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東京地方裁判所 平成11年(ワ)11859号 判決 2001年5月14日

原告

A・B・Mシャジャハン

同訴訟代理人弁護士

丸山健

被告

鳥井電器株式会社

同代表者代表取締役

鳥井次郎

被告

井出武一

被告ら訴訟代理人弁護士

渡辺正造

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告鳥井電器株式会社及び被告井出武一は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成13年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告鳥井電器株式会社が原告に対し,平成7年3月20日付けでした解雇が無効であることを確認する。

3  被告鳥井電器株式会社は,原告に対し,1599万1632円及びこれに対する平成13年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告鳥井電器株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であった原告が,<1> 被告会社に勤務中,被告会社及びその取締役であった被告井出武一(以下「被告井出」という。)から他の従業員に比して支給給与の差別をされたこと等により損害を受けたとして被告らに対し損害賠償を求め,<2> 被告会社の配転命令を拒否したため解雇されたが,解雇は無効であるとして,被告会社に対し,従業員の地位確認並びに未払給与等の支払を求め,<3> 予備的に,被告会社のした解雇が有効であるとしても,原告は被告会社から解雇されたことにより2年分の給与相当額の損害を受けたとしてその賠償を求めるものである。

2  前提となる事実(証拠を掲げたものの外は,当事者間に争いがない。)

(1)  被告会社は,電器配線器具製品製造,プラスチック成型加工を目的とする株式会社であり,東京都品川区<以下略>に本社工場を,山梨県北部留郡<以下略>に上野原工場を,山梨市<以下略>に山梨工場を有する。

被告井出は,被告会社のもと常務取締役である。

(2)  原告は,バングラディシュ国籍を有し,昭和61年3月,ダッカ大学大学院マスターコース(地理学)を卒業した後,昭和62年1月に家族とともに来日し,就学の在留資格を取得して,同年4月から2年間日本語学校で日本語を学び,平成元年4月から2年間コンピューター専門学校でコンピューターを学んだ。

(3)  平成3年10月3日ころ,被告会社は,原告が就労できる在留資格を取得することを条件として,原告を期間の定めなく雇用する契約を締結した(以下「本件雇用契約」という。)。

原告は,そのころ,本件雇用契約の内容及び原告の職務内容等につき被告会社が次のとおり記載して原告に交付した雇入通知書及び職務明細書等を添付して,在留資格変更申請を行った(甲9の1ないし4)。

ア 基本賃金 月給25万円

昇給 有り 毎年1回4月 3~5パーセント

イ 職務内容

(ア) 翻訳

バングラディシュの経済事情及び業界資料の翻訳(ベンガル語から日本語へ)

(イ) 海外業務

バングラディシュに輸出した械械の受入会社(ジャムナ・エレクトリック)等との連絡業務

(ウ) 貿易業務

被告会社代理店第一実業株式会社及び現地との販売促進に関する業務

(エ) プラスチック成型機械及び部品機械の研修コンピューター制御の各種機械の操作の勉強をして現地出張に備える。

(4)  原告と被告会社は,平成3年11月から原告が在留資格の変更を受けるまでを期間とする約束で,原告が被告会社上野原工場において時給計算のアルバイトとしてプラスチック製品(配線器具)の組立作業に従事する内容の雇用契約を締結した。

(5)  原告は,平成3年12月17日,「人文知識・国際業務」の在留資格を取得した。

被告会社は,平成4年1月10日,給与マスター作成と題する書面記載のとおり,原告の給与の内訳を次のとおりとし(<証拠略>),給与基準表に基づく原告の資格等級を3等級一般職AⅡ号俸に位置づけ(<証拠略>),これによる原告の給与日額は基本給合計額を22日で除した9227円となる旨通知した。

ア 基本給合計 20万3000円

基本給 6万円

資格手当 0円

業務手当 6万円

特別作業手当 3万8000円

物価手当 4万5000円

イ 精勤手当 5000円

ウ 家族手当 2万2000円

エ 交通手当 2万円

総支給額25万円

(6)  被告会社の就業規則には,次のとおりの規定が置かれている。

第3条 本規則は第2章第1節に定めた手続により,会社の従業員としての身分を持ったすべての者に適用する。嘱託,臨時雇員及び試用中の者その他名称の如何を問わず会社の業務に従事する者については別の規則ある他はこの規則を準用する。

第6条 従業員志望者に対しては必要に応じて選考試験及び考課を行い選考の上3か月間の試用期間をおく。(中略)試用期間は状況により短縮又は省略する。

第10条 会社は業務の都合上転任,配置転換,社外業務の派遣等を命ずる事がある。

第15条 従業員が下記の各号の1に該当するときは30日前に予告するか,又は平均賃金の30日分を支給して即時解雇する。但し試用期間中及び臨時雇いに就(ママ)いてはこの手続きを要しない。

1  やむを得ない業務の都合による時。

2  精神又は身体の障害,虚弱老衰により業務に堪えられないと認められた場合。

3  非協力,低能率及び欠勤,遅刻,早退の回数甚だ著しい等の理由により業務遂行に不適当と認められた場合。

第16条 従業員が下記の各号の1に該当するときは解雇予告を行わずまた30日分の平均賃金を支払わずに即時解雇する。但し行政官庁の認定をもって行う。

1ないし13項 略

14 自己の営業を営み,又は職務に関し不正不当の金品その他の授受をし会社が警告するも改めない場合

15 略

16 正当な理由なく,異動降(ママ)等の命令を拒否した場合。

17 懲戒が2回以上の(ママ)及び改しゅんの見込がない場合。

18 事業上やむを得ざる場合。

19 その他前各号に準ずる行為又は理由ある場合。

第26条 会社は業務の都合上従業員に職場転換,職種職階の変更を命ずる事がある。

第62条 従業員の給与は別に定める給与規定による。

(7) 被告会社は,平成5年11月1日,原告に対し,平成5年12月1日以降の給与個人別基準表を交付したが,そこにおいてはそれまでは準社員としていた原告の地位を臨時社員とし,賃金についても特別作業手当を3万8000円から1万1000円に引き下げた記載をし,同年12月15日には,原告に対し,退職に関する要請と題する書面を交付して退職を勧奨した(<証拠略>)。

そこで,原告から委任を受けた本件原告代理人である丸山健弁護士(以下「原告代理人」という。)が被告会社と交渉した結果,平成6年2月21日,原告の勤務に関する合意が成立し,書面が作成された(甲16。以下「平成6年合意」という。)。

(8) 被告会社は,平成7年1月,原告に対し,原告の就業場所を,同年2月21日付けで上野原工場とする旨の辞令を通知をしたが(以下「本件配転命令」という。),原告はこれを拒否した。

(9) 被告会社は,原告に対し,平成7年2月17日に到達した内容証明郵便により,同年3月20日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

3 争点

(1)  原告の被告らに対する損害賠償請求権の存否

(2)  本件解雇の効力及び未払賃金等請求権の存否

(3)  本件解雇が有効である場合の損害賠償請求権の存否

4 争点に関する当事者双方の主張

(1)  原告

ア 被告らに対する損害賠償請求

(ア) 本件雇用契約においては,原告の賃金は25万円以上,勤務場所は本社工場とし,職務内容はコンピューター関係業務とする合意がされていた。原告の在留資格申請書類の記載は在留資格取得のための方便にすぎなかったものである。

ところが,被告会社及び被告会社において原告の人事を担当していた被告井手(ママ)は,本件雇用契約における合意に反して,<1> 平成4年1月以降,原告の勤務場所及び業務を本社のコンピューター業務ではなく,上野原工場のプラスチック製品組立作業とし,<2> 原告の身分を正社員でなく準社員として位置付け,試用期間経過後も,原告を準社員として給与計算方法を月給でなく日給月給による扱いとし,<3>平成5年11月に原告に対し交付した給与関係書類において,準社員としていた原告の地位を一方的に臨時社員とし,賃金額についても特別作業手当を3万8000円から1万1000円に一方的に引き下げる旨通知し,在留資格更新申請のための雇入通知書上も賃金支払方法を月給から日給に変更して記載し,<4> 本件雇用契約締結当時作成した雇入通知書には,毎年4月に3から5パーセントの本給の昇給をする旨明示していたのに定期昇給を行わず,<5> 原告の賞与についても,本件雇用契約締結の際,賞与の支給条件を明示せず,他の従業員と区別する特別の合意が存在しなかったにもかかわらず,平成4年7月から平成6年7月までの各年7月及び12月の各支給賞与につき,他の従業員には従業員給与規定4.5条により基本給と業務給を加えたものに一定月数を乗じた方法で計算した金額を支給している(平成5年12月実績で1.55か月支給)にもかかわらず,原告に対しては各2万円のみしか支給せず,原告は他の従業員と同一の計算方法により支給されるべき額との差額83万円の損害を受け,<6> 平成5年11月15日ころ退職に関する要請と題する書面を交付して退社を要請し,<7> さらに,原告の同意なしに平成6年1月分から同年4月分までの支給給与に関し特別手当を一方的に3万8000円から1万1000円に減額して支給し,原告は差額分10万8000円の損害を受けた。

(イ) 原告は,被告らが原告に対してした上記の不当な処遇により,本来支給されるべき適正な給与及び賞与を受領することができず,他の正規従業員と差別されたこと及びコンピューター業務に従事させられず,単純組立て作業に従事させられたため,コンピューター関係業務への転職の機会を奪われたことにより多大な精神的苦痛を被ったものであり,その損害を慰謝するには500万円が相当であるから,原告は,被告会社に対し債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,また,被告井出に対しては被告会社との共同不法行為に基づく損害賠償として被告会社と連帯して500万円の損害賠償の支払を求める。

(ウ) 被告会社の本件雇用契約違反によって原告が被った損害は債務不履行損害賠償請求権としては消滅時効期間は5年であるところ,原告は平成11年5月31日に本件訴えを提起し時効は中断されたから,被告会社に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権につき消滅時効は完成していない。

イ 本件解雇の無効及び解雇後の賃金請求(主位的請求原因)

(ア) 本件解雇の無効

<1> 本件配転命令は,原告と被告会社間の平成6年合意に違反するものであり無効である。平成6年合意は,原告の就業場所を東京の本社工場とすることを条件として月例賃金変更に応じたもので,いわば,就業場所を本社とする合意と賃金改定の合意とが相互に対価関係にあったものであり,本件配転命令は,原告の就業場所を東京の本社工場とする平成6年合意に反するもので無効であるから,無効な配転命令を拒否したことを理由とする本件解雇は,解雇の要件を欠き無効である。

<2> また,本件配転命令は原告が有する人文知識・国際業務の在留資格以外の業務であるプレス作業に原告を従事させるものであり,原告の在留資格及び本件雇用契約に違反するもので無効である。

<3> また,被告らは,原告に対する前記のとおりの差別的な扱いを継続して行った上,平成6年合意の当時から原告を上野原工場に転勤させることを予定していたにもかかわらず,原告の賃金を引き下げるため,これを秘して原告及び原告代理人を欺き平成6年合意をさせた上,原告を解雇したものであり,本件解雇は信義則に反するもので無効である。

<4> さらに,被告会社が主張する解雇事由のうち,本件配転命令当時,被告会社に原告に行わせることができる在留資格に適合する業務が存在しなかったことはなく,原告が営業許可を得たカレー店も,原告の妻が経営していたものであり,原告はその営業許可の名義人となっていたものにすぎず,原告が本件解雇当時,就業規則に違反して自己の営業を営んだ事実はなく,原告の作業能率が低下し,業務遂行が不適当となった事実はない。

なお,被告会社から振り込まれた退職金についてはこれを預かり保管しているのみである。

(イ) 未払賃金及び未払賞与請求権等の存在

原告は,本件解雇後,無効な本件解雇をした被告会社の責に帰すべき事由により就労することができなかったものであるから,賃金請求権を失わない。

原告は,本件解雇当時,基本給は労働日1日当たり9386円,家族手当及び精勤手当は1か月当たり2万2000円及び3000円の合計2万5000円を支給されていたものであり,本件解雇の日の翌日である平成7年3月21日から平成13年3月20日までの6年間の未払賃金合計額は,1年当たりの労働日数を252日とすると,基本給合計1419万1632円(日額9386円×252日×6年)並びに家族手当及び精勤手当合計180万円(月額月額(ママ)2万5000円×12か月×6年)の合計1599万1632円である。

(ウ) よって,原告は,被告会社に対し本件解雇の無効確認を求めるとともに,平成7年3月21日以降平成13年3月20日までの未払賃金合計1599万1632円及びこれに対する弁済期の後である平成13年3月21日から支払済みまで民法所定の年五(ママ)分の割合による遅延損害金の支払を求める。

ウ 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求(予備的請求原因)

仮に,原告が在留資格に適合する業務を提供することができないことに基づき被告会社が原告に対してした本件解雇が有効であるとしても,原告は,被告会社がした本件解雇により将来得べかりし賃金請求権を失ったものであり,その損害額は,2年間分の基本給合計473万0544円(日額9386円×252日×2年)並びに家族手当及び精勤手当合計60万円(月額月額(ママ)2万5000円×12か月×2年)の合計である賃金総額533万0544円である。

よって,原告は,被告会社に対し,民法415条に基づく損害賠償請求として2年分の賃金総額533万0544円及びこれに対する平成13年3月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  被告ら

ア 被告らに対する損害賠償請求権の不存在

(ア) 本件雇用契約締結の際,被告会社は,在留資格変更後の原告に対する給与額を賞与を含め年間300万円と合意したものであり,この給与支給額からすると,原告は,被告会社の従業員に関する給与基準表の等級資格については,3等級の準社員で日給月給者に該当する。そして,被告会社は,本件雇用契約において,昇給,賞与,退職金について合意をした事実はないが,原告に対する賞与の支給及び昇給はその都度行っている。

(イ) 原告と被告会社間で合意した原告の職務内容は,在留資格取得申請書記載のとおりであり,被告会社は,日本語学校で日本語を学び,コンピューター学校も卒業しているという原告に翻訳業務等を担当させることを予定していたが,原告の就労ビザ取得までの間アルバイトとして雇用し勤務を開始したところ,原告は,日本語の習得度が低く,漢字は読めず,片仮名が書ける程度で平仮名も満足には読めない状態で,翻訳業務や日本語のコンピューターなどの操作も不可能であることが判明し,また,景気の低迷から被告会社の貿易業務及び海外業務も低調となり,原告に担当させる業務もなくなっていたことから,原告の就労ビザ取得後も,被告会社は原告にアルバイト勤務時と同様の組立業務を継続して担当させざるを得なかったものであるが,同組立業務は在留資格所(ママ)得申請書類記載のプラスチック成型機械及び部品機械の研修に密接に関連する業務であり,また,組立作業に従事せざるを得なかったのは,前記のとおり原告自身の能力・適格の欠如によるもので原告の責に帰すべき事由に基づくものであるから,被告らの債務不履行又は不法行為による損害賠償責任は成立しない。

(ウ) また,仮に被告会社に債務不履行があったとしても,債務不履行による損害賠償請求権は,本来の請求権と同一性を有し,時効期間は本来の債権の性質によって決まるところ,原告の給与又は賞与請求権の時効期間は労働基準法115条により2年であるから,各支払日から2年の経過により時効消滅しており,被告会社は消滅時効を援用する。さらに,仮に,原告に,被告らの不法行為による慰謝料請求権が認められるとしても,本件解雇の日である平成7年3月20日から3年が経過しており,原告の慰謝料請求権については消滅時効が完成しているから,被告らは消滅時効を援用する。

イ 本件解雇の有効性

(ア) 本件配転命令は,業務上の必要性に基づく合理的なものである。

バブル経済崩壊後,配線器具の製造販売及びプラスチック成型業の価格競争は熾烈を極め,被告会社も第41期決算で赤字となったため,経営合理化及び経費削減の必要性が生じ,合理化実現のため,平成6年6月に上野原工業団地に新工場を建設し,同工場で部品の製造,加工,成型,組立の一貫作業を行うことに決定し,本社工場のプレス部門についても上野原工場に集約化することとし,平成7年2月に新工場が完成することに伴い,本社工場のプレス部門の従業員全員に対し,新工場への配置転換を通知したものである。

被告会社は,原告に対しても平成7年1月上旬に上野原新工場への配置転換を命じたところ,原告は当初これを承諾したものの,翌日になって,その承諾を撤回し,配置転換命令に従わなかったものである。

原告は,本件配転命令拒否の理由として平成6年合意の成立を主張するが,平成6年合意の時点で原告の勤務場所を東京に限定する合意は成立しておらず,原告の配転命令拒否は被告会社の就業規則第16条16号所定の異動降等の命令を拒否した場合の解雇事由に該当するものであり,本件解雇は有効である。

(イ) また,原告は,平成6年10月12日,東京都北区滝野川保健所から飲食店営業の許可を受けて自らカレー店を経営するようになり,カレー店が開業した同年10月17日以降は,遅刻,早退が多くなり,以前は自ら残業を希望していたにもかかわらず,残業を要請してもこれを拒否し,勤務時間中にもトイレに行くとか電話をかけてくるなどと言って20分程も戻らなかったり,無断で職場を離脱するなど勤務成績が不良となったが,これは,被告会社の就業規則第15条3号所定の業務遂行に不適当の場合及び同第16条14号所定の自己の業務を営んだ場合の各解雇事由に該当する。

さらに,景気の後退下において,被告会社の業とする配線器具の製造販売及びプラスチック成型業における競争は熾烈を極めており,被告会社も平成5年の41期決算から赤字決算となり,経営の合理化及び経費の削減を迫られることとなったため,上野原及び山梨の各工場の全従業員に対し退職勧奨をする状況となり,また,合理化の一環として上野原の旧工場を売却して上野原の工業団地に進出し,プレス部門は新工場に集約し,部品加工,成型及び組立の一貫作業を行って経費の削減を図る等の状況となっていたものであり,本件配転命令当時,被告会社の本社工場には,前記のとおりの原告の日本語の能力からして原告が従事することのできる業務はなかったものであり,本件解雇は,就業規則第15条1号所定の被告会社のやむを得ない業務の都合によるものとしても有効なものである。

(ウ) 以上のとおり,本件解雇は,被告会社の就業規則第15条1号及び3号並びに第16条14号及び16号に基づくものとして有効であるが,原告も,本件解雇後,平成7年4月28日に被告会社が支払った退職金6万円を異議なく受領しており,原告自身,本件解雇が有効であることを承認しているものであるし,仮に原告の未払賃金及び賞与請求権が存在したとしても,消滅時効が完成しているからこれを援用する。

ウ 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求権の不存在

前記のとおり被告会社がした本件解雇は有効であり,原告の被告会社に対する賃金請求権は存在しない。

第3争点に対する判断

1  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(1)  被告会社の給与の支払については,就業規則62条を受けて,従業員給与規定(<証拠略>),給与細則ないし給与支給細則(<証拠略>)及び給与基準表(<証拠略>)が定められている。

昭和62年4月21日改訂後の従業員給与規定(以下「昭和62年給与規定」という。)の2.2条によれば,被告会社の給与支給日は,本社工場は毎月末日払いとされ,山梨工場及び上野原工場は10日払いとされている(<証拠略>)。

(2)  原告と被告会社間で本件雇用契約を締結した当時,被告会社においては,給与基準表の定める資格等級のうち,4等級以下の者については,日給月給制が適用され,5等級以上の者には月給制が適用されていた(乙16)。

なお,原告は,この点につき,上記乙第16号証と同趣旨の細則を定める乙17は,本件提起後に作成された不真正な書面である旨主張するが,昭和62年給与規定にも,3.1条において「日給月給表」に関して規定を置いていること,また,昭和54年4月1日付け改正給与規則に関し細則を定めた給与支給細則(乙32)はその体裁及び内容から真正な書面であると認められと(ママ)ころ,そこにおいては,4等級以下の一般作業職は日給制とする旨定められていたことが認められるのであって,これに照らせば,被告会社においては,従業員の資格等級に応じて,異なる日給又は月給制が適用されてきたものというべきであり,乙第16号証の給与細則は,乙第32号証の細則を,4等級以下の従業員について利益となるよう改正した後の規定であると認められるのであって,乙第17号証に関する原告の主張により前記認定は左右されない。

被告会社の給与基準表は,本給,資格手当等の賃金水準を一覧表の形式で規定しており,年ごとに改訂がされている(<証拠略>)。

(3)  被告会社の昭和62年給与規定には次のとおりの規定がされている。

2.7条 昇給は,毎年4月1回を原則とする。昇給額は,従業員の適正能力勤務成績及びその期間中の会社の営業成績を公平に勘案してその都度決定する。なお,諸般の事情によりその時期を等級別に2か月を超えない範囲で繰り上げて実施する場合がある。ただし,この条項は,定年を超えた従業員嘱(ママ)託従業員,準社員,臨時社員,特殊従業員には適用しない。(後略)

4.1条 賞与は,会社の業績によって,毎年7月及び12月の2回支給することがある。この場合の支給額は,各人の勤務及び業務成績,在職期間と会社の事業成績を考慮し,支給額を決定する。(後略)

4.2条 略

4.3条 賞与の計算方式は,該当期直前の決算業績に基づき配分額を決め,その都度計算率を変えて支給することができる。

4.4条 賞与は,勤務成績による勤務考課を行い,その判定により各自の支給額を定める。

4.5条 支給計算のための乗率の基準は(ママ)(定年者,嘱託,準社員及び特殊のケースで条件を定めた従業員には適用しない)計算の基礎額は,(基本給×乗率)+業務手当とする。また,会社の業績により加給金を加算することができる。

なお,被告会社の就業規則(<証拠略>)には,準社員に関する定義規定は存在しない。また,被告会社の平成11年12月6日に品川労働基準監督署に変更を届け出た従業員給与規定(<証拠略>)では,昇給及び賞与に関する規定において準社員に関する定めは削除されている。

(4)  被告会社は,被告会社上野原工場にアルバイトとして勤務していた原告の知人から原告が被告会社に就職を希望していると聞き,原告と面接し,原告がダッカ大学を卒業し,来日して日本語学校やコンピューター専門学校で学んだことを聞いていたことから,原告と本件雇用契約を締結した。

(5)  被告会社は,原告を時給1200円の給与条件により雇用する契約を締結する予定であるとして在留資格の変更許可申請書類を作成したところ(乙7),出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令によると,就労の認められる「人文知識・国際業務」の在留資格を取得するためには月給25万円以上でなければならないことが判明したため,原告の月給を25万円とする雇入通知書(甲9の1)を作成して原告に交付したものであったが,被告会社の賃金水準からすると,25万円との原告の給与月額は新入社員としては高額なものであった。

なお,原告は,乙第7号証は,甲第9号証の1から変造したものである旨主張するが,甲第9号証の1及び乙第7号証は,いずれも鉛筆により記入した同一の原本(<証拠略>)につき,改訂部分を消しゴムで消去して書き直したものをコピーして作成されたものである事実が認められ,原告の主張を採用することはできない。

(6)  本件雇用契約締結後,原告が被告会社から通知を受けた給与の内訳によれば,原告は,給与基準表のうちの本給基準表上,等級資格欄の3等級の一般職に該当し,日給月給制により給与の支払を受ける者に当たる(<証拠略>)。

原告は,平成3年11月から本件解雇までの間,被告会社から別紙給与額一覧表記載の各支給期間において,日給月給制により,給与日額欄記載の金額に出勤日数を乗じた金額に家族手当,精勤手当,時間外手当及び通勤手当等を加算した支給額の支払を受けた。また,原告は,被告会社から,別紙賞与等支払額一覧表各記載のとおりの賞与等の支払を受けた。

(7)  原告は,本件雇用契約締結前は東京都北区田端に居住していたが,被告会社は,原告をアルバイトとして雇用した後,上野原工場の隣接地所在の被告井出が使用していた社宅の2階を原告に貸与することとし,1か月分の電気・ガス・水道・灯油の使用料の見込額の約半額の8000円を徴収することとした。

(8)  被告会社では,原告が被告会社で勤務するうちに,原告は漢字が全く読めず,片仮名が書ける程度で,平仮名も十分に書けない程度の日本語の習熟度であり,直ちに翻訳や日本語のコンピューターの操作をさせることは不可能であることが判明した。そのため,被告会社としては,原告をコンピューター関係の業務に就労させることができないと考え,上野原工場における組立作業を引き続き担当させることとした。

他方,被告会社の貿易業務は,景気の後退から低迷し,原告に担当させることを予定していたバングラディシュとの貿易業務も実行されないこととなった。

(9)  平成4年7月ころ,原告に対する賞与支給額が少ないこと等に関する交渉につき原告から委任を受けた原告代理人は,同年10月27日,被告井出と協議を行い,その後同年11月4日付けの書面により,被告会社に対し,原告代理人が,本件雇用契約につき期間の定めのない雇用契約とすること,原告を日本人従業員と差別することなく同一に取り扱うこと及びその後の事情の変化に鑑み原告の賃金等について再協議の上決定し書面化することを申し入れたのに対し,被告会社はこれを快く受け入れてくれたとの認識を示し,さらに,原告の労働条件について協議を進めたいとの内容の申入れを行った(<証拠略>)。

そのころ,被告会社は,原告の在留資格更新のための申請書類として,賞与の支給有りと記載された同年11月14日付けの雇入通知書を原告に交付した(<証拠略>)。

(10)  原告は,平成5年に,家族の事情等により,上野原の社宅を出て東京に戻りたいとの希望を述べるようになり,平成5年5月に,同社宅から東京都北区田端に転居した。

(11)  バブル経済崩壊後の景気の後退下において,被告会社の業とする配線器具の製造販売及びプラスチック成型業における競争は激化し,被告会社の決算も平成5年の41期決算から赤字となり,経営の合理化及び経費の削減を迫られることとなったため,被告会社においては,上野原及び山梨の各工場の全従業員に対し退職勧奨をし,従業員の中にはこれに応じて退職する者も出る状況となった。

被告会社は,原告に対しても平成5年11月15日ころ退職に関する要請と題する書面を交付して退職を勧奨し(<証拠略>),また,平成5年11月に原告に対し交付した給与関係書類において,準社員としていた原告の地位を臨時社員と記載し,賃金額について特別作業手当を3万8000円から1万1000円に引き下げる旨通知し(<証拠略>),在留資格更新申請のための雇入通知書上,賃金支払方法を月給から日給に変更して記載した(<証拠略>)。

(12)  これに対し,原告から委任を受けた原告代理人は,退職には応じられないとして被告会社と交渉を行い,交渉に当たった被告井出に対し,被告会社において原告との本件雇用契約は期間の定めのないものであることを確認し,賞与等の労働条件は他の従業員と差別せずに同一に取り扱うよう求めた。

これに対し,被告会社は,平成6年1月20日付けの書面により,被告の平成5年の給与月額25万7000円(平成5年4月昇給後)の12か月分及び賞与2万円の2回分の支給実績合計312万4000円を算定の基礎とし,他方で賞与の支給基準を基本給及び業務手当の合計額に対し一定の乗率を掛ける方法によるとすると,平成5年12月に乗率として採用された1.55を乗率とすれば18万6000円になるとし,その2回分合計37万2000円を前記支給実績合計312万4000円から控除し,さらに12か月で除した22万9333円を勘案して給与月額を23万円とし,その内訳を,基本給分,家族手当分,通勤手当分及び精勤手当分等とする給与変更について提案を行った(<証拠略>)。

なお,被告会社作成の同提案書面には,追記として,被告会社の賞与支給対象期間は,7月支払分が前年12月1日から当年5月31日まで,12月支払分が当年6月1日から11月30日までであるところ,原告に対する平成5年12月分給与はすでに平成6年7月の賞与支給額変更にかかわらず25万7000円を支払済みであるから,差額2万7000円は平成6年7月の賞与支払時に清算するとの記載がされていた。

また,被告井出は,原告に対する特別作業手当を月額3万8000円から1万1000円に引き下げ,給与月額を23万円に引き下げることを提案したが,原告代理人はこれに対し,特別作業手当は2万1000円とすること及び当時原告に支給されていた交通手当が2万円であったが,東京から上野原工場に通勤していた原告の交通費実費がこれを超えていたことから,原告の勤務場所を本社工場とし交通費を実費支給することを求めた。

(13)  以上の交渉を経て,原告,原告代理人及び被告会社は,平成6年2月21日,原告の勤務に関し次のとおり記載された合意書面を作成して平成6年合意が成立した。同合意書面の文面は,原告代理人が文案を作成したものであった。

「1 原告の労働契約期間は,これを定めないこととする。

2  被告会社は,原告の昇給・賞与につき,他の一般従業員と差別せず,同等に取り扱うものとする。

3  被告会社は,平成6年3月末日限り,原告の就業場所を本社工場とし,原告はこれに従う。

4  前項によって原告の就業場所を本社工場に変更した以降の原告の給与

(平成6年度昇給前)は,下のとおりとする。

本給 6万円

資格給 0円

業務手当 6万円

特作手当 2万1000円

物価手当 5万2000円

精勤手当 5000円

家族手当 2万2000円

合計22万円

交通費 実費全額支給

5  被告会社は,上記以外の原告の労働条件についても,一般従業員と区別せず同等に扱うものとする。

6  被告会社は,上記以外の原告の労働条件についても,一般従業員と差別せず同等に扱うものとする。」

なお,交通費実費額は1万0350円となった。

(14) 被告会社は,平成6年1月から4月までの原告に対する給与月額を23万円として支給したが,その後,被告会社は平成5年12月当時の給与月額25万7000円と23万円との差額2万7000円の4か月分10万8000円を原告に対する残業手当調整分1万4478円に加算した合計12万2478円を,4月分給与の支給日である5月10日に「前月調整分」との支給費目により原告に対して支払った(甲2の34)。

(15) 原告は,平成6年9月,妻にアルバイトの仕事がないのでサラリーマン相手の弁当屋を開きたいとの相談を被告会社にしていたが,その後,同年10月12日付けで,原告を営業者とする飲食店の営業許可を取得し(<証拠略>),同年10月17日から,カレー店の営業が開始された。

(16) 原告は,被告会社の本社工場においてプレス作業を担当していたが,被告会社は,原告に対し,制御装置付きプレス機械の操作技術を習得させるため,平成6年10月31日,プレス作業主任者技術講習を受講させ,原告は,同年11月28日,主任講習終了証の交付を受け,主任者としての資格を得た(<証拠略>)。

(17) 被告会社は,景気後退下においてさらに経営合理化及び経費削減を行うため,上野原工業団地に新工場を建設し,同工場で部品の製造,加工,成型,組立の一貫作業を行うことを決定し,本社工場のプレス部門についても上野原工場に集約化することとし,平成7年2月の新工場の完成に伴い,本社工場のプレス部門の従業員全員に対し,新工場への配置転換を通知したが,平成7年1月9日,本件配転命令を受けた原告は,いったんは同意したものの,翌日,平成6年合意を理由としてこれを拒否するに至った。

2 以上認定した事実及び前記争いのない事実により争点につき判断する。

(1) 原告の被告らに対する損害賠償請求権の存否

ア 原告は,本件雇用契約における原告の職務内容は,コンピューター関係業務とする合意がされていたのに,被告会社は原告にプラスチック製品組立作業等の単純作業のみをさせた債務不履行又は不法行為が存在すると主張する。

これに対し,被告会社は,本件雇用契約締結に際し,前記認定のとおり原告の本国であるバングラディシュの会社との取引が拡大することを希望していたものであり,原告が在留資格の変更を受けた後には,原告が通訳としての業務を担当することも含めて本件雇用契約を締結した事実が認められるのであり,本件雇用契約の当初から単純作業に従事させることを予定していたような事情は認められず,その後原告が被告会社で勤務する間に,原告が日本語の能力に不足していることが判明したことから,当初予定していた職務の担当ができなくなった事実が認められる。

原告は,被告会社が原告に対し現実にコンピューター関係業務を一度も担当させていないにすぎず,原告はこれを担当する能力がある旨主張するが,原告は本件訴訟における本人尋問においても通訳人を通じて陳述を行う等しており,自らが通訳業務を行うことは不可能であると認められ,さらに,漢字が読解できない状態では,被告会社においてコンピューター関係業務を担当することも不可能であるといわざるを得ない。

そうすると,被告会社が原告に対し継続してプラスチック製品組立作業等を担当させたことをもって被告会社の責に帰すべき債務不履行であるとか不法行為に該当する事実を認めることはできないというべきである。

他方,被告会社は,本社工場において原告にプレス作業を担当させた際には,同業務を行うための研修を受けさせて資格をとることができるよう図るなど,原告の能力に応じた能力開発も行っていたものと認められる。

イ 原告は,被告会社が原告の身分を正社員でなく準社員として位置付け,試用期間経過後も,原告を準社員として給与計算方法を月給でなく日給月給による扱いとしたことが不当な扱いであるとするが,このうち,被告会社における「準社員」の地位については就業規則上明確ではないものの,被告会社の給与規定によれば,原告は日給月給制の適用を受ける社員に該当することは前記認定のとおりであるから,被告会社が原告について日給月給制を適用したことには違法の点はないものと認められ,また,準社員として位置づけたこと自体により原告が損害を受けた事実は認められないというべきである(原告に対する昇給及び賞与に関する扱いについては後記のとおりである。)。

ウ 被告会社が原告に対し,平成5年11月1日に交付した給与個人別基準表において,準社員としていた原告の地位を臨時社員とし,賃金額についても特別作業手当を3万8000円から1万1000円に引き下げる旨通知した点については,被告会社は,その後,原告代理人と,原告の勤務条件に関する交渉を行うとともに,平成5年12月分給与については,交渉中に従来どおりの給与月額25万7000円の基準による支払をしている事実が認められ,これらに照らせば,被告会社のした給与個人別基準表の記載は,経営合理化及び経費節減が急務となっている被告会社において,退職勧奨と併せて,賃金等についても見直しを求める申し入れを行ったにとどまるものというべきであり,前記の事実関係の下で,そのような申入れを行ったこと自体が債務不履行又は不法行為に該当するものとは認められず,また,雇入通知書に支給給与を日給と記載したことについても,これにより原告に損害が発生した事実を認めるに足りる証拠はない。

エ 被告会社の作成した雇入通知書(甲9の1)には,毎年4月に,3から5パーセントの本給の昇給があると記載されていたが,原告については,毎年物価手当の増額による給与額の増加はあったものの,平成5年4月まで本給の昇給がされなかったことにつき,被告会社の昭和62年給与規定2.7条によれば,従業員の昇給については,毎年4月1回を原則とするが,昇給額は,従業員の適正能力勤務成績及びその期間中の会社の営業成績を公平に勘案してその都度決定するとされており,同規定に照らせば,雇入通知書の文言は,これにより具体的な昇給までを約束した内容のものとは認められず,被告会社が平成5年4月まで原告に対し物価手当増額分の昇給のみしかしなかったことにつき債務不履行又は不法行為が成立するものとは認められない。

オ 原告が,賞与支給に関し差別的な取り扱いを受けたとする点についても,被告会社の昭和62年給与規定4.1条,4.3条ないし4.5条の内容からすれば,個々の従業員が被告会社に対し給与規定に基づく具体的賞与請求権を有するものとは認められず,原告については,前記のとおり,「人文知識・国際業務」の在留資格を取得するために,当初予定していた時給による給与の支払でなく,他の従業員に比して相対的に高額となる給与月額を支給することとなったこと,ひいては,支給される給与額に応じた勤務内容を十分に達成することが原告に求められていたというべきところ,原告は日本語の能力が不足していたため,本件雇用契約において予定していた通訳業務及びコンピューター関係業務等を担当できないこととなって(ママ)ものであり,これらの事実関係の下において,被告会社が原告に対する賞与として一定額の2万円の賞与の支給が相当であると判断したことにつき,違法又は不当な点があるものとは認められず,その後の平成6年合意に関する交渉経緯においても,原告又は原告代理人から過去の賞与支給額に関する新たな合意は求めなかったものであり,原告自身も平成5年12月までの支給賞与については,了承していたものと認められる。

カ 被告会社が,平成5年11月15日ころ,原告に対し退職を勧奨したことは前記認定のとおりであるが,そのころ,被告会社は景気後退下で,被告会社の各工場の従業員に対し退職勧奨をしていた事実が認められ,このような状況において,被告会社が原告に対し書面で退職勧奨をした事実をもって,原告に対する不当な債務不履行又は不法行為であると認めることはできないというべきである。

キ さらに,被告会社が,原告の同意なしに平成6年1月分から同年4月分までの支給給与に関し特別手当を一方的に3万8000円から1万1000円に減額して支給し,原告は差額分10万8000円の損害を受けたとする点については,平成6年合意成立当時の被告会社の認識としては,原告に対する賞与支給額を具体的に定める合意をするについては,給与月額の減額を要すると考え,交渉の結果,年間の総支給額が減額とならないようこれを給与月額と賞与予定額とに割り付けた金額を新たな給与月額及び賞与予定額とする,すなわち,給与月額の減額分が賞与として支給されることになるのと同様の変更が合意されるに至ったものであるところ,被告会社は,合意成立前からこのような考えに基づき,平成5年12月分はすでに従前の月額給与25万7000円を基準として支払ったから,平成6年7月の賞与で清算を求める旨を提案書(<証拠略>)に追記しており,これに対して原告又は原告代理人から異議のないまま平成6年合意が成立したことから,被告会社は,原告の東京の本社工場勤務は4月からとなったが,給与月額と賞与との割付は合意のとおり変更されると認識して,原告の給与月額となる23万円との差額2万7000円を賞与分として減額して支払ったものと認められる。そして,被告会社はその後原告から減額分の支払を求められて速やかに支払っている事実が認められること及び原告自身も被告会社のした平成6年1月分から4月分までの給与月額の減額支給について,当時平成6年合意の内容に違反するなどの異議を述べていないことからしても,被告会社のした減額支給が平成6年合意に反する違法,不当な行為である事実を認めるには足りない。

(2) 本件解雇の効力及び未払賃金等請求権の存否

ア 前記前提となる事実記載のとおり,被告会社の就業規則には,被告会社が業務の都合上,従業員に転任,配置転換,社外業務の派遣等を命ずる事があると規定されていることからすれば,被告会社は業務上の必要に応じ,その裁量により原告の勤務場所を決定することができるというべきであるが,当該転勤命令につき業務上の必要性が存する場合であっても他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど,特段の事情の存する場合は,当該転勤命令は権利の濫用になると解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決・判例時報1198号149頁参照)。そこで,本件配転命令により被告会社が原告に対して命じた配転の効力につき検討する。

イ 本件配転命令は原告に対し上野原工場での勤務を命じるものであるが,本件雇用契約締結の当初,原告の勤務地を被告会社本社に限定する合意がされた事実はこれを認めるに足りる証拠はない。

原告は,平成6年合意は,原告の就業場所を東京の本社工場とすることを条件として給与月額の変更に応じたものであり,勤務場所の限定と給与の変更は対価関係にあるから,本件雇用契約において原告の就業場所を本社に限定する効力を有するものである旨主張する。しかしながら,平成6年合意は,その明文上,本件雇用契約について勤務場所を今後恒久的に本社工場に限定する内容であるものとは認められず,原告にとって,東京本社を勤務場所とすることが,支給給与の変更といわば対価関係にあったとしても,それは平成6年合意に合意するかどうかの問題であって,平成6年合意によって本件雇用契約について原告の勤務場所を東京の本社工場に限定する旨の合意がされた事実を認めるには足りない。

また,原告は,本件配転命令は,原告が有する人文知識・国際業務の在留資格以外の業務であるプレス作業に原告を従事させるものであり,原告の在留資格及び本件雇用契約に違反するもので無効である旨主張するが,前記認定のとおり,原告は本社工場において現にプレス作業を担当していたものであり,その作業担当を引き続き行うこととする本件配転命令が無効となるとする原告の主張を採用することはできない。

ウ そして,被告会社は,景気後退に対する対応策としての経営合理化及び経費節減方策の一環として,原告を含む本社工場のプレス作業担当者全員に対し,配転命令をなしたものであり,前記認定事実及び前提となる事実を総合すれば,本件配転命令には業務上の必要性があり,かつ原告に著しい不利益を負わせるものであるような事情も認められないから,本件配転命令は有効なものであるといえ,これを拒否した原告の行為は就業規則16条16号の解雇事由に該当し,本件解雇は解雇権の濫用には該当せず,有効なものと認められるから,原告と被告会社間の本件雇用契約は本件解雇により終了したというべきである。

(3) 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求権の存否

前記(2)認定のとおり,被告会社のした本件解雇は有効であると認められ,前記認定事実の下で,被告会社のした本件解雇により,原告がその後被告会社に勤務していれば得られた給与等相当額の支払を受けられなかったとしてもその支払を求める請求権を基礎づける事実は認められず,原告の主張は失当であるというべきである。

3 以上のとおりであるから,主文のとおり判決する。

(裁判官 矢尾和子)

(別紙) 給与額一覧表

<省略>

賞与等支払額一覧表

<省略>

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