東京地方裁判所 平成11年(ワ)1310号 判決 2001年2月16日
原告
堀越勇一
被告
臼井敦志
主文
一 被告は原告に対し、三五八〇万七五三八円及びこれに対する平成七年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、五五四〇万七三八六円及びこれに対する平成七年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、信号機による交通整理の行われている交差点において、交差する道路を走行して、それぞれ交差点で右折しようとした自動車と自動二輪車との衝突事故において、自動二輪車の運転者が自動車の運転者に対して、民法七〇九条に基づきその損害の賠償を請求した事案である。
なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。
二 争いのない事実等
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成七年三月二二日午後七時四〇分ころ
(二) 場所 東京都豊島区東池袋三丁目一一番九号先交差点
(三) 事故車両
(1) 被告車 普通乗用自動車(練馬五九ま二八〇六)
運転者 被告
(2) 原告車 自動二輪車(足立の五一五六)
運転者 原告
(四) 本件事故現場の状況
本件事故現場は、熊野町方面から大塚方面に抜ける片側三車線で、交差点の熊野町側に右折車線が設けられていて交差点入口が四車線となっている通称春日通りと呼ばれている道路(以下「春日通り」という。)と、池袋駅方面から巣鴨方面に抜ける二車線で交差点の池袋駅側に右折車線が設けられていて交差点入口が二車線となっている道路(以下「交差道路」という。)が交差する信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)である。熊野町方面から大塚方面に向かって交差点に入る道路には右折矢印の信号機が設置されていた。
(五) 事故態様
被告が被告車を運転して、春日通りを熊野町方面から大塚方面に向かって走行し、本件交差点で、交差道路に向かって本件交差点を池袋方面に右折しようとしたところ、交差道路を池袋駅方面から巣鴨方面に進行してきて、春日通りに向かって本件交差点を大塚方面に右折しようとした原告運転の原告車に衝突したもの(なお、事故態様の詳細、特に信号関係については、後述する過失相殺との関係で争いがある。)。
2 原告の傷害及び治療状況
(一) 原告は、本件事故により骨盤骨折、仙骨骨折、恥骨骨折、左橈骨骨折等の傷害を負った。
(二) 原告は、以下のように治療を受けた。
(1) 入院
平成七年三月二二日から平成七年六月三日まで(七四日間)
平成八年五月二七日から平成八年五月三〇日まで(四日間)
(2) 通院
平成七年六月二日から平成九年七月一四日まで(実通院日数三四日間)
3 原告の後遺障害
原告には、左手関節の可動域制限、左手掌部の知覚鈍麻、尿失禁等の後遺障害が残り、自算会調査事務所において、「一肢の三大関節中の一関節に著しい障害を残すものとして」一〇級一〇号、「骨盤骨に著しい奇形を残す」ものとして一二級五号の後遺障害等級認定を受け、併合九級の認定を受けた。
三 損害についての原告の主張
1 治療費関係 一七四万八〇五〇円
(一) 治療費 一〇四万四一四四円
内訳
日大板橋病院(外科) 二二万一五四〇円
(泌尿器科) 七万〇〇七〇円
要町病院 六八万七〇〇四円
薬代 三万八二一八円
失禁パット・パンツ代 二万七三一二円
(二) 付添看護料 四四万一三八九円
(三) 付添貸ベット代 一万〇九一七円
(四) 入院雑費 一〇万一四〇〇円
(五) 入通院交通費 一五万〇二〇〇円
2 休業損害 四五〇万円
月額五〇万円×休業期間九箇月
3 後遺障害逸失利益 三七七二万五五三四円
基礎収入(平成九年度収入) 六四五万円
労働能力喪失率 三五パーセント(九級相当)
ライプニッツ係数 一六・七一一二
症状固定平成九年七月、症状固定時年齢三〇歳、六七歳まで就労可能として、労働能力喪失期間三七年に対応するライプニッツ係数。
(計算式)
645万円×35%×16.7112=3372万5534円
4 慰謝料
(一) 傷害慰謝料 二五〇万円
(二) 後遺障害慰謝料 六四〇万円
5 損害額合計 五二八七万三五八四円
6 損害のてん補 三四六万六一九八円
7 弁護士費用 六〇〇万円
8 請求額 五五四〇万七三八六円
四 争点
過失相殺の有無、原告の損害。
第三裁判所の判断
一 過失相殺の有無
1 被告の主張
被告は、本件事故は、本件交差点において、春日通りを被告車に対する青色矢印の信号が赤色表示に変わった直後の事故であって、このような信号の変わり目においては、交差道路を進行する原告においても、春日通りから本件交差点に進入してくる車両がないか注意すべき義務を負っているというべきであり、このように考えれば、本件事故については原告にも一五パーセント程度の過失相殺がなされるべきであると主張する。
2 甲第一〇号証、乙第三号証ないし第八号証によれば、本件については、以下のような事実を認定することができる。被告は交差点手前約四〇メートルで右折矢印の青を確認したが、交差点手前の横断歩道に差しかかった時点では、右折矢印の青が消え、赤信号となったことを確認した。その後、被告は交差道路の池袋駅側の入り口付近で原告車を発見するまで一八メートル余、さらに衝突地点まで二メートルほど進行し、原告車と衝突した。なお、被告車の信号機は右折矢印の青を五秒間表示した後、全て赤色表示をする状態が二秒続く。
3 以上の事実を前提とすると、信号の表示秒数と被告車の進行した距離から推認すると、時速三〇キロメートルで交差点に進入していると認められる。被告車がそのままの速度で交差道路の本件交差点の池袋駅側の入口付近の衝突地点に至ったとすれば、信号機が全て赤色表示をする状態は既に終了し、原告の対面信号が青色を表示していたと認められる(なお、被告は、交差点に一五ないし二〇キロメートルで進入したと主張している。)。このように見れば、原告には、交差点に進入する地点において交差道路の池袋駅側の道路の停止地点から、対面信号の青色表示がなされるより、やや早く進行を開始した可能性はあるが、被告の青信号が消えたのを確認しつつ交差点に進入した過失と比較すると、軽微なものであり、本件においては、これをもって過失相殺事由とするのは相当でないというべきである。
二 損害についての原告の主張
1 治療費関係 一七四万八〇五〇円
(一) 治療費 一〇一万七三〇九円
(内訳)
(1) 日大板橋病院(外科) 二二万一五四〇円
(泌尿器科) 七万〇〇七〇円
いずれも争いがない。
(2) 要町病院 六八万七〇〇四円
争いがない。
(3) 薬代 一万八五一〇円
右額の限度で争いがなく、これ以上の額を証明すべき証拠はない。
(4) 失禁パット・パンツ代 二万〇一八五円
右額の限度で争いがなく、これ以上の額を証明すべき証拠はない。
(二) 付添看護料 四四万一三八九円
争いがない。
(三) 付添貸ベッド代 六一九〇円
右額の限度で争いがなく、これ以上の額を証明すべき証拠はない。
(四) 入院雑費 一〇万一四〇〇円
入院雑費は一日当たり一三〇〇円が相当であり、これに入院日数七四日を乗ずると右金額となる。
(五) 入通院交通費 〇円
これを認めるに足る証拠はない。
2 休業損害 四五〇万円
(一) 基礎収入について
(1) 原告は、休業損害及び後述する後遺障害逸失利益の算定の基礎となる原告の収入について、平成九年度の年収額である六四五万円(甲第六号証、源泉徴収票)を基礎とすべきと主張する。これに対して、被告は、原告の勤務先である訴外有限会社堀越オフセット印刷(以下「訴外会社」という。)は原告の父親が経営する同族会社であり、原告が同社の監査役に選任されていることから、右には収入には原告の役員報酬が含まれているものであり、原告の収入は、平成七年の賃金センサスの学歴計二五歳ないし二九歳の男子の平均賃金を超えるものではないと主張している。
(2) この点については、原告の勤務する訴外会社は原告の父親が経営する同族会社であること、原告が同社の監査役に選任されていることは争いがない。しかしながら、原告主張の六四五万円は原告本人の個人所得として正規に税務処理されたものであり、また、原告本人尋問の結果及び甲第八号証によれば、原告は訴外会社の中心的な働き手であり、右金額はその労務の対価として不相当なものとはいえず、被告の主張は、原告が偶々形式的に監査役に選任されていたことを理由として原告の収入を低く押さえようとするに過ぎないというべきである。
(3) 以上からすると、原告の休業損害及び後述する後遺障害逸失利益の算定の基礎となる原告の収入については平成九年度の源泉徴収額である六四五万円と認められる。
(二) 休業期間
休業期間については、原告は、症状固定(平成七年一二月)までの九箇月間としている。被告は、平成七年の一〇月には就労が可能であったと主張している。確かに医療記録には原告の就労を窺わせる記載がある(乙第三六号証の二、第三八号証の九)。しかし、原告が負った傷害は重く、原告が開始した軽作業はリハビリの延長と考えることもできること、翌年の五月には三日間であるが埋め込んだ固定器具の抜去の手術を受けるために入院をしていることも考慮すると、本件においては、症状固定時まで休業損害を認めるのが相当といえる。
3 後遺障害逸失利益 二一五五万七四四八円
(一) 基礎収入(平成九年度収入) 六四五万円
(二) 労働能力喪失率 二〇パーセント
労働能力喪失率については、原告は、三五パーセント(後遺障害等級九級相当)と主張する。しかし、原告は事故後において具体的収入が減少していないことは争いのないところである。また、原告は九級の認定を受けているものの、これは前述のように、「一肢の三大関節中の一関節に著しい障害を残すものとして」一〇級一〇号、「骨盤骨に著しい奇形を残す」ものとして一二級五号の後遺障害等級を併合したものである。もっとも、一方で、原告の収入が減少していないのは原告自身の努力もあるが、原告の就労先が原告の父親が経営するものであることから、原告の足りない部分は他の者が補っていると考えられること、また、原告は症状固定時三〇歳であり、また、訴外会社の経営基盤がそれほど盤石とはいえないと考えられることからすると、他に転職の蓋然性は低いとはいえず、その際には、原告は後遺障害の存在により相当の不利益を被ると考えられる。これらを総合して考えれば、九級の等級に相当する三五パーセントの労働能力を喪失したと考えることはできないが、原告の後遺障害による不利益は二〇パーセント相当の労働能力を喪失したものとして評価するべきであると考える。
(三) 労働能力喪失期間 三七年
原告の後遺障害の重さを考慮すると、労働能力の喪失期間を制限するのは相当でない。
(計算式)
645万円×20%×16.7112=2155万7448円
4 慰謝料
(一) 傷害慰謝料 二〇〇万円
原告の入通院期間等を考慮すると傷害慰謝料は二〇〇万円が相当である。
(二) 後遺障害慰謝料 六四〇万円
原告の後遺障害の重篤さ等を考えると、後遺障害慰謝料は六四〇万円が相当である。
5 損害額合計 三六〇二万三七三六円
6 損害のてん補 三四六万六一九八円
右の限度では争いがない。なお、被告はこのほかに、日本大学付属板橋病院に対する治療費の内払いとして二万〇六〇〇円、健康保険に対する内払いとして一四九万八六三四円、要町病院に対する内払いとして七万九二二五円を主張しているが、いずれも原告が請求項目として計上していないものであると考えられるので、損害のてん補として扱うことはしない。
7 弁護士費用 三二五万円
8 認容額 三五八〇万七五三八円
第四結語
よって原告の請求は被告に対して三五八〇万七五三八円及びこれに対する本件事故日である平成七年三月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費川について民訴法六四条、六一条を、仮執行宣言について同法二五九条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 馬場純夫)