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東京地方裁判所 平成11年(ワ)11172号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 和泉芳郎

被告 株式会社大和証券グループ本社

右代表者代表取締役 原良也

右訴訟代理人弁護士 高橋郁雄

同 橋本正勝

同 徳田幹雄

同 板澤幸雄

右訴訟復代理人弁護士 藤田嗣潔

主文

一  被告は、原告に対し、七一一万三〇九四円及びこれに対する平成一〇年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告との間で株式や投資信託の委託取引を行っていた原告が、被告に対し、被告の担当者が、原告からの委託注文もないのに、二回にわたって原告の計算で三井信託銀行株式会社(以下「三井信託」という。)の株式合計二万六〇〇〇株を買い付けて、その代金を原告の総合取引口座から決済したことにより、買付代金(手数料等を含む。)相当額の損害を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償として、右買付代金額から右株式を売却処分した際の売却代金から手数料等を控除した現実の取得額との差額七一一万三〇九四円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年三月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、平成九年八月四日、被告の本店営業部に総合取引口座を開設し、被告従業員の丹羽義明(以下「丹羽」という。)を担当者として、株式及び投資信託の売買等の証券取引を始めた。

2  丹羽は、原告の取引として、平成一〇年三月九日に三井信託株二万株を一株四五〇円で買い付け(委託手数料等を含む買付代金九〇七万九二七五円。以下「第一取引」という。)、原告の総合取引口座から右買付代金を決済した。

3  丹羽は、原告の取引として、同月一二日に三井信託株六〇〇〇株を一株四一〇円で買い付け(委託手数料等を含む買付代金二四八万五八七二円。以下「第二取引」という。)、原告の総合取引口座から右買付代金を決済した。

4  原告は、丹羽の後任の担当者の田屋雅幸(以下「田屋」という。)を通じて、平成一〇年一一月二〇日、前記2の三井信託株合計二万六〇〇〇株を一株一七五円で売却し、その代金から委託手数料等を控除した四四五万二〇五三円を取得した。

三  争点

被告は、第一取引及び第二取引について原告から株式買付けの委託を受けたか。

1  被告の主張

(一) 第一取引については、平成一〇年三月九日午前、丹羽が原告に電話をかけて三井信託株の買付けを勧め、数量は原告の資金と株価を考慮して二万株とすることを提案したところ、原告がこれを了承して取引を委託した。

第二取引については、同年三月一二日午前、丹羽が原告に電話をかけて、第一取引時に比べて三井信託の株価が下落していたことから、買付単価を下げるために三井信託株をさらに六〇〇〇株買い付けることを提案したところ、原告は、これに応じて取引を委託した。

(二)(1)  確かに、丹羽が、原告の妻から第一取引の注文をしたことがない旨の抗議の電話を受けたり、同年四月から五月にかけて、二度にもわたり、丹羽の上司である円谷義郎部長(以下「円谷部長」という。)宛の抗議の手紙が被告のもとに郵送されてきたことは事実である。

しかし、原告からの抗議は、右のように、妻を通じてであったり、書面によるものであって、原告自ら直接抗議をしていない。また、第二取引については、原告は、取引報告書の送付を受けた後、直ちに抗議しておらず、一か月以上放置している。

(2)  被告は、原告の妻からの抗議を受けて、同年三月一二日に丹羽が原告に電話で直接説明し、前記抗議の手紙に対しては、円谷部長が何度か原告と連絡を取ろうとしたものの、原告が会おうとしなかったことから、同年五月一四日付けの書面で無断取引ではない旨を回答した。それ以降、原告は、同年七月ころ丹羽と田屋に会ったほか、同年九月には円谷部長の後任の谷口幸四郎部長(以下「谷口部長」という。)に会ったが、三井信託の株価の下落について不満を述べただけで、月次報告書の連絡票を使うなど容易に抗議する方法があるにもかかわらずそれ以上の抗議をすることなく、同年一一月、田屋の勧めに従って三井信託株を売却した上、その後平成一一年一月までの間に新たに別の株式の取引をしている。

(3)  そもそも、被告は、取引報告書を取引の翌日に発送するから、第一取引の取引報告書が原告宅に配達されたのは早くても三月一一日である。そして、原告は、郵便物を見るのは、配達された日の翌朝であるというのであるから、原告が右取引報告書を目にしたのは三月一二日であった。しかるに、原告の妻からの抗議があったのは、三月一〇日か一一日の午前中であった。したがって、右抗議の時点では、原告は取引報告書を見ていなかった。そうすると、原告は取引報告書を見る前に第一取引を認識していたのであって、無断取引ではないことは明らかである。

(4)  以上によれば、原告は、無断取引であったから抗議をしてきたのではなく、三井信託の株価が第一取引の直後から下がり始めたことからすると、株価が下落したのを見て、無断売買を口実にして抗議してきたものと考えるほかない。

(三) 丹羽が三井信託株の取引を勧めた当時、原告は、資金を被告に預けていたのであるから、丹羽としては、原告に三井信託の取引を断られても、他の商品を勧めればよいのであって、違法な無断取引をする理由(動機)は考えられない。

2  原告の認否、反論

(一) 原告が第一取引及び第二取引について、買付けの委託をしたことを否認する。

(二) 原告は、確かに、平成一〇年三月九日に丹羽から電話で三井信託株の買付けの勧誘を受けたが、原告は、「銀行(株)はよくない。」として取引を断った。しかし、数日後、第一取引の取引報告書が郵送され、その翌朝にこれを見て、取引されていることを知ったので、直ちに、妻に対し、丹羽に電話をかけて買付けを委託していない旨抗議するよう指示した。第一取引を知った直後に抗議行動をしたことが、第一取引が無断取引であったことの最大の証拠であって、原告本人が直接抗議したか否かは重要ではない。

原告は、同年三月一二日、丹羽から電話を受けた際、第一取引について買付けを委託していない旨直接抗議した。これに対し、丹羽は、三井信託銀行株が値下がりしたことから、同じ株式を買い増して平均の買付単価を下げるいわゆるナンピンを勧めたが、原告は明確にこれを断った。にもかかわらず、数日後、第二取引の取引報告書が送付され、またもや無断で取引されていることを知ったことから、原告は、直ちに丹羽に電話をかけ、二回の無断取引について抗議した。

原告は、被告との間では、本件に至るまで、丹羽の勧誘に従って証券取引をしており、その中には、買付けの直後に本件以上の割合で値下がりしたものもあるが、原告は一切抗議したり苦情を述べたりはしていない。本件において、第一取引の買値は四五〇円、第二取引の前日の終値は四二〇円であって、わずか三〇円下落しただけで、実際には取引の委託をしているにもかかわらず、無断取引であるとの虚偽の主張をすることは考えられない。

(三) さらに、原告は、平成一〇年四月から五月にかけて、二回にわたり丹羽の上司の円谷部長あてに抗議の手紙を出したが、その回答が全面的に無断取引を否定する内容であったので、これ以上抗議をしても解決できないと考え、それ以上の行動をとらなかったのである。この間、円谷部長が原告の会社に電話をした際、たまたま原告が不在だったことがあったが、原告が面会を拒絶したことはない。

同年七月ころ、丹羽とその後任者の田屋が原告の会社を訪れた際、原告は、二回の無断取引の善処方を要求したのに対し、丹羽は何も答えず、田屋は当時担当でなかったので分からない旨答えたのであって、原告は抗議をしなかったのではない。

(四) 原告が、平成一〇年一一月に三井信託株二万六〇〇〇株を売却したのは、損失の拡大を防ぐため、田屋の提案に従ったものであり、その後、平成一一年一月まで別の株式の取引をしたのは、三井信託株の売却代金で新規上場株など短期間で値上がりが見込まれる株式を買って利益を得て、三井信託株の損失を取り戻そうという田屋の勧めに従ったものであって、このことによって、第一取引と第二取引を認めたものではない。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

争いのない事実に加えて、甲第一ないし第一六号証、乙第二、第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第九、第一一号証、証人丹羽義明、同Bの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、平成九年八月四日、被告の本店営業部に総合取引口座を開設し、被告従業員の丹羽義明を担当者として、株式及び投資信託の売買等の証券取引を始めた。

2  原告と被告との具体的な取引の形は、担当者である丹羽において買い付ける株式の銘柄や売り付ける時期を原告に勧め、原告が売り買いをするかどうかの判断をして取引を行うというものであった。株式の取引について原告が丹羽の勧めを断ることはなかったが、投資信託を勧められたときには断ったこともあった。

原告は、平成一〇年三月六日、平成九年一二月一〇日に一株二二六円ないし二二七円で買い付けていた住友金属工業株五万株を一株二三七円で売却し、委託手数料等を引いた売却代金一一六〇万二八九七円を被告に預けていた。

3  平成一〇年三月九日午前、丹羽は、原告の勤務先に電話をかけ、原告に対し、富士銀行株の信用取引規制強化により金融株に買い妙味があると説明して、三井信託株の買付けを勧誘した。

4  丹羽は、原告の取引として、平成一〇年三月九日に三井信託株二万株を一株四五〇円で買い付け(委託手数料等を含む買付代金九〇七万九二七五円。以下「第一取引」という。)、原告の総合取引口座から右買付代金を決済した。

5  被告は、同年三月一〇日、第一取引の取引報告書を原告方に発送し、右取引報告書は翌一一日原告方に配達された。

6  第一取引と第二取引の間の午前中、原告の妻のB(以下「B」という。)は、原告の指示を受けて丹羽に電話をかけ、「原告は三井信託株を買っていないと言っている。」と抗議した。

7  丹羽は、右抗議を受けて、同年三月一二日午前中、原告の勤務先に電話をかけ、原告に対し、第一取引の経緯について「無断取引ではない」旨説明したところ、原告は、「三井信託株の買付けを委託していない」旨述べて抗議した。丹羽は、予想に反して三井信託株が値下がりしていたことから、平均の買値を引き下げるために、残りの資金を勘案して三井信託株六〇〇〇株を買い増すことを勧めた。

8  丹羽は、原告の取引として、同月一二日に三井信託株六〇〇〇株を一株四一〇円で買い付け(委託手数料等を含む買付代金二四八万五八七二円。以下「第二取引」という。)、原告の総合取引口座から右買付代金を決済した。

9  三井信託株の株価は、第一取引の後、終値が三月九日に四三五円、一〇日に四二九円、一一日に四二〇円、一二日に四一四円と値下がり傾向となった。第二取引の後、三月一三日に四三八円の高値をつけたが、その後は再び下落傾向となった。

10  原告は、同年三月二五日ころ、丹羽に電話をかけ、「無断で取引することはできるのか。」などと述べて再度抗議した。これに対し、丹羽は、無断取引ではない旨を説明した。なお、同日の三井信託株の終値は三四九円であった。

11  原告は、同年四月二〇日ころ、Bに代筆させて、丹羽の上司である円谷部長にあてて、無断取引に抗議し、損害賠償を求める内容の手紙を送付し、さらに、同年五月九日付けで、原告の抗議に対し文書で回答を求める内容の手紙を送付した。

これに対し、円谷部長は、同年五月一四日付けで、原告に対し、丹羽が取引の経過を記載した書面を添付した上で、丹羽が独断で取引をしたことはない旨の回答書を送付した。

12  同年七月二八日ころ、原告の担当者が丹羽から田屋に交代したため、丹羽と田屋は、原告のもとを訪れてあいさつをした。その後、同年九月ころと平成一一年一月ころ、円谷部長の後任の谷口部長と田屋が原告のもとを訪れて、原告に面会した。

13  原告は、田屋の勧めに応じて、平成一〇年一一月二〇日、前記2の三井信託株合計二万六〇〇〇株を一株一七五円で売却し、その代金から委託手数料等を控除した四四五万二〇五三円を取得した。そして、右売却代金で、同日と一一月二四日にジョイントコーポレーション株計七〇〇〇株を、同月二六日に角川書店株一二〇〇株を、同月二七日に日本ゼオン株一万株を、一二月一五日と同月二九日にパワーSダブル日本株計八七四万四八四九口をそれぞれ買い付け、これらを平成一一年一月二八日までにすべて売り付けた。その結果、原告は、三井信託株売却後の取引により一三万八九七二円の損失を出した。

14  原告は、東合交易株式会社の設立に際して取締役として参加し、昭和三九年六月、同社の社長に就任して以来現在までその地位にある者であるところ、原告は、被告に対し、株取引に関して本件以外に何らかのクレームをつけることはなかった。

二  争点について

1  以上の事実を前提として、「第一取引及び第二取引について、原告が株式買付けの委託をしたか」について検討する。この点については、右各取引の効果が原告に帰属すると主張する被告に、原告が株式買付けを委託したことについて証明責任があるものと解される。

被告は、原告から丹羽に対し電話で取引の委託注文があったと主張し(前記第二・三・1参照)、証人丹羽の証言及び乙第五号証には右主張に沿う部分がある。他方、前記一6、10、11のとおり、原告は、第一取引の直後から複数回にわたり被告に対して抗議を繰り返していること、しかも、前記一9のとおり、株価がさほど下がっていない時点から一貫して無断である旨抗議しているものであって、これは無断取引であることを強く推認させる事実であるということができる。そうすると、被告の右主張を採用できるかについては、原告の抗議の内容が客観的事実と異なることを疑わせるに足りる特段の事情があるか、また、証人丹羽の証言が信用できるかによって判定されることになるが、以下、これらの点について、間接事実を総合して検討することとする。

2  原告の抗議についての検討

(一) 被告は、原告の抗議は真剣に無断取引を争うものとはいえないと主張し、その根拠となる間接事実として、<1>原告は、第一取引の取引報告書を見る前にBに抗議するよう指示したこと、<2>妻を通じてであったり、書面によるものであったりして、原告本人が直接に抗議していないこと、<3>原告は、第二取引の後は、平成一〇年三月二五日ころ、丹羽に電話をかけるまでの間抗議をしておらず、同年四月の原告からの一回目の抗議の手紙を受けて、円谷部長が原告に連絡しようとしたのに対し、原告は会おうとせず、同年五月の二回目の抗議の手紙を受けて、円谷部長が同月一四日付けの書面で無断取引ではない旨を回答した後も、原告は直接円谷部長らに面会を求めるといった行動をとっていないほか、被告側から訪問する形で平成一〇年七月、九月、平成一一年一月の三回にわたり被告の担当者等が原告に会っているが、これらの機会にも、原告は、三井信託株の値下がりについて不満を述べるだけで、それ以上の抗議をしていないこと、<4>原告は、丹羽の後任の担当者の田屋に対し、平成一〇年一一月に三井信託株二万六〇〇〇株の売却を指示し、その後田屋を通じて新たに別の株式の取引をしていること、<5>本件で損害賠償を求めて調停の申立てをしたのは、最初の抗議から約一年も経過した平成一一年三月であることをあげている。

(二)(1)  <1>については、証人丹羽の証言及び乙第五号証には、「丹羽は、三月一〇日か一一日にBから抗議を受け、折り返し原告の勤務先に電話をかけたが連絡を取れなかったため、翌日か翌々日である三月一二日に改めて電話をかけた」とする部分がある。これが採用されるとすれば、原告は、本人尋問において、「原告は早朝に前日配達された郵便物を見る習慣があり、右取引報告書も、配達された日の翌朝に見て第一取引を知り、Bに抗議するよう指示した」旨供述しており、前記一5のとおり、第一取引の取引報告書が原告方に配達されたのは平成一〇年三月一一日であることからして、原告は、右取引報告書を見る前に第一取引があることを認識していてBに抗議させたことになり、原告のかかる認識は、自らが買付けの委託をしたことにより形成されたものにほかならないといえるから、買付け委託があったことを示すものということができる。

しかしながら、第一に、丹羽の、「三月一〇日か一一日にBから抗議を受け、折り返し原告の勤務先に電話をかけたが連絡を取れなかったため、翌日か翌々日である三月一二日に改めて電話をかけた」とする証言等は、Bから無断取引であると原告が言っている旨の抗議をされた丹羽としては、直ちに原告本人と連絡を取って説明したいと考えるのが普通であり、勤務先に電話をかけて不在だったとしても、何度も電話をかけたり、夜に自宅に電話をかけたりして、その日のうちに連絡を取ろうとするのが自然であると思われることに照らせば、極めて不自然であるというほかない。よって、右丹羽の証言及び乙第五号証の記載部分を採用することはできないといわざるを得ない。

第二に、原告が取引報告書を見ていないのにかかわらず、Bに抗議させたとすると、三井信託株を買い付けたことを認識し、株価が下がったことを捉えての抗議ということになると思われるが、それならば、抗議の内容は、「三井信託株を買っていない」ではなく、「株価が下がったのをどうしてくれるのか」となるのが自然である。他方、Bが抗議をしたのが三月一二日の朝であるとすると、丹羽は、その直後に原告の会社に電話をかけて原告に直接説明したことになり、自然な流れになるといえる。

そうすると、原告は、取引報告書を見ることなくBに抗議の電話を指示したものと認めることはできないということになる。

なお、原告も、その本人尋問において、「Bに抗議するよう指示したのは三月一〇日か一一日だと思う」旨供述し、Bは、「三月一一日の朝だと思う」旨証言している。しかし、右供述及び証言の根拠はあいまいであって、それぞれの年齢からくる記憶力の減退などの要因もあり、いずれにしても確たる記憶に基づいているわけではないとみられること、原告もBも日付の点は微妙な相違があるものの、「取引報告書を見て抗議をした」という点では一貫した供述をしていること、甲第五号証の二によれば、丹羽は、当初から「三月一〇日または一一日にBから抗議を受けた」と説明していたことが認められ、これに原告らが影響されて日付の点を勘違いしたことも考えられることからすると、右原告の供述及びBの証言は、右認定を左右するには足りないというほかない。

(2)  <2>については、妻を通じての抗議ではあるが、その内容は、「自分は三井信託株を買っていない」という趣旨の明確なものであるし、その後、前記一7のとおり、丹羽と電話で話した際に原告自ら抗議の意思を伝えているのである。また、書面による抗議という点については、原告は、円谷部長とは本件以前には直接連絡する機会は多くなかったとみられるところ、日頃直接接触していない者に抗議をする際に手紙を使うことは、その方法としては通常考えられるものである。

よって、これらをもって直ちに原告の抗議の内容の信頼性が低下するものということはできない。むしろ、原告が抗議をしていることそれ自体が意味があると評価すべきものと考える。

(3)  <3>については、確かに、前記一10、11のとおりであって、原告は、第二取引の後は取引報告書が届いた直後に抗議をしておらず、円谷部長からの回答書を受け取った後は明確な抗議をしていないことが認められる。しかしながら、この点については、原告は、本人尋問において、被告は大企業で、自分に都合の良い返事しかしないから、もうどうでもいいと思ったという趣旨の供述をしており、担当者の上司に対して二度も抗議の手紙を送っているのに、その回答書が無断取引であることを全面的に否定する内容で、原告の抗議が受け入れられないことから諦めの気持ちになり、それ以上の抗議をしても仕方がないと考えたとしても、格別不合理であるということはできない。

原告の抗議の真剣さは、何よりも本訴を提起していることに現われているというべきであって、前記一10、11の事実をもって、原告の抗議が必ずしも中途半端なものということはできない。

(4)  <4>の三井信託株の売却については、原告は、本人尋問において、三井信託の株価が下がっており、田屋からも損切りをするよう勧められたことから売却した旨供述している。この点、前記一11のとおり、被告が原告の抗議を全く受け付けず、無断取引が是正されない中で、三井信託の株価が買付時に比べて大幅に下落していたことからすると、原告は、自らの損失の拡大を防ぐために三井信託株を売却したものとみることができるから、このことが無断取引であると主張していることと矛盾するものとはいえない。

三井信託株の売却後、別の株式の取引をしている点については、原告は、本人尋問で、「田屋さんという人柄は私なりに信頼できる」、「新任の人が来られて、これからひとつお願いしますと言われたときに、ちょっとあいさつ(に来た)程度ならいいと思った」旨供述していることからすると、丹羽から田屋に担当者が代わり、田屋に対しては、悪い感情を持ってはいなかったことから、新規公開株で三井信託株の損失を取り戻そうとの田屋の勧めに応じて右取引をしたものとみることができる。そうすると、仮に、右取引の際、「田屋の勧める株式で利益が上がればそれでよい」、あるいは、「三井信託株の損失を取り戻すことができればそれでよい」という意図が原告にあったとしても、三井信託株の買付けが無断取引であることと矛盾するものとはいえない。

(5)  <5>については、前記一13のとおり、原告が被告との間で最後の取引をしたのが平成一一年一月二八日であり、調停申立ての時期が同年三月八日であること(当事者間に争いがない)からすると、格別不自然な経過とはいえない。調停申立ての時期が最初の抗議の時から約一年経過した後になっているのは、被告との取引を終了するまでに時間がかかったためであるが、この点については、前記(4) のとおり、三井信託株の買付けが無断取引であることと矛盾するものではないのであるから、抗議から約一年たって調停申立てしたこともまた、無断取引であることと矛盾することはないというほかない。

(三) 以上によれば、原告の抗議の内容が客観的事実と異なることを疑わせるに足りる特段の事情があるものということはできないといわざるを得ない。

3  丹羽の証言についての検討

(一) 丹羽は、第一取引について原告から電話で委託注文を受けた旨証言するが、これは指値注文ではなかったため、委託時には取引の価格が定まっておらず(いわゆる成行注文)、委託者である原告には、取引報告書が届くまで取引の成否や価格がわからないことになるから、取引が成立した時点で直ちに、できる限り取引日である三月九日のうちに原告に報告するのが通常である。それにもかかわらず、丹羽は、取引の翌日である一〇日にも一一日にも原告に電話で連絡できておらず、結局、前記一7のとおり、一二日にBから抗議を受けた後に原告の勤務先に電話をかけるまで、原告に直接報告をしていないのである。この点について、乙第五号証には、「二万株を四五〇円で買い付けた旨を直ちにA氏に電話で報告しようとしましたが、既に会社を出た後で連絡がつかず、報告はできませんでした。」という記載部分があるが、原告が不在だったとしても、戻る頃合いを見計らって再び電話をかけることもできるのであるし、さらに、翌一〇日にも一一日にも連絡できていないことは、通常の株式取引の実務のあり方からすると、極めて不自然であるといわざるを得ない。この点については、丹羽としては、取引報告書が届けられるから問題ないというつもりかも知れないが、成行注文がされる場合の証券会社担当者の実務の実情からすれば、説得力を欠いた弁明に過ぎない。むしろ、外形的事実からすると、丹羽は、何らかの理由で原告に直接報告することを避けていたのではないかとの疑念も生ずるところである。

加えて、前記2(二)(1) のとおり、Bから抗議の電話を受けた後、原告に連絡を取ろうとしたときの状況についても、取引の根幹にかかわるクレームを受けた証券取引の担当者としては極めて重大な事態であると思われるのに、不自然な供述をしていることも総合すると、丹羽の証言自体は不合理な点もあるとみるほかなく、必ずしも原告の供述に比べて信用性が高いということはできないのである。

(二) 被告は、丹羽に無断取引をする理由(動機)がないと主張する。

しかしながら、前記一1のとおり、原告は、それまで株式の取引については丹羽の勧めを断ったことがなかったことに加え、原告の取引は、比較的短期間で少額の利益が出た段階で決済して利益を確定する形が多い(乙第二号証)ことからすると、丹羽が、電話では原告の同意を得られなくても、事後承諾を得られるだろうと軽信したか、短期間で少額の値上がりがあれば売却益を出せるので問題にはされないと考えることはあり得ないことではない。第二取引についても、第一取引につき原告の了解が得られないことから、早期に利益を確定させて売却していこうともくろみ、残り資金を用いて平均買付単価を下げるためにナンピン(難平)買いをしたということも考えられる。

他方、原告としては、虚偽の事実を主張して訴訟まで起こす合理的な理由がないということができるのであるから(一14参照)、結局、被告の右主張を重視すべきであるとはいえないのである。

(三) そして、弁論の全趣旨によれば、丹羽が、自らの釈明のために原告に電話をかけて第二取引の注文を受けたという際に、その電話でのやり取りをテープに録音するなどの容易にできると思われる証拠保全の方策を採っていないことが認められるのであるが、当裁判所は、このことは極めて問題であると考える。

すなわち、Bによる抗議の内容は、証券取引の担当者に対するクレームとしては、これ以上重大なものは想定することができない「注文していないのに株を買われてしまっている」というものである。このような抗議を受けて原告に説明をしようとする電話については、担当者である丹羽としては慎重に対応しようとするであろうし、テープに録音するなどして客観的な記録を残そうとするのが通常であると解される。それにもかかわらず、そうしたことをしていないのであるから、それは、丹羽の証言の証拠価値を評価するに際して、不利な方向に働くことはやむを得ないところであるといわざるを得ないのである。

4  以上のとおりであって、被告の主張に沿う前記丹羽の証言及び乙第五号証の記載部分は、これを採用できないといわざるを得ず、他に被告が主張するところをすべて考慮し、本件全証拠によっても、第一取引及び第二取引のいずれについても、原告による委託注文の存在の証明は不十分で、これを認めるには足りないというほかない。そうすると、前記のとおり、委託があったことの証明責任が被告にあるのであるから、訴訟上、右委託注文がなかったものとして原告の請求について判断すべきであるということになる。

三  結論

以上によれば、被告は、第一取引及び第二取引の効果を原告に帰属させることはできないのであって、丹羽がその買付代金と被告の手数料等を原告の口座から決済した行為は違法であるというほかなく、この株式の売却代金から被告の手数料等を控除して原告の口座に入金された金額との差額が右行為と因果関係のある損害となることになる。そして、丹羽は、被告の従業員であり、右行為が被告の業務の執行につきなされたことは行為の外形上明らかであるから、被告は、民法七一五条によりこれを賠償する義務を負う。

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 片山憲一 裁判官 澤田久文)

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