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東京地方裁判所 平成11年(レ)345号 判決 2000年3月21日

控訴人

乙田春子

右訴訟代理人弁護士

牛江史彦

飯塚新太郎

被訴訟人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

木ノ下一郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、二三万二五〇一円を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件訴訟を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、洋品店経営者である控訴人が、訴外亡丙山夏子(以下「夏子」という。)の相続人である被控訴人に対し、夏子に対する洋品売買代金等二三万二五〇一円の支払を請求した事案である。

二  前提となる事実(証拠により認定したものは証拠番号を付す。)

1  当事者

控訴人は、平成五年九月から平成一〇年三月まで、東京都港区西麻布において「○○」という名称の洋品店を経営していた(甲七)。

2  洋品等の販売及び修繕

(一) 控訴人は、平成八年一一月一日から平成九年五月二四日までの間、夏子に対し、別表各年月日欄記載の日時に、商品名欄及び数量記載の各商品を各商品値段欄記載の値段で売った。その合計金額(消費税込み)は、三六二万八〇五四円である(甲一及び七)。

(二) 控訴人は、平成八年一一月九日から同年一二月二三日までの間、夏子から別表修理代欄記載のとおり、洋品等の修繕の依頼を受け、修繕の上夏子に引き渡した。その合計金額は一万五六〇〇円である(甲一及び七)。

(三) 控訴人は、平成八年一一月一日、同年一二月一二日、平成九年三月一七日、同年五月二四日、夏子からそれぞれ二五〇〇円、四〇〇〇円、三〇〇〇円、一万五八三九円相当の洋品等の修繕の依頼を受け、修繕の上夏子に引き渡した。その合計額は二万五三三九円である(甲一、二及び七)。

(四) 控訴人は、平成八年一一月一日、同月二一日、平成九年五月二四日、夏子から、それぞれ三〇万五二九二円、五万四六九三円、三〇〇〇円の合計三六万二九八五円相当の返品を受け、平成八年一一月一日、二日、二〇日、二一日、二二日、同年一二月二日、五日、一九日、平成九年三月一〇日、同年四月四日、七日、二二日、同年五月三一日、同年六月五日、夏子からそれぞれ一〇万円、八万円、七万円、五万円、三万円、一〇万円、一〇万円、三万円、三万円、二五万円、二〇万六〇〇〇円、四一万五〇〇〇円、五万円、二〇万円、三〇万円の合計一九一万一〇〇〇円の弁済を受けた(甲一、二及び七)。

(五) (一)ないし(三)の売掛代金と修理代金の合計金額三六六万八九九三円から返品相当額及び弁済額の合計二二七万三九八五円を控除した残額は、一三九万五〇〇八円である。

3  夏子の死亡

夏子は、平成九年七月二日死亡した。夏子の相続人は、夫である訴外丙山太郎(以下「太郎」という。)及び母である被控訴人と父である訴外甲野一郎(以下「一郎」という。)である。したがって、控訴人の相続分は、(五)の一三九万五〇〇八円の六分の一である二三万二五〇一円である。

4  相続放棄

被控訴人は、夏子の負債が少なくとも二〇〇万円以上あることを知り(乙一三)、平成九年七月一五日、東京家庭裁判所に対し、相続放棄の申述を行い、同月二二日に受理された。

三  争点

被控訴人の行為が民法九二一条三号に定める法定単純承認に該当するか否か。

1  控訴人の主張

被控訴人は、夏子の相続財産である洋服、家具等を持ち帰ったが、右行為は、民法九二一条三号の相続財産を「隠匿」し又は「私に消費」したことに該当し、単純承認とみなされる。

2  被控訴人の反論

被控訴人は、夏子の遺品を持ち帰ったが、右遺品を持ち帰ることについては太郎の遺族である訴外丙山次郎(以下「次郎」という。)及び同丁川冬子(以下「冬子」という。)の承諾を得ていた。また、持ち帰った物の一部は被控訴人が夏子に貸与していたものであり、それ以外の遺品はほとんど財産的価値を有さなかったため、被控訴人は消耗のひどい物は廃棄し、残りの物は被控訴人の自宅に保管している。したがって、被控訴人の右行為は、民法九二一条各号の法定単純承認のいずれにも該当しない。

第三  争点に対する判断

一  認定事実

甲一二、乙二の一及び二、三ないし五、六の一及び二、七及び八、一二及び一三(ただし、後記排斥する部分を除く)、証人丁川冬子の証言、当審における被控訴人の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる。

1  夏子の遺品の保管状況

夏子は、平成九年七月二日に死亡するまで、太郎所有の東京都品川区東五反田<番地略>五反田××三〇一号室(以下「マンション」という。)に居住しており、マンションには六畳の二部屋と三畳程度の納戸があった。

夏子の衣類は、納戸と六畳間の洋服だんす三竿に保管されており、納戸では、二段のポールにビニールカバーをかけたスーツ等が吊されている外、床にも洋服が整理されずに置かれていた。右洋服の多くは新品同様のものであった。六畳間の洋服だんすには、毛皮やカシミア製のコートが保管されていた。下駄箱には一〇〇足程度の靴が保管されていた。靴の多くはあまり使用されていないものであった。

2  一度目の遺品持ち帰り

被控訴人は、平成九年一一月上旬頃、一郎及び長男とともに、マンションに赴いた。その際、冬子、次郎のほか、太郎の友人である川崎が立ち会った。

被控訴人は、納戸に保管されていた夏子のスーツ等の一部、六畳間の洋服だんすに保管されていた毛皮のコート三着とカシミア製のコート三着、下駄箱に保管されていた靴の一部及び絨毯を持ち帰った。

3  二度目の遺品持ち帰り

被控訴人は、夏子の遺品をすべて持ち帰ることができなかったことから、運送業者二名を手配し、平成九年一二月一三日、妹の訴外戊田ハル(以下「ハル」という。)、訴外富田弘子とともにマンションに赴いた。その際、太郎の知人である高浜が立ち会った。被控訴人は、鏡台、残っていた洋服、靴のほとんどすべてを持ち帰った。

二  補足説明

1  被控訴人が持ち帰った遺品の量について

(二) 被控訴人が持ち帰った遺品の量に関しては、甲一二、原審における証人戊田ハルの証言を反訳した乙一二及び原審における被控訴人本人の尋問の結果を反訳した乙一三並びに丁川冬子の証言がある。これらの各証言等の信用性について以下検討する。

(二) 証人丁川冬子は、納戸に保管されていた夏子の洋服の状態や、六畳間の洋服だんすに保管されていたコートの色及び材質、下駄箱に保管されていた靴のブランド名等を正確に記憶しており、この点についての証言の信用性は比較的高いとみることができる。なお、証人丁川冬子は、原審における証人尋問期日に二度出頭せず、採用が取り消されているという経緯等があり、当審では証人として出廷したものの、弁論の全趣旨からすると、証言内容の証拠価値につき一定の減殺評価をすることが相当ではないかとも思われたが、そのような留保をしてもなお、右のようにみることが相当であると考える。

これに対し、乙一二によれば、二度目の持ち帰りに立ち会ったハルは、被控訴人に指示された遺品を段ボール箱と袋に詰めたと供述しながら、それらの量について質問されると具体的に覚えていないと供述する等、あいまいな部分が少なくないから、その信用性を高いものとみることはできない。

乙一三によれば、被控訴人本人は、一度目にマンションを訪れた際に存在した夏子の遺品の様子やその際持ち帰った遺品の量について、具体的に供述できていない。また、二度目に小型トラックで持ち帰った量については、段ボール箱四、五箱程度であり、靴は半分程度残してきた旨供述するが、被控訴人は、わざわざ運送業者を手配し小型トラックを用意していたところ、同人の供述によれば、持ち帰ろうとした夏子の遺品の量は多くはないのであるから小型トラックに積み込めなかったとは考えられず、夏子の遺品を残しておく合理的な理由もないことからすると、右供述の内容はいささか不自然であるというほかない。結局、被控訴人側は、二度にわたって持ち帰った遺品の量を過小に供述しているものとみるのが相当である。

したがって、被控訴人が持ち帰った遺品の量については、前記説示のとおりであると認めるのが相当であり、これと反する乙一二及び一三は採用することはできない。

2  毛皮、絨毯の所有者について

乙一三によれば、被控訴人は、持ち帰った毛皮のうち一着及び絨毯は、夏子に貸与していたものである旨供述するが、結婚し別に所帯を持って生活している娘に対し、毛皮や絨毯を期限の定めなく貸与するというのは経験則に反するように思われる。特に絨毯については、その性質上、継続的に使用するものである上、重量が大きく運搬も困難であるから、親子間で貸し借りの対象とするとはおよそ考えにくい品物である。そうすると、右毛皮、絨毯は、被控訴人が夏子に対して贈与したものという可能性はあるといえ、乙一二によれば、ハルは、被控訴人が毛皮を着用しているところを見たことがあることが認められるが、このことも、被控訴人が当初所有していたものを夏子に対し贈与した蓋然性が高いということが推認されるというだけである。

したがって、右の点に関する乙一二及び一三はいずれも採用することはできない。

三  争点に関する判断

1  民法九二一条三号の立法趣旨

相続人が限定承認をした場合、相続人は相続財産を限度として被相続人の債務の弁済等を行うのであるから(民法九二二条)、相続財産の範囲を明確にし、被相続人の債権者や受遺者に対する清算を誠実に実行しなければならない。相続人が相続放棄をした場合、相続人は、その放棄によって相続人となる者のために相続財産を管理しなければならない(同法九四〇条)。しかるに、相続人が限定承認又は相続放棄をする一方で、相続財産の隠匿等の行為をした場合には、被相続人の債権者等の利害関係人が相続財産を把握できない等の不利益を被ることになってしまう。そこで、民法九二一条三号は、右のような相続人による被相続人の債権者等に対する背信的行為に関する民法上の一種の制裁として、相続人に単純承認の効果を発生させることとしたものである。

したがって、同条三号の規定する相続財産の「隠匿」とは、相続人が被相続人の債権者等にとって相続財産の全部又は一部について、その所在を不明にする行為をいうと解されるところ、相続人間で故人を偲ぶよすがとなる遺品を分配するいわゆる形見分けは含まれないものと解すべきである。また、同号に該当するためには、その行為の結果、被相続人の債権者等の利害関係人に損害を与えるおそれがあることを認識している必要があるが、必ずしも、被相続人の特定の債権者の債権回収を困難にするような意図、目的までも有している必要はないというべきである。

2  本件遺品持ち帰りの評価

(一) 前記認定事実によれば、被控訴人が二度にわたって持ち帰った遺品の中には、新品同様の洋服や三着の毛皮が含まれており、右洋服は相当な量であったのであるから、洋服等は新品同様であっても古着としての交換価値しかないことを考慮してもなお、持ち帰った遺品は、一定の財産的価値を有していたと認めることができる。そして、被控訴人は、夏子の遺品のほとんどすべてを持ち帰っているのであるから、夏子の債権者等に対し相続財産の所在を不明にしているもの、すなわち相続財産の隠匿に当たるというほかなく、その持ち帰りの遺品の範囲と量からすると、客観的にみて、いわゆる形見分けを超えるものといわざるを得ないのである。

なお、1で述べたとおり、民法九二一条三号に該当するか否かの判断に際しては、その行為の結果、相続財産の所在を把握できなくなる等、被相続人の債権者等に損害を与えるおそれがあるか否かという点が重要であるから、被控訴人が遺品を持ち帰ることを太郎の遺族が了解しているからといって、被控訴人の遺品持ち帰り行為が同号に当たらないということにはならないというべきである。

(二) 被控訴人は、夏子に少なくとも二〇〇万円の負債があることを知りながら、二度にわたり、一定の財産的価値を有する夏子の遺品のほとんどすべてを持ち帰っているのであるから、右持ち帰り行為が、客観的にみると夏子の債権者等に損害を与えるおそれがあることについての認識は有していたことが推認される。そうすると、被控訴人による遺品持ち帰りが、自分が夏子の相続財産を引き取らない限り、すべて廃棄されてしまうことになって忍びないという被控訴人の母親としての心情によったものであり、被控訴人が夏子の特定の債権者の債権回収を困難にするような意図、目的を有していなかったとしても、民法九二一条三号の主観的要件は満たしているというべきである。

したがって、被控訴人の遺品持ち帰り行為は、民法九二一条三号の相続財産の隠匿に該当するものと評価するほかないから、被控訴人は単純承認したものとみなさざるを得ない。

3  結論

以上によれば、控訴人の請求は理由があるから請求を認容すべきであり、これと結論を異にする原判決は失当である。よって、原判決を取り消し、主文のとおり判決することとする。

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 片山憲一 裁判官 日暮直子)

別表<省略>

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