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東京地方裁判所 平成11年(ワ)21654号 判決

原告 橋本策也

右訴訟代理人弁護士 清水勉

同 関口正人

被告 小金井市

右代表者市長 稲葉孝彦

右訴訟代理人弁護士 石津廣司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、小金井市個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)に基づき小金井市教育委員会(以下「教育委員会」という。)に対し中学校第三学年在学中の子の生徒指導要録及び調査書(東京都立高等学校用の内申書)の開示を請求したが、教育委員会から権限の委任を受けている小金井市教育委員会教育長(以下「教育長」という。)からその一部を非開示とする決定を受けたため、教育委員会に対し右決定について審査請求を行ったところ、諮問機関である小金井市個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)が全面開示の答申(以下「本件答申」という。)をしたにもかかわらず、教育委員会が審査請求棄却の裁決(以下「本件裁決」という。)をしたことについて、原告が、教育委員会は答申尊重義務に反して違法な裁決を行ったとして、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料一〇〇万円及び本件裁決の日から支払済までの遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、小金井市内に在住する住民であり、橋本音里(以下「音里」という。)の父親である。

被告は、普通地方公共団体であり、その執行機関として教育委員会を置き、また、教育委員会に教育長を置いている。

2  原告は、平成九年三月一七日、教育委員会に対し、本件条例に基づき、当時小金井市立東中学校第三学年在学中の音里に係る調査書及び生徒指導要録(以下併せて「本件文書」という。)の開示(閲覧及び写しの交付)を請求した。

3  教育長は、平成九年三月三一日、本件文書の調査書中の「特記事項」欄の記載並びに生徒指導要録中の「各教科の学習の記録 [3]所見」欄、「特別活動の記録 [2]事実及び所見」欄、「行動の記録 [2]所見」欄及び「指導上参考となる諸事項」欄の部分は、本件条例一六条二項三号に該当するとして非開示とし、その余の部分は開示する旨の決定(以下「本件一部非開示決定」という。)をした。

4  原告は、平成九年四月七日、本件一部非開示決定に基づいて、本件文書中開示された部分の閲覧をし、当該部分の写しの交付を受けた。

5(一)  原告は、教育委員会に対し、平成九年五月一二日、本件条例二四条に基づき、本件一部非開示決定を不服として審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。

(二)  教育委員会は、同年六月二六日、審査会に対し、請求拒否理由説明書を提出し、原告は、同年七月二二日、審査会に対し、反論書を提出した。

審査会は、同月二四日から同年一二月一八日の間に六回の審査を行い、同年七月二四日及び同年八月二八日には教育委員会から非開示理由等について聴取し、同日、教育委員会から請求拒否理由説明書(質問の回答)を受理し、同年九月二九日には原告から口頭意見陳述を受け、平成一〇年一月二九日には参考人の意見聴取をした。その後、二回の答申案検討を経て、審査会は、平成一〇年四月九日、本件一部非開示決定を取り消して本件文書の全部を開示すべきである旨の本件答申をした。

(三)  教育委員会は、同年一〇月一九日、本件審査請求を棄却する旨の本件裁決をした。

6  原告は、平成一一年一月一八日、本件一部非開示決定の取消しを求める行政訴訟を提起した(当庁平成一一年(行ウ)第六号)。

二  本件条例の定め

1  本件条例二四条一項は、「この条例による個人情報の開示、訂正、削除又は目的外利用等の中止の請求に対する処分に不服のある者は、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)による不服申立てをすることができる。」と規定し、同条二項において、「実施機関は、前項の規定による不服申立てがあった場合は、当該不服申立てが明らかに不適法であることを理由として却下するときを除き、速やかに小金井市個人情報保護審査会に諮問し、その答申を尊重して、当該不服申立てについて決定しなければならない。」と定めている。

2  本件条例二五条一項は、二四条二項の不服申立てについて、「実施機関の諮問に応じて審査するため、市長の附属機関として、小金井市個人情報保護審査会を置く」とし、本件条例二五条二項及び三項は、審査会は委員五人以内をもって組織し、委員は、個人情報の保護に関し優れた識見を有する者のうちから市長が委嘱するとしている。

三  争点

本件裁決は、答申尊重義務に違反し、本件答申が尊重されるとの原告の期待権を侵害したか。

(原告の主張)

1 本件条例は、前記のとおり、個人情報の非開示処分に不服申立てがされた場合、明らかに不適法であることを理由に却下するときを除き、速やかに審査会に諮問し、その答申を尊重して当該不服申立てについて決定をしなければならないとしており、答申を尊重することを明示的に義務付けている。この「答申を尊重」するとは、条文上、尊重するよう「努力」するではなく、端的に「尊重」するとしていること、審査会の委員が個人情報の保護に関し優れた識見を有する者であること及びこのような委員が市長により委嘱されるものとされているのは、地方公共団体として審査会の答申を尊重することを自ら受け入れたものと考えられることから、答申に審査庁に対する法的拘束力はないとしても、いわゆる「努力義務」にとどまらず、実際に答申を尊重することが審査庁に義務付けられていることを意味する。そして、この答申尊重義務によって、審査庁は、答申の結論と異なる結論を出す場合には、答申の理由中に誤りがあることを指摘して結論を出すべき義務がある。

2 本件答申は、本件文書の全面開示の答申を出したのであるから、原告は、右のような審査庁の答申尊重義務を考慮すると、本件一部非開示決定はもはや維持されず、教育委員会は答申にならった裁決を出すはずであるという強い期待を持ち、仮に異なる裁決がされるとしても、答申の理由の誤りを具体的に指摘して裁決が正しいことを裁決書に示すはずだと期待した。

かかる原告の期待権は、単なる個人的な感情ではなく、本件条例の不服申立て制度が予定している法的保護に値する利益であり、答申尊重義務に対応するものである。仮に、かかる対応関係がなくとも審査庁には答申を尊重すべき条理上の義務がある。

3 しかし、本件裁決は、「本件審査請求に対し、当庁は、条例に基づき審査会の答申を参考にして審査を行った結果、主文のとおり裁決することとした。」として、本件答申を「参考」にしているにすぎず、また本件答申が調査書及び指導要録について非開示事由がないと判断した理由部分について具体的な誤りの指摘をしていない。

教育委員会は、本件一部非開示決定を維持することに固執し、本件答申の理由を全く検討しなかったか、一応検討したが反論できないのでこれを無視することにして本件一部非開示決定を維持したものであり、本件裁決は、答申尊重義務に違反するものであって、原告の右期待権を侵害するものである。

4 なお、被告は、手続は手段であって、それ自体が目的であるわけではなく、その手続に瑕疵があった場合にそれをどのように扱うべきかということとは別の事柄であり、教育委員会の本件裁決に瑕疵があったとしても裁決取消しの訴えが用意されているのであるから不法行為法上の保護まで与える必要はないと主張する。しかし、行政の説明責任が強調されている今日においては、正しい結論に至るまでの手続が尊重されなければ、その結論によって不利益を受ける者は到底納得できず、結論を押し付けられたという強い不満ないし不信感を抱くことになる上、不服申立人が審査会の委員に理解してもらうために調査や書面作成で努力したことが、無意味であったということになってしまうのであって不服申立人の被る精神的苦痛は手続の瑕疵一般の問題に解消し得るものではない。

(被告の主張)

1 行政処分に当たってあらかじめ諮問機関に諮るという事前手続が法によって規定される趣旨としては、行政処分の適正を期するため公法上の必要性から設けられる場合と被処分者の利益保護のための手続として設けられる場合がある。前者の場合には、諮問手続に関する法の規定は、あくまで公益の保護のためであり、個々の国民・住民の個人的利益を保護するものではない。

そして、本件条例が不服申立制度において審査会への諮問手続を規定しているのは、個人情報の開示・非開示が単に開示請求者の個人的利害にとどまらず、行政の公正な職務執行に悪影響を及ぼすおそれもあるなど公益に関係してくるため、不服申立てに対する決定・裁決の適正を確保するという公益上の要請にこたえるべく、第三者機関の意見を聞くべきこととしているにすぎない。

したがって、本件条例二四条二項等を根拠に原告主張の期待権が個人的利益として法的に保護されているとはいえない。

2 また、手続上の瑕疵については、行政事件訴訟法により裁決取消しの訴えが用意されているところ、原告主張の義務違反があるとすればそれはまさに裁決固有の瑕疵であり、裁決取消しの訴えの対象となることは明らかであるから、不法行為法上の保護まで与える必要はない。

3(一) 仮に、本件条例が不服申立権者の個人的利益をも保護しており、それが不法行為法上の被侵害利益となり得ると解したとしても、本件条例は審査庁が審査会の答申に拘束されることを規定したものではない。

(二) また、非開示事由該当性の有無の判断には、単なる事実認定だけではなく、価値判断を含む評価的要素が含まれており、判断権者によってその結論が異なることは当然あり得ることであって、答申に事実誤認や論理矛盾・不備がなくとも当該答申の結論が絶対に正しいものとはいえないから、審査庁において、答申と異なる結論を出す場合にも、当該答申の誤りを裁決中に示すことなどは、そもそも要請されていない。

(三) さらに、そもそも国家賠償法上の違法とは公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反した場合に認められるものであるが、審査庁に課されている諮問手続及び答申尊重義務は適正な裁決を実現するための手続上の義務であり、地方公共団体たる小金井市に対して負う義務であって個別の市民に対して負う義務ではないから、これに違反したからといって同法上の違法を構成することはない。

4 本件裁決には、「本件審査請求に対し、当庁は、条例に基づき審査会の答申を参考にして審査を行った結果」と明記しているとおり、教育委員会が答申の内容を検討した上で判断したことは明らかである。また答申の判断を本件裁決の判断とを対比して読めば本件裁決が答申を採用しなかった理由は明らかであるから、原告の答申を尊重してもらう期待権を侵害していないことも明らかである。

第三争点に対する判断

一  答申尊重についての期待権の有無

(1) 前記のとおり、本件条例二四条二項は、実施機関が不服申立てについて決定するに当たって、審査会に諮問し、その答申を尊重することを要請している。したがって、審査会の答申が不服申立人に有利なものであった場合に、不服申立人がその答申にそった裁決がされることを期待するのはもっともである。そして、原告は、右期待は法的に保護された利益であり、これに反した裁決がされ、その裁決に答申についての検討結果が記載されていない場合には、裁決や原処分の行政処分としての違法性の有無とは別に、国家賠償法上の違法性を基礎づけると主張する。そこで、右の答申を「尊重」することの意義について検討する。

(2) 本件条例は、「個人情報の適正な取扱いを定めることにより、個人情報を濫用から保護するとともに、自己に関する個人情報の開示請求等の権利を保護し、もって市民の基本的人権を擁護することを目的と」している(本件条例一条。甲九)から、本件条例の定める非開示処分に対する不服申立手続も個人の権利を保護するためのものであることは明らかである。しかし、他方において、個人情報の開示については、行政の公正な職務執行という公益上の要請も考慮する必要があるため、本件条例は、かかる公益上の要請と個人の利益を調整してできるだけ個人情報の開示等を行うこととし、この趣旨を実現するために、不服申立てにつき、実施機関の諮問機関として審査会を置き、審査会の委員として個人情報の保護に関し優れた識見を有する者を市長が委嘱することとしたものと解される。したがって、審査会は、専門機関として第三者的な立場から公正な意見を述べることが期待されている機関であり、その答申は、不服申立ての当否に関する審査の客観性、実効性を担保するために要求されているものであって、本件条例は、審査会の答申が、右のように専門的第三者的立場からの公正な意見であるが故に、実施機関としてもその内容を真摯に受け止め、検討すべきであるという意味で、これを「尊重」すべきものとしたと解される。

しかし、審査会は、あくまで諮問機関であり、その答申は、不服申立てについての判断権者である実施機関を拘束するものではなく、かつ実施機関が判断すべき事項は、不服申立ての当否そのものであるから、裁決の中においては、その不服申立ての当否について判断がされていれば足りるというべきであり、裁決が多分に評価的な要素を含むことや答申の理由のすべてに言及することが文章の作成上煩雑になったり困難な場合もあり得ることにかんがみれば、本件条例二四条二項の「答申を尊重して」との文言から、答申の結論と異なる裁決をする場合において、原告主張のように、裁決書に答申の内容についての検討結果を具体的に記載することが法的に要求されているとまで解することはできない。

(3) したがって、審査会の答申が不服申立人に有利なものであった場合に、答申どおりの裁決がされ、仮に答申と異なる裁決がされるとしても裁決書に答申の内容についての検討結果が具体的に記載されるとの不服申立人の期待は、事実上のものにすぎず、原告主張のように法的に、又は条理上、保護された利益であるということはできない。

このことは、原告主張のような「答申尊重」の期待権は、不服申立人に有利な答申がされた場合にのみ観念できるものであり、不服申立人に不利な答申がされ、これにそった裁決がされた場合には、逆に不服申立人は、答申の結論を争い、原処分又は裁決の効力の違法を主張することができることからも明らかである。

二  したがって、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木健太 裁判官 城内和昭 裁判官 駒田秀和)

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