東京地方裁判所 平成11年(ワ)21821号 判決 2000年9月29日
原告 X
右訴訟代理人弁護士 吉成外史
同 齋藤理英
被告 株式会社九段学園
右代表者代表取締役 A
主文
一 被告は、原告に対し、金4,205万円及びこれに対する平成11年6月1日から支払済みまで日歩3.3銭の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 主位的請求原因(商法26条による責任)
(一)(1) 原告は、訴外株式会社ケー・エム・エフ(以下「訴外ケー・エム・エフ」という。当時の商号は「株式会社九段ゼミナール」であった。)に対し、平成10年10月20日、金5,850万円(以下「本件貸付金」という。)を、次の約定で貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。
ア 弁済方法 平成11年3月15日限り550万円
同年 3月30日限り550万円
同年 4月30日限り545万円
同年 5月31日限り540万円
同年 6月30日限り535万円
同年 7月30日限り530万円
同年 8月30日限り525万円
同年 9月30日限り520万円
同年 10月27日限り515万円
同年 11月30日限り510万円
同年 12月31日限り505万円
残額25万円については、期限の定めなし。
イ 遅延損害金 日歩3.3銭
ウ 特約 第ア項の支払を1回でも怠ったときは、期限の利益を失う。
(2) 訴外ケー・エム・エフは、平成11年5月31日限り支払うべき金員の支払いを怠り、期限の利益を失った。
(二) 訴外ケー・エム・エフは、被告に対し、平成11年1月又は2月ころ、訴外ケー・エム・エフの営業である、医科系大学受験予備校「九段ゼミナール」の営業を譲渡した(以下右営業を「本件営業」といい、右営業譲渡を「本件営業譲渡」という。)。
(三) 被告は、本件営業の譲受後、訴外ケー・エム・エフの営業自体の名称(屋号)である「九段ゼミナール」の名称を続用して、現在も本件営業を行っている。
(四) よって、原告は、被告に対し、本件消費貸借契約に基づき、本件貸付金から既払金1,645万円を控除した残金4,205万円及びこれに対する期限の利益喪失日の翌日である平成11年6月1日から支払済みに至るまで日歩3.3銭の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 予備的請求原因一(法人格否認)
(一) 請求原因1(一)と同じ。
(二) 訴外ケー・エム・エフの代表取締役である訴外B(以下「訴外B」という。)及び当時訴外ケー・エム・エフの常務取締役であった訴外C(以下「訴外C」という。)等は、訴外ケー・エム・エフの債務を免れる目的で、被告に対し、訴外ケー・エム・エフの営業の全てを譲渡した(本件営業譲渡)。
(三) 被告は、訴外Cの友人であり平成11年2月ころまで訴外ケー・エム・エフの取締役であった訴外A(以下、「訴外A」という。)が経営していた株式会社バイタルを、訴外ケー・エム・エフが運営していた医科系大学受験予備校「九段ゼミナール」の受け皿とするために、平成11年3月12日に商号変更した。
被告は、訴外ケー・エム・エフの従業員、設備、屋号を全て引き継ぎ、訴外ケー・エム・エフが行っていたのと同様に、右「九段ゼミナール」の本件営業を継続している。
(四) 訴外ケー・エム・エフは、本件営業譲渡後である平成11年3月8日、株式会社九段ゼミナールから商号変更された。
(五) 訴外B、C、A等は、共謀の上、訴外ケー・エム・エフの債務を免れつつ、従来から運営していた「九段ゼミナール」の営業をそのまま維持するために、訴外ケー・エム・エフの営業の殆ど全てである「九段ゼミナール」の営業を被告に移転させた。訴外Bは、被告に「九段ゼミナール」の本件営業が移転してから後も、被告の本件営業に深く関わっている。
(六) 右(二)ないし(五)の事実に照らせば、被告の法人格は訴外ケー・エム・エフと同一とみなされるべきである。
(七) よって、原告は、被告に対し、本件消費貸借契約に基づき、本件貸付金から既払金1,645万円を控除した残金4,205万円及びこれに対する期限の利益喪失日の翌日である平成11年6月1日から支払済みに至るまで日歩3.3銭の割合による遅延損害金の支払いを求める。
3 予備的請求原因二(詐害行為取消)
(一) 請求原因1(一)と同じ。
(二) 請求原因1(二)と同じ。
(三) 本件営業譲渡は、訴外ケー・エム・エフが債務超過の状態にありながら、その積極財産の全てを譲り渡すことを内容としており、これによって訴外ケー・エム・エフは無資力となった。
(四) 訴外ケー・エム・エフの代表取締役である訴外Bは、被告に対する本件営業譲渡が、債権者である原告を害することを知りながら、その債務を免れるために敢えて右譲渡を行った。
(五) よって、原告は、被告に対し、詐害行為取消権に基づき、訴外ケー・エム・エフの被告に対する営業譲渡の取消及びその価格賠償として、金4,205万円の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 主位的請求原因(商法26条による責任)について
(一) 主位的請求原因(一)は不知。
(二) 同(二)ないし(四)は否認ないし争う。
2 予備的請求原因一(法人格否認)について
(一) 予備的請求原因一(一)は不知。
(二) 同(二)は否認する。
(三) 同(三)のうち、株式会社バイタルが平成11年3月12日商号変更したことは認め、その余は否認する。
(四) 同(四)及び(五)は否認する。
(五) 同(六)及び(七)は争う。
3 予備的請求原因二(詐害行為取消)
(一) 予備的請求原因二(一)は不知。
(二) 同(二)ないし(四)は否認する。
(三) 同(五)は争う。
理由
一 主位的請求原因(商法26条による責任)について
1 甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、主位的請求原因(一)の事実が認められる。
2 そこで、被告が商法26条による責任を負うかどうかについて判断する。
(一) 甲第3号証ないし第7号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 訴外株式会社九段ゼミナールは、平成11年の1月か2月ころ、被告に対し、その営業を譲渡した。
(2) 訴外株式会社九段ゼミナールは、平成11年3月8日、商号を「株式会社ケー・エム・エフ」に変更した。
(3) 被告は、平成11年3月12日、「株式会社バイタル」から「株式会社九段学園」に商号を変更した。
(4) 被告は、訴外ケー・エム・エフが使用していた校舎、黒板、机、椅子等の教室設備、看板、事務局用設備、学生ラウンジ用設備、掲示板等の、訴外ケー・エム・エフの学校運営に関する設備一式をそのまま使用し、訴外ケー・エム・エフが持っていた学校運営、講議及び学生指導等のノウハウをそのまま利用し、「九段ゼミナール」の屋号を含むいわゆる暖簾を承継して「九段ゼミナール」を現実に運営している。また、九段ゼミナールの案内表示には、「九段ゼミナール (株)九段学園」との記載があり、被告が九段ゼミナールの営業を行っていることが示されており、さらに、被告の平成11年度夏期講習募集要項には、「九段ゼミナールでは、平成元年の設立以来、一貫して医科系学部を志す方々のみを対象に受験指導を行ってまいりました。」との記載がある。
(5) 訴外ケー・エム・エフの代表取締役である訴外Bは、被告の平成11年度の入学案内に、被告の理事長として紹介されている。
(二) 右認定の事実関係によれば、被告が、訴外ケー・エム・エフから「九段ゼミナール」の営業を譲り受けた上で、平成11年3月12日、商号を変更し、「九段ゼミナール」という屋号を引き続き使用して、その営業を行っていることが明らかである。また、訴外ケー・エム・エフの代表取締役である訴外Bが、被告の経営に対し深く関わっていることもうかがえる。
(三) そこで、このように営業の譲受人が譲渡人の商号を続用しているわけではないがその屋号を続用している場合にも、商法26条を適用して、譲受人に対し、譲渡人の債務を弁済すべき責任を負わせることができるかどうかが問題となる。
この点については、営業譲渡前に譲渡人がその商号を同時に屋号(営業自体の名称)としても使用していた場合には、譲受人が譲渡人の商号を自己の商号としてではなく屋号として続用することも、商法26条1項にいう「譲渡人ノ商号ヲ続用スル場合」に当たると解するのが相当である。
なぜなら、商法26条1項が譲受人に譲渡人の営業上の債務の弁済義務を負わせた理由は、商号が続用される場合は、営業主の交代を債権者が認識するのは容易でなく、交代があつたことを知らないために譲渡人に対して債権保全の措置を講ずる機会を失するおそれが大きいことに鑑みて、個々の具体的な知、不知を問わず、商号の続用を要件として、法定の責任として譲渡人と同一の義務を負担させることとしたものと理解されるところ、そうだとすれば、譲渡人が自己の商号を同時に営業自体の名称(いわゆる「屋号」)としても使用しており、この譲渡人の「商号」を譲受人が「屋号」として引き続き続用する場合も、営業主の交代を債権者が容易に知り得ないことは、商号続用の場合と大きな差異はないと考えられるからである。
(四) 本件について、本件営業の譲渡人が自己の商号(株式会社九段ゼミナール)を同時に営業自体の名称である屋号(九段ゼミナール)としても使用しており、この譲渡人の「商号」を譲受人が「屋号」として引き続き続用したことは前記認定のとおりである。
したがって、被告は、商法26条1項により、本件消費貸借契約に基づく訴外ケー・エム・エフの原告に対する債務を弁済すべき責任を負うというべきである。
二 結論
以上のとおり、原告の被告に対する本訴主位的請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を、仮執行宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 潮見直之)