東京地方裁判所 平成11年(ワ)10055号 判決 2000年8月31日
原告
横谷徹
被告
有限会社黑田箔押
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一二七九万一五三六円及び内金一二七五万〇四三二円に対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金三四五一万四六八五円及び内金三一一七万六九九三円に対する平成一一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、貨物自動車が乗用自動車に追突し、乗用自動車の運転者が外傷性頸部症候群の負傷をした交通事故について、右の運転者が、貨物自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、この車両を所有する会社に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 発生日時 平成七年七月二二日午後四時四五分ころ
(二) 事故現場 東京都足立区江北二丁目四八番首都高速川口線上り付近の道路上
(三) 加害車両 被告有限会社黑田箔押が所有し、かつ、被告石綿隆光が運転していた普通貨物自動車
(四) 被害車両 原告が運転していた普通乗用自動車
(五) 事故態様 加害車両が被害車両に追突した。
2 原告の負傷及び治療経過等
(一) 原告は、本件事故後、次のとおり通院治療を受けた(甲二、四の1ないし17、六の7ないし11、乙三、四の1の1、2の1、3の1、4の1、5の1、6の1、7の1、8の1、9の1、10の1)。
(1) 鹿浜橋病院
平成七年七月二二日、二四日
(2) 医療法人社団市村外科整形外科(以下「市村整形」という。)
平成七年七月二六日から平成一〇年六月三日(実日数一〇二日)
(3) 毎日治療院
平成八年四月二四日から同年六月八日(実日数五日)
(4) 伊藤カイロプラクティック治療院
平成九年六月二七日から平成一一年二月九日(実日数一七日)
(二) 原告の負傷内容は、外傷性頸部症候群であり、平成一〇年六月三日、依然として症状は残存していたものの、市村整形において、症状固定の診断を受けた。
原告は、残存した症状について、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当する旨の事前認定を受けたが、この認定に対し、異議申立てをした結果、自賠法施行令二条別表の第一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する旨の認定を受けた。
3 責任原因
(一) 被告石綿は、前方不注意の過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、原告の後記損害を賠償する責任がある。
(二) 被告黑田箔押は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、原告の後記損害を賠償する責任がある。
4 既払金
(一) 原告は、平成一一年二月一六日、自賠責保険金として二二四万円を受領した(甲二二の1・2)。
(二) 被告は、契約していた任意保険会社である東京海上火災保険株式会社を通じ、本件事故に基づく損害賠償金として、原告に対し七五万二七七五円を支払った(乙一〇)。
二 争点
1 原告の症状固定時期
(一) 原告の主張
平成一〇年六月三日に症状が固定した。
(二) 被告らの主張
平成七年一〇月ころか、遅くても平成八年一月に症状が固定した。
2 原告の後遺障害の程度、労働能力の喪失率及び期間
(一) 原告の主張
原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級一二号に該当し、原告は、一〇年間にわたり一四パーセントの限度で労働能力を喪失した。
(二) 被告らの主張
原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一四級一〇号に相当し、最長でも三年の限度で五パーセントの労働能力を喪失した。
3 身体的素因の寄与(民法七二二条の類推適用の有無)
(一) 被告らの主張
原告には、本件事故前から第五頸椎及び第六頸椎の椎間板症あるいは変形性頸椎症の既往症が存在しており、本件事故後の症状において、本件事故後三週間は一〇パーセントから二〇パーセント、三週間から三か月までは五〇パーセント、三か月から三年までは九〇パーセントの割合でこの既往症が寄与しているから、民法七二二条の類推適用により、この割合に従って減額すべきである。
(二) 原告の主張
原告に認められる第五頸椎及び第六頸椎の椎間板の狭小や骨棘の形成は、加齢により生じたものであり、既往症という病的なものではないから、これが治療期間や後遺障害の残存に寄与したとして、その割合を減額するのは相当でない。
4 原告の役員報酬中の労務の対価部分
(一) 原告の主張
原告は、本件事故の前年である平成六年には年間一九二一万円の役員報酬を得ており、これはすべて労務の対価である。
(二) 被告らの主張
原告の役員報酬のかなりの部分が利益配当部分であり、労務の対価部分と利益配当部分を区別する根拠もないので、原告の基礎収入は、賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の平均年収とせざるを得ない。
5 原告の損害額(個別の主張は、後記判断中に記載する。)
第三争点に対する判断
一 原告の治療経過等について
前提となる事実及び証拠(甲二、九、二一、乙一の1・2、二、三、四の1の1・2、2の1・2、3の1・2、4の1・2、5の1・2、6の1・2、7の1・2、8の1・2、9の1・2、10の1・2、七、原告本人)によれば、次の事実が認められる。
1 原告(昭和二七年一二月一二日生)は、本件事故当日である平成七年七月二二日と同月二四日に鹿浜橋病院で診察治療を受け、頸椎捻挫の診断を受けた。同月二六日からは、原告が代表取締役を務める株式会社美咲の近くに所在する市村整形に転院した。原告は、頸部の疼痛、頭重感、右上肢のしびれ感を訴え、レントゲン検査の結果、外傷性の変化は認められなかったが、第五及び第六頸椎が狭小化し、骨棘の形成が認められた。スパーリングテスト、イートンテスト、ジャクソンテストはいずれも陽性であり、神経根症状を伴う外傷性頸部症候群の診断を受けた。
2 原告は、介達牽引や理学療法による治療を受け、平成七年中は、毎月三日ないし五日程度の通院を継続した。この間、右肩から右上腕にかけての痛みやしびれは継続して訴えていたが、同年一二月下旬には、疲れた場合に生じるという程度であり、頸部痛はなかった。
3 原告は、平成八年一月中旬過ぎには、最近痛みよりしびれが強くなったと訴えたが、内服薬を服用しておらず、医師からビタミン剤だけでも服用するように指導された。平成八年一月下旬になっても、特に朝方に右の上肢から手にかけてのしびれ感が強くあったが、痛みはあまりなくなった。翌二月になってもしびれ感は強く、同月下旬には、医師からどんどん運動をしてみるように指導を受けた。その後、翌三月下旬には、急に左頸部痛が生じ回旋障害が生じた。同年五月になっても、右上肢に放散痛が生じて眠れないこともあり、座っていて右側に傾いている感じがあった。この平成八年になってからは、一月が四日、二月が六日、三月が八日、四月が八日、五月が七日と、これまでと比較して若干通院頻度が高くなっていた。
4 原告は、平成八年六月は四日通院し、翌七月は二日通院したにとどまった。そして、八月及び九月はいずれも各一日通院したのみであり、治療内容に変化はなかった。翌一〇月は三日通院して治療を受け、一一月は二日通院したのみで、翌一二月は一度も通院をすることなく、平成九年一月一四日に久々に通院をした。その際、右肩から上肢の緊張及びしびれはあったが、頸部の痛みはほとんどなかった。翌二月は通院をせず、その後、三月から健康保険に切り換えてさらに治療を継続した。このころは、右頸部から右上肢にかけてしびれ感はあるものの、痛みはあまり強くなく、何でもない時もあった。その後、カッターナイフで指を切ったことについての治療もあって、同年五月、六月はそれぞれ七日、五日と通院したが、その後は、概ね平均して一か月に一日か二日程度の通院を継続し、平成一〇年二月二三日を最後に通院治療を行わず、同年六月三日に右の頸部から上肢にかけて疼痛及びしびれ感があり、緊張すると増強する旨の自覚症状が残存し、症状が固定した旨の診断を受けた。原告は、平成一二年三月の時点においても、右の頸部から上腕部、右手(但し、小指、薬指、中指)のしびれが残存し、手を挙げることができないことがある。こうしたしびれは緊張すると顕著になり、重いものを持つことができない。また、深いソファに座ると顕著になることもある。
市村整形の市村茂樹医師は、この残存した症状について、第五頸椎と第六頸椎の椎間板の狭小化に伴う神経症状であろうとの意見を有している。また、東京海上メディカルサービス株式会社医療部長である佐藤雅史医師は、本件事故による原告の負傷について、全体としては、三か月程度の加療が必要である神経根症状を伴う損傷であるとの意見を有している。
5 市村茂樹医師は、平成九年四月二一日の時点において、右肩から上肢への緊張感と右手のしびれ感が残存し、治療により症状は軽減してきたが、原告がなかなか来院せず、継続して治療すれば治療効果はまだあると思われるので、症状固定にはまだ早い気がするとの意見を有していた。
二 原告の症状固定時期について(争点1)
一の認定事実によれば、原告の症状のうち、右上肢のしびれ感は当初から一進一退ということができるが、右上肢の放散痛や頸部の疼痛などは次第に軽減し、平成九年になるころにはほとんど解消したといえる。そして、その後は、カッターナイフで切った指の治療を除けば、概ね月に一回か二回程度の通院を継続したのであり、その症状に特に回復傾向が窺われないことを併せて考えると、治療期間が長いことを否定できない。しかし、治療をしていた市村茂樹医師は、同年四月下旬の時点においても、これまでに通院頻度が少なかったので、治療を継続すればまだ治療効果があると考えていたのであり、その考えに従って治療を継続した結果、平成一〇年六月三日に症状固定の診断をしたのであるから、症状固定時までの治療がその時点において効果のないものと断定するのは相当でなく、症状固定時までの治療はすべて本件事故と相当因果関係がある。
平成七年一〇月ころか、遅くとも平成八年一月に症状が固定したとの旨の被告らの主張に沿う証拠(乙二、乙七)があるが、それ以上治療しても治療効果が上がる可能性があるか否かについては、右の市村茂樹医師の判断が不当であるといえるほどの根拠を示してはいないので、直ちには採用できない。
三 原告の後遺障害の程度、労働能力の喪失率及び期間
1 後遺障害の程度
原告に残存した右の上腕部のしびれは、本件事故直後から一貫して継続しているものであり、緊張時などに顕著になり、重い物を持てないなど仕事への影響も否定できない。そして、この症状は、第五頸椎と第六頸椎の椎間板の狭小化に伴う神経症状であると考えられており、神経根症状を調べる検査においても陽性の反応が現われるなど、他覚的にも裏付けられている。この第五頸椎と第六頸椎の椎間板の狭小化は加齢性のものであるが、本件事故直後からしびれが発症し、症状の発生源について医学的裏付けが存在する上、その症状の内容も本件事故直後から一貫して継続し、仕事への影響も小さくはないといえるから、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する旨の自動車保険料率算定会の後遺障害認定は相当というべきである。
被告らは、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級は、第一四級一〇号でさえほとんど常時疼痛があることが条件になっているのに対し、原告の症状固定時以降の状況は、常時疼痛があるともいえない状況であるから、第一二級一二号に該当するとは評価できないと主張し、それに沿う証拠(乙二、七)がある。
しかし、自賠法上、常時疼痛があることを第一四級一〇号に該当する要件とする規定は存在しないし、仮に、それが自動車保険料率算定会の内部基準であるとの趣旨であるとしても、それに拘束される理由はない。したがって、被告らの主張は採用できない。
2 労働能力の喪失率及び期間
一の4で認定した後遺障害の具体的内容、右の後遺障害等級に関する評価を前提にすれば、原告は、少なくとも一〇年間にわたり、一四パーセントの労働能力を喪失したとするのが相当である。
四 身体的素因の寄与
前記のとおり、原告は、平成一〇年六月三日に症状が固定し、その時点で自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する後遺障害が残存したが、これらは、原告が有していた第五頸椎と第六頸椎の椎間板の狭小及び骨棘の形成という素因を背景にして、本件事故以前には発症していなかった神経根症状が、本件事故を契機として発症し、その症状の回復が困難な状態になったものと認められる。右の素因は加齢変性ではあるが、原告の症状の内容は、当初からこの素因を前提とする症状が中心であり、後遺障害に至ってはもっぱらこの素因による神経根症状であるから、この素因がなければ、これほど長期の治療期間や後遺障害の発生はなかった可能性が高いということができる。加えて、原告が内服薬を指示どおり服用しなかったり、通院頻度が少なく治療に専念しなかったことも症状固定時期が遅れた原因として挙げることができるから、これをも併せて考えると、素因が加齢変性ではあっても、損害の公平な分担の見地からは、損害のすべてを加害者に負担させるのは相当でないというべきである。したがって、治療期間の遷延化の程度や後遺障害の程度に照らし、損害額全体から二割を減額するのが相当である。
五 原告の役員報酬中の労務の対価部分
1 認定事実
証拠(甲九、一三ないし一五、一九ないし二一、原告本人)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告(昭和二七年一二月一二日生)は、日本大学文理学部を卒業後、商社で貴石、貴金属の卸売販売の仕事を担当した後、他社を経て独立し、昭和五八年一二月五日に貴石、貴金属の卸売販売等を業とする株式会社美咲を設立した。
(二) 原告は、株式会社美咲の代表取締役であり、同社には、他の役員として、専務取締役の小林豊(平成二年八月二一日におもちゃメーカーから転職して入社)と、非常勤取締役で原告の妻である横谷けい子がおり、本件事故当時の従業員数は一六名であった。
株式会社美咲は、北海道と東北地方を除いたほとんどの地域を対象にして卸売販売を行っており、原告は、同社において、仕入れのほとんどと営業(都内の一部と北陸地区)を担当し、海外を含めて出張の多い生活をしている。小林豊は、同社の総務、人事及び経理等の内部関係の統括を主に担当しており、取引先の役員に対する対応をする限度で営業活動にも関わっている。横谷けい子は、社内販売会の際に出社し、その他には、在宅でリストの作成などを行う程度である。
(三) 原告が担当している都内の一部と北陸地区については、従業員の中にもその営業に関わっている者もあるが、主として原告が営業を行っており、本件事故の前年である平成六年当時のこれらの地域の売上げは、社内全体の売上げの約四分の一程度を占めていた。
(四) 原告は、本件事故当時、株式会社美咲から月額一五三万円(年間にすると一二倍で一八三六万円)の役員報酬を得ていたが、平成七年一一月から月額一一〇万円に減額になり、少なくとも、平成八年末においてもそのままの金額であった。小林豊の役員報酬も、同月には、本件事故当時の八五万円から六〇万円に減額になったが、その後、平成八年六月には本件事故当時の水準近くの額まで戻っている。なお、原告と同様に、都内の一部と地方の二か所を対象に営業を行ってきた従業員である小島幸三の本件事故当時の収入は、月額四三万円程度であった(但し、その他に賞与がある。)。
(五) 株式会社美咲において、平成六年三月から平成七年二月(第一二期)の売上高は、前期と比較して約一五パーセント以上減少しており、同年一一月からの原告及び小林豊の役員報酬の減額は、この売上減少が契機となっている。
2 原告の役員報酬は、他の役員の報酬や従業員の給与と比較しても突出しており、売上減少が役員報酬額の減少に関連していることを併せて考えると、原告の業務内容や営業実績などを考慮しても、すべてを労務の対価と評価するのは相当でなく、利益配当部分が含まれていることは否定できない。そして、原告の業務内容、営業実績、他の役員の報酬や従業員の給与との比較に加え、平成七年資金センサス第一巻第一表企業規模計・産業計・大卒男子四〇歳から四四歳の平均賃金が年間七九一万六一〇〇円であること(当裁判所に顕著な事実)を併せて考えると、原告の役員報酬中に占める労務の対価部分は、少なくとも年収である一八三六万円の六〇パーセントである年間一一〇一万六〇〇〇円は下らないと評価するのが相当である。
六 原告の損害額
1 治療費等(主張額一九万六一一六円) 七五万七一〇五円
素因減額をする関係上、損害全額を明らかにする必要があるから、既払治療費をもここに掲げる。
(一) 鹿浜橋病院の治療費 五万二八七〇円(文書料を含む。甲六の4、乙四の1の2[但し、甲六の4の金額を含む])
原告は、鹿浜橋病院へ支払った保証金二万円について、治療費とは別個の損害として主張し、原告がこの金額を支払ったことを裏付ける証拠(甲六の2)はあるが、保証金は、返還がなされるものであり、そうでないことを認めるに足りる証拠はないから、右の保証金は損害とはいえない。
(二) 市村整形の治療費 七〇万四二三五円(薬代及び文書料を含む。甲五の1ないし3、六の5、七[但し、症状固定後の薬代四九〇円は除く。]、乙四の2の2、3の2[但し、甲六の5の金額を含む]、4の2、5の2、6の2、7の2、8の2、9の2、10の2。なお、甲七の治療費には、症状固定後の分が一部含まれているが、症状固定時と極めて接近している時期のものである上、証拠上症状固定前の分との区別ができないので、便宜上これを含めて認めた。)
なお、原告は、さらに症状固定後の市村整形受診時の処方せんによる薬代を請求し、これに沿う証拠(甲五の4ないし10)があるが、症状固定後の治療の必要性を認めるに足りる証拠はないから、これは認められない。
(三) 毎日治療院の治療費 〇円
原告が毎日治療院に通院し始めたのは、本件事故から九か月経過した後であり、わずか五日しか通院していないことをも併せて考えると、この通院の必要性には疑問があり、その他これを認めるに足りる証拠はない。
(四) 伊藤カイロプラクティック治療院の治療費 〇円
原告が伊藤カイロプラクティック治療院に通院し始めたのは本件事故から約二年も経過してからであり、この時期になってこの治療院に通院する必要性を認めるに足りる証拠はない。
(五) その他、原告が支払った費用として、首都高速道路の交通料七〇〇円と、そのほかに四三二六円があるが(甲六の3、6)、これらの出費と本件事故との相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。
2 休業損害(主張額二六八万四一三七円) 七八万四七〇一円
原告は、通院一〇二日を通じて、一回の通院に半日を要したから、この通院日について、五〇パーセントの限度で労務の提供ができなかったとして、基礎収入として平成六年の年収一九二一万円に、一〇二日の五〇パーセントを乗じた額を休業損害と主張する。
たしかに、通院を一回すれば、待ち時間を含めて半日程度労務に制約を受けることは否定できない。しかし、既に認定したとおり(五の1)、原告は、平成七年一〇月までは、本件事故当時と同額の役員報酬を支給されていたのであるから、この間については休業損害が生じていない。その後、同年一一月から少なくとも平成八年一二月までは、毎月四三万円(合計六〇二万円)の減収になっている(その後、症状固定時までの期間については、本件事故当時と比較して役員報酬が減額になっていたと認めるに足りる証拠はない。)。この減収は、本件事故前からすでに生じていた売上げの減少に基因しており、必ずしも本件事故による会社への労務の提供分の減少が主たる要因とはいえないが、減収の理由は一義的に特定されるとは限らないから、物理的な時間として労務の提供分が減少していたことも役員報酬減額の要因のひとつとして影響していたと推認するのが相当である。
そうすると、右の平成七年一一月から平成八年一二月の間の通院実日数は五二日であるから(乙四の4の2、5の1、6の1、7の1、8の1、9の1、10の2)、役員報酬中の労務の対価相当分である年間一一〇一万六〇〇〇円を前提に、五二日間について五〇パーセントの労務の提供の制約分を乗じると、七八万四七〇一円(一円未満切り捨て)となる。
したがって、減額になった役員報酬のうち、七八万四七〇一円は本件事故と相当因果関係のある減額分として休業損害を認めるのが相当である。
(計算式)
11,016,000×52×0.5/365=784,701
3 逸失利益(主張額二〇七六万六七四〇円) 一〇二八万七二〇三円
すでに検討したとおり、原告の役員報酬中の労務の対価相当分は年間一一〇一万六〇〇〇円であり、症状固定時から一〇年間にわたり一四パーセントの労働能力を喪失したから、ライプニッツ方式(一三年の係数九・三九三五から三年の係数二・七二三二を差し引いた係数六・六七〇三)により年五分の割合による中間利息を控除すると、原告の逸失利益の本件事故当時の現価は、一〇二八万七二〇三円(一円未満切り捨て)となる。
(計算式)
11,016,000×0.14×6.6703=10,287,203
4 慰謝料(主張額四七〇万〇〇〇〇円) 三八〇万〇〇〇〇円
本件事故の態様、負傷内容、通院期間及び頻度、後遺障害の内容及び程度など、一切の事情を総合すれば、慰謝料としては三八〇万円とするのが相当である。
5 素因減額及び被告らからの損害のてん補(自賠責保険金は除く)
1ないし4の損害合計一五六二万九〇〇九円から、原告の素因が寄与した二〇パーセントに相当する金額を差し引くと、一二五〇万三二〇七円(一円未満切り捨て)となる。
原告は、被告らから七五万二七七五円(自賠責保険金は除く)の支払を受けたので、これを差し引いた残額は一一七五万〇四三二円となる。
6 弁護士費用(主張額二八三万〇〇〇〇円) 一〇〇万〇〇〇〇円
認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は一〇〇万円を相当と認める。
7 自賠責保険支払時までの確定遅延損害金(主張額五五七万七六九二円) 二二八万一一〇四円
5の損害残額に6の損害を加えると、損害合計額は一二七五万〇四三二円になるところ、本件事故発生日である平成七年七月二二日から、原告に対し自賠責保険金が支払われた平成一一年二月一六日まで(合計一三〇六日)の間の、右損害合計額に対する年五分の割合による遅延損害金は、二二八万一一〇四円(一円未満切り捨て)となる。
8 自賠責保険による損害のてん補
自賠責保険から支払われた保険金額は二二四万円であるから、これをまず7の遅延損害金に充当すると、確定遅延損害金の残額は四万一一〇四円となる。次に、この残金を前記の損害合計額一二七五万〇四三二円に加えると、一二七九万一五三六円となる。
これに対し、被告らは、自賠責保険金は後遺障害に対して支払われたものであるから遅延損害金には充当されないと主張する。
しかし、後遺障害として保険金を算定することと、それが遅延損害金を含めた損害のどこに充当されるかは別の問題であるから、保険金の支払時に充当先が指定されていない以上、法定充当により遅延損害金から充当されると解すべきである。したがって、被告らの主張は理由がない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償金及び確定遅延損害金として合計一二七九万一五三六円と、このうち不法行為に基づく損害賠償金一二七五万〇四三二円に対する平成一一年二月一七日(自賠責保険の支払がなされた日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
なお、仮執行免脱の宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。
(裁判官 山崎秀尚)