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東京地方裁判所 平成11年(ワ)16012号 判決 2001年2月26日

原告

田中清

右訴訟代理人弁護士

貞友義典

佐藤孝之

被告

共栄交通株式会社

同代表者代表取締役

本多一雄

同訴訟代理人弁護士

鈴木修

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対してした、タクシー乗務から内勤業務への配置転換が無効であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、三五〇万円及びこれに対する平成一一年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被告のタクシー運転手として勤務していた原告が、被告から内勤業務への配置転換を命じられたため、タクシーに乗務できず、就労を拒否されたなどとして、被告に対し、主位的に、配置転換の無効確認及び配置転換後の賃金支払を、予備的に、受領遅滞又は不法行為に基づく損害賠償の支払をそれぞれ求めた事案である。

1  前提事実

争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告は、一般乗用旅客自動車運送事業を主な目的とする株式会社である。

原告は、平成九年二月四日、被告の定時制従業員として雇用され、以後、タクシー運転に従事した者である。

(証拠略)。

(2)  原告は、平成一〇年八月三一日午前一一時三〇分ころ、タクシー乗務中、大塚駅北口タクシー乗り場で男女各一人の客を乗せ、豊島区(以下略)所在の癌研究会付属病院(以下「癌研病院」という)に向かい走行していたところ、乗客らに頼まれ、タクシーを止めて更に女性を同乗させた。

すると、原告は、乗客らに対し、乗車途中で更に客を乗せることは法律に反しており、勝手にされては困る旨述べ、その後、乗客らとの間でトラブルになった(以下「本件事件」という)

(証拠略)。

(3)  原告は、同年九月一日、被告から本件事件について電話を受けた後、タクシー乗務を禁止されたとして、被告に就労していない。

(4)  財団法人東京タクシー近代化センター(以下「近代化センター」という)は、被告に対し、同年一〇月二三日付けの「指導・苦情事案の処理について(平成一〇年八月分)」と題する書面(書証略)により、本件事件での原告の対応が接客態度不良に当たるとして、評価点数を〇・五〇点とした旨通知した。

(調査嘱託の結果)

(5)  原告は、被告に対し、本件事件の経過等を記載した同年一一月一三日付け報告書(書証略)を提出した。

(6)  被告は、原告代理人の貞友義典弁護士(以下「貞友弁護士」という)に対し、同月二四日付けの「内勤の理由」と題する書面(書証略)を交付した。

(7)  原告の給与及び賞与の額(税控除前)は、平成九年二月分から同年一二月分までの間が合計三九三万六九七〇円、平成一〇年一月分から同年八月分までが合計三〇四万五〇六六円であった。

(書証略)

2  争点

(1)  内勤業務への配置転換の有無及び効力

(2)  賃金請求権の有無

(3)  損害賠償請求権の有無

3  当事者の主張の骨子

(1)  争点(1)について

(原告)

被告は、平成一〇年九月一日、原告に対し、「癌研病院の患者から苦情があったので、出社しないように」旨、原告代理人である貞友弁護士に対し、「近代化センターに苦情があったので、原告に内勤してもらう」旨それぞれ述べ、タクシー乗務を禁止した。そのため、原告は、以後、被告に就労することができなかった。

そこで、原告代理人は、被告に対し、原告及び同代理人との面談に応じるよう連絡したが、被告は、面談の日程を引き延ばして、これを事実上拒否したうえ、内勤以外で原告を受けいれることはない旨明言した。

そして、被告は、原告代理人に対し、同年一一月二四日、内勤処分の内容を説明する文書を送付した。

以上によれば、被告が、原告に対し、同年九月一日、内勤命令を言渡し、タクシー運転手としての就労を拒否したことは明らかである。

そして、この配置転換は、その命令を出された日時を特定できず、その手続も、本件事件の経過を確認せず、かつ原告の弁解を得ずに行うなど、不合理極まりないものであり、実質的な合理的理由もないものである。

したがって、原告に対する内勤という配置転換は無効である。

(被告)

原告主張の配置転換は、次のとおり存在しないから、この無効確認を求める原告の請求は理由がない。

ア 平成一〇年九月一日のやりとり

被告の篠崎義夫営業課長(以下「篠崎課長」という)は、同日午前一〇時ころ及び午前一一時ころ、それぞれ原告に対し、電話で「明日、本件事件につき、近代化センターに行かなければならないから、出社してほしい。明日は乗車させることはできない」旨述べた。これは、被告及び原告が、本件事件につき、関係法令上近代化センターに行くべき義務を有していたからである。

したがって、被告の同行為は配置転換ではない。

イ 同年九月八日ころから同年一〇月二九日までの間

被告は、貞友弁護士との間で、同年九月八日ころから同年一〇月二九日までの間、電話でやりとりをしたが、その内容は、専ら貞友弁護士が、被告に来訪し、原告の処遇について面談するための日程調整であった。

したがって、被告は、この間、配置転換をしていない。

ウ 同年一〇月三〇日のやりとり

被告の立川富二総務兼営業部長(当時)(以下「立川部長」という)及び篠崎課長は、同年一〇月三〇日、原告及び貞友弁護士と面談したところ、この面談では、本件事件の経過が問題となり、原告及び貞友弁護士が原告が正当であると主張した後、原告が被告に対して本件事件の内容を文書で提出することを申し合わせたものである。

したがって、被告は、同日、配置転換をしていない。

エ 同年一一月二四日付けの「内勤の理由」

「内勤の理由」の趣旨は、原告に対し、しばらくの間、内勤をすることにより、社内の仕事を見てもらうよう述べたものであり、内勤後には乗務員として就労させることを前提にしたものである。被告は、原告を乗務員として雇用しており、事務職として雇用することは考えておらず、長期間、内勤業務に就かせる必要性もなかった。

したがって、「内勤の理由」は、長期間の内勤を命じたものではなく、配置転換に当たらない。

(2)  争点(2)について

(原告)

被告が原告に対して無効な配置転換をしたこと、被告が原告からの面談の申入れに対し、面談の日程を引き延ばしたこと、これらのために原告が被告に就労できなかったことは、前記(1)のとおりである。

そして、原告の平成九年三月から平成一〇年八月までの平均賃金は月額三五万円を下らない。

したがって、原告は、被告に対し、平成一〇年九月分から平成一一年六月分までの未払賃金として合計三五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一一年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

原告に対する配置転換が存しないことは、前記(1)のとおりであるから、原告の主張は前提を欠き、理由がない。

原告は、被告から出社を禁止されたことがないにもかかわらず、平成一〇年九月一日以降、出社していない。原告は、本件事件について、まず、近代化センターに出向いて、自らの正当性を述べるべきであったにもかかわらず、被告に対して主張の場を設定するよう求めるという誤った対応をしたうえ、その後も様々な誤った対応を長期間続け、その間就労しなかったものである。

したがって、賃金支払を求める原告の請求は理由がない。

(3)  争点(3)について

(原告)

篠崎課長は、原告及び原告代理人に対し、平成一〇年九月一日、被告の履行補助者又は機関として、合理的な理由なく、原告を内勤にする旨告げて、その就労を拒否したばかりか、原告代理人からの度重なる要請にもかかわらず、面談又は聴聞の機会を設定しないまま、近代化センターに対し、原告代理人の責任で事態が打開できない旨の虚偽の報告をし、原告に対する処分を出させ、もって原告の就労を拒否する理由を作り上げた。

この篠崎課長の行為は、不法行為に当たり、被告は、同人の使用者である。

したがって、被告は、原告に対し、予備的に、受領遅滞(信義則上の受取義務違反)又は不法行為(使用者責任)による損害賠償として、平成一〇年九月分から平成一一年六月分までの未払賃金相当額である三五〇万円の支払を求める。

(被告)

原告の主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

前提事実、証拠(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告は、一般乗用旅客自動車運送事業等を業とする株式会社である。

原告は、平成九年二月四日、被告の定時制従業員として雇用され、以後、タクシー運転手として勤務していた。

(証拠略)

(2)  被告は、平成一〇年八月三一日午前一一時三〇分ころ、本件事件での乗客(女性)から、電話で苦情を受けた。

苦情の内容は、要旨「私は、癌研病院で診察を受ける夫に付き添って、大阪から上京し、大塚駅から原告運転のタクシーに乗車し、癌研病院に向かっていたところ、かつて夫と一緒に癌研病院に入院していた女性が歩いているのを見かけたので、原告に頼んで同乗させてもらった。すると、原告から、「このようなことは禁止されている。あなた達にはよく言っておかないと、また同じことを繰り返す」などと怒鳴られ、車から降りる際に、「ガン患者はフラフラしないで、さっさと死ね」と大声で言われた。夫も同乗した女性も余命わずかと言われており、原告は知らないかもしれないが、一週間か一〇日で死ぬかもしれないのに、あまりに酷い言葉ではないか。責任者と話をしたい」というものであった。

電話を受けた事務員は、この乗客に対し、担当者である立川部長又は篠崎課長が不在であったことから、近代化センターの電話番号を伝えた。

(証拠略)

(3)  近代化センターは、同日午後一時三〇分ころ、本件事件での乗客(女性)から、電話で苦情を受けた。

苦情の内容は、要旨「私は、癌研病院に入院している者であるが、外出許可が出て、大塚駅から癌研病院に向かい歩いていたところ、タクシーに乗っていた知人が「一緒に乗せてあげる」というので、同乗した。すると、原告が、「これは法律違反で、勝手にやられては困る。捕まったら自分が罰せられる」と言うので、知人が、「病人だからそんなに怒らないで下さい。そんな法律があるのは知りませんでしたから」と謝ったが、原告は、癌研病院に着き、私達が降りる時、「早く死ね」と言った」というものであった。

近代化センターは、指定地域におけるタクシー運転者の登録に関する業務及びタクシー業務適正化事業の実施等をする機関として、運輸大臣から指定を受け、タクシー事業の業務の適正を図り、もって利用者の利便の確保に資することを目的とした財団法人であり(タクシー業務適正化臨時措置法一条参照)、同適正化事業の一つとして、タクシー事業の利用者からの苦情の処理を行っている(同法三四条一項三号参照)。

そして、近代化センターは、違法行為関係取扱規程(平成九年二月二五日理事会承認)において、タクシー利用者等からの申告に基づく苦情又は要望(以下「苦情事案」という)のうち、必要と認められるものについて、当該事業者に苦情事案の内容を通知し(三条)、調査処理が適当と認められるものについて、同通知後一か月以内に事実関係を調査し(四条)、調査に当たり必要と認められるものについて、当該事業者(運転手を含む)に対し、近代化センターに来所するように協力を求めるが、当該事業者等が再三の来所要請に応ぜず、かつ、最初の来所要請から一か月を経過した場合は、苦情事案の内容を認めたものとして取り扱い(五条)、調査及び処理が終了した後、事案ごとに点数評価を行い、当該事業者に対し、その結果を通知し(六条)、また、点数評価に基づき、事業者別にランク評価を行う(七条)旨定めている。

(証拠略)

(4)  篠崎課長は、同年九月一日午前一〇時ころ、本件事件につき、事務員から、前記(2)のとおり乗客から苦情を受けたことを聞いた。

そこで、篠崎課長は、原告に電話をし、本件事件の事実経過を尋ねたところ、原告は、要旨「男女二名の客が大塚駅から乗車し、癌研病院に向かったところ、途中で、男性の乗客が、窓を開け、歩行中の女性に乗るように声を掛けた後、私に女性を同乗させるよう頼んだので、私は、途中で乗車させることは禁止されていると言ったが、乗客から再度頼まれたので、同乗させた。その後、私は、途中で乗せることは禁止されている旨注意したところ、乗客は、最初はすみませんと謝っていたが、そのうち怒り出して口論になり、私に対し、傘で殴ろうとしたり、肩を平手で叩いたりした。そして、癌研病院に着き、乗客が降りる時、私は、あまりに腹が立っていたので、「てめえ達、病人なんか早く死んじまえ」と大声で言った」旨述べた。

この間、篠崎課長は、原告に対し、「途中でお客様の指示があったときは、危険でないところに車を寄せて乗せなければならない」旨注意したが、原告は、「昭和三三年ころ、客を乗せたために、近代化センターに呼び出されて罰せられた。途中で客を乗せることは今でも禁止と思っている」旨述べた。なお、関係法令上、タクシーに利用者が乗車している際に、更に利用者を同乗させることを禁止した規定は存しない。

そして、篠崎課長は、本件事件につき近代化センターに速やかに出所する必要があると考え、原告に対し、要旨「明日は近代化センターに行ってもらうので、会社に来てもらいたい」旨告げたが、原告が、「自分は悪くない。明日、乗車させてくれるなら会社に行く」と答えたので、「明日は、近代化センターに行かなければならないから、乗車させることはできない」と述べた。

すると、原告は、突然、「それでは解雇かよ」と述べ、篠崎課長が、「解雇ではない。再度、明日は出社し、近代化センターに行くように」と応じたが、押し問答になり、原告が一方的に電話を切った。

(証拠略)

(5)  その後、原告は、貞友弁護士に電話し、要旨「乗客との事件で、会社から明日から来るなと言われ、解雇された。会社は、原告が悪いと一方的に決めつけ、話しを聞いてくれない」と述べ、弁護を依頼した。

(証拠略)

(6)  篠崎課長は、立川部長に対し、前記(4)の原告とのやりとりの経過を報告したところ、同部長は、「明日、内勤手当分を支払ってもよいから、原告を近代化センターに連れていくように」と指示した。

そこで、篠崎課長は、原告に電話し、「明日は、近代化センターに行ってほしい。内勤手当分を支給するから」と告げたが、原告が、「貞友弁護士に訴えを頼んだから、弁護士と話しをしてくれ」と言い、これに応じなかったので、貞友弁護士の連絡先を聞き、電話を切った。

(証拠略)

(7)  近代化センターは、同日一時一〇分ころ、被告に電話し、立川部長に対し、前記(3)の乗客からの苦情の内容を伝え、事実関係を確認するため来所するよう依頼した。

(調査嘱託の結果)

(8)  貞友弁護士は、同日午後一時ころ及び一時五五分ころ、被告に電話し、篠崎課長に対し、「乗客からの苦情だけで、原告から事情を聴取しないで、出社を禁止するのはおかしい」旨述べると、篠崎課長は、「近代化センターに苦情があったので、原告に内勤してもらう」旨述べた。そして、貞友弁護士及び篠崎課長は、近代化センターに行く前に、原告及び貞友弁護士が会社で面談し、原告から事情を聴取することで申し合わせた。

その後、貞友弁護士は、同月七日及び八日、被告に電話し、面談の日程を決めようとしたが、篠崎課長と連絡がとれず、同月一六日、電話をした後、同月二九日、被告に再度電話し、篠崎課長との間で面談の日程を定めようとしたが、貞友弁護士の業務日程上空きが少なく、他方、被告が役員を面談に同席させようとしたため、日程の調整がつかなかった。

貞友弁護士は、同年一〇月八日、被告に電話したところ、被告は、「同月三〇日午前一〇時に会社に来てほしい」と回答した。

(書証略)。

(9)  他方、被告は、近代化センターから、本件事件に関する来所の意向につき度々打診されていたが、立川部長又は篠崎課長は、要旨「原告にしばらく乗務させないと伝えたら、原告が欠勤を続けている。原告が、弁護士を立て、同人らと会社で会う予定になっており、近代化センターに行くのはその後になる」旨回答し、その後、同センターの要請を受けて、同月七日、本件事件の関係書類を同センターに提出した。

近代化センターは、被告に対し、同年一〇月二三日付けの「指導・苦情事案の処理について(平成一〇年八月分)」と題する書面(書証略)により、本件事件における原告の行為が接客態度不良に当たるとして、評価点数を〇・五〇点とした旨通知した。

(調査嘱託の結果)

(10)  原告及び貞友弁護士は、同月三〇日、立川部長及び篠崎課長との間で、原告の処遇につき面談を行った。

被告が、原告及び貞友弁護士に対し、近代化センターによる処分が終わった旨告げると、原告及び貞友弁護士は、面談の前に同処分がされたことにつき強く抗議した。

その後、原告が、本件事件における原告の行動が正当である旨、強く主張したので、被告と原告及び貞友弁護士は、原告が被告に対し本件事件の内容を記載した文書を提出することを申し合わせた。

(書証略)。

(11)  原告は、被告に対し、同年一一月一三日付け報告書(書証略)を提出した。同報告書には、要旨、次のとおり記載されていた。

ア 本件事件の経過

私が、乗客に対し、途中で客を乗せるようなことを勝手にされたら困ると一言述べると、男性の乗客が「ばかたれ」「途中で止めて何が悪い」と怒鳴り出したが、反論しなかった。癌研病院に到着すると、女性の乗客が、「きついこと言うじゃない」と言い、私が反論せずにいると、私の左脇腹を強く殴ってきた。私は、耐えきれず、乗客を殴り返そうとしたが、乗客が降りていたので、車を降りた。すると、男女の乗客が、私の所にやって来たので、私が「殴ったな。警察に来い」と言うと、男性の乗客は、私に対し、「何すんだ。てめえ」と言いながら、ステッキを振り上げ、私の目を突こうとした。その後、私は、近くに停車していたタクシーの運転手から、私の車を移動させるよう言われたので、車を移動させようとすると、男女の乗客が癌研病院に入って行くのが見えたので、乗客らに対し、腹立ちまぎれに「早く死ね」と言った。

イ 途中で客を乗車させる行為について

私は、昭和三三年一〇月ころ、乗務中に乗客が通行者を同乗させたところ、指導委員会から、乗合行為であるとのお咎めを受け、始末書を書いたことがあり、以来、途中で乗客からそのように頼まれても応じてはいけないと思っている。乗客から頼まれたら応じるべきであるとの会社の話であるが、仮にそうだとしても、運転手に断りもなく勝手に窓を開けて知り合いを呼び、その後に「乗せるから左にとめろ」と命令するような行為はやはり許されないのではないか。

ウ ただ、腹立ちまぎれとはいえ、私の不用意な発言で会社にご迷惑をかけたことは真摯に反省している。

(調査嘱託の結果)

(12)  被告は、貞友義典弁護士に対し、同年一一月二四日付けの「内勤の理由」と題する書面(書証略)を交付した。

「内勤の理由」には、要旨、次のとおり記載されていた。

報告書の内容は、乗客から電話で聞いた内容とは少し違う点が多いと思われるが、原告と電話で話し合ったように、解雇ではなく、内勤にて出社するようにして下さい。出社をして、社内の仕事を手伝っていると、配車について良く知るようになり、苦情があったこともよくわかるようになると思われるので、出社して下さい。一〇月三〇日に来社した際も、内勤の件について説明したところ、貞友先生も後日、原告とよく相談して連絡を下さるとのことでした。被告は、原告だけを特別に内勤をすすめているわけではなく、現在でも内勤の人が一名います。過去においても内勤して乗務に復帰された方は何人もいますので、内勤で出勤するようにして下さい。

(13)  被告の従業員就業規則(書証略)は、次のとおり定めている。

六六条(懲戒)

従業員が次の各号の一に該当する時は別に定める従業員懲戒規定により懲戒する。

2  職務上の業務に違反し、又は職務を怠った時

3  従業員としてふさわしくない行為のあった時

六七条(懲戒の種類)

懲戒は次のとおりとする。

4  業務(乗務)停止

六八条(懲戒の方法)

懲戒は次によって行い、その一又は二以上を併科し、原則として公示する。

4  業務(乗務)停止は、一定期間業務(乗務)を停止し、再教育を受けさせ、或いは指示した他の業務に従事させる。

2 内勤命令の有無及び効力(争点1)

(1)  内勤命令の有無

ア 前提事実及び前記1認定の各事実によれば、篠崎課長が、平成一〇年九月一日、本件事件につき乗客から苦情があったことを知り、原告に電話し、本件事件につき事実経過及び本人の弁解を聞いた後、原告に対し、「内勤手当分を支払うから、明日は近代化センターに行ってほしい、明日は乗車させることはできない」旨述べ、その後、貞友弁護士に対し、電話で、「近代化センターに苦情があったので、原告に内勤してもらう」旨述べたこと、原告が、立川部長および篠崎課長に対し、同年一〇月三〇日、本件事件の経過からみて原告の行動が正当である旨主張したこと、原告が、被告に対し、同年一一月一三日付け報告書で、本件事件の概要を説明し、乗客の行為が許されないものである旨述べたところ、被告が、貞友弁護士に対し、同年一一月二四日付けの「内勤の理由」を交付し、要旨「社内の仕事を手伝えば、配車や苦情についてよく理解できるようになるので、内勤として出社してほしい。他にも内勤をした後に乗務に復帰した者が何人もいる」旨述べたこと、被告の就業規則が、従業員において、職務上の業務に違反し、又は従業員としてふさわしくない行為があった場合に、懲戒処分として一定期間、乗務停止を命じることができる旨定めていることが認められる。

これらの事実によれば、被告は、平成一〇年九月一日から同年一一月二四日ころまでの間に、原告に対して本件事件での接客態度等に関する反省を促し、かつ被告でのタクシー事業の適正を図るために、原告に対し、一定期間、タクシー乗務を停止し、内勤業務に携わるように命じたものと認めるのが相当である(以下、これを「本件命令」という)。

イ 原告は、本件命令が、通常の配置転換と同様に、タクシー乗務に長期間就かないよう命じたものである旨主張する。

しかしながら、前記1認定の事実によれば、原告は、篠崎課長から、平成一〇年九月一日、明日、近代化センターに行く必要があるから、タクシーに乗務させることができないと告げられたのに対し、自分は正当であり、近代化センターに行く必要がないから、タクシー乗務に就けないのは不当であると考え、やがて、被告からタクシー乗務を拒否された、解雇されたと考えるに至ったことが認められる。そうすると、篠崎課長の同発言が、タクシー業務に長期間就かないよう命じたものと解するとことはできない。

また、篠崎課長が貞友弁護士に対してした「近代化センターに苦情があったから、原告に内勤してもらう」との発言は、前記アの認定判断によれば、原告に対して本件事件に対する反省を促す目的に基づくものと認められるから、同発言をもって、タクシー業務に長期間就かないよう命じたものと認めることはできない。

さらに、被告が貞友弁護士に交付した「内勤の理由」は、前記アのとおり、原告に対し、内勤が、社内の業務に携り、その理解を深めるためのものであることを伝える趣旨のものと認められるから、タクシー業務に長期間就かないよう述べたものと認めることはできない。

たしかに、前記1認定の事実によれば、貞友弁護士が、被告に対し、原告及び同弁護士との面談をする日程を調整するため、度々電話をしたが、調整がつかず、結局、面談の日が本件事件の約二か月弱後になったことは認められる。しかしながら、前記1認定の事実によれば、面談の日程調整がこのようになった要因は、貞友弁護士の業務日程上空きが少なく、また、被告が役員を面談に同席させようとしたことなどから、双方の予定が折り合わなかったことにもあるものと認められるから、面談の日程調整に関する被告の対応をもって、被告が、原告に対してタクシー業務に長期間就かせない意思を有していたとまで認めることはできない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

(2)  本件命令の効力

前提事実、前記1認定の事実及び原告本人の供述によれば、タクシー乗務において、途中で更に利用者を乗車させることが何ら禁止されていないにもかかわらず、原告が、本件事件において、癌研病院に向かう乗客に対し、このようなことを勝手にされたら困るとの不適切な注意をしたうえ、「早く死ね」と、タクシー運転手として極めて不穏当な発言をしたこと、原告が、被告に対し、本件事件につき、悪いのは乗客の方であり、自分は正当である旨主張し、あまり反省の意を示さなかったことが認められる。

これらによれば、一定期間、内勤業務に携わるように命じた本件命令は、原告に対して接客態度等につき反省を促し、ひいては被告におけるタクシー事業の適正を図るために、業務上必要かつ合理的なものということができ、他方、原告に対して不当に不利益を与えるものとはいえない。

原告本人は、本件事件において乗客から暴行を受け、傷害を負った旨供述し、これに沿う証拠(略)が存する。しかしながら、前記1認定の乗客からの苦情の内容に照らすと、これらの証拠から直ちに同事実を認めることはできないうえ、仮に原告本人の供述のとおりであったとしても、本件事件での原告の対応に照らすと、本件命令の適否に関する前記判断は何ら左右されない。

原告は、配置転換が、命令の日時を特定できないものであるばかりか、その手続も、事実経過を確認せず、かつ原告の弁解を得ていないなど、不合理なものである旨主張する。たしかに、本件命令は、内容及び方法において不明確なものであったとはいえるが、前記の本件命令の内容及び本件の事実経過に照らすと、このことから直ちに本件命令が無効であるということはできない。また、前記1認定の事実によれば、篠崎課長が、平成一〇年九月一日、原告から本件事件につき事実経過及び弁解を聴取したものと認められるから、本件命令の手続が違法であるということはできない。したがって、原告の前記主張は理由がない。

以上によれば、本件命令が無効であるということはできず、原告の配置転換の無効確認請求は理由がない。

3  賃金請求権の有無(争点2)

原告は、被告が、内勤命令をし、原告及び貞友弁護士との面談の日程を引き延ばすことにより、原告のタクシー乗務員としての就労を拒否したとして、原告が平成一〇年九月一日以降、就労しなかった間も賃金の支払を求めることができる旨主張する。

しかしながら、本件命令が適法なものであることは、前記2(2)のとおりであり、その内容に照らしても、原告の就労を一方的に拒否したものということはできない。

また、面談の日程調整に関する被告の対応をもって、被告が、原告に対し、タクシー業務に長期間就かせない意思を有していたものと認められないことは、前記2(1)イのとおりである。

以上によれば、原告の不就労が、被告の帰責事由によるものと認めることはできないから、原告は、被告に対し、不就労の期間に対応する賃金の支払を求めることができないというべきである。

したがって、原告の賃金請求は理由がない。

4  損害賠償請求権の有無(争点3)

(1)  原告は、被告が、内勤命令により合理的な理由なくして原告の就労を拒否したうえ、原告及び貞友弁護士との面談の機会を設定しないまま、近代化センターに対して事態が打開できない旨の虚偽の報告をし、近代化センターによる処分を出させ、原告の就労を拒否する理由を作り上げたのであるから、信義則上の受取義務違反又は使用者責任に基づく損害賠償義務を負う旨主張する。

(2)  しかしながら、本件命令が業務上合理的なものであることは、前記2(2)のとおりであり、前記2(1)イの認定判断によれば、面談の日程調整に関する被告の対応が明らかに誤りであるとまでいうことはできないから、これらに関する被告の被用者の行為が違法であるということはできない。

(3)  そして、近代化センターとの関係における被告の対応についてみると、原告が、平成一〇年九月一日、篠崎課長から「明日、近代化センターに行く必要があるから、タクシーに乗務させることができない」と告げられたことから、原告がタクシー乗務を拒否され、解雇されたと考えるに至ったことは、前記2(1)イのとおりである。

そして、前記1認定の事実によれば、原告が、同日、貞友弁護士に弁護を依頼し、その結果、近代化センターに行く前に、会社において面談をすることになったこと、近代化センターが、苦情事案について、当該事業者(運転者を含む)が、同センターによる再三の来所要請に応ぜず、かつ、最初の来所要請から一か月を経過した場合、苦情事案の内容を認めたものとして扱っていることが認められる。

これらによれば、原告が、近代化センターに出所しないまま、同センターから苦情事案に対する点数評価を受けた要因は、篠崎課長から同センターに出所するように求められたにもかかわらず、自己の行為が正当であるとしてこれに応じず、そのため、同センターから、苦情事案の内容を認めたものとして扱われるに至ったことにあるというべきである。

たしかに、前記1認定の事実によれば、面談の日程が本件事件の約二か月後に設定され、そのため、近代化センターによる点数評価が面談の前に行われる結果になったことが認められるが、前記2(1)イの認定判断によれば、面談の日程調整に関する被告の対応をもって、被告が、原告が同センターに出所するのを妨げようとする意思を有していたとまで認めることはできない。

したがって、原告が近代化センターに出所しないまま本件事件につき点数評価を受けたことについて、被告の被用者が原告に対して違法な行為をしたということはできない。

(4)  さらに、原告の不就労が、被告の帰責事由によるものと認めることはできないことは、前記3のとおりであるから、仮に使用者が労働者の就労を受ける義務を信義則上有する場合があると解したとしても、被告がこのような義務に違反したものということはできない。

(5)  以上によれば、受領遅滞又は不法行為に関する原告の主張は採用することができず、原告の損害賠償請求はいずれも理由がない。

5  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 細川二朗)

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