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東京地方裁判所 平成11年(ワ)16270号 判決

原告 ドミール南青山管理組合

右代表者理事長 金井利守

右訴訟代理人弁護士 丸山一夫

被告 山田正實

右訴訟代理人弁護士 横山康博

同 川上詩朗

主文

一  被告は、別紙物件目録記載の建物内で、犬を飼育してはならない。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  被告は原告に対し、平成一一年七月三〇日から、犬の飼育をやめるまで、一日につき、二万円の金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)の管理組合である原告が、本件マンション内で犬を飼育している被告に対し、右の犬の飼育が管理組合規約と使用細則に違反し、また、その飼育によって原告が損害を受けていると主張して、その飼育の差止めと本件訴状送達の日の翌日である平成一一年七月三〇日から右飼育をやめるまでの間、一日二万円の割合による損害の賠償を求めた事件である。

二  前提となる事実

1  原告は、本件マンションの区分所有者を組合員とし、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)三条に定める団体として設立され、本件マンションの管理業務を行う管理組合であって、民事訴訟法二九条の「法人でない社団」であり、被告はその組合員である(弁論の全趣旨)。

2  原告が定めた使用細則の第一条(禁止事項)の一〇号には、組合員の禁止事項として、「他の組合員に危害・鳴声・悪臭等の影響を与えるおそれのある愛玩動物を飼育すること。(犬・猫の飼育を含む。)」と規定されている(甲一七)。

3  被告は、平成八年四月に本件マンション四階四〇九号室に入居し、平成九年三月ころから、イタリアングレイハウンドという種類の犬(乙二、以下「本件犬」という。)を飼育している(争いがない。)。

4  原告は、平成一〇年六月三日、犬を飼育しているならばその移転を求める旨の文書(甲四)を被告に配布し、同年八月一日に開催された第一五回定期総会において、犬を飼育する組合員に対し強硬な措置をとるべしとの議案を可決した上、その総会議事録(甲五)及び「お知らせ」と題する文書(甲六)を配布して、該当する組合員に対し犬の飼育をやめるように求めた(争いがない。)。

三  争点

1  使用細則による禁止の範囲

(一) 原告の主張

(1)  本件マンションは、昭和五七年五月に新築され、その当時、本件マンションの建設業者が作成した使用細則(乙三、以下「旧使用細則」という。)の第一条一〇号には、禁止事項として「他の組合員に危害・鳴声・悪臭等の影響を与えるおそれのある愛玩動物を飼育すること。」と規定されていた。

(2)  その後、昭和五九年七月一四日開催の管理組合の総会において、犬・猫の飼育は一律禁止するべきであるとの意見があり、審議の結果、全員賛成にて、犬・猫の飼育は一律に禁止することとなり、その趣旨を明らかにするため、旧使用細則一条一〇号に「(犬・猫の飼育を含む。)」との文言を付加する改正がされたのである。犬・猫は愛玩動物であることは、明らかであるから、それを確認するために右文言を付加することは意味のないことで、総会の決議も必要がないはずである。

(3)  「お知らせ」文書などの広報活動により、組合員も、本件マンション内では犬を飼育することはできないと認識している。

(4)  第一五回定期総会当時、三人の者が犬を飼育していたが、その後、被告以外の者の飼育の事実はなくなった。

(二) 被告の主張

(1)  昭和五九年の旧使用細則の改正は、第一条一〇号の「愛玩動物」の中に犬・猫を含むことを明らかにするためにされたにすぎず、犬の飼育が一律に禁止されたものではない。

(2)  右の改正後も、本件マンション内には犬を飼育する者がおり、原告の理事も、犬の飼育者を見つけているのに注意することもしないなど、飼育の禁止が徹底されてはいなかった。また、「お知らせ」等の文書も、一見して犬の飼育の一律禁止が読みとれる文面にはなっていないことなどからすると、使用細則は、その運用上、他の組合員に迷惑をかけない犬の飼育を許すものである。

2  権利濫用の有無

(一) 被告の主張

(1)  犬等の愛玩動物を飼育することは、人間の幸福追求に寄与するものとして法的に保護されるべき重要な権利である。被告にとって、本件犬は家族の一員と言って良いほど大切である。

(2)  他方、本件犬は、体重わずか三キログラム前後、体高約三〇センチメートル位の小型の短毛犬で、鳴き声、悪臭、糞便、抜け毛等によって他人に害を及ぼす危険性は全くない。

(3)  被告は、本件マンションの部屋の中で本件犬を飼育しているから、外出時にたまたま居住者が本件犬に出くわし不快感を感じたとしても、それは共同生活を営む者の間の受忍限度の範囲内である。

(二) 原告の主張

(1)  被告は、平成八年の入居後、本件犬の飼育を始めるまでの間に、本件マンション内で犬の飼育が禁止されていることを当然に知り得た。

(2)  被告は、愛玩動物との絆がどうしても必要とされる生活状態でもない。

(3)  被告は、少なくとも一日二回、往復四回、エレベーター等の共用部分を利用し、犬の臭いを残すなど、組合員に不潔感、不快感を与えている。

3  違法行為、損害の有無

(一) 原告の主張

被告が本件犬の飼育を続けることにより、原告は、悪臭の除去、抜け毛の清掃、組合員からの苦情の対応などに労力を費やし、金銭に換算すると一日当たり二万円を下らない損害を受けている。

(二) 被告の主張

前記2(一)(2) のとおりであり、また、本件犬について、組合員からの苦情が出された事実はない。

第三争点に対する判断

一  争点1(使用細則による禁止の範囲)について

1  証拠(甲一、三ないし五、九の1、2、一〇、一一ないし一五の各1、2、一七ないし一九、乙三、四、原告代表者本人、被告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件マンションは、昭和五七年五月に新築された一三階建てのマンションであり、専有部分の家屋番号は登記簿上一二三あり、一階に店舗部分があるが、二階以上は住戸用とされていた。そして、本件マンションが分譲された当時の旧使用細則においては、第一条一〇号の禁止事項は、「他の組合員に危害・鳴声・悪臭等の影響を与えるおそれのある愛玩動物を飼育すること。」とされていた(乙三)。

(二) 昭和五九年七月一四日に開催された原告の総会において、区分所有者総数及び議決権総数の四分の三以上の賛成を得て、旧使用細則に改正を加える方法で、管理規約一五条に基づく使用細則が制定されたが、第一条一〇号の禁止事項は、「他の組合員に危害・鳴声・悪臭等の影響を与えるおそれのある愛玩動物を飼育すること。(犬・猫の飼育を含む。)」とされた(甲一七)。右のとおり、「(犬・猫の飼育を含む。)」との括弧書きを付加した意図は、犬・猫の飼育が禁止されていることを明確にしようとすることにあった。

(三) その後、平成元年ころから、犬等の飼育をする者が数名現れるようになったが、管理人から注意を与える程度で、理事が直接注意することもなく、あまり厳格な対応がされることがなかった。

(四) 原告は、平成七年九月ころから、毎年「お知らせ」と題する書面により、居住者及び組合員に対し、使用細則により「犬・猫等の飼育」が禁止されていることを知らせるほか(甲一一ないし一五の各1、2)、一階エレベーター付近の張り紙(甲九の1、2)によっても、同趣旨の注意を行っていた。

(五) 原告は、平成一〇年五月二〇日付け書面(甲三)により、理事三名から、本件マンション内での犬・猫の飼育をやめさせるようにとの申し出を受けたため、同年六月三日付け書面(甲四)により、被告に対し、犬・猫の飼育をしているならば至急に他に移転するように求める書面(甲四)を配布した。

(六) さらに、原告は、同年八月一日の第一五回定期総会において、議決権総数一一八、委任状を含む出席議決権数一〇一のうち、九八の賛成(三の反対)により、犬・猫の飼育者に対し、訴訟を提起する議案を可決した。その結果、当時犬を飼育していた三名のうち、一名は犬を移転し、他の一名は転居したため、被告のみが犬の飼育を継続することとなった。

2  原告代表者は、前記1(二)の使用細則の改正は、「愛玩動物」の中に「犬・猫」を含むことを明らかにするために「(犬・猫の飼育を含む。)」との文言を付加したとの供述をしていること(本人調書二ページ、二二、二三ページ、五四ページ)、及び前記1(三)のとおり、使用細則の改正後も、犬等の飼育をする者に対し、厳格な態度がとられなかったことからすると、使用細則第一条一〇号が、必ずしも「犬・猫」の飼育を全面的に禁止しているものではなく、他の組合員に危害等の影響を与えるおそれのある犬・猫の飼育のみを禁止したものではないかとの疑問が生じ得る。

3  しかし、原告代表者の右供述は、その全体の趣旨からすると、他の組合員に危害等の影響を与えるおそれのある「愛玩動物」の中には常に「犬・猫」が含まれていて、そのような影響を与えるおそれのない「犬・猫」はないという考えを述べたかったものと考えられる。

そして、「(犬・猫の飼育を含む。)」との括弧書きが、使用細則第一条一〇号の禁止事項を定めた本文がいったん「。」で完結した後に付加されている表現ぶりからすると、「犬・猫の飼育」が本文と同等の禁止事項として付加され、犬・猫の飼育は一律禁止されていることを示していると見るのが自然である。

また、使用細則の改正後、犬等の飼育に対し、厳格な態度がとられなかった時期があるものの、前記1(四)ないし(六)のとおり、「お知らせ」等の文書で犬・猫の飼育禁止を周知させるとともに、原告の第一五回定期総会で犬の飼育者に対する訴訟の提起まで可決したことを考慮すると、犬の飼育を禁止することが大多数の組合員の意思に合致し、右の使用細則の解釈としても、犬の飼育は一律に禁止されているとの見解が組合員の間では支配的であったと見ることができる。

4  したがって、本件マンションにおいては、管理規約に基づく使用細則において、犬の飼育は禁止されていると認めることができる。

二  争点2(権利濫用の有無)について

1  証拠(乙一ないし四、被告本人)によれば、<1>本件犬は、小型の短毛犬であり、体臭も少なく、性格がおとなしいこと、<2>被告は、本件マンション内では、本件犬を両腕にかかえて移動し、糞尿を本件マンション内の共用部分でさせることはないこと、<3>被告は本件犬を家族の一員として飼育していること、<4>被告は、平成八年四月に本件マンションに入居した当時、不動産業者から旧使用細則の交付を受けて、犬・猫の飼育は「大丈夫じゃないですか」との説明を受けたこと、<5>実際に、当時、本件マンション内で数匹の犬・猫が飼育されている状況であったため、本件犬を飼育することは許されるとの認識を持ったことが認められる。

2  しかし、法六条一項は、区分所有者の共同の利益に反する行為を禁止しているが、その共同の利益に反する行為の具体的内容、範囲については、法は明示しておらず、区分所有者は管理規約においてこれを定めることができるものとされている(法三〇条一項)。

そして、マンション内における犬の飼育は、一般に他の区分所有者に有形無形の影響をおよぼすおそれのある行為であり、これを一律に共同の利益に反する行為として管理規約で禁止することは法の許容するところであると解される。すなわち、一般に犬のしつけの程度は飼い主により千差万別であり、他方、マンションにおいては、入居者が同一の建物の中で共用部分を共同利用し、専有部分も相互に壁一枚、床一枚を隔てるのみで隣接するという極めて密着した生活を余儀なくされることからすると、犬の行動、生態、習性などが、他の入居者に不快感を招くなどの影響を及ぼすおそれは常にあるといわなければならない。そのため、具体的な被害の発生する場合に限定しないで犬を飼育する行為を一律に禁止する管理規約も合理的であって、無効であるということはできない。

したがって、前記一のとおり犬の飼育を一律に禁止していると解される本件マンションの管理規約に基づく使用細則の定めについても無効ということはできず、右使用細則に違反して本件犬を飼育する被告の行為は、区分所有者の共同の利益に反する行為であるということができる。

本件においては、前記1のような事情があるにしても、その事情は、例えば、飼い主の身体的障害を補完する盲導犬を飼育する場合のように、犬を飼育することが飼い主の日常生活・生存にとって不可欠な意味を有する特段の事情がある場合とは異なるのであって、前記1の事情があるからといって、原告が被告に対し、法五七条に基づき、前記使用細則に違反する犬の飼育の差止めを求めることが権利の濫用に該当するということまではできない。

3  なお、被告は、その本人尋問において、原告の理事の中には、住戸として利用するべき本件マンションの専有部分を事務所として利用し、自ら管理規約に違反する者がいながら、犬の飼育のみについては厳しい態度をとるのは不公平である旨供述しているが、犬の飼育の問題と事務所としての利用の問題は別個の問題であって、右供述は、前記2の判断を左右するものではない。

三  争点3(違法行為、損害の有無)について

被告の本件犬の飼育の状況は前記二1のとおりであり、原告主張の損害が本件犬の飼育によって発生していると認めるに足る証拠はない。

四  結論

よって、原告の被告に対する請求は、本件マンション内における犬の飼育の差止めを求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 都築政則)

物件目録

東京都港区南青山六丁目一三七番地

鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一三階建

一階  一〇八三・二〇平方メートル

二階   九九八・八〇平方メートル

三階  一〇三六・三三平方メートル

四階  一〇三六・三三平方メートル

五階  一〇三六・三三平方メートル

六階  一〇三六・三三平方メートル

七階  一〇三六・三三平方メートル

八階   九三六・九〇平方メートル

九階   九四六・六六平方メートル

一〇階  五一六・〇八平方メートル

一一階  二七二・一二平方メートル

一二階  二三〇・七八平方メートル

一三階  二二三・三三平方メートル

以上

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