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東京地方裁判所 平成11年(ワ)13882号 判決 2001年5月29日

原告

有限会社若葉商店

右代表者代表取締役

近藤純子

右訴訟代理人弁護士

村上重俊

外山太士

被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

多比羅誠

森宗一

清水祐介

右多比羅誠訴訟復代理人弁護士

三枝知央

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は、原告に対し、七七八万四〇七〇円及びこれに対する平成一一年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2  事案の概要

1  事案の要旨

本件は、原告が、被告が経営する株式会社甲野ジュエリー(以下「甲野ジュエリー」という。)に対し、「甲野ジュエリーが原告から委託を受けた商品を取引先に売却した場合、あらかじめ定めた代金を原告に対して支払い、売却できなかった場合、商品を原告に返還することができる」旨の約定で、ダイヤモンド三九個を引き渡したが、被告は、真実は原告に対して代金を支払う意思も能力もないのに前記ダイヤモンドを注文し、これを詐取して、原告に未払代金相当額の損害を与えたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記ダイヤモンド三九個の代金相当額七九五万四〇七〇円から既払額一七万円を控除した七七八万四〇七〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し、被告は、未払代金債務の存在を認めつつ、前記ダイヤモンドを詐取したとの原告の主張を否認して、被告は破産宣告を受けて免責決定が確定していることを理由に請求の棄却を求めた。

2  前提となる事実(証拠により認定した事実は、末尾に証拠番号を付す。)

(1)  原告は、ダイヤモンド取引を主たる業務とする有限会社であり、被告は、ダイヤモンド取引を主たる業務とする株式会社であった甲野ジュエリーの代表取締役であった。なお、同社は、実質的に被告が一人で営業していた。

(2)  原告は、甲野ジュエリーに対し、平成三年三月ころから、以下のような約定で継続的にダイヤモンドを委託販売していた。

(ア) 原告は、甲野ジュエリーに対し、商品を引き渡し、同時に、後日甲野ジュエリーがその商品を買い取る場合の代金額を定める。

(イ) 甲野ジュエリーは、原告から委託を受けた商品を第三者に売却することができ、その場合は、原告に対し前項の代金を支払って商品を買い取る。

(ウ) 甲野ジュエリーは、いつでも委託を受けた商品を原告に返還することができ、その場合は代金を支払う必要はない。

(3)  原告は、甲野ジュエリーに対し、平成一〇年四月ころから同年七月ころにかけて、前項の約定に従い、別紙物件目録記載1ないし39の三九個のダイヤモンド(以下「本件商品」という。)を、甲野ジュエリーが原告に対して支払うべき代金額をそれぞれ同目録代金欄記載のとおり(合計七五七万五三〇五円、消費税込み七九五万四〇七〇円)と定めて引き渡した。

(4)  甲野ジュエリーは、本件商品をいずれも飯塚商事有限会社(以下「飯塚商事」という。)に売却したが、原告に対し、前項の代金のうち七七八万四〇七〇円を支払っていない。

(5)  甲野ジュエリーは、平成一一年二月一九日、東京地方裁判所から破産宣告を受けた。

被告は、同裁判所から、同年五月二七日に破産宣告、同年七月二八日に免責決定を受け、同年九月三日、免責決定が確定した(乙10ないし12)。

3  争点

原告は、破産法三六六条ノ一二但書二号により、本件損害賠償請求権については、免責決定の効力は及ばないと主張するので、本件の争点は、被告の行為が同号所定の「破産者ガ悪意ヲ以テ加ヘタル不法行為」に該当するか否かである。

(1)  原告の主張

被告は、甲野ジュエリーの代表取締役であり、実質的に一人で同社の業務を運営していた者であるところ、原告に対し、本件商品の委託を注文する際、本件商品を原告に支払うべき代金額より安い金額でただちに換金しており、原告に対して代金を支払う意思も能力もなかったのに、本件商品を他に売却した場合には、原告に対し約定の代金を支払う意思があるかのように装って、原告から本件商品の引き渡しを受け、本件商品をだまし取った。結果的に、甲野ジュエリーは、本件商品の代金の大部分を支払わないまま破産宣告を受けたため、原告は、被告の前記不法行為により、本件商品の未払代金相当額の損害を被り、被告に対し、同額の損害賠償請求権を取得した。

破産法三六六条ノ一二但書二号により、「破産者ガ悪意ヲ以テ加ヘタル不法行為」に基づく損害賠償請求権は、免責決定の効力が及ばない非免責債権とされているところ、同号の「悪意」とは、債権者に損害を与える積極的な意図までを要求するものではなく、取引時において、弁済期に弁済することが著しく困難であることを認識していた場合には該当すると解すべきである(東京高等裁判所平成九年(ネ)第四九二〇号平成一〇年二月二五日判決・金融商事判例一〇四三号四二頁参照)から、前記損害賠償請求権については、免責決定の効力は及ばない。

(2)  被告の反論

破産法三六六条ノ一二但書二号により、「破産者ガ悪意ヲ以テ加ヘタル不法行為」に基づく損害賠償請求権が非免責債権とされている趣旨は、加害者に対する制裁の実効性を確保することである、そうすると、過失のみならず、単なる故意の場合も破産者の更生を図るという免責制度の趣旨を優先させるべきであるから、本号の悪意は、道徳的に非難すべき積極的な害意をいうと解すべきである。

被告は、原告から委託を受けた本件商品を、いずれも飯塚商事に対し、原告に対して支払うべき代金額を下回る金額で売却したが、これは、不況の影響で、そのような低額の代金でなければ売却できなかったため、やむを得ず売却したのである。被告は、本件商品の委託を受けた当時、「本件商品を赤字でも売却できなければ、原告以外の取引先に支払ができず、取引先からの商品供給を受けられなくなるから、甲野ジュエリーの資金繰りは行き詰まり、営業を続けられなくなって、原告に対して既に負担していた未払債務を支払うこともできなくなる」と考えており、当時は不況のため差損を生じる金額で売却せざるを得ない状況にあっても、営業を続けていれば、いずれ相場が持ち直して損失を取り戻せると考えていた。被告は、このように、原告に対して約定の代金を支払う意思をもっていたのであるから、本件商品をだまし取ったのではない。そのことは、本件商品と同じ時期に委託を受けた一〇個のダイヤモンドを売却せずに原告に返却していること、本件商品のうち一九個について、価値を高めるため、鑑定費用をかけて再鑑定していることからも明らかである。したがって、被告の行為は、原告に対して積極的な害意をもってした行為には当たらず、本件商品の未払代金債務については、免責決定の効力が及ぶ。

第3  当裁判所の判断

1(1) 破産法上、破産手続の終了によって、弁済されなかった破産債権が消滅するものではないが、自然人の破産者は、破産宣告により種々の身分上の不利益を受けた上、破産手続終了後に新たに財産を形成しても、破産債権者に差し押さえられる危険があり、終生債務の重圧から逃れることができないことになるとすると、経済的再起は極めて困難となり、再度破産状態となる可能性も高くなる。そうすると、破産状態になっても、債務超過を隠して破産申立てを控え、財産を隠匿する傾向が強まることになるおそれがあり、かえって破産手続に入った場合の損失が拡大し、結果的に破産債権者の損害が大きくなることにもなりかねない。これは、法人の破産者の場合は、破産手続の終了とともにその法人格が消滅するから、事実上弁済されなかった破産債権が消滅するのと同じ結果になるのと対比しても、相当とはいえない。そこで、自然人の破産者を保護し、経済的更生を容易にするために、免責制度が設けられたものである。

(2) ところで、免責の効力は原則としてあらゆる破産債権に及ぶが、衡平ないし正義の観点から、または社会政策上の要請から、免責の効力を与えるのが相当でないものがある。そこで、破産法では、これらを免責の効力が及ばない非免責債権としている。この非免責債権については、その範囲を広く解するとすれば、前記で述べた免責制度の趣旨が没却されることにもなりかねないから、免責制度の趣旨に鑑みてもなお免責の効力を付与するのが相当でないものに限られるよう、限定的に解するのが相当である。そうすると、破産法三六六条ノ一二但書二号の「破産者ガ悪意ヲ以テ加ヘタル不法行為」にいう「悪意」は、単なる故意ではなく、不正に他人を害する意思ないし積極的な害意を指すと解すべきことになる。

2  そこで、本件において、被告の行為が上記のような不正に他人を害する意思ないし積極的な害意をもってされたものといえるか否かについて検討する。

前提となる事実(前記第2の2)並びに証拠(甲1の1ないし7、甲4ないし8、乙1の1ないし7、乙2の1ないし4、乙3、4、乙6の1ないし3、乙7の1ないし3、乙8の1ないし8、乙9の1、2、乙15、証人フィリップ・エドワード・デフィーバー、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(1)  被告は、平成三年三月ころ、甲野ジュエリーを設立して、同社と原告との間で、次のような形態で、継続的にダイヤモンドの委託取引を始めた。

(ア) 原告は、甲野ジュエリーに対し、商品を委託して引き渡し、同時に、後日甲野ジュエリーがその商品を買い取る場合の代金額を定める。

(イ) 甲野ジュエリーは、原告から委託を受けた商品を第三者に売却することができ、その場合は、原告に対し前項の代金を支払って当該商品を買い取る。

(ウ) 甲野ジュエリーは、原告から委託を受けた商品を第三者に売却する前には、いつでも当該商品を原告に返還することができる。

(2)  被告は、平成三年六月から七月にかけて、原告から委託を受けた商品を売却した取引先から代金の回収ができなかったことから、当該商品について原告に対して代金を支払えない事態が生じた。そこで、その処理のため、平成四年六月一六日、原告と甲野ジュエリーとの間で、一七〇〇万円の未払代金債務の存在を確認し、これを平成四年六月から平成七年五月までの間に八回に分割して弁済する旨の債務確認弁済等契約書を作成し、被告は上記債務の連帯保証人となった。なお、同時に、上記債務額については、平成四年一二月末日における為替相場の水準に応じて変更することを合意した。

上記合意により、上記債務額は一五〇四万三三八七円に減額された。甲野ジュエリーは、原告との取引を継続しながら、通常の取引に基づく支払に上乗せする形で上記債務を返済してきたが、結局、甲野ジュエリーは、前記債務確認弁済等契約書に従って完済することはできず、これまで、上記債務のうち、八六三万七一二七円が返済されたが、その余の六四〇万六二六〇円については返済されていない。

(3)  甲野ジュエリーは、原告との取引を始めた当初は、専ら原告からダイヤモンドを仕入れて営業していたが、平成五年ころから、原告のほか、フォレストという名称で営業していた林邦彦(以下「フォレスト」という。)からもダイヤモンドを仕入れるようになり、平成九年以降は、取扱う商品の数量や取引額は、フォレスト関係の方が原告関係より大きかった。そして、甲野ジュエリーは、原告との間では、商品が売却できたら随時報告して代金を支払うことにしており、特に支払時期を事前に定めてはいなかったのに対し、フォレストとの間では、支払時期を定期(毎月末日締め翌月末日支払)とすることを合意していたことから、原告から委託を受けた商品の売却代金もフォレストに対する支払にあてるようになり、原告に対する支払は遅れがちになった。そこで、原告に対しては、必ずしも商品を売却した後すぐに報告して代金を支払うということではなく、代金支払のめどがたったときに報告するようになっていた。

(4)  甲野ジュエリーは、原告から委託を受けた商品について、平成六年ころから、原告に対して支払うべき代金額を下回る価格で業者に売却するようになり「以下「差損を生じる売却」という。)、平成八年一〇月以降は、原告から委託を受けた商品の大半を飯塚商事に対して差損を生じる売却をしていた。なお、原告は、本件商品を委託した時点までは、甲野ジュエリーが原告の商品を差損を生じる売却をしていたことを知らなかった。

(5)  原告は、平成一〇年三月一六日、被告との間で、甲野ジュエリーの原告に対する未払代金債務の支払方法について協議し、同日一五〇万円を返済した上、同年七月以降毎月一〇万円以上返済することを合意した。被告は、原告に対し、上記合意にしたがって一五〇万円を支払ったほか、同年四月一三日に二〇万円、同月三〇日に六〇万円をそれぞれ支払った。

(6)  原告は、甲野ジュエリーに対し、平成一〇年四月三日に九個(別紙物件目録1ないし9記載)、同月一〇日に七個(同目録10ないし14記載の五個を含む)、同月一六日に二個、同月二二日に一個、同月二三日に一個、同月二七日に九個(同目録15ないし21記載の七個を含む)、同月三〇日に二個、同年六月二四日に三個(同目録22ないし24記載)、同年七月三日に一〇個(同目録25ないし34記載)、同月一七日に四個(同目録35ないし38記載)、同月二一日に一個(同目録39記載)のダイヤモンドを委託し、引き渡した。

(7)  甲野ジュエリーは、前項のダイヤモンドのうち、別紙物件目録記載1ないし39の三九個を同目録販売額欄記載の金額で飯塚商事に売却し、その余の一〇個(うち九個は一カラットを超えるもの)は原告に返却した。

(8)  甲野ジュエリーは、別紙物件目録記載1ないし14、35ないし39の一九個のダイヤモンドについて、飯塚商事に売却する前に、原告が鑑定を依頼した鑑定業者に再度鑑定を依頼した。その結果、同目録記載7のダイヤモンドは、カラット数が0.001大きくなったが、他のダイヤモンドについては同じ鑑定結果であった。鑑定料は、一個につき一二六〇円(ただし、うち一個は一〇五〇円)であった。

(9)  原告と被告は、平成一〇年六月三日、原告の事務所において、未払代金の支払方法について改めて協議し、前記(2)の債務の残金及び本件商品の代金を除いて、甲野ジュエリーの原告に対する未払債務が八六九万二三〇三円であることを確認し、同日九万二三〇三円を返済し、残債務を同年七月以降前記(5)の合意に従って返済することを合意した。さらに、本件商品のうち別紙物件目録記載1ないし9の九個について、消費税込みの代金一七七万三六八一円を同年七月末日までに支払うことを合意した。

その後、原告と被告は、同目録記載10ないし14の五個の代金は同年八月末日、同目録記載15ないし21記載の七個の代金は同年八月末日ないし九月末日、同目録記載22ないし24の三個の代金は同年一〇月末日をそれぞれ支払期とする旨の合意をした。

しかし、被告は、同年七月一七日に一〇万円、同年八月三一日に二七万円(本件商品分を除く未払代金債務の分割返済分一〇万円、本件商品分一七万円)を返済したにとどまった。

(10)  原告は、平成一〇年八月二二日、本件商品の代金のうち、前項の合意で七月末日支払期限とされた分の入金がされていないことに気づき、被告に支払を督促するとともに、その時点で委託してあるダイヤモンドをすべてを返還するよう要求したが、被告は、既に原告から委託を受けた商品をすべて飯塚商事に売却していたため、返還することはできなかった。

(11)  甲野ジュエリーは、フォレストに対しては、平成一〇年四月に八八六万二三七〇円、同年五月に二一五万円、同年六月に七三五万円の商品代金を支払って取引を継続してきた。しかし、同年七月の代金支払の資金が不足し、フォレストから支払を強く求められたため、同月二八日ころ、いわゆる街金融から借入れをするに至り、これをきっかけに、複数の金融業者に対する債務がふくらみ、返済不能となった。そのため、甲野ジュエリーは、平成一〇年一〇月四日、営業を停止し、平成一一年二月一九日、東京地方裁判所から破産宣告を受けた。

(12)  被告は、平成一一年五月二七日、東京地方裁判所から破産宣告を受け、同年七月二八日、免責決定を受け、同決定は同年九月三日確定した。

3(1) 以上の事実によれば、次の点を指摘することができ、これらによれば、被告が不正に原告を害する意思ないし積極的な害意までは有していたものと認めることはできない。

第一に、前記2(7)のとおり、被告は、本件商品の委託を受けた平成一〇年四月以降、本件商品の他に原告から委託を受けた一〇個のダイヤモンドを原告に返還している。このうち九個は、一カラットを超えるもので、通常の商品より金額が高いとみられるから、被告は、差損を生じる売却による損失が大きいと見込まれるものについては、売却により被告が得られる金額が高くても、売却せずに返却したものとみることができる。この点は、被告の主観面、すなわち、不正に原告を害する意思ないし積極的な害意までは有していなかったことを推測させるものである。

第二に、前記2(8)のとおり、被告は、本件商品のうち一九個について、鑑定費用をかけて、鑑定業者に再鑑定を依頼している。結果的に、再鑑定により価値が上がったのは一個しかなく、費用に見合う効果を得られていないものの、換金目的で商品を詐取したのであれば、時間をかけて再鑑定するのではなく、早急に売却してしまうのが自然であろう。そうすると、被告は、できるだけ高く商品を売却して利益を上げ、営業を継続しようと考えていたとみることができる。

第三に、前記2(9)、(11)のとおり、被告は、本件商品の委託を受けた以降も、平成一〇年七月にいわゆる街金融から借入れをするまでは、原告に対する未払代金債務の分割弁済とともに、フォレストに対する代金支払を続けており、街金融からの借入れも、フォレストに対する支払のためのものであった。そうすると、被告は、本件商品を差損を生じる売却をして得た代金をもっぱら私的に流用したということはなく、あくまで甲野ジュエリーの営業を継続しようという意思があったとみることができる。

(2)(ア)  この点について、原告は、被告が原告に返還した一〇個の商品は、大きさ、色、カットの性質上換金性が低く、売却できなかったものにすぎないと主張する。

しかし、本件商品三九個のうち三三個は0.6カラット未満であるのに対し、上記一〇個のうち九個は一カラットを超えるものであって、原告主張の性質上の特殊性により、一カラットあたりの単価が低くなることがあるとしても、本件商品の大部分に比較して高い値段で売ることはできるはずであるから、被告が当初から商品を換金することが目的で、原告に代金を支払うつもりがなかったのであれば、返還せず換金してしまうのが自然である。

(イ) また、原告は、原告が同じ鑑定業者の鑑定書をつけて本件商品を被告に引き渡しているので、被告が本件商品のうち一九個の再鑑定を依頼していることは合理的な行動ではないと主張する。

しかし、原告の実質的経営者である証人フィリップ・エドワード・デフィーバーが、当該鑑定業者において、鑑定基準が緩くなり、再度鑑定すると鑑定結果が変わる可能性があるなど、むしろ被告の主張に沿う証言をしていることに照らせば、結果的に本件商品については、鑑定費用に見合う結果を得られなかったとしても、不合理な行動とまでいうことはできない。

(ウ) よって、上記原告の主張はいずれも採用できず、前記(1)のとおり評価するのが相当である。

4(1)  原告は、「甲野ジュエリーは、被告の他に従業員はなく、委託販売形式のため仕入れ経費もかからないから、資金繰りの必要性はないのに、平成八年一〇月以降二年間にわたって、原告から委託を受けた商品の大部分を差損を生じる売却をしていることからすると、一時的な資金調達目的等の正当な営業上の目的で取引をしていたとは考えられず、本件商品についても、被告が利益を得られる価格で売却できる見込みはなかったし、近い将来に原告に代金を弁済できる見込みも立っていなかった」旨主張し、被告も、本人尋問において、「平成八年ころから、三割から四割の利幅を見込める個人客への販売が減少し、差損を生じる売却による損失を回復できる具体的な見込みは立っていなかった」という趣旨の供述をしている。

(2)  そこで検討するに、本件商品について、利益を得られる価格で売却できる見込みがないとしても、差損を生じる売却により現金収入を得て、それをフォレストに対する支払にあてることにより、新たに商品を仕入れることができるのであり、本件商品の委託を受けた当時においては、甲野ジュエリーが営業を継続するためには、このようにいわば自転車操業的に取引を続けていくほかない状況であったということができる。そして、上記のとおり、個人客に販売する場合は、三割から四割の利幅を見込めたというのであるから、被告が、将来的に個人客からの注文が回復すれば損失を補うことができると考えたことは、結果的に甘い見込みであったものであるが、さりとてあながち不合理とまではいえないと解される。加えて、前記2(9)のとおり、本件商品の委託を受ける時期の甲野ジュエリーの原告に対する本件商品分を除く未払代金債務額は、前記2(2)の債務の既払分とほぼ同じ額であることからすると、結果的に、被告の取引先の債務不履行により負担することとなった前記2(2)の債務が重荷となったとみることができ、正規の取引による代金は概ね支払われてきていると評価することもできる。そうすると、被告が差損を生じる売却を覚悟で原告との取引を続けたとしても、その判断は経営者として相当であったとは言い難いが、法的観点からみて、積極的に原告に損害を与える意思をもってされた不法行為にあたるということはできないといわざるを得ず、原告の前記主張は採用できない。

(3)  さらに、原告は、被告が差損を生じる売却をせざるを得ないことや、売却代金を別の取引先の債務の支払に充てることを知っていれば、本件商品を被告に委託することはなかったとして、被告がこれを隠したのは詐欺にあたると主張する。

しかしながら、原告と甲野ジュエリーとの間の取引において、甲野ジュエリーが原告の承諾なくして原告以外の業者から商品を仕入れることを禁止する合意や、差損を生じる売却を禁止する合意があったと認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告が原告に対しことさら虚偽を述べたなどの特段の事情が認められない本件のもとでは、被告が差損を生じる売却をせざるを得ないことや、売却代金を別の取引先の債務の支払に充てることを原告に告げなかったとしても、道義上の問題はあるにしても、原告に対する詐欺に当たるとまではいうことはできない。したがって、原告の前記主張は採用できない。

(4)  本件では、結果的に、本件商品の代金が支払われなかったが、被告の経営判断が誤りであったという評価がされるとしても、甲野ジュエリーと被告がいずれも破産宣告を受け、被告に対する免責決定が確定したことにより、破産手続により配当を受けられなかった債権については、破産債権者である原告が最終的に損失を負担せざるを得ないのである。これは、本件のような商品の委託取引に通常随伴するリスクであり、このリスクは、物的担保や第三者の保証人をつけることなどにより予防すべきものというほかない。

原告が引用する前記裁判例の事案は、破産者の業務と関係なくクレジットカードを利用した行為についてのものであって、破産者の業務に関連して継続的契約関係にあった債権者に対する取引上の債権に関する本件とは事案を異にしており、適切ではない。

5 以上の検討によれば、被告が原告から本件商品の委託を受けた行為は、甲野ジュエリーの営業の一環としてされたものであって、不正に原告を害する意思ないし積極的な害意をもってされた不法行為ということはできず、結局、原告の被告に対する本件商品の未払代金相当額の損害賠償請求権は、破産法三六六条ノ一二但書二号の非免責債権にあたるとはいえない。

第4  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・加藤新太郎、裁判官・佐藤和彦、裁判官・澤田久文)

別紙物件目録<省略>

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