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東京地方裁判所 平成11年(ワ)1986号 判決

原告 井ノ上正男

右訴訟代理人弁護士 山下進

被告 足立武士

右訴訟代理人弁護士 小関勇二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一一年二月四日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、金垣登世子が原告を欺罔して三二〇〇万円を被告名義の銀行預金口座へ振り込ませ、被告が右金員を電信為替ないし現金にて金垣に交付したという一連の行為について、民法七〇九条、七一九条一項前段あるいは同条二項に基づく共同不法行為が成立するとして、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(認定事実には証拠を掲示する。)

1  金垣登世子(以下「金垣」という。)は、平成九年一二月一五日、原告に対し、返済の意思も能力もないのにこれあるように装い、兄との民事裁判のための供託金として、事件を依頼した弁護士である被告に送金する必要があると虚偽の事実を申し向けて原告を誤信させ、三二〇〇万円を借り受け、金銭借用書を差し入れ、金垣の代理人の立場で原告をして埼玉県信用金庫杉戸支店から電信振込みの方法でさくら銀行の被告名義の口座へ右三二〇〇万円を振り込ませた(以下この振込みを「本件振込み」という。)。(甲一、三、八、九)

2  被告は、本件振込み後、原告ないし埼玉県信用金庫杉戸支店に対し、その趣旨について何ら確認をしなかった。そして、被告は、翌一六日、金垣に対して、本件振込金の内金三〇〇〇万円を電信為替の方法で支払った。(乙一、二)

二  争点

1  詐欺の共謀による不法行為が認められるか。

2  過失による共同不法行為が認められるか。

三  当事者の主張

(原告の主張)

1 争点1について

被告は、本件振込みに先立ち、金垣との間で詐欺を共謀し、金垣にさくら銀行の自己名義の口座を教えて、本件振込みに加担した。このことは、被告が金垣に対し、平成九年一二月一六日、わざわざ手数料二万二八〇〇円を自己負担してまで電信為替の方法で本件振込金の内金三〇〇〇万円を送金していること、あるいは、同日、内金二〇〇万円を金垣に支払っていないにもかかわわらず交付したと事実を捏造していることから明らかである。

2 争点2について

被告は、十数年前、金垣を被告人とする六〇〇〇万円の手形詐欺事件において弁護人を務め、金垣の背後には金融ブローカーや暴力団がいることなどを知悉したのであるから、本件振込みが詐欺の手段として利用されることを予見すべきであり、そのような場合には金垣からの口座借用を断り犯罪結果を回避すべき注意義務、あるいは、平成九年一二月一五日、面識のない「イノウエマサオ」名義で本件振込みを受けたのであるから、弁護士として原告ないし埼玉県信用金庫杉戸支店に対し、その趣旨を確認すべき善管注意義務、あるいは、本件振込金の返却に当たっては、振込人に確認し了解を得るなどの善管注意義務があるにもかかわらず、それを怠り漫然本件振込みを容認し、翌一六日、金垣に対して電信為替で三〇〇〇万円を支払い、残りを現金で交付した過失がある。

(被告の主張)

1 争点1について

被告は、金垣より、兄が居住している富山の土地建物が競売にかけられ困っているとの相談を受けたので、土地建物を確保したいのであれば、自分で競落するか債務を弁済して競売を取下げでもらうしか方法はないと回答したところ、平成九年一二月一二日ころ、近々解決するためのお金が借りられるので被告の口座に振り込みたいとの電話があり、同月一五日、再度電話にて、今日振り込んだので確認してほしい旨の電話があり、銀行で確認してみると、「イノウエマサオ」名義で三二〇〇万円の入金がされており、その日の夕方に再度金垣より電話があり、富山の件は遠方なので自分の方で解決するから、お金は戻してほしいといわれ、翌一六日に三二〇〇万円を引き出し、三〇〇〇万円を電信為替で送金し、同日の夕方来所した金垣に残二〇〇万円を現金で交付した。このように、被告は金垣と詐欺の共謀をしていない。

2 争点2について

被告口座の借用については、金垣は以前にも送金したことがあるので、被告の銀行口座番号を知っており、被告が改めて教えたわけではない。また、第三者の確認については、金垣より知人からの借入金であるとの説明を受け、その指示の下に振り込まれたのであり、しかも「イノウエマサオ」なる人物の連絡先も知らない状況の中で、確認の方法がなく、また、金垣から返還の要求があれば、それは借り入れた金垣の金銭であるとみなさざるを得ないので、それに応ずるのは当然のことである。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

被告が金垣と詐欺を共謀したことを認めるに足る証拠はない。もっとも、原告は、被告が、本件振込金の内金三〇〇〇万円について、平成九年一二月一六日に手数料二万二八〇〇円を負担してまで金垣に電信為替で送金したことは共謀の証左であると主張する。しかしながら、被告は、同日までに金垣に会うこともなかったので、右手数料をひとまず立て替え、後日精算しようとしたと考えるのが自然である上、現に右手数料を金垣から支払ってもらっている(乙三、被告の供述)ので、手数料の立替えから直ちに詐欺の共謀を推認することはできない。また、原告は、平成九年一二月一六日午後三時ころから一一時ころまでの間、金垣と一緒に過ごしていたので、被告が金垣に二〇〇万円を返すことは不可能であったと主張し、それに沿うレシート(甲一一)、原告の供述及び陳述(甲一二)があり、被告が二〇〇万円を金垣に支払っていないのに交付したと事実を捏造しているのは共謀の証左であると主張する。確かに、右各証拠によれば、原告と金垣は同日午後三時ころにイトーヨーカ堂久喜支店に行き、午後四時ころに買物をしたといえるが、金垣のそれ以前の具体的行動は何ら明らかにされていないし、午後四時ころから一一時ころまで、原告は金垣と一緒にいて、風呂に入ったり、食事をしたり、買ってきたネグリジェを着て見せたと述べるが、それ自体で七時間を費やすほどの出来事ではないので、金垣が午後三時以前あるいは午後四時以降のある時間に、被告を訪ね二〇〇万円を受け取ることは十分可能であったと考えられること、しかも、金垣作成の被告宛の同日付けの受取書(乙三)が存在することからすれば、右各証拠から直ちに原告主張事実を推認することはできない。

そうすると、被告の詐欺の共謀による不法行為は認められない。

二  争点2について

1  原告は、被告が、十数年前、金垣を被告人とする六〇〇〇万円の手形詐欺事件において弁護人を務め、金垣の背後には金融ブローカーや暴力団がいることなどを知悉したのであるから、本件振込みが詐欺の手段として利用されることを予見すべきであると主張するが、それを認めるに足る証拠はない上、仮に、被告が過去に金垣の刑事弁護人を務めたからといって、その一事でもって直ちに金垣の背後関係まで知悉していたと断言することはできない。

2  前記争いのない事実等及び証拠(乙一ないし四、被告)並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

被告は、弁護士として昭和五三年に独立後二一年余にわたり被告名義のさくら銀行普通預金口座を使用しており、七年位前から金垣より二度民事事件の依頼を受け担当し、着手金の振込みのため右口座番号を教えており、その後も年に一回位の割合で法律相談を受けていたところ、平成九年夏ころ、金垣より、兄が居住している富山の土地建物が三〇〇〇万円位の借金のため競売にかけられ困っているとの相談を受けたので、土地建物を確保したいのであれば、自分で競落するか債務を弁済して競売を取下げてもらうしか方法はないと回答したところ、同年一二月一二日ころ、三二〇〇万円の金が「イノウエ」という人から借りられるので、富山の事件を依頼したい、ついては、その人の名前で被告の口座に振り込みたいとの電話があり、同月一五日、今振り込んだので確認してほしい旨の電話があり、銀行で確認してみると、「イノウエマサオ」名義で三二〇〇万円の入金が確認されたが、その日の夕方に電話があり、富山の件は遠方なので自分の方で富山の先生に依頼するから、お金は戻してほしいといわれ、預かる理由もないので、翌一六日に三二〇〇万円を引き出し、手数料二万二八〇〇円を立て替えた上内金三〇〇〇万円を電信為替で送金し、同日の午後か夕方に来所した金垣に残金二〇〇万円を現金で交付し、右手数料を支払ってもらった。その際、「イノウエマサオ」とは誰で、いかなるお金か確認したところ、自分で借りた金であって、何ら問題ないとのことであった。なお、被告は「イノウエマサオ」の連絡先を知らなかったし、また、今回新たに右口座番号を教えたものではない。

前記のとおり、被告は金垣の背後関係を知悉していたとはいえず、過去に金垣の民事事件を受任したことがあったからといって、本件振込金が金垣の詐欺の手段として使われていたとは到底予見できないこと、及び、右認定事実を併せ考えれば、被告が本件振込みを断らなかったことに過失は認められない。また、被告は、面識のない「イノウエマサオ」からの本件振込みを受けた段階で、原告ないしは埼玉県信用金庫杉戸支店に対してその趣旨を確認しなかったが、前記認定事実の下ではその趣旨を確認する注意義務は認められないから、そのことをもって過失があったと評価することもできない。さらに、被告が本件振込みの翌日に、金垣に対して三二〇〇万円を支払った行為についても過失は認められない。けだし、金垣が原告を欺罔して消費貸借契約を締結して、原告が金垣の代理人として平成九年一二月一五日に本件振込みを行ったのであるが、右消費貸借契約は金垣の欺罔行為に基づいて締結されたから原告は詐欺による取消しが可能であるところ、一五日及び翌一六日の時点では原告が金垣に対して右取消しの意思表示をしたという事実が認められない以上、両日においては、右契約は有効に成立しており、本件振込みも原告が代理人として有効にしたものと解せられるので、一五日に金垣が被告に対して三二〇〇万円を寄託ないし消費寄託をして、翌一六日に被告が寄託者たる金垣の返還請求を受けて、電信為替ないし現金にて返還したと認められるから、それは有効な弁済行為といえるのであり、前記認定のとおり、被告は、平成九年夏ころに金垣から虚偽の法律相談を受け、紛争解決金として第三者からの借入金を預かるよう要請され、それが金垣の詐欺の手段であると予見できない状況の下で、「イノウエマサオ」名義で本件振込みを受け、その後、「イノウエマサオ」なる人物の連絡先を知る由もなく金垣から返還請求を受けたのであるから、かかる状況下では、弁護士たる被告としては、金垣からの返還請求に応じるのはむしろ当然のことであって、何ら過失は認められないのである。したがって、被告に過失の共同不法行為を認めることはできないのである。

三  そうすると、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 都築弘)

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