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東京地方裁判所 平成11年(ワ)17154号 判決

原告 岩田隆美

原告 岩田瑞枝

原告 岩田健

原告 岩田厚

右四名訴訟代理人弁護士 中野麻美

被告 根橋今朝蔵

右訴訟代理人弁護士 間部俊明

佐藤剛

主文

一  被告は、原告岩田隆美及び同岩田瑞枝に対し、それぞれ金一七万五〇〇〇円及びこれに対する平成一一年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告岩田隆美及び同岩田瑞枝と被告との間に生じた分は、これを三分し、その一を被告の負担、その余を右原告らの負担とし、原告岩田健及び同岩田厚と被告との間に生じた分は、右原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金五五万二五〇〇円及びこれに対する平成一一年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、分離前相被告が原告らの居宅に生育する枇杷の木の枝葉を無断で切り取ったことに関し、原告らが、右切取りは右居宅の隣に居住する被告が切り取ってもよいと分離前相被告に言ったために行われたものであるとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めている事案であり、付帯請求は不法行為の日からの民法所定の割合による遅延損害金の支払請求である。

一  前提事実(特記しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告岩田隆美(以下「原告隆美」という。)と同岩田瑞枝(以下「原告瑞枝」という。)は、夫婦であり(以下、右原告両名を「原告夫婦」という。)、肩書住所地の居宅(以下「原告宅」という。)に居住している。なお、原告夫婦は、平成一一年五月当時、月曜日から木曜日までは原告瑞枝の実家で親の介護をするために原告宅を不在にすることが多かった(甲五)。

被告は、原告宅に隣接する肩書住所地の居宅(以下「被告宅」という。)に居住し、品川駅前で時計店を開いている。

分離前相被告浜田侃(以下「浜田」という。)は、枇杷の木の葉を使用する「枇杷葉温圧療法」に関する事業を「枇杷灸」という名称で営んでおり、これを同中村裕子(以下「中村」という。)が手伝っている(証人中村)。

原告夫婦、被告、浜田及び中村は同じ町会に属し、中村は、前記時計店で買い物をするなどのことがあって被告と面識があり、被告も、中村が枇杷の木の葉を使用する「枇杷灸」の営業に関与していることを知っていた(乙三、五、証人中村、被告本人)。

2  原告宅の庭には被告宅との境界に近接する位置に枇杷の木(以下「本件樹木」という。)が生育し、その枝葉の一部が被告宅に越境している。

なお、被告は、本件樹木の葉等が被告宅に落ちて来て迷惑であるとして、被告宅に越境している枝葉を切り取るようにと原告夫婦に要求し、被告の費用負担で切り取るようにと言われて、自己の費用負担で右切取りを行ったことがあった(甲五、乙三、被告本人、弁論の全趣旨)。

3  「枇杷灸」では毎年五、六月ころは枇杷の木の葉(古い葉)が不足するところ、中村は、平成一一年五月一八日ころ、被告宅の前を通った時に本件樹木の葉が目に入り、これを「枇杷灸」で使用するために手に入れたいと思って、前記時計店に買い物に寄った時(以下「本件訪問時」という。)、本件樹木は誰の物かと被告に尋ねた(甲三、乙三、証人中村、被告本人、弁論の全趣旨)。

4  その後の平成一一年五月二〇日(木曜日)、中村は、当時たまたま自宅の修理に来ていた大工を伴って原告宅に赴き、右大工をして本件樹木の枝葉を切り取らせた(証人中村)。

右切取り(以下「本件切取り」という。)は、被告宅に越境している部分であるかどうかに関係なく、しかも、頭頂部以外は小枝がほとんど残らないような態様で行われた(甲二、証人中村、弁論の全趣旨)。

5  原告らと浜田及び中村との間では、平成一二年二月二二日の本件和解期日において、浜田及び中村が、原告らに対し、本件切取りに関する紛争の和解金として五五万円を同年三月三一日限り連帯して支払う旨の条項を含む和解が成立し(当裁判所に顕著)、右支払義務は履行済みである(証人中村)。

二  原告らの主張

1  本件訪問時、中村は、本件樹木の枝葉を切り取りたいことを述べて、本件樹木は誰の物かと尋ねたのであり、これに対し、被告は、「裏の家の物であるが、今は空き家になっており、自分が管理を任されている。被告宅でも邪魔になっており、枝ごと切ってもよい。」などと答えた。

そのため、中村は、本件樹木の枝葉を自由に切り取ってもよいものと思って、本件切取りを行った。

2  被告は、右のように答えれば本件のような態様の切取りが行われるであろうことを予見していた(更に言えば、情を知らない中村を利用して本件のような態様の切取りを行わせたものである。)。

仮にそうでないとしても、予見することができたというべきであり、被告は、原告らの物であるから原告らに聞くようにと告げるか、少なくとも、切取りは被告宅に越境している部分に限ると告げるべきであった。

3  損害

(一) 本件樹木は、樹齢一〇〇年を超える老齢木であり、毎年大きな甘い果実を枝の先端に実らせ、その量は段ボール箱(中箱)一〇箱分位になっていた。原告ら岩田家の者は、五〇年以上にわたって本件樹木を大切に育ててきたのであり、その果実を自ら味わうだけでなく、知人に贈って味わってもらうことも喜びとしてきた。また、本件樹木は、被告宅との間の目隠しにもなっていて、生活上のプライバシーを守る役割も果たしていた。なお、本件樹木は、本件切取り後の平成一一年六月一〇日、東京都港区長から保護樹木に指定された。

(二) 本件切取りが行われたことによって、本件樹木を温存するために特別な養生、手入れを必要とし、向こう一〇年間に一五二万円を要する。これは、原告らが共同で支出することになる。

原告らは、本件切取り後、果実を全く収穫することができなくなったのであり、その損害を金銭に見積もると二五万円である。

原告らは、(一)のように大切にしてきた本件樹木について本件切取りをされたことにより、多大な精神的苦痛を受けた。これを慰藉するに足りる額は、原告ら一人当たり三〇万円を下らない。

これらの損害を合計すると、原告ら一人当たり五五万二五〇〇円を下らない。

三  被告の主張

1  本件訪問時、被告は、「枇杷灸」で使用するために本件樹木の葉が欲しいのであろうと思い、「隣の岩田家の物である。今は不在がちのようである。被告宅に越境している部分は切ってもよいだろう。」という趣旨のことを答えたが、原告ら主張の如く、管理を任されているとか、枝ごと切ってもよいなどとは言っていない。

2  被告は、中村ないし浜田が本件樹木のうち被告宅に越境している部分以外の枝葉を切り取るとは思っていなかったし、そのような事態を予見することもできなかった。

本件切取りは、中村ないし浜田が、被告が切ってもよいと言った範囲をはるかに超えて、極めて非常識な態様で行ったものであり、被告の言動との間に因果関係がない。

3  仮に損害が認められるとしても、前記一5のとおりであるから、損害は填補されている。

第三当裁判所の判断

一  前記前提事実に証拠(甲三、乙三、六、証人中村、被告本人)及び弁論の全趣旨を併せると、以下の事実が認められる。

1  本件訪問時、中村は、本件樹木の葉が欲しいことを述べて、本件樹木は誰の物かと尋ねたのであり、これに対し、被告は、「枇杷灸」で使用するために本件樹木の葉が欲しいのであろうと思い、本件樹木は隣の家の物であること、隣の家は空き家になっており、自分が管理を任されていること、本件樹木の葉等が被告宅に落ちて来たり、本件樹木の枝葉が被告宅の窓にかかって家の中が暗くなるなど、迷惑を受けていること、そのため被告宅に越境している部分の枝葉を承諾を得て切り取ったことがあることなどを述べた上、いつでも切り取ってよいと答えた。

その際、被告は、切取りは被告宅に越境している部分に限るとか、葉だけに限るとかの注意はしなかった。

2  中村は、右のような被告の言に接し、本件樹木の葉を切り取ってもよいものと考えて、前記第二の一4のとおり大工をして本件切取りを行わせた。

その際、中村は、どの部分をどのような態様で切り取るかについて、事前に大工と打ち合わせをすることなく、切取りの作業中も、大工のなすがままに任せていたのであり、作業の終了後、あらためて本件樹木を見て、切りすぎたという感じを抱いた。

3  被告は、1のとおり、切取りは被告宅に越境している部分に限るとか、葉だけに限るとかの注意はしなかったものの、被告宅に越境している部分のことを挙げて話をしていることからもうかがえるように、主として被告宅に越境している部分の枝葉を切り取ってもよいと言う趣旨で1のような発言をしたのであり、本件切取りが行われた日の翌日、本件樹木を見て、自分が想像していた態様とは大幅に異なる態様での切取りが行われていることに驚き、早速「枇杷灸」に赴いて、応対した中村に対し、「あんなに切れとは言わなかった。」と抗議した。

二  右認定について

1  被告本人は、本件訪問時、中村から本件樹木は誰の物かと尋ねられたので、隣の岩田家の物であること、本件樹木の葉等が被告宅に落ちて来て迷惑を受けていること、以前、被告宅に越境している部分の枝葉を切り取るよう申し出たところ、被告の費用負担で切り取るように言われて、自己の費用負担で右切取りをしたことがあることなどを話しただけであり、本件樹木の枝や葉を切り取ることについての話は全く出なかったなどと供述し、その陳述書(乙三)中にも同趣旨の記載がある。

しかしながら、誰の物かと尋ねられただけで右のように切取り等のことを話すというのは極めて不自然であり、右供述及び陳述記載は、真実は本件樹木の葉等の切取りの話があったことを、自己に都合が悪いものとして隠しているのではないかと疑わせるものであり、到底信用することができない。

実際にも、被告本人は、尋問の際に右のような不自然さを追及された後、本件審理の最終段階において、被告宅に越境している部分は切ってもよいと中村に話したことの記憶がよみがえったという内容の陳述書(乙六)を作成し、これが証拠として提出されるに至った。

そして、右陳述書の記載内容は、甲三及び証人中村の証言に照らして、切り取ってもよいと話したという限度ではもとより信用することができるが、切取りは被告宅に越境している部分に限ると述べたという点では、前記のような供述、陳述の経過にも照らすと、これを直ちに信用することはできない。

2  また、被告本人は、管理を任されているなどとは言っていないと供述し、その陳述書(乙三)中にも同趣旨の記載があるが、被告から、管理を任されていると言われず、単に切り取ってもよいと言われただけで、中村が被告宅の物ではなく隣の家の物を切り取ろうとするとは容易に想定し難いというべきであり、右供述、陳述記載も採用することができない。

3  他方、原告らは、被告が本件のような態様の切取りを予見し、あるいは目論んでいたかのように主張するが、本件のような態様の切取りが行われると事後に隣家の原告夫婦との間で紛争が生ずることが明らかであり、被告がそのようなことを予見しつつあえて切り取ってもよいなどと言うだけの動機、必然性が見当たらない。右主張は採用することができない。

4  他に、本件全証拠を検討してみても、前記一の認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

三  以上の事実によれば、本件のような態様の切取り、すなわち、被告宅に越境している部分であるかどうかに関係なく、頭頂部以外はほとんど小枝が残らないような態様での切取りは、直接には、中村が、作業に当たる大工と切取りの態様について事前の打ち合わせを行わず、かつ、作業中も大工のなすがままに任せていたことによって生じたものであり、このような態様での切取りは被告も予想していなかったというべきである。

しかしながら、前記一1の被告の言動は、切取りの態様について何ら触れることなく、管理を任されているからいつでも切り取ってよいと言ったものであるから、このような言動に接した者が本件のような態様の切取りを行うこともあり得るというべきであるし、被告においてもそのことを予見することができたというべきである。

そして、そうである以上、被告としては、本件において、他人(原告夫婦)の物を切り取ってもよいなどとは言うべきでなかったし、仮に切り取ってもよいと言うとしても、被告宅に越境している部分に限ることを注意すべきであったといえるし、被告が右部分に限ることを注意することなく切り取ってもよいと言ったために本件切取りが行われたものとみることができる。

したがって、被告は、本件切取りによって原告らに生じた損害を賠償すべき不法行為責任を負うというべきである。

四  損害について

1  本件不法行為は、基本的には、本件樹木の所有権を侵害したものというべきところ、弁論の全趣旨によれば、その所有権は原告夫婦に属するものと認められる。

2  そこで、右所有権侵害により原告夫婦の受けた損害についてみる。

証拠(甲一、二、五、七、八、一〇、一一、一三、一四)及び弁論の全趣旨によれば、前記第二の二(原告の主張)3(一)の事実、本件切取りが行われたことにより、本件樹木は、果実の収穫が激減したばかりでなく、特別の養生、手入れを必要とすることになったこと、以上の事実が認められる。

しかしながら、右収穫の激減を金銭的に評価するに足りる資料はないし、右にいう特別の養生、手入れについてみても、どの程度のものが必要であるのか、これを認定するだけの的確な証拠がない。

他方、右認定の前記第二の二3(一)の事実に証拠(甲五、一〇、一一)及び弁論の全趣旨を併せると、原告夫婦は、前記第二の二3(一)のような本件樹木に愛着を持ち、これを大切に育ててきただけに、本件切取りが行われたことにより、多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、右苦痛は財産的損害の回復だけでは償われないものであるというべきである。

そこで、右のとおり果実の収穫の激減等という財産的損害が生じていることをも含む本件に顕れた諸般の事情を考慮して、右苦痛に対する慰藉料として原告夫婦一人当たり四〇万円ずつを認めるのが相当である。

3  原告夫婦を除くその余の原告らについてみる。

右原告らが財産的損害を受けたと認めるに足りる証拠はない。

右原告らは、大切にしてきた本件樹木の枝葉を大量に切り取られて、それ相当の精神的苦痛を受けたであろうことが推察されるが、その所有者でもないことからして、右苦痛は不法行為法上損害の賠償をさせるべきほどのものではないというべきである。

他に、本件切取りによって右原告らに賠償を受けるべき損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。

4  ところで、前記前提事実によれば、原告夫婦は、本件の損害につき一人当たり二二万五〇〇〇円ずつの填補を受けているものと認めるのが相当である。

そうすると、被告は、原告夫婦に対し、一七万五〇〇〇円ずつの損害賠償をすべきものといえる。

四  以上の次第で、原告らの請求は、原告夫婦が被告に対しそれぞれ一七万五〇〇〇円及びこれに対する平成一一年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝阿彌誠)

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