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東京地方裁判所 平成11年(ワ)18888号 判決 2001年3月23日

原告 株式会社住友銀行

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 谷健太郎

同 海老原元彦

同 広田寿徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

被告 産業基盤整備基金

同代表者会長 B

同訴訟代理人弁護士 髙山満

同 浅野謙一

同 上野隆司

被告補助参加人 株式会社増進会出版社

同代表者代表取締役 C

同訴訟代理人弁護士 伊東哲夫

主文

1  被告は、原告に対し、金1億9,981万9,582円を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は、主文第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第1請求

1  主文第1項と同旨

2  被告は、原告に対し、金1億9,981万9,582円に対する平成10年8月14日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が被告に対し、保証契約に基づき保証債務の履行請求を求めたところ、被告は、約定による免責ないしは原告に故意又は重大な過失による違反行為があり、保証契約は取り消したとしてその支払を拒否している事案である。

1  争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲記する)

(1)  原告は銀行業を目的とする株式会社である。被告は、民間事業者の能力の活用による特定施設の整備の促進に関する臨時措置法に準拠して設立され、同法40条1項に基づく業務のほか、特定新規事業実施円滑化臨時措置法(以下「新規事業法」という)6条に基づき、特定新規事業の実施に必要な資金の借入れに係る債務の保証等を行うことを業務とする法人である。

(2)ア  原告は、平成6年2月16日、訴外株式会社テイ・エス・アイ・技術情報サービス(以下「TSI」という)との間で、TSIの原告に対する借入債務について、以下の約定を含む銀行取引約定を締結した。

(ア) 遅延損害金 年14%(年365日の日割計算)

(イ) 期限の利益の喪失特約TSIの預金その他の原告に対する債権について仮差押、保全差押又は差押の命令、通知が発送されたときは、当然に期限の利益を喪失する。

イ  原告は、平成6年3月3日、TSIに対し、3億9,000万円を、以下の約定で貸し渡した(以下「本件貸付金」という)。

(ア) 資金使途 運転資金(甲2)

(イ) 最終弁済期限 平成13年2月10日

(ウ) 元金弁済方法

据置期間 24か月間

弁済日 第1回は平成8年3月10日以後毎月10日

弁済額 平成10年2月10日までは毎回500万円、その後は毎回750万円

(エ) 利息支払方法

利率 当初年4%(未収利息相当期間は年2.625%に変更)

支払日 借入日及びそれ以降毎月10日先払

ウ  原告は、平成6年3月2日、TSIから、1億2,000万円の定期預金の預け入れを受けているが、これを担保に、本件貸付を実行した。この1億2,000万円の資金は、TSIが株式会社あさひ銀行(以下「あさひ銀行」という)から被告の保証のもと借り入れた9億1,000万円のうち1億3,694万9,109円が訴外住友電気工業株式会社(以下「住友電工」という)の原告東京営業部の預金口座に送金され、そのうち、1億1,319万7,000円が原告市ヶ谷支店のTSIの預金口座に振り込まれ、これが原資となっている(丙4ないし10)。

(3)  被告は、平成6年2月21日、原告との間で、新規事業法6条に基づき、TSIの原告に対する前記(2)の3億9,000万円の借り入れについて、以下の約定で保証するとの合意をした(以下「本件保証契約」という)。

ア 本件貸付金の資金の使途は、新規事業法及び産業基盤整備基金業務方法書に定められたものに限る(本件保証契約書1条)。

イ 被保証者及びその保証人が、保証付貸付金の最終弁済期日または期限の利益の喪失の日の翌日から起算して60日を経過したのち、なおその債務の全部または一部を履行しない場合には、被告は、原告の請求によりその保証債務を履行する(同8条1項)。

ウ 被告の履行すべき保証債務の範囲は、保証付貸付金の元本残高の70%に相当する額とする(同8条3項)。

エ 被告は、原告が最終弁済期日又は期限の利益を喪失した日の翌日から保証債務が履行されるまでの間に回収を行った場合、原告に対し、最終弁済日又は期限の利益を喪失した日における保証付貸付金元本残高の70%に相当する額と保証債務を履行する日における保証付貸付金元本残高とを比較し、いずれか少ない方の金額を履行すべき額として支払うものとする(同8条6項)。

オ 原告の保証債務の履行請求が、保証付貸付金の最終弁済期日又は期限の利益を喪失した日の翌日から起算して1年を経過した日以降において行われたとき、被告は保証債務の履行の責を免れるものとする(同9条3項)。

カ 被告は、原告が故意又は重大な過失により本件保証契約の約定書及び債務保証書並びに被告の業務方法書に違反した場合には、債務保証を取消すことができる(同10条)。

(4)ア  TSIは、業績不振により、平成9年1月以降、本件貸付金の支払を延滞するようになった(弁論の全趣旨)。

イ  TSIは、TSIが原告に対して有する預金債権につき、差押債権者を訴外株式会社メイテック(以下「メイテック」という)、債務者をTSI、第三債務者を原告とする債権差押(当庁平成9年(ル)第5364号債権差押命令申立事件)を受け、当該差押命令は、遅くとも平成9年7月29日、原告宛に発送された。

ウ  TSIは、平成9年8月29日ころ、原告に対し、本件貸付金について1,000万の弁済をした。また、TSIは、メイテックに対しても弁済し、メイテックは、同年9月29日、前記イの差押命令申立事件を取り下げたため、前記イの差押命令は解除された(甲13、乙イ16の1)。

エ  TSIは、平成10年1月5日、手形の不渡を出し、原告市ヶ谷支店のD融資課長(以下「D課長」という)及びE課員(以下「E課員」という)は、同年2月13日、被告を訪問し、本件保証債務の履行について話し合った(甲18、20、21の3、証人E、同F)。

オ  TSIは、TSIが原告に対して有する預金債権につき、差押債権者を訴外株式会社エスオーケイ(以下「エスオーケイ」という)、債務者をTSI、第三債務者を原告とする債権差押及び転付命令(当庁平成10年(ル)第2805号、同(ヲ)第4313号債権差押及び転付命令申立事件)を受け、当該命令は、遅くとも平成10年4月9日、原告宛に発送された。

カ  原告は、平成10年8月13日、被告に対し、本件保証契約に基づく、保証債務の履行を求めた。

(5)ア  平成10年4月9日時点における、TSIの本件貸付金債務残元本は2億9,500万円であり、その70%は2億0,650万円であった(甲12)。

イ  原告は、平成10年8月13日、TSIに対し、前記(2)ウで担保にとっていた預金債権の残額9,510万円と本件貸付金とを相殺するとの意思表示をし、その結果、同時点の本件貸付金残元本は1億9,990円となった。原告は、平成10年9月29日、相殺により更に8万0,418円を回収し、結局、現在の本件貸付金の残元本額は、1億9,981万9,582円となった(甲8、16)。

ウ  本件保証契約書8条6項によれば、前記アとイの比較から、保証債務の範囲が少ないのは、現在の本件貸付金の残元本額に相当する額の方である。

2  争点

(1)  本件保証契約に基づき遅延損害金まで請求できるか。

(原告の主張)

保証債務は主たる債務とは別個の債務であるので保証債務の履行遅滞を観念し得るうえ、保証債務は金銭債務であるから、履行遅滞による損害賠償については民法419条の適用がある。

(被告及び被告補助参加人の主張)

本件保証契約の保証の範囲は、本件貸付金の70%に相当する額と約定されており、遅延損害金を除外している。

(2)  本件保証契約書9条3項の免責は認められるか。

(被告及び被告補助参加人の主張)

ア 前記争いのない事実等(4)によれば、TSIの原告に対する預金債権の差押命令が発送されたのは平成9年7月29日であり、同日をもって、本件貸付金については、期限の利益を喪失した。

イ 前記争いのない事実等(4)によれば、原告は被告に対し本件保証契約に基づき保証債務の履行を求めたのは、本件貸付金について期限の利益を喪失した日から1年を経過後の平成10年8月13日になってからである。

ウ よって、被告は、本件保証契約書9条3項により、本件貸付金の保証債務について免責を受けた。

(原告の主張)

ア 平成9年7月29日発送の債権差押は期限の利益喪失事由には該当しない。

銀行取引約定書5条1項3号に基づく期限の利益の当然喪失は、銀行の貸金債権と預金債務に関する相殺権確保の観点から差押債権者等の容喙を排除することを目的として置かれた規定である。このような観点に照らすと、取引先に本号に該当する差押の事実が生じても、取引先の信用悪化に結びつかず債権保全の必要性も格別生じないような場合には、本号による当然の期限の利益の喪失の効果は生じないと解すべきである。

これを本件についてみるに、TSIの代表取締役であったG(以下「G社長」という)は、借入債務は正常化し、当該差押は取り下げてもらう旨を原告及び被告に伝え、事実、取り下げが実現し、本件貸付金の債務の返済を行っているのであるから、当該差押をもって、期限の利益の当然喪失事由には該当しないというべきである。

イ 平成9年7月29日発送の債権差押は、同年9月29日に取り下げられており、このような場合には、期限の利益喪失効果は生じない。

ウ 原告は、平成9年8月25日、TSIに対し、本件貸付について、期限の利益を再度付与するとの意思表示をした。

エ 原告は、平成10年2月13日に口頭により、同月24日には書面で、本件保証契約に基づく保証履行請求を行っている。

オ 被告は、原告に対し、平成9年7月29日発送の債権差押によって期限の利益を喪失していないことをたびたび認めており、原告はこれを信じて行動しているのであるから、被告ないし被告補助参加人において保証免責の主張をすることは禁反言に照らし許されない。

(3)  本件保証契約書10条の保証の取消は認められるか。

(被告及び被告補助参加人の主張)

ア 前記争いのない事実等(2)ウによれば、原告は、本件貸付に先立ち、本件貸付金を担保するため、TSIに対し、同社が新規事業法に基づき被告保証のもとあさひ銀行から借り入れた金員を、定期預金として預け入れさせた。

イ 原告の前記担保取得行為及びこれを前提とした本件貸付行為は、一体として、新規事業法に基づくあさひ銀行のTSIへの貸付をも含めた、本件貸付を実質的に減殺、毀損すること、換言すれば、新規事業法1条に規定する被告の制度保証の趣旨、目的である「事業資金の調達の円滑」化を著しく妨げ、かつ、本件保証契約書1条に規定する「被告が保証する原告の貸付金の資金の使途は、新規事業法及び産業基盤整備基金業務方法書に定められたものに限る」との条項に違反するものであることを知りながら、故意に行ったものである。

ウ 仮に故意がないとしても、以下に述べるとおり重大な過失があった。すなわち、原告は、平成6年3月当時、TSIが、原告に1億2,000万円もの金員を定期預金する余裕などないことを当然把握していたか、少なくとも把握しておかねばならない立場にあった。とすれば、原告は、被告に対しては、TSIの事業計画に重大な悪影響を与え、或いは、TSIの事業円滑を著しく害するような態様によって、担保を取得してはならない義務を負っていた。それにもかかわらず、原告は、漫然と売掛金全額(TSIの訴外住友電工に対する債権)を預金担保として取得した行為は、TSIの事業資金調達の円滑化を著しく害するものであり、かかる担保権取得行為には重大な過失があったというべきである。

エ 被告は、平成12年5月10日、原告に対し、本件保証を取り消すとの意思表示をした。

オ 仮に、原告の1億2,000万円の担保取得行為が有効だとしても、原告としては、1億2,000万円の範囲で新規事業法に基づく申請を減額し、原告から同預金を担保に通常の融資を受ければよかったのである。それにもかかわらず、3億9,000万円を本件制度融資金として利用させて欲しい旨の申請を変更することもせず、漫然と被告に3億9,000万円の元本を保証させ、それを基準に保証責任を追求することは、信義に反し許されない。また、原告の前記行為は、優越的地位にあることを利用した権利濫用行為である。

(原告の主張)

ア 被告及び補助参加人の主張は争う。

イ 被告及び補助参加人は、本件保証契約書1条違反、新規事業法1条違反を根拠に、本件保証契約の取消を主張する。しかし、本件保証契約書1条は本件貸付金の資金使途違反を問題にしているところ、被告が問題にしているのはあさひ銀行のTSIに対する資金の使途であり、主張自体失当というべきである。また、新規事業法1条違反といった法の目的違反を私人の原告に問うこと自体理解しがたく、新規事業法1条違反が本件保証契約書10条に違反するとの点も論理に飛躍がある。

ウ 原告は、本件貸付に当たり、TSIのG社長に対し、預金担保を要求したところ、G社長から、住友電工からの売上回収金を充てるといわれ、原告としては、実際に住友電工からの振込入金を確認し、これをもとに定期預金の預け入れをしたものであり、原告には何ら責任はない。被告は、実際に住友電工からの振り込みか否かを原告において調査する義務があると主張するが、原告にはそのような義務はない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件保証債務の範囲)について

(1)  保証債務につき、保証の限度を定めた場合は、保証契約において元本のほかにこれに付随して発生する損害金についても保証するとの特約がない限り、保証債務は、右限度額に制限されると解するのが相当であって、保証人はこれを超える債務を負担するいわれはない。なぜなら、当事者が保証債務について限度額を定める趣旨は、その限度額までは保証債務を負担するが、それを超える分については負担しないと考えるのが当事者の合理的意思に合致するからである(最判昭62・7・9金融法務事情1171号32頁他、いわゆる「債権限度額説」の是認)。

(2)  これを本件についてみるに、前記争いのない事実等(3)によれば、本件保証契約書には、「被告の履行すべき保証債務の範囲は、保証付貸付金の元本残高の70%に相当する額とする」(本件保証契約書8条3項)、「被告は、原告が最終弁済期日又は期限の利益を喪失した日の翌日から保証債務が履行されるまでの間に回収を行った場合、原告に対し、最終弁済日又は期限の利益を喪失した日における保証付貸付金元本残高の70%に相当する額と保証債務を履行する日における保証付貸付金元本残高とを比較し、いずれか少ない方の金額を履行すべき額として支払うものとする」(同8条6項)とのみ記載され、損害金についても保証するとの特約の記載はされていない(甲4)。そうだとすると、原告の請求のうち、遅延損害金の支払いを求める部分は理由がなく、仮に、被告が原告に対し負うとした場合の債務額は、本件貸付残元本額である1億9,981万9,582円ということになる。

2  争点(2)(本件保証契約書9条3項の免責の当否)について

(1)  前記争いのない事実等(2)、(3)によれば、本件保証契約によれば、被告は、主たる債務者であるTSIが本件貸付金について、期限の利益を喪失した日の翌日から1年を経過した日以降に、原告から保証債務の履行請求を受けた場合には、被告は免責されることになっていること、TSIの原告に対する預金債権等に仮差押、差押等の命令が発送されたときには、本件貸付金については当然に期限の利益を喪失約定となっていることが認められる。

(2)  これを本件についてみるに、前記争いのない事実等(4)によれば、TSIは、TSIの原告に対する預金債権について差押を受け、当該差押命令は遅くとも平成9年7月29日ころ発送されたこと、原告が被告に対し本件保証契約に基づき保証債務の履行請求をしたのは前記差押命令が発送されてから1年経過後の平成10年8月13日になってからであることが認められる。そうだとすると、特段の事情がない限り、被告は、本件保証契約書9条3項により本件貸付金の保証について免責されると解するのが相当である。

(3)  この点に関し、原告は、被告ないし被告補助参加人において免責の抗弁を主張することは禁反言に当たるとの特段の事情を主張するので、その当否について検討する。

前記争いのない事実等及び(<証拠省略>)並びに弁論の全趣旨によれば、TSIが預金の差押を受けてから原告が被告に対し保証債務の履行を請求するまでの経過は次のとおりである。

ア TSIは、TSIが原告に対して有する預金債権につき、差押債権者をメイテック、債務者をTSI、第三債務者を原告とする債権差押を受け、当該差押命令は、遅くとも平成9年7月29日、原告宛に発送され、同日、原告に送達された。

イ 原告のE課員は、平成9年7月30日、TSIのG社長から、前記差押を取り下げてもらう方向で被告の理解を得た旨の説明を受け、さらに翌31日、被告のF副調査役から、前記差押は実行される可能性は少ないと思うので正常化するまで待ちたいので、本件貸付についての期限の利益を喪失しない取扱いにしてもらいたいとの申し入れを受け、原告はこれを了承した。また、被告のF副調査役は、あさひ銀行に対しても、期限の利益を喪失させることなく、引き続きTSIを支援して欲しいとの申し入れをしている。(<証拠省略>)

ウ 原告では、TSIの弁済状況等を見ていたところ、TSIは、平成9年8月29日には、原告に対し、延滞分を含め1,000万円を弁済し、同年9月29日にも延滞分を含め500万円を弁済し、融資は正常化している。また、TSIは、メイテックに対しても弁済し、同社は、平成9年9月29日、前記差押命令申立事件を取り下げ、TSIの原告に対する預金債権に対する差押命令は解除された。(甲13、乙イ16の1及び2)

エ 原告は、前記ウの融資の正常化、差押命令申立事件の取下を受け、TSIから輸出手形の買取りを行い、追加与信を継続しているが、このことは被告のF副調査役もH保証課長らも了解していた。すなわち、輸出手形の買取りに関しては、TSIが買取り代金を被告保証付借入の延滞分の返済に充当しないで、仕入代金の支払に充当することが、銀行の貸出金の管理義務を定めた約定書の条項に抵触して保証免責事由に該当するか否かが問題となるので、原告は、被告に問い合わせた。これに対し、被告のH保証課長は、平成9年10月21日、原告のD課長に対し、電話で、本件の具体的事情に照らして保証免責事由に該当しない旨回答した(甲18、20、21の2、証人E、同F)。

オ TSIの原告に対する本件貸付金の弁済は、平成9年10月以降滞るようになり、原告は、平成9年12月12日付延滞報告書で、被告に対し、「正常化が期待できない場合には保証履行をお願いする所存」であると申し入れている。さらに、原告のE課員は、平成9年12月29日、被告のF副調査役に対し、保証履行請求を考えて欲しいと述べたところ、F副調査役は、TSIが期限の利益を喪失していないことを前提に、今の段階で請求喪失によって保証履行請求をされてもこれに対応することはできないと回答した。(甲10、18、20、証人E、同F)

カ TSIは、平成10年1月5日に、手形の不渡を出した。これを受けて、原告のD課長とE課員は、同年2月13日、被告を訪問し、I課長、J審査役、F副調査役、保証課のK副調査役と面談した。原告のD課長及びE課員は、その際、被告に対し、保証履行請求に応じてもらいたいと申し出た。これに対し、被告のJ審査役は、原告のD課長及びE課員に対し、原告の保証履行請求を行う趣旨は、請求喪失(請求による期限の利益喪失)を行い保証履行請求をする趣旨かを確認をした上で、被告は保証履行実績が少なく、全てが銀行取引停止分などの当然喪失後の請求となっており、請求喪失はこれまで前例がない旨述べた。また、被告のI課長も、基金保証制度の趣旨から存続している会社の期限の利益を喪失させるというのはなじまない旨述べ、もう暫く様子を見てもらうほかないとして、原告の保証履行請求を拒絶した。(甲18、20、21の3、証人E、同F)

原告は、前記面談で保証履行請求を拒絶された後も、平成10年2月24日付延滞報告書で、被告に対し、「今後の正常化も期待できず、保証履行請求をお願いしたい」と申し入れている(甲11)。

キ TSIは、再び、TSIが原告に対して有する預金債権につき、差押債権者をエスオーケイ、債務者をTSI、第三債務者を原告とする債権差押及び転付命令を受け、当該命令は、遅くとも平成10年4月9日、原告宛に発送され、これにより、TSIは、本件貸付金について、期限の当然喪失事由が発生した。そこで、原告は、平成10年4月10日付延滞報告書で、「期限の利益を喪失したことから、保証履行請求を致したく考える」と申し入れている。被告は原告の前記申し入れに対し今回は別段異議を述べず、被告のK副調査役は、平成10年6月11日、原告のD課長、E課員に対し、4月8日の差押から60日を経過したので原告へ保証履行の書類を送付するとの発言があり、まもなく、保証履行請求書を送付してきた。(甲12、15、証人E、同F)

ク 原告は、送付されてきた保証履行請求書に必要事項を記載し、平成10年8月13日、被告に対し、保証債務の履行請求をした。原告と被告とは、保証履行請求について何度も話し合いをしたが合意に至らず、原告は、平成11年8月25日、本件訴訟を提起したが、被告は、本件訴訟提起までの間に、本件保証契約書9条3項の期間経過を理由とする保証の免責の主張はしていない(弁論の全趣旨)。

(4)  以上の認定事実を前提に本件を検討してみるに、平成10年2月の段階で、原告が被告に対し保証債務の履行を請求したとまではいえない。しかし、被告の根拠としている平成9年7月の債権差押はその後取り下げられ、原告、被告双方、前記差押による期限の利益の当然喪失はないものであるとの了解のもとに行動をとっている本件にあっては、前記債権差押を根拠に本件保証契約9条3項の保証の免責の主張をすることは、禁反言ないしは信義則に反し許されないと解するのが相当であり、前記判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

よって、被告ないし被告補助参加人の本件保証契約書9条3項の保証の免責の抗弁は、その余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。

3  争点(3)(本件保証契約書10条の保証取消等の当否)は認められるか。

(1)  前記争いのない事実等(2)、(3)によれば、本件保証契約書10条は、「被告は、原告が故意又は重大な過失により本件保証契約の約定書及び債務保証書並びに被告の業務方法書に違反した場合には、債務保証を取消すことができる」と規定していること、原告はTSIから1億2,000万円の定期預金を受け、これを担保に本件貸付をしていること、前記1億2,000万円の原資の大部分はTSIがあさひ銀行から被告の保証のもと借り入れた9億1,000万円であることが認められる。

ところで、被告は、原告が本件貸付の担保として、TSIがあさひ銀行から被告の保証のもと借り入れた金員をとることは、本件保証契約書1条、新規事業法1条に違反し、本件保証契約書10条に基づき本件保証契約を取り消すことができると主張するので、その当否について検討する。

(2)  前記争いのない事実等及び証拠(甲17、19、証人L)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 原告は、平成5年夏ころ、TSIから、被告の保証付きで3億9,000万円の融資の申し込みを受け、同年12月ころ、融資の当否について審査をした。原告では、被告の保証は融資額の70%までであったので、残り30%については無担保で融資することはできず、TSIに対し、担保の提供を求めた。

イ TSIは、当初、中国技研の保証を提案したが、原告はこれを拒否した。TSIは、今度は、定期預金を担保として提供する旨提案してきた。原告は、いわゆる歩積み貸金にならないように、定期預金の原資先を確認したところ、TSIのG社長は、住友電工から1億2,000万円の売上金の回収があり、これを充てると答えた。

ウ 原告市ヶ谷支店では、住友電工に対し、1億2,000万円に相当する取引があるか否かを問い合わせることはしなかったし、TSIが被告の保証のもとにあさひ銀行から借り入れられた金員の一部であるかなども調査しなかった。その結果、原告市ヶ谷支店では、本件貸付金融資の段階では、TSIがあさひ銀行から借り入れた金員の一部が定期預金の原資となっていることを知らなかった。

(3)  以上の認定事実を前提に本件をみてみるに、原告が本件貸付金の一部を定期預金として担保にとっていたのであれば、本件保証契約書1条に違反し、取消事由に当たるといえる。しかし、本件では、あさひ銀行の貸付金の一部が本件貸付金の担保とされた事案であり、あさひ銀行の貸し付けにおいて保証取消を問題にするのならまだしも、本件貸付はあさひ銀行のTSIに対する貸付とは別個のものであり、しかも、原告の行員においてあさひ銀行の貸付金が定期預金の原資とされていることを知っていると認めるに足りる証拠のない本件にあっては、本件保証契約書1条、新規事業法1条を持ち出すことは出来ないと解するのが相当である。殊に、原告において、実際に住友電工に対し同社からの振り込みであるかについて調査すべき法的義務を負っているとの根拠を見出し難い本件について、原告に本件保証契約書1条違反、新規事業法1条違反を問題にすることは困難というべきである。また、原告において、本件貸付金のうち本件保証の付いていない30%についても担保を徴求しようとするのは、金融機関としてとるべき合理的な行動と評価することができ、前記(2)の認定事実に照らし、原告に被告及び被告補助参加人の主張するような信義則違反ないし権利濫用の事実は認められない。

よって、その余の点を判断するまでもなく、被告及び被告補助参加人の本件保証契約書10条の保証取消等の主張は理由がない。

第4結論

以上から明らかなとおり、原告の本訴請求は、遅延損害金の支払を求める部分は理由がないのでこれを棄却し、その余は理由があるので、これを認容することにする。

(裁判官 難波孝一)

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