職者募集

同月一五日、債務者と本件労働組合との間で団体交渉が開催され、その席上債務者から本件労働組合に対し、第二次希望退職者募集を行うこと、その人数は一〇名であり、募集期間は同年五月一一日から一四日であること、退職日は同月二〇日であることを通知・説明し、さらに、「売上高・原価・販管費の推移」及び「人件費と損失額の状況」と題する書面(乙一二五)を交付した。

また、債務者は、同月一六日、本社従業員全員を集めて右同旨の発表を行った。

同月二八日にも希望退職者募集に関して団体交渉が開催され、本件労働組合は債務者に対して業績向上緊急要求書を交付したが、債務者は、業務上の問題は債務者の経営権に属する事項であり、団体交渉における協議の対象事項とはならないとの回答をした。

その後、本件労働組合は業績向上緊急要求書に対する回答を議題とする団体交渉の開催を申し入れたが、債務者はこれを拒否した。

第二次希望退職者募集に対する応募者はいなかった。

5 整理解雇による人員削減の決定等

債務者は、希望退職者募集によっても所期の目的を達することができなかったことを踏まえ、従業員の任意に基づく雇用調整の方策が尽きたと判断し、以後整理解雇による調整の手続に入ることとした。

債務者は、整理解雇の対象人数として、当初の雇用調整予定人数一五名から希望退職に応じた人数五名を除いた一〇名とし、人選基準としては、平成九年二月二一日から平成一一年六月二〇日までの間の遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡(ただし、昭和一九年一二月三一日以前に生まれた従業員及び平成八年四月一日以降に入社した従業員を除く。)という基準(本件人選基準)を採ることとした。

6 整理解雇決定後の労使間の協議の経過等

同年五月二八日に開催された団体交渉において、債務者は本件労働組合に対し、希望退職応募者が五名しかなかったこと、債務者をめぐる諸環境が非常に厳しいこと、債務者の売上げが減少の一途をたどり、ここ数年赤字決算が続いていること、このような状況を回避するために経費の削減に努めてきたが、債務者の業績は改善されないこと、今後の市場環境は更に厳しくなると予想されること等について説明した上で、一〇名を整理解雇せざるを得ない状況にあること、整理解雇対象者の人選の基準は、約束された労働の提供がされたかという業務に対する精励の度合いで判断する旨通知した。

また、債務者は、同月三一日、本社の全従業員を集めて、右同旨の発表を行った。

これに対し本件労働組合は、同月三一日、窓口折衝において債務者に対して雇用確保緊急要求書をいったん提出したが、債務者は書面の交付は団体交渉で行うのが慣行であるとしてその受領を拒否した。

債務者は、本件労働組合に対して、整理解雇の人選基準について協議するため団体交渉の開催を求めたが、本件労働組合は、雇用確保緊急要求書の提出とその趣旨説明しかできない、整理解雇を前提とした団体交渉には応じられないなどとして、右の点について協議する姿勢を示さなかった。債務者は、同年五月二八日の団体交渉以来団体交渉が開催されていないため、同年六月二九日、窓口交渉の席上で、本件労働組合に対し、整理解雇の人選基準を本件人選基準のとおりとする旨通知し、翌三〇日、本社の全従業員を集めて、右同旨の発表を行った。

債務者は、前記のとおり、窓口交渉においては書面の受領はできないとして雇用確保緊急要求書を受け取っていなかったが、同年七月七日に行われた東京都地方労働委員会における不当労働行為救済命令申立事件の調査期日にこれが書証として提出されたので、同月八日これに対する債務者側の見解をまとめた「会社見解」と題する書面(乙七七)及び本件労働組合の要求する債務者の決算書二期分を本件労働組合に対して手交した。右書面には、従前と同様の債務者側の整理解雇に臨むに当たっての見解のほか、整理解雇の方針は撤回できない、雇用確保緊急要求書の内容は債務者の経営の現況を全く理解しないものである旨の記載がある。

債務者は、その後も連日のように団体交渉の開催を本件労働組合に対して申し入れたが、本件労働組合はこれを拒否した。それでも同月一五日には団体交渉が開催され、席上本件労働組合は「緊急質問書」と題する書面(甲三九)を提出し、その趣旨説明をした。債務者は、本件労働組合が、整理解雇の必要性の有無について固執し、経営資料の公開を求めるなど従来の主張に終始しており、これ以上協議しても進展が望めない判断し、本件労働組合に対し、現在の債務者の状況からして整理解雇が必要である旨説明した上で、本件解雇の対象者として債権者ら一〇名の氏名を読み上げた。

債務者は、平成一一年七月一六日付けをもって、債権者らに対し解雇通知書を手交して、本件解雇を行った。

7 本件解雇による雇用調整の結果

希望退職者募集には五名が応じたため、人件費は三六六〇万一三八九円分削減され、この結果雇用調整に必要な予定削減人件費は、3記載の一億円から右金額を除いた約六四〇〇万円となったが、最終的には、債権者ら一〇名を解雇したことによって減少した人件費総額は六〇九七万九三四六円であって、右記六四〇〇万円には達しなかった。債務者がこの程度の雇用調整にとどめたのは、希望退職者募集に際して募集人員数を一五名としており、希望退職者五名を除いた一〇名を超えて解雇することがはばかられたこと、従業員Cが退職する可能性があり、これによりその分の人件費が削減される余地があることを理由とした。

二 人員削減の必要性について

1 右認定の事実に照らせば、第八二期から、債務者が本件雇用調整を決断した時期にまたがる第八七期に至るまで、債務者の業績は悪化の一途をたどっているということができること、一方、債務者においては、業態の多角化を図ったとはいえ、これを徹底するまでには至っておらず、いまだ高等学校用教科書販売を主たる経営内容としており、しかも、教科書の採択が従前どおり債務者にとって有利な状況にはなく、かえって、大手有力出版社が高等学校用教科書の分野における活動を強化し始めたこと、このような事情にかんがみれば、債務者の業績の悪化は単に一時的なものではなく、この傾向は少なくとも今後数年は継続するものと予想されること、本件雇用調整を図るため債務者は二度にわたり希望退職者募集を行ったが、これに応じた五名の人件費では、債務者の収支を均衡させるに足りる削減人件費約一億円には足りず、なお六四〇〇万円の人件費削減が必要であったこと、以上の事実が一応認められる。よって、債務者は、本件解雇を行った平成一一年七月の時点において人員削減の必要性を認めるに足りる合理的かつ客観的な理由があったものというべきである。

2 債権者らの主張について

(一) これに対し、債権者らは、債務者は経常損失が続いた時期にも人員を減少させず、かえって、第八六期には三名の人員を増加させているとして、人員削減の必要性はない旨主張する。

しかし、人員構成に関する債務者の右のような判断は、債務者が第八七期中において雇用調整あるいは整理解雇を行う旨判断する以前のものであり、その当時の経営判断として明らかに不合理な措置であったものと認めるに足りる疎明はないことに照らすと、債権者らの右主張は採用できない。

(二) 債権者らは、本件解雇前に退職者が相次いでいること、本件解雇後も退職者が出たことを挙げて、人員削減の必要性がない旨主張する。

しかし、一3のとおり、債務者は、第八六期から第八八期にかけて定年等によって退職し、又は退職することが予想される従業員が二〇名いること、これまでの経験から勤続年数の短い者が若干名退職する可能性があること、以上の点を考慮して、雇用調整によって削減すべき人件費を一億円と設定しており、このことは、債務者が、退職者の動向について折り込んだ上で本件雇用調整又は本件解雇の立案をしたことを意味するというべきである。

よって、債権者らの右主張は採用できない。

(三) 債権者らは、債務者の役員の人数が平成一〇年七月末に七名から八名に増員されていること、債務者が役員に対して多額の報酬を支払い続けていることを挙げて、人員削減の必要性はない旨主張する。

しかし、債務者において従業員に比べて役員を合理的な理由もなく優遇していること、あるいは、役員に対して報酬を支払っていることを原因として本件解雇のような人員削減が必要となったことを認めるに足りる疎明はなく、したがって、債務者の右主張は、本件解雇における人員削減が不合理であることを根拠付けるに足りるものとはいい難い。かえって、疎明資料(乙一三二)によれば、債務者は第八四期以降役員に対する賞与の支給を停止していること、役員報酬も削減しており、平成一一年七月をまたぐ第八七期において支払われた役員報酬の総額は八〇六七万円であり、前期である第八六期の同総額九八二一万四七二〇円を約一七五〇万円下回っていることが一応認められる。

この点、債権者らは、三樹彰会長は、平成五年一〇月ころからほとんど出社しなくなり、平成八年ころからは全く出社していないところ、債務者は同会長に対して毎月四〇〇万円強の役員報酬を支払っている、また、三樹譲社長に対しても毎月二一〇万円強の役員報酬を支払っている、債権者ら一〇名の月例賃金総額は三〇四万四〇〇〇円であり、三樹彰会長の役員報酬月額よりはるかに少ない旨主張する。しかし、役員報酬額の相当、不相当を、当該役員の会社への貢献度を抜きに判断することはできないというべきであって、本件全疎明資料をみても、債務者の右各役員の債務者に対する貢献度が低いことをうかがわせる事情は認められない(役員が会社に出社していないことのみをもって当該役員が会社に貢献していないということはできない。)。

以上のとおりであって、債権者らの右主張は採用できない。

(四) 債権者らは、債務者と役員構成において共通し、債務者の従業員にその業務を行わせている真珠書院が無借金優良企業である以上、債務者が経営危機にある旨の債務者の主張は理由がない旨主張する。

確かに、債務者の従業員の一部が真珠書院の業務を行っていること、真珠書院が借入金のない経営状況にあることは当事者間に争いがない。

しかし、疎明資料(乙一三二)によれば、真珠書院が平成一〇年八月から平成一一年七月までの事業年度に債務者に対して支払った使用許諾料、手数料は、それぞれ九五五万三五〇四円、三一〇九万〇一二八円に上っていることが一応認められ、これにより、債務者の従業員が真珠書院の業務を行っていることに対する対価の支払がされていることが推認される。そうすると、債務者の従業員が真珠書院の業務を行っていることは、真珠書院の経営の優良さとあいまって債務者の人員削減の必要性を減殺するというべき事情とはならないというべきである。

また、疎明資料(甲一五、乙一三二)によれば、真珠書院と債務者の各役員構成が一部共通すること、債務者は、真珠書院の発行済株式総数の約二割の株式を所有していること、真珠書院は、債務者の発刊する教科書に対応する自習書を発刊していることが一応認められるが、これらの事実のみでは、右同様債務者の人員削減の必要性を減殺するというべき事情とはならないというべきであって、他に、真珠書院と債務者との間に業務上あるいは資金関係上の関連性を認めるに足りる疎明はない。

債権者らの右主張は採用の限りではない。

(五) 債権者らは、債務者は第三編集部、日本語学研究所の設置等の施策により一時的に経営に失敗していること、また、学校への営業担当従業員を激減させたことが教科書関連売上げの減少につながったこと、以上のような経営上の失敗をしている債務者が人員削減の必要性があったと主張するのは背理である旨主張する。

しかし、右主張に係る債務者の施策等が経営上不合理であることを認めるに足りる疎明はなく、そうである以上債権者らの右主張は採用の限りではない。

(六) 債権者らは、債務者が本件解雇前に導入し、又は本件解雇後に導入しようとしている派遣社員は、本件雇用調整を立案した時点以降一〇名に上っているのであって、このことに照らすと人員削減の必要性はない旨主張する。

債務者が、右主張に係る派遣社員を導入したことは当事者間に争いがない。

しかし、本件解雇は、専ら、人件費を削減することによって債務者の収支の均衡を図ることを目的としたものであって、本件解雇前後に近接して派遣社員を採用したとしても、これによって人件費を削減したことにはならないとの特段の事情がない限り、人員削減の必要性を減殺するものとはいい難い。右特段の事情を認めるに足りる疎明はなく、かえって、疎明資料(乙一三二)によれば、債務者は当該派遣社員を短期間の予定で臨時的に使用したことが一応認められる。

この点、債権者らは、債務者において現に派遣社員の使用が終了したのは、本件労働組合が本件解雇に関してストライキを実施していることを理由に、派遣会社が派遣社員を引き上げたことによる旨主張するが、仮に右主張に係る事実があったとしても、債務者が派遣社員を短期間の予定で臨時的に使用したことと必ずしも矛盾するものではない。

以上のとおりであって、派遣社員の導入に関する債権者らの右主張は採用できない。

(七) このほか、債権者らは、債務者が株主配当をしていること、債務者所有の土地建物に担保が設定されていないことをもって、人員削減の必要性がない旨主張するが、仮に右主張に係る事実があったとしても、そのことのみによって整理解雇の必要性が失われるということはできず、前記1の判断を左右するものではない。

三 解雇回避努力について

1 一で認定した事実、とりわけ、債務者は第八一期以降経費削減の努力をしてきたこと、平成八年以降業務の効率化のための施策を実施してきていること、それにもかかわらず債務者の経営状況は好転せず、平成一一年初頭において、債務者の収支を均衡させるためには人件費を一定額削減しなければならない状況に陥ったため、債務者は希望退職者募集(第一次)を行ったこと、しかし、応募者が削減の必要な人数に達しなかったため、債務者は再度希望退職者募集(第二次)を行ったが、これには応募者が出なかったこと、以上のとおり希望退職者数募集人員には達しなかったため、債務者はやむを得ず整理解雇によってこれに対応することを選択したこと、以上の事実が一応認められる。そうすると、債務者は本件解雇を回避するための相当な努力を尽くしたものというべきである。

2 債権者らの主張について

債権者らは、(一) 債務者の職制は、本件解雇直後に退職予定であったCに対して、同人の退職に伴う欠勤の扱いについて、本件解雇と同時期に欠勤となるのはまずい旨発言したこと、(二) 債務者は、本件解雇後、本件労働組合の組合員であるIを課長に昇進させ、同人を本件労働組合から脱退させたこと、夫と義母と暮らしていて大阪への転居が不可能であることが明らかである同組合員Eに対し、大阪支店への配置転換を内示して、実質上退職強要を行い、退職させたことに照らし、債務者は解雇を回避する努力を行うどころか、本件労働組合を壊滅させるために本件解雇を強行した旨主張する。

しかし、(一)については、仮に債務者の職制が右のとおりの発言をしたとしても、そのような時期の欠勤によって、人員削減の必要性等の整理解雇の要件を満たしているかどうか、社内的に疑義を持たれることを警戒した上での発言であると捉えることも可能であり、このことに照らすと、右発言は、本件労働組合の壊滅を狙っていたこと、あるいは本件解雇に関して債務者が解雇回避努力を尽くしていないことを示すものとまではいえない。

また、(二)のうち、Iの件については、疎明資料(乙一三二)によれば、債務者はIを平成一一年八月二日付けで課長に昇格させたことが一応認められるが、一方で、疎明資料(甲五五、乙一三二)によれば、債務者において課長に昇格した従業員にも本件労働組合から脱退しない者がいたことが一応認められるから、債務者がIを昇格させたことの目的が本件労働組合から脱退させる点にあったとは認められない。

Eの件については、疎明資料(甲九、乙一〇六、一三二)によれば、債務者は、平成一一年七月二八日にEに対して大阪支店への転勤を内示したこと、同人はこれに応じず、同年八月二六日付けで債務者を退職したことが一応認められるが、この転勤の内示が同人に対する退職強要に当たることを認めるに足りる疎明はない。

以上のとおりであって、債権者らの右主張は採用できない。

四 人選の合理性について

1 一で認定したとおり、本件解雇に当たって採用された人選基準(本件人選基準)は、平成九年二月二一日から平成一一年六月二〇日までの間の遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡(ただし、昭和一九年一二月三一日以前に生まれた従業員及び平成八年四月一日以降に入社した従業員を除く。)というものである。一方、疎明資料(乙一三)によれば、右の基準のうち生年月日による制限については、高齢者は再就職が一般に困難であること、同じく入社年月日による制限については、入社歴が浅い者については、債務者が会社業務に習熟させるために教育、研修等を行っている最中であり、教育等のために支出した費用の回収が十分ではないこと、以上の点を債務者が慮った結果によるものであることが一応認められる。これらの事実に加え、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡を整理解雇の人選基準とすることは、整理解雇における人選基準として想定し得る基準の中でも相当程度客観的かつ合理的な部類に属するものであるということができることにもかんがみれば、本件人選基準は合理性を有するというべきである。

2 債権者らの主張について

(一) 債権者らは、本件解雇当時の債務者の従業員に右生年月日及び入社年月日による各制限をかけると、解雇対象者はほとんど本件労働組合の組合員で占められることを根拠として、本件人選基準はその対象者を本件労働組合の組合員に絞り込むことを企図したものである旨主張する。

しかし、疎明資料(甲五)によれば、本件解雇当時の債務者の従業員四八名中本件労働組合の組合員は二〇名であると一応認められ、このような労働組合組織率に照らすと、右制限をかけた結果解雇対象者のほとんど本件労働組合の組合員が占めたとしても不自然であるとはいい切れず、ましてや、右事実をもって本件人選基準が解雇対象者を本件労働組合の組合員に絞り込むことを企図したものと推認できるものではない。

債権者らの右主張は採用できない。

(二) 債権者らは、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡という人選基準は、課長以上の管理職八名をその人選の対象としないことを示しているものであって、不公正である旨主張する。

疎明資料(乙一三二)によれば、債務者では、平成七年八月一日から課長以上の管理職については出勤簿への押印を取りやめており、その限りでは課長以上の管理職と一般従業員とでは時間管理の方法に違いがあったが、就業規則上、従業員は遅刻、早退、欠勤の事前又は事後の届出が義務付けられており、これによって、課長以上の管理職についても、一般従業員と同様の勤怠管理が行われていたことが一応認められる。そうすると、課長以上の管理職が本件人選基準の対象者にならないとは認められないのであって、債務者の右主張は採用できない。

(三) 債権者らは、遅刻、早退、欠勤の時間の多寡に基づく人選基準は、それがやむを得ないものかどうかの具体的な事情を考慮しない点で不合理であり、このことは、年次有給休暇の半日単位あるいは時間単位での利用制度がない債務者において顕著である旨主張する。

しかし、前記のとおり、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡を整理解雇の人選基準とすることは、整理解雇における人選基準として想定し得る基準の中でも相当程度客観的かつ合理的な部類に属するものであるということができること、疎明資料(乙一三四)によれば、債務者においては、病気による通院の必要がある場合、いったん出勤した後業務の都合をみて医療機関に赴くことを許しており、その後帰社すれば早退等の扱いとはしていないことが一応認められること、以上の事情を考慮すれば、債権者らの右主張は採用することができない。

五 組合との協議等について

1 一で認定したとおり、債務者は、第一次希望退職者募集を行う旨本件労働組合に予告した平成一一年三月九日以降、本件労働組合との間で、団体交渉及び窓口折衝において度々本件雇用調整及び本件解雇に関する協議等を行ってきたこと、本件労働組合は、債務者から本件解雇の予告を受けた後も、債務者の経営状況に関する資料の開示や説明を求めることに終始したが、債務者は、本件労働組合に対し、平成一一年三月一七日開催の団体交渉において債務者の経営状況の概要を説明し、同年四月一五日には「売上高・原価・販管費の推移」及び「人件費と損失額の状況」と題する書面(乙一二五)を交付し、同年五月二八日開催の団体交渉においても、改めて債務者の経営状況の概要を説明し、さらに、同年七月八日には、「会社見解」と題する書面(乙七七)及び本件労働組合の要求する債務者の決算書二期分を本件労働組合に対して手交したこと、以上の事実が一応認められる。

2 債務者が、同年三月九日開催の団体交渉に先立って、本件労働組合に対して団体交渉の開催を申し入れた際、議題として「会社よりの説明事項」としか挙げていなかったこと、第二次希望退職者募集に先立って本件労働組合が提出しようとした雇用確保緊急要求書について、債務者は書面の交付は団体交渉で行うのが慣行であるとしてその受領を拒否したこと、あるいは、債務者が、団体交渉の場において、業務上の問題は債務者の経営権に属する事項であり、団体交渉における協議の対象事項とはならないとの回答をし続けたことなどは、本件雇用調整あるいは本件解雇に関する協議を行うに当たって経営者として硬直的、形式的な対応をしたという面は否定できない。また、債務者において、本件労働組合の了解を取り付けるためになお時間をかけて十分協議を行うことは物理的には可能であったということができ、整理解雇に踏み切るに当たり性急のそしりは必ずしも免れないともいうべきである。

しかし、一方で、前記認定のとおりの債務者と本件労働組合との間の協議等の経過にかんがみて、その協議等に当たって債務者が柔軟に対応していたとしても、また、債務者がなお本件労働組合と協議を続行することを選択しても、その結果として、真に相互に共通の理解を得られる可能性があったかは疑問の余地なしとしない。そうすると、右の点をもって、債務者が、整理解雇に当たり、本件労働組合との間で要求されるべき協議を尽くしたことを否定すべき事情とまではいい難いというべきである。

3 以上の点にかんがみると、債務者は整理解雇に当たってこれを正当化する程度に本件労働組合と協議を尽くしたものということができる。

六 具体的な人選について

1 債務者は、本件人選基準を適用した結果、その該当者が債権者ら一〇名となった旨主張する。

2 ところで、疎明資料(甲四五、四六、乙一四四)によれば、本件人選基準における生年月日及び入社年月日の制限を経て、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡を比較すると、非組合員であるGの遅刻、早退、欠勤の合計時間数は、これが多い者のうち順位八位に該当することが一応認められる。

この点、清水敬はその陳述書(二)(乙一三二)において、債務者は、本件人選基準において入社三年未満の者を一律被解雇者から除いたこととの均衡を図るため、Gの入社三年以内の遅刻、早退、欠勤の時間数を除いて遅刻、早退、欠勤の総合計時間を算出した旨陳述する。しかし、本件人選基準の項目に、入社三年以内の遅刻、早退、欠勤の時間数を除くことが含まれていないことは前記のとおりである。また、G以外の従業員について右のような時間計算を行ったのか、右陳述において必ずしも明らかとされていない上、これを行っていないとして、Gとの他の従業員との差異はいかなる点にあるのかについて、右陳述では合理的な説明がされていない。そうすると、右陳述は採用の限りではないというべきである。

3 一方、疎明資料(乙一一四ないし一二四、一四四)及び審尋の全趣旨によれば、本件人選基準を適用すると、Gを除けば、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多い者のうち上位一〇名が債権者ら一〇名となることが一応認められる。

したがって、本件人選基準を適用した結果、その該当者が債権者ら一〇名となった旨の債務者の右主張は、債権者らのうち右の上位九名については理由があるが、その順位一〇位に該当する債権者Bについては、Gを含めれば、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の上位一一位に当たることになり、債務者は本件人選基準の適用を誤ったというべきであって、理由がない。

4 債権者らは、Gに対する右のような債務者の扱いをみれば、本件人選基準の具体的な適用に当たって恣意的な運用があったことは明らかである旨主張する。

しかし、疎明資料(乙一一四、一三二、一四四)及び審尋の全趣旨によれば、本件人選基準を適用すると、本来、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多い者のうち上位一〇位までに入るが、債務者が一定の扱いをして右上位一〇位から除いたという従業員は、G以外にはないことが一応認められる。すなわち、債務者が本件人選基準をその基準どおりに適用しなかったのは、Gについてのみであったということになる。このように、債務者がGについてのみ右のような扱いをし、他に同様の扱いをした事例がないことにかんがみると、本件人選基準の適用に当たって恣意的な運用があったとまでは認められない。

債権者らの右主張は採用できない。

七 解雇権濫用の成否について

整理解雇が解雇権の濫用に当たるか否かについては、人員削減の必要性、解雇回避努力の有無、程度、人選の合理性及び組合との協議等の各要素を総合考慮して判断するのが相当であるというべきところ、右各要素に関する前記の検討を総合考慮すれば、債権者Bを除く各債権者について、本件解雇が解雇権の濫用に当たるとは認められない。

しかし、債権者Bに関しては、債務者が本件人選基準の具体的適用を誤ったこと前記のとおりであるから、本件解雇のうち同債権者については解雇権の濫用に当たるというほかはなく、無効である。

八 不当労働行為の成否について

債権者らは、本件解雇は本件労働組合を壊滅させる目的で行われた不当労働行為であって、違法、無効である旨主張する。この点、前記のとおり債務者は債権者Bについて本件人選基準の適用を誤ったが、これは本件人選基準の適用に当たって恣意的な運用を行った結果であるとは認められないのは前記のとおりであるこち、その余の債権者については、前記のとおり本件解雇に当たってその人選には不合理な点は認められないこと、債権者らの主張に係る債務者の本件労働組合に対する嫌悪発言をもってしても、不当労働行為意思の存在を推認できるものとは到底いい難いことに照らせば、債権者らの右主張は理由がない。

九 被保全権利に関する小括

以上のとおりであって、本件解雇のうち、債権者Bを除く各債権者に対する解雇は有効であるから、同人らにつき本件申立てに係る被保全権利は認められない。

一方、債権者Bに対する解雇は無効であるから、同債権者につき本件申立てに係る被保全権利は認められる。

一〇 債権者Bに関する保全の必要性について

疎明資料(甲八の九)によれば、債権者Bは、両親と三人暮らしであり、同債権者自身は債務者からの賃金収入を唯一の生活の糧としてきたこと、同債権者の最低限必要な経費としては毎月一九万円程度であることが一応認められる。

以上認定の事実その他諸般の事情を総合考慮すると、同債権者については、毎月一九万円の限度で仮払いの必要性を認めることができるが、その期間としては、生活の状況等が時間の経過により変化を免れないことからして、平成一二年一二月までとするのが相当である。

なお、本件全疎明資料に照らしても、同債権者について、現時点において、平成一一年一二月以前の賃金について仮払いを命ずる必要性は認められない。また、同債権者は債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの仮の確認も併せて申し立てているが、賃金の仮払いを認める以上、地位保全の仮の確認の必要性を認めることはできない。

一一 結論

以上のとおりであって、本件申立ては、債権者Bについては、主文第一項の限度で理由があるから、担保を立てさせないでこれを認容し、その余の点は却下し、債権者B以外の債権者については、被保全権利の疎明がないから、その余の点を判断するまでもなくいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官吉崎佳弥)

別紙賃金目録<省略>

別紙債務者の営業損益等の推移

第八二期

営業利益 一六二七万五四一五円

経常利益 九〇七四万五七四三円

第八三期

営業損失

二億五四三三万〇八〇五円

経常損失

一億八五一〇万七〇六四円

第八四期

営業損失 八七七八万九〇二六円

経常損失 一三四一万六一五二円

第八五期

営業損失 一六二三万六六一三円

経常利益 二六四二万六八〇八円

第八六期

営業損失

一億九五三六万〇〇八八円

経常損失

一億七三九六万二六一八円

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