東京地方裁判所 平成11年(ワ)19117号 判決 2000年12月26日
原告
【A】
右訴訟代理人弁護士
影山光太郎
同
鈴木伸太郎
同
市川裕史
同
笹倉興基
右補佐人弁理士
植田茂樹
被告
平和技研株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
桑原善郎
右補佐人弁理士
中前富士男
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、別紙原告物件目録記載の揺動クランプを製造、販売又は使用してはならない。
二 被告は、原告に対し、金三〇八七万円及びこれに対する平成一一年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、実用新案登録請求の範囲第1項記載の考案を「本件考案」という。また、本件実用新案権に係る明細書(甲二、乙二)を、「本件明細書」という。なお、本件明細書の欄の記載は、甲二のものにしたがう。)を有している。
登録番号 第二一四六一〇二号
考案の名称 揺動クランプ
出願日 昭和六三年九月二〇日
出願公告日 平成六年一二月二一日
登録日 平成八年一二月一〇日
実用新案登録請求の範囲第1項
「 所定板材に固定される開口部を有する側面略コ字形の固定体と、固定体に揺動自在に軸着された連結体と、連結体に取付けられて所定管材を把持する把持体とから成る揺動クランプにおいて、連結体を、把持体が取付けられる取付板と、固定体を両側から挟装する一対の両側板とで断面略下向コ字形に形成し、連結体を揺動せしめて固定体が固定された板材に対して垂直あるいは水平に位置した際に、固定体上面あるいは側面に衝接して連結体を係合支持する支持体を前記取付板下面に設けると共に、固定体開口部の略直角を構成する上縁部及び側縁部と略一致する当接側縁部を有する略T字形状の当接片を前記両側板に夫々に設け、固定体が固定された板材に対して把持体が垂直あるいは水平のいずれのに位置にあっても、支持体と当接片とが同時に固定体と板材とに夫々係止することを特徴とする揺動クランプ。」
2 本件考案の構成要件は、次のとおり分説される。
(一) 所定板材に固定される開口部を有する側面略コ字形の固定体と、固定体に揺動自在に軸着された連結体と、連結体に取り付けられて所定管材を把持する把持体とから成る揺動クランプにおいて、
(二) 連結体を、把持体が取り付けられる取付板と、固定体を両側から挟装する一対の両側板とで断面略下向コ字形に形成し、
(三) 連結体を揺動せしめて固定体が固定された板材に対して垂直あるいは水平に位置した際に、固定体上面あるいは側面に衝接して連結体を係合支持する支持体を前記取付板下面に設けると共に、
(四) 固定体開口部の略直角を構成する上縁部及び側縁部と略一致する当接側縁部を有する略T字形状の当接片を前記両側板に夫々に設け、
(五) 固定体が固定された板材に対して把持体が垂直或いは水平のいずれの位置にあっても、支持体と当接片とが同時に固定体と板材とに夫々係止する
(六) ことを特徴とする揺動クランプ。
3 本件明細書には、従来技術として、実開昭六一ー三九七四七号公報記載の考案が掲げられているが、この考案は、側面略コ字形状を成して所定の板体を開口部に咬持する咬持具の上部に軸着され、咬持具の開口部を設けない側面と上面とで成す外周面上の範囲内で揺動する連結具の一端部に所定の管材を把持せしめる把持具を連結し、一方、咬持具が咬持した所定板体の端面又は板面に自身の外側縁を当接係止して所定板体の板面に対する連結具の固定角度を直角又は水平に固定せしめる角度調節片を連結具の他端部に形成し、連結具の角度調節片が設けられていない側縁を回動軸方向に若干延長して固定片が垂設されている揺動クランプ(別紙実開昭六一ー三九七四七号公報の図面参照)である(甲二、乙二、六)。
4 被告は、揺動クランプを製造販売しているところ、この揺動クランプは、構成要件(一)、(二)及び(六)を充足する。
二 本件は、本件実用新案権を有している原告が、被告に対し、被告の製造販売している揺動クランプは本件考案の技術的範囲に属するから、右製造販売は右実用新案権の侵害であると主張して、右製造販売の差止め及び右侵害による損害の賠償を求める事案である。
第三争点及びこれに関する当事者の主張
一 争点
1 被告の製造販売している揺動クランプの特定
2 被告の製造販売している揺動クランプが構成要件(三)の「支持体」を充足するか
3 被告の製造販売している揺動クランプが構成要件(四)を充足するか
4 被告の製造販売している揺動クランプが構成要件(五)を充足するか
5 被告の製造販売している揺動クランプが、本件考案と均等か
6 損害の発生及び額
二 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(原告の主張)
被告の製造販売している揺動クランプは、別紙原告物件目録記載のとおり特定される。
(被告の主張)
被告の製造販売している揺動クランプは、別紙被告物件目録記載のとおり特定される。
2 争点2について
(原告の主張)
(一) 本件実用新案登録請求の範囲第1項において、「支持体」は、「取付板下面に設ける」ものとされているだけで、取付板の下面の中央部に設けるのか端部に設けるのかについては何ら限定されておらず、その個数についても限定がない。また、「取付板」とは、連結体において把持体が取り付けられる板状面を持った構成部分を意味するから、「取付板下面に設ける」とは、支持体を右構成部分と固定体との空隙に設けることを意味する。
被告が製造販売している揺動クランプの固定片対応部材14は、取付板の機能を持つ構成部分の下側の面に設けられているから、「支持体」に含まれる。
(二) 本件明細書中の「従来の揺動クランプにおいて、連結具を垂設して形成した固定片により支持する構造に比べて支持強度が格段に向上することとなった。」(7欄三一ないし三四行)との記載は、「把持体20が揺動する方向のいずれにあっても同じ支持強度で支持固定する」(7欄二五及び二六行)、「把持体20からの全荷重を分散して支持する」(7欄二六及び二七行)などの本件考案の効果の記載を受けて、当接片との協働関係によって係合支持する構造である「支持体」が、このような協働関係をもたず単独で係合支持を行う固定片で荷重を支持していた従来技術との比較において、支持強度が格段に向上したとの記載であり、「支持体」のみによる本件考案の効果を述べているものではない。このことは、右記載が、固定片により支持する「構造」と比べて支持強度が格段に向上するとしていること、右箇所に、支持体のみによる効果を述べる旨が記載されていないこと、本件考案は、荷重を分散させることで固定片にかかる負荷を減じるものであって、固定片自体の強度を上げることは問題としていないことからも明らかである。
本件明細書中の「揺動する連結体の固定体への支持強度が強く」(4欄八ないし九行)との記載も、「連結体」は、取付板と両側板の双方からなること、本件明細書の支持体と本件考案の効果についての記載(8欄二一ないし二六行)との対応関係及び荷重の分散支持により全体の支持強度の強化を図るという本件考案の目的に照らすと、支持体と当接片の協働によって荷重が分散し、支持体の固定体への負荷も減ぜられ、連結体全体(構造)としての支持強度が上がったことを、端的に示すものと解すべきである。
本件明細書における従来の揺動クランプに関する「固定片にかかる荷重により固定片が変形する等強度上に問題があった。」(3欄三九ないし四〇行)との記載も、角度調節片が支持を行わない場合の固定片の変形による強度上の問題点を述べたにとどまり、固定片自体の支持強度をさらに強化しなければならないことなどは、何ら問題とされていない。
本件明細書の記載は、本件実用新案登録請求の範囲第2項の考案と本件考案に共通して適用されるところ、右第2項における考案、すなわち、支持体を、固定体の上面及び側面に計二個設ける実施方法と、被告が製造販売している揺動クランプは、取付板、支持体、固定体の位置関係が類似し、これらの係合の機構が同一である。
本件明細書に、被告が製造販売している揺動クランプの固定片対応部材14のような実施方法が、実施例として挙げられていないのは、右部材が従来技術の固定片と同じであるから、そのような実施方法であれば当業者が容易に実施できるものであったからにすぎない。
以上によると、本件明細書において、当接片との協働関係をもたず単独で係合支持を行う「従来の固定片により支持する構造」は問題とされているが、固定片そのものの構造は問題とされておらず、本件明細書の記載によって、固定片対応部材14が「支持体」に含まれないと解することはできない。
(三) 原告が出願課程において提出した意見書は、単に本件考案の要旨を釈明したものにすぎず、手続補正書による明細書の補正によっても本件考案の要旨及び技術的範囲に何らの変更はない。また、右のとおり、本件明細書の記載から固定片対応部材14が「支持体」に含まれることが明らかである以上、原告が出願過程において提出した意見書や手続補正書の記載をもって、これと異なる解釈をすることはできない。
(被告の主張)
(一) 「支持体」は、把持体からの垂直加重を分散支持するものであるが、被告の製造販売している揺動クランプのストッパ板14a、14bは、把持体の軸心(中心)に対して偏心して配置されているので、把持体20が固定体1に対して垂直の方向にある場合、把持体20からの垂直加重は、軸部の中心位置より右側に偏心している場合以外は、右ストッパ板ではなく、軸部で支持されることになる。このことは、軸部にガタがあっても同様である。また、把持体20が固定体1に対して水平の方向にある場合の水平加重についても、水平加重が、軸部の下側からかかる場合を除いて、右ストッパ板で支持されることはない。さらに、右ストッパ板に垂直加重や水平加重がかかる場合も、軸部、ストッパ板、当接片の三者で受けることになる。
したがって、右ストッパ板に対する力のかかり方は、支持体と当接片の二者で加重を受ける本件考案とは異なっており、力学的に、右ストッパ板は、本件考案の支持体の役目を果たしていない。
(二) 右ストッパ板は、把持体20にかかる回転力の方向が時計回りか反時計回りかによって、荷重を支持しない場合がある。したがって、このようなストッパ板を用いた揺動クランプでは、本件考案の「把持体20が揺動する方向のいずれにあっても同じ支持強度で支持固定することができる」という効果も、「把持体20からの全荷重を分散して支持することが可能になった」という効果も奏しない。
(三) 本件明細書の「従来の揺動クランプにおいて、連結具を垂設して形成した固定片により支持する構造に比べて支持強度が格段に向上することとなった。」(7欄三一ないし三四行)との記載及び右「固定片」の問題点についての細かい記載や、本件実用新案権の出願過程において原告が提出した意見書及び手続補正書の記載によると、本件実用新案は、右ストッパ板により連結体を支持する揺動クランプを明らかに排除したものと解される。
(四) したがって、被告の製造販売している揺動クランプは、「支持体」を充足しない。
3 争点3について
(原告の主張)
(一) 構成要件(四)における「略一致」とは、当接片の当接側縁辺と固定体の開口部の上縁部又は側縁部の長さが一致するという意味ではなく、両部分が板材と接する面の位置関係が一致するという意味である。なぜならば、両部分を「略一致」させるのは、両部分を板材に「当接(して)支持」させるためであるからである。
したがって、両部分の面がほぼ面一(同一レベル)となることが、必要であり、両部分の長さについては、支持するに足りる程度であればよい。
(二) 被告の製造販売している揺動クランプは、右両部分の面が完全には面一ではなく、そのいずれかと板材Sとの間に若干の「隙間」があるが、右揺動クランプの軸部にガタ(クリアランス)があることから、実際に加重のかかる状態においては、右隙間は消滅する。また、右揺動クランプは、平均で二ないし三年、回数では二〇回程度使用可能であるが、その間に、荷重による金属の変形、軸孔部の幾らかの拡開、クランプ全体が取付状態になじむことによって、「一致性」は一層高められる。
また、仮に、隙間があったとしても、右揺動クランプは、①角度位置決めが容易、②支持強度が強く安定、③「支持体」にかかる過大な荷重が防げるという本件考案の作用効果を生じるから、「略一致」を充足する。
(被告の主張)
(一) 被告の製造販売している揺動クランプのうち、別紙被告物件目録のイ号物件は、板材Sに対して、連結体10が垂直に位置した場合、上縁部2aに対応する当接側縁辺15cの長さの比率は、一対〇・一四であり、側縁部2bに対する当接側縁辺15aの長さの比率は、一対〇・七五である。また、板材Sに対して、連結体10が平行に位置した場合、上縁部2aに対応する当接側縁辺15bの長さの比率は、一対〇・五六であり、側縁部2bに対する当接側縁辺15dの長さの比率は、一対〇・三一である。
一対〇・一四や一対〇・三一のような比率は、「略一致」とはいえないから、右揺動クランプの当接片16の当接側縁辺は、固定体1の開口部の上縁部及び側縁部と「略一致」しておらず、右揺動クランプは、構成要件(四)を充足しない。
また、右揺動クランプは、このように、「略一致」を充足しない結果、把持体20に回転力が加わった場合、長さの短い当接側縁辺が分担する荷重の割合は極めて小さいから、本件考案の「把持体20からの全荷重を分散して支持することが可能になった」という効果を奏せず、また、右のとおり長さの比率が異なるから、本件考案の「把持体20が揺動する方向のいずれにあっても同じ支持強度で支持固定することができる」という効果も奏しない。
(二) 被告の製造販売している揺動クランプは、固定体1の開口部2の上縁部2a又は側縁部2bと、当接片16の当接側縁辺との、板材Sに接する面の位置関係が一致しておらず(面一ではなく)、連結体10が板材Sに対して垂直及び水平のいずれの位置にある場合も、右上縁部2a若しくは側縁部2bと板材Sの間又は右当接側縁辺と板材Sの間に隙間が生じる。したがって、右揺動クランプにおいては、隙間が生じた方からの荷重の伝達がなくなり、結果として、本件考案の作用効果を奏しない。
なお、原告の主張のように、部材の変形、軸孔部の拡開などの塑性変形を起こした異常状態を想定して権利範囲を解釈するのは妥当でないが、被告の製造販売している揺動クランプは、その使用によって、軸孔部の拡開等があっても、なお、右のような隙間が存在する。
4 争点4について
(原告の主張)
被告の製造販売している揺動クランプは、その使用状態においては、荷重によって隙間が消滅し、固定片対応部材14と当接片16が同時に固定体1と板材Sにそれぞれ係止する。
(被告の主張)
(一) 被告の製造販売している揺動クランプは、前記2のとおり、構成要件(三)の「支持体」を充足しないから、構成要件(五)を充足しない。
(二) 右揺動クランプは、構成要件(四)を充足しない結果、連結体10が板材Sに対し垂直、水平のいずれの位置にあっても、ストッパ板14a、14bと当接片16とが同時に固定体1と板材Sに当接することがないから、構成要件(五)を充足しない。
5 争点5について
(原告の主張)
(一) 本件考案の本質的部分は、従来技術の角度調節片に代えて略T字形状の当接片を導入したことで、支持強度を高め、固定片の変形も防ぎ、角度位置決めを容易にした点である。
本件考案の「支持体」は、従来技術にもある部材であり、当接片に比し、本件考案の本質的部分とは言い難い。
(二) 本件考案の「支持体」を、被告の製造販売している揺動クランプの固定片対応部材14に置き換えた場合も、固定体、板材への荷重の伝わり方に差異が無く、本件考案の目的を達することができ、本件考案と同一の作用効果を有する。
(三) 右固定片対応部材と同一形状のものは、従来技術においても用いられているから、「支持体」を右固定片対応部材に置き換えることは、当業者が容易に想到できる。
(四) 被告の製造販売している揺動クランプは、荷重を分散し、角度位置決めを容易にする当接片16を有しているが、従来このような当接片を有する揺動クランプはないから、右揺動クランプは、本件考案の出願時における公知技術と同一でなく、当業者が右出願時に公知技術から容易に推考できたものともいえない。
(五) 被告の製造販売している揺動クランプが、本件考案の出願手続において実用新案登録請求の範囲第1項から意識的に除外されたものには当たらない。
(被告の主張)
(一) 本件考案の揺動クランプを機能的に観察すると、「支持体」は、「当接片」と同じく重要な働きをしている。すなわち、本件考案は、把持体からの荷重を「支持体」と「当接片」で分散支持して、その支持強度を向上させることを目的としているのであって、「支持体」なくしては、本件考案は成り立たない。
このように、「支持体」は、本件考案の重要な構成要件であり、本質的部分ではないとはいえない。
(二) 被告の製造販売している揺動クランプのストッパ板14a、14bと「支持体」は、その固定体、板材への荷重の伝わり方に大きな差異があるから、「支持体」を右ストッパ板に置き換えた場合に、本件考案と同一の作用効果を奏するとはいえない。
(三) 被告の製造販売している揺動クランプは、本件考案の出願時における公知技術から、当業者が極めて容易に推考できたものである。
(四) 原告は、本件考案の出願過程において、被告の製造販売している揺動クランプと類似の構成を有する技術を、意識的に除外している。
6 争点6について
(原告の主張)
(一) 被告は、遅くとも平成二年一〇月ころから、別紙原告物件目録記載の揺動クランプの製造、販売、使用を開始し、年間に少なくとも約一四万個、これまでに合計一〇五万個以上を製造販売したところ、右製品の販売単価は五五〇円以上であるから、現在までに五億七七五〇万円以上の売上げがあった。そして、その実施料率は五パーセントとするのが相当であるから、右売上額に右実施料率を乗じた二八八七万円(一万円以下切捨て)が原告の損害額となる。
(二) 原告が本件に関して要した弁護士費用及び弁理士費用は、二〇〇万円以上である。
(被告の主張)
原告の右主張は争う。
第四当裁判所の判断
一 争点1について
証拠(検甲一、検乙一)と弁論の全趣旨によると、被告の製造販売している揺動クランプは、別紙物件目録記載のとおりであると認められる(以下、右目録記載の揺動クランプを「被告製品」という。)。
二 争点2について
1 証拠(甲二、乙二)によると、本件明細書の考案の詳細な説明に、以下の記載があることが認められる。
(一) 揺動クランプにおいては、従来から、角度維持のための支持強度の強化が望まれていたが、従来の揺動クランプには、把持具の全荷重が一点に集中する固定片や角度調節片に変形が生じ易いという強度上の問題があった(3欄九及び一〇行、4欄三及び四行)。
(二) 本件考案の目的は、①「把持体が揺動する方向のいずれにあっても同じ支持強度で支持固定することができ、把持体からの全荷重を分散して支持することが可能」(4欄六ないし八行)で、②「揺動する連結体の固定体への支持強度が強」(4欄八及び九行)く、③「固定体が固定される板材に対する連結体の垂直あるいは水平となる角度位置決めが極めて容易で取扱いが簡単」(4欄九ないし一一行)な揺動クランプを提供することであり、本件考案の効果は、Ⅰ「把持体20が揺動する方向のいずれにあっても同じ支持強度で支持固定することができ、把持体20からの全荷重を分散して支持することが可能になった」(7欄二六及び二七行)、Ⅱ「把持体20が把持する管材Pによる荷重が、支持体14により強固に係合支持されることとなり、従来の揺動クランプにおいて、連結具を垂設して形成した固定片により支持する構造に比べて支持強度が格段に向上することとなった」(7欄三〇ないし三四行)、Ⅲ角度位置決めが簡単で取扱が極めて容易になったこと(7欄四四行ないし8欄八行)等である。
2 本件考案は、右1(二)②のとおり、連結体の固定体への支持強度、すなわち、連結体の固定体に対する支持強度の向上を目的としているが、右目的を達成するには、従来の固定片よりも支持強度の強い部材又は構成部分を取付板と固定体の間に取り付けなければならないというべきである。
また、右1(二)ⅠないしⅢの記載は、右1(二)①ないし③の記載に対応していると認められるから、右1(二)Ⅱは、右1(二)②の記載に対応して、取付板と固定体の間に用いる部材又は構成部分について記載したものと解するのが自然であり、右1(二)Ⅱの「連結具を垂設して形成した固定片により支持する構造に比べて支持強度が格段に向上することとなった。」との記載は、取付板と固定体の間に用いる部材又は構成部分は、従来の固定片よりも支持強度が向上していなければならないことを記載したものと認められる。
原告は、右1(二)Ⅱの記載は、取付板と固定体の間に用いる部材又は構成部分の支持強度による効果ではなく、把持体の荷重を支持体と連結片で分散支持したことによる効果を記載したものと主張するが、そうであれば、右1(二)Ⅰの記載と別個に右1(二)Ⅱの記載をする必要や、右1(二)Ⅱの記載を、「また」と、段落を分けて記載する必要はない。また、右1(二)Ⅱの記載は、「連結具を垂設して形成した固定片」というように、従来技術における、取付板と固定体の間に用いる部材又は構成部分について具体的に記載しているから、これを、右部材又は構成部分そのもの以外に関する記載と解するのは不自然である。したがって、右主張は採用することができない。
3 以上の事実及び本件実用新案請求の範囲第1項の記載によると、本件考案は、ア「略T字形状の当接片」を連結体に設けることで荷重を分散支持する、イ従来技術の固定片に替えて「支持体」を用いることで、連結体の固定体に対する支持強度を向上させるという二つの作用によって、支持強度が弱いという従来の揺動クランプの問題点を解決したものと認められるから、構成要件(三)の「支持体」には、従来技術の固定片は含まれないと解するのが相当である。
4 前記一認定のとおり、被告製品の構成部分14a及び14bは、取付板11の両端部を折り曲げて形成したものであるから、右構成部分が、従来技術の固定片に比べてそれ自体の支持強度が向上したとは認められない。
したがって、右構成部分は、「支持体」に当たらない。
また、他に、被告製品に「支持体」に該当する部材又は構成部分があると認めるに足りる証拠はない。
5 原告は、被告の製造販売している揺動クランプは、本件実用新案請求の範囲第2項の考案と構造的に共通しているところ、本件明細書の右各記載は、右考案にも共通する記載であるから、右記載を根拠に、右揺動クランプが本件考案の技術的範囲に属しないと解することはできない旨主張するが、右考案は、右揺動クランプと異なり、固定片を用いていないから、右考案と右揺動クランプが構造的に共通しているとはいえず、したがって、原告の右主張は、採用することができない。
6 以上によると、被告製品は、本件考案の構成要件(三)の「支持体」を充足しない。
三 争点5について
均等が成立するためには、本件実用新案登録請求の範囲第1項に記載された構成中の被告製品と異なる部分が考案の本質的部分ではないことを要するが、右にいう考案の本質的部分とは、本件実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成のうちで、本件考案特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として本件考案の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。
前記二3のとおり、本件考案は、ア「略T字形状の当接片」を連結体に設けることで荷重を分散支持する、イ固定片に替えて「支持体」を用いることで、連結体の固定体に対する支持強度を向上させるという二つの作用によって、支持強度が弱いという従来の揺動クランプの問題点を解決したものと認められ、右の点が本件考案の技術的思想の中核をなす特徴的部分、すなわち本質的部分というべきである。
そうすると、本件考案における「支持体」を用いず、従来技術の固定片に相当する構成部分14a及び14bを用いることは、本件考案と同一の解決原理に属するものということはできず、本件考案とは本質的部分について相違するというべきである。したがって、被告製品について、均等の成立を認めることはできない。
四 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 岡口基一 裁判官 男澤聡子)
<以下省略>