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東京地方裁判所 平成11年(ワ)17075号 判決 2001年5月18日

主文

1  甲事件被告・乙事件原告株式会社曠淳開発が、甲事件原告・乙事件被告安田生命保険相互会社に賃貸している別紙物件目録記載1ないし3の土地の賃料は、平成9年12月25日以降、月額785万8000円であることを確認する。

2  甲事件原告・乙事件被告安田生命保険相互会社のその余の請求及び甲事件被告・乙事件原告株式会社曠淳開発の請求を、いずれも棄却する。

3  訴訟費用は、甲事件、乙事件を通じ、これを2分し、その1を甲事件原告・乙事件被告安田生命保険相互会社の負担とし、その余を甲事件被告・乙事件原告株式会社曠淳開発の負担とする。

事実

第1  当事者の求める裁判

【甲事件について】

1  請求の趣旨

(1) 甲事件被告・乙事件原告株式会社曠淳開発(以下、単に「被告」という。)が、甲事件原告・乙事件被告安田生命保険相互会社(以下、単に「原告」という。)に賃貸している別紙物件目録記載1ないし3の土地(以下「本件各土地」という。)の賃料は、平成9年12月24日以降、月額640万7646円(年額7689万1752円)であることを確認する。

(2) 訴訟費用は、被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

【乙事件について】

1  請求の趣旨

(1) 被告が、原告に賃貸している本件各土地の賃料は、平成9年7月1日以降、月額881万0512円であることを確認する。

(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1) 被告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は被告の負担とする。

第2  当事者の主張

【甲事件について】

1  原告の請求の原因

(1) 被告は、昭和62年7月1日、原告に対し、被告所有の本件各土地を下記の条件で賃貸する旨の契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

ア 期間  昭和62年7月20日から35年間

イ 目的  堅固建物の所有

ウ 賃料 <1> 昭和62年7月20日から本件各土地上に建物が完成し、原告が、この建物を株式会社ダイエー(以下「ダイエー」という。)に賃貸し、同社からの賃料を受領するまでの間は、月額賃料249万2900円とする。

<2> 原告がダイエーから上記建物の賃料を受領した以降、契約満了までの間は、本件各土地の時価評価額を一坪当たり500万円と評価し(本件各土地の時価評価額は9億4975万円となる。)、年額賃料を上記時価評価額の8パーセント相当額(7598万円)とした上、その12分の1の額633万1666円を月額賃料とする。

<3> 上記賃料は、3年ごとに見直すこととし、第1回目の見直し時は当初賃料の15パーセント増、次回以降は3年ごとに10パーセント増額とする。ただし、物価の変動、土地、建物に対する公租公課の増減、その他経済情勢の変化により、原、被告が別途協議するものとする。

(2) 本件各土地上の建物は、昭和63年6月30日、完成した。

原告とダイエー間に締結された上記建物の賃貸借契約に係る賃料をダイエーが原告に最初に支払ったのは同日であるから、本件賃貸借契約に係る賃料額が月額249万2900円から月額633万1666円となったのも、同日である。

(3) 第1回目の見直しは、本件賃貸借契約の上記<3>の約定(以下「本件見直し特約」という。)に基づき、平成3年7月1日に行われることになり、同日ころ、被告から原告に対し、賃料改定の連絡があり、原告が、被告主張の15パーセントの増額を承諾し、同月分から、賃料は月額728万1416円となった。

(4) 第2回目の見直しは、本件見直し特約に基づき、平成6年7月1日に行われることになり、その際も、第1回目と同様、被告主張の10パーセントの増額を原告が承諾し、同月分から、賃料は月額800万9557円となった。

(5) 第3回目の見直しは、平成9年7月1日に行われる予定であったが、原、被告間において、賃料改定の合意はされなかった。

(6) 原告は、平成9年12月24日、被告に対し、月額賃料を20パーセント減額する旨の意思表示をした。

なお、原告代理人は、平成10年11月18日被告到達の書面で、上記意思表示を確認する旨の通知をした。

(7) 上記賃料額(800万9557円)は、その後のバブル経済の崩壊による土地価格の大幅な下落、公租公課の減額、近隣地代の大幅な下落等の経済情勢の著しい変化により不相当に高額となるに至ったものであって、適正賃料としては、上記賃料額から20パーセント減額をした月額640万7646円を相当とする。

(8) よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約に係る賃料が平成9年12月24日以降、月額640万7646円であることの確認を求める。

2  請求の原因に対する被告の認否

請求の原因(1)ないし(4)の各事実は認める。同(5)ないし(7)の各事実は否認し、同(8)は争う。

3  被告の抗弁

原告の本件賃料減額請求権の行使は、次のとおり、権利の濫用である。

(1) 本件賃貸借契約は、株式会社成増名店街の債務整理及び富士銀行等芙蓉グループによる株式会社成増名店街に対する融資の回収、精算という大きな目的の下に構想された事業計画の最大の中枢的な契約である。

被告は、原告の「是非とも協力してほしい。その見返りとして、賃貸借契約については被告に有利な条件、内容を用意する」という要望に応じて、数度にわたる土地の譲渡、交換(そのための分筆、合筆)、売買、さらには、道路部分の土地の提供までして、原告に協力した。

(2) 賃貸土地上には建物が建てられており、道路部分は板橋区に所有権移転されてしまった現時点で、被告が、本件賃貸借契約の錯誤無効を主張することは許されない。それを見越して、原告が、自己に不利益な約定部分(本件見直し特約)のみを取り出して、その無効を主張したり、賃料減額請求権を行使することは、権利の濫用である。

4  被告の抗弁に対する原告の認否

被告の抗弁事実は否認し、主張は争う。

【乙事件について】

1  被告の請求の原因

(1) 原、被告間において、昭和62年7月1日、本件賃貸借契約が締結され、本件見直し特約に基づき、賃料額は、平成3年7月1日の第1回目の見直しの時に月額728万1416円(15パーセントの増額)となり、平成6年7月1日の第2回目の見直しの時に月額800万9557円(10パーセントの増額)となった。

(2) 本件見直し特約は、所定の改定時期が到来すれば自動的に賃料額が増額改定される趣旨の約定、すなわち、自動増額改定特約であるから、平成9年7月1日の第3回目の見直し時期が到来したことにより、賃料額は、上記月額賃料を10パーセント増額した賃料額881万0512円に、自動的に増額改定された。

(3) よって、被告は、上記賃料の自動増額改定を争う原告に対し、本件賃貸借契約に係る賃料が、平成9年7月1日以降、月額881万0512円であることの確認を求める。

2  請求原因に対する原告の認否及び主張

(認否)

請求原因(1)の事実は認め、同(2)の事実は否認し、同(3)は争う。

(主張)

本件見直し特約は、被告主張のような賃料の自動増額改定特約と解すべきではなく、特約中の「見直す」との文言から明らかなように、全体として、物価の変動、公租公課の増減に顕現するような経済情勢の変動がなかった場合の標準として15パーセント又は10パーセントの増額を定めたにすぎず、これらに変動があった場合には、本件見直し特約のただし書の第2文(「但し、物価の変動、土地、建物に対する公租公課の増減、その他経済情勢の変化により甲・乙別途協議するものとする」との部分。以下「ただし書第2文」という。)の定めにより、原、被告の協議によって見直し額を決定することを定めたものと解すべきである。そして、地価が異常な下落をした現在、ただし書第2文の定めにより、又は借地借家法11条1項により、賃料の減額が認められるべきである。

仮に、本件見直し特約のただし書第1文(「但し、本賃料は3年毎に見直すこととし、第1回目の見直し時は当初賃料の15%増、次回以降は3年毎に10%増額する。」との部分。以下「ただし書第1文」という。)を、被告主張のとおり、自動改定特約と解するとしても、本件のように、ただし書第2文に定めるような経済情勢の変化等が発生した場合には、ただし書第1文(自動改定特約条項)自体が排除されると解すべきであり、そのように解してのみ、ただし書第1文は、その効力が維持されるものというべきである。

理由

第1  争いのない事実

原、被告間において、昭和62年7月1日、本件賃貸借契約が締結され、本件見直し特約に基づき、賃料額は、平成3年7月1日の第1回目の見直しの時に月額728万1416円(15パーセントの増額)となり、平成6年7月1日の第2回目の見直しの時に月額800万9557円(10パーセントの増額)となった事実(甲事件の請求原因(1)ないし(4)、乙事件の請求原因(1))は、当事者間に争いがない。

第2  甲事件及び乙事件の争点

本件の争点は、<1>本件見直し特約は、自動増額改定特約と解すべきか否か(甲事件の請求原因(5)は、本件見直し特約が自動増額改定特約でないことが前提であり、乙事件の請求原因(2)は、それが自動増額改定特約である旨の主張である。)、<2>原告が、平成9年12月24日、被告に対し、月額賃料を20パーセント減額する旨の意思表示をしたか否か(甲事件の請求原因(6))、<3>賃料減額の意思表示をした時点(平成9年12月24日)における相当賃料額(甲事件の請求原因(7))、<4>原告の本件賃料減額請求権の行使が権利の濫用に当たるか(甲事件の被告の抗弁)である。

第3  争点についての当裁判所の判断

1  本件の争点<1>(本件見直し特約の趣旨)について

被告は、本件見直し特約は、所定の改定時期が到来すれば自動的に賃料額が増額改定される趣旨の約定、すなわち、自動増額改定特約である旨主張する。

そこで、この点について検討するに、甲第1号証によれば、昭和62年7月1日に締結された原、被告間の本件賃貸借契約の契約書(甲第1号証)には、賃料に関する条項(第4条)があり、原、被告間で権利金の授受は行わないこと(同条1項)、昭和62年7月20日から本件各土地上に建物が完成し、原告が、この建物をダイエーに賃貸して同社からの賃料を受領するまでの間は、月額賃料249万2900円とすること(同条2項)、原告がダイエーから上記建物の賃料を受領した以降、契約満了までの間は、「本契約の賃料は本件土地の時価評価額を1坪当り5000千円とし、1坪当り賃料は月額時価の8%の12分の1金6331666円とする。但し、本賃料は3年毎に見直すこととし、第1回目の見直し時は当初賃料の15%増、次回以降は3年毎に10%増額する。但し、物価の変動、土地、建物に対する公租公課の増減、その他経済情勢の変化により甲・乙別途協議するものとする」こと(同条3項)、が定められていたことが認められる。

上記契約書の第4条3項の内容は、原告がダイエーから上記建物の賃料を受領した以降、契約満了までの間は、本件各土地の時価評価額を一坪当たり500万円と評価し(本件各土地の時価評価額は9億4975万円となる。)、年額賃料を上記時価評価額の8パーセント相当額(7598万円)とした上、その12分の1の額633万1666円を月額賃料とする(同項本文)とした上で、ただし、上記賃料額は、3年ごとに見直すこととし、第1回目の見直し時は当初賃料の15パーセント増、次回以降は3年ごとに10パーセント増額とする(ただし書第1文)、ただし、物価の変動、土地、建物に対する公租公課の増減、その他経済情勢の変化により、原、被告が別途協議するものとする(ただし書第2文)というものである(当事者間に争いがない。)。

甲第14号証、第15号証、証人荻原美彦の証言及び被告代表者原田曠暉本人尋問の結果によれば、本件賃貸借契約の締結の際に、被告側から、権利金を授受しない代わりに、賃料を通常の賃貸借の場合よりも高額に定める方式の要求があり、3年ごとに一定の割合で賃料が増額する旨の本件見直し特約中のただし書第1文も、被告側から提案されたものであったこと、これに対し、原告は、将来の経済情勢の変動にもかかわらず、3年ごとに自動的に10パーセントずつ賃料が増額されるような約定には応じられないとの社内の意見により、被告側に対し、本件見直し特約中にただし書第2文を設ける提案をし、両者協議の結果、双方が主張するただし書が2つ設けられることとなり、本件見直し特約が設けられるに至ったこと、その後、本件見直し特約に基づき、賃料額は、平成3年7月1日の第1回目の見直しの時に月額728万1416円(15パーセントの増額)となり、平成6年7月1日の第2回目の見直しの時に月額800万9557円(10パーセントの増額)となったが、いずれの時にも、被告代表者原田から原告の担当者荻原に対し、各増額についての電話による要請があり、原告側で社内で検討した結果、原告の担当者荻原が、被告代表者原田に対し、増額要請を了承する旨の電話連絡をし、各増額改定が行われたこと、平成9年7月1日の第3回目の見直しの際には、被告からの賃料増額の要請がなく、原告は、同日以降も従前どおりの賃料を支払い続けたこと、これに対し、被告からは何らの抗議もされなかったこと、同年12月24日、原告の担当者荻原が、被告の事務所を訪れ、被告代表者原田及び被告の担当者若槻敏雄に対し、現行の地代が高額に過ぎることを理由に、20パーセントの賃料の減額を申し入れたが、被告側は、これに応じなかったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

上記認定の事実関係によれば、第1回目、第2回目の各改定の際には、事前に原、被告双方が協議し、本件見直し特約所定の増額改定をすることに双方とも異論がないことを確認した上で、増額改定が行われていることが明らかであり、また、借地借家法の趣旨からすれば、将来の経済変動にかかわりなく、長期間にわたって、一定の期間(3年)ごとに一律に一定の割合(10パーセント)で賃料が増額する旨の約定の効力には疑問があることを勘案すれば、本件見直し特約は、3年が経過すれば何の手続も要せず、自動的に所定の割合に増額改定されるとの合意ではなく、本件見直し特約所定の増額について、事前に双方で協議し、双方に異論がなければ、所定の増額改定をするが、一方が、経済情勢の変化等を理由にこれに応じない場合には、所定の増額改定は行われず、協議によって、相当賃料額を定めるという趣旨の合意であると認めるのが相当であり、本件見直し特約を自動増額改定特約であるとする被告の主張は採用することができない。

乙第9号証によれば、本件各土地の所在する板橋区内の土地の価格は、昭和62年ころから急上昇し、平成2、3年ころをピークに、一転して下落に転じ、それ以降、下落傾向が続いており、本件各土地の近隣地域の地価公示地点(板橋成増5-6)の公示価格は、本件賃貸借契約が締結された昭和62年当時は1平方メートル当たり322万円であり、第1回目の見直し時である平成3年には1平方メートル当たり400万円となったが、第2回目の見直し時である平成6年には1平方メートル当たり221万円となり、第3回目の見直し時である平成9年には1平方メートル当たり135万円と、バブル経済の崩壊に伴い大幅に地価が下落していることが認められること、そして、このような経済情勢の下、平成9年7月1日の第3回目の見直しの際には、被告からの賃料増額の要請がなく、原告は、同日以降も従前どおりの賃料を支払い続け、これに対し、被告からは何らの抗議もしなかったこと、同年12月24日、原告の担当者荻原が、被告の事務所を訪れ、被告代表者原田及び被告の担当者若槻敏雄に対し、現行の地代が高額に過ぎることを理由に、20パーセントの賃料の減額を申し入れたことは、前記認定のとおりであり、原告としては、従来どおりの賃料額を払い続けることにより、所定の増額については、これに応じない(異論がある)旨の意向を明らかにしたものと認められるから、上記第3回目の見直しの際には、原、被告間で、本件見直し特約所定の増額改定についての合意が成立したものとは認められない。

したがって、平成9年7月1日に被告主張の賃料の増額改定が行われたものとは認められないから、乙事件に係る被告の請求は、その理由がない。

2  本件の争点<2>(賃料減額の意思表示の有無)について

前記認定の事実によれば、平成9年12月24日、原告の担当者荻原が、被告の事務所を訪れ、被告代表者原田及び被告の担当者若槻敏雄に対し、現行の地代が高額に過ぎることを理由に、20パーセントの賃料の減額を申し入れたことが明らかであるから、甲事件の請求原因(6)の事実が認められる。

3  本体の争点<3>(相当賃料額)について

上記の原告による賃料減額の意思表示がされた平成9年12月24日の時点における相当な賃料額について検討するに、鑑定人田口浩の鑑定の結果によれば、前記認定の事実関係、すなわち、同年7月1日に被告主張の上記自動増額改定がされず、前記認定の賃料の改定を前提とした場合の平成9年7月1日の時点の相当賃料額は、月額785万8000円であることが認められる(同鑑定人作成の平成12年7月5日付け不動産鑑定評価書参照。なお、同鑑定人作成の平成13年3月12日付け不動産鑑定評価書(補充)は、仮に、平成9年7月1日に被告主張のとおり自動増額改定がされ、賃料が、同日に月額881万0512円となり、この賃料額を最終の合意賃料であると仮定した場合の同年12月24日の時点の相当賃料額を算定したものであり、前提となる事実が認められない本件においては、その算定結果を採用することはできない。)。

そして、上記鑑定は、平成9年7月1日の時点の上記相当賃料額月額785万8000円を基にして、これにスライド方式による時点修正をして、同年12月24日の時点における相当賃料額を月額791万3000円と算定しているが、同鑑定も指摘しているとおり、時点差が僅少であることに加え、本件において原告が確定を求める同年12月24日の時点における相当賃料額は、それ以降の一定期間、その賃料額が継続することが予定されるものであるが、同鑑定によれば、上記時点以降、本件賃貸借契約に係るスライド方式による相当賃料額は、地価の下落を反映して減少傾向に転じ、その傾向は、現時点においても続いていること(同鑑定がスライド方式の変動率として採用している名目国民総支出の変動率をみると、平成10年1月から同年12月までの間は、マイナス2パーセントとなり、それ以降はマイナス傾向が続いている。)が認められること及び前記認定の近隣地域の地価公示価格の変動状況等を総合的に考慮すれば、原告がした上記賃料減額請求権の行使の時点(平成9年12月24日)の相当賃料額の算定において、上記のようなスライド方式による若干の時点修正を施すことは適当ではなく、上記時点における相当賃料額は、同年7月1日のそれと同様、月額785万8000円と認めるのが相当である。

これに対し、原告は、甲第9号証(不動産鑑定士百田孝義作成の不動産鑑定評価書。平成11年11月5日の時点における本件賃貸借契約に係る相当賃料額は、月額625万円である旨の記載がある。)、甲第13号証(同人作成の意見書)を提出し、上記鑑定の結果は、相当賃料額としては、高額に過ぎる旨主張する。

そこで、原告の主張の主たる根拠となっている甲第9号証の内容について検討するに、まず、同号証は、平成11年11月5日の時点で、同日現在の相当賃料額を算定したものであり、これを、原告がした上記賃料減額請求権の行使の時点(平成9年12月24日)における相当賃料額として用いることができないことは明らかである上、同号証も、基本的には、上記鑑定と同様、スライド方式を採用しているのであるが、その変動率として、<1>地価指数、<2>総理府統計局の消費者物価指数、<3>日銀調査統計局の卸売物価指数、<4>本件各土地上の建物の賃借人であるダイエーからの受取家賃の額、<5>ダイエーの売上げ(2月決算の数値)の各数値を検討し、昭和62年7月1日当時の月額賃料633万1666円を基に、上記各数値の変動に連動(スライド)させた「相当地代」を算出し、<2>と<3>の数値を変動率として算出した各相当地代の中間値(年額8026万円)と、<4>と<5>の数値を変動率として算出した各相当地代の中間値(年額7066万1000円)との、更に中間値(年額7500万円、月額625万円)を、相当賃料として算出したものであるが、本件賃貸借契約に係る相当賃料額をスライド方式で算出するに当たり、種々の要因に左右される本件各土地上の建物賃借人の経済活動の指数である<5>の指数(売上げの減少)を考慮することは、特段の事情が認められない限り、適当ではないものというべきであり、これを考慮に入れた同号証は、採用することができない。

してみると、甲第9号証に依拠して、原告がした上記賃料減額請求権の行使の時点(平成9年12月24日)における相当賃料額を算出することは相当ではなく、同号証、甲第13号証の各記載によっては、前記鑑定の結果による相当賃料額の認定を覆すに足りず、他に、これを覆すに足りる証拠はない。

4  本件の争点<4>(権利濫用の抗弁)について

被告は、原告の本件賃料減額請求権の行使は、権利の濫用である旨主張し、被告代表者原田本人尋問の結果によれば、本件各土地上に建物を建設し、原告がこの建物をダイエーに賃貸する過程において、被告側の尽力があったことが窺える。

しかしながら、土地の賃貸借契約の当事者は、従前の賃料が公租公課の増減その他の事由により不相当となるに至ったときは、借地借家法11条1項の定めるところにより、賃料の増減請求権を行使できるところ、この規定は強行法規であって、特約によってもその適用を排除することができないものと解すべきである(最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第2小法廷判決・民集35巻3号656頁参照)ことに鑑みると、余程の特段の事情が認められない限り、原告の本件賃料減額請求権の行使が、権利の濫用に当たることはないものというべきである。そして、本件全証拠を精査しても、上記特段の事情は認められないから、原告の本件賃料減額請求権の行使が、権利の濫用に当たるとは認められない(これを認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、被告の上記主張は、採用することができない。

第4 結論

よって、甲事件に係る原告の請求は、被告が原告に賃貸している本件各土地の賃料が、平成9年12月25日(原告が賃料減額請求権を行使した日の翌日)以降、月額785万8000円であることの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、乙事件に係る被告の請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法61条、64条本文を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

【物件目録】

1 所在  板橋区成増2丁目

地番  141番41

地目  宅地

地積  93.72平方メートル

2 所在  板橋区成増2丁目

地番  141番42

地目  宅地

地積  87.14平方メートル

3 所在  板橋区成増2丁目

地番  141番51

地目  宅地

地積  445.88平方メートル

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