東京地方裁判所 平成11年(ワ)14093号 判決
原告 T
右訴訟代理人弁護士 田中章雅
同 小原恒之
被告 株式会社金曜日
右代表者代表取締役 本多勝一
右訴訟代理人弁護士 桑原宣義
同 榊原富士子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一一年五月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、雑誌「週刊金曜日」を発刊する被告が、訴外学校法人高宮学園・代々木ゼミナール(以下「代々木ゼミナール」という。)において、日本史講師として勤務する原告について、平成一一年五月二一日付「週刊金曜日No.267」(以下「本件雑誌」という。)誌上に、「代々木ゼミナール名物講師の女生徒への性暴力」との見出し及び「恐れていた性暴力の再犯」等の小見出しを付け、原告が代々木ゼミナールの女子受講生に対し、複数回にわたり、意に反する性行為を強いたことを主たる内容とする記事(以下「本件記事」という。)を掲載したことについて、右記事により名誉を毀損されたとする原告が、被告に対し、民法七〇九条、七一〇条、七一五条に基づき慰謝料五〇〇万円を請求した事案である。
二 争いのない事実
1 被告は、書籍、雑誌等の企画、編集、出版、販売等を業とする会社で「週刊金曜日」という雑誌を発刊しており、原告は、代々木ゼミナールにおいて、日本史講師として勤務する者である。
2 被告は、平成一一年五月二一日付「週刊金曜日No.267」誌上に、「代々木ゼミナール名物講師の女生徒への性暴力」との見出し及び「恐れていた性暴力の再犯」等の小見出しを付した原告に関する本件記事を掲載し、右同日、本件雑誌を全国に頒布した。
3 本件記事において、被告は、原告の表記にあたり、「T」との仮名を用いているが、<1>「T」は原告の姓のイニシャルであり、代々木ゼミナールの主要日本史講師でイニシャルが「T」である者は、原告と訴外土屋文明の二名のみである。<2>本件記事には、「T」(三二歳)とあるが、原告も三二歳である。そして、原告は、<3>代々木ゼミナールの日本史の名物講師であり、授業中に生徒とともに歴代天皇の名を唱えるなど独特の指導方法をとることで知られ、<4>スカイパーフェクTV等の衛星放送でも授業を担当しており、<5>KKロングセラーズから六冊、代々木ライブラリーから二冊の参考書を出版しており、<6>雑誌「諸君!」誌上において従軍慰安婦問題に関する論考を発表しているが、本件記事は、「T」につき、かかる<3>乃至<6>の事実を掲載している。
4 本件記事は、及川健二(以下「及川」という。)が取材、執筆し、被告の被用者である松尾信之(以下「松尾」という。)が、本件雑誌の編集にあたり、本件記事を本件雑誌に掲載した。
三 争点
1 本件記事は、原告の名誉を毀損するか。
(原告の主張)
本件記事は、「代々木ゼミナール名物講師の女生徒への性暴力」との見出し及び「恐れていた性暴力の再犯」等の小見出しを付け、「T」と表記された原告が、過去にも性暴力事件を起こしていたにもかかわらず、今回また女子受講生に対し、複数回にわたり、意に反する性行為を強いたとの事実を記載するものであり、「T」が原告を指すことは、本件記事を読んだ者の中で、原告または代々木ゼミナールを知る者、すなわち、代々木ゼミナールに通学する在校生、代々木ゼミナールの通信制スクーリングを受講する受講生、その友人、家族、また、その他の大学受験関係の情報に身近な不特定多数の者にとって明らかであるから、結局、本件記事は、原告の名誉を毀損するものである。
(被告の主張)
否認する。
2 本件記事において適示された事実は、「公共の利害に関する事実」といえるか。
(被告の主張)
予備校制度は、我が国の教育制度に組込まれた存在として社会的に認知され、上級学校へ進学する際の通過過程となっており、原告の勤務する代々木ゼミナールは、我が国最大規模の予備校であり、受験生のみならず、一般社会にも影響力を及ばしている。また、講師のなかには、校内の講義にとどまらず、著作を発表したり、テレビなどに出演するなどして社会的な注目を浴びるものも多くおり、原告は、衛星放送のスカイパーフェクTVで授業を担当し、KKロングセラーズから六冊、代々木ライブラリーから二冊の参考書を出版し、雑誌「諸君!」誌上に従軍慰安婦問題に関する論考を発表している。原告は、大学受験という人生の節目の時期であるとともに、人格形成にとって極めて重要な時代にある多くの受験生の教導にあたっているのであるから、受験生に対する影響力はいうに及ばず、その活動を通じて社会に大きな影響力を有している。本件記事において適示された事実は、社会的影響力を有する大手予備校の中で発生した社会的影響力を有する人気講師による教える者と教えられる者との関係に乗じた悪質な行為であり、「公共の利害に関する事実」に当たる。
(原告の主張)
本件記事に摘示された事実は、原告の私生活上の行状に関することであり、原告は、高等学校卒業者ないし在校者に対し、受験技術の指導を短期間行うことのみを職務とする予備校の講師にすぎず、かかる原告の職務遂行活動を通じて社会に及ぼされる影響力は極めて低いことから、本件記事に記載された原告の私生活上の行為は「公共の利害に関する事実」に当たらない。
また、本件記事に適示された事実は、原告が非倫理的ないし破廉恥な態様で、半ば強引に女性と性交渉をもったというにとどまり、かかる性交渉に際して、原告が相手の女性に暴行または脅迫を加えたといった犯罪行為をなしたとは具体的に記述しておらず、従って、右の適示事実をもって「未だ公訴の提起せられざる人の犯罪行為に関する事実」とはみなし得ない。
3 本件記事を掲載した本件雑誌の頒布は、「専ら公益を図る目的」でなされたといえるか。
(被告の主張)
被告は、社会的影響力を有する予備校の中で発生したところの人気講師による教える者と教えられる者との関係に乗じた悪質な行為を摘発すること、及び、これに対し何ら被害の発生を防止する措置を講じないばかりか、むしろ、これを放置し、被害者の声に鈍感な代々木ゼミナールに対し、その姿勢を糾す目的等から本件記事を本件雑誌に掲載し、これを頒布したものであるから、被告は、「専ら公益を図る目的」で本件記事を掲載した本件雑誌を頒布したものである。
(原告の主張)
本件記事は、代々木ゼミナールに対する警告と「被害者」とされる女性に対する同情的評論を加えたかのような論調ではあるが、被告の目的を達するには、本来、原告の行為について捜査機関に告発する等の方法をとるべきであるのにこれをしておらず、一般商業誌である本件雑誌という自社メディアに本件記事を掲載するのみにとどめた事情に鑑みる限り、被告が、主として一般読者の好奇心の満足を図り、興味をそそろうとしたものであるから、本件記事を掲載した本件雑誌の頒布は、「専ら公益を図る目的に出たるもの」ということは出来ない。
4 本件記事に摘示された事実は、真実であるか。
(被告の主張)
本件記事に摘示された事実はいずれも真実に合致する。
(原告の主張)
事実無根である。
5 本件記事に摘示された事実が真実でないとして、執筆者及川及び被告編集部には、右記事に記載された事実が真実であると信ずるに相当の理由があるか。
(被告の主張)
仮に、本件記事中に一部真実に反する部分があったとしても、本件記事の執筆者及川及び被告編集部は、当の女子受験生を始め関係者に取材し、真実に合致すると確信できた事実のみを素材として本件記事を作成したものであるから、本件記事のすべてが真実であると信ずるにつき相当の理由がある。
(原告の主張)
否認する。
6 被告の行為が名誉毀損に該当するとして、原告に生じた損害を慰謝するに相当な金額はいくらか。
(原告の主張)
原告は、本件記事に適示された行為を行ったことは一切ない。にもかかわらず、右のような事実無根の記事が掲載された本件雑誌が全国に頒布されたことにより、著しく名誉を毀損され、多大な精神的苦痛を被った。これを慰藉するには金五〇〇万円が相当である。
(被告の主張)
否認する。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 甲一号証によれば、本件記事は、別紙のとおりであり、これによれば、本件記事には、「代々木ゼミナール名物日本史講師の女生徒への性暴力」との見出し、「恐れていた性暴力の再犯」との小見出しを付けて、<1>「T」について代々木ゼミナールの超人気の名物講師であることとその講義の特徴や多数の参考書を出版した実績、<2>「T」が、平成一〇年一〇月及び一一月に女子受講生に対し、複数回にわたりその意に反する性暴力を行ったこととその経過、<3>これに対する「T」の応答、<4>過去に、「T」が、女子受講生に対し、同様の性暴力を行ったこと、<5>「T」の行為に対する代々木ゼミナールの対応などについて詳細な具体的記述がなされていることが認められ、このうち、「代々木ゼミナール名物日本史講師の女生徒への性暴力」との見出し、「恐れていた性暴力の再犯」との小見出しの部分、及び、「T」が女子受講生に対し複数回にわたり、その意に反する性暴力を行ったとの部分、並びに、過去に「T」が女子受講生に対し、同様の性暴力を行ったとの部分は、「T」の社会的評価を著しく低下させるに足りるものと認められる。
2 本件記事には、当該行為をなした者の仮名として「T」とのイニシャルが用いられているが、仮名をもって表記されたものではあっても、その記事の内容から、これを読んだ一般読者のうち、不特定、多数の者が、その仮名表記にかかる個人を特定することが可能であれば、適示された事実の内容如何により、その者に対する名誉毀損となりうるというべきである。
そして、前記争いのない事実4記載の事実、甲一号証、甲二号証、甲三号証の一乃至八によれば、原告の姓のイニシャルも「T」であり、代々木ゼミナールの主要日本史講師でイニシャルが「T」である者は、原告と訴外土屋文明の二名のみであること、本件記事には、「T」は三二歳とあるが、原告も三二歳であること、そして、原告は、代々木ゼミナールの日本史の名物講師であり、授業中に生徒とともに歴代天皇の名を唱えるなど独特の指導方法をとることで知られ、スカイパーフェクTV等の衛星放送でも授業を担当しており、KKロングセラーズから六冊、代々木ライブラリーから二冊の参考書を出版しており、雑誌「諸君!」誌上において従軍慰安婦問題に関する論考を発表しているが、本件記事は、「T」につき、かかる特徴的事実を掲載していること、本件雑誌の発売直後頃から、大学受験生を主な対象としたインターネット上のホームページである「浪人大学」サイトの掲示板に、本件記事の内容を読んだと思われる者により、原告の実名をあげて、原告を「強姦魔」、「鬼畜講師」などと非難、揶揄する書き込みが多数なされたことが認められる。
右認定事実によれば、本件記事において「T」と表記された者が原告を指すことは、本件記事を読んだ者の中で、原告を直接知る者、また、代々木ゼミナールにおける原告の講座を受講している者及び受講した者、代々木ゼミナールに通学する在校生及び在校したことのある者のうち原告を知る者、代々木ゼミナールの通信制スクーリングを受講する受講生のうち原告の講座を受講する者及び受講した者、その他の大学受験関係の情報に身近な不特定、多数の者にとって容易に判断することができ、したがって、本件記事は、原告の表記にあたり、「T」との仮名を用いているが、記事の内容から不特定多数の読者に対し、原告であることを認識させ得るものといえる。
3 以上によれば、本件記事は、平成一〇年一〇月及び一一月に、原告が代々木ゼミナールのある女子受講生に対し、複数回にわたり、意に反する性行為を強いたとの事実、及び、過去の原告による女子受講生に対する性暴力の事実を適示しており、原告を知る読者に対し、原告が真実、右のような破廉恥な行為を行ったことを暴露する内容を有しているから、原告の社会的評価を著しく低下させるに足りるものであるというべきである。
二 争点2について
1 原告は、本件記事に摘示された事実が原告の私生活上の行状に関することであり、また、原告が、短期間の受験技術の指導のみを職務とする予備校の講師にすぎないことから、本件記事に記載された原告の私生活上の行為は「公共の利害に関する事実」にあたらず、さらに、本件記事に適示された事実は、原告が非倫理的ないし破廉恥な態様で、半ば強引に女性と性交渉をもったというにとどまり、かかる性交渉に際して、原告が相手の女性に暴行または脅迫を加えたといった犯罪行為をなしたとは具体的に記述していないから、右の適示事実をもって「未だ公訴の提起せられざる人の犯罪行為に関する事実」とはいえず、「公共の利害に関する事実」とみなすことは出来ないと主張する。しかしながら、以下に述べる理由により、原告の右主張は採用しない。
2 一般に予備校は、上級学校への進学という過程において重要な役割を担うものとして社会的に認知されており、現実に、毎年進学を希望する極めて多くの若者を集めて、その指導、教導をなしている実態を有している(公知の事実)ところ、その社会一般に果たす役割及びその影響力は相当程度大きい。特に、原告の勤務する代々木ゼミナールは、我が国最大規模の予備校であり(公知の事実)、受験生のみならず、一般社会に及ぼす影響力は格段に大きく、その役割及び影響力の大きさからして相当程度の公共性、公益性を有する施設であるといえる。
また、原告自身も日本史の名物講師として、多数の受験参考書を出版し、衛星放送でも授業を担当し、代々木ゼミナールの看板講師として多くの受講生を集めるなど(争いのない事実及び弁論の全趣旨)、相当程度一般社会に及ぼす影響力を有している。
さらに、近時、職場、学校などの就業、就学の場における、人事、教育上の不利益を背景とするなどして性的な言動または行為によって相手方の望まない行為を要求する行為は、いわゆるセクシュアルハラスメントであるとして、これを防止し、根絶すべきこととし、各職場、教育機関等においてそれに向けての総合的対策が検討され、それぞれ真摯な取組がなされ、社会的な関心事となっている(公知の事実)。
3 右認定事実によれば、本件記事において適示された事実は、大手予備校である代々木ゼミナールの中で人気講師が受講生である女子生徒に対し、教える者と教えられる者との関係に乗じて性的関係を複数回にわたり強いたこと及び同様の事例が過去にもあるというものである。したがって、本件記事の適示する事実は、社会一般に果たす役割及び影響力を相当程度有している予備校という公共性、公益性を有する場において、名物講師、看板講師として相当程度影響力を有する原告が、受講生である女子生徒に教える者と教えられる者との関係に乗じて性的関係を強いた(セクシュアルハラスメント)という近時の社会的関心事についての記述と見られるので、右の場合には、私人の私生活上の行状との一面があることは否定しえないとしても、単にそれにとどまらず「公共の利害に関する事実」にも当たるものというべきである。
三 争点3について
1 甲一号証によれば、本件記事には、執筆者の意図について、「大手予備校の人気講師が女生徒に性暴力を繰返している。それを見て見ぬふりをしている学校関係者たち。同じ苦しみを味わう被害者を二度と出さないために、また、被害者が被害を告発したことでさらに傷つき、人権が侵されないよう配慮しながらお伝えする。」、「被害者が声をあげているのに、原告の言葉を信頼するという代ゼミ。たとえ受験教育でも、生徒への愛情と先生への敬意、その相互の信頼関係が教育を成り立たせているはずである。」、「原告のような人間が先生という地位に居続けてはならないということだった。その声が代ゼミにはたして届くのであろうか」との記載があり、合わせて、原告自身による本件記事に適示された事実についての否定のコメント、代々木ゼミナール側の回答として、原告を全面的に信頼していること、また、講師の個人的なことを代ゼミとしてはいちいち把握できない旨が記載されていることが認められ、また、執筆者である証人及川健二及び同人の陳述書(乙四号証、乙九号証)によれば、本件記事の執筆は、当時フリライターとして教育やジェンダー問題に対する同人の問題意識から発したものであること、及び、被害者その他の関係者のみならず、原告や代々木ゼミナールに対しても相当な手段による取材をなした結果、被害者の言を真実と確信し、あくまで公的利益のために本件記事を執筆したことが認められる。
2 被告は、定期購読を主体とする週刊誌であり、人権、平和、環境などいくつかのテーマにこだわりながら編集をしていること、予備校におけるセクシュアルハラスメントについて問題提起を考えていたこと、性暴力についてその実態を伝えることはメディアの一つの役割と考えていたこと、確認のむずかしい被害については記事から削除したこと、原告の表記を「T」と仮名にしたことが認められる(乙一〇号証)。
3 前記二の2及び3に認定したとおり、本件記事において適示された事実は、この予備校という相当程度公共性、公益性を有する場において、原告が、受講生である女子生徒に教える者と教えられる者との関係に乗じて性的関係を強いた(セクシュアルハラスメント)という社会的関心事についての記述と認められる。
4 右認定事実によれば、本件記事の内容及び表現方法からして、被告は、原告によるセクシュアルハラスメントに該当する悪質な行為を摘発すること、及び、これに対し何ら被害の発生を防止する措置を講ぜず、これを放置し、被害者の声に鈍感な代々木ゼミナールに対し、その姿勢を糾す目的等から本件記事を本件雑誌に掲載し、これを頒布したものと認められ、被告の右行為は、「専ら公益を図る目的」で本件記事を掲載した本件雑誌を頒布したものというべきである。
四 争点4及び5について
1 甲四号証乃至甲一〇号証、甲一七号証、乙三号証乃至乙一一号証、乙一八号証、乙一九号証、乙二四号証乃至乙二六号証、乙三〇号証乃至乙三二号証、乙三七号証、乙三九号証、原告本人、証人宮本奈津子(以下「A」という。)、証人及川健二によれば以下の事実が認められ、原告の供述及び陳述書(甲一号証)のうち、以下の認定に反する部分は採用できない。
(一) Aは、平成一〇年三月に都内の高校を卒業後、四月から平成一〇年度の代々木ゼミナールの本科(浪人生向けコース)生となり、代々木ゼミナールの各講座を受講していたものであり、原告は、二三歳の時(平成二年)に代々木ゼミナールの公募試験を経て講師となり、以後、現在まで代々木ゼミナールにおいて、日本史講師をしているものである。
(二) Aは、平成一〇年八月頃から、原告の担当する日本史の講座を受けるようになり、時おり講師室まで赴き、原告に日本史の問題について質問をしていた。Aが、同年(以下、特に明示しない限り「平成一〇年」を意味する。)一〇月六日に原告に日本史の質問をするために講師室に行き二、三質問をしたところ、原告は、最初の質問に答えた後、Aに悩み事の有無を尋ねた。Aが進路選択のことや親しい人(弟を意味した。)と疎遠になりかけたときにどうしたらよいかなどと答えたのに対し、原告は、Aの答えを男女関係の悩みと勘違いし、悩み事は早く解決しないと受験に差し支えるから、早く話した方がよいと勧め、電話で相談にのるからといって、原告の自宅である池袋と町田の二つのマンションの電話番号と携帯電話の番号をメモ用紙に書いてAに渡し、同時に、AにAの自宅の電話番号を聞いて、これを知った。
(三) 同日の午後一一時頃、原告は、A宅に電話を架け、しばらく、Aと雑談した後、当時Aが一人住まいであることを知りながら、今から、Aの家に行くといって一方的に電話を切り、タクシーでA宅に向かった。原告は、A宅に向かうタクシーの中から再び電話を架けて、Aに最寄り駅の改札口まで迎えにくるように伝えた。Aは、夜遅い時間であったことや雨も降っていたことから、はじめは原告が来るはずがないと思っていたが、原告からタクシーで今Aの最寄り駅に向かっていることを知らされ、原告が来たときに待ちぼうけをさせるのは失礼に当たると思い、すぐに、家を出て駅に向かった。Aは、午後一一時四〇分頃、白いビニール傘を持って駅ビル方向から歩いてくる原告と会った。原告は、「コンビニはどこ?」、「もうAちゃんの家に行くことに決めた。缶コーヒーを買う。」と一方的に言い、Aが自宅で話しをするのは困ると断ったにもかかわらず、「話しをするだけ」と言って、Aを先に歩かせてその後ろから徒歩一〇分程のところにあるAの自宅マンションまで付いて行った。Aは、一旦、マンションの部屋に入るなり鍵をかけたが、深夜、男性にドアの前にずっと立っていられることが近所の手前気になったことやドアの外にいつまでもいて帰らない原告を気の毒に思い、鍵を開けて、「帰らないんですか」と言ったところ、原告は、「やっと開けてくれた」、「話をするだけ」といって、半ば強引に、Aの部屋の中に入った。原告とAは、キッチンのテーブルを斜めに挟むように互いに椅子に腰掛けて、初めは授業や勉強方法、進路のことなどを話していたが、その後、将来の夢や家族のことなど雑談になり、原告も代々木ゼミナールの中での人間関係の悩みや家族へのぐちなど普段の授業中の強気な態度とは異なる弱気な面も出し、同僚の講師とうまくいっておらず酒の場で他の講師に本気で殴られたこと、家族ともうまくいっておらず、父親には別荘を買ってあげたので仲直りできたが、母親とは仲直りできないこと、弟は貿易会社に勤めて月収七〇万円もあるのに原告の町田のマンションに転がりこんできて家賃も払わないことなどを一気に話した。Aは、原告の話を聞いていて、原告にもそれなりの苦労があり、自分と同じように傷ついたり、悩んだりしていることが分かり、親近感を覚え、自分が中学生のときに先生から性暴力を受けたことがあること、その経験から女子大に進学するつもりであること、その学校は、高校の恩師からもいい学校だと紹介されていたことなどを話しているうち、二時間近くが経過した。
翌七日の午前二時近くになり、Aが、もう終わりにして原告に帰ってもらおうと「話しができてよかったです」と言って、握手をしようと右手を差し出したところ、原告は、Aの右手を原告の両手で包み込むようにして手を握りしめ、そのまま立ち上がって、Aの席まで移動し、突然、座ったままの状態のAに覆い被さって身動きできないように体を押しつけてキスに及んだ。Aは、反射的に身を起こそうとしたが、口の中に舌が入れられ、また、恐怖心で身体がこわばり、思うように逃げられなかった。原告は、椅子からずり落ちそうになっていたAの肩を支えた上、Aを立たせて隣室に続く壁まで引っ張り、自分の体を使って壁に押しつけ、「かわいい」「好きだ」「もう我慢できない」「寝室はどっち」などと言って隣室の戸を勝手に開けた。Aが「そういうことはしたくありません」というのに、原告はこれを無視し、「もっと親密になろう」「布団の中で話せばもっと親密になれるよ」と言い、寝室に勝手に入ってさっさと服を脱ぎ始めた。Aは、部屋の入口で呆然と立ちつくし、「そういうことはしたくありません」というのに、原告は「大丈夫、二つ持ってきたから」とズボンのポケットからコンドームを取り出して見せ、部屋に入ろうとしないAの腕を引っ張って部屋に入れた。Aは、「そういうことはしたくありません」「私には好きな人がいます」と必死に訴えたが、原告は、「君はしたくなくても僕はしたいんだ」「好きな人がいても関係ない」と言って、Aの言葉に耳を貸そうとしなかった。Aは、原告の態度の突然の豹変に混乱し、中学生の時に受けた辛い出来事(性暴力)を思い出して、パニックになり、抵抗すれば暴力を受けるのではないかとの思いから、抵抗することができない状態でいたところ、原告は、Aの腕を取ってふとんに引きずり込み、服を脱がせて、Aが「やめてほしい」「そんなことをしたら首になりますよ」というのも聞かず、「首になってもいい、もう我慢出来ない」と言って、強引に性交渉に及んだ。午前四時頃になり、Aから、帰ってくれと言われ、原告は、「またくるねー」「通い婚しようよ」と言いつつもようやく出ていった。
(四) 一〇月七日の朝、Aは、予備校に行ったが、英語の講座を受講しただけでまもなく帰宅した。Aは、帰宅後、夜九時頃になり、昨晩の出来事が、次々と思い出されてきて、悔しくて号泣し、自己嫌悪に落ちいった。数日後、Aは、その時のふとんを捨てた。Aは、受験生にとって大事な時期であったことから、代ゼミの授業には出席し続けたが、火曜日五時限の原告の講座を受講するのは止めて同月九日から、別の講師の日本史の講座を受講することとし、同月一三日まで原告と顔を合わせることはなかった。
(五) 一〇月一三日の午後七時三〇分頃、原告は、再びAに電話をし、今最寄り駅にいること、これからAの家に行こうと思うが、行き方を忘れたから迎えにきてくれと伝えた。Aは、もう家に来られるのは嫌だと思い、すぐに駅に向かったところ、駅からAの家の方に向かってくる原告と会った。Aが、外で話しをする場を作ろうと「食事をしていない」と言ったところ、原告は、自分も食事をしていないといい、駅前の焼肉屋に入った。その際、原告は、Aが食事に手を付けず、沈鬱な様子で黙って原告の話を聞くだけで、原告に対する態度が拒絶的であるのを見て、一旦、席を立って化粧室に行き、戻ってくるやAに対して、「将来結婚しよう」と言いだした。原告のこの言葉は唐突ではあっだが、先日の原告にされた行為により、一週間悩み、自分の体が汚れたように感じ、うっかり原告を信じて家に入れてしまった自分の落ち度を責め続けていたAにとっては、「結婚」という言葉によって忌まわしい行為が帳消しになるかのように思われ、Aは、そのような錯覚に陥った。食事後、原告は、「やはりAちゃんの部屋に行きたい、二人きりでこの話しの続きをしよう」と言い、Aが拒まなかったことから、二人で、Aの部屋まで行き、Aは原告の求めるままに再び性交渉を持った。
Aは、その後、冷静になって考えるとお互いに相手のことをよく知らないのに「結婚しよう」というのは、原告の本心ではないのではないか、その場限りの嘘ではないかとの疑問を持ち、また、原告が代々木ゼミナールで相変わらず女子生徒とへらへらと話しているのを見て原告の真意を確かめなければならないと思い、便箋に自分の気持ちや原告の真意を問う趣旨の手紙を書いて、一、二週間後位に原告に渡した。その数日後、Aは、原告から手紙は「不愉快だから捨てた」との電話を受けた、Aは、やはり自分は原告に騙されて、もてあそばれただけという事実を知るに至り、その後は、原告の行為を思い出して怒りやいらだちがわいてきてさらに悩むこととなった。
(六) 一一月四日、Aは、直接原告に会って話し合い、事態を解決しようと思い、原告の自宅に行くべく決心し、午後九時三〇分頃、新宿から池袋の原告の自宅に電話をしたところ、原告から、「池袋駅についたら丸井のある出口を出て、丸井に向かって歩き、大きな通りを右に曲がって、ずっと行くとファミリーマートがあるから、そこでもう一度電話をして」と言われ、Aは、原告の教えた通りの道順で歩き、原告の指定したコンビニから再び原告に電話をした。五分程で原告がきたので、Aは、原告に対し、「先生の部屋で話したいことがあります」と言うと、原告は、「弁護士から、女生徒と話すときはラブホテルにしてくれと言われている」と言って、丸井の方に向かって歩き出した。Aが、後ろから追いかけながら「ラブホテルではなく、他の場所で話し合いたい」というのを、原告は無視し、コンビニの少し先にあるラブホテルの入り口付近で、手を延ばしてAの腕をつかみ、ラブホテルへ引っ張り込み、勝手に部屋を選んだ上、Aを追い立てるようにエレベーターに乗せ、Aが非常階段から逃げようとするのを背後から肩を押さえつけてそのまま部屋に押し入れ、落ちつかない気持ちのAに対し、「ベッドで話しをしよう」と言って、ベットに引き寄せ、抵抗しても無駄と感じたAの服を脱がせて性交渉に及んだ。その後、泣き出したAに対し、「何で泣いているのか分からない、不愉快だ」と言って怒りだし、Aがどんなに傷付き悩んでいるか全く理解しようとしなかった。
(七) 一一月四日以降、Aは、原告がAを性欲のはけ口として性行為を強いたり、「結婚しよう」と嘘をついてAを騙して性行為に及んだことにつき、きちんと謝罪し、責任を取る態度を示さなかったことから、以前より増してさらに苦悶し、慢性的に眠れず、物が食べられなくなり、それまで五二、三キロあった体重は、四四キロまで落ち、三か月間生理が止まり、妊娠の不安にさらされ、何度も原告に強いられた性交渉の場面をフラッシュバックのように突然思い出し、その都度吐き気を覚えた。その後、Aのこのような状態は三か月以上続き、慢性の経過をたどり、心的外傷性ストレス障害(PTSD)の症状を呈するに至った。
2 以上認定した事実によれば、原告がAに対し、平成一〇年一〇月七日午前二時頃にA宅において、Aの意思に反し、強引に性交渉に及び、また、同月一三日の夜に、Aの錯覚のない真の意思に反して、Aとの性交渉に及び、さらに、一一月四日の夜に、池袋のラブホテル内で強引にAと性交渉に及んだものであるから、原告は、Aの意思に反して複数回にわたり、強引にAとの性交渉に及んだというべきである。
3 原告は、Aとの性交渉の事実を一切否定し、Aの原告との肉体関係の話は事実無根である旨主張し、Aが原告に受け入れてもらいたい、愛されたいとの思いが強いあまり妄想を抱いたものであると陳述書及び本人尋問において述べている。しかし、原告の右主張及びその陳述書並びに供述は、以下の理由により採用できない。
(一) 原告は、その本人尋問において、平成一〇年八月上旬頃、Aに「生徒カルテ」を書かせてその自宅の所在地を知っていたこと、同人が一人暮らしであることを聞いていたこと、同年一〇月上旬に講師室で、Aに原告の自宅の電話番号及び携帯電話の番号を教え、その場でAの電話番号も聞いたこと、また、同月六日に町田のマンションに帰宅後、電話を架ける前にはAから悩みの内容については具体的に聞いていなかったこと、同所から夜一一時頃にA宅に電話をし、Aの自宅の最寄り駅で会う約束をし、タクシーで最寄り駅まで行き、駅前でAと会い、彼女の自宅のあるマンションの前まで歩いて行ったことを認めている。
ところが、原告は、その陳述書及び供述において、一〇月六日に、Aの自宅の前まで行ったが、彼女がもっと話しを聞いて欲しいので中に入って下さいというのを、講師としてそのようなことはできないのではっきりと断り、タクシーで町田の自宅に帰ったといい、Aとの性交渉の事実については一切否定し、また、一〇月一三日についても、Aと最寄り駅で会い、駅前の焼肉屋で食事をしたことは認めるものの、店を出てすぐに別れたと述べ、この日のAとの性交渉の事実についても否定し、さらに、一一月四日についても、池袋から徒歩一〇分程度のところにあるファミリーマートの前で会って一五分程度話をしたことは認めるものの、Aからキスを迫られたが必死に説得してこれを断り、Aと別れたといい、この日のAとの性交渉の事実をも否定し、Aが悪質なストーカーないし強度の妄想患者であると述べている。
(二) しかしながら、一般に、悪質なストーカ-ないし強度の妄想患者は、通常、相手方に対し、手紙、電話、メールなどの手段により、再三にわたり執拗に何らかの意思表示をしてきたり、しつこく面会を強要したりする特徴的な性癖を有するものであるが(公知の事実)、まず、一〇月六日以前は、Aは、八月から原告の講座を受講することとしたが、時々、講師室にいた原告に日本史の質問をしに行った程度であったこと(甲四号証、乙二四号証)、一〇月六日に原告がAに電話を架ける前は、原告は、Aの相談の内容は何も聞いていなかったこと(原告の供述)が認められ、一〇月六日以前に、Aが原告に対し、ストーカー行為または妄想行為をなしたことをうかがわせる事実は認められない。
(三) 原告は、その陳述書及び供述において、一〇月六日のAの話は、「非常に支離滅裂で現実離れした印象をもたざるを得ないもの」であり、「自殺でもされたらまずい」と思ったと述べている。一方、原告は、その本人尋問において、一〇月六日から七日にかけて、Aから原告に対し、興奮して非難をしたり言葉を荒げたりしたことは「なかった」こと、同月一三日に再びAと最寄り駅で会ったこと、この時、原告は「わざわざ」、「正直喜んで会いに行った」こと、Aと二人で焼肉屋で食事を共にしたこと、この日(一三日)はAに何らの異常な行動はなかったこと、一一月四日に三たび会っていることを認めている。一〇月六日のAの話は、「非常に支離滅裂で現実離れした印象をもたざるを得ないもの」であり、「自殺でもされたらまずい」と思ったとの原告の説明が事実であれば、原告は、その後はAとの接触を避けようとするのが自然の対応であるのに、実際の原告の行動は、一〇月六日の出来事についての原告の説明と辻褄が合わず、不自然である。
以上によれば、一〇月六日にAが原告に対し、何らかのストーカー行為ないし妄想行為をなしたとは到底認められない。
(四) 原告の陳述書及び供述によれば、原告は、Aから一〇月二〇日頃に手紙を受取ったこと、原告がAから受取った手紙は、これ一通であること、原告はその内容について、意味が不明でとまどいを覚えたと言うだけでこれを明らかにしようとしないことが認められる。仮に、原告の述べるとおりであるとしても、一通の内容不明の手紙のみでは、Aにストーカー行為または妄想行為があったことを認めるに足りない。
(五) さらに、原告は、陳述書及び供述において、一一月四日に、Aからの電話を受けて、自宅から一キロメートル離れているファミリーマートを指定して会ったが、Aから路上で「キスして」と迫られ、原告の自宅を知っているようなことを言われたことなどから、原告はAをストーカー乃至強度の妄想患者と確信した旨述べている。しかしながら、原告が指定した待ち合わせ場所は、池袋駅と原告の自宅との中間点にあたる場所にあり、しかも、ラブホテルの「トキワ」のすぐ近所にあること(乙三一号証、乙三九号証)、Aが原告の自宅に実際に押し掛けたことをうかがわせる事実が認められないこと(弁論の全趣旨)、原告が、Aにストーカ-行為をされた旨代々木ゼミナールの管理者側に相談していないこと(原告本人)が認められるが、Aが、真実ストーカーないし妄想患者であるならば、原告は、これと会うのを避けるとともに、誰か代々木ゼミナールの部長など然るべき人にストーカーにつきまとわれている旨の相談するなどの行動に出るのが、通常であるのに、原告は、逆に、わざわざ駅からより自宅に近くなる場所を指定してAと会い、誰か然るべき人に相談するなどの行為を全くしていないが、この原告の対応は、Aがストーカー乃至妄想患者であるという原告の説明と矛盾している。
したがって、一一月四日に、Aが原告にストーカー行為乃至妄想行為をなしたことを述べる原告の陳述書及び供述は、実際の行動との矛盾があり、信用できない。
(六) 次に、原告は、その陳述書及び本人尋問において、一〇月六日はAの自宅マンション前まで歩きながら話をしただけといい、その歩きながらの話というのが、原告は、酒の場で他の講師から殴られたことがあること、家族との関係がうまくいっていないことなどを話し、Aは、弟に胸を触られたとか、中学時代に学校の先生の家の鍵を貰っていて、何度もその先生との間で肉体関係があり、また、親子ほど年齢差のある出身高校の教師と肉体関係があったことなどの深刻な話をし、その際、Aが原告に対し、そのような彼女自身を原告に受け入れて貰いたい、愛してもらいたいと言ったなどと述べているが、前記(二)において認定したとおり、一〇月六日までは、原告とAは、予備校の講師と受講生という関係にすぎず、これまで予備校内で数回、原告の講義の後に日本史の質問をしたり答えたりする関係でしかなく、原告の述べるような深刻な話をし合う関係がそもそもなかったこと、そのような親しくもない人とAのマンションまで徒歩一〇分程度の距離を深夜に雨の中を傘をさして歩く間にそのような深刻な会話をしたというのは、極めて不自然であることから、この部分の原告の陳述書の記載及び原告の供述は、まさに現実離れしていて、到底信用できない。
(七) ところで、原告の陳述書とその供述の矛盾の有無、一貫性について検討するに、そこにはいくつかの首尾一貫しない点及び原告の憶測が多々認められる。
まず、一〇月六日の電話について陳述書や主尋問において、自分から電話したと認めていたものを、裁判官がこの点を確認する質問をしたのに対し、「間違っていました。向こうからかかってきました」と前言を翻し、陳述書と前回の主尋問の際の答えを示されて再度、裁判官から質問され、「僕がかけたのかもしれません」と認めた。また、電話番号についても、原告は、陳述書において、一〇月六日には、池袋のマンションと町田のマンションの電話番号を両方を教えたとだけ述べ、被告代理人の「あなたが教えられたあなたの電話番号は携帯ですか、自宅の番号ですか」と質問されて、「自宅だと思います」と答えていたが、次の尋問期日に裁判官が同月一三日に誰から電話をしたかとの質問に対する答えに続いて、原告は、「携帯の番号は最初から教えたんです」と変更した。さらに、原告は、平成一〇年八月上旬にAに自宅住所が記載された「生徒カルテ」(甲一七号証)を書かせた上、これを提出させており、一〇月六日当時、原告はAの自宅住所を知っていたことが認められるのに、原告は、その本人尋問において、一〇月六日当時は、Aの自宅がどこだか知らないと答えている。そして、陳述書では、一〇月二〇日にAから貰った手紙について、書かれている内容が意味不明で、それを渡す彼女の意図も不明でしたので彼女に対してまた恐いなという印象を持った旨述べているが、本人尋問においては、手紙の内容は、「僕のことを好きという感じだったと思う」と述べており、陳述書において述べている趣旨と一貫しない。
また、原告は、陳述書及び供述において、代々木ゼミナールの同僚講師であるC講師(酒井講師を意味する)、とD講師(八柏講師を意味する)が、原告が日本史講師のナンバーワンの地位にあることが邪魔であることから、Aを背後で操っていると述べているが、その本人尋問において、具体的にDが何をAに話したかということについては何も知らないこと、推測にすぎないことを認め、AがD講師に会ったことがないことを指摘され、会ったことがないのが本当なら、DがAを操るというのはあり得ないことを認め、C講師についても、「Aは嘘をついていると思」うが、嘘をつくようにCが操ったということではない旨述べており、結局、原告の陳述書や供述における「C講師やD講師がAを操っている」という説明は、単に、原告の臆測にすぎないことが明らかである。
原告は、その陳述書において、一〇月六日にAから「来てくれないなら私は死ぬ」、「高校の教師と肉体関係があって悩んでいる」、「そのような自分自身を原告に受け入れてもらいたい、愛してもらいたい」「弟に胸をさわられた」と言われた旨述べているが、原告の陳述書や供述以外に他にこれらの事実を認めるに足りる証拠はないところ、Aは、これを否定しており、後記(五)に認定するとおり、Aの陳述や供述は、矛盾がなく一貫性があり、到底、妄想によるものとは、認められず、逆に、原告の陳述書や供述には、前記のような矛盾や一貫性を欠く部分が多く、臆測や推測に基づいていると認められるから、その信用性は低く、原告の陳述書及びその供述のうちの右の部分は、到底、これを事実と認めるに足りないといわねばならない。
以上によれば、Aがストーカーまたは妄想患者であり、原告に愛されたいという思いが強いあまり、妄想を現実のことと混同し、原告の述べるような言動をしたとの原告の弁解は到底信用できないので、右の点の原告の陳述書及びその供述のうち当該部分は採用できない。
(八) 一方、Aの供述及びその陳述書(乙二四号証)は、Aの体験した事実についての説明が、極めて詳細であるのに、その内容が首尾一貫して矛盾がないこと、とりわけ、一〇月六日にAと原告が歩いた経路、一一月四日にAが原告と待ち合わせた場所と歩いた経路、ラブホテルの場所などAの供述と現場の様子は一致しており、全く齟齬がないこと、また、Aの体験を聞いてこれをまとめたAの恩師の陳述書(乙五、乙六号証)や、Aから直接取材した及川の陳述書(乙四号証)とも、その内容が整合しており、矛盾がないこと、特に、Aの供述及びその陳述書には、Aが、実際に原告から聞き、また自ら体験しなければ知り得ないような原告と同僚及び家族との間の関係についての記述や、原告に性交渉を強いられたときの原告の言動や下着の種類や色などについての具体的な描写があり、これらは、原告のいうようなAの妄想というだけでは説明がつけられないものであることが認められる。
右によれば、Aの供述及び陳述書記載の内容は、いずれも十分信用に値するものであり、この点からも、Aとの性交渉の事実を否定する原告の供述及びその陳述書は、信用性に欠けるといわなければならない。
4 また、原告は、原告の陳述書及び供述における、Aから言われたという「来てくれないなら私は死ぬ」、「高校の教師と肉体関係があって悩んでいる」、「そのような自分自身を原告に受け入れてもらいたい、愛してもらいたい」「弟に胸をさわられた」との部分を根拠として、Aが、境界性人格障害(BPD)に罹患していたものと考えられると主張するもののようであるが、原告の陳述書及び供述におけるこれらの部分が到底信用するに足りず、採用できないことは前記3の(六)のとおりである。そして、平成一〇年一〇月六日の前は、Aは、体重は、五二、三キロあり(乙二四号証)、特に、自傷行為や自殺企図があったことを伺わせる事実は認められない(弁論の全趣旨)から、Aが、平成一〇年一〇月乃至一一月当時に境界性人格障害に罹患していたことを認めるに足りる証拠はなく、この点の原告の主張も採用できない。
5 さらに、原告は、自分が代々木ゼミナールの日本史講師のナンバーワンであることを快く思っていない代々木ゼミナールの他の講師にAが操られて虚偽の事実を述べていると陳述書及び本人尋問において述べているが、これを裏付けるに足りる確たる証拠はない。したがって、この点についての原告の陳述書及び供述も採用できない。
6 以上によれば、及川が執筆し、被告が掲載した本件記事のうち、「代々木ゼミナールの名物講師の女生徒への性暴力」との見出しのもとに、原告が代々木ゼミナールの女子受講生に対し、複数回にわたり、意に反する性行為を強いたことを主たる内容とする部分は、その主要な部分において、真実であるとの証明がなされたというべきである。
7 次に、本件記事のうち、「性暴力の再犯」として原告が過去にも女子受講者に対し、同様の性暴力を行ったことを内容とする部分について検討する。
(一) 原告の供述によれば、原告は、以前にも女子生徒に電話番号を聞いたり、自分の電話番号を教えたりしたことがあること、原告は、以前にも女子生徒の異性関係などの人生相談に乗ったことがあること、校外で女子生徒に会ったことも何回かあること、また、乙八号証によれば、平成一〇年八月頃に生徒あるいは父兄より、代々木ゼミナールに対し、講師に関し授業以外の苦情が寄せられたこと、その中に、女子生徒から「講師に交際を迫られた」などの類の特に気になるものがあること、これを受けて代々木ゼミナール側から講師に対し、特に注意すべき諸点の指示がなされたこと、さらに、乙四号証、乙七号証、乙二四号証、乙三七号証、証人及川及び同Aの各証言によれば、原告が他の女生徒とも性交渉をしたことをAに認める旨の話をしていたこと、及川が、本件記事を書くに際し、Aに二回会ってAの話を聞いて取材したこと、また、及川が、代々木ゼミナールの他の講師に会って取材し、その講師から、代々木ゼミナールの女生徒が、原告から執拗に池袋のマンションに呼び出され、強引に性行為を求められたが、蹴りを入れて脱出したとの話と、平成九年一月頃、代々木ゼミナールの女子受講生から、原告に性的関係を持たされた上、交際を迫られていて困っているとの相談があったとの話を聞いたこと、平成九年一月二日に代々木ゼミナールの八柏講師と同僚の古典の講師が昼食中、一人の女生徒が、原告に誘われて性的な関係を持たされたが、今日、また池袋に来るように誘われて困っているとの相談に来たこと、平成一〇年一一月一〇日発行の雑誌「噂の真相」の一行情報として「皇国史観の代ゼミ名物講師Tが女生徒にセクハラで親が猛烈抗議」との記事が掲載されたことが認められるものの、原告が、実際に、過去に女子生徒に性暴力を行った具体的事実については、これを認めるに足りる証拠はなく、右認定によっても、被害者とされる女子生徒の氏名も分からないこと、また、及川自身が直接、当該女子生徒に取材して得た情報ではないというのであるから、その真実性が証明されたとは認めることはできない。
(二) しかしながら、右認定事実と前記四の1の(三)乃至(六)に認定した事実を総合すれば、これらの事実を取材によって知った及川において、原告が過去にも女子生徒に性暴力を行った事実があると信じたことには、相当の理由があると認められ、したがって、及川が、執筆し、被告が掲載した本件記事のうち、「恐れていた性暴力の再犯」との小見出を付した部分及び原告の過去の女子受講生に対する性暴力に関する部分は、執筆者たる及川及び被告編集者において、これを真実であると信ずるに足りる相当の理由があるというべきである。
五 ところで、適示された事実について、内容が公共の利害に関する事実であり、かつ、それが真実であって、専ら公益を図る目的で公表されたときは、その事実記載部分の公表は違法性を帯びないというべきである。また、記載内容が真実と証明できなくとも、真実であると信ずるのに足りる相当の理由があると認められるときは、その事実記載部分を公表して名誉を毀損したことの責任を問われないというべきである。
そして、本件記事に適示された事実は、相当程度に公共性、公益性を有する予備校という場における教える者と教えられる者との関係に乗じたセクシュアルハラスメントというべき社会的関心事についての記述と見られ、被告は、原告によるセクシュアルハラスメントに該当する悪質な行為を摘発し、何らの措置をも講じようとしない代々木ゼミナールに対し、その姿勢を糾す目的から、本件記事を掲載した本件雑誌を頒布したものであるから、被告は、「公共の利害に関する事実」につき、「専ら、公益を図る目的」で公表したものであり、また、本件記事のうち、原告の社会的評価を低下せしめるものと認められるところの「代々木ゼミナールの名物講師の女生徒への性暴力」との見出しのもとに、原告が代々木ゼミナールの女子受講生に対し、複数回にわたり、意に反する性行為を強いたことを主たる内容とする部分、及び、「恐れていた性暴力の再犯」との小見出を付した部分、並びに、原告の過去の女子受講生に対する性暴力に関する部分については、前記のとおりその主要な部分について真実であるとの証明があるか、もしくは真実であると信ずるに足りる相当の理由があるものであるから、結局、被告が、本件記事を掲載した本件雑誌を頒布した行為は、故意又は過失により原告の名誉を違法に毀損したものとはいえず、原告は、被告に対して損害賠償を求めることはできないというべきである。
六 よって、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田秀)