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東京地方裁判所 平成11年(ワ)17495号 判決

原告 渡邊康弘

右訴訟代理人弁護士 田利治

被告 木下勇

右訴訟代理人弁護士 行木武利

主文

一  被告は原告に対し、金二〇〇万七三〇〇円及びこれに対する平成一一年八月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、金三三七万二七二〇円及びこれに対する平成一一年八月一二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、タクシー会社に運転手として勤務している原告が、同じ職場で働いていた被告に対し、勤務後会社食堂で飲食していたところ、被告と喧嘩になり、その際被告によって下唇を噛み切られたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

被告は、原告によって押し倒され、そのまま原告が頭をぶつけるようにして襲いかかってきたことから、被告の口が原告の顎付近に当たり、その際に原告が受傷したものであり、原告の負った傷害は自招行為に他ならないし、被告の行為は正当防衛に該当するものであるとして、原告の請求を争っている。

第三当事者間に争いのない事実及び書証等により認定される事実

一  原告と被告との関係

原告(昭和一九年三月六日生。事件時の年齢・体格は、満五四歳、身長約一七三センチメートル、体重約八六キログラム。)と被告(昭和二三年八月五日生。事件時の年齢・体格は、満五〇歳、身長約一六六センチメートル、体重約六六キログラム。)は、平成一〇年九月ころ、ともに運転手として、タクシー会社である山三交通株式会社に勤務していた。

二  本件事件及び原告の受傷

平成一〇年九月一〇日朝方、勤務明けであった原告と被告は、他の運転手仲間数名と、会社三階の食堂で酒を飲んでいたところ、後に述べるとおり、原因については争いはあるものの、両者がともに椅子から倒れ込むという状態になった。

原告は、右事件の折りに、原告は、被告の歯によって下唇を噛み千切られ、下口唇切断の傷害を負い、同日病院の形成外科に入院し、手術を受けた後、同年一〇月六日に退院した(甲第一号証)。

三  事件後の経緯

原告は事件後も山三交通での勤務を続け、現在なお同社で勤務している。

被告は、事件後、同社を退職した。

第四当事者の主張

一  原告の主張

1  本件事件の経緯について

原告と被告を含む運転手仲間が会社の食堂で酒を飲みながら談笑していた折りに、被告が先輩を呼び捨てにするので、原告が軽く注意したところ、被告はいきなり原告に殴りかかってきた。

このため原告は、椅子ごと仰向けに倒れ、後頭部を床に強打して、一瞬ぼっとした状態に陥ったところ、被告は原告の下唇右角にかみつき、肉片を噛み千切った。

周囲の者は被告を引き離したが、原告の出血がひどかったことから、救急車が呼ばれ、原告は即日病院に入院した。

なお、被告によって噛み切られた原告の唇の肉片は、ゴミ箱に捨てられていたところを発見され、原告の上司によって病院に持込まれたが、時機を失していたため、接合するには至らなかった。

2  受傷状況

原告は被告の右行為によって唇を噛み切られ、二回の手術を要する傷害を負い、外形上はほとんど判らなくなったものの、神経が完全には元に戻らないために、口の中に入れたものがこぼれるという後遺症を残す結果となった。

3  損害

原告は被告の右行為により、次の損害を被った。

(一) 医療費 金三三万二七二〇円

(二) 休業補償 <1>原告が稼働できなかった期間 平成一〇年九月一〇日から同年一一月二三日まで

<2>補償額 一か月当たり金三二万九〇〇〇円

<3>合計 金八〇万円

(三) 後遺障害

原告は、完全に肉片をちぎられたため、神経は完全には復元せず、その神経症状は頑なな部類に属するものであり、後遺障害等級別等級表における等級は第一二級に属するものである。

したがって、その損害は金二二四万円となる。

(四) 合計 金三三七万二七二〇円

二  被告の主張

1  本件事件の経過について

被告の隣に座っていた原告が、被告の頭部を何度も拳で小突くことを繰り返したことから、被告がこれを注意したところ、原告はむしろさらに強く続けてきたため、被告は原告の手を払いのけた。

すると原告は、いきなり被告に掴みかかり、その勢いで被告を押し倒して馬乗りになった。

そのまま原告が頭をぶつけるようにして襲いかかってきた際に、被告の口が原告の顎付近に当たり、原告の唇を噛み切ったようである。

したがって、原告の負った傷害は、いわば自業自得の自招行為にほかならず、被告にとっては正当防衛である。

2  原告の被った損害について

原告が唇に傷害を負った事実は認める。後遺障害については不知。

第五当裁判所の判断

一  本件事件の経緯について

1  証人小松正幸の供述並びに原告及び被告の各本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

原告と被告が、他の運転手仲間数名と、前記のとおり会社の食堂で酒を飲んでいたところ、原告が被告の頭を数回小突いたことから、被告が原告に掴みかかり、このため両者はともに床に倒れ込むこととなった。

この折り、被告は、原告の唇に噛みつき、その下唇を噛み切った。

2  右認定に対し、被告は、ともに椅子から倒れた後、原告にのしかかられ、苦しさのために口を閉じたところ、原告の唇を噛み切る結果となった旨供述している。

しかしながら、唇は特に突起した身体器官とはいいがたいし、唇の肉片を噛み切るためには、相手方の唇のかなりの部分が口腔内に入ることが必要であるから、被告が口を閉じたところに偶然原告の唇が入り込んでいた、という事態は極めて考えにくい。また、もしも被告が偶然に原告の唇を噛み切ったのであれば、飲酒中の喧嘩の折りとはいえ、また、喧嘩の原因が相手方にあったとしても、その事態に驚くものと思われるが、被告は噛み切った肉片を床に吐き捨て、その後の処理についても、床を掃き掃除した同僚がゴミ箱に捨てるままにしている。

したがって、少なくとも、原告の唇を噛み切るという行為については、被告が故意に行ったものと推認せざるを得ない。

3  また、被告は、原告が受傷した際、原告は被告の上にのしかかっていた旨を供述し、目撃者である証人小松正幸も、上に乗っていたのは被告ではなく原告である旨を供述している。

しかしながら、証人小松正幸並びに原告及び被告本人の各供述によれば、唇の受傷から生じた出血が、原告の着衣に多く付着している一方、被告の着衣にはあまり付着していなかったとの事実が窺われるのであって、この点はむしろ、原告が受傷した際、原告が下に、被告が上になっていたからこそ右のような血液の付着状況が生じたものと考えるのが自然である。

したがって、この点についても、少なくとも原告が受傷した際には、原告が下に、被告が上になっていたものと推認するのが相当である。

4  以上の検討より、本件事件の経過については、前記のとおり認定するのが相当である。

二  被告の責任原因について

前記認定事実に鑑みれば、被告は、原告から頭を小突かれたことから、原告に掴みかかり、故意に相手方の唇を噛み切ったものであるから、喧嘩の直接の原因が原告の行為にあったにせよ、唇を噛み切るという被告の行為は、原告の行為に比して著しく均衡を失する攻撃というべきであり、これを正当防衛ないし過剰防衛と評価することはできない。

したがって、被告は不法行為責任を免れることはできない。

三  原告の被った損害について

1  医療費について

甲第二号証の一ないし三によれば、原告は本件による受傷に対し、合計金三三万二七〇〇円を支払った事実を認めることができる。

2  休業補償について

甲第三号証の一及び二によれば、原告の月収は平均約四四万円と認められる。

また、補償期間については、原告本人尋問の結果によれば、入院期間を含め、本件受傷により四六日間休業した事実が認められる。

したがって、休業補償の金額としては、金六七万四六〇〇円と認めるのが相当である。

3  後遺障害について

原告は、本件受傷により後遺障害等級別等級表の第一二級にいう「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する後遺障害を負った旨主張するが、原告本人尋問の結果によれば、唇の噛み切られた部分の神経に、敏感に痛みを感じる、あるいは、飲んだものがこぼれ出てもすぐには気づかない、といった神経症状が残っていることが認められるものの、右症状が頑固とまで認めるに足る証拠はないから、右の後遺障害については、同表の第一四級にいう「局部に神経症状を残すもの」に該当すると考えるのが相当である。

そして、右後遺障害に対する慰謝料としては、金一〇〇万円が相当と思料する。

4  まとめ

以上より、原告は本件受傷により、合計金二〇〇万七三〇〇円の損害を被ったものと認定することができる。

四  まとめ

以上より、被告は原告に対し、本件不法行為に基づく損害賠償として、金二〇〇万七三〇〇円及びこれに対する、支払期後である平成一一年八月一二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで、年五分の割合による遅延損害金の支払義務を有する。

第六結語

以上より、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条ただし書を、仮執行宣言について同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井俊和)

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