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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21217号 決定 2000年1月21日

債権者

安田紀子

右代理人弁護士

志村新

君和田伸仁

穂積剛

債務者

ナショナル・ウエストミンスター・バンク・パブリック・リミテッド・カンパニー

(ナショナル・ウエストミンスター銀行)

日本における代表者

ロバート・ローレンス・パシュリー

右代理人弁護士

福井富男

内藤潤

松岡政博

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者との間に労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、二〇〇〇年(平成一二年)一月から本案判決確定に至るまで毎月一八日(当日が銀行の非営業日にあたるときは直前の営業日)限り金六八万八七八〇円、並びに同年六月以降毎年六月及び一二月の各月の銀行の最終営業日限り各金一九〇万二九八〇円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  債務者は、英国法に準拠して一九六八年(昭和四三年)に設立された銀行であり、肩書地に本店を有し、日本国内には、標記営業所(以下「東京支店」という)を有している。平成九年八月三一日時点における東京支店の従業員数は一〇九名(後記サービセズへの出向者を含む。なお、サービセズの従業員は、その全員が債務者東京支店からの出向者である。)である。

債務者は、金融、為替取引、証券、投資顧問業務等を営む複数の業務部門によって構成された企業グループであるナットウエスト・グループ(以下「グループ」という。)に属しているが、グループは、日本国内においては、債務者東京支店のほか、証券業務を行うナットウエスト証券会社東京支店、右両者の管理部門としての業務を行うナットウエスト・サービセズ・ジャパン・リミテッド(以下「サービセズ」という。)においてその業務を行っている。

2  債権者は、昭和五八年六月、東京支店の従業員として債務者に雇用され、以来、専ら輸出入関係の事務ないしトレード・ファイナンス(貿易金融業務)関係の事務(以下、この事務を指す場合も「トレード・ファイナンス」という。)を担当し、クラーク、スーパーバイザーを経て、平成九年三月当時は、アシスタント・マネージャーの地位にあった。

3  グループの国際的な銀行、証券、投資部門であるナットウエスト・マーケッツは、一九九七年(平成九年)三月、債務者東京支店を含むアジア四か国の支店を通じて行っていたトレード・ファイナンスから撤退し、その統括部門であるグローバル・トレード・バンキング・サービス(以下「GTBS部門」という。)を閉鎖することを決定した。

債務者は、GTBS部門の閉鎖により、債権者の担当業務が消滅し債権者が従前就いていたアシスタント・マネージャーのポジション(職務上の地位)が消滅するが、債権者を配転させ得るポジションは存在しないとして、債権者との雇用契約を解消する方針を決め、同年四月一四日、債権者に対し、一定額の金銭の支給及び再就職活動の支援を内容とする退職条件を提示し、雇用契約の合意解約を申し入れた。しかし、債権者は右申入れを拒否し、債務者での雇用の継続を望んだため、債務者は、債権者の所属する労働組合であるナショナル・ウエストミンスター銀行東京支店従業員組合(以下「組合」という。)と団体交渉を行い、サービセズにある経理部のクラークのポジションを提案したが、債権者が右提案も受け入れなかったため、同年九月一日、債権者に対し、同月末日付けで普通解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

4  本件解雇当時の債権者の賃金は、月給(毎月一八日(当日が銀行の非営業日にあたるときは直前の営業日)に支給される。)が六八万八七八〇円(基本給五五万九七〇〇円、食事手当二万円、住宅手当一万三〇〇〇円、家族手当二〇〇〇円、社会保険手当五万九〇八〇円、通勤手当三万五〇〇〇円)、賞与(毎年六月と一二月に基本給の各三・四か月分が支給される。)が一九〇万二九八〇円であった。

二  争点

本件の主要な争点は、本件解雇の効力の有無であり、この点に関する当事者の主張は、申立書その他各主張書面記載のとおりであるからこれを引用するが、その要旨は次のとおりである。なお、本件解雇が無効である場合は、保全の必要性も争点になる。

1  債権者

(一) 債務者東京支店の就業規則二九条は、普通解雇事由を限定列挙した趣旨の規定である。本件解雇は、同条所定の事由が存在しないにもかかわらず行われたものであり無効である。

(二) 本件解雇が解雇権の濫用に当たるかどうかについては、整理解雇の要件として判例上確立された、<1> 人員整理を不可避とする経営危機が存在すること、<2> 解雇回避の努力を尽くしたこと、<3> 被解雇者の選定基準及びその具体的適用に合理性があること、<4> 人員整理及び整理解雇について労働者・労働組合との間で協議を尽くしたこと、以上のいわゆる「整理解雇の四要件」を充足するかどうかを検討して判断すべきである。ところが、<1>本件解雇は、一定の人員を整理しなければならないほどの経営危機の存在を理由とするものではない。<2> 債務者は、本件解雇に際して解雇回避努力を尽くすどころか、およそなんらの努力もしていない。<3> 合理性のある客観的人選基準はもともと設けられておらず、したがって、基準の客観的・公正な適用もなかった。本件において債権者が対象とされたのは、部門閉鎖・業務廃止当時にたまたま当該部門に配置され当該業務に従事させられていたからというだけに過ぎないが、このような理由で解雇が許されるならば、労働者はたまたま配属され命じられていた部署・業務の如何によって解雇されあるいはこれを免れるという極めて不安定な地位におかれることになる。のみならず、使用者は、退職させたい者を事前に当該部署に送り込んだうえでこれを廃止することによって恣意的な解雇を行うことすら可能となってしまう。<4> 債務者は、債権者及び組合との協議も尽くしていない。債権者及び組合は、債務者提案にかかるサービセズに出向して経理事務の業務に債権者が就くことを受け入れた上で、賃金面での交渉に絞る(組合は、債務者提案の年間基本給六五〇万円と現在の約一〇五〇万円との間で妥協案を見出そうとしていた)ことで雇用の継続を図ろうと努力していた。ところが債務者は、組合との団体交渉継続中に本件解雇予告を行っただけでなく、その後も当初示した応諾期限に固執しつつ、九月一二日以降は組合との交渉を一切拒否して本件解雇に至ったのである。以上のとおり、本件解雇は前記要件のいずれも充たしていないのであるから、解雇権を濫用したものであって無効である。

(三) 債権者は、債務者の提案した部署における新職務に就労することそのものには応じることを明らかにしており、債権者と債務者との間の不一致点は、新職務に就いた場合の賃金額のみであった。結局のところ、本件解雇は「債権者が債務者提示の賃金額について争う権利を留保しこれに無条件で同意しなかったこと」を唯一の理由として行われたものにほかならない。労働者の同意なく賃金を一方的に切り下げることは許されないものである以上、賃金切り下げに同意しないことを理由とする本件解雇は、そもそも整理解雇の四要件を充足するか否かを検討するまでもなく、解雇権を濫用したものであって無効である。

2  債務者

(一) 債務者東京支店の就業規則二九条は懲戒解雇事由のみを定めたものであり、少なくとも普通解雇事由を限定したものでないことは明らかである。懲戒解雇事由以外の理由に基づく本件解雇は、就業規則一条に基づき、労働基準法又はその他の関連法令に定められた規制にのみ服するものである。

(二) もともと整理解雇の四要件は解雇権濫用法理の枠組みの中で樹立されたものであり、各要件の具体的適用に際してそこにどのような内容を盛り込むかは、事案ごとの個別的具体的事情に従って決定されており、その内容は必ずしも一義的に確定しているものではない。したがって、議論の余地のない所与の前提として四つの要件を提示し、その要件を本件に当てはめて結論を導き出すという判断方法は疑問である。

(三) 本件解雇は、GTBS部門の閉鎖により、債権者が従来就いていたアシスタント・マネージャーのポジションが消滅したために行われたものである。便宜上整理解雇の四要件に沿って検討するが、<1>(人員削減の必要性)GTBS部門閉鎖の決定は、英国法人である債務者が、資本効率を高め、英国ビック(ママ)バン後の英国内及び国際金融市場における競争力を維持するために、戦略的リストラクチャリングの一環として行った決定であるから、企業経営上の高度の必要性に基づくものである。<2>(解雇回避の努力)本件解雇当時、アシスタント・マネージャー又はスーパーバイザーの空きポジションは存在しなかった。万が一、短期間のうちに空きポジションが生じたとしても、いずれのポジションもそれぞれ専門知識・能力が要求される管理職ポジションであるため、債権者を当該ポジションに配転することは事実上不可能であった。したがって、解雇回避のために債権者を他のポジションが空くまで雇用し続けることは全く意味をなさない。<3>(被解雇者選定の妥当性)債務者が債権者を被解雇者に指名したのは、GTBS部門の閉鎖により債権者が従来就いていたポジションが消滅したからであるが、消滅したポジションに就いている従業員を被解雇者に指名するという判断は、全社的に見て客観的かつ合理的なものである。<4>(手続の妥当性)<2>のとおり債権者を雇用し続けることは無意味であったから、債務者としては債権者を解雇せざるを得なかった。しかし、債務者に留まりたいという債権者の要望に沿うため、債務者として実行可能な唯一のオプションとしてクラークのポジションを提示した。当時右ポジションには臨時職員が就いていて、債権者に提示された額の三分の二の賃金で完璧に仕事をこなしていたが、債務者は同人を解雇する用意までしていた。そして、組合との間で七回にわたって団体交渉を実施し、債権者の雇用問題を解決する努力を重ね、クラークのポジションへの配転を受諾するか否かについて回答を求めてきたが、債権者は、当該新職務は受諾するが、その労働条件については組合との交渉に委ねるとして、債務者の提案を実質的に拒否し続けた。そして、直近の数回の交渉において話し合いに全く進展が見られず、またその可能性も示されなかったため、債務者はやむを得ず団体交渉を打ち切った。したがって、本件解雇の実施手続に何ら違法性はない。以上のとおりであるから、本件解雇は解雇権の濫用には当たらない。

(四) 本件解雇は賃金切下げに同意しないことを理由とするものであるとの債権者の主張は、通常雇用されている者に対する一方的な賃下げの問題と、本来解雇せざるを得なかった者に対して与えられた解雇回避のための特別のオプションに伴う雇用条件の問題とを混同する的外れな議論である。

第三当裁判所の判断

一  就業規則に基づかない普通解雇の可否について

債権者は、就業規則二九条は普通解雇事由を限定列挙した趣旨の規定であり、同条所定の事由が存在しないにもかかわらず行われた本件解雇は無効である旨主張する。

なるほど、疎明資料(<証拠略>)によれば、債務者東京支店の就業規則(以下「本件就業規則」という。)及び給与規則(以下「本件給与規則」という。)における解雇関連規定は別紙のとおりであり、このうち本件就業規則二九条には「解雇」の表題のもとに解雇事由が列挙されているが、列挙された事由はいずれも従業員の職場規律違反行為、従業員としての適格性の欠如等、従業員に何らかの落ち度があることを内容とするものであることが認められ、債権者について右の列挙事由に該当する事実が存在しないことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、現行法制上の建前としては、普通解雇については解雇自由の原則が妥当し、ただ、解雇権の濫用に当たると認められる場合に限って解雇が無効になるというものであるから、使用者は、就業規則所定の普通解雇事由に該当する事実が存在しなくても、客観的に合理的な理由があって解雇権の濫用にわたらない限り雇用契約を終了させることができる理である。そうであれば、使用者が、就業規則に普通解雇事由を列挙した場合であっても、限定列挙の趣旨であることが明らかな特段の事情がある場合を除き、例示列挙の趣旨と解するのが相当である。

これを本件就業規則についてみると、普通解雇事由を二九条所定の事由に限定する旨明記した規定はなく、その他同条が普通解雇事由を限定列挙した趣旨の規定であることが明らかな特段の事情は見当たらない。かえって、本件給与規則一四条三項によれば、本件就業規則二九条に基づいて解雇された従業員は退職手当を受けることができないとされており、この規定に本件就業規則一条の規定内容を照らし合わせて本件就業規則を作成した債務者の意思を合理的に解釈すれば、退職手当の受給資格を喪失することは従業員にとって著しい不利益であるから、このような不利益な効果を発生させる解雇事由は、それが懲戒解雇事由であるか普通解雇事由であるかを区別せず、これを予め就業規則に規定して従業員に周知し、それ以外の解雇事由については、労働基準法その他関係法令の定める制限に服するほかは、解雇自由の原則が妥当し、敢えて列挙するまでもないとして、列挙しなかったものと解される。

以上によれば、本件就業規則二九条は普通解雇事由を限定列挙した趣旨の規定であるとはいえず、債権者の前記主張はその前提を欠き、理由がない。

二  解雇権の濫用について

1  前記争いのない事実等、括弧内記載の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) GTBS部門閉鎖の背景(<証拠略>)

(1) グループは、イギリスを中心に世界三五か国に拠点を置き、約七万一〇〇〇名の従業員を擁する国際的な金融グループである。一九九六年(平成八年)、グループは執行経営陣を一新し、激変する国際金融情勢に対応し厳しい業界の競争の中での生き残りを図り、資本効率の向上、競争力の強化を目的として、限られた人的・物的資源を戦略上重要な事業に集中し不採算事業を縮小・廃止する、いわゆるリストラクチャリング(事業の再構築)を徹底して進めることを決定した。

グループは、従来、債務者東京支店を含むアジア四か国の支店を通じてトレード・ファイナンス・サービスを行っていたが、一九八〇年代後半からの顧客のニーズ不足、競争力の低下等によりその収益性は著しく悪化していた(ちなみに、債務者東京支店におけるトレード・ファイナンス関係の業務について、その収支関係をみると、平成四年(一九九二年)が収入二六万ドル、費用三六万ドルで純損失が一〇万ドル、平成五年(一九九三年)が収入二一万四〇〇〇ドル、費用四二万三〇〇〇ドルで純損失が二〇万九〇〇〇ドル、平成六年(一九九四年)が収入一〇万ドル、費用三〇万九〇〇〇ドルで純損失が二〇万九〇〇〇ドルであった。)。

一九九六年当時、アジア四か国の支店におけるトレード・ファイナンス関係の業務を統括していたのは、グループの国際的な銀行、証券、投資部門であるナットウエスト・マーケッツの中の一部署であるGTBS部門であったが、ナットウエスト・マーケッツは、投資銀行業務への特化を事業戦略として、その取扱商品を付加価値の高い投資銀行商品に絞る一方、伝統的な商業銀行業務であるトレード・ファイナンスについては、右の戦略に適合せず、また、現地銀行との競争には勝てないとの判断から、一九九七年(平成九年)三月、アジア四か国の支店において行っていたトレード・ファイナンス関係の業務から撤退し同年六月末を目処にGTBS部門を閉鎖することを決定した。

GTBS部門は、予定どおり同年六月末をもって閉鎖されたが、その後も、グループは、同年一〇月、ソウル支店の閉鎖を決定し、同年一二月には、英国株・欧州株部門並びに米国及びアジアにおける株式派生商品部門を他の銀行に売却することを決定した。なお、アジアにおける株式派生商品部門の売却に伴い、ナットウエスト証券会社の株式部門に所属していた従業員六五名全員が退職した。

(2) 債務者東京支店では、従来、トレード・ファイナンス、貸付、外国為替といった伝統的な商業銀行業務を行ってきたが、トレード・ファイナンスについては平成九年六月末をもって、貸付業務については平成一〇年四月をもって、それぞれ担当部署を閉鎖し、外国為替業務についても、収益性の悪化に伴い漸次業務の規模を縮小していた。

平成九年一一月時点において、債務者東京支店の業務は、金利商品及び関連のデリバティブ業務(ナットウエスト・マーケッツ、グローバル・デット・マーケッツ、デット・デリバティブズによって運営されている。)と、短期金融市場、外国為替及び関連のデリバティブ業務(ナットウエスト・マーケッツから分離したナットウエスト・グローバル・ファイナンシャル・マーケッツによって運営されている。)という、専門性の高い業務に絞られてきている。

(3) なお、グループ全体の従業員数は、一九九三年(平成五年)九万一四〇〇名、一九九四年(平成六年)八万七四〇〇名、一九九五年(平成七年)八万一八〇〇名、一九九六年(平成八年)七万一〇〇〇名、一九九七年(平成九年)七万名、一九九八年(平成一〇年)六万四四〇〇名と減少の一途をたどっている。

(二) 債務者東京支店の組織(<証拠略>)

(1) 平成九年三月時点における債務者東京支店の組織は、フロント部門と呼ばれるインベストメントバンキング、金融商品部及び為替資金部と、オペレーション部門と呼ばれる業務管理部から成り、業務管理部には審査部と業務部があり、業務部には、トレード・ファイナンス、為替資金決済事務、貨付事務、金融商品決済事務を担当する各部署があった。また、債務者東京支店のインフラ部門として、サービセズの中に、人事部、総務部、システム部及び経理部があり、オペレーション部門と合わせてサポート部門と呼ばれていた。

(2) 債権者は、入行以来、オペレーション部門において、専らトレード・ファイナンス関係の事務を担当し、トレード・ファイナンスのスーパーバイザーを経て、平成九年三月当時は、トレード・ファイナンスのアシスタント・マネージャーの地位にあった。なお、当時、トレード・ファイナンス担当の部署には、債権者のほかに、クラークの地位にある従業員二名が所属していた。

(3) 平成九年三月時点におけるサポート部門の管理職のポジションとしては、債権者が就いていたアシスタント・マネージャーのポジション以外に、オペレーション部門に六(業務部に四(マネージャー一、アシスタント・マネージャー二、スーパーバイザー一)、審査部に二)、インフラ部門に一〇(ママ)(人事部に一、総務部に一、システム部に三、経理部に三)、以上合計一四のポジションがあったが、いずれのポジションにもしかるべき従業員が就いており、空きはなかった。

(三) 債務者東京支店の人事制度(<証拠略>)

(1) 従業員の採用に関し、債務者東京支店では従来から、中途採用を主としつつ、いわゆる新卒採用も行っていたが、複雑高度な金融技術を駆使した金融派生商品の開発等、金融商品の高度化・多様化による個々の業務の専門化に伴い、新卒を採用して行内でジェネラリストを養成するという方法が次第にうまく機能しなくなり、平成四年以降、基本的に新卒採用を取り止め(ただし、平成七年に一名、平成八年に二名を新卒で採用した。)、主にヘッドハンターを利用し、求める知識・経験を細かく確認して、関連する分野における十分な専門知識・能力を有する者を即戦力として採用するようになってきている。このような傾向は、フロント部門のみならず、サポート部門においても同様である。

これを平成一〇年度における採用者一四名についてみると、フロント部門が四名、サポート部門が一〇名であるが、全員が中途採用者であり、それぞれ関連する分野で二年ないし一三年の実務経験を有し、一回以上(多い者で六回)の転職を経ながら、それぞれの専門分野でキャリアアップを図ってきた者であることが明らかである。このうちオペレーション部門に採用されたのは、デリバティブズオペレーション部に配属されたアシスタント・ポジション・キーパー一名であるが、同人は過去に他社三社においてデリバティブズセールス・アンド・トレーティング・アシスタントとして九年間の実務経験を有している。

(2) 配置転換に関しては、中途採用が主体であることも関連して、いわゆる適材適所の方針がとられており、少なくとも、マネージャー、アシスタント・マネージャー、スーパーバイザー等の管理職については、部門(前記(二)の(1)でいう、いわゆるフロント部門、オペレーション部門、インフラ部門を指す。)を超えた配置転換の例はなく、オペレーション部門内部であっても、管理職において担当業務が変更になるような配置転換は、過去においてもほとんどなかったが、業務の専門化に伴い、近時この傾向は一段と強まっている。

(3) 賃金制度に関しては、従前、いわゆる年功序列的な運用が行われていたが、中途採用が主体であるため賃金面で中途採用者が不利になることのないよう、また、企業間の競争の激化に伴い優秀な人材を確保する必要から、平成七年二月、いわゆる職務(業績)給制度を採用し、全従業員に周知した。これは、担当職務の市場での価値に基づいて基本給が決定され、個人の業績及びグループの業績に応じて昇給額が決まるというものである。職務の市場での価値は、外部のコンサルタントによって、従業員一人一人の職務ごとに調査されている。

(四) 本件解雇に至る経緯(<証拠略>)

(1) 一九九七年(平成九年)三月一二日、ナットウエスト・マーケッツは、同年六月末を目処とするGTBS部門閉鎖の決定を関係部署に文書(<証拠略>)で通知した。

債務者東京支店の支店長ロバート・ジョン・ウィンザー(以下「ウィンザー支店長」という。)は、債権者に右文書を示してGTBS部門閉鎖の決定を伝えるとともに、GTBS部門の閉鎖により、トレード・ファイナンス担当の部署に所属していた債権者ら三名のポジションが消滅するため、その処遇について検討した結果、当時アシスタント・マネージャーとして管理職の地位にあり年収(基本給一二か月分の合計に賞与を加えたもの)約一〇五〇万円を取得していた債権者については、従前の賃金水準を維持したまま配転させ得るポジションとしては管理職のポジションしかないが、当時管理職のポジションは全て他の従業員に占められていて空きがなく、また万が一短期間のうちに空きが生じたとしても、いずれもそれぞれの業務に応じた専門知識・能力が要求される管理職のポジションであるため、債権者を当該ポジションに配転することは事実上不可能であるとの判断から、債権者との雇用契約を解消する方針を決め、同年四月一四日、債権者に対し、次のような退職条件を記載した支店長の署名入りの文書(債権者の署名欄があり、これに債権者が署名をすれば、記載内容についての合意書ができあがるというもの。<証拠略>)を示して雇用契約の合意解約を申し入れた。

右退職条件は、要旨次のとおりである。<1> 雇用契約終了の効力は同年九月末日又は債権者が実際に退職した日のうち先行した日とする。債権者が右文書に署名をすれば直ちに再就職活動を始めることができる。残務処理終了後は出社することなく再就職活動を行うことができる。<2> 以下の金銭を支給する。同年九月末までの月例給与(基本給、諸手当、交通費、社会保険料の合計)の合計四一〇万九三〇四円、夏季賞与(六月支給)の全額一九〇万二九八〇円、冬季賞与(一二月支給)の半額九五万一四九〇円、就業規則所定の退職金八〇二万二四〇〇円、未消化の年次有給休暇の買い上げ分一二二万九一二九円、特別退職金六五三万五〇二一円、一か月分の特別給与(基本給と諸手当の合計)五九万四七〇〇円。<3> 再就職先が決まるまで就職斡旋会社のサービスを受けるための金銭的援助を行う。

なお、当時トレード・ファイナンスを担当する部署に所属していた他の二名の従業員は、いずれも債務者から提示された退職条件を受け入れて債務者を退職した。

(2) 債権者は、債務者からの右申入れには応じず、債務者における雇用の継続を強く希望したため、債務者は、サービセズを含めて債権者に与え得るポジションを検討し、同年五月一三日、債権者に対し文書(<証拠略>)で、以下の諸点を伝えた。すなわち、東京支店における銀行業務は小規模であり、近い将来の発展は限られていること、グループの業務は、これまでの商業銀行業務から特殊な専門知識・能力を要する投資銀行業務へと急速に移行しつつあり、これを推進するため、投資銀行業務で必要とされる専門知識・能力を備えた人材を確保する必要があること、残念だが、債権者に対して債務者が提供できるポジションは、債権者の技能に対して現在支払われている賃金よりも低い水準のクラークのポジションしかなく、その賃金は市場価格に基づくものであること、右のような条件でもよいのであれば、当該部署のマネージャーの面接を受ける機会を提供すること、以上を伝えた。右文書には、さらに、状況の緊急性及び債権者のポジションが消滅してしまうという事実を考え合わせ、先に提示した退職条件に基づく退職と、クラークのポジションでの雇用の継続との二つの選択肢について、これ以上の遅れを生じることなく注意深く考えてみることを勧める旨の記載があった。

(3) 債務者は、組合からの申入れを受けて、同年五月二九日以降七回にわたって団体交渉(以下「団交」という。)を重ねた。なお、団交には毎回、債務者側からは、ウィンザー支店長以下四名、組合側からは、組合委員長以下組合関係者四名と債権者本人の計五名が参加していた。

同年五月二九日の第一回団交の席上、債務者は組合に対し、債務者は他の多くの同業者と同様に生き残りをかけたリストラクチャリングを強いられていること、伝統的な商業銀行から投資銀行に体質変革を行う過程にあることを伝え、債権者に与え得るアシスタント・マネージャーのポジションはないこと、債権者がクラークの仕事を適正な市場価格に基づく賃金で引き受けない限り、雇用を継続することはできないことを伝えた。組合側は、債務者は債権者に適したポジションを提供すべきであると主張したが、具体的なポジションについての提案はしなかった。

同年六月五日の第二回団交では、冒頭、組合側が、経理、ナットウエスト証券会社東京支店への出向、受付及びサービセズへの出向、以上四つの仕事を債務者は債権者に提示しているのではないかと質したが、債務者はこれを否定し、第一回団交における説明と同様の説明をした。組合側は、右の四つの仕事を検討するよう債務者に求めた。

これに対し、債務者は、同月二三日の第三回団交において、債権者に提供できるポジションは経理部のクラークのポジションしかないと回答した。組合側は、クラークとしての仕事には同意できない、本人の同意のない賃金切下げは許されないと主張したが、具体的なポジションについての提案はしなかった。

同月三〇日の第四回団交において、組合側は、現在アシスタント・マネージャーとしての仕事がないのであれば、それが見つかるまでクラークの仕事に就くとの提案をした。これに対し、債務者は、アシスタント・マネージャーでも担当業務によってそれぞれ異なった能力が要求されること、したがって、債権者に提供できるのはクラークのポジションとそれに見合う賃金のみであること、急激に変化する債務者の業務の性質と、株主や規制当局に対する責任に鑑みて、常に適材適所を考える必要があること、以上を伝えた。

同年七月一〇日、第五回団交が行われ、席上、債務者は、債権者に対し文書(<証拠略>)で、サービセズの経理部において年収六五〇万円でクラークのポジションを与えること、これに加えて、賃金減少分の補助金として一年間に限り二〇〇万円を支給することを提案し、年収六五〇万円という金額は、右ポジションの賃金としては市場レベルでの最高限度額であり、増額の余地はないこと、ただし、補助金については交渉の余地があること、以上を組合側に伝えた。当時、右ポジションには年収四五〇万円の契約社員が就いており、その仕事ぶりに全く問題はなかったが、債務者は、債権者の雇用継続に対する強い希望を考慮して、債権者に右ポジションを与えるため、右契約社員を解雇する用意をしていた。

同月二三日の第六回団交の席上、組合側は、債権者と連名の文書(<証拠略>)で債務者に対し、債務者の提案したクラークとしての職務及び賃金については、いずれも同意できないこと、ただし、仕事自体については直ちに就労することを伝えた。これに対し、債務者は、クラークのポジションと賃金の提案は一体のものであり、賃金については、従前の提案が最高限度額であり増額の余地はないこと、したがって、問題は、債権者がクラークのポジションをそれに見合う賃金で引き受けることができるかどうかであって、債権者に臨時のポジションを与えるということが議題であれば話合いは終わりにしたいとして、組合側の右提案を受け入れることはできない旨回答した。

同月三〇日、債務者は、債権者に対し文書(<証拠略>)で、同年八月一日以降追って通知するまでの間、特別休暇を付与するので出社する必要はないこと、特別休暇中は従来どおりの賃金を支払うことなどを伝え、債権者は、同日以降債務者に出社しなくなった。

なお、第六回団交の後、ウィンザー支店長は、組合委員長から、同年七月中に団交の日程を入れるよう申入れを受けたのに対し、組合がひたすら同じことを繰り返し主張し続けて先に進もうとしないのであれば意味がないとして、団交日を設定することをしなかったが、これに対して組合は、改めて団交を申し入れることもなく、また、同年八月も団交の申入れを行うことのないまま、一か月が経過した。

(4) 債務者は、同年九月一日、債権者に対し文書(<証拠略>)で、債務者の提案したクラークのポジションをそれに見合った賃金で引き受けるかどうかについて、債権者がこれを承諾する旨の回答をしていない以上、債務者としては、右文書添付の支店長の署名入れの文書(債権者の署名欄があり、これに債権者が署名をすれば、記載内容についての合意書ができあがるというもの)記載の退職条件に沿って債権者との雇用契約を終了せざるを得ないとして、同月三〇日付けで債権者を解雇する旨の意思表示をするとともに、債権者が債務者の提案したクラークのポジションについて真剣に考慮中であれば、同月一二日までに右提案に対する応諾の書面を支店長宛てに提出すれば本件解雇の通知は撤回可能である旨を通知した。右退職条件は、先に示された退職条件(前記(1))と同様の条件(ただし、支給金額については、既払分を除き、未消化の年次有給休暇の日数を調整したもの)に、さらに、支給金額として六か月分の基本給合計三三五万八二〇〇円を上乗せし、合計二〇三七万六一七一円(所定の退職金を除いても一二三五万三七七一円)の支給を約束する内容のものであった。

(5) 債権者は、同月八日付けの文書(<証拠略>)でウィンザー支店長に対し、経理部での仕事については就労する意思があること、賃金については組合と債務者の協議に従うことを通知し、組合は、債権者の処遇等を議題として債務者に団交を申し入れた。

これを受けて同月一〇日、第七回団交が開催されたが、組合側は、債務者提案のクラークの賃金についてさらに協議を続行すべきだと主張し、債務者は、クラークのポジションと賃金の提案は一体のもので、賃金のみ切り離して協議することはできないと主張して、双方の見解の対立は解けず、話し合いは物別れに終わった。

債権者は、同月一二日付けの文書(<証拠略>)により、債務者に対し、要旨、「債務者が示した二つの選択肢、<1> 職務・賃金等の労働条件を変更のうえ債務者に勤務を続ける、<2> 退職条件を受け入れて退職する、のうち、労働条件の不利益変更について争う権利を留保しつつ、<1>を選択して、債務者の指揮のもとに就労することを承諾する」旨通知し、組合は、同日付けの文書(<証拠略>)により、債務者に対し、債務者の対応は、大幅な賃金切り下げを押しつけるもので不当である、債権者が賃金切り下げに同意しないことを理由に解雇することは許されないとして、債務者の対応を非難し、団交の申入れを行ったが、具体的な賃金額についての提案はしなかった。

債務者は、同月一七日付けの文書(<証拠略>)により、債権者及び組合に対し、クラークのポジションと賃金の提案は一体のものであること、賃金減少分の補助金に関しては交渉の余地はあるが、賃金額そのものについては、クラークのポジションと切り離して考慮することはできないことを伝えるとともに、同月一二日に設定した回答期限内に債務者提案のクラークのポジションに対する承諾が得られなかった以上、同年九月末日をもって雇用契約が終了することを確認する旨回答した。

(6) 同年一〇月六日、債務者は、債権者名義の銀行口座に、退職金名目で一八七〇万三二七一円を振り込んだ。

2  右1の(一)に認定した事実によれば、GTBS部門閉鎖の決定は、グループのいわゆるリストラクチャリング(事業の再構築)の一環として行われたものであることが認められるところ、リストラクチャリングは、限られた人的・物的資源を戦略上重要な事業に集中させ、不採算事業を縮小・廃止し、もって、資本効率の向上、競争力の強化を図ることを目的とするものであり、このような事業戦略にかかわる経営判断は、それ自体高度に専門的なものであるから、基本的に、株主によって選任された執行経営陣等、企業の意思決定機関における決定を尊重すべきものである。そして、リストラクチャリングを実施する過程においては、新たに進出する事業ないし強化が図られる事業との関係では、そこで求められる能力を備えた人材への需要が新たに生まれる一方、廃止ないし縮小される事業との関係では、余剰人員の発生が避けられないものであり、この間の労働力の需給関係は必ずしも一致するとは限らないから、企業において余剰人員の削減が俎上に上ることは、経営が現に危機的状態に陥っているかどうかにかかわらず、リストラクチャリングの目的からすれば、必然ともいえる。

しかしながら、他方、余剰人員の削減対象として雇用契約の終了を余儀なくされる労働者にとっては、再就職までの当面の生活の維持に重大な支障を来すことは必定であり、特に、景気が低迷している昨今の経済状況、また、従来日本企業の特徴とされた終身雇用制が崩れつつあるとはいえ、雇用の流動性を前提とした社会基盤が整備されているとは言い難い今日の社会状況に照らせば、再就職にも相当の困難が伴うことが明らかであるから、余剰人員を他の分野で活用することが企業経営上合理的であると考えられる限り極力雇用の維持を図るべきで、これを他の分野で有効に活用することができないなど、雇用契約を解消することについて合理的な理由があると認められる場合であっても、当該労働者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために、相応の配慮を行うとともに、雇用契約を解消せざるを得なくなった事情について当該労働者の納得を得るための説明を行うなど、誠意をもった対応をすることが求められるものというべきである。

右のような観点から、以下、本件解雇が解雇権の濫用に当たるか否かを検討する。なお、債権者は、本件解雇が解雇権の濫用に当たるかどうかについては、いわゆる整理解雇の四要件を充足するかどうかを検討して判断すべきである旨主張するが、いわゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかどうかを判断する際の考慮要素を類型化したものであって、各々の要件が存在しなければ法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うほかないものであるから、債権者主張の方法論は採用しない。

3  以下、具体的に検討する。

(一) 雇用契約解消の合理性の有無について

(1) GTBS部門の閉鎖により債権者の担当業務が消滅し債権者が従前就いていたアシスタント・マネージャーのポジションが消滅するが、それにもかかわらず、債権者との雇用契約を従前の賃金水準を維持したまま継続するためには、債務者としては債権者をサポート部門における他の管理職のポジション(当時一四のポジションがあった。)に配転することが必要であったが、前記認定事実及び審尋の全趣旨によれば、これらのポジションに就いている者はいずれも、それぞれの担当業務で必要とされる専門知識・能力を有するものと評価された結果として当該ポジションに就いていることが明らかであるから、これらの者に代えて債権者を当該ポジションに就けることが合理的であるとする根拠はない。

(2) そこで、進んで、GTBS部門閉鎖後の近い将来において、債権者を配転させ得る管理職のポジションが生じる可能性があったかどうかについて検討すると、ナットウエスト・マーケッツは投資銀行業務への特化を事業戦略としてその取扱商品を投資銀行商品に絞ってきており(1の(一)(1))、その結果、債務者東京支店でも、従来行っていたトレード・ファイナンスを含む伝統的な商業銀行業務は漸次廃止・縮小され、平成九年一一月時点における取扱業務は、金利商品及び関連のデリバティブ業務、短期金融市場、外国為替及び関連のデリバティブ業務という、専門性の高い業務に絞られてきている(1の(一)(2))。そして、債務者東京支店では、個々の業務の専門化に伴い、フロント部門のみならず、サポート部門においても、それぞれの業務について十分な専門知識・能力を有する者を即戦力として採用するようになってきており、平成一〇年度の採用者をみても、いずれも過去に関連する分野で相当の実務経験を有する者であることが明らかである(1の(三)(1))。これに対し、債権者は、過去一四年間オペレーション部門での実務経験を有するのみで、それも伝統的な商業銀行業務であるトレード・ファイナンス関係の事務に特化したものである。以上の諸点を考え合わせると、右一四名に代えて債権者をそれらのポジションに就けることが合理的であるとする根拠はないし、債務者が、GTBS部門閉鎖当時、近い将来において新たな管理職のポジションを設ける予定を有していたとしても、それは、債権者が従前オペレーション部門で培ってきた実務経験、技能等とは異なる、新たな専門知識・能力を必要とするポジションであり、債権者が、そのような専門知識・能力を十分に有しているものとは認められないから、結局、債権者を配転させ得る管理職のポジションが生じる可能性はなかったものといわざるを得ない。

(3) これに対し、債権者は、その陳述書(<証拠略>)において、債権者が就くことのできるポジションは存在したと述べ、<1> 平成一〇年四月に退職した岡本純江(以下「岡本」という。)が就いていた金融派生商品決済事務のスーパーバイザーのポジション、<2> 平成一一年初めに退職した半藤龍介(以下「半藤」という。)が就いていた為替資金決済事務のアシスタント・マネージャーのポジション、<3> 総務部マネージャー規矩薫(以下「規矩」という。)の補助、以上の三つを指摘するので順次検討する。

ア <1>について

債権者は、岡本は平成一〇年五月に債務者を退職したが、退職時のポジションは金融派生商品決済事務のスーパーバイザーであり、同人の退職により右ポジションが空いたのだから、右ポジションに債権者を就けることができたはずである旨述べる。

しかし、疎明資料(<証拠略>)によれば、岡本は、昭和五七年から貸付事務の担当となり、平成三年に同部門のスーパーバイザーに昇格し、その後平成一〇年五月に債務者を退職するまでの間、一貫して貸付事務を担当し、その間、組織変更による所属部門の名称の変更はあったが、岡本の担当業務に変更はなかったこと、貸付業務の縮小に伴い、平成一〇年四月貸付業務の担当部署が閉鎖されたこと、当時、岡本は、貸付業務の残務処理的な仕事とリーシングを行っていたが、同年五月に債務者を退職し、その後、岡本の行っていた貸付業務の残務処理的な仕事とリーシングは、クラークの地位にあった渋谷陽子がこれを引き継ぎ、岡本の後任は補充されなかったこと、以上の事実が認められる。

右の認定事実によれば、岡本の退職時のポジションは貸付のスーパーバイザーであることが認められるところ、貸付業務の担当部署が閉鎖され、岡本の退職後その後任が新たに補充されていないことからすると、GTBS部門閉鎖決定時点において、また本件解雇時点であっても、債権者をその後任に就けることを債務者に期待することはおよそできなかったというべきである。

イ <2>について

債権者は、半藤は平成一〇年の一月か二月に債務者を退職したので、半藤が就いていた為替資金決済事務のアシスタント・マネージャーのポジションが空いたのだから、右ポジションに債権者を就けることができたはずである旨陳述する。

しかし、疎明資料(債務者東京支店人事部長酒井美子作成の平成一二年一月一三日付け回答書)によれば、GTBS部門閉鎖決定当時、為替資金決済事務のアシスタント・マネージャーのポジションにあった半藤は、キャリアアップのため、平成一〇年四月債務者を退職したが、半藤の退職後、半藤が担当していた業務は、業務部のもう一名のアシスタント・マネージャーである遠藤恭子が引き継ぎ、半藤の後任は補充されなかったことが認められる。

右の認定事実によれば、半藤の退職は、GTBS部門閉鎖決定時点から一年以上後、本件解雇時点からでも半年以上後のことであり、当時、同人の退職が既定のものであったなどの特別の事情があれば格別、そのような事情は見当たらないし、また、そもそも、半藤の退職後その後任が新たに補充されていないことからすると、GTBS部門閉鎖決定時点において、また本件解雇時点であっても、債権者をその後任に就けることを債務者に期待することはおよそできなかったというべきである。

ウ <3>について

債権者は、総務部にアシスタント・マネージャーがいないことから、債務者は債権者にそのポジションを与えることができたはずである旨陳述するが、疎明資料(<証拠略>)によれば、当時総務部にはアシスタント・マネージャーのポジションはそもそも存在せず、総務部のマネージャーで、組合の委員長でもある規矩自身・右ポジションを設ける必要性はない旨、ウィンザー支店長に報告していることが認められ、債権者の右陳述もやはり採用することはできない。

(4) 以上によれば、債務者としては、債権者との雇用契約を従前の賃金水準を維持したまま他のポジションに配転させることができなかったのであるから、債権者との雇用契約を継続することは、現実的には不可能であったということができ、したがって、債権者との雇用契約を解消することには、合理的な理由があるものと認められる。

(二) 雇用契約解消後の債権者の生活維持等に対する配慮について

債務者は、平成九年四月一四日に債権者に対し雇用契約の合意解約の申入れを行った際、特別退職金等、合計二三三四万五〇二四円(就業規則所定の退職金八〇二万二四〇〇円を除いても一五三二万二六二四円)の支給を約束し、さらに、同年九月一日に本件解雇を通告した際、これに三三五万八二〇〇円を上乗せし、同年一〇月六日、退職金名目で一八七〇万三二七一円を債権者名義の銀行口座に振り込んでいるが、これは、債権者の年収(基本給一二か月分に賞与を加えたもの)が一〇五二万余円であることに照らし、相当な配慮が示された金額であるといえる。しかも、債務者は、就職斡旋会社のサービスを受けるための金銭的援助を再就職先が決まるまでの間無期限で行うことも約束している。以上を勘案すれば、債務者は、雇用契約終了後の債権者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮をしたものと評価することができる。

(三) 本件解雇に至る手続について

(1) 債務者は、サービセズの経理部におけるクラークのポジションを年収六五〇万円で債権者に提案したが、これは、債務者が、当時債務者東京支店にもサービセズにも債権者の賃金水準を維持したままでは提供できるポジションがなかったにもかかわらず、債権者の雇用継続に対する希望に応じるために検討して提案したものであること、そして、右ポジションには、当時、契約社員が就いていて、年収四五〇万円で十分満足のいく仕事をしており、かつ、同人に退職の予定がなかったにもかかわらず、右契約社員を解雇してまで債権者に右ポジションを与えるべく提案したものであること、また、疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、債権者に提示した年収六五〇万円という金額は、右ポジションの市場価格としては最高限度額であると認められること、さらに、債務者は、賃金減少分の補助として、退職後一年間については二〇〇万円を加算して支給するとの提案もしたこと、加えて、債務者は、債権者及び組合との間で、債権者の処遇について全七回、三か月余りにわたって団交を行い、雇用契約を解消せざるを得ない事情について繰り返し説明を行ったこと、その他前記認定の本件解雇に至る経緯からすると、債務者は、でき得る限り誠意をもって債権者に対応したものといえる。

(2) 債権者は、クラークのポジションに関する債務者の提案について、賃金切り下げを強制するもので、許されない旨主張する。しかし、債務者の提案は、従前債権者が就いていたポジションが消滅したため、債権者との雇用契約を解消することが合理的であると認められる場合において、雇用の継続に対する債権者の要望を入れて、従前とは異なるポジションに就くことを提案したものであって、ポジションに変更がないにもかかわらず、一方的に賃金を切り下げるというものではない。したがって、債権者の右主張は採用できない。

また、債権者は、団交において、組合が債務者提案のクラークの業務に就くことを受け入れ、賃金面での交渉によって雇用の継続を図ろうと努力していたのにもかかわらず、債務者は一方的に団交を打ち切って本件解雇に及んだとして、債務者の対応を非難するが、前記のとおり、債務者は、組合との間で、全七回、三か月余りにわたって団交を行い、債権者に対しても、雇用契約を解消せざるを得ない事情について何度となく説明しており、債務者としてはでき得る限りの努力はしているのであって、結果的に、双方の合意が成立しなかったのは、債務者提案のクラークの賃金額についてそのポジションと切り離して協議することが可能か否かという点において双方の見解が食い違っており、これが解消されなかったためであり、一方的に債務者の対応を非難するのは当たらない。

4  以上のとおり、債権者との雇用契約を解消することには合理的な理由があり、債務者は、債権者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮を行い、かつ雇用契約を解消せざるを得ない理由についても債権者に繰り返し説明をするなど、誠意をもった対応をしていること、その他、先に認定した諸事情を併せ総合考慮すれば、未だ本件解雇をもって解雇権の濫用であるとはいえず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

三  結論

以上によれば、本件解雇は有効であり、これが無効であることを前提とする債権者の申立ては、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西理香)

別紙

(債務者東京支店の就業規則)(<証拠略>)

第一条 目的

本就業規則(以下「本規則」という。)は、ナショナル・ウエストミンスター・バンク・リミテッド東京支店(以下「当行」という。)の行員のためにその基本的な労働条件を規定したものである。本規則に定めのない事項について疑義が生じた場合または本規則と労働基準法またはその他の関係法令とが抵触する場合は、労働基準法またはその他の関係法令を適用する。

第四条 行員の責任

行員は各々、常に当行の高い水準及び名声を堅持しうるような行動をとることを期待されている。行員は各々、本規則をはじめ当行のあらゆる規則及び細則を遵守し、また同僚と協力し上司及び当行役職員からの指示と助言に従い定められた自己の責務を迅速に全うしなければならない。当行は、業務を能率的に遂行し、且つ、行員の能力を十分に生かすため、任意に行員の責務を変更することができる。

第五条 行員の行動

行員は、当行またはその役職員の名声または利益を損うような行動を避けるべく良識を発揮することを期待されている。いかなる行員も、職務上知り得たまたは入手し得た当行、その業務または顧客に関する情報または書類を、自己の利益のために用い、または他人に漏らしてはならない。行員は、あらかじめ総支配人(Chief Manager)またはその代理から書面による承認を得た場合を除き、定められた責務を遂行するとき以外に当行の名称または自己の職名もしくは地位を使用しないものとする。

第一四条 試用期間

雇用当初の六か月間は試用期間とする。

試用中の行員は、一四日間以上継続して雇用されなかった場合、当行は、通知なしで、または実労働時間数に対する支払い以外に何ら支払うことなく、または何らの理由をも公表することなくいつでもこれを解雇することができる。試用中の行員は、試用期間中いつでもまたは当該期間の終了時に、当行からその勤務状態が適当でないとみなされたときは、当行は、本規則第二九条に定める手続きに従い、これを解雇することができる。

(三項以下 省略)

第二八条 懲戒

当行は、当行の判断により当行の規則に違反したとみなされ、または職務怠慢であるとみなされた行員を、その程度に応じ懲戒、減給または解雇の処分に付すことがある。懲戒または減給処分の場合、当該行員は始末書を提出しなければならない。故意または重大な過失により当行の財産に損害を与えた者は、加えて、かかる損害につきその全部または一部に対する損害賠償金を支払わなければならない。

行員は、遅刻その他勤務時間中の欠務をなしたときは、減給処分を免かれないであろう。かかる減給分は、一カ月毎における欠務時間数の合計に基づき基本時間給の料率により計算する。三十分未満の端数は切り捨てる。

第二九条 解雇

行員は、次の各号のいずれかにあてはまる場合には、解雇されることがある。

1 本就業規則及び当行が随時適用するその他の労働条件に連続して違反した場合

2 本就業規則第四条、第五条及び第六条の規定または今後の就業規則中の類似する規則を遵守しなかった場合(二号)

3 試用中の行員が当行の業務に適しないと判断された場合(三号)

4 当行の資金または証券の盗用、当行の帳簿への不正記入及び当行に関係する窃盗または詐欺行為に類するような行為(四号)

5 行員が当行の名声を損い、または不正行為もしくは一般に認められている道徳上の慣習に反する行為をなした場合(五号)

6 故意に当行の建物または資産に損害を与えたとき(六号)

7 故意に他の行員または当行内にいる第三者に負傷または傷害を負わせたとき(七号)

8 上司の指示に従わないとき(八号)

9 故意に業務能率または業務の遂行を妨げたとき(九号)

10 自己の職務に関連して個人的な手数料、賄賂または謝礼を受け取つ(ママ)たとき(一〇号)

11 上記に類似する行為をなしたとき(一一号)

当該行員が即時解雇処分に付される第四項、第五項、第六項、第七項及び第一〇項の場合を除き、解雇については当行側が書面で三〇日前の予告を行うことを要する。当行はその自由裁量により当該解雇の予告期間の終了までの間有給就業停止処分に付すことがある。

第三〇条 退職

行員が何らかの理由で当行を退職しようとするときは、当行に書面で一カ月の予告を行わなければならない。

行員の通常の停年退職年令は六〇才とする。ある場合には、行員の停年退職年令は行員と当行との協議及び契約により延期することもある。

退職には次の場合が含まれる。

1 停年退職年令での勤務終了

2 当行が承認する例外的事由による辞職

3 当行での雇用期間中における行員の死亡

4 長期疾病による「給与規則」第一〇条による解雇

5 結婚による女子従業員の退職

(債務者東京支店の給与規則)(<証拠略>)

第一四条 正規外退職

(一、二項省略)

就業規則第二九条解雇に基づき当行より解雇された行員は退職手当を受けることができない。

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