東京地方裁判所 平成11年(ワ)1684号 判決
原告 関根明忠
原告 関根徳仁
原告 関根宗徳
右三名訴訟代理人弁護士 田村公一
同 向井千景
被告 田部井勝久
被告 石原勝巳
被告 樋口昌男
被告 一重脩自
被告 増田栄一
右五名訴訟代理人弁護士 相原亮介
主文
一 被告らは、原告関根明忠に対し、各自五九六〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告関根徳仁に対し、各自三五万円及びこれに対する平成一〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告関根宗徳に対し、各自九三〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用の負担は次のとおりとする。
1 原告関根明忠と被告らとの間では、同原告に生じた費用の三分の一と被告らに生じた費用の三分の一を同原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
2 原告関根徳仁と被告らとの間では、同原告に生じた費用の一〇分の九と被告らに生じた費用の一〇分の九を同原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
3 原告関根宗徳と被告らとの間では、同原告に生じた費用の五分の一と被告らに生じた費用の五分の一を同原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
六 この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告関根明忠に対し、各自九〇二〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告関根徳仁に対し、各自一〇七七万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告関根宗徳に対し、各自一一五〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、ゴルフ場を経営する会社の代表取締役、監査役、取締役であった原告らが、被告らの共謀に基づく会社乗っ取りの不法行為により、役員としての地位を失ったとして、被告らに対し、損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(後記書証、弁論の全趣旨)により認められる。
1 太田資源開発株式会社(以下「訴外会社」という。)は、群馬県太田市において、三六ホールを有するゴルフ場「鳳凰ゴルフ倶楽部」を経営する株式会社である。
原告明忠は、平成七年一〇月当時、訴外会社の発行済み株式総数二三万二〇〇〇株のうち少なくとも一〇万三四〇〇株を有する株主であり、同社の代表取締役であった。
原告徳仁及び同宗徳は同明忠の子であり、当時、原告徳仁は同社の取締役であり、同宗徳は監査役であった。
被告らは、いずれも訴外会社の取締役である。
2 被告田部井らは、平成七年一〇月九日、訴外会社の取締役会を開催するとして、同取締役会では原告明忠の代表取締役解任と被告田部井の代表取締役選任が決議されたとした(以下「本件取締役会決議」という。)。更に、同月一五日、訴外会社の臨時株主総会が開催されたとされ(以下「本件総会決議」という。)、同原告の取締役解任が決議された。また、原告徳仁、同宗徳両名(以下「原告徳仁ら両名」ともいう。)についても、会社役員の地位を辞任したものとして、その旨の登記がなされた。
なお、同月九日付けで原告明忠と被告田部井ら間で、同原告が保有する訴外会社の株式一〇万七四〇〇株(第三者からの譲受けについて取締役会の承認未了の分を含む。)を同被告らに譲渡する旨の株式譲渡契約書が作成された(以下「本件譲渡契約書」という。)。
3 原告らは、訴外会社及び被告田部井らを被告として、東京地方裁判所に対し、原告らの取締役等の地位確認等を求める訴を提起した(平成七年(ワ)第二四四五〇号株主権確認請求事件、同年(ワ)第二五一五三号株主総会決議不存在確認請求事件、平成八年(ワ)第一五八四三号株主権確認等請求事件)。同裁判所は、平成一〇年九月二日、本件取締役会決議の無効、本件総会決議の不存在の確認、原告明忠の一〇万三四〇〇株の株主権確認、原告徳仁ら両名の取締役ないし監査役の地位確認の各請求を認容するなどの内容の判決を言い渡した。
4 被告田部井は、原告明忠が法定期間内に取締役会を招集しなかったので、自ら取締役会を招集し、平成一〇年九月一六日開催の取締役会では、同原告の代表取締役解任、被告田部井の代表取締役選任、臨時株主総会の招集の決議がなされた。これにより同年一〇月一日に開催された訴外会社の臨時株主総会では、出席株主全員の賛成で、新取締役一〇名及び監査役三名の選任の決議がなされた(乙六、七)。
5 なお、財団法人首都圏不燃建築公社は、原告明忠所有の訴外会社株式一〇万七四〇〇株につき、うち九万四四〇〇株は株券未発行株式として、残一万三〇〇〇株は株券引渡請求権として、それぞれ差し押さえた。右九万四四〇〇株については、執行裁判所の譲渡命令により右公社が取得し、その余の一万三〇〇〇株については、執行官による売却が行われ、第三者がこれを買い受け取得した(乙二〇、二四)。
6 以上の経過を踏まえ、東京高等裁判所は、前記事件について、平成一一年三月二三日、一審判決を取消変更し、本件取締役会決議の無効確認請求及び本件総会決議の不存在確認請求につき訴えを却下し、原告明忠の被告田部井ら個人に対する株主権確認請求を棄却し、原告徳仁ら両名の取締役ないし監査役の地位確認請求を棄却するなどの内容の判決を言い渡し、右判決は確定した。
二 主要な争点
原告らそれぞれについて、不法行為の成否、損害の存否が争点である。
三 原告明忠についての当事者の主張
(原告明忠)
1 不法行為について
被告らは、共謀の上、平成七年一〇月九日、原告明忠を鳳凰ゴルフ倶楽部の社長室に無理やり連れ込み、監禁し、一方的に取締役会開催を宣言し、原告明忠の代表取締役解任を通告した上、抵抗する同原告を押さえつけて、本件譲渡契約書に実印を押印させる株式強奪行為を行った。また、大株主である同原告に通告することなく違法に本件総会決議を行った。それ以来、被告らは、同原告のゴルフ場への立ち入りを許さず、自分が正当な役員であるかのように振る舞い、事実上ゴルフ場経営を行ってきた。
このような会社乗っ取り行為は、民事上も不法行為といえる。
2 損害について 九〇二〇万円
(一) 代表取締役としての報酬相当額 七二〇〇万円
年額二四〇〇万円であり、平成七年一〇月から平成一〇年九月までの三年間の金額である。
(二) 慰謝料 一〇〇〇万円
(三) 弁護士費用 八二〇万円
(被告ら)
1 不法行為について
(一) 原告明忠は、自らの意思で社長室に入室したのであり、別件の一審判決も同原告主張の監禁の事実を認定してはいない。同原告を解任することは、訴外会社の取締役一六名中一三名の間で確固たる意思統一があった。このような取締役の多数意思を本件取締役会決議という形で明確にし、同原告の経営関与を排斥することは、商法上の決議の効力はともかく、なんら不法行為としての違法性を帯びるものではない。
(二) 被告田部井らが、原告明忠を暴力的に押さえつけて本件譲渡契約書に実印を押印させた事実はない。
(三) 原告明忠は訴外会社の過半数株主ではなく、他の株主らは皆被告らの行動を支持していた。同原告には数々の不正行為が認められ、同原告の取締役解任を図ることは決して不正不当な動機に基づくものとはいえない。したがって、本件総会決議は、商法上の効力はともかく、不法行為としての違法性を帯びるものではない。
2 損害ないし因果関係の不存在について
(一) 原告明忠の代表取締役としての報酬は、社長としての職務執行の対価として訴外会社から支給されていたものである。同原告は、取締役の多数意思に基づき、社長の地位を解かれ、現にその職務を執行してはいなかったのであるから、報酬を当然に受領しうる立場にあったものではない。
(二) 被告らは本件取締役会決議を有効なものと信じていたので、別件訴訟の一審判決があるまで取締役会を再開催して来なかったものであるが、取締役の結束状況からしていつでも取締役会を再開催し同じ決議を行うことができたのであり、このことは、平成一〇年九月の決議の結果からも明らかである。したがって、本件取締役会決議がなければ、社長報酬を得られたという事実的因果関係が存在しない。
(三) 仮に原告明忠の報酬につき損害があるとしても、同原告は、訴外会社に対し、報酬請求権を行使することができるのであるから、同原告に右請求権喪失の損害が発生したとはいえない。
(四) また、訴外会社は、同原告に対し、右報酬額をはるかに超える損害賠償請求権を有しており、訴外会社はこれと未払報酬債務とを相殺することになるのであるから、同原告の報酬は支払われたのと同じ結果となり、損害は生じてはいない。
(五) 慰謝料については、仮に同原告が報酬相当額の損害を被ったとしても、財産的損害である右損害が填補されれば同原告の損害は回復されたことになり、本件において慰謝料を加算すべき特別事情はない。
(六) 弁護士費用については、本件は、本来訴外会社に対し債務の履行を求めるべきところをあえて個人の不法行為に名を借りた訴訟であり、弁護士費用相当額の損害が発生したと認めるべきではない。
四 原告徳仁ら両名についての当事者の主張
(原告徳仁ら)
1 不法行為について
被告らは、共謀の上、原告徳仁ら両名の取締役及び監査役辞任届を偽造し、辞任登記手続を行い、右両名を訴外会社から追放した。
2 損害について
(一) 原告徳仁 一〇七七万五〇〇〇円
(1) 取締役としての報酬相当額 七八七万五〇〇〇円
年額二七〇万円であり、平成七年一一月から平成一〇年九月までの三五か月間の金額である。
(2) 慰謝料 二〇〇万円
(3) 弁護士費用 九〇万円
(二)原告宗徳 一一五〇万円
1 監査役としての報酬相当額 八五〇万円
年額三〇〇万円であり、平成七年一二月から平成一〇年九月までの三四か月間の金額である。
(2) 慰謝料 二〇〇万円
(3) 弁護士費用 一〇〇万円
(被告ら)
1 不法行為について
原告徳仁、同宗徳は、自発的に訴外会社を退職したのであり、被告らが一方的に追放したのではない。
すなわち、平成七年一〇月当時、原告徳仁は、「鳳凰ゴルフ倶楽部」食堂のウェイターをしており、同宗徳は、同明忠の直轄下で経理を担当しており、いずれも、原告明忠の親族であるがゆえに訴外会社の役員に取り立てられたものの、実際は従業員として現業に従事していた(本来、監査役たる原告宗徳は従業員との兼務を禁じられているのであるが、訴外会社では必ずしも商法どおりの運用がされていなかった。)。
同月九日、本件取締役会決議の後、取締役らは、その後の方針を協議し、原告徳仁ら両名については、従業員としての身分は残すものの、取締役ないし監査役としては辞めてもらうことを申し合わせた。原告徳仁は、その協議の場に出席していたが、同原告らの辞任を求めることについて、何ら異議を述べてはいなかった。翌一〇日、被告石原及び同樋口は、原告宗徳に対し、監査役辞任を申し入れたところ、同原告はこれを了承した。
右のとおり、原告徳仁ら両名の辞意を確認した後、訴外会社総務部において辞任届に三文判を押印して辞任登記を申請した。
別件訴訟一審判決は、辞意の確認方法が不十分であったことから辞任登記の効力を否定したものであり、辞任届の偽造や一方的会社追放の事実は認定していない。
2 損害
原告徳仁らが退職時まで毎月得ていた金員は、従業員としての給与であり役員報酬ではなかった。
そして、原告徳仁は、平成七年一〇月一五日、同僚を通じて訴外会社に退職を申し出ており、同宗徳は、被告らから使途不明金の解明への協力を要請されたのに対し、これを拒否し、「父と一緒に闘う」などと自ら退職を申し出、失業保険との関係で解雇扱いを求めたのであって、両原告とも従業員として訴外会社を退職した。訴外会社は、右退職時までの従業員としての給与を支給しており、両原告には損害が発生していない。
第三争点に対する判断
一 原告明忠に対する請求
1 証拠(甲一、四、六、七、乙二の1、三の1、二九、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告明忠は、被告石原らとともに、太田市北金井地区にゴルフ場を作ることを企画し、昭和四六年一〇月に訴外会社を設立し、以後、平成七年まで継続して、同社の代表取締役社長の地位にあったが、次第に、会社の実権を自分に集中するようになり、ロンドンの子会社にレストランを経営させるなど多方面に事業を拡張するなどしたため、他の役員は同原告に対し不信感を募らせていた。被告田部井は、平成七年当時、訴外会社の副社長であったが、不動産業者の金井進と相談の上、原告明忠を社長から退任させ、株式を取り上げて、同原告から会社の実権を奪うことを企図するに至った。被告田部井は、原告明忠が同年九月二四日から一〇月九日まで海外に出張する機会に、同原告を排除するための計画を立案することとし、同原告の親族であった原告徳仁、同宗徳、関根邦雄の三名を除いたすべての役員を説得して、計画への協力を求めた。そして、被告ら五名を含む右役員らは、同年一〇月八日までには、原告明忠の帰国日である同月九日に、同原告の排除を実行することとし、当日のスケジュールや役割分担を協議し、合意した。
(二) 原告明忠は、同年一〇月九日、成田空港に到着後、事情を知らないまま、被告らのグループが差し向けた迎えの車に乗り、訴外会社に直行し、普通通りに社長室に入った。社長室の中では、被告らと相通じた役員らが原告明忠を取り囲んだ状況で、被告田部井が役員会の開催を宣言し、直ちに原告明忠の解任を決定し、役員会を終了させた。引き続き、被告田部井は、原告明忠が訴外会社の金員を使い込んでいるので、その損害金と譲渡代金を相殺する旨述べながら、同原告に対し、本件譲渡契約書への押印を求めた。同原告は、これに対しては抵抗する様子を示したが、被告右原らが同原告の身体を押さえるなどして、行動の自由を制限して、右契約書への押印を徴した。
2 以上の事実によれば、被告らは、原告明忠を訴外会社から排除するため、事前に協議し、準備をした上、取締役会を開催したという外形を作り、更に、平穏さを欠く態様で本件譲渡契約書への押印を求めたのであって、その行動は、株式会社の運営として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものというべきであるから、不法行為といわざるを得ない。被告らは、右行動が民法上適法と評価される旨主張するのであるが、右のとおり、被告らの主張は理由がない。
3 そこで、原告明忠の損害について判断する。
(一) 報酬相当額
証拠(乙二七の1)によれば、原告明忠が解任されたとされる平成七年一〇月の直前である同年九月の同原告の取締役報酬は月額一六〇万円であったことが認められる。
これに対し、原告明忠は、右報酬額が年間二四〇〇万円(月額二〇〇万円)であると主張し、公認会計士川北博ら作成の調査報告書添付資料(甲五、乙一三)には、平成五、六年度の報酬として右同額の記載があるが、右資料によっても、平成七年分の解任までの報酬額は月額二〇〇万円による同年九月までの累計額を下回る金額であり、右資料からも同原告の主張を裏付けることができない。したがって、原告明忠の平成七年一〇月から平成一〇年九月までの取締役報酬は五七六〇万円となり、同原告は、被告らの不法行為により右報酬を受領することができなかったものと認められるから、右報酬額は被告らの不法行為と相当因果関係のある損害といえる。
これに対し、被告らは、まず、原告明忠が現に代表取締役としての職務を執行していなかったことを問題とする(被告らの主張2(一))が、同原告が職務執行をすることができなかったのは、まさに被告らの解任劇の結果によるのであり、同原告に代わり代表取締役社長に就任した被告田部井は爾後原告明忠の取締役としての地位を否認し、その職務執行を認めなかったのである(弁論の全趣旨)から、同原告が現に職務の執行をしていなかったからといって、因果関係の存在を否定することはできない。
次に、被告らは、被告らが重ねて適法な取締役会決議を行うことができたという事情を主張する(同(二))が、適法な取締役会決議、株主総会決議が当時当然に行える状況であったかどうか疑問がある(そうであるならば、本件のような異常な手段による必要がなかったといえる。)上、現に重ねての適法な決議は行われてはいないのであって、決議のやり直しの可能性を考慮して、因果関係の存在を否定することはできない。
また、被告らは、原告の訴外会社に対する報酬請求権の存在をいう(同(三))が、右請求権と本訴請求にかかる損害賠償請求権は実体法上併存、競合するのであり、右主張も失当である。更に、被告らは、訴外会社の原告明忠に対する損害賠償請求権と前記報酬請求権の相殺の可能性をいう(同(四))が、右損害賠償請求権の発生を認めるに足りる十分な立証はない上、仮に右相殺が適法にできるとしても、これを理由に本訴請求にかかる損害賠償請求を否定することは民法五〇九条の趣旨に実質的に反し、許されないと解すべきであり、右主張も理由がない。
(二) 慰謝料
一般に、財産的損害に伴う慰謝料については、当該財産的損害が賠償されることにより精神的苦痛が慰謝されるというべきであり、本件においても、右(一)のとおり、相当高額な報酬相当額の損害の填補によって精神的苦痛が慰謝されるものというべきである。したがって、慰謝料を損害として認めることはできない。
(三) 弁護士費用
本件事案の内容、訴訟活動の態様(特に、原告明忠については相当程度別件訴訟の資料を使用することができたこと)その他の事情を考慮して、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は二〇〇万円とするのが相当である。
二 原告宗徳に対する請求について
1 証拠(甲一一、乙二の1、二七の3、三一、原告宗徳本人、弁論の全趣旨)によれは、以下の事実が認められる。
(一) 原告宗徳は、平成五年三月に大学を中退し、同年四月に訴外会社に入社し、造成部、マスター室、コース管理部等を経て、平成六年一〇月から経理部の勤務となった。
(二) 原告宗徳は、平成六年六月三〇日、訴外会社の監査役に就任し、平成七年六月期の決算の際の監査報告を行ったが、他方で監査役就任後も経理部の職員としての業務に従事していた。なお、訴外会社においては、監査役の職務に関する認識は希薄で、原告明忠はもちろん、被告田部井ら他の役員においても、監査役と経理職員の兼務を問題視する者はいなかった。
(三) 原告宗徳の監査役就任後の報酬は、一か月二五万円であった。右報酬は、監査役就任前の従業員給与と比較して、雇用保険料その他で若干の変動があったが、年額としてはほぼ同額であった。
(四) 原告宗徳は、平成七年一〇月九日には訴外会社を休んでおり、取締役会開催の事実は知らされなかった。同日以後、同原告はマスター室勤務へ異動となったが、右異動後も勤務は続けていた。
(五) 訴外会社は、原告宗徳に対し、同年一一月九日、書面で解雇の意思表示をした。同原告は、被告石原らから、解雇になったので、翌日から出社しなくてよいと言われ、これに従った。
被告石原は、平成七年一〇月一〇日、原告宗徳に対し、従業員としての身分を残し、監査役としての辞任を求めたところ、同原告がこれを了承したこと、同年一一月九日には、同原告に対し、経理上の不明金解明のための協力を要請したが、同原告はこれを拒絶した上、原告明忠と一緒に会社と闘うので、辞めたいが、雇用保険給付との関係で会社都合解雇としてほしいとの申出があったと供述ないし陳述する(乙三四、被告石原本人)。しかし、原告宗徳はこれを強く否定している(原告宗徳本人)上、同原告は、原告明忠の後を継いでいずれは訴外会社の中枢として活躍することを考えていた(同原告本人)のであって、原告明忠の突然の解任の直後に容易に監査役の辞任を了承するとも考えられず、被告石原の右供述等は採用することができない。
2 右事実によれば、原告宗徳の監査役辞任届は、同原告の意思に基づかないで作成されたものといわざるを得ない。そして、右辞任の登記が原告明忠の取締役解任等と近接してされたことなどに照らせば、被告らは、事前の協議に基づき、原告宗徳を会社の役職から追放しようとして、右のとおり無断で辞任の登記を行ったものと認められるのであり、被告らは不法行為責任を免れない。
3 そこで、原告宗徳の損害について判断する。
(一) 報酬相当額
前認定のとおり、原告宗徳の報酬は月額二五万円であり、被告らの不法行為がなければ、原告宗徳は平成七年一二月から平成一〇年九月までの三四か月間右報酬を受領することができたといえるから、右報酬相当額八五〇万円は原告宗徳の損害といえる。
なお、原告宗徳の報酬の性質等について付言すると、前1認定の事実によれば、原告宗徳は監査役就任後も従前同様現業に従事しており、右就任前の従業員給与と就任後の報酬は年間の総額において顕著な相違がなく、原告宗徳を含めた関係者は監査役と従業員の地位の区別を明確に認識していなかったことが認められ、その実態を直視すると両者の地位は不可分混淆したものであったといえる。しかし、前認定によれば、原告宗徳は、訴外会社からの解雇通告により出社を取りやめたのであり、従業員としても自らの意思で退職したとはいえないのであるから、右のような実態を前提としてもなお右報酬相当額と同額の損害が発生していることを否定することはできない。
(二) 慰謝料
原告宗徳に関しては、慰謝料を損害と認めることはできない。その理由とするところは、原告明忠について前記一3(二)で述べたところと同様である。
(三) 弁護士費用
本件事案の内容等に照らし、弁護士費用としては八〇万円をもって相当因果関係がある損害と認める。
三 原告徳仁に対する請求について
1 証拠(甲一二、乙二の1、一七、二七の2、原告徳仁本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告徳仁は、平成元年高校を卒業し、アルバイト等をした後、平成五年から、英国にある訴外会社の子会社の経営するレストランに事務員として勤務し、平成七年一月から、訴外会社に入社し、食堂部での勤務を始めた。右勤務の内容は、クラブハウスにあるレストランでのウェイターであった。
(二) 原告徳仁は、平成七年六月三〇日、訴外会社の取締役に就任したが、従前同様食堂部での勤務は継続していた。なお、同原告には、同年中に開かれていた取締役会に出席したことの明確な記憶はないし、取締役として取締役会に出席するという意識はなかった。
(三) 原告徳仁の取締役就任後の報酬は、一か月二二万五〇〇〇円であった。右報酬と取締役就任前の従業員給与と比較して、年額としてはほぼ同額であったことは原告宗徳と同様であった。
(四) 原告徳仁は、平成七年一〇月九日には平常通りレストランで勤務しており、社長室での出来事には気づかず、同日午後六時ころ、上司であるマネージャーから帰宅を許可され、自宅に戻った後、原告明忠から同原告の解任の事実を聞かされた。
(五) 原告徳仁は、同月一五日には健康保険の被保険者証を返納し、特段の引継もせず出社をやめてしまった。
2 本件全証拠によっても、原告徳仁が取締役の辞任を承諾していたとの事実を認めることはできない。原告宗徳について認定したところと同様に、被告らは、協議の上、原告徳仁の意思を確認することなく同原告名義の辞任届を作成し、その辞任登記をしてしまったものと認められ、被告らの右行為は不法行為であるというべきである。
この点に関し、被告石原及び証人小川は、平成七年一〇月九日夕方の取締役会に原告徳仁が出席し、役員辞任の話に異議を言わなかった旨供述ないし陳述する(乙三四、証人小川、被告石原本人)。しかし、原告徳仁はこれを否定している(原告徳仁本人)し、原告明忠解任後の混乱の中で原告徳仁の出席を求めて辞任の話を確認したということも考え難いのであって、被告石原らの右供述等は採用することはできない。
3 原告徳仁の損害について判断する。
(1) 報酬相当額
右1認定の事実によれば、原告徳仁は、取締役就任後も食堂部のウェイターとしての勤務を続けており、報酬の総額も右就任前後で大きな相違はなく、同原告自身取締役としての職務に明確な意識はなかったといえるところ、同人の年齢、給与額、入社の経緯等も併せ考慮すると、その取締役としての地位は名目的なものであるといえ、その報酬は実質上主として従業員としての職務執行の対価というべきものといえる。そして、右1認定の事実によれば、原告徳仁は、平成七年一〇月一五日には、自ら保険証を返納し、出社をやめており、右時点で、自らの意思に基づいて、訴外会社での職務を行わなくなったものと認められるのであって、右で述べたような同原告の地位の実態を考慮すると、同日以降の報酬については被告らの不法行為と相当因果関係のある損害とすることはできない。
(2) 慰謝料
原告徳仁は、被告らの不法行為により、自らの意思に基づかずに取締役としての辞任登記をされてしまったのであるところ、原告徳仁の精神的苦痛に対する慰謝料としては三〇万円が相当である。
(3) 弁護士費用
事案の内容に照らし、五万円をもって、被告らの行為と相当因果関係のある損害と認める。
第四結論
以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する請求は、以下の金員の支払を求める限度で理由がある。
一 原告明忠の、被告ら各自に対する不法行為に基づく損害賠償金五九六〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成一〇年一一月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。
二 原告徳仁の、被告ら各自に対する不法行為に基づく損害賠償金三五万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成一〇年一一月六日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金。
三 原告宗徳の、被告ら各自に対する不法行為に基づく損害賠償金九三〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成一〇年一一月六日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金。
(裁判官 太田晃詳)