東京地方裁判所 平成11年(ワ)10398号 判決 2002年1月29日
原告
中村満明
被告
池田真
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金五五五万五四四二円及びこれに対する平成一〇年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金一六八二万五四三〇円及びこれに対する平成一〇年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認定し得る事実
(1) 事故の発生(甲一、乙七の五から九、一二、一六)
ア 日時 平成一〇年八月四日午後一〇時五分ころ
イ 場所 大崎高校方面から豊町交番方面にむかう道路(以下「本件道路」という。)と、豊町一丁目方面から第二京浜(戸越公園駅)方面に向かう道路(以下「本件交差道路」という。)とが交差する、東京都品川区豊町三丁目二番一号先の交差点(以下「本件交差点」という。)内
ウ 原告車 原告(昭和一七年四月二三日生。当時五六歳)が運転する普通乗用自動車
エ 被告車 被告池田真(以下「被告真」という。)が運転する、被告池田宏(以下「被告宏」という。)の保有する普通乗用自動車(ステーションワゴン)
オ 事故態様 一時停止規制のある本件交差道路を豊町一丁目方面から第二京浜方面に向かって進行して本件交差点に直進進入してきた被告車と、本件道路を大崎高校方面から豊町交番方面に向かって進行して、被告車の進行方向右側から本件交差点に直進進入してきた原告車が、本件交差点内で出会い頭に衝突した(以下「本件事故」という。)。
(2) 原告の受傷及び治療経過(甲二、四)
ア 原告は、和田外科医院整形外科(以下「和田外科」という。)において、右第七から第一一肋骨骨折、右血胸、腹腔内出血(疑)、頸部痛、頸部神経根障害の診断を受けた。
イ 原告は、和田外科(平成一〇年八月四日から同年一〇月六日までの六四日間の入院、同月七日から平成一一年八月二七日までの間の実日数一四八日間の通院)及び旗の台脳神経外科(以下「旗の台外科」という。平成一〇年八月二六日に通院。乙一)において治療を受け、和田外科の和田信裕医師(以下「和田医師」という。)により、平成一一年八月二五日(原告の年齢五七歳)に症状が固定したとの診断を受けた。
(3) 原告の後遺障害
原告の身体には、胸腹部痛、右上肢の知覚障害等の後遺障害が残存し、自賠責保険における後遺障害認定手続において、右第七から第一一肋骨骨折に伴う右肋骨の変形につき後遺障害等級一二級五号(胸部痛等の神経症状を含む)に、右上肢の知覚障害につき後遺障害一二級一二号に認定され、併合一一級相当と判断された(甲六、七)。
(4) 被告らの責任
被告真には、被告車を運転するに当たって、本件交差点の右方(原告車が進行してくる方向)の安全確認義務を怠った過失があり、被告宏は被告車の保有者であるから、被告らは、原告に対し、連帯して、損害賠償責任を負う。
(5) 治療費と損害の填補
ア 原告の治療関係費は、療養補償給付一七一万二五〇六円(乙二五の一)のほか、被告らの負担した、旗の台外科治療費六万六八五〇円(乙一)、和田外科文書費一万九〇〇〇円、同雑費その他三万円、同装具(バスター)費四〇〇〇円、小計一一万九八五〇円(乙一、二)を加えた、合計一八三万二三五六円である(内訳は、治療費・文書費・装具費が一八〇万二三五六円、雑費その他が三万円である。)。
イ 原告は、労災保険給付として、前記療養補償給付のほか、休業補償給付二二五万四八〇〇円、障害補償給付六三万四三六八円(甲八の一、二)を、自賠責保険金として三三一万円をそれぞれ受領している。
ウ 被告らは、前記治療関係費負担分を含め、損害の一部填補として、合計一三二万一八五九円を原告に対して支払っている(乙一から六)。
二 争点
(1) 本件事故の態様及び被告真と原告との過失割合
ア 被告らの主張
被告真が、本件交差点手前で一時停止した上、時速約一五キロで本件交差点に進入したところ、原告は、時速三〇キロの速度制限を大幅に上回る時速六〇キロ前後で、かつ、夜間であるのに前照灯を点灯させずに走行して本件交差点に進入してきたのであるから、原告の損害には少なくとも五〇パーセントの過失相殺をすべきである。
イ 原告の主張
原告は、原告車の前照灯を点灯させた上、時速約一〇キロの低速で、かつ、本件交差点手前で左右の本件交差道路の安全に配慮して本件交差点に進入した。これに対し、被告車は、本件交差点手前で一時停止せず、かつ、前方左右の安全を確認しないまま高速で本件交差点内に進入したのであるから、本件事故は専ら被告真の過失により発生したものである。
(2) 原告の損害額の算定
ア 原告の主張(前記治療関係費を除く)
(ア) 入院雑費(請求額 八万三二〇〇円)
日額一三〇〇円の入院日数(六四日)分である。
(イ) 通院交通費(請求額 五万〇三二〇円)
片道一七〇円、往復三四〇円の通院回数(一四八回)分である。
(ウ) 休業損害(請求額 五七八万六二四四円)
原告は本件事故当時株式会社長沢電気製作所(以下「訴外会社」という。)の社長の送迎を職務とする社長付き運転手の仕事に従事しており、本件事故により勤務することができなくなり、平成一〇年九月一五日に退職を余儀なくされた。
基礎収入を日額一万四九一三円とし、休業期間を症状固定日の平成一一年八月二五日までの三八八日として休業損害を算定した。
(エ) 逸失利益(請求額 一〇四〇万六八四三円)
基礎収入を平成九年の五五歳から五九歳までの男子労働者(学歴計)の平均賃金である六七三万八七〇〇円、労働能力喪失率を二〇%、労働能力喪失期間を症状固定時の年齢五七歳から六七歳までの一〇年間(ライプニッツ係数七・七二一七)として算定した。
(オ) 傷害慰謝料(請求額 二五〇万円)
(カ) 後遺障害慰謝料(請求額 三九〇万円)
(キ) 弁護士費用(請求額 一五〇万円)
(ク) 素因減額の主張に対する反論
被告らの主張を否認する。被告らの指摘する頸椎の状態は、同年代の中年男性としての加齢性変化の範囲内にとどまるし、原告は本件事故前には頸部痛、右上肢知覚障害、変形性頸椎症に罹患していた事実はない。
イ 被告らの主張
(ア) 入院雑費を否認する。
原告は、平成一〇年八月末ころには入院加療の必要性がなくなっており、これ以降の入院雑費は不当である。
(イ) 通院交通費を否認する。
原告の主張に係る傷病のうち、頸部神経根障害については、通常認められる筋力低下、深部腱反射の異常、放散痛やしびれがカルテ上記載がなく、画像所見でも頸椎MRIで頸部神経根が圧迫されている所見がないから、この症状の存在は疑わしい上、本件事故の約一か月後に初めてこのための検査がなされており、本件事故との因果関係も疑われる。
また、長期にわたる前記の通院治療が必要で相当かも疑問がある。
(ウ) 休業損害を否認する。
a 基礎収入
原告の本件事故時の実収入は月額三八万円(年額四五六万円)であるから、これを基礎とすべきである。
b 休業の期間
原告は平成一〇年九月一五日に訴外会社を解雇されており、解雇原因が本件事故とは無関係であるから、原告の休業損害は同日までの分にとどまる。
また、訴外会社の解雇原因が本件事故に起因する場合、上記解雇は労基法一九条に違反して無効である。そして、原告の肋骨骨折、右血胸の治療は遅くとも平成一〇年一〇月末ころには終了しており、頸部痛も重くなかったことに照らすと、上記解雇がなければ、原告は、平成一〇年一一月以降には職場復帰が可能であったと考えられるから、休業損害は平成一〇年一〇月末ころまでの分にとどまる。
さらには、上記解雇が本件事故に起因するものであり、かつ、労基法に違反しないとしても、再就職が可能であったと考えられる以上、症状固定日までの減収額全額を休業損害と認めることはできな。
(エ) 逸失利益を否認する。
a 基礎収入
前記(ウ)aと同じ
b 労働能力喪失率及び労働能力喪失期間
原告の症状は頸部神経根障害によるものと医学的に証明することはできないし(後遺障害等級一四級一〇号相当である。)、また、前記の胸部痛、右上肢の知覚障害は自動車の運転業務に支障を来さないものであることを考慮すると、労働能力喪失率は五%、労働能力喪失期間は三年から五年程度である。
(オ) 傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料を否認する。
原告は、原告車の搭乗者傷害保険金(合計一一六万円)を受領しており、慰謝料の算定に当たって斟酌すべきである。
(カ) 素因減額の主張
原告の頸椎には、椎間板膨隆、骨棘形成、頸椎の前方すべり等の異常があり、これは、個々人の個体差の範囲を超える病的状態であるから、原告の損害に対しては相当程度の素因減額をすべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件事故の態様及び被告真と原告との過失割合)について
(1) 本件事故現場周辺の状況及び本件事故の態様
甲一、九、乙七の五から九、一二、一三、一六、一七、乙九の一、二、乙一一、一六、二六、証人髙崎和也(以下「髙崎」という。)、原告及び被告真各本人、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故現場周辺の状況
本件事故現場付近の道路の形状等は別紙図面のとおりである。本件交差点から大崎高校方面に約四〇メートル離れた地点には、東急大井町線の踏切(以下「本件踏切」という。)が設置されており、また、本件交差点から豊町交番方面に約八〇メートル離れた地点には、信号機(本件道路を走行する車両に対面する信号機を、以下、単に「本件信号」という。)によって交通規制のなされている、本件道路と通称四間通りとの交差点がある(乙二六、一一の写真<5>、<6>)。
本件道路及び本件交差道路には時速三〇キロの速度規制がなされている。
本件交差点は住宅街に位置しており、建物が道路と敷地との境界近くにまで迫って建てられているため、左右の見通しは悪い。そして、本件道路と本件交差道路の交差角度が直角ではないことも加わり、本件交差道路を豊町一丁目方面から第二京浜(戸越公園駅)方面に向かって本件交差点に直進進入しようとする車両の運転者(被告真)にとっては、一時停止線手前で停止するだけでは本件道路の右方(大崎高校方面。原告車の進行してきた方向)の交通事情を視認することが困難な構造となっている。
イ 原告車の動き
原告は、本件事故当時、本件道路を大崎高校方面から豊町交番方面に向かって本件交差点を直進進行する予定であった。
原告は、本件踏切で遮断機が開くのを待って発進して進行したところ、本件踏切を渡っている途中で本件信号が赤色表示であるのに気づき、このまま走行すれば信号待ちになると判断し、低速走行してゆっくり進行することにした。なお、その走行速度は、時速三〇キロを相当程度下回る速度ではあったが、時速約一〇キロという微速状態であったとは認められない。
原告は、その速度を維持したまま本件交差点に近づき、左右の様子を一応視認したが、特に異常を感じなかったので本件交差点に直進して進入したところ、別紙図面イ地点に達したときに本件事故に遭遇した。
原告車は、被告車との衝突後、ウ地点で本件交差点の南西角の電柱に二次衝突し、右側面部を凹損した。
なお、本件事故当時、原告車の前照灯は点灯していたと認められる。
ウ 被告車の動き
被告真は、本件事故当時、当日午後九時三〇分ころにコンビニエンスストアで合流した友人三名とドライブして食事に行こうとしていたが、特に目的地を定めてはいなかった。
第二京浜を走行していたときの被告車の速度は時速約五〇から六〇キロであったが、被告真は、第二京浜から脇道に入った後に、自車の走行位置と方向が分からなくなってしまったために、被告車の速度は時速約三〇キロとなり、更に細い道を進む時には時速約二〇キロ程度となっていた。被告真は、本件交差道路を、時速約二〇キロの速度で走行して本件交差点に近づいていった。
被告真は、本件交差点に差しかかり、ここはどこなのか、と目をあちこちにやりながら進み、本件交差点手前の一時停止線前の別紙図面<2>地点の位置で停止した。そして、髙崎に道を尋ねると、同人から右方が大崎高校、前方が戸越公園駅であると知らされた。この間の停止時間は概ね一〇秒から二〇秒程度であった。そして、被告真は、とりあえず真っ直ぐ行こうと左右を目視し、かつ、本件交差点の右前方のカーブミラー(本件道路の左方(=豊町交番方面)を映す。)のみを見た上で発進し、そのまま本件交差点に直進進入したところ、<3>地点で本件交差点に進入してきた原告車に気づき、とっさにブレーキを踏んだ上、左ハンドルを急激に約九〇度切って衝突を回避しようとしたが、<4>地点で衝突するに至った。
そして、被告車は、本件事故後、<5>地点に停止した。
エ 前示認定の理由
(ア) 原告車の速度
原告は、本件事故時の速度は時速約一〇キロ程度である旨主張し、その走行態様につき、原告は、本件踏切を渡るために当初アクセルを踏んで時速約七キロないし八キロにし、そのまま惰力で行こうとしたのであって、アクセルを踏んでいないし、加速もしていない旨供述する(二五頁)。しかし、本件踏切を渡って、更に本件交差点までの距離(約四〇メートル)を直進するために全くアクセルを踏まなかったとは到底考え難く、むしろ、踏切の凹凸のある道を横切り、かつ、前示距離を走行していくためには、たとえ低速であっても一定程度のアクセル操作(加速操作)が必要となると考えられるのであって、原告車の速度に係る原告の供述は直ちには採用することはできない。
もっとも、本件信号が赤色表示であったことからすると、原告がその交差点手前で信号待ちするよりはむしろ低速走行しながら赤色表示が青色表示に変わるのを待つような運転方法を選択したこと自体、特に不自然ではなく、原告車の速度は、前示のとおり、時速約一〇キロの微速状態に至っていたとは認め難いものの、時速三〇キロを相当程度下回る速度であったと認めるのが合理的である。
この点につき、被告らは、原告車の本件事故当時の速度が時速六〇キロ前後であった旨主張し、その根拠として、原告車の右側面部の凹損が原告車の走行力に起因する点、被告車が本件事故後約九〇度回転して別紙図面<5>地点に停止したのは原告車の走行力に起因する点を指摘する。
前者については、確かに、被告車との衝突後に電柱との二次衝突地点に向かう原告車の走行力は原告車自身の速度によるところもあろうが、しかし、被告真が原告車との衝突直前に左ハンドルを切っており、被告車の衝撃が本件交差道路に沿って真っ直ぐ与えられていないこと(時計回りと反対方向の回転力を持った、原告車を電柱方向に押し出す力を与えるような衝突であったと考えられる。)、乗員が四名であった被告車の衝突による衝撃力は相当に強度であったと考えられること、を踏まえると、被告車の衝突が原告車に与えた影響は少なくなく、原告車が本件事故直前に時速六〇キロ前後で走行していた根拠とはならない。また、後者についても、被告車の左ハンドル操作及び再発進後の走行力からすると、被告車が本件事故後約九〇度回転したことが、直ちに、原告車の低速度に係る前示認定を揺るがせるものとはならないから、結局、原告車の速度に係る被告らの主張は採用することはできない。
乙一五は、原告車と被告車がそれぞれ本件道路と本件交差道路の形状に沿って真っ直ぐに進行して衝突したことを前提としているが、前示のとおり、被告真は、本件事故直前に急ブレーキをかけた上、左ハンドルを大きく切っているため、本件事故直前の被告車の走行力は前方から左前方、更には左方に向けられることになる上、衝突時には被告車の速度が前記の制動措置によって相当程度減速していたと考えられること、に照らすと、その内容は、前提事実を異にしているため、本件事故の分析としては適当ではない。
(イ) 原告車の前照灯
被告らは、原告車の前照灯の点灯に疑義を呈しているが、被告真及び髙崎いずれもが直接原告車の無灯火を視認しておらず、他に、原告の前照灯の点灯に係る供述を揺るがすような事情は認められない。
(ウ) 被告車の一時停止線手前での一時停止行為
被告真が本件事故当時道に迷っており、一時停止線手前で停止して同乗者に聞くことは一般の運転者としてごく自然な行動であり、被告真の本件事故発生までの供述には特に不合理な点は見当たらない。また、髙崎は本件事故の初期の捜査段階からこれに沿った供述を一貫して繰り返していることにも照らすと、被告車の一時停止線手前での一時停止の事実を認めることができる。
(エ) 本件事故直前の被告車の速度
被告らは、被告車の本件事故直前の速度が時速約一五キロであった旨主張するが(これを裏付けようとする乙一五の内容が採用できないことは前示のとおりである。)、被告真の過失責任の程度を判断する上で重要な事実は、一時停止後に再発進し、そのまま本件道路の右方の安全を全く確認せずに本件交差点に進入したことであって、本件交差点進入時の速度が低速であったかどうか、は重要な要因ではない。したがって、被告車の本件交差点への進入速度(=衝突時の速度)が時速約一五キロであったとしても、それ自体、被告真の過失責任の程度を判断する上で特段重要ではなく、被告車の上記速度については認定しない。
(2) 被告真と原告の過失の内容と原告の損害に対する過失相殺割合
被告真は、本件道路の右方(原告車の進行してきた方向)の交通事情を容易には把握し難い本件交差点を直進進入するに当たって、一時停止線手前で停止するだけでなく、本件道路の右方の安全確認をするために、左前方のカーブミラーを確認し、さらには、本件道路との交差部分に進入する直前に再度停止し又は最徐行しながら再度右方を目視して安全を確認しなければならなかった。しかるに、被告真は、本件交差点手前で一時停止したのみで、右方に対する安全確認を全く怠ったものであり、本件事故発生に対して重大な過失があるというべきである。
他方、原告も、本件交差道路の幅員が本件道路のそれよりも広い形状であり、また、原告が本件道路をしばしば利用し、本件事故当時も無灯火の自転車の飛び出し等に気を付けていたというのであるから、本件交差点に進入するに当たって、左右、特に視認しにくい本件交差道路の左方(被告車の進行してきた方向)に対する安全確認を尽くすべきであったにもかかわらず、これを怠った点で過失があるというべきである。
そして、以上の双方の過失内容を検討すると、本件事故発生に対する過失割合については、原告二五、被告七五とするのが相当である。
なお、原告は本件事故直前の原告車の速度が時速一〇キロであった点を強調するが、原告主張に係る上記速度を認めるに足りる証拠がない上、原告車が低速であったのは本件交差点における左右の安全確認をするためではなく、前示のとおり信号待ちするための変則的な運転方法の結果に過ぎないのであるから、前示の過失相殺率の相当性を左右するものではない。
二 争点(2)(原告の損害額の算定)について
(1) 本件事故による原告の負傷内容と入通院の必要性
ア 原告が頸部痛及び頸部神経根障害の傷害を負ったことの合理性
前示のとおり、原告は、和田外科において頸部痛及び頸部神経根障害の診断を受けているが(甲二、四)、原告車は左方から進入してきた被告車と衝突し、更に右方の電柱とも衝突したのであり、突然、左右から連続的な大きな衝撃(乙九の二)を受けた原告が、首を急激に左右上下に振られることによって、頸部痛や頸部神経根障害と診断される傷害を負うに至ったとしても全く不自然ではない。
被告らは、カルテ上種々の検査が十分なされた形跡や痛みの存在をうかがわせる記載が見られず、画像所見もない点(頸部神経根障害の不存在)、本件事故後相当程度時間が経過してからその治療がなされている点(相当因果関係)を指摘して、本件事故に起因する頸部神経根障害について争うが、前者については、和田医師は、現に原告を診察する臨床医として、原告の愁訴内容(頸部の後屈時に痛み、右手第一、第二指知覚障害(乙一〇の一頁)、頸部、右肩から右上肢の知覚障害、握力低下(甲四))とジャクソン、スパーリングテストの施行、原告の治療経過と容態一般を通して診断したものと考えられるし、後者については、和田医師が、まず重傷部位である胸部、腹部の治療を優先し、骨折した肋骨部分の接合状況を見た後に頸部神経根障害の治療に移行したのであるから(原告本人二九頁)、被告らの前記主張には理由がない。
イ 入通院治療の必要性と相当性
被告らは、原告が入院期間中しばしば外泊を繰り返すなどしていること等から平成一〇年一〇月六日までの入院治療の必要性はなかった旨、長期間の通院治療の必要性はなかった旨主張するが、入院患者をどの段階から通院治療に切り替えるか、通院患者に対する治療をどのように行い、どの段階で治癒と判断するのか、については、担当医の専門的な観点からの合理的な裁量に委ねられる事項であって、和田医師が同日以前に原告の治療を入院治療から通院治療に切り替えなかったこと、平成一一年八月二五日よりも前に症状固定の診断をしなかったことが、医学的に見て明白に不合理であることを裏付ける具体的な証拠がない以上、被告らの主張を採用することはできない。
(2) 原告の後遺障害の評価と素因減額の当否
ア 原告は、前示のとおり、右肋骨の変形につき後遺障害等級一二級五号(胸部痛等もこれに含む)、右上肢の知覚障害につき後遺障害等級一二級一二号の認定を受けている(甲六、七)。
イ このうち、右上肢の知覚障害については、原告の加齢性の頸椎の変形性変化、すなわち、第四/第五、第五/第六、第六/第七頸椎にかけて椎間板の膨隆と椎体の骨棘による脊柱管の狭小化(特に第六/第七頸椎の脊柱管の狭小化が著しい。)、椎間孔の狭窄が本件事故前から存在し、これに、本件事故の衝撃が加わることによって、脊髄又は神経根を圧迫する状況が作り出され、その結果発症したと考えられる(乙二七の一、二、乙三一)から、前記知覚障害は医学的な証明のある神経症状として、後遺障害等級一二級一二号の認定を受けたものであり、合理的なものと考えられる。
ウ 右上肢の知覚障害の後遺障害は、本件事故前から原告の身体にある頸椎の加齢性の変形性変化(変形性頸椎症)が基礎となっているが、ことに、第六/第七頸椎の脊柱管の狭小化が、原告の運転業務に強い影響を与える右手第一指、第二指のしびれをもたらす原因となったこと、その狭小化の程度は著しく、第六頸椎の椎弓前方、後縦走靭帯の肥厚が特徴的であること(乙二七の一、二)、を踏まえると、原告と同年代の一般的な男性の中での通常の個体差の範ちゅうを超える状態と評価することができ(乙三一)、これを損害を拡大させた素因として相当額を減額するのが公平であると解される。もっとも、かかる程度には至らないにせよ頸椎の椎間板又は椎体の変性を有する者は少なくなく、男女五〇歳以上では正常者が三%に過ぎない実情(乙二〇の二一一頁)を考慮すると、素因減額の程度は一〇%にとどめるのが相当である。
(3) 損害額の算定
ア 入院雑費 八万三二〇〇円
日額一三〇〇円の入院日数六四日分である。
イ 通院交通費 五万〇三二〇円
片道一七〇円、往復三四〇円の通院日数一四八日分である。
ウ 休業損害 四八三万五八〇八円
(ア) 基礎収入
休業補償給付の給付基礎日額一万二五二八円(年額四五七万二七二〇円)を基礎とする(甲八の一)。
(イ) 休業の実情と期間
原告の身体には、治療期間中も、胸部及び腹部の痛み、右上肢、特に右手第一、第二指のしびれ感が継続して存在していることが認められるが(原告本人)、このような治療期間中の身体の不具合を有したまま人や物品を乗せて運搬する運転業務に従事した場合、原告自身の治療に悪影響をもたらすのみならず、同乗者等(本件では訴外会社社長)にとっても危険であるから、症状固定日までの間、原告には休業する必要性があったと認めるのが相当である。
このことは、休業補償給付が原告の要休業状態を認定した上で支払われていること、治療期間中に運転業務に従事することができたとの事実を認めるに足りる証拠がないこと、に照らしても合理的である。
したがって、休業期間は、平成一〇年八月五日から平成一一年八月二五日までの三八六日間である。
なお、就業が困難な状態であると認められる以上、訴外会社による解雇原因いかんにかかわらず、上記休業損害は肯認される。
(ウ) 計算式
一万二五二八円×三八六=四八三万五八〇八円
エ 逸失利益 七〇六万二一〇八円
(ア) 基礎収入
基礎収入は前項と同じである(年収額四五七万二七二〇円)。
(イ) 労働能力喪失率と労働能力喪失期間
原告の前示の後遺障害の内容と程度(後遺障害等級認定結果を含む。)、運転業務に対する肉体的負担の大きさ等を考慮すると、労働能力喪失率は二〇%、労働能力喪失期間は原告主張のとおり一〇年(ライプニッツ係数七・七二二)とするのが相当である。
(ウ) 計算式
四五七万二七二〇円×〇・二×七・七二二=七〇六万二一〇八円
オ 傷害慰謝料 二三〇万円
原告の負傷部位、内容と程度、治療経過、本件事故を契機に失職したこと等を総合的に考慮した。
なお、搭乗者傷害保険金は原告車を被保険自動車とする保険契約に基づいて支払われたものであり、被告らがその保険契約につき何らの経済的負担を負っていない以上、これを慰謝料の減額要因として考慮することはできない。
カ 後遺障害慰謝料 三九〇万円
原告の後遺障害の内容、程度等を総合的に考慮した(搭乗者傷害保険金に係る被告らの主張については前項のとおりである。)。
キ 小計(前示治療関係費一八三万二三五六円を含む。) 二〇〇六万三七九二円
ク 過失相殺(二五%)後の金額 一五〇四万七八四四円
ケ 素因減額(一〇%)後の金額 一三五四万三〇五九円
コ 損害の填補 八七三万七六一七円
(ア) 自賠責保険金(三三一万円)
(イ) 休業補償給付(二二五万四八〇〇円)
(ウ) 障害補償給付(六三万四三六八円)
(エ) 療養補償給付(一二一万六五九〇円)
療養補償給付額は一七一万二五〇六円だが、それが填補されるべき損害費目は、労働者災害補償保険法一三条の趣旨に照らすと、治療費(文書費、治療に要した装具費を含む。)に限定されるから、結局、前示一八〇万二三五六円の過失相殺・素因減額後の金額である上記金額の限度で控除することになる。
(オ) 被告らの負担分(一三二万一八五九円)
サ 小計 四八〇万五四四二円
シ 弁護士費用 七五万円
本件事案の困難性、原告訴訟代理人の訴訟活動の内容等を考慮した。
ス 合計 五五五万五四四二円
三 結論
よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して、金五五五万五四四二円及びこれに対する平成一〇年八月五日(本件事故日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 渡邉和義)
交通事故現場見取図
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