東京地方裁判所 平成11年(ワ)18570号 判決
原告 ポイント東京株式会社
右代表者代表取締役 中根公夫
右訴訟代理人弁護士 小泉征一郎
被告 株式会社平岡企画エージェンシー
右代表者代表取締役 楠茂美
右訴訟代理人弁護士 米田宏己
同 西信子
同 山崎邦夫
同 石川直基
主文
一 被告は、原告に対し、金四九〇六万〇六〇四円及びこれに対する平成一一年九月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、原告が、取下前の共同被告であった株式会社平岡企画(以下「訴外会社」という。)に対して、演劇の制作費の未払債権、立替金債権、受任費用の前払請求債権等合計金四九〇六万〇六〇四円の請求権を有するところ、訴外会社から営業譲渡を受けた被告に対し、<1>被告が平岡企画の商号を続用していることから、商法二六条一項により、<2>被告が取引先に挨拶状を送付して「債務引受の公告」をしているとして商法二八条の適用ないしは類推適用により、<3>被告は訴外会社の支配権を有するオーナーが訴外会社の債務を免れるために設立したものであり、訴外会社と被告とは別個の法人格であることを主張することは権利の濫用であり、信義則上も許されないとして法人格否認の法理の適用により、いずれにしても被告に訴外会社の債務について弁済の責任がある旨主張して、右演劇制作費の未払債権等合計金四九〇六万〇六〇四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一一年九月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 前提となる事実(証拠の記載のない事実については当事者間に争いがない。)
1 当事者等
(一) 原告は、演劇の制作を主たる業務として、昭和六二年三月に設立された株式会社である。
(二) 訴外会社は、演劇興業を主たる業務として、昭和五五年四月に設立された株式会社であるが、平成一一年六月二五日、その商号を被告に譲渡した後、平成一二年二月一四日、債権者の申立てにより、大阪地方裁判所において、破産宣告を受けた(大阪地方裁判所平成一一年(フ)第七〇〇九号)(乙一六、弁論の全趣旨)。
(三) 被告は、演劇の企画・制作や演劇・演芸の興業等を主たる目的として、平成一一年四月一九日に設立された株式会社であり、平成一一年六月二五日、訴外会社からその商号である「株式会社平岡企画」の商号をそのまま譲り受けたが、その後、平成一二年二月二一日、現商号である株式会社平岡企画エージェンシーに商号変更した(乙一〇、弁論の全趣旨)。
(四) 訴外会社も被告も、その実質的オーナーは、訴外平岡良陽である。
なお、原告と訴外会社との関係は、原告が脚本・演出・音楽装置・照明等のすべてのスタッフと出演者を揃えて演劇を一本に仕上げ、この出来上がった演劇を訴外会社が購入し、これを興業(上演)するという関係にあり、両者の分担は、制作と興業とに分かれる。
2 原告の訴外会社に対する債権
原告は、当初、訴外会社をも被告として本件訴えを提起したが、本件訴訟の継続中の平成一二年二月一四日に、訴外会社に対して破産宣告がなされたため、訴外会社に対して、次のとおり、合計金四九〇六万〇六〇四円の債権を有するとして、破産管財人に対して債権届を行った。
これに対して、訴外会社の破産管財人は、平成一二年五月一五日に開催された債権調査期日において、原告の届出債権を全額異議なく認めたので、原告は、訴外会社に対する訴えを取り下げた。
(一) 「帝国こころの妻」未払制作費 金一五四五万円
(二) 「元禄港歌」未払制作費 金一五六一万一八四三円
(三) 立替金債権 金四三四万八七六一円
(四) 受任費用前払請求債権 金一三六五万円
(乙一六、弁論の全趣旨)
二 主たる争点及びこれに対する各当事者の主張
1 原告の訴外会社に対する債権額
【原告】
原告の訴外会社に対する債権額は、訴外会社の破産管財人が認めたとおり、「帝国こころの妻」未払制作費等の合計金四九〇六万〇六〇四円である。
すなわち、
(一) 「帝国こころの妻」未払制作費 金一五四五万円
原告は、平成八年四月中旬ころ、訴外会社との間で、秋元松代脚本の「帝国こころの妻」の制作及び興業に関して、制作費金一億〇一九七万円(消費税金二九七万円を含む。)で契約を締結し、これを仕上げて訴外会社に引き渡したが、訴外会社は、原告に対し、平成一〇年九月一六日までに六回に分けて合計金八六五二万円を支払ったが、残金一五四五万円を支払っていない。
(二) 「元禄港歌」未払制作費 金一五六一万一八四三円
原告は、平成一一年三月二五日、訴外会社との間で、秋元松代脚本の「元禄港歌」の制作及び興業に関して、制作費金一億五七五〇万円(消費税金七五〇万円を含む。)で契約を締結し、これを仕上げて訴外会社に引き渡したが、訴外会社は、原告に対し、平成一一年四月二七日までに三回に分けて合計金一億四一八八万八一五七円(平成一一年四月二七日の金五〇〇〇万円の支払を含む。)を支払ったが、残金一五六一万一八四三円を支払っていない。
(三) 立替金債権 金四三四万八七六一円
「元禄港歌」の公演に関して、契約上訴外会社が負担することになっている経費について、原告が立替払いしたものが以下のとおりであり、その合計額は金四三四万八七六一円である。
(1) 株式会社フリックプロ 音響器材関係費 金三二三万七二二四円
(2) 東急観光株式会社 交通費関係 金六九万四八一〇円
(3) 株式会社大石運輸 器材の運搬費 金一〇万五〇〇〇円
(4) 山本デザイン事務所 デザイン費 金一九万二五〇〇円
(5) 田内峻平(カメラマン)撮影費 金三万七〇三七円
(6) その他 金八万二一九〇円
・JR東海乗車券代 金一万七六七〇円
・JR東日本乗車券代 金一万四五二〇円
・印紙代 金五万円
(四) 受任費用前払請求債権 金一三六五万円
「元禄港歌」の大阪公演に関して、契約上は、訴外会社が大道具費を負担する約定であったが、原告が東宝舞台株式会社に大道具装置の製作を発注し、訴外会社に代わってその代金を支払ったことから、民法六四九条により、原告は、被告に対し、委任事務処理費用として金一三六五万円の請求権を有する。
【被告】
(一) 原告の主張(一)の事実は認める。
(二) 「元禄港歌」に関しては、原告主張の支払以外に、訴外会社は、平成一一年一月三一日、金二三六九万円を原告に支払っている。
また、原告は、平成一一年四月二三日、訴外会社に対し、「帝国こころの妻」未払制作費、「元禄港歌」未払制作費、その他訴外会社の原告に対する一切の債務について、訴外会社が原告に金五〇〇〇万円を支払うことで清算し、残金について免除するとの意思表示をした。
これに基づいて、訴外会社は、平成一一年四月二七日、原告に対し、金五〇〇〇万円を支払った。
したがって、訴外会社は、原告に対し、何ら債務を負担していない。
(三) 原告と訴外会社との間においては、大道具費は、訴外会社が原告に支払う制作費に含まれているから、原告が負担すべきものであった。
2 商法二六条一項の適用により、被告が訴外会社の債務の弁済責任を負うか
【原告】
被告は、訴外会社からその営業を譲り受け、「株式会社平岡企画」の商号を続用しているのであるから、商法二六条一項により、訴外会社の債務について弁済の責任がある。
被告は、商法二六条二項の登記による免責を主張するが、被告の設立は訴外会社の債務を免れる目的で行われたものであり、会社制度の濫用と言うべきものであるから、右主張は、信義則に反し、許されないものである。
【被告】
被告は、訴外会社との間で、訴外会社から営業譲渡を受けるにあたり、訴外会社の債務を承継しないと合意し、その旨商業登記簿に記載した。
よって、被告は、訴外会社の債務を引き受けておらず、それに対する弁済の責任は負わない。
3 商法二八条の適用ないしは類推適用により、被告が訴外会社の債務の弁済責任を負うか
【原告】
被告は、訴外会社の役員を改選し、本社を移転したとして、取引先に挨拶状を送っている。
そこには、新会社(被告)の設立についてはまったく記載されておらず、訴外会社の役員を改選し、新しい陣容で本社を移転したとの記載がされており、まさに新旧両会社が一体のものであることが明確に記載されている。一体のものであるからには、本社移転後の会社が本社移転前の会社の債務をすべて引き受けるのも当然のことである。
これは、商法二八条記載の「債務引受の広告」をした場合に該当するものと認められるから、同条の適用ないしは類推適用により、被告は、訴外会社の債務を支払うべき責任を負う。
【被告】
商法二八条は、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用しない場合の規定であるところ、被告は、訴外会社の商号を続用しているのであるから、本件には適用されない。
また、同条の広告とは、新聞広告等不特定多数の者に対してなされる意思表示を指すところ、被告が出した挨拶状は、個別の取引先に送付されているだけであり、不特定多数の者に対してなされた意思表示とは言えないから、同条の広告にはあたらない。
4 法人格否認の法理の適用により、被告が訴外会社の債務の弁済責任を負うか
【原告】
本件は、訴外会社について支配権を有するオーナーが、訴外会社の債務を免れるために、新たに、営業目的、得意先、仕入先等営業の形態内容をほとんど同じくする別会社(被告)を設立し、しかも取引先には本社の移転であると通知し、訴外会社の営業をすべて引き継ぐものとしているのであり、ただ、訴外会社の債務の履行を求められたときだけ、「実は別会社です。訴外会社の債務は負担しない旨登記もしてあります。」と言って、法を逆手に取って訴外会社の債務を回避しようとしているのであり、明らかに訴外会社の債権者の詐害を目的として別法人を設立した典型的な場合である。
このような場合、新会社と旧会社とは別個の法人格であることを主張することは権利の濫用であり、また、信義則上も許されないものである。
【被告】
被告は、訴外会社とは、営業形態、設立目的、営業目的、役員構成、人的物的設備、取引先等を異にしており、訴外会社とは別個の法人格であることを主張することは、何ら権利の濫用でないし、信義則に違反するものでもない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 原告は、訴外会社に対し、合計金四九〇六万〇六〇四円の債権を有するとして、破産管財人に対して債権届を行ったところ、訴外会社の破産管財人は、これを全額異議なく認めたことは前記のとおりである。しかし、被告がその債権額を争うので、以下において、さらに検討しておく。
2 原告と訴外会社との間で「帝国こころの妻」の制作に関する契約が代金一億〇一九七万円で成立し、訴外会社が原告に内金八六五二万円を支払っていること、原告と訴外会社との間で「元禄港歌」の制作に関する契約が代金一億五七五〇万円で成立し、訴外会社が原告に少なくとも内金一億四一八八万八一五七円を支払っていることについては、当事者間に争いがない。
被告は、訴外会社がそれ以外にも、平成一一年一月三一日、原告に対し、「元禄港歌」の制作費として金二三六九万円を支払ったと主張し、振替伝票(乙七号証)を提出する。
しかしながら、右振替伝票は訴外会社の内部において作成された資料に過ぎず、客観性に乏しいため、その証拠価値は低く(証人谷川直也の証言によれば、右振替伝票は、それまでに「帝国こころの妻」の代金として原告に支払っている分について、訴外会社の内部処理上、「元禄港歌」の代金として振替伝票を作成したに過ぎないことが窺われる。)、証拠(甲六ないし八、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社が本件訴訟前からそのような主張をしていたものの、原告において、その入金が確認できなかったため、原告から、訴外会社(実際には後記のとおり被告)に対して、再三、右金員の入金の事実を確認すべく振込依頼書の控え等資料を送付して欲しい旨伝えたにもかかわらず、訴外会社(ないしは被告)においては何ら具体的な対応をしなかったことが認められ、本件訴訟においても、被告は、右振替伝票のみを証拠として提出するだけで、他に客観性のある証拠を提出しようとはしない。
したがって、被告が主張する訴外会社の弁済の事実を認めることはできない。
3 被告は、平成一一年四月二三日、原告と訴外会社との間で、訴外会社が原告に金五〇〇〇万円を支払うことで、原告と訴外会社との間の一切の債権債務を清算した旨主張する。
被告がその証拠として提出する念書(乙五)には、「今般 当社代表取締役中根公夫の発言が、御社そして毎日放送様に多大な混乱とご迷惑をお掛け致しました事を陳謝致します。平成一一年四月二七日に株式会社平岡企画(訴外会社を指すものと思われる。ただし、この文書の差入れ先は、結果的には被告の役員に対してであった。)より一金五〇〇〇万円也を当社に御振込戴くことで今回の混乱を収束し、全力で『元禄港歌』大阪公演の完成を図り無事終了する様に努力致します。」との記載が存するものの、それ以上に、清算合意や債務免除等の法律効果をもたらすような記載はまったく存しない。そのうえ、右念書の署名者は、原告の代表権をまったく有しない高屋潤子によってなされているのであって(同人が原告の取締役になったのですら、その後の平成一一年五月二五日のことである-甲一七)、右念書は、制作代金の支払時期を巡るトラブルの収拾のために作成されたものに過ぎないと言わざるを得ず(甲二二の1、2、二四、原告代表者、弁論の全趣旨)、他に、被告主張事実を認めるに足りる証拠は存しない。
4 証拠(甲四、九の1、2、一〇の1ないし4、一一ないし一三、一四の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、原告が訴外会社に対して、金四三四万八七六一円の立替金債権を有していることが認められ、これを左右するに足りる証拠は存しない。
5 証拠(甲一、四、一五、証人谷川直也、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、大道具費は、本来的には興行側が負担するものであるが、それを制作費の中に含めて処理するか否かは、各公演によって、契約当事者間で決定すること、原告と訴外会社との間においては、従前、制作費の中に含めて処理することが多かったが、「元禄港歌」の公演に際しては、訴外会社側からの希望により、大道具費を制作費とは分離したこと、しかし、大道具費を製作する東宝舞台株式会社が訴外会社の支払では製作できないと主張したため、原告が訴外会社に代わって、東宝舞台株式会社に訴外会社の負担すべき大道具費金一三六五万円を支払ったことが認められ、これを左右するに足りる証拠は存しない。
したがって、原告は、訴外会社に対し、制作費とは別に訴外会社の委任に基づいて処理した大道具費の支払を求めうるものというべきである。
6 以上のとおり、原告が訴外会社に対し、合計金四九〇六万〇六〇四円の債権を有していることは、証拠上も明らかである。
二 争点2について
1 証拠(甲二一、乙一〇、一一、一七、証人中隆一)及び弁論の全趣旨によれば、被告(本店所在地は大阪市北区)が、訴外会社(本店所在地は大阪市中央区)とまったく同一の商号で平成一一年四月一九日に設立され、同年六月二五日に訴外会社から営業及び商号の譲渡を受け、同年七月九日に訴外会社の債務については責に任じない旨の登記(以下「本件登記」という。)を経由したことが認められる。
2 商法は、二六条一項において、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合においては、譲渡人の営業によって生じた債務については譲受人も弁済の責に任ずる旨定めているが、同条二項においては、営業の譲渡後遅滞なく、譲受人が譲渡人の債務について責に任じない旨を登記したときは、一項の規定を適用しない旨定めている。
本件においては、被告は、訴外会社から営業の譲渡を受け、その商号を続用しているが、営業の譲渡後遅滞なく、譲受人が譲渡人の債務について責に任じない旨の登記をしているのであるから、本来的には、商法二六条二項により、譲渡人の債務について弁済の責に任じないものというべきであるが、原告が、本件のような事情の下では、被告が本件登記による免責を主張することは権利の濫用であり、信義則に反する旨主張するので、以下、この点について検討する。
3 証拠〔甲三ないし八、一六、二一ないし二五、乙一ないし五、一〇ないし一七、証人谷川直也、同中隆一及び原告代表者〕並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 訴外会社のオーナーである平岡良陽は、訴外会社の代表取締役であった谷川直也が積極的に進めた「帝国こころの妻」の公演の興業収益が芳しくなく、大幅な赤字となったこともあって、このまま谷川直也に経営を任せられないと考え、新たに会社を設立し、「株式会社平岡企画」の営業権を商号とともに譲渡して再出発を図ることとし、その手始めに、平成一一年三月二五日の訴外会社の取締役会及び株主総会で谷川直也を代表取締役から解任し、新たに中隆一を代表取締役に、岡田美知雄を専務取締役に選任する手続を取った(しかし、谷川直也の退任登記は、平成一一年五月一八日までなされず、また、中隆一らの就任登記は最後までなされないまま、右同日、訴外会社の代表取締役には、平成一一年三月二五日付で、平岡良陽の弟である平岡敬彬が就任した旨の登記がなされている。被告は、平岡敬彬が谷川直也の後任者であるかのような主張をするが、被告が設立されたのが平成一一年四月一九日であるにもかかわらず、後記のとおり、中隆一、岡田美知雄は、同年三月二五日以降、「株式会社平岡企画」の役員として行動しているのであるから、少なくとも被告が設立されるまでの間は訴外会社の役員として行動していたものと認めざるを得ない。)。
(二) 原告との「元禄港歌」に関する契約は、従前から谷川直也が訴外会社の代表取締役として原告と交渉を重ね、合意に至っていたが、最終的には、平成一一年四月二日、谷川直也、中隆一、原告代表者等が集まって契約内容を確認したうえ、日付を同年三月二五日に遡らせて、谷川直也の代表名義で原告との契約書(甲四)を完成させた。
「元禄港歌」の大阪公演は、平成一一年四月二日が初日であったが、同日、中隆一が、訴外会社の代表取締役として、楽屋や招待客らに対して挨拶をするとともに、同月一六日の中日にも、中隆一が訴外会社の代表取締役として楽屋の挨拶回りなどをした。
(三) 平岡良陽は、大阪市中央区を本店所在地とする訴外会社に対して、平成一一年四月一九日、大阪市北区を本店所在地とする被告(株式会社平岡企画)を設立して、自ら取締役に就任するとともに、中隆一を代表取締役に、岡田美智雄を専務取締役に就任させて、その旨の登記を済ませた。
平岡良陽の意図としては、毎日新聞社が昭和五二年に行った事例に倣って、被告が訴外会社から営業権や商号を譲り受けて活動し、他方、訴外会社は一、二年を目処に債務整理をし、最終的には被告に合併して解散させるつもりであった。
(四) 原告をはじめとする訴外会社の取引先には、平成一一年五月、「『株式会社平岡企画』代表取締役社長仲祥之(ただし、右は通称で本名は中隆一である。)」の作成名義で「四月一九日開催の弊社定時株主総会及び総会終了後の取締役会におきまして役員を左記の通り選任し就任致しました」と記載するとともに「記」として「取締役会会長平岡良陽、代表取締役社長仲祥之(中隆一)、専務取締役岡田美智雄、監査役宮井一行」という内容に加えて、さらに、右と同様の作成名義で「本社移転のご案内」と題して「このたび弊社は五月二四日より事務所を左記へ移転の運びとなりました。微力ながら事務所・人員も一新し より一層社業の発展を期す所存でございます。」などと記載された挨拶状が送付されてきた。
これらのこともあって、訴外会社の取引先は、訴外会社と被告とが別の法人であることはまったく知らなかったし、被告の関係者も、平成一一年七月中ころに至るまで、取引先にこれを明確にはしなかった。
(五) 原告は、平成一一年四月以降も、訴外会社の窓口として、岡田美智雄や中隆一らと交渉をしており、その結果、平成一一年四月二七日に訴外会社(と原告は認識していた。)から金五〇〇〇万円の支払を受け、その後も、岡田美智雄や中隆一を相手に訴外会社の残債務の支払交渉を行っていた。
また、訴外会社の有力取引先(「元禄港歌」等の共同興行者)である株式会社毎日放送(以下「毎日放送」という。)においても、被告を訴外会社とは別法人とは理解しておらず、中隆一らを訴外会社の新役員と認識して、同人らと接触を行っており、平成一一年五月二六日には、訴外会社の債務として金三一五〇万円の支払を受けた。
(六) 被告は、平成一一年六月二五日付で、訴外会社との間で、「平成一一年四月一九日以降、訴外会社の営業業務の承継を委託する」旨及び「同年六月二六日以降、営業を譲渡する」旨の合意書を作成し、その後、同年七月九日にいたり、本件登記を経由した。
したがって、被告は、「元禄港歌」の興行収益等を訴外会社に代わって取得管理していた。
(七) 中隆一と岡田美智雄は、平成一一年七月二二日、毎日放送を訪れ、同年四月一九日に被告を設立したこと、同人らは被告の役員であり、訴外会社はその後平岡敬彬が代表取締役となっていることを明らかにした上、<1>訴外会社は資金不足を来しており、毎日放送に対する債務のうち、金三五〇〇万円は約定どおり七月末までに支払えるが残金約八五〇〇万円は支払えない、<2>被告は、訴外会社の営業譲渡を受けたが債務は承継しない旨の登記済みであるから法的には返済義務はない、<3>しかし、円滑に業務を継承するために、被告としては全額を支払いたい、<4>そのため、向こう三年間、被告と毎日放送との共催で蜷川作品を上演していく中で清算したいと申し入れた。
これに対し、毎日放送は、「株式会社平岡企画」という会社が新旧二社あるという話しに驚き、そのような重大なことを、それまでに共同興行者である毎日放送に何らの報告もなかったことに対して遺憾の意を表するとともに、今後の公演の話をする前にまず分割でも良いから返済計画を明らかにすることが先決ではないかと回答した。
(八) その後、被告と毎日放送との間で、交渉が重ねられたが、被告が七月末に支払うと申し出ていた金三五〇〇万円について期日に支払を行わなかったうえに、その後は全面的に支払を拒否するに至ったため、毎日放送は、平成一一年中に、大阪地方裁判所に対し、訴外会社に対する破産申立てを行った。
また、原告も、訴外会社及び被告が、原告に対する残債務の支払を拒絶し、また、訴外会社と被告とが別の法人であることが明らかとなったため、平成一一年八月二〇日、両者を被告として、本件訴訟を提起した。
4 商法二六条は、営業が譲渡され、商号が続用されている場合には、営業の譲渡人の債権者は営業主体の交替を知り得ず、譲受人を自己の債務者と考えるか、営業譲渡の事実を知っていたとしても、譲受人による債務の引受けがあったものと考えるのが常態であって、いずれにしても譲受人に対して請求をなし得るものと信じることが多いのみならず、営業上の債務については営業財産がその担保となっているものと認められることから、そのような債権者を保護するために、法律によって譲受人の弁済義務を認めたものであるが、営業譲渡の後遅滞なく登記をすることによって、債務を承継しないことを対外的に明確にした場合には、その適用を排除する旨定めたものである。
本件においては、右において認定したとおり、被告は、<1>当初、取引先に対して、訴外会社とは別法人として被告を設立したことを明らかにしないまま、訴外会社の単なる役員変更や本店の移転等と表明しており、取引先は、訴外会社とは別に被告が存在すること自体を知らなかったし、右の状況の下では知り得なかったこと、<2>平岡良陽の当初の計画では、本件登記は行ったものの、被告において、訴外会社の債務を返済していく予定であり、すべての清算が完了した場合には、訴外会社を合併する心づもりであったこと、<3>現実にも、訴外会社が原告と契約した「元禄港歌」の興業収益等を被告が取得しており、それによって訴外会社の債務の一部を返済してきたこと、<4>被告は、訴外会社の債権者らが債務の早期の支払を求め、被告からの債務の繰り延べの申入れを受け入れない意思を明らかにした以降、訴外会社の債務の支払を行わない旨表明したことが認められるのである。
すなわち、被告は、対外的には訴外会社自体であるかのように振る舞い、かつ、実質的にも訴外会社の業務を受託して債務を一部履行し、かつ、残部も履行するかのように行動してきたのであって、訴外会社の債権者らは、被告を訴外会社と同一主体であると信じ、仮に別主体であるとしても被告が訴外会社の債務を引き受けたものと信じていたのであるから、かかる事情の下では、被告が、本件登記の存在を理由に、原告に対し、訴外会社の債務の支払を拒絶するのは、信義則に反するものといわざるを得ない(被告は、谷川直也に関する様々な事情を主張するが、それらはいずれも、被告ないしは訴外会社の内部事情に過ぎないものというべきである。)。
三 結論
以上の次第であるから、争点三、四について検討するまでもなく、原告の本件請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡寛)