東京地方裁判所 平成11年(ワ)20282号 判決
原告 横山フジ
右訴訟代理人弁護士 飯田秀人
被告 村井正義
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三五五万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、弁護士である被告に対し、株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)及び株式会社富士銀クレジット(以下「富士銀クレジット」という。)を被告とする訴訟の遂行を委任し、報酬として三五五万円を支払ったところ、委任契約は途中で解除になったとして、支払った報酬の返還を求めるものである。
被告は、原告が被告に支払ったのは、富士銀行及び富士銀クレジットを被告とする東京地方裁判所平成八年(ワ)第二二〇七四号債務不存在確認等請求事件(以下「第一事件」という。)の着手金であるところ、原告は途中から事情を聴取しようとして被告の事務所に呼んでも来なくなるなどして被告の委任事務処理を不能にしたため、被告は原告との委任契約を終了させたものであり、かつ、その時点では、被告は委任事項の重要な部分の処理を終了させていたものであるから、被告は弁護士報酬の全額を請求することができるのであって(東京弁護士会・弁護士報酬会規四四条三項参照)、返還義務を負わないと主張する。
第三当裁判所の判断
一 証拠(乙第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第九号証、第一〇号証の一、二、第一二ないし第一六号証、第二一、第二二号証、第二四号証の一、二、第二五ないし第二七号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(なお、本件では、原告の言い分がはっきりしないまま推移したため、原告代理人の申立てにより、原告の言い分を直接聞くことにし、原告本人尋問の期日を設け、原告を呼び出したが、原告は出頭しなかったものである。)。
1 原告は、被告に対し、平成九年四月二八日、第一事件についての訴訟遂行を委任し(それまでは本人訴訟の形で進行していた。)、平成九年六月から平成一〇年四月までの間に着手金として合計三五五万円を支払った。
なお、右訴訟は、原告が富士銀行に対し、金一億九〇〇〇万円及び金一億円の二口の消費貸借債務が不存在であることの確認を求めるものが中心をなすところ、富士銀行側の主張によると、右二口の債務のうち当時残っていた額は合計で一億六〇八四万一八五二円になる。したがって、右事件で原告が勝訴により得られる経済的利益は右一億六〇八四万一八五二円になるところ、被告と原告は、被告が所属していた東京弁護士会の弁護士報酬会規を勘案して、着手金の額を右会規の定める標準額を下回る金三五五万円とすることに合意したものである。
2 また、原告は、被告に対し、朝倉芳昭及び富士銀行を被告とする東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第二七九九号会社設立経緯解明等請求事件(以下「第二事件」という。)の訴訟遂行を委任した。ただし、右事件は平成一〇年五月七日訴えの取下げになった。被告は、この事件の関係では、報酬を受領していない。
3 第一事件は、原告と富士銀行の間で金一億九〇〇〇万円及び金一億円の二口の金銭消費貸借契約が締結され、かつ、原告はこの関係で富士銀クレジットに保証委託をしたとして、原告所有の不動産に富士銀クレジットを権利者とする根抵当権が設定されているが、原告は全く身に覚えがないなどと主張するものであるところ、被告は、第一事件受任後、訴訟記録や未提出の関連資料を検討し、原告と月に三、四回の割合で打合せをした。その回数は辞任するまでに約四〇回に上った。
4 ところで、富士銀行や富士銀クレジットは、契約書に原告の実印が押されていることを指摘するとともに、原告名義の印鑑登録証明書を証拠として提出してきた。
5 被告は、右実印等は第三者によって冒用されたものであり、原告の氏名等は原告の筆跡でないという趣旨の準備書面を提出し、筆跡鑑定の申立てをした。また、富士銀行の原告に対するこれまでの貸出と返済の状況に関して証拠を検討し、準備書面の形で主張した。そして、実印の保管状況やその他原告に有利になり得る事情につき、更に原告と打合せをする必要があったため、平成一〇年四月二〇日、原告は被告と被告の事務所において打合せをすることになっていた。ところが、原告は右打合せに現れず、その後、「暴力団に拉致されるので行けない。」とか、「暴力団に備えて護衛を頼まなければならない。」「血尿が出るので行けない。」などといって、被告との打合せに現れなくなった。
6 そこで、被告は、原告の訴訟代理人として責任をもって本件訴訟を遂行することは不可能であると考え、平成一〇年五月一三日、原告に対し、第一事件の訴訟代理人を辞任する旨意思表示した。
7 なお、原告と被告との間においては、委任契約が中途終了した場合の報酬については、被告の所属弁護士会の弁護士報酬会規によるという黙示の合意があったものと推認される。そして、被告の所属する東京弁護士会の報酬会規は、中途で委任契約が終了した場合につき、以下のとおり定める。
「第四四条 委任契約に基づく事件等の処理が、解任、辞任又は委任事務の継続不能により、中途で終了したときは、弁護士は、依頼者と協議のうえ、委任事務処理の程度に応じて、受領済みの弁護士報酬の全部若しくは一部を返還し、又は弁護士報酬の全部若しくは一部を請求する。
2 前項において、委任契約の終了につき、弁護士のみに重大な責任があるときは、弁護士は受領済みの弁護士報酬の全部を返還しなければならない。ただし、弁護士が既に委任事務の重要な部分の処理を終了しているときは、弁護士は、依頼者と協議のうえ、その全部又は一部を返還しないことができる。
3 第一項において、委任契約の終了につき、弁護士に責任がないにもかかわらず、依頼者が弁護士の同意なく委任事務を終了させたとき、依頼者が故意又は重大な過失により委任事務処理を不能にしたとき、その他依頼者に重大な責任があるときは、弁護士は、弁護士報酬の全部を請求することができる。ただし、弁護士が委任事務の重要な部分の処理を終了していないときは、その全部については請求することができない。」
二 以上の認定事実によると、原告が返還を請求している報酬は第一事件のそれであるところ、被告が第一事件の委任契約を解除した(代理人を辞任した)のは、原告が、不可解な理由で被告との打合せに来なくなったためであり、委任事務終了につき被告には責任がなく、本件は、「依頼者に重大な責任があるとき」に当たるというべきである。また、被告は、原告と四〇回にもわたって打合せを重ね、複数回にわたって準備書面を提出するなどしているのであるから、委任事務の重要な部分の処理を終了していないとは認定できないというべきである。そうすると、被告は、原告に対し、合意した弁護士報酬の全部を請求できるというべきである。
三 したがって、原告の請求は理由がないから、主文のとおリ判決する。
(裁判官 大坪丘)