東京地方裁判所 平成11年(ワ)12075号 判決 2001年3月15日
原告
片山章代
被告
三田村正一
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告に対し、三二〇六万九五一一円及びこれに対する平成九年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、八二二一万八二四三円及びこれに対する平成九年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告三田村正一が運転する大型貨物自動車(以下「加害車両」という。)に轢過されて死亡した片山隼(以下「亡隼」という。)の母である原告が、被告三田村に対しては民法七〇九条に基づき、加害車両の運行供用者である被告小倉建材工業株式会社に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、それぞれ損害賠償の請求をした事案である。本件は、「片山隼君事件」として広くマスコミで報道された事件であり、被告三田村は、いったん東京地方検察庁から不起訴処分とされたものの、これを不服とする原告及び亡隼の父である訴外片山徒有(以下「訴外徒有」という。)が、署名運動をするとともに、検察審査会に対しては審査申立てを、東京高等検察庁に対しては東京地方検察庁への再捜査指示の職権発動を求める申立てをし、再捜査の結果、平成一〇年一一月二六日に業務上過失致死被告事件として被告三田村に対する公訴が提起され、また、平成一一年六月二日に本訴が提起されたものである。
一 争いのない事実等
(一) 事故の発生(争いがない。)
以下の日時、場所及び当事者間において交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(1) 日時 平成九年一一月二八日午前七時五〇分ころ
(2) 場所 東京都世田谷区砧一丁目一五番先交差点(以下「本件交差点」という。)付近
(3) 加害車両 大型貨物自動車(車体の長さ七・九メートル、車体の幅二・四九メートル、車体の高さ三・四五メートル、車両重量一一・一九トン・最大積載量八・五トン)
(4) 同運転者 被告三田村
(5) 同運行供用者 被告小倉建材工業株式会社
(6) 被害者 亡隼
(二) 本件事故の具体的態様等(証拠を掲げたもの以外は、争いがない。)
(1) 本件交差点は、渋谷方面から狛江方面へとほぼ東西に走る片側一車線、全幅員約九・〇五メートル、片側幅員約三・二メートル、道路中央部分に幅員約二・六五メートルのゼブラ表示のある都道世田谷通り(以下「世田谷通り」という。)と、砧二丁目方面から砧公園方面へとほぼ北西から南東へ走る幅員約四・七五メートルないし約五・一五メートルの道路とが、やや斜めに交差する変形十字路の交差点である。世田谷通りには、その南側と北側にそれぞれ幅員約三・〇メートルの歩道が設けられている(甲九、二一、二二の一、二四の三、乙一六)。
(2) 本件交差点自体には信号機は設置されていないが、本件交差点の東側渋谷方面出口の世田谷通り上には、歩行者用及び車両用の信号機が設置された幅員約四・三五メートルの横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)が設けられている。
(3) 本件事故当時は、通勤通学時間帯であり、本件横断歩道を利用して世田谷通りを横断する人が多かった。世田谷通りの北側車線は、本件交差点付近において渋滞していた。
(4) 被告三田村は、本件事故当時、砕石約一一トンを積載した加害車両を運転し(加害車両は、前記のとおり最大積載量が八・五トンであるから、過積載の状態にあった。)、世田谷通りを西方の狛江方面から東方の渋谷方面に向けて走行して、本件交差点に差しかかった。被告三田村が走行していた世田谷通りの北側車線は、前記のとおり渋滞していたため、被告三田村は、先行車両に追従して発進と停止を繰り返しながら進行し、先行車両が停止したのに続いて、本件横断歩道をほぼ塞ぐようにして加害車両を停止させた。
(5) 被告三田村は、本件横断歩道上の亡隼の存在に全く気付かないまま、先行車両に追従して加害車両を発進・進行させた結果、加害車両の右前部を亡隼に接触させた。亡隼は、最初の接触後、世田谷通りの車道上を渋谷方面に向かって進み、加害車両から逃れようとしたが、被告三田村は、これにも気付かずに次第に加害車両を加速させ、再度、加害車両の前部中央付近を亡隼に接触させた。亡隼は、さらに世田谷通りの車道上を渋谷方面に向かって駆け抜けて加害車両から逃れようとしたが、被告三田村は、なおも亡隼の存在に気付かず、加害車両の左前部を亡隼に衝突させて亡隼を路上に転倒させ、左前輪及び左後輪で轢過し、即時同所において、亡隼を全身挫滅により死亡させた。
(6) 被告三田村は、亡隼を轢過した後、反対車線に停止していた車両の運転手やその後続車両の運転手から、停止するよう合図を受け、かつ、これに気付いていたにもかかわらず、加害車両を停止させず、そのまま本件事故現場から走り去った。
(三) 相続
原告は、亡隼の母であり、訴外徒有が相続放棄をしたので、亡隼の死亡によりその損害賠償請求権をすべて相続した。
(四) 損害のてん補
原告は、平成一〇年七月一六日、自動車損害賠償責任保険から三〇〇〇万二七〇〇円の支払を受けた。
二 争点(亡隼及び原告の損害額)
原告の主張する損害額は、以下のとおりである。
(一) 逸失利益 七三二四万六五五七円
(1) 亡隼は、死亡当時八歳であり、本件事故に遭わなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労し、その間、平成九年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均年収である五七五万〇八〇〇円の年収を得ることができたというべきであるから、生活費控除率を五〇パーセントとして、ライプニッツ方式により年二パーセントの割合で中間利息を控除すると、亡隼の逸失利益は、次のとおり、七三二四万六五五七円(円未満切上げ)となる。
計算式:575万0800円×(1-0.5)×(34.456104〔年2パーセントの割合で中間利息を控除する場合の59年間のライプニッツ係数〕-8.982585〔同10年間のライプニッツ係数〕)=7324万6557円
(2) なお、昨今、公定歩合及び定期預金等の金利が極めて低利率であり、被害者側が定期預金で資金運用をしても年五パーセントの割合による運用利益を上げることは到底できないことにかんがみれば、将来の逸失利益の算定に当たって、中間利息の控除割合を年五パーセントとする従前の取扱いは、被害者側にとって著しく不利であり、被害者側の救済、ひいては、損失の公平な分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念に反する。本件事故当時の公定歩合が〇・五〇パーセントであったことからすれば、控え目な算定方法を採って中間利息の控除割合を高めに設定したとしても、これを年二パーセントとするのが相当である。
(二) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円
本件事故に関する以下の各事情等を総合考慮すると、亡隼の慰謝料は二五〇〇万円、原告の慰謝料は五〇〇万円とするのが相当である。
(1) 亡隼は、本件事故当時、小学生でありながら高い才能を有し、将来に対する希望に満ちていたものであり、原告にとっては、かけがえのない大切な子供であった。
(2) 亡隼は、本件事故当時、わずか八歳であり、身長約一一五センチメートルにすぎなかった。亡隼は、車体の高さが三・四五メートル、重量が積載物を含めて二二トン以上にも及ぶ大型貨物自動車に何度も接触・衝突され、走って逃げようとしたものの、最後には轢過されて死亡するに至ったもので、このような事態に陥った亡隼の苦痛は、筆舌に尽くし難いほど大きい。また、本件事故は、原告が登校する亡隼を自宅から送り出した直後、自宅近くで起こったものであり、本件事故後に轢過され頭部が潰された状態の亡隼の遺体に対面した原告の精神的苦痛も、計り知れない。
(3) 亡隼は、本件横断歩道を、砧二丁目方面から砧公園方面へと、歩行者用信号機が青色を表示している状態で渡り始めたが、途中で青色信号が点滅し始めたので、砧二丁目方面へ引き返したところ、加害車両に衝突されたものであって、亡隼には全く過失がない。
(4) 被告三田村は、本件横断歩道をほぼ塞ぐ形で加害車両を停止させたものであるが、同所からは、本件横断歩道に設置された車両用信号機の表示が見えない状態であった。そして、本件事故当時は、通勤通学時間帯であり、本件横断歩道を通行する人が多かったから、被告三田村には、加害車両を発進・進行させるに当たっては、本件横断歩道上の歩行者の有無を十分に確認すべき注意義務があったのに、同僚との無線交信に気を取られてこれを怠り、漫然と加害車両を発進・進行させた結果、何度も亡隼に加害車両を接触・衝突させ、轢過して死亡させたものである。したがって、被告三田村には、本件事故発生について重大な過失がある。
(5) 被告三田村は、亡隼を轢過した後、そのまま本件事故現場から加害車両を運転して走り去った上、原告及び訴外徒有に対し、「本件事故に全く気付かなかった」と述べ、刑事公判においても、同様の陳述を繰り返して、過失の有無についての認否を留保していた。このような本件事故後の被告三田村の態度は、原告の精神的苦痛を一層増大させた。
(6) 原告及び訴外徒有は、東京地方検察庁が被告三田村をいったん不起訴処分としたことから、検察審査会に対しては審査申立てを、東京高等検察庁に対しては東京地方検察庁への再捜査指示の職権発動を求める申立てをし、これらと併せて、平成一〇年五月三日から署名運動をしたところ、同年一一月二六日までに二一万一五〇〇人余りの署名が集った。原告が本件事故により受けた精神的苦痛は、これほど多くの人々の共感を呼ぶほど大きなものであった。
(三) 葬儀関係費用 一五〇万〇〇〇〇円
(四) 損害のてん補 三〇〇〇万二七〇〇円
(五) 弁護士費用 七四七万四三八六円
(六) 損害額合計 八二二一万八二四三円
第三当裁判所の判断
一 本件の経緯
本件事故から本件提訴に至る経緯に関しては、前記争いのない事実等の外、証拠(甲五、六、八ないし一一、一八、一九、二一、二二の二、二三、二四の一ないし二四の四、二五、二六の一及び二、二七の一及び二、乙二ないし八、一二、一三、一五、一六)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 被告三田村は、平成四年三月ころから被告小倉建材工業株式会社に勤務し、平成七年六月七日に第一種大型免許を取得した後は、加害車両を自己専用車とし、同車を運転して砕石、砂利等の運搬業務に従事していた。被告三田村には、過積載九回及び赤信号無視一回の違反歴があり、平成六年及び平成八年に、それぞれ免許停止三〇日の行政処分を受けたことがある。
(二) 亡隼は、平成元年九月四日に出生し、本件事故当時、東京都世田谷区所在の世田谷区立砧小学校に在籍し、同区砧一丁目一五番九号所在の自宅から徒歩で同小学校に通学していた。亡隼の自宅は、本件交差点の北西方向に在って、世田谷通りとの北西交差道路沿いに位置し、本件交差点までの距離は約八八メートルである。亡隼は、通常、自宅から砧小学校までは、前記北西交差道路から本件交差点に至り、本件横断歩道を北側から南側へと横断し、さらに本件交差点の南西角の方へと横断して、世田谷通りの南側歩道を狛江方面へと歩いて通学していた。亡隼は、本件事故当日、原告に玄関先で見送られて自宅を出て数分後に、いつもと同じ通学路を通って砧小学校へ向かう途中で本件事故に遭ったものである。
(三) 亡隼は、歩行者用信号機が青色点滅を表示している間に、本件横断歩道の横断を開始し、前記争いのない事実等(二)(四)記載のとおり、本件横断歩道をほぼ塞ぐ形で停止していた加害車両の前面を通過して、本件横断歩道の中央付近まで小走りで進んだ。しかし、亡隼は、本件横断歩道の中央付近で歩行者用信号機が赤色表示に変わったことから、反転して北側歩道へ引き返そうとし、再び加害車両の前面を通過しようとしたところを、前記争いのない事実等(二)(五)記載のとおり、加害車両に三度にわたり接触・衝突され、路上に転倒させられて加害車両の左前輪及び左後輪で轢過され、全身挫滅により死亡した。亡隼の頭部・顔面は、生前の面影が全く窺われないほどに全面的に潰れ、変形した状態であった。
この点に関し、原告は、亡隼が、本件横断歩道の歩行者用信号機が青色を表示している間に本件横断歩道の横断を開始し、これが青色点滅表示に変わったので、北側歩道へと戻り始めた旨主張している。しかしながら、前掲の各証拠によれば、亡隼の本件事故直前の行動を直接目撃していた訴外柳田照和は、捜査段階から公判に至るまで、亡隼は青色点滅表示で横断を開始し、赤色表示で戻って行った旨一貫して供述しており、本件事故直後に、職場の上司である訴外島田雅順に対しても同様の説明をしている。そして、訴外柳田の目撃証言は、同人が本件事故直後に一一〇番通報をしたか否かという点を除けば、他の目撃証言と符合するとともに、本件事故を加害車両の痕跡及び亡隼の遺体の状況等から客観的に分析した訴外逸見和彦作成の鑑定書及び同人の公判供述とも整合し、信用性が高いものと判断される。これらの点にかんがみると、亡隼は、訴外柳田の供述するとおり、青色点滅表示で本件横断歩道の横断を開始したと認めるのが相当であり、他に前記の認定を左右するに足りる証拠はない。
(四) 被告三田村が本件横断歩道上に加害車両を停止させてから発進させるまでの間に、本件横断歩道の歩行者用信号機が青色表示に変わり、亡隼より先に数人の歩行者が加害車両の前面を通過したが、被告三田村は、これらの歩行者の存在にも、当時、全く気付いていなかった。
(五) 加害車両は、大型貨物自動車であり、普通乗用自動車等に比べて直接目視によって確認できる範囲が狭くなるため、これにアンダーミラー、サイドアンダーミラー等が設置されている。本件事故当時も、本件横断歩道から発進するに当たって、少なくともアンダーミラーを確認していれば、加害車両前面を右側から左側へと横切ろうとしていた亡隼の姿を認めることができたにもかかわらず、被告三田村は、このような確認をしなかった。
(六) 被告三田村は、前記争いのない事実等(二)(六)記載のとおり、亡隼を轢過したことに全く気付かずに、加害車両を運転して本件事故現場から走り去ったところ、約三五分後である午前八時二五分ころ、東京都世田谷区桜新町二丁目二七番二五号先路上に加害車両を停車させているところを、警察官に発見され、車輪に血痕等の附着が認められたことから、業務上過失傷害及び道路交通法違反(ひき逃げ)の現行犯人として逮捕された。
(七) 被告三田村は、平成九年一二月八日に釈放され、同月一八日に、東京地方検察庁により嫌疑不十分を理由として不起訴処分とされた。
(八) 原告及び訴外徒有は、平成一〇年五月一三日、東京第二検察審査会に対して、被告三田村の不起訴処分を不当として審査の申立てをし、同年六月二九日、東京高等検察庁に対して、東京地方検察庁への再捜査指示の職権発動を求める申立てをした。原告及び訴外徒有は、これらと並行して、適正な捜査を求める署名運動をしたところ、同年一一月二六日までに約二一万一五〇〇人余りの署名が集り、本件事故は、「片山隼君事件」として世間の注目を集め、大きくマスコミに取り上げられることとなった。
(九) 東京地方検察庁は、平成一〇年七月ころ、東京高等検察庁の指示により、本件事故の再捜査を開始したが、そのころ、世田谷通りの南側車線の本件横断歩道手前で自車を停止させ、本件事故の状況を直接目撃していた訴外柳田が、目撃証人として名乗り出た。訴外柳田は、本件事故がマスコミで大きく取り上げられたことから、当初、目撃証人として名乗り出ることを躊躇していたが、原告らの前記署名運動に関わっていた訴外島田の知人が、訴外島田に署名を求めに来たのをきっかけとして、訴外島田の勧めで目撃状況を供述することにしたものである。
(一〇) 東京地方検察庁は、再捜査の結果、平成一〇年一一月二六日に被告三田村を業務上過失致死罪で起訴した。被告三田村は、亡隼を加害車両で轢過したことは認めたものの、過失がないとして無罪を主張して争ったが、平成一二年五月二三日、東京地方裁判所において、禁錮二年・執行猶予四年の有罪判決を受け、同判決は控訴されることなく確定した。
二 被告らの責任原因
前記争いのない事実等及び第三の一で認定した各事実によれば、被告らには、それぞれ、以下の事由により、原告に対し、後記三認定の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告三田村は、加害車両を運転して、本件横断歩道上に一時停止した後、先行車両に続いて発進・進行するに当たり、本件横断歩道上及びその直近を横断する歩行者の有無及びその動静を確認して発進・進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、同歩行者の有無及びその動静を確認しないまま漫然と発進・進行した過失により、亡隼を轢過して死亡させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に対して損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告小倉建材工業株式会社は、加害車両の運行供用者として、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に対して損害を賠償すべき責任がある。
三 亡隼及び原告の損害額
(一) 逸失利益 三二〇七万二二一一円
(1) 亡隼は、死亡当時八歳であり、本件事故に遭わなければ一八歳から六七歳まで四九年間就労し、その間、平成九年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均年収である五七五万〇八〇〇円の年収を得ることができたというべきであるから、生活費控除率を五〇パーセントとして、ライプニッツ方式により年五パーセントの割合で中間利息を控除すると、亡隼の逸失利益は、次のとおり、三二〇七万二二一一円(円未満切捨て)となる。
計算式:575万0800円×(1-0.5)×(18.8757〔59年間のライプニッツ係数〕-7.7217〔10年間のライプニッツ係数〕)=3207万2211円
(2) 中間利息の控除割合について
逸失利益の算定における中間利息の控除は、被害者が将来の一定の時点で受けるべき利益を被害者の死亡時点等における現価として算定するために、その間の一般的な運用利益を控除するものである。そして、民事法定利率を年五分とする民法四〇四条、四一九条の規定が、民法制定当時の我が国及び諸外国の一般的な貸付金利や法定利率などを参考に、一般的な運用利益が考慮された結果定められたものであり、このような民法の規定が現在に至るまで改正されていないこと等にかんがみれば、逸失利益の算定における中間利息の控除についても、これを民事法定利率である年五分とすることは、現時点においても、それなりの合理性を有するものと考えられる。とりわけ、本件のように、約五〇年という長期間にわたる逸失利益を算定するに際し、その間の運用利益を過去数年の公定歩合や定期預金の金利等から客観的かつ高度な蓋然性をもって予測するのは極めて困難なことであり、昨今の経済情勢が極めて低金利で推移しているからといって、以後数十年間の長期にわたり、このような低金利が継続するとも認め難い。したがって、本件における逸失利益を算定するに当たっての中間利息の控除割合は、年五パーセントとするのが相当である(東京地裁平成一二年四月二〇日判決・判例時報一七〇八号五六頁、東京高裁平成一二年九月一三日判決・金融・商事判例一一〇一号五四頁、東京高裁平成一二年一一月八日判決・自動車保険ジャーナル一三七四号参照)。
(二) 慰謝料 合計二六〇〇万〇〇〇〇円
本件事故に関する一切の事情、特に、<1> 本件事故は、被告三田村の一方的な過失によって引き起こされたものであり、本件事故の発生について亡隼に全く過失は存しないこと(被告らも、本民事訴訟においては、亡隼に過失があるとの主張をしていない。)、<2> 亡隼は、本件事故により、わずか八歳で命を失い、その有していた無限の可能性を永遠に奪われてしまったこと、また、迫り来る大型貨物自動車から必死に逃れようとしたにもかかわらず、これに轢過されて死亡するに至った亡隼の恐怖と苦痛は、言葉には尽くし難いものであったというべきこと、<3> 一方、長男を病気で失った後、深い愛情を注いで育ててきた二男の亡隼を一瞬にして失った原告及び訴外徒有の悲しみと無念の気持ちが、計り知れないほど大きなものであることは、原告本人尋問や訴外徒有の証人尋問等を通じて当裁判所にも明らかなところであること、とりわけ、亡隼の遺体の状況は、頭部・顔面が変形して、生前の面影が全く窺われないほどに悲惨なものであり、元気な姿で登校する亡隼を自宅から送り出して間もなく、病院の霊安室において、一転して変わり果てた姿の我が子と対面せざるを得なかった原告の悲嘆は、察するに余りあるものであること、<4> これに対し、被告三田村は、本来停止してはいけない横断歩道上に加害車両を停止させ、横断歩道上の歩行者の有無やその動静を直接視認するのが難しい状況を自ら作出した上、横断歩道上から大型貨物自動車を発進・進行させるに当たって、アンダーミラー等を利用して歩行者の有無やその動静について細心の安全確認をすべきことは、運転者として基本的な注意義務に属するのに、この安全確認を怠ったものであること、そして、被告三田村がわずかな注意を払ってアンダーミラーを一瞥していれば、本件事故の発生を防ぐことができ、亡隼が命を失うことはなかったであろうことを考えると、被告三田村の過失は重大といわなければならないこと、<5> さらに、本件事故については、いったん被告三田村が不起訴処分とされたのに対し、これに納得することなく真相の究明を求め続けた原告及び訴外徒有の粘り強い努力と、これに共感した多くの人々の協力とによって、その全容が解明されるに至ったものであること、そして、その後、この「片山隼君事件」を教訓として、交通事故の捜査の在り方について根本的な見直しが行われるとともに、被害者及びその遺族の心情に配慮し、その権利をより重視する方向で、捜査実務や裁判実務の運用が改められつつあり、このような本件事故の真相の究明に向けての原告及び訴外徒有の熱意と努力も、慰謝料額を算定するに当たって十分に斟酌すべきものであること、等を総合して考慮し、本件事故については、亡隼の慰謝料として二二〇〇万円を、原告の慰謝料として四〇〇万円を相当と認める。
(三) 葬儀関係費用 一五〇万〇〇〇〇円
本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用として、原告請求に係る一五〇万円を相当と認める。
(四) 以上(一)ないし(三)の小計 五九五七万二二一一円
(五) 損害のてん補後の小計 二九五六万九五一一円
前記(四)の金額から争いのないてん補額である三〇〇〇万二七〇〇円を差し引くと、二九五六万九五一一円となる。
(六) 弁護士費用 二五〇万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、二五〇万円をもって相当と認める。
(七) 合計 三二〇六万九五一一円
四 結論
よって、原告の被告らに対する請求は、各自三二〇六万九五一一円及びこれに対する本件事故の日である平成九年一一月二八日から支払済みまて民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典 村山浩昭 来司直美)