東京地方裁判所 平成11年(ワ)14927号 判決
原告 松平栄千代
同 松平明世
同 井上明
同 原明美
右原告ら四名訴訟代理人弁護士 木村峻郎
同 大橋英樹
被告 大伸フード株式会社
右代表者代表取締役 山崎喜久男
右訴訟代理人弁護士 西村國彦
同 上田直樹
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告らと被告との間において、原告らが別紙物件目録一の1記載の土地について、賃貸期限平成二一年五月三一日、賃料一か月金九万円、賃料毎月末日支払の定めによる賃借権を有することを確認する。
第二事案の概要
一 前提となる事実(証拠援用部分を除き、争いがない。)
1 借地契約
亡松平達(旧名陳東達、以下「亡達」という。)は、昭和二四年六月一日、坂本カネ(以下「坂本」という。)との間で、別紙物件目録二記載の土地(以下「分筆前借地」という。)につき、左記内容の賃貸借契約を締結し、同土地の引渡しを受けた(以下右契約を「本件借地契約」といい、本件借地契約に基づく借地権を「本件借地権」という。甲一)。
(一) 目的 建物所有(甲二、三、弁論の全趣旨)
(二) 期間 昭和二四年六月一日から二〇年間
(三) 賃料 一か月あたり七〇〇円
2 建物所有
亡達は、本件借地契約に基づき、分筆前借地上に別紙物件目録三記載の各建物(以下右各建物を「本件建物」といい、別紙物件目録三の1記載の建物を「本件1の建物」という。)を建築して所有し、もって分筆前借地を占有してきた。
3 契約更新
本件借地契約は、昭和四四年六月一日合意により更新され、平成元年六月一日法定更新された。
本件借地契約の現在の賃料は、一か月金九万円である(甲一三、弁論の全趣旨)。
4 相続
(一) 亡達は、昭和六一年九月九日死亡した(甲四)。
(二) 亡達の妻である原告松平栄千代は、本件借地権の共有持分一〇万分の五万二二三二と本件建物の持分一〇〇分の六六を、亡達の子である原告松平明世(以下「原告明世」という。)は、本件借地権の共有持分一〇万分の一万三七〇七と本件建物の持分一〇〇分の一七を、亡達の子である原告井上明(以下「原告明」という。)は、本件借地権の共有持分一〇万分の一万〇九二四を、亡達の子である原告原明美(以下「原告明美」という。)は、本件借地権の共有持分一〇万分の一万〇一七七を、亡達の子である松平明道は、本件借地権の共有持分一〇万分の一万二九六〇と本件建物の持分一〇〇分の一七を、それぞれ共同相続し、原告松平栄千代、原告松平明世及び松平明道は、昭和六二年四月七日、本件建物についてその旨の所有権移転登記をした(甲二ないし四)。
5 平成一〇年一二月二四日及び平成一一年三月二日、分筆前借地は別紙物件目録一記載の各土地に分筆された(甲五ないし七、一四、一五)。
6 本件1の建物は、別紙物件目録一の1記載の土地(以下「本件土地」という。)上に存在したが、平成一〇年一二月三〇日、火災により消失した。
そのため、原告らは、平成一一年三月一八日、本件土地上に本件1の建物の所在・構造・面積を記載し、かつ建物を新たに築造する旨を記載した看板を掲示した(以下「本件第一掲示」という。甲八、原告明世本人)。
7 本件土地は、平成八年六月四日株式会社アイトーに、平成九年一一月二六日テンアンドエイトリース株式会社(以下「テンアンドエイトリース」という。)に、平成一一年四月二三日被告に所有権が移転され、それぞれそのころその旨の所有権移転登記がなされた(甲五)。
8 本件土地をテンアンドエイトリースから譲り受けてこれを占有している被告は、原告らの本件借地権を否定している。
第二争点
一 原告らの主張
1 原告らは、平成一一年三月一八日、本件第一掲示を行ったが、同月二五日ころ、本件第一掲示が何者かによって取り外され、代わりにテンアンドエイトリースが本件土地を所有している旨の看板が設置されていたため、同日、原告明世が再度本件土地上に本件第一掲示と同様の掲示板を設置した(以下「本件第二掲示」という。)が、それも程なくして何者かによって撤去された。
そこで、原告らは、同日、テンアンドエイトリースに対して内容証明郵便をもって本件借地権を主張するとともに、同月二六日、改めて本件土地上に本件借地権の存在を告知するための掲示板を設置した(以下「本件第三掲示」という。)。
被告は、同年四月一六日及び同月二二日の二度にわたり本件土地を訪れているが、少なくとも同月一六日の時点では、原告らによる本件第三掲示が本件土地上に残されていた可能性が強い。
したがって、原告らは、被告に対し、本件借地権を対抗することができる。
2 本件建物の所有権保存登記は、本件建物の焼失後も抹消されておらず、被告担当者が本件土地上建物の登記を確認した平成一一年四月一九日においても本件建物の所有権保存登記は存在した。したがって、被告担当者は、右登記確認の際に本件建物の所有権保存登記の存在を知ったはずである。
ところで、借地上に建物の残影がない場合であっても、第三者がその借地上の建物登記の存在を知れば、その土地について借地権が存在することを知ったというべきであり、このような第三者に対して借地権の存在を対抗できるものとしても、何ら不測の損害を与えるものではない。
被告が本件土地を現地検分した際に本件掲示が何者かによって不法に撤去されていたとしても、被告は、本件土地上の建物登記の有無を調査した際に本件建物の所有権保存登記の存在を知ったはずであるから、原告らは本件借地権を被告に対抗することができるというべきである。
3 土地の取引をしようとする者は、現地を見るのが通常であり、そこに建物が存すれば建物登記簿を見ることによりその土地は登記ある建物の存する土地であることを知ることができるから、このような土地の取得者は、借地権を対抗されても不測の損害を被ることはない。
したがって、建物の登記が借地権者自身の名義でない場合にも、借地権の対抗力を認めるべきであることとの均衡上、複数の借地権者の一部の者の名義で建物の登記がなされている場合にも、借地権者全員について借地権の対抗力を認めるべきである。
二 被告の主張
1 被告が、平成一一年四月二三日、本件土地をテンアンドエイトリースから買い受けた(以下「本件買受」という。)当時、本件土地上には建物はもちろん建物が存在していたことを示す掲示等は何ら存在しなかった。
本件掲示が一旦なされたとしても、その後撤去されれば、その後に現地を見た第三者には本件借地権を対抗することはできないというべきである。
したがって、本件借地権は被告に対抗できない。
2 被告が本件買受によって購入した本件土地は、分筆前借地を分筆した土地の一部である。
被告担当者は、本件土地上に建物及びその他の掲示物が存在しないことを現地に確認しに行った後、念のため、本件土地上に建物登記が存しないかを確認するため、登記簿謄本の交付を申請し、建物登記が存在しないことを確認した。
したがって、被告は、本件買受にあたり、買主として通常要求される調査義務を果たしたが、その結果、本件土地上に借地権が存在することを示す表象を何ら認識することができなかった。
このような買主に対し、更に分筆前の登記に遡って建物保存登記の存在を確認することまで要求することは余りにも非常識である。
3 被告は、本件掲示の事実については善意であったから、背信的悪意者にも該当しない。
4 原告明及び原告明美は本件建物の共有持分を有しておらず、本件建物の登記名義人ではない。
本件借地権を本件土地の新所有者に対抗するためには本件建物の登記名義人であることが必要である。
したがって、右原告らは本件借地権をもって被告に対抗することができない。
第三当裁判所の判断
一 借地借家法(以下単に「法」という。)一〇条二項の趣旨
1 法一〇条二項の規定は、建物が滅失して借地上に存在しなくなっても、滅失した建物の残影があれば、それからその土地上には土地利用権が設定されているとの推測が働き、建物登記簿も調べて借地権の存在を知ることができるとの考えから設けられたものである。すなわち、無効となった登記に一定の条件の下に余後効を認めるとともに、もはや建物が存在しない現地と建物登記を結びつける方法として掲示を要求し、それに滅失建物を特定する事項を記載すべきものとした。したがって、法一〇条二項は、掲示上の表示と滅失した建物登記とが一体となって暫定的に借地権の対抗力を維持し得るものとしたものである。
2 したがって、借地上の建物の滅失により、掲示がなされるまで一時的にその借地権の対抗力は消滅するのであり、建物滅失後この掲示をするまでの間にその借地について第三者が権利を取得した場合には、その後に掲示を行っても借地権を対抗することはできない。
また、法一〇条二項の定める掲示は滅失した建物の残影に他ならないから、掲示が一旦なされた後に撤去された場合には、その後にその土地について借地権の負担のない所有権を取得した第三者に対しては、借地権を対抗することができなくなるというべきである。すなわち、第三者に対して借地権の対抗力を主張するためには、掲示を一旦施したというだけでは不十分であり、その第三者が権利を取得する当時にも掲示が存在する必要があると解するのが相当である。
二 本件買受時における本件掲示の存否
1 前記前提となる事実、証拠(甲八、一八、乙二、三、証人岡本沢春、原告明世本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 本件建物は、平成一〇年一二月三〇日、火災により消失した。原告らは、その後、焼け残った残骸を撤去して新しく家を建てることを計画し、平成一一年三月一八日、本件第一掲示を行った。
本件第一掲示には、原告らの名前で、「本土地には、借地権者松平明世他三名所有の建物二棟(上目黒三丁目一七三二番地所在一八二番四木造板葺平家建二三・一四平方メートル及び同所一八二番五木造瓦葺平家建一三五・四〇平方メートル)が建っておりましたが、地主(株)アイトーとの合意に基づいて解体いたしました。現在当方らは当方取得の土地上に新建物を建築する計画ですので、ここにお知らせいたします。平成一一年三月一八日」と記載されていた。
(二) ところが、原告明世が同月二五日本件土地を訪れたところ、本件第一掲示は何者かによって取り外され、代わりにテンアンドエイトリースが本件土地を所有している旨の看板(以下「社有地看板」という。)が設置されていた。
そこで、原告らは、同日午後、本件第一掲示と同じ内容の看板を作成して、原告明世が社有地看板の上に重ねるように張り付けた(本件第二掲示)。しかし、それも翌二六日午前中にはまた外されていた。
そこで、原告明世は、同日、再度本件第一掲示と同じ内容の看板を作成して、社有地看板の上のほか、本件土地を囲む塀等に分散して数か所張り付けた(本件第三掲示)。
しかし、本件第三掲示も同日夕方には剥がされてしまった。原告明世は、三たび本件第一掲示と同じ内容の看板を掲示しようとしたところ、テンアンドエイトリースの社員数名に取り囲まれ、「看板を貼るな。貼ってもまた剥がしてしまう。実力行使に出るならこちらも力で対抗してやる。」などと脅されたため、看板を掲示できずに本件土地を離れた。
その後、原告らが、本件掲示を行った事実はない。
(三) 被告の従業員岡本沢春(以下「岡本」という。)が同年四月二二日に本件土地を撮影したビデオテープには、本件土地にはテンアンドエイトリースの社有地看板のみが写っており、本件掲示は写っていない。
2 右の事実によれば、平成一一年四月二三日の本件買受時に、本件土地に本件掲示または本件1の建物の残影となる掲示がなされていた事実はこれを認めるに足りない。
したがって、原告らは、その当時本件土地について借地権の負担のない所有権を取得した第三者である被告に対しては、特段の事情がない限り、本件借地権を対抗することができなくなるというべきである。
3(一) ところで、前記一に記載した法一〇条二項の趣旨に照らすと、本件買受時に本件土地上に本件掲示が存在しなかったとしても、被告が、撤去される前の本件掲示の存在を知っていたか、または本件土地上に本件1の建物が存在していたことを知っていた場合には、その事実からその本件土地上に土地利用権が設定されているとの推測をすることが可能となり、建物登記簿を調査して借地権の存在を知ることができることになるのであるから、この場合被告は、原告らの本件借地権について、その対抗力の欠缺を主張し得ない背信的悪意者に該当するというべきである。
(二) しかし、被告が、本件買受当時、撤去される前の本件掲示の存在を知っていたか、または本件土地上に本件1の建物が存在していたことを知っていた事実を認めるに足りる証拠はない。
原告は、被告は同年四月一六日及び同月二二日の二度にわたり本件土地を訪れているが、少なくとも同月一六日の時点では原告らによる本件第三掲示が本件土地上に残されていた可能性が強いから、被告は同日ころ本件掲示の存在を認識していたはずであると主張する。
しかし、前記のとおり、原告明世自身が、本件第三掲示が平成一一年三月二六日夕方に剥がされてしまったのを現認しており、その後は掲示していないことを認めていること、同日テンアンドエイトリースの社員らに囲まれて「看板を貼っても剥がしてしまう」との脅迫を受けていることからすれば、同日の時点までに原告らの行った本件掲示はテンアンドエイトリースの社員らによってすべて剥がされてしまった可能性が強いというべきであり、同年四月一六日に本件土地を訪れた被告従業員岡本の本件建物の残影となるような掲示はなかったとする証言内容は、不自然であるとはいえない。
また、被告が、本件掲示を実力により撤去したことが推認されるテンアンドエイトリースと共謀していた事実を認めるに足りる証拠は何ら存在しない。
(三) そうすると、被告は、本件借地権の対抗力の欠缺を主張し得ない背信的悪意者には該当しないといわざるを得ない。
三 原告らのその他の主張について
1 原告らは、借地上に建物の残影がない場合であっても、第三者がその借地上の建物登記の存在を知れば、その土地について借地権が存在することを知ったというべきであるから、その第三者に対して借地権を対抗できると主張する。
しかし、滅失した建物の登記は無効の登記であって、その登記が単独で借地権の対抗力を備え得ると解する余地はない。
2 また原告らは、本件建物の所有権保存登記は本件建物の焼失後も抹消されておらず、被告担当者が本件土地上建物の登記を確認した平成一一年四月一九日においても本件建物の所有権保存登記は存在したから、被告担当者は、右登記確認の際に本件建物の所有権保存登記の存在を知ったはずであると主張する。
しかし、法務局で本件土地上の建物登記の存否を確認した被告従業員である証人岡本は、本件土地の地番を特定してその地番上の建物の登記の閲覧申請をしたが、建物登記は存在しなかったと証言している。右証言は、本件土地が分筆前借地から分筆された土地であるために、本件1の建物の所在地番と異なっていることからも十分に肯けるものであって信用できるといえる。
また、法一〇条二項の前記趣旨からいえば、本件買受時に本件土地上に本件建物の残影となるものが存在しなかった以上、買受人たる被告としては、本件土地上の建物登記の有無を調査することを期待されていないというべきであって、まして本件土地の分筆前に遡って建物登記の有無を調査しなかったことをもって被告に落ち度ありと見ることはできない。
したがって、被告に、本件借地権の対抗力の欠缺を主張できないとする特段の事情があるともいえない。
四 以上のとおり、その余の点を判断するまでもなく、被告に対し、本件借地権の確認を求める原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 潮見直之)
物件目録一
1 所在 東京都目黒区上目黒三丁目
地番 一七三二番六
地目 宅地
地積 四〇〇・八八平方メートル
2 所在 東京都目黒区上目黒三丁目
地番 一七三二番二
地目 宅地
地積 一九・五二平方メートル
3 所在 東京都目黒区上目黒三丁目
地番 一七三二番五
地目 宅地
地積 一〇一・一二平方メートル
4 所在 東京都目黒区上目黒三丁目
地番 一七三二番八
地目 宅地
地積 八三・〇五平方メートル
5 所在 東京都目黒区上目黒三丁目
地番 一七三二番七
地目 宅地
地積 八三・〇六平方メートル
以上
物件目録二
所在 東京都目黒区上目黒三丁目
地番 一七三二番二
地目 宅地
地積 六八六・五七平方メートル
以上
物件目録三
1 所在 東京都目黒区上目黒三丁目一七三二番地
家屋番号 一八二番四
種類 居宅
構造 木造板葺平家建
床面積 二三・一四平方メートル
2 所在 東京都目黒区上目黒三丁目一七三二番地
家屋番号 一八二番五
種類 居宅・事務所
構造 木造瓦葺平家建
床面積 一三五・四〇平方メートル
以上