東京地方裁判所 平成11年(ワ)10899号 判決
原告 土肥一雄
同 佐野喜久子
右両名訴訟代理人弁護士 森炎
被告 土肥佳子
右訴訟代理人弁護士 天野博之
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
別紙物件目録記載一及び二の土地を競売に付し、その売得金から競売手続費用を控除した金額を原告土肥一雄に二〇分の七、同佐野喜久子に二〇分の七及び被告に一〇分の三の各割合で分割する。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告ら及び被告は、別紙物件目録記載一及び二の土地(面積合計一八三・九六平方メートル。以下併せて「本件土地」という)を、原告土肥一雄及び同佐野喜久子(以下それぞれ「原告一雄」及び「原告喜久子」という)が持分二〇分の七ずつ、被告が持分一〇分の三の各割合でそれぞれ共有している。
2 本件土地は建築基準法上の第一種低層住居専用地域に当たり、都市計画上、建ぺい率一〇分の五、容積率一〇分の一〇と指定されているところ、本件土地上には被告が所有する別紙物件目録記載三の建物(建築面積七六・九五平方メートル、延べ面積一六五・二四平方メートル。以下「本件建物」という)が存在するので、建築基準法上適法な形で建物敷地部分とその余の土地部分を区分けすることは事実上不可能であるから、現物分割は不可能なものと解すべきである。
3 よって、原告らは被告に対し、本件土地を競売に付し、その売却代金から競売手続費用を控除した金額を原告一雄に二〇分の七、同喜久子に二〇分の七及び被告に一〇分の三の各割合で分割することを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、本件土地上に被告が所有する本件建物が存在することは認めるが、現物分割が不可能であることは争う。本件土地は使用借権を負担した土地であるから、現物分割後の本件土地の形状、大きさが新築建物に適するか否かは問題とはならない。
三 抗弁(権利濫用)
本件土地につき競売が実施されれば、被告は本件土地の使用権を競落人に対抗し得ないため居住の場を失うことになる。
本件土地及び本件建物の所有関係並びに使用状況が現在の状態に至るまでには、被告が原告らの弟である土肥義忠(以下「義忠」という)と婚姻した当初から本件建物で原告ら及び義忠の両親である土肥三郎(以下「三郎」という)と土肥ひで(以下「ひで」という)の面倒を見てきたなどの経緯があること、ひでが被告の三郎やひでに対するそれまでの孝養に報い被告の老後の住居を確保する目的で本件土地のひでの持分につき被告との間で使用貸借契約を締結し(以下「本件使用貸借契約」という)、原告らはひでの死亡後その相続人として使用貸主としての義務を承継していること、原告らには本件土地を分割する必要性、緊急性がないこと、被告は原告らに対し本件建物に死亡するまで居住することを認めてもらえれば本件土地の被告持分及び本件建物の所有権を原告らに無償で贈与するとの提案をしていること、被告には現在収入はなく、義忠との間に子をもうけることもできなかったため、老後に頼るべき子や親戚もおらず、居住の場である本件建物を失えば耐え難い苦痛を受けることなどの事情を考慮すれば、原告らが本件土地につき共有物分割請求権を行使することは権利の濫用に当たり、許されないというべきである。
四 抗弁に対する認否
争う。被告は原告らとは血族関係のない義理の兄弟姉妹にすぎないところ、原告ら(原告一雄・昭和七年二月一六日生、原告喜久子・昭和四年七月一七日生)は被告(昭和一八年五月二〇日生)よりはるかに年長であるため、現時点で本件土地を分割しておかなければ原告らの死後相続により本件土地の共有関係が複雑化することが予想される。仮に被告が本件土地につき使用借権(以下「本件使用借権」という)を有するとしても、東京地方裁判所執行部は形式的競売において使用借権につき消除主義を採っており、また被告の存命中に共有物分割請求が許されないことになれば、共有物分割請求が可能になる時点では前記のとおり本件土地の共有関係が高度に複雑化していることが予想され、事実上権利の行使が不可能になる可能性があるから、使用借権の存在は権利濫用に結びつく事情とはならない。原告らは被告の持分を時価相当額で買い取り、被告が転居に要する期間にも配慮するという提案をしたが、被告はあくまで本件建物に終身居住することに固執して原告らの提案を拒否した。本件土地の被告持分及び本件建物を被告が死因贈与するという被告の提案は税務対策上も非現実的なものであって、誠意ある対応とはいえず、被告が原告らの本件土地の持分を買い取る旨の提案は、その額が低額にすぎ、これまた誠意あるものとはいえない。
また、原告喜久子は現在七一歳で一人暮らしをしているが、娘夫婦との同居を切望しており、現在の居宅を二世帯住宅に改築する費用を得るためには本件土地を分割して取得し、その対価を得ることが必要である。一方、被告はまだ若く一人で身軽なのであるから転居することに客観的な支障はなく、むしろ本件建物のような老朽化した大きな一軒家に居住するよりもマンション等に居住する方が一人暮らしには適しているはずであって、被告にとって本件建物を居住場所とする生活上の必要性はない。
さらに、本件土地につき使用貸借契約書が作成された当時、九五歳になっていたひでの理解力と真意には疑問があり、そうまでして自己の単独使用権を確保しようとする被告の態度は共有物分割請求権に対する権利妨害的態度というべきであるし、被告は右証書の作成に先立ってひでに養子縁組を迫ったことがあり、原告らが共有物分割請求権を行使することを見越して専ら被告の利益のために右契約書を作成したものである。
第三当裁判所の判断
一 証拠(甲一ないし一六、乙一及び二)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(ただし、6の事実は当裁判所に顕著である)。
1 三郎(明治三二年二月一八日生)は、昭和四三年一月一二日本件土地及び本件建物(昭和三九年九月五日建築)を購入し、義忠(昭和一二年一月九日生)と共に本件建物に入居した。なお、原告喜久子(昭和四年七月一七日生)は昭和二四年に婚姻して実家を離れており、原告一雄(昭和七年二月一六日生)は昭和三五年に婚姻し、一時期三郎及びひでと同居したが、三郎が本件建物に入居した時点では既に別居していた。
義忠は三郎と同居後の昭和四七年一一月に被告と再婚し、被告はこれに伴い義忠と共に三郎及びひでの面倒を見るという約束で本件建物に入居した。もっとも当時ひでは、三郎の所有に係る五反田のアパートを管理すべく右アパートに居住していたため、本件建物には三郎、義忠及び被告が同居していたが、昭和六〇年九月、ひでが高齢(当時八四歳)になったため、三郎が右アパートを処分したのに伴い、ひでも本件建物に転居し、同居するに至った。
2 三郎は昭和六三年六月一六日死亡し(当時八九歳)、その相続人はひで、原告ら及び義忠であったが、ひで、原告ら及び義忠は、三郎の死後も引き続き義忠及び被告が本件建物においてひでと同居し、その面倒を見ることを当然の前提として、原告らが実質的に相続を放棄し、本件土地及び本件建物を含む三郎の遺産のほぼすべてについてひでと義忠が権利を取得する内容の遺産分割協議を行った。右遺産分割協議により、ひでは本件土地の持分一〇分の七を、義忠は本件土地の持分一〇分の三及び本件建物の所有権を取得した。
その後も、被告は義忠と共に本件建物に居住してひでの面倒を見続け、義忠はひでが三郎から相続した財産を管理した。
3 義忠は平成六年一〇月一四日死亡し、被告は義忠の遺言により本件土地の持分一〇分の三及び本件建物を含む義忠の遺産をすべて相続した。
原告一雄は義忠が死亡すると、それまで義忠が管理していたひでの財産を自ら管理しようとし、被告に対しひで名義の預貯金について届出のされた印章を渡すように求め、ひで名義の右預貯金を原告一雄名義の預り口座に移した。さらに、原告一雄は被告に対し、ひでが三郎から相続したはずの財産のうち、債券一三六二万円がなくなっていると指摘して被告に対しその補填を要求した。被告は、右金員はひでがその生前本件建物の改修のために使うことを同意していたのであるから、被告が原告一雄に対して右の補填をすべき理由はないのではないかと思ったが、原告らがいずれ本件建物の敷地である本件土地に対するひでの持分を相続することになる以上、将来も本件土地を使用して本件建物での生活を続けるためには原告一雄の右要求に応じることもやむを得ないと考え、平成七年三月六日、前記原告一雄名義の預り口座あてに一三四〇万円(以下「本件一三四〇万円」という)を振り込んで支払った。
被告は義忠の死亡後の原告一雄のこうした態度から、従前のとおり本件建物に居住できるか不安になり、ひでと養子縁組をしなければ今後本件建物で居住することはできなくなるのではないかと思い、ひでに被告を養子にしてくれるように依頼した。これに対し、ひではかねてから被告の兄が自殺したことを苦にしており、養子縁組をすることにより自殺した者とかかわり合いのある間柄になることは避けたいと思ったため、被告の右依頼を断った。その後、被告は原告らから義忠の遺産の内容について問いただされたり本件土地及び本件建物の権利証を渡すように求められたりしたことから、より強く右不安を感じるようになった。そこで、被告はひでに対し、同人の死後も本件建物で居住することができるように被告との間で本件土地の使用貸借契約を締結してほしいと頼んだところ、ひではそれまで被告が三郎及びひでに対して尽くしてくれた孝養に報いる意思でこれを承諾し、平成八年七月四日、本件土地のひでの持分一〇分の七につき、被告が死亡するまでこれを無償で使用することができる旨の使用貸借契約を締結し(本件使用貸借契約)、その旨の使用貸借契約書を作成した(乙一)。
4 ひでは平成一〇年一〇月八日死亡し、その相続人である原告らは遺産分割協議により、それぞれ、本件土地につき持分二〇分の七及び現金又は預貯金合計約七〇〇万円を取得し、相続債務約一七〇万円を承継した。その後、原告らは被告に対し、本件土地を処分するために本件訴訟を提起した。
5 前記のとおり、被告は義忠の死後も含めて約三〇年間にわたり三郎及びひでの面倒を見ながら本件建物に居住し、現在に至るまで本件土地及び本件建物を唯一の生活の本拠としてきたが、現在は無職であり年齢(昭和一八年五月二〇日生)や格別の資格も有しないことに照らすと今後も就職の可能性は小さく、頼るべき子供ももうけてはいない。そして、本件土地が共有物分割のために競売に付されることになれば、被告は買受人に対し対抗し得る占有権原を有しない以上、本件建物を収去して本件土地を明け渡さざるを得ず、生活の本拠を失うことになる。
一方、原告一雄は川崎市宮前区に、同喜久子は世田谷区成城にそれぞれ所有する自宅に居住し、その子供らも独立しており、原告喜久子において本件土地の持分の売却によって得た資金により子供と同居する二世帯住宅への改築を望んでいるということのほか、差し当たって本件土地を処分しなければならない事情はない。
6 本件訴訟の和解手続において、被告は原告らに対し、被告が死亡するまで本件建物に居住することを承諾してくれるのであれば本件土地の被告持分及び本件建物の所有権を原告らに無償で譲渡するという提案をしたが、原告らは右案によると現在本件土地を分割して処分するよりも税務上の負担が大きくなるとしてこれを拒否し、逆に被告に対し本件土地の原告らの持分を時価で買い取るように求めたところ、被告は老後の生活費用を確保することも考慮して相当程度の金額を支払うと提案したが、原告らは被告の提示した金額では低額すぎるという理由で被告の提案を拒否したため、当裁判所は和解成立の見込みがないと判断し、やむなくこれを打ち切った。
二 以上のとおりであり、本件は、ひでが同居の嫁である被告に対して負っていた本件土地の使用貸借契約上の貸主の義務を相続により取得した原告らが、使用借主である被告に対し、同じく右相続により取得した本件土地の共有持分権に基づき共有物分割を求めるものであり、前記認定の経緯に基づき使用貸借契約上の貸主としての義務を負う一方でその目的物である土地の分割請求を求めているという点だけでなく、右使用貸借契約関係形成の経緯、原告らと被告との特別の身分関係等の諸事情を考慮すると、単に共有物分割請求に対し使用借権を抗弁として主張する場合とは明らかに事案を異にするものである。
そこで、前記認定に基づき検討を進めるのに、本件においては、<1> まず総括的に、被告は本件建物に約三〇年にわたり居住し、原告らの両親である三郎及びひでの面倒を見てきたものであり、夫義忠も死亡し、子供もいない被告にとっては現在もここが唯一の生活の本拠とするしかない場所であるという居住の経緯の特殊性及びそれによる居住利益の重要性があること、これを更に具体的にみてみると、<2> 三郎が昭和六三年六月に死亡した際の遺産分割においては、その相続人であったひで、原告ら及び義忠は、協議の上、ひでが本件土地の持分の一〇分の七を、義忠が本件土地の持分一〇分の三及び本件建物の所有権を取得することに合意したのであり、右合意に至る経緯からは、原告らは従前長期にわたり両親の生活の面倒を義忠及び被告に任せ、三郎亡き後のひでの生活の面倒を引き続き被告らにゆだねることの代償として、本件土地及び本件建物の処分をそこに居住するひでと義忠の意思にゆだねたものとみることができるとするのが経験則に合致する合理的解釈というべきであること、<3> 義忠が平成六年一〇月に他界し、一人残され、ひでの面倒を見ることを義忠から託された被告は義忠の遺言により本件土地の持分一〇分の三及び本件建物の所有権を取得し、ひでにおいても高齢であったことから、自身に対するのみならず三郎に対する分まで含め、それまでの被告から得た孝養に報いる気持ちから、被告が終生本件建物に居住できるようにしておこうとの配慮の下に本件使用貸借契約を締結したこと(原告らは高齢を理由にひでの判断能力に疑問を呈し、本件使用貸借契約の効力に問題があるかのごとくいうが、ひでの意思能力に瑕疵のあることを認めるに足りる証拠はない。また、原告らは本件使用貸借契約の締結が専ら被告の利益のためにされたものであるとも非難するが、原告らとてその限りでは同様である上、前記認定の当時の被告の置かれた状況に照らすと、被告が自己の居住利益を図ったことは格別非難されるものではないし、いずれにしても本件使用貸借契約の効力を左右するに足りる事情は認められない)、<4> 原告らは右の経緯の下にひでの相続人として本件土地の使用貸主としての地位を承継し、被告に対し本件土地を使用させるべき義務を負っていること、<5> 被告は義父母に当たる原告らの両親と長年にわたり生活を共にし、その老後の世話をして最期を見取ったものであり、本件使用借権に付随する義務を履行していること、他方、<6> 前記認定の原告らの生活状況等にかんがみれば原告らには本件土地を使用する予定も必要もなく、前記経緯の下に形成されている被告の本件土地に係る居住利益を犠牲にしてまで本件土地を換価しなければならない緊急の必要性もなく、被告に右犠牲を強いるほどの合理的な事由があるとも認められないこと、その他、<7> 本件一三四〇万円の支払の事実や当審における和解手続の経緯などの諸事情を指摘できる。そして、これらを併せ勘案すると、原告らに原告ら主張の事情から本件土地分割の自由を貫徹させ、被告に本件建物を収去し本件土地を明け渡すべき義務を負わせる結果を容認することになれば、本件土地について前記認定のような共有状態が生じた経緯や本件使用貸借契約の趣旨等に照らして著しく合理性を欠くことが明らかであり、被告が現に有している本件土地の使用の利益に相当する代替条件の呈示等の特段の事情の認められない本件においては、原告らの共有物分割請求権の行使が社会観念上認容し得る程度を超えるものとして権利の濫用に当たるという被告の主張には十分合理的な理由があるというべきである。右のように解しても原告らは右のような条件の呈示により分割請求権を行使できるというべきであるから、民法二五六条に抵触するものではない。
以上のとおりであるから、被告の抗弁には理由がある。
三 よって、原告らの請求には理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 高橋譲 裁判官 金築亜紀)
物件目録
一 所在 東京都大田区上池台四丁目
地番 六五番一
地目 宅地
地積 一五七・四五平方メートル
二 所在 東京都大田区上池台四丁目
地番 六五番七
地目 宅地
地積 二六・五一平方メートル
三 所在 東京都大田区上池台四丁目
家屋番号 六五番一
種類 居宅車庫
構造 木造一部鉄筋コンクリート造・亜鉛メッキ鋼板葺陸屋根地下一階付二階建
床面積 一階 七六・九五平方メートル
二階 四一・三一平方メートル
地下一階 四六・九八平方メートル